コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 第2章 第6話『揺らぎ』(2) ( No.392 )
日時: 2019/09/25 22:28
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: E616B4Au)

 嫌な予感は、していた。HRで出場種目を決めた、あの日から。

 開会式を終えて自分の応援席に戻ってくると、そこにいたのは隣のクラスの町田美沙だった。彼女も私と同じように、いつもはおろしている真っ直ぐな黒髪を一つに束ねている。その上から青いハチマキが巻かれているのを見て、3組は青組なんだな、つまり風也は青いハチマキをまくんだな、と、これから起きるだろう面倒くさい展開も忘れて呑気のんきに想像していると、こちらに気付いた町田が「あっ」と声をあげてつかつかと歩み寄ってきた。思わず半歩足を引いたが、あからさまに逃げるわけにもいかずその場で踏みとどまる。隣にいた恵玲や津波たちも、ご愁傷さまとでも言いたげな目でこちらを見て同じく立ち止まった。町田の後方では、彼女がいつも一緒にいるクラスメートたちが楽しそうに笑いながら観戦している。笑ってないで、止めてほしい。
 そんなの全く視界に入っていない町田は、私の正面まで来ると、身を乗り出すような勢いで言った。

「出場種目、ちゃんと男女混合リレーにしてくれた!? 後ろから2番目だよね!?」

 すっかり気圧されて何度もうなずく。
 それを見てほっと胸をなでおろした様子の町田は、再びこちらを見て、嬉々とした声でとんでもないことをのたまった。

「じゃあ、言った通り勝負ねっ。勝った方が風也くんと付き合えるの! いいよね!?」
「よくないです!!」

 目を丸くして即否定する。びっくりしすぎて、思ったよりも強い声が出てしまった。町田が大きなつり目を見開いた。

「なんで!? 勝負するって言ったじゃん」
「リレーの勝負はするって言いましたけど、風也を賭けるなんて言ってないのですっ」

 憮然として言い返す。本人のいないところでなんて話をしているんだろうと困り果てていると、ザッと砂をかむ音とともに、3組の担任の先生が困り顔でこちらに近付いてきた。がたいのいい、若い男の先生だ。

「始まって早々どうしたんだ。なにかあったのか?」

 咎める様子はなく穏やかな声で聞いてくれたが、隣のクラスの先生なので私は面識がない。どう反応すればいいかわからず助けを求めるように町田のほうを見ると、その後方――町田の友人たちから実に楽しそうな声があがった。

「川島先生、大丈夫ですよ。ちょ~っと恋愛方面でもめてるだけなんで!」
「ていうかぁ、男の取り合い?」

 とたんに、うっと声を詰まらせる先生。不得手な話題なのだろうか。見ているこっちが心配になる。
 すると、それまで私の左で楽しそうに様子を見ていた恵玲が、可愛らしく小首をかしげた。

「ところで、肝心の風也くんはどこにいったのぉ?」

 なんだかもやもやした気分のまま、彼女に目を向ける。

「さっき飲み物買いに行くって校舎の方に行っちゃいました」
「あ~、それじゃあすぐに帰ってくる……」

 不意に。
 恵玲が顔をしかめて、耳に手を当てた。突然の不可解な行動に、私は目を瞬いて首をかしげる。

「恵玲、どうかし――」
「ごめん、ちょっと、えっとぉー、頭痛いから、保健室行ってくる」
「は!?」

 絶対、嘘だ。

 慌てて付き添おうとする先生を強く遮って、恵玲は一人で校舎のほうに歩いて行ってしまった。まるで怒っているかのような、力強い足取りだった。

 もう、なにがなんだか、とあきらめに近い気持ちで彼女の背中を見送っていると、代わりに見慣れた金髪が視界をよぎった。あっ、と声をあげて、思わず町田と声をそろえて呼び止める。こちらを振り返った風也は状況を見て何かを察したのか、ものすごく逃げたそうな顔をした。首から下がっている青いハチマキが、白い体操着の上でふわりと揺れた。

「なんかめんどくせぇタイミングで来ちまったな……」

 その表情を意外そうな顔で見る先生。と、胸に手を当てキラキラした瞳で見つめる町田。

「今ね、風也くんを賭けて友賀さんと勝負しようって話、してたんだよ!」

 そんな、夢見る少女の顔で言うセリフではない。
 風也は胡乱うろんげに彼女を見て、「帰りてぇ……」と頭を抱えるような声音で呟いた。それを3組の面々が、苦笑を交えつつも存外穏やかな空気で見つめていて、私は自分の厄介な状況を棚に上げて、少しほっとした気持ちでそれを眺めていた。