コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第2章 第6話『揺らぎ』(4) ( No.399 )
- 日時: 2019/10/14 11:36
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: E616B4Au)
屋上へ続く重たい扉を開けたとたん、乾いた風が金糸を揺らした。視界を覆ったそれを鬱陶しげに耳にかけ、かわりに襲ってきた容赦ない日差しに顔をしかめる。そのまま視線を落とすと、その先には見慣れたコンクリートの地面と、黒い、人影。はっとして風也が目を上げた先には、薄手のロングコートを着た長身の青年がわずかに目を見張ってこちらを凝視していた。
コートの裾がはためいているのを見て風也は思わず空を見上げる。まっさらな青空から降り注ぐ日差しは十二分に熱を含んでいて、手でひさしを作っていても頬を汗が伝うくらいだ。なんだか前にも同じようなことを思った気がするなと心の中で苦笑しながら、風也はゆっくりと視線を青年に戻した。予想外の先客は、初めてこの場所であった時と同じように、ワインを片手にひとり佇んでいた。
「すげぇ久しぶりだな。つーかお前それ暑くねぇの?」
苦笑交じりに青年――有希白波に声をかけると、彼はわずかに目を見張ったまま、どこか宙に浮いたような声音で呟いた。
「……覚えているのか」
予想外の返答に眉をひそめる風也。
「覚えてるって何を……。お前のことだったらそんな暑い格好してワイン持ってる中学生、そうそう忘れねぇよ」
言いながら、開けっ放しだった扉を閉める。重い金属が大きな音を立てると、それまでどこか呆けた様子だった白波は我に返ったように目を瞬いた。
それっきり黙ってしまった白波を問い詰める気も起きず、風也はゆったりとした足取りでフェンスのほうへ向かった。数メートル離れた場所から白波の視線を感じるが、とくに何も言ってくるでもない。風也も何も言わずに左手でフェンスを握り外を見下ろすと、体育祭真っ最中の校庭は、いつになく人と熱気と砂ぼこりでにぎわっていた。
まだ自分が出る競技まで時間がありそうだ。首に下げた青いハチマキを手でおさえつつ眼下の校庭を右から左に流し見る。ほとんどが豆粒のように見える中、見知った顔は背格好でだいたい見当がつく。
フェンス越しに眼下を見下ろしたまま、風也はおもむろに右手に声を投げた。
「何か用があってここに来てんの」
しばらくの沈黙の後、低い声が短く告げた。
「誰も来ない場所に……」
「あぁ、そういや前もそんなこと言ってたな」
ようやく視線を彼に向ける。はっきりとこちらを見ているその瞳は、どこか昏く、おぼつかない。まるで特別な意思もなくこの場に立っているように見えるのに、なぜかその目は明確にこちらに向けられていて、不思議な奴だと風也は目を細めた。そのままフェンスに背を向けてもたれかかると、さびついた甲高い音があたりに響いた。
「でもここ、オレ結構来るぜ。昼休みだと亜弓とか他のやつも来るし。まぁ今日は体育祭だから……」
風也はふと思いあたって言葉を止めた。
「あぁ、体育祭やってるから今なら誰も来ないと思ったのか」
白波は何も言わない。じっとその場に佇んだままの彼を、時折ふく風だけが軽やかに撫でていく。
彼から視線を外した風也は、フェンスにもたれかかったまま地面に胡坐をかき、ゆっくりと目を閉じた。静かな空間で目を閉じると、風だけが色濃く感じられて、気持ちよかった。
「悪ィけどオレ30分くらい寝てから下戻るから、それまで――」
「いや、もう用は済んだから、いい」
「え?」と問い返すより早く、
一段と強い風が、辺りに吹き荒れた。驚いて目を開けようとするが、風にあおられた金髪が視界を覆ってうまく開けられない。髪を抑える手の甲に、頬に、体に吹き付ける、芯の通った――風。
――まただ、と風也は思った。初めてここで会った時と、同じだと。
風がやんで目を上げると、やはり白波の姿は忽然となくなっていた。狐に化かされたような気持を味わいながら、しかし風也は、肌に残る風の感触に、言いようのない違和感を感じていた――