コメディ・ライト小説(新)

1-1 ( No.1 )
日時: 2018/03/28 13:36
名前: 塩糖 (ID: D.48ZWS.)

第一話「その日彼は一般人であった」-1


 世界はきっと単純なようで複雑……そう見せかけて、至極単純である。
 努力したものは報われる、才あるものは更にである。逆に言えば、努力しないもの、方向性を間違えたもの、それらは当然報われるはずもない。
 買ったことすらない宝くじは当たらない……とはいえ生まれながらにしてくじを所有しているようなものもいるが。
 だから、少しだけ努力した俺はいつだって、少しだけ報われるのである。

「佐藤ー」
「はい」

 名前順で、さ行だからそこそこ早めに呼ばれ、返された小テスト。見れば少しバツが見えて、「まあこの程度だろうな」と驚くこともない点数。
 無論、事前の勉強もその程度。臨む姿勢もその程度、クラスの中では中間よりも上で、上位層の中に混じれば劣る。いつもと変わらぬ、俺の位置だ。

「佐藤、お前今回のテストどうだった? 見ろよ、今回は平均超えたぜ」
「ん、おぉ? やったじゃん」
「お前は……なんだまたそんくらいか。相変わらずだなー」

 何故か赤点を取っても見せびらかしてくるクラスメイト、彼の点数をどう評していいかもわからずに、曖昧な賞賛を送った。
 それを彼は特に気にすることもなく、こちらの点数を見てつまらなそうに机に腰かける。
 成績でいえばこちらが上位であるが、点数の上下でいつも楽しそうにする彼は、少し羨ましい。
 その後、先生の小言を聞きながら回答直しを始める。隣の席に、聞き逃した所を聞いてはそこを直す。また逆に聞かれては、先生の言葉を自分なりに解釈して渡した。

 時期は中一の夏、中間テストは過ぎ去り、幾たびの小テストも乗り越えた。入学してから、周りがどれだけ上がったり、落ちたりしても変わらぬ位置。
 中学に入って、現状維持が出来ているというのは聞こえがいい……が、ただ単に今以上の努力を面倒くさがっているだけだ。
 もしかしたら、所詮は1,2か月だけの位置。期末……いや夏休みに入る辺りから段々と成績が落ちるかも。なんて考えが浮かんでも「なら今のうちに復習を重ねて成績を上げよう」とはならない。
 多分だが、こうして校庭側の窓を見つめ、現状をつまらないと考えるのは、年齢からくるものなのかもしれない。
 それでも、刺激がない人生というのは本当に苦痛だ。部活動の方も、ついつい面倒くさがって赤十字系のボランティア部に入ってしまったものだから、成果も何もあったものではない。

 ああ、本当につまらない。その辺で財宝でも拾わないか、それとも異世界からやってきた妖精とバディにでもなり世界を救ったりしないか。なんてどこぞの三文小説にありそうな展開を想像しては、馬鹿なことをと心の片隅で笑った。
 きっとそんな主人公になったところで、自分など器ではない。それは一番よくわかっているというのに。

 そんなことばかりして、いつのまにやら時刻は放課後、掃除の時間。掃除は少し好きで、ノッた日には少々細かいところまでやってしまう。
 いわゆる凝り性という奴だろうか、本職ならば毎回それを発揮するのかもしれないが、流石にそこまではいかない。

「ん、なんだこれ」
「どした、ゴキブリでもいた?」
「いや、これこれ」

 今日は美術室の掃除をしていた。迂闊に作品などを壊さぬよう丁寧にし掃いていた所、何やら不思議なものが部屋の隅っこに置かれていることに気が付く。それは割れたガラスの破片がまとめられた袋と一緒に、床に置かれていた。
 革製品、であろうか。顔を覆う様に形作られた黒い革、鼻辺りからは鳥のようにとんがった嘴が、目の部分には半透明の蒼いレンズが付いている。仮面、の一種だろうか。
 革自体は黒く、なんというか……カラスを連想させた。
 ――少し、格好いい。

「なにかあったの?」
「あ、先生。いや、ちょっとこれなんだろうなって」

 掃除仲間と一緒にそれを眺めていれば、それを不審に思った先生が声をかけてきた。一瞬戸惑ったのちに、素直な感想としてその鳥の頭ような形をした物を指さす。すると先生は、指先にあるものを見て何ともなさげに答えた。

「ああそれ、ペストマスクっていって昔ヨーロッパの方で流行ったペスト……黒死病のお医者さんがつけていたものなんです」
「へぇー、ペストマスクっていうんですかこれ」
「なんでこんな、嘴みたいなものがあるの?」
「あー、それはそこに香料とかを入れて空気をよくするため。空気感染しないためってことらしいけど」

 実際には効かなかったらしいんですけど、付け足して先生は苦笑する。
なるほど、あまり医療が発展しないときの策だったという訳だ、と二人で納得した。
 作られてからそこそこ年代が経っていたのだろうか、マスクは何とも言えない艶をもって、その歴史を伝えてきた。
 ただ、疑問に思うのは何故そんな品物が部屋の隅、ガラクタ同然のように放置されているのか、ということだ。
 それを尋ねると先生は、単純なことと前置きして床に置かれたそれを拾い上げた。
 彼女はそれを軽く叩いて埃を落とし、ポケットから出した布で拭く。

「これ、ちょっと保存状態が悪かったせいで劣化が激しくって。カビも少し出ちゃったからもう捨てるの。ほらここ、小さいけど安いものだし」
「あ、本当だ……」
「えー、これだけで捨てるの。もったいねえ」

 マスクの右上、着けるとしたら左目の上の部分。そこをじっくりと見ると、艶ではない白い何かがあることに気が付いた。どうやらこれがカビで、これが原因で廃棄になってしまったようだ。
 もったいない、の言葉に反応して先生が知人に持ち帰りを提案するが、知人はこういったものは余り趣味ではないらしく遠慮するそぶりを見せる。

「なら、持っていきますか?」
「あ、いや俺んち狭いし……」



「――なら、俺がもらっていいですか?」

 つい、俺はそれを手に取った。




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