コメディ・ライト小説(新)

Re: 砂の英雄【2-6更新 11/07】 ( No.15 )
日時: 2017/12/04 22:12
名前: 塩糖 (ID: quLGBrBH)
参照: http://ぎっくり腰は滅べ

「鉄をも呑む砂」-6



 質問はもはや必要ない、なにも返さぬその様子、立ちぶるまいが全てを自白しているのだから。
 だからこそ、佐藤は瞬き一つせずに彼女の一挙一動から目を離すことができない。片手で握りしめられた携帯からは佐藤を呼ぶ声が何度も響いている。

『――もしもし、佐藤雄太さん? あれ、おかしいな……』
「……ふふ、やっぱり医療関係ってのはブラックですね? 帰った人をわざわざ真似たってのに」 

 女医が、いや女医とは呼べぬ何かかがそこにいる。
 白衣はぐじゅぐじゅと音を立てて、その形を消し、また別の何かを成していく。白衣だけではない、髪は、皮膚は、骨格さえも変わっていく。
 佐藤はそこまでいってようやく、塩崎の言ったことを思い出し吐き気を催した。
 襲ってきたのは、こいつだ。
 あまりに恐ろしくなって、かけていた毛布を彼女に投げ被せることで視界から化け物を消した。

「逃げ、なきゃ」

 毛布の下でうめき声をあげているそれから少しでも離れたくて、ベッドから転びながら病室の扉に手を伸ばす。
 だが扉はいくら引いても開くことはない、鍵の捻りが潰されていた。
 
「逃がさないけど?」
「ッ!」

 毛布の塊から幾多もの刃が生えた。
 そして、ただの布切れとなった毛布は床へと零れ落ち隠していたものをさらけ出す。
 それが、人間であったのは救いと言っていいだろうか。あるいは見るも絶えない化け物が出てきてくれた方が佐藤にとってはうれしかったかもしれない。
 とはいえ、体中から鎌や包丁を生やしたものが人間と言っていいのかはわからないが。
 あまりの恐怖に、腰を抜かし情けない声を出す。その無様な姿を見て、彼女はひどく愉快そうに口角を吊り上げた。

「ふふふ……やっぱり君はいい顔してくれる。どうします、昨日の奴は来やしませんよ」
「あっ、あ……」
「――ほら、利き腕はどっちだったっけ?」
「…………あ?」

 女が片手をぶっきらぼうに上げ手のひらをこちらに向けた。
 そこから何か、黒いものが伸びて佐藤の肩に突き刺さる。それが彼女の背中から生えていた刃物、そう気が付くのは引き抜かれると同時に血が
噴き出してからであった。

「え、えっ、待て」

 反射的にそれから体を遠ざけようとして、体の一部だと思い出す。慌てて無事な方の手で傷口をふさごうとする。
 だが、左手が血濡れになるだけで、勢いは止まることを知らない。どんどんと彼の衣服を血で汚していく。
 血が流れればどうなるか、多分死ぬんだろう。なら止めなくちゃ。
 まとまらない考えでいくら動いても状況はよくならない、当たり前だ。
 そんなことばかりして、ついには血が抜けた影響か、意識がふらついてきた。
 
(駄目だ、死ぬのか、嫌だ、いやだ……けどどうしたらしいい?)
--菫コ縺ォ莉サ縺帙↑縲√♀蜑阪?蟇昴※繧九□縺代〒縺?>

 またあのノイズが佐藤の脳に響く、今までより一番大きく、一番雑音を含んでいて……不思議と受け入れることができた。
 それは、佐藤が簡単に意識を手放すことを望んでいる。何故かそれが最善かの様に思えて、しょうがない。

(あれ.....は)

 力なく倒れた佐藤は見る、自分のベッドの下に隠しておいたあの仮面を。
 ペストマスクもまた、レンズを怪し気に光らせ彼を見ていた。

--縺倥c縺ゅ?∵怙蛻昴〒譛?蠕後?螟芽コォ縺?

 次のノイズが響くと同時に、佐藤の体はまた重くなる。固い床に沈み込むような感覚だ。
 つられて瞼も重くなり、佐藤は意識を手放した……



――が、彼の体は起き上がった。
 肩から出る血も気にせず、うつむきながらも立ち上がった。
 続いて、彼の体の至る所から砂が噴き出す。腕から、目から、口から、砂が出ては床に零れ落ちる。

「……あ?」

 その光景を見て、女はひどく不愉快だと眉を吊り上げた。昨日の邪魔ものがいない、得物を存分に楽しめるステージだったというのに。
 大好きなケーキにハエが止まったような感覚、本当に憎たらしい。
 砂は一定量、佐藤の足元にたまると増加をやめた。そして砂が意思を持っているかのように動き始め、彼の体に纏わりつき形を成していく。
 背丈こそ変わらない、しかし佐藤の黒髪は色をすっかり抜かれつつもみるみると伸び、地についてしまいそうなほど垂れ下がってそれは彼の背中を覆い隠すには十分すぎる。
 変化の中で特筆すべきはもう一つ、
 
「なんだ、そこにいたんですか、というか何なんですかアナタ」
「……縺翫l縺?」

 そいつは、敵を目の前にして悠々とベッドの下にあった仮面をつけ、ようやくしゃべった。人と、獣が混じったような汚い声だが、理性自体は感じられる喋り方だった。
 だからこそ、耳と頭で無駄に捉えようとしてしまい不快感を増す要素となっていた。
 見るもの全てが醜悪だと断言するであろう、彼は――

「縺溘□縺ョ縲√°縺??縺、縺?」

 名前もない、怪物であった。

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