コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 2章 第1話『愛しき日常』(9) ( No.98 )
日時: 2011/09/04 11:58
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)
参照: 退屈な話が続きますが今しばらくご辛抱を←


 左腕を軽く持ちあげて時間を確認する。園香に指定した待ち合わせ時間まであと数分だ。扇は腕を戻すと、黙って歩く速度を速めた。



 ――園香と出会ってから、いったいどれくらいの月日が経ったのだろう。

 そんな疑問がふとわいて、扇は歩きながらつい指折り年数を数えてしまった。園香がE・Cに加入したのは扇が加入した1年後なので、もうかれこれ7年も経っていることになる。それまでは住む場所も学校も、学年さえも大きく違う、ただの赤の他人だった。E・Cに入らなければ、いや、そもそもこんな人外な能力を身に宿していなければ、おそらく決して出会わなかったであろう女性。そんな女性と今こうしてお互いの時間を会わせ、2人きりで話をしようとしているのは、考えてみれば奇跡に近いことだった。単純に考えれば、だが。

 扇は足をテンポ良く動かし、いつもの待ち合わせ場所―海の一望できる海浜公園―を目指す。足が長いせいか歩幅が広く、彼は基本的に人より歩くのが速い。短い石の階段を降りつつ、ずれそうになる黒縁の眼鏡を指先でおさえる。クリーニングに出したばかりのワイシャツの袖は七分丈で降り、襟元は1つボタンをはずしてシンプルだがオシャレなデザインのネクタイをきちっとつけている。だらしない恰好が嫌いな彼は、ネクタイをはずすのにも抵抗があるのだ。適度な長さに切った黒髪も綺麗に整えられていて、しっかりと性格が出ている。引き締まった顔つき。好きなくとも見た目に関しては硬派なのだ、彼は。

 海浜公園とたどりつき、そのさらに奥を目指す扇。脇目もふらず一直線に待ち合わせ場所に向かう彼の頭には、未だにぐるぐると疑問が渦巻いている。

 ――……俺達が出会えたのは、本当に奇跡だったんだろうか

 もう、ずっと以前から何度も繰り返してきた問いだった。そして、簡単に答えを出すのは困難だろう問い。自分達はなぜ能力を持って生まれてきたのか。自分達はなぜ影晴のもとで能力を駆使し任務をこなしているのか……いや、そもそもなぜ影晴は能力者である自分達をE・Cという組織に集結させたのか。

 海側から吹いて来る冷たい潮風が、真正面から扇にぶつかってくる。冷気が、彼の体を一気に冷ました。

 ――……影晴が、仕組んだことではないのか?

 脳裏に浮かぶ、影晴の顔。いつも悠然と微笑み、ただ能力者達をあたたかく見守っているかのように見える主。しかし彼は、E・Cのメンバーにまともに素性を語ったことはない。出身も、年齢も、職業も、家族のことも。職業についてはE・Cがそうなのかもしれないが。扇達E・Cのメンバーが知っているのは、彼自身が“透視”と“能力察知”の能力者であることだけだ。
 扇は正直影晴のことを信じることができなかった。この間屋敷に呼ばれ、麗牙のメンバーと初めて対面し、最後に1人残されて影晴と話したあの日以来、さらに警戒心が増した気もする。

 それまで一定のリズムで動いていた足が、ゆっくりと速度を落としていった。数歩進んだ先で立ち止まり、扇は神妙な顔つきで遠く前方に広がる水平線を見つめる。この周辺には人気がない。聞えるのは、波のざわめきと、海側から吹いて来る風の音のみ。目を閉じると、自分の心がしんと静まり返るようだった。体の横で、両のこぶしを握る。

 ――……話そう園香に、あの日のことを。もうこれ以上、影晴には従えない

 ゆっくりと瞼を上げる。眼鏡の奥には、決意を固めた断固として揺るがない目があった。