コメディ・ライト小説(新)
- Re: 砂の英雄【2-6更新 12/04】 ( No.16 )
- 日時: 2018/04/18 20:56
- 名前: 塩糖 (ID: dDbzX.2k)
- 参照: http://ぎっくり腰は滅べ
「鉄をも呑む砂」-7
その怪物に対して彼女は、今すぐにでも串刺しにし、窓にでも放り投げてやりたい衝動にかられた。
だが彼女はそれをグッと我慢し、彼の行動を許した。
彼がマスクを拾い顔を隠す、そのためならば致し方ない。その理由は単純で、余りにもその顔が酷く、見るに堪えられなかったからだ。
「にしても、汚い顔ですね。眼はぽっかり空いてて耳もない、口なんて糸で縫った方がまだマシなほどズタボロ」
「縺ゥ縺?○髫?縺吶?∝ソ?ヲ√↑縺」
「おまけに声も駄目、好みから随分と離れてくれちゃいました」
もはや興味なし、目の前の化け物は彼女の嗜虐心くすぐるものではなくなった。ならばこのやり取りにすら意味もなし。
彼に己の獲物が利かないのは彼女自身がよく知っていた、が獲物を横取りされて黙っているほど大人ではなかった。
「昨夜はどうも、不意打ちが得意な化け物さん」
「……縺?■縺ォ縺。縺ァ縺壹>縺カ繧薙≧縺セ縺上↑縺」縺溘↑」
「耳障りです、まずは彼の体から引きはがすとしましょう」
そう言って、佐藤の肩を刺した時と同じようにもう一度刃を伸ばす。
女は昨夜の出来事をよく覚えている、砂の体である彼に包丁は何も斬ることはなくただその体に飲み込まれていったことを。
混乱する中一度だけ加えられた打撃を参考に、強固な腕を作り上げたがその隙を突かれ昏倒したことを。
……と言っても、砂の体を吹き飛ばし再生成する時間を稼ぐ程度だったが。
今は違う。昨夜とは違い、化け物は佐藤の体を取り込んだ。
その化け物への攻撃はともかく、核となっている佐藤は別、のはず。
「……? なんで」
「辟。鬧?□縺ェ縲∵里縺ォ陞阪¢縺……」
「っ、まさかアナタ!」
心の臓、頭、いくら急所を狙っても何かを捉えたという感覚がない。それに対して女は首を傾げた。
しばらくして、化け物は試しにとばかり自分の腕をもいでみせた。断面からはただ砂が零れ落ちるのみで、どこにも佐藤の体は見当たらない。
その光景を見て察した女の体はたじろぎ、距離をとった。
明らかに、そこは彼の砂に覆われていた腕が存在する場所でなにもない。つまりは、
「砂に、取り込んだもの全てを砂にするっていうの……!?」
「縺励g縺代>縺ョ縺倥°繧薙□」
化け物は女性にゆっくりと近づき始めた。
その手はきっと、友愛も情けも持たない。
◇
その光景をずっと佐藤は見ていた、見ていることしかできなかった。
死体ばかりが積み重なり荒れ果てた荒野。
そこに幾多の鎖で串刺しにされ、身動き一つ取れず空に流れる映像……視点の持ち主は病室の片隅に女性を追い詰めていた。
「――なあ、いい提案だとは思わないか?」
化け物は死体の山に腰を下ろしてこちらに笑いかけていた。と言っても、鳥の顔のような仮面をしているのだから表情なんて読めないが。
笑っているような声だが、佐藤には嗤っているようにも感じた。
「あぁ、そっか今は口も雁字搦めか。悪い悪い、けれどこの世界じゃ思うだけで喋れる。そうじゃなきゃ俺も喋れないしな」
「……こうか」
「そうそ、さてしっかりコミュニケーションがとれるようになった所でもう一度、契約の見直しと行こうか」
ぱっと降り立ち、煽るように彼の周りをゆっくりと歩く化け物。
その間も映像の中の女性の顔は恐怖に染まっていく。
「まず俺の正体だが──まあ気にしなくていい。
単に路頭に迷った大バカ者、年だけ食って擦れたもの。それでもお前の道を正してやるだけの力はある。
──これから碌な人生を歩まないはずな、お前を」
鎖が一本、新たに佐藤の足に巻き付き軋む。
歯を食いしばり、苦痛に耐える。
「お前にいい人生を歩ませてやる。その代わり俺たちはこれから多重人格、荒事は全部俺が担当する」
そう言って映像を軽く叩いた。そこには反撃しようとして何度も殴打される女性の姿がある。
どう見ても一方的、勝負にすらなっていない。
言葉が投げかけられる度、鎖が出ては地面に縛り付けていく。
「そしてこの2日間、見たものは忘れるんだ。仮に変な奴らが接触してきても、お前が意識を失っているうちに俺が始末する」
「……始末?」
「殺す」
ただそれだけ、何でもないようにしてまた死体の山に腰を下ろした。
映像の中の視点主の手が女性の顔を掴み、取り込み始めた。掴んでいた手が流動する砂に戻り、顔を埋めていく。
「よ、よせ! 何も殺さなくても……」
「駄目だ、こいつは能力者だし、ほっといたらまた別の奴を狙う、悪だ。
いいかよく聞け佐藤雄太、お前の周りに今後変な奴が現れるかもしれないが、それらは全部いつの間にか消えてしまうんだ。不思議かもしれないが、特に気にせずお前は生きていく。普通に学校に通って、普通に就職して、特に面白みのない人生を送っていくんだ。
……なんとも、素晴らしい人生だろう?」
既に佐藤の体は鎖だらけ、全てが彼を締め付け苦しめる。それは物質としての重さだけではない、彼の精神をも攻め立てているような気がした。
……諦めれば、条件を飲めば、この苦しみはなくなるのだろうか。
目の前の化け物の素性は不明、自分を襲って来た者を殺すだけと言う彼の言葉……佐藤自身には危害を加えない。それは、メリットこそあれデメリットはあってないようなものではないか。
「──んな」
確かに佐藤雄太の感性、性格は一般人そのものだ。
人なんて殺せないし、生まれが特別なわけでもない。偶々通り魔に、化け物に目を付けられてしまった、それだけだ。
「……ふざけんな」
だが化け物は読み違えたことが一つ、忘れてしまっていたことが一つある。
佐藤雄太は、負けず嫌いであったこと。
化け物は、演技が下手だったこと。どうしてか、化け物の提案は全て懇願に聞こえていた。
「そうやって如何にも人のことをわかってるふりして、全部自分に向けた言葉なんだろう」
鎖が一つ、解けて消える。
佐藤の言葉が、間違いではないことを示していた。
「路頭に迷った大馬鹿だっていったな、そんな奴の言うことを何で聞かなきゃならない。
普通の人生を送らせる、違う。お前が歩きかった人生をやり直したいだけだ。
全部忘れて素敵な人生? 人が殺されるのを見て見ぬふりして……辿り着くのは地獄だけだろ」
俺みたいにならないでくれ。
頼むから、普通の人生を送ってくれ。これから起きることには目隠してくれ。
真っ平、ごめんだった。
金属を捻じ曲げて、しっかりと自分の足で立つ。
「――俺は、お前じゃない!」
「お前は……いや、いい」
死体の山に座ったままだった化け物は、何か言おうとしてそれを打ち消した。
その後、何か思いついたように尋ねる。
「そう言えば、この仮面」
化け物は、己がつけているペストマスクを指さす。
何故か、仮面は少し薄汚れているように見えた。佐藤が昨日もらったものよりも古びていて、アンティークとしての価値がありそうだと言われれば納得できるほどに。
「拾ったのか?」
「? いや、先生からもらったんだけど」
「……そう、か」
化け物はペストマスクを撫でて、その言葉をかみしめているように感じた。
なにか、彼の琴線に触れるようなことでもあったのだろうか。
しばらく仮面を撫でていた彼は、急に覇気を失い手を力なく垂れ下げる。
「そうか、そういうことか。そうだな、最初から違ったじゃないか」
「……おい?」
「いや、なに。勘違いしてたなって話しだ。確かに、俺はお前じゃないみたいだ……悪かった」
彼はゆっくりと立ち上がり、頭を下げた。余りの態度の変わりように、佐藤は困惑するのみだ。
そのうち、体が浮上し始めていることに気が付いた。化け物はそれを見上げて満足げな声を出す。
「悪いがしばらくここに住む、能力は使うが……体の自由は返すよ」
「……は、住む? ふざけんなでて――」
言い切る前に、意識は覚醒し佐藤は再び現実の世界に戻っていった。
化け物はそれを無事に見届けた後、静かに姿を消した。
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