コメディ・ライト小説(新)
- Re: 砂の英雄【2-8更新 12/17】 ( No.18 )
- 日時: 2018/04/18 21:12
- 名前: 塩糖 (ID: dDbzX.2k)
第三話「異能と能無し」
崩れ落ちる夢を見た、この身に走る感情はそれが所詮は偽りであったことを示していた。
『新しい仲間が出来ました、皆さん拍手』
今にして思えば、全てがおかしかったんだろう。なのにあの時の愚かな自分は、その全てを信じた。
子供でさえ、もう少し疑うだろうに。
『◆◎〇□君、今日は最初のお仕事だけど大丈夫? 相棒として彼を入れておいてあげたから』
そう言って紹介された彼は、完璧な笑顔で手を差し出してきた。握手をしようとしていたのだろう。
不意に、崩壊を速めるほどの憎悪が走る。
『よろしく、僕の名前は』
その先は聞きたくない、夢はひび割れて時を止めた。
◇
相変わらず、最悪の目覚めだ。そんな気持ちで佐藤雄太の朝は始まった。目を擦ってベッドから起きて身支度をする。
パジャマを脱いで、白いワイシャツと黒いズボン。学ランはもう着る時期ではないので棚の中だ。そのまま学生カバンの中身を確認して、筆箱など大事なものが入っていることを確認する。これでひとまずの支度は完了だ。
--おいおい、仮面を忘れていくなよ?
(……わざと落とし物ボックスに突っ込んでやろうか)
--それは駄目だなぁ、格好良さに引く手数多、大混雑を引き落とすぞ
(その自信はどっからくるんだか)
頭に響く声が、枕元の近くに置いてあった仮面を持っていくように言う。その声としばしどうでもいい会話をして、ため息一つのあとにしょうがないとペストマスクを巾着袋にいれた。
勝手に佐藤の心の中に住み着いた謎の存在、ペストはそのマスクをとても大事にしていた。話を聞くに、彼も昔同じようなものを所持していたらしい。そして彼曰く、能力の制御をするために必要だとかなんとか。
学校にこんなものを持ってきているなんて知られたらなんて思われるか、と考えたが背に腹は代えられない。
--さてさて、本当に学校に行くんだな? 男児に二言はないな?
(……何言ってんだ? お前が行くべきだって言ったんだろ)
そう、登校。佐藤はあの事件の後、常人では考えられないレベルで回復。無事退院し、今日が学校へと復帰する日であったのだ。
退院の際、病院側からその回復力の高さが怪しまれてはいたが……院長がかしこい人でよかったとは塩崎探偵の言葉である。
佐藤は両親と軽い会話をし、朝ご飯を腹に入れるとさっさと家を出た。地味に寝坊気味だったのだ。
まだ朝だというのに少し暑さを感じ、夏であるということを再確認しながらも歩きながら音無き会話を続ける。
--いや、俺はてっきり転校してって話だと思っててな。予測するに、今のままだとどうでもいいやっかみとか面倒ごとがあるぞ
(そりゃあるかもしれないけどさ、それこそ引っ越ししてもそんな事あるだろうし。酷いかどうかなんて見てから決めればいいだけだろ)
--それはいい考えだ、他人の言葉に流されてそのままってのは嫌か。大事だぞ
(そりゃ、お前の体験からか)
--……まあそうだな、心が弱っているときにかかってくる言葉で信用しちゃいけないのってわかるか?
(ん、信用できない……なんだ?)
--単純、励ましの言葉の振りをした甘やかしの声さ。水よ低きに流れろーってな
意外だな、と佐藤は思った。自分だって親友が落ち込んでいたりして、そいつがいつも頑張っているような人であれば「たまには休んでも」と甘やかしそうなものなのだが。
その気持ちを読み取ったのか、ペストは続ける。
--違うのさ、信用できない奴の方の言葉の真意は。少し休めなんてもんじゃない、永遠(……)にへこんでてくれっていう願いが入っている
(はぁ? それって一体どういうことだよ)
--傷心の奴ってのは操りやすい、つまり外側だけ回復させて内側は依然としてボロボロに、ついでに甘やかした自分に依存させてお人形に、それを狙ってるのさ
(……)
天気がこんなにも良いというのに、曇天のような気持ちになった。
言い換えれば洗脳、そしてその言葉のトーンから佐藤はペストが何を見たのか、何をされたのか少し想像がついてしまい吐き気すらした。佐藤が何度も見た夢の記憶では彼は明らかに弱っていて、つまりは……
(なあ、お前ってもしかして――)
「おはよう佐藤くん、今日もいい天気ですね」
「……おはよう、朝から待ち伏せとはいいご趣味だな塩崎」
「君が提示した対価じゃないか、私はそれを享受してるに過ぎません」
--ははっ、相変わらず強欲な探偵だなこいつは
(一渡したら五を要求する、探偵より犯罪者の方が向いてそうだ)
ペストに質問しようとした瞬間、タイミング悪く角から現れた人物に舌打ちの一つでもかましてやりたくなる気持ちにかられた。佐藤は、幼馴染である塩崎を嫌な顔で迎えた。
病院とのやり取りの際、彼の「中学生探偵」という知名度を利用させてもらうため、佐藤は腹をくくり「犯人の引き渡し、能力の存在」を対価にした。エセ探偵を能力者たちの世界に居れたくない気持ちは本当だったが、それ以外に上手くやる手段を見つけられなかった佐藤の落ち度である。
塩崎ははりきって動き院長との交渉、犯人の身柄を警察に引き渡すときの事情の捏造、結果として通り魔は逃走中に塩崎の手によって捕縛、病院に押し入り佐藤を殺そうとした事実の消去、また犯人は精神的に不安定であり証言能力がない、と完璧にやり遂げた。
警察に引き渡した後、異能力についての騒動が起きないのはあちらが情報封鎖している、とのことらしい。
「そうだ、これはさっき届いた情報なのですが、秘密裏に警察でも異能力用の部署ができるそうです。それ関係の事件があれば積極的に教えてくれと」
--へぇ、随分と速いな。これなら色々と捗りそうだ
「(何の話だよ)……それを教えてもらったところで俺にはどうしようもないんだが」
「うん? いえこれからまた異能力者による犯罪が起きたとき便利じゃないですか。捕縛しても引き渡しが出来なければ意味がありません。
君は私の協力者である、という情報も流しておきましたから君単独でも呼べますよ。ほらここに電話してくださいだそうです」
「は!? おい何勝手に……!」
--いいじゃない、俺が前言ったようにこれからも能力者に会う確率は高いんだからさ
塩崎が番号が記載されたメモ帳の一部を切り取り佐藤に渡してくる。それを彼は一瞬突き返そうとしたが、ペストの言葉によって我に返り、素直に受け取った。
佐藤は、塩崎の人となりから実際には協力者、なんてワードではなく助手と紹介したのだろうと考えている――後で彼は確認してみたが、それは正解であった――。
それはともかく、ペストの言う通り佐藤によってはいいことづくめである。そうであれば言うべきは悪態よりも感謝の言葉である。
「……まぁ、ありがとう」
「えぇ、どういたしまして。ところで……ペストさんは今いらっしゃいますか?」
--お、俺をお呼びか
塩崎に対し、通り魔のことを説明するための証言能力。そのために佐藤は許可を取り、ペストのことも教えた。自分の中に勝手に住み着いた変な奴、能力者について一定の知識があり能力者でもある彼の話を塩崎はすんなりと受け入れた。
その後も知識欲からか、塩崎は度々ペストに話を聞こうとしてくるのである。
「能力者が全体的に身体能力が高く、治癒能力も高いなども高いことは分かりました。それで今日は、能力者は先天的なものか、あるいは後天的にもあり得るのかを教えてもらおうかと」
(だとさ)
--あーわかった、そんじゃあ今から俺が言うことを伝えてくれ?
――能力者は生まれ落ちて最初から皆才能こそ保持しているが、それを開花せずに一生を終える者もいてだな
まるで通訳者にでもなったようだ、佐藤はうんざりしながらペストの話す言葉を塩崎に伝える。
学校にたどり着くまで、それは続いた。
まるでそれは仲のいい友人との会話で……酷く平和で、酷く退屈な朝に見えた。
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