コメディ・ライト小説(新)
- 2-4 ( No.13 )
- 日時: 2017/12/04 23:54
- 名前: 塩糖 (ID: quLGBrBH)
「鉄をも呑む砂」-4
時は流れゆくもので、傷も何もかも癒してくれるもの。
そういうものだと思っていた。
だけれど気が付かなかったことがあって、時がたてば、腐り、錆びつくことだってあったのだ。
遅すぎたんだ。だってそれに気が付き、動き出そうとしても……既に俺は脆く崩れ去る程に錆び、足場は腐海と化していた。
「助けてくれ」そう声を出そうとして気がつく、当に己は声を捨てていたことを。
なんでだっけ、そう軽く疑問を一つ、浮き輪にもならぬが抱いて沈んだ。
◇
事件による心的ストレスが原因かもしれない、それでも時間が立てば解決される可能性が高い。そう男の先生は笑顔で説明した。
そういうものなのかと、説明があるとすっと納得ができた。だけどそれをどこかで拒絶している自分がいて、なんとも説明しにくい感情だ。
「ともかく、今はまだ余り出歩いちゃだめだけど、傷が完全に塞がったら外に出たりして気晴らしとかをしようか」
「はい、わかりました」
そう言って、医者が出ていけばまたこの部屋は広くなる。残念、ではないがやはり四人部屋に一人はきついものがある。
いや、今こんな状態で他人と一緒にいる方がつらいかもしれない。
症状としてはめまい、不安感、吐き気……それと幻聴だ。
誰かの喋り声らしきものが、ノイズだらけで聞こえる。
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(うるさい、うるさいしなんだか癪に障る声だ)
意味など分からない、けどそれは……どこかこんな自分を小馬鹿にしている、そんな風に感じた。無論、こんなノイズまみれの声に意思なんてないのだろうが。
耳鳴りは、事件の時の音を無理やり再生してるのでは、なんて考察をしていただいた。これも時が来れば収まるらしいが……気が狂いそうになる。
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それで一つ気になるのは、この声はノイズがかかっているとはいえ確実に男性の声だ。もしや、襲われる前にエセ探偵との会話の方なのか。
そう考えるとこのむかつき具合にも納得である。
――携帯が鈍く振動を起こす、着信の知らせだ。
てっきり両親かと思い、相手を見れば……げんなりとするほかない。なぜ今、いや今だからこそ電話をかけてきてるのだろう。
(被害者の生の声を聞く、こいつの鉄則だっけかそういえば)
むしろ、彼の性格を考えれば昨夜の時点でかけてくるのが当たり前であった。これは、これが、我慢した結果なのである。
いや、多分、彼の今までの行動を思い浮かべ分析すれば恐らく、単に寝ていたか携帯の充電が切れていたとかそういう落ちがありそうだ。
(……まあ、気にしないことにしよう)
そう言い聞かせながら通話ボタンを押して耳に当てた。
「……もしも――」
「おや意外に元気そうですね佐藤くん。しばらく入院と聞いたので、もう少し重体なのかと思いましたが……」
そいつの声は携帯のスピーカー、そして病室の扉の方の二方向から聞こえた。
つまりは、そういうことなのだろう。眉をひそめ、扉の向こうにいる彼に向かって話しかける。
当然、この声は無愛想であった。
「どーぞ」
「……はぁ、まったく情緒を知らぬ男ですね。今のは扉越しで通話を続けるような場面でしょうが。
まぁいいですが、さて昨日ぶりですね佐藤くん」
「どっちかっていうと、ラブコメみたいな下りだろ、それ。
……今は正直誰にも会いたくないんだがな、どうやって病室の番号知ったんだ」
扉を開けて出てくるのは当然、塩崎臆間、エセ探偵である。
どうせ最近読んだ推理小説、またはドラマのシーンに憧れでもしたのだ。気にすることはないし、こいつに情緒なんて言葉は合わない。
そもそも、やたら犯人を崖に追い詰めたがるクセを持つ者の情緒とはなんなのだ。
あれのせいでこちらは真冬の海を泳ぐ羽目になったのだ、今思い出しても腹立たしい。
不機嫌であることを前面に出すが、特に気にするそぶりは見せていない。相変わらずの様で、ある意味羨ましい。
「何、簡単なことです……看護師の方はともかくですが、病院に入る業者、または通うものの口は案外緩いものです」
「態々そんなことを、あぁ……ったく! で、何の用だ。また俺の荷物でも漁る気か?」
わざと違うであろう選択肢を出した。頭の中では、大方犯人ついての目撃情報であろうと見当をつけていたはずなのに。
ノイズのせい……ではない、こいつの声が聞こえた頃からノイズは止んでいる。
(外はアレだが中はマシに……少しは落ち着けるか)
そうだ、一々こんなにカッカしていてもしょうがない。そういう人間であるし、今まで付き合ってきた腐れ縁の相手だ。そう思って肩の力を抜く。
それを気にするそぶりもなく、塩崎は肩をすくめ、こちらの不正解を伝えた。
やはり早く帰ってほしい。
「今回は聞きに来たという訳ではなく、伝えに来たのですよ。
――犯人ついての情報を」
「……そりゃまた、重大ニュースだな」
また始まったか、とため息一つ。
まず犯人の情報とやらは伝える相手が違うだろう、なんてツッコミは彼には通用しない。警察には「すべてを解決してから」が基本であり、つまり彼らには塩崎の間違った推理は届かない。
そう考えるとなかなかよくできているものだ。
こちらの反応に、彼は少し不服のようだが依然その笑みは崩していない。
「まずこの間お伝えした犯人についての情報ですが、そちらは既に意味のないものとなったことをお伝えします。
実は、佐藤くん……倒れている君を見つけたのは何をかくそう、私なんですよ」
「え、そうだったのか?」
意外である、こいつならばそんな決定的瞬間に立ち会わず、至極どうでもいいところで現れそうなものだ。
そんな予想を超えて、彼は当日の様子を語る。
一挙一動、劇の世界にでも入り込んだかのように芝居がかっている。
「はい、私もびっくりしましたよ。
なにせ道に居る倒れている二人、そのうちの一人が知り合いだったものですから。もう一人は女性だったのですが、残念なことに周りの人が集まった音で起き、逃走を許してしまいました」
「そうか……で、情報が役に立たないってのは? 確かに凶器は違っていたらしいけど」
「単純なことですよ、
――あれは。失礼。彼女は姿を自由自在に変えることができるからです。あぁ、これは比喩ではなく、本当にですよ?」
「はい?」
空いているベッドに腰かけて、軽く流されたその言葉。普段だったら変装上手とか、その程度で済ましていたかもしれない。いつものエセ探偵による誇張であると。
だが、俺には記憶がある。確かにあの時、犯人は……有り得ないような場所から出てきた。それが、その認識がその言葉の意味を深くした。
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