コメディ・ライト小説(新)
- 1-1 ( No.1 )
- 日時: 2018/03/28 13:36
- 名前: 塩糖 (ID: D.48ZWS.)
第一話「その日彼は一般人であった」-1
世界はきっと単純なようで複雑……そう見せかけて、至極単純である。
努力したものは報われる、才あるものは更にである。逆に言えば、努力しないもの、方向性を間違えたもの、それらは当然報われるはずもない。
買ったことすらない宝くじは当たらない……とはいえ生まれながらにしてくじを所有しているようなものもいるが。
だから、少しだけ努力した俺はいつだって、少しだけ報われるのである。
「佐藤ー」
「はい」
名前順で、さ行だからそこそこ早めに呼ばれ、返された小テスト。見れば少しバツが見えて、「まあこの程度だろうな」と驚くこともない点数。
無論、事前の勉強もその程度。臨む姿勢もその程度、クラスの中では中間よりも上で、上位層の中に混じれば劣る。いつもと変わらぬ、俺の位置だ。
「佐藤、お前今回のテストどうだった? 見ろよ、今回は平均超えたぜ」
「ん、おぉ? やったじゃん」
「お前は……なんだまたそんくらいか。相変わらずだなー」
何故か赤点を取っても見せびらかしてくるクラスメイト、彼の点数をどう評していいかもわからずに、曖昧な賞賛を送った。
それを彼は特に気にすることもなく、こちらの点数を見てつまらなそうに机に腰かける。
成績でいえばこちらが上位であるが、点数の上下でいつも楽しそうにする彼は、少し羨ましい。
その後、先生の小言を聞きながら回答直しを始める。隣の席に、聞き逃した所を聞いてはそこを直す。また逆に聞かれては、先生の言葉を自分なりに解釈して渡した。
時期は中一の夏、中間テストは過ぎ去り、幾たびの小テストも乗り越えた。入学してから、周りがどれだけ上がったり、落ちたりしても変わらぬ位置。
中学に入って、現状維持が出来ているというのは聞こえがいい……が、ただ単に今以上の努力を面倒くさがっているだけだ。
もしかしたら、所詮は1,2か月だけの位置。期末……いや夏休みに入る辺りから段々と成績が落ちるかも。なんて考えが浮かんでも「なら今のうちに復習を重ねて成績を上げよう」とはならない。
多分だが、こうして校庭側の窓を見つめ、現状をつまらないと考えるのは、年齢からくるものなのかもしれない。
それでも、刺激がない人生というのは本当に苦痛だ。部活動の方も、ついつい面倒くさがって赤十字系のボランティア部に入ってしまったものだから、成果も何もあったものではない。
ああ、本当につまらない。その辺で財宝でも拾わないか、それとも異世界からやってきた妖精とバディにでもなり世界を救ったりしないか。なんてどこぞの三文小説にありそうな展開を想像しては、馬鹿なことをと心の片隅で笑った。
きっとそんな主人公になったところで、自分など器ではない。それは一番よくわかっているというのに。
そんなことばかりして、いつのまにやら時刻は放課後、掃除の時間。掃除は少し好きで、ノッた日には少々細かいところまでやってしまう。
いわゆる凝り性という奴だろうか、本職ならば毎回それを発揮するのかもしれないが、流石にそこまではいかない。
「ん、なんだこれ」
「どした、ゴキブリでもいた?」
「いや、これこれ」
今日は美術室の掃除をしていた。迂闊に作品などを壊さぬよう丁寧にし掃いていた所、何やら不思議なものが部屋の隅っこに置かれていることに気が付く。それは割れたガラスの破片がまとめられた袋と一緒に、床に置かれていた。
革製品、であろうか。顔を覆う様に形作られた黒い革、鼻辺りからは鳥のようにとんがった嘴が、目の部分には半透明の蒼いレンズが付いている。仮面、の一種だろうか。
革自体は黒く、なんというか……カラスを連想させた。
――少し、格好いい。
「なにかあったの?」
「あ、先生。いや、ちょっとこれなんだろうなって」
掃除仲間と一緒にそれを眺めていれば、それを不審に思った先生が声をかけてきた。一瞬戸惑ったのちに、素直な感想としてその鳥の頭ような形をした物を指さす。すると先生は、指先にあるものを見て何ともなさげに答えた。
「ああそれ、ペストマスクっていって昔ヨーロッパの方で流行ったペスト……黒死病のお医者さんがつけていたものなんです」
「へぇー、ペストマスクっていうんですかこれ」
「なんでこんな、嘴みたいなものがあるの?」
「あー、それはそこに香料とかを入れて空気をよくするため。空気感染しないためってことらしいけど」
実際には効かなかったらしいんですけど、付け足して先生は苦笑する。
なるほど、あまり医療が発展しないときの策だったという訳だ、と二人で納得した。
作られてからそこそこ年代が経っていたのだろうか、マスクは何とも言えない艶をもって、その歴史を伝えてきた。
ただ、疑問に思うのは何故そんな品物が部屋の隅、ガラクタ同然のように放置されているのか、ということだ。
それを尋ねると先生は、単純なことと前置きして床に置かれたそれを拾い上げた。
彼女はそれを軽く叩いて埃を落とし、ポケットから出した布で拭く。
「これ、ちょっと保存状態が悪かったせいで劣化が激しくって。カビも少し出ちゃったからもう捨てるの。ほらここ、小さいけど安いものだし」
「あ、本当だ……」
「えー、これだけで捨てるの。もったいねえ」
マスクの右上、着けるとしたら左目の上の部分。そこをじっくりと見ると、艶ではない白い何かがあることに気が付いた。どうやらこれがカビで、これが原因で廃棄になってしまったようだ。
もったいない、の言葉に反応して先生が知人に持ち帰りを提案するが、知人はこういったものは余り趣味ではないらしく遠慮するそぶりを見せる。
「なら、持っていきますか?」
「あ、いや俺んち狭いし……」
「――なら、俺がもらっていいですか?」
つい、俺はそれを手に取った。
*****
次話 >>2
- 1-2 ( No.2 )
- 日時: 2017/09/21 10:31
- 名前: 塩糖 (ID: zi/NirI0)
「その日彼は一般人であった」-2
友人に少し引かれながらも、そのマスクを手にすることができ、ちょっと得をした気分な帰り道。
無論マスクはもらった紙袋に入れている。流石にそのまま持ち帰るほどの度胸はない。勢いでもらったというのもあるが、そもそもこんなものを持っていたら一発で変な奴確定である。親に見せたら大笑いされること間違いなしだ。
(それに、貰う代わりに掃除の量増やされて疲れた……)
その後、保管方法を説明するといわれ奥に案内され、そのついでと言わんばかりになぜか掃除の延長が言い渡された。非常に不服であったが、一度手にしたものを手放すのも惜しく、しょうがないと受け入れた。
そして、帰る際に電源を入れた携帯――未だガラパゴス――に入っていた「今日はてんぷらだけどめんつゆが切れちゃったから買ってきて」というメールに従った。しかし態々買ってこずとも出汁の元と醤油を合わせれば済む話ではないだろうか。
とにかく、その買い物を済ませたために既に日が暮れ始めていた。めんつゆと一緒につい買ってしまった、総菜のコロッケを頬張りながら赤く染まった道を歩く。
(そういえば、学校に最近通り魔が出たとか言うニュースが……まぁ、ま、まだ太陽が完全に沈んでないし)
ふと、地元のテレビでやっていたニュースを思い出す。確か、夜道を歩いていた男子高校生が突然、顔を隠した者に刃物で切り付けらたとか。男子高校生が慌てて逃げてたから、そこまでの傷はおわなかったそうだ。
小学校はそれを受けて集団下校、しかしうちの中学では気をつけるように言われただけだった。
他人事のように受け止めていたが、今こうして普段よりも遅い時間帯に帰るとなると、少々怖い気分になってきた。
なんだか心配になって、たびたび後ろを見ては誰もいないことに安堵と恐怖を覚える。
(そっか今……一人、か)
改めて状況を把握して、背筋がぞくっとする感覚を覚える。元々怖いものは苦手で、ホラーゲームなどもってのほかの自分にとっては耐えがたいものがある。
コロッケもいつの間か食べ終えて、手持無沙汰になってしまった恐怖をごまかすため、頭の中でどうでもいいことを考える。
(この間近所の犬が真四角カットとかになってたな……。あ、あと庭で母さんが育て始めたナントカとかいう植物、ネコにほじくり返されてた)
――コツリ、と自分以外の足音が聞こえた。
ろくにごまかせなかった思考を投げ捨て、音がした方向を注視する。
自分の前方、進むべき道の途中にある分かれ道。直角で曲がったその先に誰がいるのかは、高いコンクリート塀のせいで認識できない。
また音が聞こえた、今度は先ほどよりも小さく、それでいて位置は曲がり角の付近に近づいている様だ。あの角の裏に、誰かが潜んでいるのか……、と想像して息をのむ。
(道を、変えよう)
もしかしたら普通の人がいるだけかもしれないが、既に恐怖に屈したこの体はそれ以上前に進むことを拒むのだ。だから、回れ右をして遠回りになるかもしれないが人通りが多い場所を行こう。
足音を立てずに、後ろを向く。先ほどから確認していたこともあり、誰一人としていない住宅地の道。暗くなってきたことで、街灯が付くかどうか迷い点滅していた。
全速力で走ろうか、いや仮に本物ならば刺激をしないように……そう迷いながらも一歩、歩いてきた道へ踏み出す。
(……ついて、来た?)
足音が、曲がり角から出てきたのを聞いた。それは、こちらに向かい近づいてきている。
心臓が跳ね上がる、続いて手も当てず歩分かるほどに激しく鼓動した。もはや刺激することなど気になどしていられるかと、歩みを早くする。
それに合わせて、更に相手の地面を蹴る間隔が短くなる。完全に、こちらを追っていた。
コロッケをを挟んでいた油まみれの紙を雑にポケットにしまい込んで、マスクが入った紙袋を握りしめる。
もはや、軽く走る程度にまで加速しても、振り払えない。後ろを向くことを避けて、とうとう前傾姿勢になって走り出そうとした時であった。
「――もしもし、そこのアナタ」
固まる、金縛りを受けたように、全身に力が入らずその場で釘打ちされたように止まる。
男の声だ、それも若く……不気味。声の主は俺が止まった後も数歩、こちらに近づく。恐らく距離は、腕を伸ばせば届く程度。少し切らした息を整えて、もう一度こちらに声を発する。
「すいませんが、少しこちらに顔を向けていただけませんか」
既に頭の中で、後ろの人物は通り魔であると確定させた。後ろを向いた瞬間に刺すつもりであろうか、それとも何か趣向があってそれを見定めるためか。とにかく、絶体絶命なのだともう一度息をのむ。
逃げるにも、男性ならば逃げきれないかもしれない。ならば、鞄か何かを投げつけてその隙に……。
数秒ほどの沈黙が流れた後、覚悟を決めた。そう思って俺は、恐怖にのまれたまま、勢いよく後ろを向く。
――そして、眉をひそめた。
「お前かよ!」
「なんだ、君か」
そこにいたのは、自身のクラスメイトである人間。彼もまたこちらを認識して、期待外れだと言わんばかりに肩を落とした。
*****
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次話 >>3
- 1-3 ( No.3 )
- 日時: 2017/09/24 09:35
- 名前: 塩糖 (ID: zi/NirI0)
「その日彼は一般人であった」-3
その人間は、一言で言えば関わりたくない知り合いだ。少なくとも、こいつが小学校のころからの幼馴染などとは認めたくない程に。
別に、髪を染めているわけではない。彼は俺と同じ黒髪だ。タトゥーなどがある、反社会的人間のくくりに入る訳でもない。
いかつい表情をしているわけでもない、むしろ苗字に似合わずの甘いマスクが女子には評判だそうだ。
「まったく、折角の追跡が無駄になってしまいました」
「また、探偵遊びしてるのか?」
ただ、ただ、こいつは厄介ごとを運びすぎる。そして尻ぬぐいは周りの人間……塩崎は何もしない。いや、むしろ事柄を悪化させることばかりする。
自称名探偵、塩崎臆間。そもそも事務所も実績も何もないくせに何を言っているのかという話だ。何か事件が起これば飛んでいき、事態を把握したフリをして頓珍漢な解をもたらす、それが彼だ。
タチの悪いにことに、彼自身は本気で解けたと思っているのが憎たらしい。彼の言うことは右から左へ聞き流し、これ以上かき回されない内にと周囲の人間が奮起する。そうして解決された事件はいつのまにか、彼の手柄になる。本当に不思議な現象である。
それはともかく、彼の「追跡」という発言を気にするのなら、彼は誰かを探そうとしていたのだろう。そこから連想して、彼がまた何か事件を勝手に追っている、というのはわかりきったことだ。
帰り道で無駄に驚かされた、というのも相まって、少々不機嫌になりつつ問う。すると彼は眉一つ引くつかせることなく、遊びではないと言い切る。
「君も知っているだろう? 今巷で噂の通り魔……それを追い、こうして地道な努力をしていたんですよ」
「へぇ、そいつはまた。じゃあなんで俺は追われたんだよ」
「無論、怪しい格好をしていたからです」
何故か自慢げな顔をして、彼は語る。曰く、こんな時間に学生服を着た者が歩いているのは不自然だとか、その手から下げた紙袋が怪しいとか。
別に買い物帰りの、いたって普通な生徒だろうと反論すれば、それは素人の考えと返してくる。
「確かに一見すればそうかもしれませんが、この名探偵の目は誤魔化せませんよ。もしかしたら、犯人が年齢を偽るために着ていて、更には紙袋の中には凶器が入っているのかもしれません!」
(何もなかった時点で、お前の目は節穴だと思うんだ)
いつものことだが彼はこうやって、100人中99人を疑う。そうしてその中のたった一人の犯人を逃がす。なぜ学ばないのか、本当にわからない。
しまいにはポケットにしまったものを出せと言われ、クシャクシャになったコロッケの包み紙すら疑われた。
「ふむ……この油、一体何が入っていたんでしょうね?」
「コロッケだよ」
むしろ何だというのだ、油まみれのナイフでも入っていたと言いたいのか。つくづくおかしな奴だと力が抜け、不機嫌のままだが怒る気にすらなれない。
「では、今度はその紙袋の中身、大事そうに握っていましたが……何が入っているんですか?」
「あー、これはだな……お面だ、ほら」
紙袋の中身、それを見せたらどうせまた妙な絡まれ方をされるのは分かるが、どうせはぐらかしても追及されるだけだ。
少々躊躇した後、紙袋を開けて中身を見せた。やはりそこには、暗がりの中でも存在感を放つペストマスクが存在している。
目の部分のガラスの奥にある暗黒が、なんだか引き込まれてしまいそうな雰囲気を放っていた。
「――ほう……? ええーとこれは、そう……顔を隠すための覆面ですね!」
「名前がわからないなら分からないって言えよお前……、というか使用じゃなくて観賞用だからな」
流石にペストマスクの名称は知らなかったらしく、だいぶ迷ったのちに彼は覆面とそれを表した。
放っておいたら、このまま覆面強盗でもする気だったのかと言われそうだったので、普通に話す。元々学校の備品で、美術の先生からのご厚意でいただいたということを伝えると、納得してくれる。
「しかし、なんとも不思議なセンスをしてますね。どう見てもこれ、お化け屋敷とかの壁にかかってそうな代物ですが」
「どうだっていいだろ、もう帰るぞ――」
「あぁ待ってください」
紙袋を閉じ、さっさと彼から離れようとするも引き留められる。まだ何かあるのか、ため息をついてもう一度彼のほうを向く
そうして先ほどよりかは、真剣な表情こそしている彼に少し驚く。が、こういう時こそろくなことを言わない男だということを思い出して、また力を抜いた。
「なに、クラスメイトのよしみです。私が集めた犯人ついての情報を渡そうかと。警戒するのは大切なことですから」
「情報って、本当に確かなんだろうなそれ」
怪しいと、自然に瞼が下がり疑いの表情になる。彼は人差し指を立てて左右に振り、それを止めてほしいといった所で、自信があるようだ。
「安心してください、この私が調べ上げたのですから。犯人は大柄な女性、年齢はまだ若いでしょう。凶器は恐らく刃渡り10cmも行かない程度の果物ナイフ……ええ、次にその通り魔の情報が出た時には私のお手柄のついでとして載ることになるでしょう!」
「そうか、じゃあな」
こちらが黙っていたのを、何故か彼は情報量の多さに唖然したと勘違いし、調子に乗り始めた。
話半分に聞き流して、さっさとその場から離れる。どうせこのまま自宅に直帰で、いらぬ情報だ。
精々、彼がその通り魔に襲われるということだけはないようにと祈るが、彼はそういったことには無縁なので、大丈夫だろうと思い直す。
(通り魔もどうせ、警察が捕まえるだろ)
そう考えて、なんとなくつまらないものだと感じた。もう少し前ならば、自分が超パワーにでも覚醒して犯人を倒す。そんなありふれた妄想でもしたのだろうかと 己に問う。
手元の紙袋が少し、動いた気がした。
*****
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- 1-4 ( No.4 )
- 日時: 2017/10/02 18:26
- 名前: 塩糖 (ID: zi/NirI0)
「その日彼は一般人であった」-4
スタスタと、両手を大きく振っての帰り道。浮かぶは先ほどの知人への悪態と、それに慄いていた自分の情けなさ。
ああ本当にひどいものだった、とまた紙袋を握る手が強くなる。仮にあれが見知らぬ人で、ただ道を訪ねようとしただけだったなどというオチならここまでイラついただろうか。
(あのエセ探偵じゃなきゃ、だな)
そうだ、そうなのだ。やはり彼だから、ここまで嫌な気分になったのだ。
あの全てわかっているとでも言いたげな雰囲気、しゃべり方。そうしてなんだかんだ落ちない彼の地位。どうしてもそれらが癪に障る。
どうしてあそこまで自信満々にふるまえるんだろうか、何で後になって後悔も何もしないのか。気になって仕方がない、どういう育ちの元にああいった性格が形成されるんだ。
(あーいや、こんなこと考えてもしょうがないか……はぁ)
所詮は、ただの知人だ。考えても意味はない、どうせ高校に進むときに離れ離れになるだろう。あと2年ちょっとの付き合いだ。
そう、もう彼のことなんて考えるのはやめよう。そう決めて、家までの近道となっている細道――、不意にカラスの鳴き声が聞こえる。
(……うん、まあたまにはこっちでもいいな。ビビったわけじゃないから)
それはやめて、遠回りすることにした。細道は街灯もなく、薄暗い。物陰も多く、視界はかなり悪い。
しかし、うん、ただ俺は気分が違っただけである。決して、怯えたわけではない。そう言い聞かせ、角を曲り広いほうの道へ出る。
そちらの方が、人一人通れるかどうかの道とは違い、4,5人が並んで歩ける程の幅がある。ついで間隔は広いが街灯もある。
いや、本当に怖がっているわけではない。帰り道がいつも同じというのはつまらないものであるからだ。と、誰に聞かせるわけでもない自己弁護。
(……ん、なんだあれ? ダンボール、だけど変なところに置いてあるな)
ここから離れた場所にある電柱に添える様、ダンボールが一つ置いてあるのを見つけた。別に畳まれていればただのゴミだと気にも留めないが、それがきちんと組み立てられており、閉まっていて、更にその上に紙が置いてあれば気になるというのが人のサガ。
少し小走りになって、そちらに近寄る。
(さて、なんて書いてあるのかな……)
――寂しがり屋です。――
「……犬か何かか?」
大きさ的に、中に子犬でも入っているのだろうか。紙に書かれた一文が少々言葉足らずな気がするが、余程中のものが寂しがったのだろう。きっと大事なことなのだ。
さて、どうしようかと立ち尽くす。犬は好きだ、散歩中のがいれば撫でに行きたくなる衝動にかられるほどに。
だからこそ、このダンボールを開けて犬猫のたぐいがいれば必ずまた困ることになる。そう確信しているからこそ、開けたくない。
とはいえ、ここで見捨てることもできない。最悪は保健所の人にお願いして、親切な人に引き取ってもらうことを願うか。
持ち帰るという手段がとれたらどれほど楽なのか、ため息をついて中腰になる。
開けた時、何もなく「ハズレ」の紙でも入っているジョークを願いつつ、右手をかける。
(――え?)
暗闇の中にいた何か、目が合う。
人だ、決して獣、ましてや犬猫のモノではない。
それは確かに、空いた隙間から俺を見つめている。
はっとして、手を引く――その前に、隙間から這い出た腕が手首を抑える。人間のものだ、だからこそ、恐ろしくてたまらない。
何度も何度もそれを振り切ろうとするが、体勢の悪さもあいまいまったくほどけない。
「――逃げちゃあ、だめ」
女の声がした、子供が頑張って入れるかどうかの大きさの段ボールから、大人の声がする。
子供に諭すかのような、優しい声はかえってこちらの不安を煽るのみ。
「ぁなっせ、離せよ!」
右腕を上下に振ったり、わざと一瞬力を抜いてフェイントをかける。しかし変わらず右手は抜けない。
だが確かに、効果はあったようだ。
決して転んでほしくない方向へ、
「……うるさいなぁ!」
(――あ、れ?)
急に、力が入らなくなった。次に、それが腹部に走る激痛によって全身が反射的に固まったのだと気が付く。
息が乱れる、今何が起きた……いや知らぬふりしたところで意味はない。
「静かにしてたら、もう少しゆっくりしてあげたのに」
「あ……あ、あぁ」
刺されたのだ、腹を。
何で、包丁で。
肉を掻き分けられた激痛は、今まで体験したことがないもので、数秒経つだけでも精いっぱいだった。
膝が地面につく。引っ張ることがなくなったからか、右手の右側がほどけたが、もう逃げられない。
ダンボールが、完全に開いたらしい。そこから誰かが出てくる、しかしもはや視界は朧気だ。
「さ、て……反応が少ないのはつまんないけど、まぁ逃げられるよりはいいわ」
コツリと、ハイヒールがアスファルトにぶつかる音がする。理解する、どういう事かはさっぱりわからないが、これが通り魔だと。
あぁ、なんともまぁ情けない幕引きだ。激痛に顔をゆがめて最後に思ったことは、何故か余裕に溢れているかのような一言だった。
体の中から、何かが抜けていく感覚がする。
心の臓から、肩へ、腰へ、手足の先へ抜けていく。
きっとこれは、死への流動だろうと納得して意識を手放していく。
(は、は……明日は、ニュースにのるかもね)
何故か、不思議な安心感があった。
カサり、何かが動く音がやけに耳に残った。
*****
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- 1-5 ( No.5 )
- 日時: 2017/10/04 16:10
- 名前: 塩糖 (ID: CioJXA.1)
「その日彼は一般人であった」-5
夢を見た、
それは、無敵になった俺が、悪人をばったばったとなぎ倒していく、そんなふざけた夢だ。明晰夢、という奴か、夢だという確信をもってそれを眺めていた。
自分を背中から見るなんて、無い光景だ。不思議なことに、俺は少々見た目が変化している。
立ち尽くす俺から見える俺、ソイツはとても長く、白い髪を携えていた。当然、俺の黒髪とは剥離していたが、俺ではないと見間違うことはなかった。
俺の意識に引っ張られて、そいつは動いたからかもしれない。悪人の振り下ろす拳を華麗に避けて、回し蹴りを決めるソイツは……格好良かった。
ひどく、気分がよかった。
「……」
ソイツは何も言わず、ただ俺の手足となって悪人をさばいた。風景は幾度も変わる。
銀行強盗、学校に攻め込むテロリスト、爆弾を仕掛けられ乗っ取られた飛行機。
世界の命運をかけ、異形の魔王との戦い、それら全てソイツは成し遂げて見せた。悪を打倒し、それらすべての上に立って見せた。
ああ、何ともすごい英雄になれたものだ……と、達成感に満たされていた。
だが不意に、誰かが肩を叩いたので、後ろへ振り向く。
「…………」
声も出さず、いや……もはや事切れている行員が、クラスメイトが、乗客が、民が、倒れ道を成していた。
理解する。これは、正義のために犠牲となった人たちであると、数少なくない命によって、俺は英雄になったのだ。
もう一度、死の道が続いた先に立っている俺を見るため、彼らから目を離す。
これは……これは、本当に必要な犠牲だったのだろうか。
もっとうまくやれたんじゃないだろうか、後悔が重りとしてまとわりついた気がした。
「………………」
一人で歩いていた。誰を横に置くわけでもなく、背中を見せて進んでいた。
何故かその足を止めたくなって、走り寄って肩をつかんだ。ソイツは、振り向く、
「……………………」
「……なんだよ、その顔」
善悪を嗅ぎ分ける鼻もない、交渉をもたらす口もない。
犠牲を、倒した者たちを見る目もない、そんな顔しかそこにはなかった。
突如、掴んでいた肩を起点に、脆く崩れ始める。同時に、俺自身もその手から崩壊を始める。
いくら足掻こうと、手を伸ばそうと、誰も俺の手などとってくれない。
視点が下がっていく、足は消えた、胴は折れた。最後、そんな全てを見ていた俺の目は、
誰かにふまれた。
君を犠牲にして、ほんの少し、平和への道は伸びた。
◇
意識が、戻る。硬い地面に無理な体勢で倒れていたからか体の節々が痛む。あれ、硬い地面……なんでそんなところで寝ていたのだっけか。
いや、それ以外に、誰かが俺の肩をゆすっている……。少し乱暴で、文句の一つでも言いたくなる。
「――た、雄太!」
(だれ……ぁあ、母さん、か)
寝坊でもしてしまったか、自分の失態かもしれないと思うと体に力が入り始め――ついで全身に走る痛みで目を覚ます。
最初に目に入るのは、見慣れぬ天井。
やたら眩しいな、寝起きというのもあるが照明が強いと感じる。
「雄太!」
顔をつかまれて、首の向きを強引に変えられた。そこには、酷い顔になった母親が。
なんだ、そんなに時間がまずいとでもいうのか。
……待てよ、とだんだん意識を失う前の記憶が明瞭になっていく。
そうだ、確か帰り道にダンボールを開けて、そこから腕が出てきて俺を。
「――佐藤雄太さーん、起きられましたか?」
「ぇ、はい……」
次に声をかけてきたのは、お医者さんだ。黒ぶち眼鏡が特徴的で、彼女の存在が何となくだが、自分の立ち位置を理解させる。
刺された後、病院に運び込まれたのか。腹部に時折走るしびれが表情をゆがめさせた。
つい腹部に手が伸びて、先ほどよりか強く痛みが走る。
(あぁ、あれは夢じゃあないよな……)
それを理解したあと、泣き出す母親を気遣いながら女医さんは俺にいくつかの質問をぶつけてくる。
意識は、痛みは、記憶は、そんな質問に答える。もう意識はしっかりしている、痛みはまだあるが絶対に動けないというレベルではない。
最後に、記憶は刺されたところまでしっかりある、そう言うと二人とも
困惑の表情を浮かべた。
「――雄太は、先生」
「一時の記憶障害、もしくは無意識という線もありますので心配なさらず」
二人とも俺を置いてけぼりにして、謎の会話をする。
なんだろうか、と疑問に思ったが怪我人に無理をさせるのはよくないということで、とりあえず休めと言われてしまった。
「とにかく、アンタは体を治して……お母さんをあんまり心配させないで」
そう言われてしまえば、動けなくなる。卑怯だとも思うが、ある種当然でもあるといえる。
なので、そちらを聞くのは諦め、こちらも患者として知って当然の、自分の症状を確認させてもらうことにする。
こちらの方は特にはぐらかされることもなく、お医者さんのほうが丁寧に話してくれることとなった。
説明が終わると、再度よく休むように念を押されてお医者さんは帰っていった。母親のほうはもう少し話があるということで、いったん病室から出て行く。
根に入らせるためか病室は薄暗い。ふと壁にかけられた時計の方を見やれば、既に針は日が変わったことを指し示していた。
今日は、いや昨日は大変な日であった。一度深呼吸をしてゆっくりと体を起こし、周りを見回す。
帰り道に持っていたものはない、学生鞄はやはり親が……いやよくよく考えれば、事件の被害者が所持していたものだ。
当然証拠物品の一つとして回収されているか。
(まあ、あれも勿論ないよな)
当たり前のことだが、紙袋に入っていたはずのペストマスクもない。出来れば親などには見せず、内緒で返していただきたいものだ。
でも、なんでだろうか。今は何となくそれが手元にないことが安心できた。
それがとある暗示を示していたことを、
昨日が凡人佐藤雄太の物語、最後の日であったことを、
知る日はまだ遠い。
第一話「その日彼は一般人であった」-終
*****
前話 >>4
次話 「鉄をも呑む砂」>>6