コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 第2章 第5話『僕らの仲間は』(5) ( No.379 )
日時: 2019/07/05 22:25
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: U7ARsfaj)

 うっすらと湯気の立った紅茶をすする。そのほどよい甘さと香りに、恵玲はうっとりと息をついた。

「はぁ~おいしい」

 恵玲の正面に座ったウィルが、うれしそうに微笑む。

「それはよかった」
「ウィルくん、ほんと天才だよぉ。喫茶店開けちゃいそう」

 言いながら、もうひとくち。涼しい部屋で飲むのにちょうどいい温度の紅茶を、こくりと飲み込む。喫茶店はさすがに、と困ったように笑うウィルの横で、水希がカップを置きながら頷いた。

「ウィル兄ちゃんが喫茶店やるなら、私ウェイトレスのアルバイトしたいな」
「あっ、それいい! あたしも……」

 ギッ……と椅子を引く音で、恵玲は言葉をとぎらせ左を見上げた。白波がいつも通りの無表情で、立ち上がったところだった。繊細な柄のカップからは、まだ淡く湯気が立っている。が、彼は引いた椅子を無言でテーブルにおさめており、恵玲の目には、なんというか、今すぐ立ち去ろうとしているようにしか見えなかった。

「えっ、白波くん、どこか行くの?」
「……帰る」

 ぽつりと、つぶやくような声。リビングに入ってからまだものの5分もたっていない。ウィルはぽかんと口を開けているし、水希もぱちくりと目を瞬いている。対して白波は微塵も表情を崩さず、玄関のほうに歩き始めてしまった。慌てて立ち上がったのは、リーダーのウィルである。

「白波! 次の任務、来てほしいんだけど!」

 白波が無言で振り返る。ひとつに結った黒髪が、首元で揺れている。その茫洋とした目を、ウィルの澄んだ蒼瞳あおめがまっすぐに捉えている。それを恵玲は、自分でも無意識のうちに、固唾をのんで見守っていた。
 振り返っただけで何も言わない彼に、ウィルがしびれを切らして言葉を続ける。

「明日の夜、10時。……来れる?」

 果たして白波はわずかに顎を引き、

「わかった」

一言だけそう言って、そのままリビングを出て行った。

 しばし沈黙が流れた。恵玲が眉を下げて正面のウィルを見つめていると、彼は白波が去っていったほうを見つめたまま、ゆっくりと椅子に腰を戻した。整った顔に影が落ちる。やがて、彼は首をかしげてつぶやいた。

「白波って、あそこまで無口だったっけ……」

恵玲たちが反応するよりも早く、いや、もともとあんな感じか、と自分で否定している。恵玲は両手で頬杖をついて、ウィルを見た。最初白波に会った時に、体調が悪そうに見えたことを思い出し、それを口に出そうとして、

「あの、さ……」

水希の控えめな声に、ぱっとそちらに目を向けた。頼りになる可愛い妹のような存在の彼女は、神妙な顔つきで、おずおずと疑問を口にした。

「白波兄ちゃん、帰るって……、どこに帰るの?」

 彼の家は、ここだ。

 恵玲は、彼女の顔を穴が開くほど見つめ、突然勢いよく立ち上がった。驚いて目を丸くするふたりには構わず、リビングを飛び出す。まだ、いるかもしれない。“風”の能力を使ってどこか遠くに行くとしても、まだ見えるところにいるかもしれない。まだ、間に合うかも――。
 身軽に廊下を駆け、玄関の扉を勢いよく開ける。正面には、小さな門と、誰もいない舗装された道路。ふわりと小さな砂ぼこりだけが立っている。一歩、二歩と足を進め、空を振り仰ぐ。それらしき人は、いない。

 恵玲は澄みわたった空を見上げたまま、きゅっと唇を結んだ。

 わかっている。あの言葉にそんな深い意味はなくて、もしかしたら風音高の屋上に行くのかもしれない。それか、自分たちが知らない彼のお気に入りの場所があるのかもしれない。だって、もともとこの家にはほとんど帰ってこないのだから。いつもすぐにいなくなって、しばらく顔を見せないことなんて日常茶飯事なのだから。

 ――彼が帰る場所はどこなんだろう。

 もう少し彼に近づけたら、教えてくれるだろうか。恵玲は空を見上げながら、泣きそうな気持ちでそう思った。