コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 2章第4話『知る者、知らぬ者』(11) ( No.329 )
日時: 2013/09/21 21:53
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KZXdVVzS)
参照: 遅くなりました>< 2ページ目


「下橋に入りたい!?」

 風也が初めて下橋の地を踏んだのは、中学2年生の頃だった。下橋駅の改札を抜けた途端、高校生くらいの青年に声をかけられ事情を話すと、彼はなぜか素っ頓狂な声を上げた。どうやらその青年は下橋のメンバーで、他の不良グループがケンカを売りに来ないか見張り番をしていたようだ。風也が改札を抜けた途端すぐに声をかけてきたのもそのせいだろう。いつも誰かが見張りをしているなんて、やはり下橋は噂通りの危険なところなのだなと緊張が増したのを風也は覚えている。“下橋の連中と目を合わせたら最後、因縁をつけられてボコボコにされる”なんて噂もまことしやかに流れていたので、この場で不良たちに囲まれるのではないかと体の芯から緊張していた。

 果たして、目の前にいる茶髪で整った顔立ちをした青年は、突然「下橋に入りたい」と言ってやってきた風也のことをどうやら怪しんでいるようだった。幼さの残る顔に懸念の表情を浮かべて、風也のことを上から下までじっくりと観察している。その間風也は、唇をぎゅっと引き結んでじっとしていた。当時はまだ自分の力量を知らず、それなりに不良たちが怖かった風也は、目の前の青年を見たり脇に目をそらしたりして視線をさまよわせていた。身長差があるので、青年を見る目が自然と上目遣いになってしまう。それでもその日、風也は心を決めて自ら不良グループへの加入を望んだのである。
 目の前の青年は、不良のイメージからはやや外れた、線が細くて甘い顔立ちをしていたが、それでも対峙していると恐怖心はしっかり沸いてきた。握った拳にうっすらと汗がにじんできた頃、青年がためらいがちに聞いてきた。

「お前、本当にここに入りたいのかよ。ここの噂聞いたことあるだろ?」
「はい。それでも入りたいんです。お願いします」
「……ならいいけどよ。正直あんまりオススメしないけどな。つーかお前さっき下橋に入りたいって言ってたけど、下橋は地名であってグループ名じゃねぇからな?」
「えっ」

 風也は思わず目を瞬いた。巷では“下橋”の噂が出回っているので、てっきりグループ名も兼ねているものだと思っていたのだ。それまで緊張した面持ちだった風也が急に幼い表情を浮かべるのを見て、青年はニカッと歯を見せて笑う。その笑顔に驚いて目を丸くする風也に、彼は懇切丁寧に教えてくれた。

「下橋にはグループが3つあるんだよ。“緋桜”と“白虎”と“光刃”。ちなみにオレは“緋桜”のメンバーだから、“緋桜”に入れるように上に紹介してやる。ちなみに“緋桜”は3グループの中で一番強いチームだぜ。トップの後藤雄麻とか他の大学生は強い上に怖いから気をつけろよー。それでもいいか?」
 すらすらと出てくる言葉に目をぱちくりさせながら「は、はいっ」と弾かれたように返事をすると、もう一度青年は歯を見せて笑い、こちらに背を向けた。“緋桜”のトップのところに案内してくれるのだろう。なんだか随分と愛想がいい上に親切な青年で、もしかしたら下橋の不良も話してみると案外いい人ばかりなのではないかなんていう期待まで膨らんでしまった。

 ともかくも恐怖心をぬぐえた風也が青年の後についていこうとすると、不意に彼がもう一度こちらを振り返った。びっくりして足を止める風也を、じっくり見つめている。眉根を寄せて。

「あ、あの」
「なんっかお前不良っぽくないんだよなぁ。つーかすげぇ美系」

 それはこっちの台詞である。しかし青年はすぐに、「ま、いっか」と前に向き直り再び歩きだした。

 後でわかったことだが、この時案内してくれた彼が、のちに革命仲間になる三和伸次である。





 案内された先には、いかにも不良のイメージぴったりな男がいた。筋肉質なでかい体。オールバックに固め、メッシュの入った金髪。無造作に羽織った革ジャン。角ばった手には、ぎらぎらと光る指輪がいくつもはめられている。そして極め付けが、こちらに向けられた蛇のように人相の悪い目。
 後藤雄麻という名の下橋のトップは、ドラム缶にどっしりと腰を据え、同じく人相の悪い仲間たちと煙草を吸いながらたむろっていた。ただでさえ体の大きな男たちなだけに、元々小柄な風也から見るともう口をきくことすらはばかられるような連中である。つまりこの時はまだ、自分が後に革命を起こして目の前の男たちを下橋から追放することになるだなんて、これっぽっちも予想していなかったのである。
 ここまで案内してくれた青年が固い声で加入希望者であることを告げると、後藤はわざとらしくほぼ無いに等しい片眉を上げ、「このチビがかぁ!?」と大声を上げた。瞬間、周りにたむろっている男たちが、一斉に品の無い笑い声を上げる。しかしさすがにその場で追い払われるようなことはなく、後藤は薄笑いを口元に浮かべながら風也を近くに呼んだ。案内してくれた青年はそこで去っていった。

「名前と学年は」
「紫苑風也。中2です」
「中2!? お前それで中2かよ! すげーチビだな、てっきり小学生かと思ったぜ!」

 そう言って、ギャハハと派手に声をあげて笑う後藤。風也は思わずむっとしたが、相手の機嫌を損ねるとまずいということは本能で感じていたので、彼らの笑いがおさまるのをただ黙って待っていた。ふんぞり返って笑っている後藤は、嫌な笑みを口元に残しながら舐めまわすように風也を見る。

「で、てめぇみてぇなケンカもできなさそうな奴が、なんでここに来たんだよ」

 一瞬風也は口ごもった。理由を聞かれるだろうとは思っていたが、どこまで話すべきなのか迷っていたのだ。しかし、ドラム缶にたてた片膝に腕をのせて非常に偉そうな態度の彼を見ていたら、詳しく話す必要はな無いように思えてきてやや投げやりな口調で言った。

「家に帰りたくないんすよ。ていうか、顔を合わせたくない」

 すると後藤が突然身を乗り出してこう吐き捨てたのだ。

「ハッ、あたりめーだろそんなのは! 帰りたい家なんかあるもんかっ」

 思わず、風也はまじまじと彼の顔を見つめてしまった。家に帰りたくないことが“当たり前”だとぬかした奴は、少なくとも風也の周りでは初めてである。しかし驚く半面、どこかほっとしている自分もいた。少なくとも、拠り所を求めているという点では自分も、後藤も、そしておそらく他のメンバー達も同じだと確信できたのである。