コメディ・ライト小説(新)

2-4 ( No.13 )
日時: 2017/12/04 23:54
名前: 塩糖 (ID: quLGBrBH)

「鉄をも呑む砂」-4


 時は流れゆくもので、傷も何もかも癒してくれるもの。
 そういうものだと思っていた。
 だけれど気が付かなかったことがあって、時がたてば、腐り、錆びつくことだってあったのだ。
 遅すぎたんだ。だってそれに気が付き、動き出そうとしても……既に俺は脆く崩れ去る程に錆び、足場は腐海と化していた。
 
「助けてくれ」そう声を出そうとして気がつく、当に己は声を捨てていたことを。
なんでだっけ、そう軽く疑問を一つ、浮き輪にもならぬが抱いて沈んだ。




 事件による心的ストレスが原因かもしれない、それでも時間が立てば解決される可能性が高い。そう男の先生は笑顔で説明した。
 そういうものなのかと、説明があるとすっと納得ができた。だけどそれをどこかで拒絶している自分がいて、なんとも説明しにくい感情だ。

「ともかく、今はまだ余り出歩いちゃだめだけど、傷が完全に塞がったら外に出たりして気晴らしとかをしようか」
「はい、わかりました」
 
 そう言って、医者が出ていけばまたこの部屋は広くなる。残念、ではないがやはり四人部屋に一人はきついものがある。
 いや、今こんな状態で他人と一緒にいる方がつらいかもしれない。
 症状としてはめまい、不安感、吐き気……それと幻聴だ。
 誰かの喋り声らしきものが、ノイズだらけで聞こえる。

--fgmkれnelcんij,jomlぁwo4zpがnpa23kj,
(うるさい、うるさいしなんだか癪に障る声だ)

 意味など分からない、けどそれは……どこかこんな自分を小馬鹿にしている、そんな風に感じた。無論、こんなノイズまみれの声に意思なんてないのだろうが。
 耳鳴りは、事件の時の音を無理やり再生してるのでは、なんて考察をしていただいた。これも時が来れば収まるらしいが……気が狂いそうになる。

--klmvしjijzaoeろfep,aopooちbrm2koodぁasa

 それで一つ気になるのは、この声はノイズがかかっているとはいえ確実に男性の声だ。もしや、襲われる前にエセ探偵との会話の方なのか。
 そう考えるとこのむかつき具合にも納得である。

 ――携帯が鈍く振動を起こす、着信の知らせだ。
 てっきり両親かと思い、相手を見れば……げんなりとするほかない。なぜ今、いや今だからこそ電話をかけてきてるのだろう。

(被害者の生の声を聞く、こいつの鉄則だっけかそういえば)

 むしろ、彼の性格を考えれば昨夜の時点でかけてくるのが当たり前であった。これは、これが、我慢した結果なのである。
 いや、多分、彼の今までの行動を思い浮かべ分析すれば恐らく、単に寝ていたか携帯の充電が切れていたとかそういう落ちがありそうだ。

(……まあ、気にしないことにしよう) 

 そう言い聞かせながら通話ボタンを押して耳に当てた。

「……もしも――」
「おや意外に元気そうですね佐藤くん。しばらく入院と聞いたので、もう少し重体なのかと思いましたが……」

 そいつの声は携帯のスピーカー、そして病室の扉の方の二方向から聞こえた。
 つまりは、そういうことなのだろう。眉をひそめ、扉の向こうにいる彼に向かって話しかける。
 当然、この声は無愛想であった。

「どーぞ」
「……はぁ、まったく情緒を知らぬ男ですね。今のは扉越しで通話を続けるような場面でしょうが。
 まぁいいですが、さて昨日ぶりですね佐藤くん」
「どっちかっていうと、ラブコメみたいな下りだろ、それ。
 ……今は正直誰にも会いたくないんだがな、どうやって病室の番号知ったんだ」

 扉を開けて出てくるのは当然、塩崎しおさき臆間おくま、エセ探偵である。
 どうせ最近読んだ推理小説、またはドラマのシーンに憧れでもしたのだ。気にすることはないし、こいつに情緒なんて言葉は合わない。
 そもそも、やたら犯人を崖に追い詰めたがるクセを持つ者の情緒とはなんなのだ。
 あれのせいでこちらは真冬の海を泳ぐ羽目になったのだ、今思い出しても腹立たしい。
 不機嫌であることを前面に出すが、特に気にするそぶりは見せていない。相変わらずの様で、ある意味羨ましい。

「何、簡単なことです……看護師の方はともかくですが、病院に入る業者、または通うものの口は案外緩いものです」
「態々そんなことを、あぁ……ったく! で、何の用だ。また俺の荷物でも漁る気か?」

 わざと違うであろう選択肢を出した。頭の中では、大方犯人ついての目撃情報であろうと見当をつけていたはずなのに。
 ノイズのせい……ではない、こいつの声が聞こえた頃からノイズは止んでいる。

(外はアレだが中はマシに……少しは落ち着けるか)

 そうだ、一々こんなにカッカしていてもしょうがない。そういう人間であるし、今まで付き合ってきた腐れ縁の相手だ。そう思って肩の力を抜く。
 それを気にするそぶりもなく、塩崎は肩をすくめ、こちらの不正解を伝えた。
 やはり早く帰ってほしい。

「今回は聞きに来たという訳ではなく、伝えに来たのですよ。
 ――犯人ついての情報を」
「……そりゃまた、重大ニュースだな」

 また始まったか、とため息一つ。
 まず犯人の情報とやらは伝える相手が違うだろう、なんてツッコミは彼には通用しない。警察には「すべてを解決してから」が基本であり、つまり彼らには塩崎の間違った推理は届かない。
 そう考えるとなかなかよくできているものだ。
 こちらの反応に、彼は少し不服のようだが依然その笑みは崩していない。

「まずこの間お伝えした犯人についての情報ですが、そちらは既に意味のないものとなったことをお伝えします。
 実は、佐藤くん……倒れている君を見つけたのは何をかくそう、私なんですよ」
「え、そうだったのか?」

 意外である、こいつならばそんな決定的瞬間に立ち会わず、至極どうでもいいところで現れそうなものだ。
 そんな予想を超えて、彼は当日の様子を語る。
 一挙一動、劇の世界にでも入り込んだかのように芝居がかっている。

「はい、私もびっくりしましたよ。
 なにせ道に居る倒れている二人、そのうちの一人が知り合いだったものですから。もう一人は女性だったのですが、残念なことに周りの人が集まった音で起き、逃走を許してしまいました」
「そうか……で、情報が役に立たないってのは? 確かに凶器は違っていたらしいけど」
「単純なことですよ、
 ――あれは。失礼。彼女は姿を自由自在に変えることができるからです。あぁ、これは比喩ではなく、本当にですよ?」
「はい?」

 空いているベッドに腰かけて、軽く流されたその言葉。普段だったら変装上手とか、その程度で済ましていたかもしれない。いつものエセ探偵による誇張であると。
 だが、俺には記憶がある。確かにあの時、犯人は……有り得ないような場所から出てきた。それが、その認識がその言葉の意味を深くした。



*****
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Re: 砂の英雄【2-4更新 10/17】 ( No.14 )
日時: 2017/12/04 23:54
名前: 塩糖 (ID: quLGBrBH)
参照: http://引っ越し完了しました

「鉄をも呑む砂」-5



 塩崎はいつだって持論は崩さない。誰かに言われた、そんなこと変わるような人間であれば大手を振って協力しただろう。
 つまり、だ。普段はオカルトチックなものは信じない彼がそういう、それほどに強力な何かを見たのだ。

「私が発見した時、間違いなく彼女の腕は異形と化していました。佐藤くん、君はアニメなどは見ますか、……見るかい?
 まぁ、私も全然ですが……とにかく、浅黒く決して女性とは思えないほどの太さを持った腕でした。
 最初見たときはコスプレの一種かと思ったんですが、次第に年相応であろうモノへと戻っていきました……いえ、戻るという表現すら正しくないのかもしれませんね。なにせ、その年相応の姿とやらも本当に彼女のモノか怪しいのですから」
「…………」
「おや、どうかしましたか? すっかり青ざめているようですが」

 荒唐無稽、そう言い張りたいものであるがはねのける理由もない。それにこいつは勘違いこそすれど、ここで嘘をつくような奴ではない。
 だから、つまり、俺はそんな化け物に襲われた、というのが現実になるわけで。
 背筋の一つも冷やさないと、思考の熱の放出が追い付かない、そんな脳内ジョーク一つ飛ばすほかなかった。
 しかしそれ以外に気になることが一つ、ふと浮かんだのでぶつけようか。手を軽く上げて質問しようとするも、それは彼の手で遮られた。
 
「おっと、私の推理がここから始まります。故に佐藤くんは少し黙っていてください」
「んー……まぁ、いいか。分かったよ、こうなったらとことん聞くよ」

 今日の彼は何故か迫真、どこか纏う雰囲気が違うように思える。そんな彼の推理であるならば聞いてもよいか、一先ずうかんだものを飲み込んだ。

「そう、その姿勢が大事ですよ佐藤くん」

 彼はその対応を見てか満足そうに口元を緩ませ、今度はベッドに深く腰掛ける。その際、彼のポケットから何を取り出し近くのクズカゴに捨てた。
 見た限り開封済みの封筒であったが、大事なものではないのだろうか。 そういえば以前、彼が事件解決につながる重要なメモをゴミだと思い、破り捨てたことがあった。
 彼の目がズレた際に回収しておこう、心に決める。
 ともかく、今は話を聞こう……。

「さて、ではまず肝心の犯人ついてですが――!?」

 急に意識が、飛んだ――。





 欠けた夢が流れる、一人称のような、しかしどこか浮いて俯瞰しているような、不思議な感覚だ。

『昨夜、群馬県○○市の閑静な住宅街で倒れていた女性についてですが、先ほど息を引き取ったそうです。被害者は……』

 電気屋のガラスケース、そこに置かれたテレビの前で呆然と立ち尽くしていた。
 もうとうに太陽は顔を出しており、そろそろ「彼」は場所を変える必要がある。
 流石にこの格好は目立つ、血で染まった衣服は指でつつきながらこれからどこにいくべきか考えていた。

「……口を開け、舌を回せ、思考と会話すれば少しはましになる」

 気休めだろう。
 誰もいないところに向かった喋る血まみれの男、ただの通報案件だ。
 が、そうでもしなければ気が狂いそうになる。

「家はどうだ、一旦戻って衣服だけでも」
(子供が殺人犯ということを知らせるだけだ。ベストな選択肢は、こちらも死んだという風にして事件の風化を祈るのみだ。
 風化してどうするのか? ……少なくとも逃亡生活が少しは楽になるだろう)

 仮面についた汚れを袖口で落とす。
 流石にそろそろ仮面は外した方が、そう考えたのか一瞬外そうとしてやめた。

「じゃあ、どこに身を隠す? 気を抜けばまた『アレ』になる。人の中は、厳禁だ……そこに隠せるのは人だけ。いっそ化け物の群れでもあればいいんだけど」
(近くの山はどうだ、小さいけど化け物一人隠せるだろう)
「……駄目だ、行方不明者が出ればいち早く調べられる」
「――おや、逃走経路でも探っているので?」

 聴覚に意識を分けなかったせいで、誰かに見つかった。顔も見ず、反対側へと大きく跳躍した。
 そのまま近くの民家の屋根に飛び乗って走り抜けた。

「……犯人はオリンピックに出るようなアスリート……?」

 残された人間は、あまりのことに驚きながらもその顔にはどこか喜色が見えた。
 結局、その後に化け物がとった手段。それは少しでも事件の地から離れようとすることであった。
 だがそれは、県境を超えようとしたところで起きた接触によって中止となった。
 彼は、化け物たちの中に紛れ込んだ。
 
 次は、間違えない――、聞きなれた声が響いた。




 
 突如として眼が覚めた。何の夢を見たかは、よく覚えていなかった。
 最悪な気分だ、片目の瞼がやたら重く感じつつもあたりを佐藤雄太は確認する。

「(確か塩崎との話中に……? 薬の副作用かなにか、かな)……塩崎?」
 
 だが、彼を探してもどこにも見当たらない。流石に帰ってしまったか、そう判断して窓の外を見やる。
 既に日が沈み、カーテンが半分ほど閉められている。
 気を利かせてくれたのだろうか、カーテンのおかげで夕日の光が顔に当たらないようになっていた。

「佐藤さーん、体調はどうですか?」
「あ、はい……あれ? 先生?」

 コツコツと足音を立てて誰がやってきたかと思えば、今朝がた見た女医さん。
 はて、彼女は夜勤明けで帰ったはずでは。そう佐藤が疑問に思うと彼女は気が付いたようだ。
 その手に持っていたビニール袋を少し持ち上げ、こちらに笑顔を見せる。

「はは、私は医者ですが……お見舞いというものですよ。同僚から少々状態を聞きましてね。ほらこれ、お饅頭……好きですか?」
「あ、どうもありがとうございます……」

 受け取ったビニール袋に手を入れてみれば白いお饅頭。気を利かせて態々持ってきてくれたとは、この女医さんには頭が下がらない。
 勧められるがままに佐藤は一口、久々の甘味に思わず顔を綻ばせる。

「ふふ、いい顔しますね。聞いた話では精神的に不安定と聞きましたが、時間的問題でしょう、安心しました」
「そう、ですか? そう言われるとこっちもなんだか安心できます」
「……ところで、少し話をしません?」
「? 大丈夫ですけど……」

 なんだろうか、佐藤が首をかしげている隙に女医は病室の扉を閉め、鍵をかける。
 一瞬その動作に気をとられた後、誰にも聞かれたくないことなのだろうかと独りでに納得する。
 カーテンが閉まっていない方の窓辺に寄りかかれば、まだ若い彼女が背後の夕日で照らされる。
 彼女の容姿も整っており、見惚れるような場面であるなと何故か冷静に分析していた。

「あ、別にそんな重大な話じゃありませんよ? 単に世間話の一つとして、コイバナでもしようかなと」
「へ、コイバナ……ですか。(気を使ってくれてるなあ)とは言っても俺、全然そういうの」
「そうなんだ? 最近の中高生なら浮いた話の十や二十でてくるものじゃないんだ~? ほら佐藤さんも好きな子とかいないの?」
「んー、いやあんまりまだそういう感情は」
「じゃあ好みのタイプとかはある?」
「そう、ですね……ショートカット?」

 しばらく、他愛もない会話が続いた。特に考えたことはなかった女性の好みを話して、それについてのツッコミを受けたりして、まあまあ楽しい会話のはずだ。
 けどなぜだろう、心の奥底で何かが叫んでいる気がして素直に楽しめない。
 そんな心境のまま、佐藤は問を一つ。ただの話の流れで思いついたもので特に意味はない。

「じゃあ逆に、どんな男性が好きとかってありますか?」
「……」

 それを聞いた途端、女医が無表情でこちらを見つめる。
 反応を見て佐藤は己が何か失言したのかと焦り、訂正する。

「あ! 別に嫌なら言わなくても――」
『――おや佐藤くん、起きたんですね』

 ベッドの下から声が聞こえた。それに二人ともに呆気とられ、少しした後に佐藤がのぞくとそこには携帯が一つ。
 佐藤のもので、画面を見るに通話状態である。

(相手は……塩崎? しかもこの通話時間、もしかしてあの時からずっと続いて……)
「……知り合い?」
「えぇ、一応。ちょっとすいません、直ぐ切りますので」
『――やはりつれないですねぇ……あぁ、えぇ。佐藤くんは元気なようですよ?』
「待て、お前誰と会話してる?」
『――?君のご両親ですが、少し病院の周りをうろついていたら偶然ばったりと』

 そのまま帰っていてほしかった、携帯を握りしめながら佐藤は呟く。
 何か変なことを吹き込まれる間にさっさとだ、探偵は迅速を尊んでいてほしいものだ。
 女医さんを少し伺いながら……、と少し目をやると彼女が少しこちらに近づいてきてるような気がした。
 佐藤は、会話が気になっているのだろうか、そう考えて意図的に気が付かなかったふりをする。

『――なにせ君とはうまく会話できませんでしたから、こうして電話でですね?しかし……えぇ、はい。今は普通に会話できていますよ? 大丈夫ですね、先生もそこまで心配せず……え、変わりたい? 別にいいですが』


 どうやら誰かと変わるようだ、流れ的には父か母か……いや。

(先生? 担任か塾の……)
『――もしもし、佐藤雄太さん? 今朝がたぶりですね、体調の方はどうですか?』
「ッ!?」

 汗が噴き出る、声、しゃべり方……そこから判断するに携帯の先にいる相手は、女医である。
 慌てて病室、こちらにいるはずの女医を見れば、更に彼女は近づいていて、手を伸ばせば届くほどの距離に立っていた。
 その顔は微笑んでいて、いやどこか不自然だ。

「……せ、先生?」

 携帯を離して話しかけてみても、彼女は何も言わずにこちらを見つめていた。

--縺輔※縲∝?逡ェ縺九↑

ノイズが再び、頭の中に響いた。



*****
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Re: 砂の英雄【2-6更新 11/07】 ( No.15 )
日時: 2017/12/04 22:12
名前: 塩糖 (ID: quLGBrBH)
参照: http://ぎっくり腰は滅べ

「鉄をも呑む砂」-6



 質問はもはや必要ない、なにも返さぬその様子、立ちぶるまいが全てを自白しているのだから。
 だからこそ、佐藤は瞬き一つせずに彼女の一挙一動から目を離すことができない。片手で握りしめられた携帯からは佐藤を呼ぶ声が何度も響いている。

『――もしもし、佐藤雄太さん? あれ、おかしいな……』
「……ふふ、やっぱり医療関係ってのはブラックですね? 帰った人をわざわざ真似たってのに」 

 女医が、いや女医とは呼べぬ何かかがそこにいる。
 白衣はぐじゅぐじゅと音を立てて、その形を消し、また別の何かを成していく。白衣だけではない、髪は、皮膚は、骨格さえも変わっていく。
 佐藤はそこまでいってようやく、塩崎の言ったことを思い出し吐き気を催した。
 襲ってきたのは、こいつだ。
 あまりに恐ろしくなって、かけていた毛布を彼女に投げ被せることで視界から化け物を消した。

「逃げ、なきゃ」

 毛布の下でうめき声をあげているそれから少しでも離れたくて、ベッドから転びながら病室の扉に手を伸ばす。
 だが扉はいくら引いても開くことはない、鍵の捻りが潰されていた。
 
「逃がさないけど?」
「ッ!」

 毛布の塊から幾多もの刃が生えた。
 そして、ただの布切れとなった毛布は床へと零れ落ち隠していたものをさらけ出す。
 それが、人間であったのは救いと言っていいだろうか。あるいは見るも絶えない化け物が出てきてくれた方が佐藤にとってはうれしかったかもしれない。
 とはいえ、体中から鎌や包丁を生やしたものが人間と言っていいのかはわからないが。
 あまりの恐怖に、腰を抜かし情けない声を出す。その無様な姿を見て、彼女はひどく愉快そうに口角を吊り上げた。

「ふふふ……やっぱり君はいい顔してくれる。どうします、昨日の奴は来やしませんよ」
「あっ、あ……」
「――ほら、利き腕はどっちだったっけ?」
「…………あ?」

 女が片手をぶっきらぼうに上げ手のひらをこちらに向けた。
 そこから何か、黒いものが伸びて佐藤の肩に突き刺さる。それが彼女の背中から生えていた刃物、そう気が付くのは引き抜かれると同時に血が
噴き出してからであった。

「え、えっ、待て」

 反射的にそれから体を遠ざけようとして、体の一部だと思い出す。慌てて無事な方の手で傷口をふさごうとする。
 だが、左手が血濡れになるだけで、勢いは止まることを知らない。どんどんと彼の衣服を血で汚していく。
 血が流れればどうなるか、多分死ぬんだろう。なら止めなくちゃ。
 まとまらない考えでいくら動いても状況はよくならない、当たり前だ。
 そんなことばかりして、ついには血が抜けた影響か、意識がふらついてきた。
 
(駄目だ、死ぬのか、嫌だ、いやだ……けどどうしたらしいい?)
--菫コ縺ォ莉サ縺帙↑縲√♀蜑阪?蟇昴※繧九□縺代〒縺?>

 またあのノイズが佐藤の脳に響く、今までより一番大きく、一番雑音を含んでいて……不思議と受け入れることができた。
 それは、佐藤が簡単に意識を手放すことを望んでいる。何故かそれが最善かの様に思えて、しょうがない。

(あれ.....は)

 力なく倒れた佐藤は見る、自分のベッドの下に隠しておいたあの仮面を。
 ペストマスクもまた、レンズを怪し気に光らせ彼を見ていた。

--縺倥c縺ゅ?∵怙蛻昴〒譛?蠕後?螟芽コォ縺?

 次のノイズが響くと同時に、佐藤の体はまた重くなる。固い床に沈み込むような感覚だ。
 つられて瞼も重くなり、佐藤は意識を手放した……



――が、彼の体は起き上がった。
 肩から出る血も気にせず、うつむきながらも立ち上がった。
 続いて、彼の体の至る所から砂が噴き出す。腕から、目から、口から、砂が出ては床に零れ落ちる。

「……あ?」

 その光景を見て、女はひどく不愉快だと眉を吊り上げた。昨日の邪魔ものがいない、得物を存分に楽しめるステージだったというのに。
 大好きなケーキにハエが止まったような感覚、本当に憎たらしい。
 砂は一定量、佐藤の足元にたまると増加をやめた。そして砂が意思を持っているかのように動き始め、彼の体に纏わりつき形を成していく。
 背丈こそ変わらない、しかし佐藤の黒髪は色をすっかり抜かれつつもみるみると伸び、地についてしまいそうなほど垂れ下がってそれは彼の背中を覆い隠すには十分すぎる。
 変化の中で特筆すべきはもう一つ、
 
「なんだ、そこにいたんですか、というか何なんですかアナタ」
「……縺翫l縺?」

 そいつは、敵を目の前にして悠々とベッドの下にあった仮面をつけ、ようやくしゃべった。人と、獣が混じったような汚い声だが、理性自体は感じられる喋り方だった。
 だからこそ、耳と頭で無駄に捉えようとしてしまい不快感を増す要素となっていた。
 見るもの全てが醜悪だと断言するであろう、彼は――

「縺溘□縺ョ縲√°縺??縺、縺?」

 名前もない、怪物であった。

*****
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Re: 砂の英雄【2-6更新 12/04】 ( No.16 )
日時: 2018/04/18 20:56
名前: 塩糖 (ID: dDbzX.2k)
参照: http://ぎっくり腰は滅べ

「鉄をも呑む砂」-7
 

 その怪物に対して彼女は、今すぐにでも串刺しにし、窓にでも放り投げてやりたい衝動にかられた。
 だが彼女はそれをグッと我慢し、彼の行動を許した。
 彼がマスクを拾い顔を隠す、そのためならば致し方ない。その理由は単純で、余りにもその顔が酷く、見るに堪えられなかったからだ。

「にしても、汚い顔ですね。眼はぽっかり空いてて耳もない、口なんて糸で縫った方がまだマシなほどズタボロ」
「縺ゥ縺?○髫?縺吶?∝ソ?ヲ√↑縺」
「おまけに声も駄目、好みから随分と離れてくれちゃいました」

 もはや興味なし、目の前の化け物は彼女の嗜虐心くすぐるものではなくなった。ならばこのやり取りにすら意味もなし。
彼に己の獲物が利かないのは彼女自身がよく知っていた、が獲物を横取りされて黙っているほど大人ではなかった。
 
「昨夜はどうも、不意打ちが得意な化け物さん」
「……縺?■縺ォ縺。縺ァ縺壹>縺カ繧薙≧縺セ縺上↑縺」縺溘↑」
「耳障りです、まずは彼の体から引きはがすとしましょう」

 そう言って、佐藤の肩を刺した時と同じようにもう一度刃を伸ばす。
 女は昨夜の出来事をよく覚えている、砂の体である彼に包丁は何も斬ることはなくただその体に飲み込まれていったことを。
 混乱する中一度だけ加えられた打撃を参考に、強固な腕を作り上げたがその隙を突かれ昏倒したことを。
 ……と言っても、砂の体を吹き飛ばし再生成する時間を稼ぐ程度だったが。

 今は違う。昨夜とは違い、化け物は佐藤の体を取り込んだ。
 その化け物への攻撃はともかく、核となっている佐藤は別、のはず。

「……? なんで」
「辟。鬧?□縺ェ縲∵里縺ォ陞阪¢縺……」
「っ、まさかアナタ!」

 心の臓、頭、いくら急所を狙っても何かを捉えたという感覚がない。それに対して女は首を傾げた。
 しばらくして、化け物は試しにとばかり自分の腕をもいでみせた。断面からはただ砂が零れ落ちるのみで、どこにも佐藤の体は見当たらない。
 その光景を見て察した女の体はたじろぎ、距離をとった。
 明らかに、そこは彼の砂に覆われていた腕が存在する場所でなにもない。つまりは、
 
「砂に、取り込んだもの全てを砂にするっていうの……!?」
「縺励g縺代>縺ョ縺倥°繧薙□」

 化け物は女性にゆっくりと近づき始めた。
 その手はきっと、友愛も情けも持たない。




 その光景をずっと佐藤は見ていた、見ていることしかできなかった。
 死体ばかりが積み重なり荒れ果てた荒野。
 そこに幾多の鎖で串刺しにされ、身動き一つ取れず空に流れる映像……視点の持ち主は病室の片隅に女性を追い詰めていた。

「――なあ、いい提案だとは思わないか?」

 化け物は死体の山に腰を下ろしてこちらに笑いかけていた。と言っても、鳥の顔のような仮面をしているのだから表情なんて読めないが。
 笑っているような声だが、佐藤には嗤っているようにも感じた。

「あぁ、そっか今は口も雁字搦めか。悪い悪い、けれどこの世界じゃ思うだけで喋れる。そうじゃなきゃ俺も喋れないしな」
「……こうか」
「そうそ、さてしっかりコミュニケーションがとれるようになった所でもう一度、契約の見直しと行こうか」

 ぱっと降り立ち、煽るように彼の周りをゆっくりと歩く化け物。
 その間も映像の中の女性の顔は恐怖に染まっていく。

「まず俺の正体だが──まあ気にしなくていい。
単に路頭に迷った大バカ者、年だけ食って擦れたもの。それでもお前の道を正してやるだけの力はある。
──これから碌な人生を歩まないはずな、お前を」

 鎖が一本、新たに佐藤の足に巻き付き軋む。
 歯を食いしばり、苦痛に耐える。

「お前にいい人生を歩ませてやる。その代わり俺たちはこれから多重人格、荒事は全部俺が担当する」

 そう言って映像を軽く叩いた。そこには反撃しようとして何度も殴打される女性の姿がある。
 どう見ても一方的、勝負にすらなっていない。
 言葉が投げかけられる度、鎖が出ては地面に縛り付けていく。

「そしてこの2日間、見たものは忘れるんだ。仮に変な奴らが接触してきても、お前が意識を失っているうちに俺が始末する」
「……始末?」
「殺す」

 ただそれだけ、何でもないようにしてまた死体の山に腰を下ろした。
 映像の中の視点主の手が女性の顔を掴み、取り込み始めた。掴んでいた手が流動する砂に戻り、顔を埋めていく。

「よ、よせ! 何も殺さなくても……」
「駄目だ、こいつは能力者だし、ほっといたらまた別の奴を狙う、悪だ。
いいかよく聞け佐藤雄太、お前の周りに今後変な奴が現れるかもしれないが、それらは全部いつの間にか消えてしまうんだ。不思議かもしれないが、特に気にせずお前は生きていく。普通に学校に通って、普通に就職して、特に面白みのない人生を送っていくんだ。
……なんとも、素晴らしい人生だろう?」

 既に佐藤の体は鎖だらけ、全てが彼を締め付け苦しめる。それは物質としての重さだけではない、彼の精神をも攻め立てているような気がした。
 ……諦めれば、条件を飲めば、この苦しみはなくなるのだろうか。
 目の前の化け物の素性は不明、自分を襲って来た者を殺すだけと言う彼の言葉……佐藤自身には危害を加えない。それは、メリットこそあれデメリットはあってないようなものではないか。
 
「──んな」

 確かに佐藤雄太の感性、性格は一般人そのものだ。
 人なんて殺せないし、生まれが特別なわけでもない。偶々通り魔に、化け物に目を付けられてしまった、それだけだ。

「……ふざけんな」

 だが化け物は読み違えたことが一つ、忘れてしまっていたことが一つある。
 佐藤雄太は、負けず嫌いであったこと。
 化け物は、演技が下手だったこと。どうしてか、化け物の提案は全て懇願に聞こえていた。

「そうやって如何にも人のことをわかってるふりして、全部自分に向けた言葉なんだろう」

 鎖が一つ、解けて消える。
 佐藤の言葉が、間違いではないことを示していた。

「路頭に迷った大馬鹿だっていったな、そんな奴の言うことを何で聞かなきゃならない。
普通の人生を送らせる、違う。お前が歩きかった人生をやり直したいだけだ。
全部忘れて素敵な人生? 人が殺されるのを見て見ぬふりして……辿り着くのは地獄だけだろ」

 俺みたいにならないでくれ。
 頼むから、普通の人生を送ってくれ。これから起きることには目隠してくれ。

 真っ平、ごめんだった。
 金属を捻じ曲げて、しっかりと自分の足で立つ。

「――俺は、お前じゃない!」

「お前は……いや、いい」

 死体の山に座ったままだった化け物は、何か言おうとしてそれを打ち消した。
 その後、何か思いついたように尋ねる。

「そう言えば、この仮面」

 化け物は、己がつけているペストマスクを指さす。
 何故か、仮面は少し薄汚れているように見えた。佐藤が昨日もらったものよりも古びていて、アンティークとしての価値がありそうだと言われれば納得できるほどに。

「拾ったのか?」
「? いや、先生からもらったんだけど」
「……そう、か」
  
 化け物はペストマスクを撫でて、その言葉をかみしめているように感じた。
 なにか、彼の琴線に触れるようなことでもあったのだろうか。
 しばらく仮面を撫でていた彼は、急に覇気を失い手を力なく垂れ下げる。

「そうか、そういうことか。そうだな、最初から違ったじゃないか」
「……おい?」
「いや、なに。勘違いしてたなって話しだ。確かに、俺はお前じゃないみたいだ……悪かった」

 彼はゆっくりと立ち上がり、頭を下げた。余りの態度の変わりように、佐藤は困惑するのみだ。
 そのうち、体が浮上し始めていることに気が付いた。化け物はそれを見上げて満足げな声を出す。

「悪いがしばらくここに住む、能力は使うが……体の自由は返すよ」
「……は、住む? ふざけんなでて――」

 言い切る前に、意識は覚醒し佐藤は再び現実の世界に戻っていった。
化け物はそれを無事に見届けた後、静かに姿を消した。



*****
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4/18 修正済み

2-8 ( No.17 )
日時: 2018/05/20 01:29
名前: 塩糖 (ID: 2rTFGput)

「鉄をも呑む砂」-8


 現実世界に戻って佐藤が一番にしたことと言えば、自身の腕に取り込みかけていた女性を解放することであった。
 しかし、砂になっている自分の腕を操作の仕方がわからず、とりあえずぶんぶんと腕を振る荒っぽい方法とってしまう。その勢いで床に崩れ落ちた女、どうやら意識がない。

「縺翫?√♀縺?縲?襍キ縺阪m窶ヲ窶ヲ縺セ縺輔°豁サ繧薙〒≪お、おい! 起きろ……まさか死んで≫」
--いや、生きてるよ
「縺昴≧縺ェ縺ョ? 窶ヲ窶ヲ縺」縺ヲ縲√%縺ョ螢ー≪そうなの? ……って、この声≫」
--どうも、心の中から語り掛けてる。それと喋れないのは当たり前、なにせ発声器官がぼろぼろに崩れてる

 肩を何度か揺さぶっていると、頭の中に声が響き慌てて辺りを見回す佐藤。しかしどうやら、声の主は先ほどまで会話していた怪物のようである。そう判断すると目つきが少し、悪くなった。
 それと同時に、自分がこの世のものとは思えない声を発していることに気が付き、改めて自分が異形のモノになったことを思い知った。
 その後、確かに女性は呼吸していることを確認し、安堵するとともにベッドに腰かける。
 その間ずっと、仮面をつけているため視界が悪くてしょうがない。
 ……目の辺りも崩れているらしいので、仮面を外したところで改善するかは不明だが。

--まあなんとかなるだろ
「(不便すぎる)縺ァ縲√%繧後°繧峨←縺?☆繧九°窶ヲ窶ヲ≪で、これからどうするか……≫」
--早急に対処しないと、電話が切れて不審に思った両親やあの探偵ボーイもやってくるぞ? 駄目もとで女の体を吸収し証拠隠滅を図ることを提案する
「蜊エ荳銀?ヲ窶ヲ縺昴≧縺?繧医↑縲∽ココ縺梧擂繧九s縺?縺九i莉翫?縺?■縺ォ縺ェ繧薙→縺九@縺ェ縺阪c縲ゅ∴縺医→縲∵オ∫浹縺ォ莠コ荳?莠コ髫?縺吶?縺ッ髮」縺励>縺苓・イ縺」縺ヲ縺阪◆縺薙→縺ッ譏弱°縺吶→縺励※縲∬?蜉帙?髫?縺励※窶ヲ窶ヲ≪却下……そうだよな、人が来るんだから今のうちになんとかしなきゃ。ええと、流石に人一人隠すのは難しいし襲ってきたことは明かすとして、能力は隠して……≫」
--ついでに肩にできた穴も隠さないとな。いや完全に溶かしきる前でよかった、溶かすのをやめて変身前の体に全部戻しておいた。だから今変身を解けば、砂で埋めた所がなくなって元通りに血がドバドバでるぞ♪
「繧薙↑讌ス縺励£縺ォ險?繧上↑縺?〒縺上l繧九°≪そんな楽しげに言わないでくれるか≫」
--あぁそうだ、一々口に出さなくても心で考えれば会話は可能だぞ
(あぁ、こうか?)
--そうそー

 異常事態だというのに考えが回る、それはきっと悪態をつける話し相手がいるからであろうか。不思議とこの人物との会話は進む。
 とりあえず早急に解決すべきなのは、本体の肩からの出血、そしてこの女の処理である。

(じゃあ如何にも相打ちになったかのような倒れ方をしてみよう、皆が来たら変身を解いて……危ないけどここ病院だしなんとかなるだろ、応答は気絶したフリをしてやりすごす)
--いいね、入院中に襲われた中学生が果敢にも戦い、通り魔と相打つ。連日ニュースは大騒ぎだ、きっとお前は今の報道以上に詮索されるだろうさ
(けど、これ以上どうしろって……)
--やるべきことは交渉だ、病院の中に不審者、それも通り魔が入り込んだなんて知られたら一大事だ。お偉いさん呼び出してそれをチラつかせな
(あっちも大事にしたくないから隠せっ、てか)

 とんでもないことを言い出した化け物に思わず、今は融けている目をぎょっとさせる。
 交渉も何も、ただの中学生にそんなことが出来るはずもない。
 だが……そう考えていると佐藤に一つ、あまり使いたくはない手が閃く。

(塩崎、アイツは口の上手さだけはある。あいつを味方に引き込めれば……けど)
--探偵少年はごまかしが嫌いかい?
(いや、それが被害者のためになる、そう受け取ればアイツはそうなるよう行動するはず。だけどそのためには、アイツにだけは真相を教える必要があるだろ)

 全てを知るのは探偵のみ、塩崎が好む状況だ。だが今は最悪が過ぎるというもので、そもそも彼は化け物だのという類は本来信じない気質である。
 そして長年の付き合いである佐藤が言ったとしても「証拠は?」の一言で終わるだろうことを理解している。
 つまり、彼に信じてもらうためには実際に、その目で見てもらうほかない。

--見られたくないのか、怪物としての姿を
(……それも半分、けどもう一つある。お前だって、さっきまでは俺にそうしようとしてたじゃないか)
--あぁ、そういうことか? お優しいことで、探偵が能力者だらけの世界に足を踏み入れさせないように、か
(そうだ、いくらアイツでも流石に危なすぎる。お前みたいな能力を持った奴に憑りつかれたわけでもな……待て? おいおま、アンタ、君……うーん)

 塩崎が能力を知れば、好奇心旺盛な彼のことだ、きっと能力者についても調べ始めるだろう。そうしていくうちに、どうして彼がこの女のような奴に襲われないと言えるのだろうか。
 佐藤は今、砂の体があるからよいとして、塩崎にそんなものはない。佐藤自身、彼がしぶとい人間だというのは知っている。
 知っているが、流石に危険すぎる。
 関わってもいない者を無理やり引きずる訳には、そう考えた佐藤、途中ある疑問が出たので尋ねてみることにした。
 ……が、そもそも彼の名前すら知らなかったことに気が付き、呼び方に四苦八苦する。

(……なぁ、お前の名前はなんていうんだ?)
--そこそこ乱暴な呼び方に落ち着いたな? まぁいい。それで、俺の名前か……そうだな、通りすがりの化け物と自称したことはあったな
(じゃあ化け物って呼ぶぞ)
--流石にそりゃあないだろ。わかったわかった、ペストって呼べ
(今三秒くらいで考えなかったかそれ)

 それは、今着けているマスクが生み出される原因である伝染病だ。到底、人名に使われるものではない。
 こちらも冗談で怪物呼びをしようとしたのに、相手側から提示されると引け目を感じてしまう。
 ついつい、彼が隠したがってる本名の方に気がとられる。呼び名などこの際何でもよいというのに。

--で、わざわざこのペストさんに質問とは一体全体なんなのさ
(結局それでいくのか、ええとまずこの砂の体はお前の能力なのか?)
--ああそうさ、能力名は「イオーガニクス怪物フリーカー」、体全てを砂に溶かすだけじゃなく、何でも吸収していく能力さ。
……今はアンタを取り憑いて、飲み込まないようにしてるからだいぶ制限かかってるが
(いおーが……と、とにかく! じゃあ昨日通り魔を倒したのもお前なんだな? それで、お前が何でか俺に憑りついたのは、これから先変な奴が出てくるかもしれなくて、そのせいで俺が大変な目に合うからだったな?)
--んー、まあ概ねそうだな
(で、なんで変な奴は俺のところに来る可能性が高いんだ)

 化け物改め、ペストのことだ。どうせ碌な意味では無いのだろうと中学1年生は翻訳を放棄した。
 その辺にあったシーツで女をぐるぐる巻きにしながら佐藤は尋ねる。
 その問いに、ペストはしばらく間をおいてから間が抜けた声を出す。そうか、そうであった。まだ面と向かっては伝えていない、むしろ察することができる方がおかしかった。だからこそちゃんと言わねばなるまい。

--……あーそうか? そういうことになるよな、うん。えーとな、驚かずに聞いてくれればいいんだが
(?)
--佐藤雄太、貴方は悲運なことに能力者である
(……は?)
--そして、能力者として目覚めた奴らは惹かれあうようになる。決してこれからの道のりは楽じゃないぞ? 

 呆然としている佐藤を放って、病室の外は少し騒がしくなってきた。
 それに気が付き時間がないことを悟ると、彼はとにかく今はやるしかないと扉に向かうことを選んだ。

--さあこっからが戦いの始まりだ、気合入れなジンジャーボーイ!
(どういう呼び方だそれ……)

 ペストはひどく、楽しそうに叫んだ。


第二話「鉄をも呑む砂」-完

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