コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第2章 第5話『僕らの仲間は』(6) ( No.386 )
- 日時: 2019/07/09 23:52
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: U7ARsfaj)
「おいッ、ハル。さすがにのど乾いたからそのへんの自販機に……」
何気なく後ろを振り返って、迅は言葉を詰まらせた。よく目つきが悪いと言われる細いつり目をさらに細める。視線の先では、相棒の富永春妃が、公園の端においてあるベンチに半身を横たえ寝息を立てていた。迅は、「あー」と声を漏らしながら左手でガシガシと自分の乾いた黒髪をかきまわすと、迅は相棒の隣のベンチに勢いよく腰かける。ペンキの禿げたベンチがきしんだ音を立てた。
迅と春妃は、影晴との対面を終えた後、重い足を引きずりながらいつもの公園に帰ってきていた。もともと影晴に呼び出された時間が遅い時間だったため、もう深夜もいいところである。春妃の眠気が限界だったのも無理はない。
迅は、履き古したジーンズの膝に両肘を置き、左にいる相棒を見た。すやすやと気持ちよさそうに眠っているが、艶のいい栗色の髪は風にあおられ頬を覆っている。
視線を前に戻して、ベンチから腰を上げる。やはり、のどが限界だ。ちょっと離れたぐらいで誘拐されるなんてことはないだろう。迅は早歩きでその場を離れた。
影晴には会ったが、結局肝心の扇と園香の居場所については何もわからなかった。うまくはぐらかされたような気はするし、やはり不信感はぬぐえない。影晴はなんだか怪しい人物のような気がするのに、なにが怪しいのか、どうすればそれを暴けるのかはわからない。
――……オレ様は難しいこと考えるのが苦手なんだよッ、くっそ!
苛立ちにまかせて、自動販売機のボタンをこぶしでたたきつける。静まり返った夜の住宅街に、ガシャンッと缶が落ちる音がむなしく響いた。――こういうときに頼りになるのは、リーダーの扇だった。
不意に足音が近づいてきて、迅は弾かれたように後ろを振り返った。さっきまでベンチで寝ていたはずの春妃が、存外はっきりした目つきでこちらを見ていた。
「なんだよハルかよ、びっくりさせんなよ……」
「考えてたんだけどさー」
緊張感のない間延びする声を、彼の口からひさびさに聞いたと迅は思った。
「迅、この間麗牙光陰の人たちと会ってるんだよねー?」
予想外の言葉が出てきて、迅は目を丸くした。
「お、おう……。会ったけど、それがどうしたんだよ」
若干身を引きながら尋ね返すと、春妃は変わらぬ調子で続けた。
「リーダーとお園と、あと影晴の謎をあばくの、麗牙の人たちに協力してもらうのはどうかなーと思って」
今度はぽかんと口が開いた。
そんなこと、これまで一ミリたりとも考えたことがなかった。この間の対面も例外中の例外で、もう一つのグループの彼らとは接触しないことが今までもこれからも当たり前だと思っていたからだ。それは、E・Cに入った一番最初に、グループ同士の接触はまず無いことを影晴から言われていたからというだけでなく、扇づたいに、彼らは自分たち月下白狼とはずいぶん毛色の違ったグループだと聞いていたからだ。正直、自分たちの味方という意識はあまりなかった。もちろん、敵とまでは思っていないが。
間抜けな顔のままの迅に、春妃はゆったりとした口調で続ける。
「影晴に聞いてもあの感じだとダメだと思うんだー。かといって、リーダーたちの連絡を待ってるだけっていうのもねー。それに、影晴の謎をあばくなんて危険なことをしようとしたときに、僕らだけの能力じゃ絶対に無理だからねー」
とくに最後の言葉にはぐぅの音も出ず、迅は唇を引き結ぶ。
しばらくの静寂ののち、迅は冷静な目の色をした相棒に問いかけた。
「麗牙のやつらと組むのはいいけどよ、どうやって会うんだよ。さすがに連絡先の交換なんてしてねぇぞ」
「顔」
「はッ!?」
相棒から返ってきた一言に、迅は素っ頓狂な声を上げた。意味が分からず眉根を寄せると、春妃は幼い顔に笑顔を浮かべた。
「顔、もちろん覚えてるよね?」
冷たい圧力を感じる笑顔である。
「覚えてるけど……荒木の顔なら」
「じゃー大丈夫」
春妃の小さな唇が弧を描く。話についていけていない迅は、だんだん苛立ってきて声を荒げた。
「だから何がだよッ! 電話番号もメールアドレスもなんにも知らねぇのに、どうやって連絡とるんだよッ!」
対して春妃は、くるりとこちらに背を向け、薄黒い空を見上げながらゆったりとした口調でのたまった。
「迅、ほんとバカなのー? 何年、E・Cにいるんだよー」
迅が言い返すよりも前に、再びこちらを振り返る。くりっとした丸い瞳が、いたずらっぽく光っていた。
「ひとつだけ、あるでしょー。僕らが声を飛ばす方法」
はたと思いあたって、迅は目を見開く。
空の濃さが薄れつつある。夜が、明けようとしていた。