コメディ・ライト小説(新)

番外編 ( No.412 )
日時: 2019/12/28 16:53
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: U7ARsfaj)

本編には入れられそうにない功(下橋のサブリーダー)のお話を番外編ということで書いてしまいました。
タイトルは未定(かつ考える予定も未定)です。
本編だと影が薄いかもしれませんが、功はいいぞ!!←とだけ言い残しておきます……。
それでは番外編のはじまりはじまり~(*'▽')






 * * * * * * * * * * * * 


「ねぇ」
「ん?」
「なんでこうって銀髪なの」

 細い声に問われて、俺はすぐ隣を振り返る。下橋のメンバーに負けないくらい長い時間を共に過ごしている女が、隣を歩きながらリスのような丸い目でこちらを覗き込んでくる。俺もたぶん今、目を丸くして彼女を見ているだろう。あまりに予想外な質問だったから。
 とっさに思い出せなくて、正面に視線を戻す。乾いた街路樹が視界に広がって、記憶の中の色をはたと刺激した。

「あぁ、そういや、すすめられたんだったな。忘れてたけど」

 思わず苦笑を漏らすと、空気に溶ける白い息。隣を歩く彼女は「ふーん」と恨めしげに呟いて、

「どうせ下橋の人たちでしょ」

軽く横目にこちらを睨んできた。ははっと乾いた笑いが漏れた。

「当たり」

 思い出すのは、まだ隣を歩く彼女と出会う前。「革命」を起こして間もない、遠いあの頃——……





「芝崎さんは~、銀髪!!」

 秋のおわり色濃い街路樹の下。自信みなぎる声でそう言ったのは、革命仲間の月上有衣。下橋の刷新と共にみんなでイメチェンでもしないかと盛り上がっていた最中だった。
 進行方向を背にしてこちらを振り返りながら歩く彼女は、光るような快活な笑顔全開で、にっと白い歯を見せている。

 ――……銀髪……?

 彼女の口から飛び出した奇抜な色に、内心眉をひそめる。自分は今刈り上げた髪を明るめの茶色に染めていて、ちょうど彼女の肩口で揺れているボブへアーと同じような色だった。言ってしまえば、街に溶け込みそうな無難な色だ。
 自分でも思いついたことすらない色で、にもかかわらずそれをすぐに拒否する気にならなかったのは、彼女から溢れ出る裏のない明るさのせいか、はたまた全く別の理由か。

 ――……銀髪、ねぇ

 鍛えられた腕を組んで難しい顔をしていると、すぐ横を歩いている蓮田夜ゑが、くすくすと笑いながらこちらを見た。

「そんな、芝崎さん、本気で悩まなくたって」
「いや、考えたこともなかったから逆にどうなるんだろうと思って。つーか、“功”でいいって」

 苦笑交じりに夜ゑを見ると、「あ、つい」と笑って口元を押さえる。すると、夜ゑの向こうから風也がひょこっと顔を出してこちらを見上げた。茶色い癖っ毛が、耳元でふわりと揺れた。

「……たしかに銀髪似合いそう」

 まだ声変わりのない幼い声に、有衣が飛びつく。

「だろっ!? アタシのセンス間違ってないだろ!?」
「別に銀髪やってもいいけど、俺だけイメチェン度が高くねぇか? 例えば伸次も髪真っ青にするとか……」
「は!? オレも!?」
「功が銀髪にするなら、オレ金髪にする」

 伸次とのやりとりに突然投げられた声に、俺も含め皆が一斉にその主を振り返った。背格好はまだ小学生と大差ないグループのトップが、なぜだか口元を緩めて茶色い前髪を指にくるくると巻き付けていた。





 乾いた木々の隙間から、オレンジの陽が射し込むころ。有衣と風也は、買い物をしてから下橋に行くと言ってふたりで去っていった。風也は半ば強制的に連れていかれているようにも見えたが。
 その後ろ姿を苦笑しながら見送っていると、夜ゑがいたずらっぽい目つきでこちらを見上げてきた。大きな黒瞳くろめが艶やかに光っている。

「さっきの、なんで銀髪にしてもいいって言ったんですか?」

 とっさに言葉が思いつかず、黙って隣の彼女を見つめる。その横で、伸次もぱちぱちと目を瞬かせて彼女を見ている。

「……いや、別に、たいした理由は」
「そう? でも例えば、銀髪をすすめたのがあたしとか伸次だったら笑って流してたでしょ」

 ふふっと笑って視線を前に戻す夜ゑ。こいつは敵に回すと怖いやつだ、とこのとき初めてそう思った。

 渋い顔で正面に視線を向ける。ふとそれを一瞬横に投げると、伸次はこちらと夜ゑとを交互に見やって眉をひそめていて、俺は内心胸をなでおろした。

 真横にいる夜ゑにしか聞こえないような小さな声で呟く。

「そんなバレるようなことしたつもりねぇんだけど」
「うん。だって、カマかけてみただけだし」
「おま」
「嘘です。功、あのふたりのことよく見てるから。……見てるというか見守ってるというか。でもたぶん、そうなんだろうなって」

 それは随分と優しい声音で、俺は急にむずがゆくなって上着のポケットに両手を突っ込んだ。

「言うなよ」
「ふふっ、どうしよっかなぁ」

 むっとして彼女を軽くにらむと、その向こうでわけがわからず拗ねている伸次が視界に入って、ふとさきほどの会話を思い出した。

「そういや風也あいつなんで急に金髪にするなんて言ったんだろ」

 今までそんな話はしたことがないのに。癖っ毛が嫌だと言っているのは聞いたことがあるが、金髪にしたいというのは初耳である。
 内心首をかしげていると、急に夜ゑが楽しそうに笑ってこちらを見、予想外のことを口にした。

「それは風也が功に憧れてるからでしょ」
「えっ」
「真似、したくなったんじゃない? 革命早々三角関係なんて、先が思いやられるわ~」

 頬に手を当てゆるゆると首を振る夜ゑ。
 5人で一緒に過ごす時間が増えてまだ間もないにもかかわらず既に相当のことを把握しているらしい彼女に、先が思いやられるのはこっちだと俺はひきつった笑いを浮かべた。





「黙っちゃって。思い出してたの?」

 肘で二の腕をつつかれて、俺ははっと目をあげた。隣を見ると、くりっと丸い目がこちらをじっと見つめていて、俺は苦笑交じりに息を吐きだした。

「ちょうどこんな季節だったから、つい」
「なにそれ。おじいちゃんみたい」

 そう言ってコロコロと笑う。それを穏やかな気持ちで見つめて、俺はふと高い空を見上げた。

「きっかけはすすめられたからだけど、なんか案外気に入っちまったんだよなー、この銀髪」
「すすめた人、当ててあげよっか」
「え」

 眉をひそめて彼女を見る。艶やかな唇が、にっと弧を描いた。

「有衣ちゃん」

「――すげぇ」

 目を丸くしてそう言うと、彼女はぷっと吹き出した。

「言ってるとこ目に浮かぶじゃん。功は銀髪!って。ね、当たってるでしょ?」

 やや恐怖も覚えつつ感心しながら何度も頷く。

「でも似合ってるからすすめてくれて感謝だね。銀髪のままおじいちゃんになるのかな」
「いや、さすがにそれは。つーかさっきからなんでおじいちゃん、おじいちゃんって」
「ふふ、なんとなく」

 そう言って笑う彼女はなんだか嬉しそうで。
 こちらまで笑みを引かれながら、俺は懐かしい気持ちをあらためてそっと奥に溶かした。


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