コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 2章 第5話『僕らの仲間は』(4) ( No.369 )
日時: 2019/06/29 11:08
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: E616B4Au)

 影晴から召集命令を受け取ったのは、久しぶりに家に帰ろうと泗水の街を歩いているときだった。白波は、用件だけ端的に書かれたメールを確認し、すぐに携帯電話を上着のポケットにしまう。自宅に向かって進んでいた足が、だんだんとペースを落としてやがて止まった。

 召集命令というのは、白波のみに対するものだ。恵玲や水希はもちろん、麗牙光陰のリーダーとして頻繁に影晴の屋敷に出向いているウィルも、今回のことは何も知らない。彼らには何も言わずに、いつも通り黙って影晴の屋敷に向かうのだ。召集の理由もおおかた予想がつく。昨日屋敷に呼び出した、月下白狼の神崎迅と富永春妃のことだろう。
 いつもだったら、第二の能力であるテレポートですぐに屋敷に向かってしまう。しかし今日は、そんな気になれなかった。歩みを止めていた足が、もう一度自宅に向かう。

 9月も後半。だんだん涼しい風も出てきたころ。真っ白な日は差しているが、それも心地よい。夏でも構わず着ているロングコートは薄手で、これぐらいの季節がちょうどいい。
 古い家の並ぶ、人気のない住宅街を歩いていくと、見慣れた茶色い屋根の一軒家が見えてきた。白波がウィルと一緒に住んでいる家だ。もっとも、白波よりも恵玲や水希の方が家にいる時間は長そうだが。

 門の前で立ち止まって、クリーム色の壁を見上げる。黒髪が視界の隅を邪魔したが、気にも留めずにぼうっとその場にたたずんでいる。とくに連絡はしていないが、おそらくウィルは中にいるだろう。恵玲や水希はまだ学校に行っている時間かもしれない。本来、白波自身もそのはずだが、いつの頃からか学校に興味がわかずほとんど行かなくなってしまっている。
 顔だけ出してから影晴の屋敷に行こう、と門に手をかけたとき、右手から耳慣れた快活な声がした。

「白波くん!」

声のした方を振り返ると、予想通り小柄な黒髪の少女がこちらに駆け寄ってくるところだった。――荒木恵玲。頼りになる麗牙光陰の戦闘要員である。大きな黒瞳くろめが、真っ直ぐにこちらを捉えていた。その視線に耐え切れず、白波はふと目をそらした。

「久しぶりだね」

 目の前まで来た恵玲は上目遣いにこちらを見、不意に眉を下げた。

「白波くん、顔色よくないけど大丈夫? 具合悪い?」
「……なんともない」

 低い声で答えておもむろに門を開ける。恵玲は小首をかしげつつ、後ろからついてきた。ついてきながらも、どことなく弾んだ声で話しかけてくる。

「今日はねっ、みぃちゃんも来てると思うよ。宿題こっちでやるって言ってたから。もちろん、ウィルくんもいるよ!」

ついてくる彼女の足取りまで弾んでいるような気がする。
 白波は玄関の正面まで来たところで立ち止まり、おもむろに後ろを振り返った。後ろ手に手を組んで、こちらを見上げる恵玲と目が合う。彼女は大きな黒瞳を幾度も瞬いて、小首をかしげてみせた。肩口で黒髪が揺れている。
 いぶかしげに彼女を見た白波は、しかし言うべき言葉も見つからず、そのまま再び玄関に向きなおろうとして、
 恵玲に思いっきりコートの裾を引っ張られた。

「な……」
「今何か言おうとしてたんじゃないの?」

 つかまれた裾をちらりと見、再び正面を見る。独り言のように、低い声音で呟く。

「別に。……なんでそんなに楽しそうなんだと思っただけだ」

 裾をつかむ手に力が入るのがわかる。何か言い返そうとしたのだろう、小さく息を吸い込んだ恵玲の声は、上方から飛んできた声にさえぎられた。


「なんで楽しそうなのかなんて、そんなの決まってるよね、恵玲」
「わかってないの白波兄ちゃんだけだと思う」


 声ですぐに誰かはわかるので、それほど驚きもせずにゆっくりと左上方を振り仰ぐ。2階の窓から、よく知った2人が仲良く並んでこちらを見ていた。光を吸い込むような銀色の髪と、澄んだ黒髪が並ぶと、それだけで視界に映える。恵玲がぱっとコートから手を離して、そちらに大きく手を振った。

「ウィルく~ん! みぃちゃ~ん!」
「外で声がしたから何かと思って見に来ちゃった。紅茶、用意してあるから早く中に入りなよ」
「うんっ」

 いこっ、白波くん! そう言って恵玲が手首をつかむ。つかみながら、こちらを真っ直ぐ見つめて光るような笑顔を浮かべた。

「白波くんと久しぶりに会えたのが嬉しいんだよ。白波くん、神出鬼没だから、す~ぐどっか行っちゃうんだもん」

 言うだけ言って、こちらの言葉も待たずに家に入っていく恵玲。その後ろ姿を見つめながら、数秒間をおいて後に続く。いつも人の背中を見ているばかりだと、ふと、そう思った。