コメディ・ライト小説(新)
- 1-3 ( No.3 )
- 日時: 2017/09/24 09:35
- 名前: 塩糖 (ID: zi/NirI0)
「その日彼は一般人であった」-3
その人間は、一言で言えば関わりたくない知り合いだ。少なくとも、こいつが小学校のころからの幼馴染などとは認めたくない程に。
別に、髪を染めているわけではない。彼は俺と同じ黒髪だ。タトゥーなどがある、反社会的人間のくくりに入る訳でもない。
いかつい表情をしているわけでもない、むしろ苗字に似合わずの甘いマスクが女子には評判だそうだ。
「まったく、折角の追跡が無駄になってしまいました」
「また、探偵遊びしてるのか?」
ただ、ただ、こいつは厄介ごとを運びすぎる。そして尻ぬぐいは周りの人間……塩崎は何もしない。いや、むしろ事柄を悪化させることばかりする。
自称名探偵、塩崎臆間。そもそも事務所も実績も何もないくせに何を言っているのかという話だ。何か事件が起これば飛んでいき、事態を把握したフリをして頓珍漢な解をもたらす、それが彼だ。
タチの悪いにことに、彼自身は本気で解けたと思っているのが憎たらしい。彼の言うことは右から左へ聞き流し、これ以上かき回されない内にと周囲の人間が奮起する。そうして解決された事件はいつのまにか、彼の手柄になる。本当に不思議な現象である。
それはともかく、彼の「追跡」という発言を気にするのなら、彼は誰かを探そうとしていたのだろう。そこから連想して、彼がまた何か事件を勝手に追っている、というのはわかりきったことだ。
帰り道で無駄に驚かされた、というのも相まって、少々不機嫌になりつつ問う。すると彼は眉一つ引くつかせることなく、遊びではないと言い切る。
「君も知っているだろう? 今巷で噂の通り魔……それを追い、こうして地道な努力をしていたんですよ」
「へぇ、そいつはまた。じゃあなんで俺は追われたんだよ」
「無論、怪しい格好をしていたからです」
何故か自慢げな顔をして、彼は語る。曰く、こんな時間に学生服を着た者が歩いているのは不自然だとか、その手から下げた紙袋が怪しいとか。
別に買い物帰りの、いたって普通な生徒だろうと反論すれば、それは素人の考えと返してくる。
「確かに一見すればそうかもしれませんが、この名探偵の目は誤魔化せませんよ。もしかしたら、犯人が年齢を偽るために着ていて、更には紙袋の中には凶器が入っているのかもしれません!」
(何もなかった時点で、お前の目は節穴だと思うんだ)
いつものことだが彼はこうやって、100人中99人を疑う。そうしてその中のたった一人の犯人を逃がす。なぜ学ばないのか、本当にわからない。
しまいにはポケットにしまったものを出せと言われ、クシャクシャになったコロッケの包み紙すら疑われた。
「ふむ……この油、一体何が入っていたんでしょうね?」
「コロッケだよ」
むしろ何だというのだ、油まみれのナイフでも入っていたと言いたいのか。つくづくおかしな奴だと力が抜け、不機嫌のままだが怒る気にすらなれない。
「では、今度はその紙袋の中身、大事そうに握っていましたが……何が入っているんですか?」
「あー、これはだな……お面だ、ほら」
紙袋の中身、それを見せたらどうせまた妙な絡まれ方をされるのは分かるが、どうせはぐらかしても追及されるだけだ。
少々躊躇した後、紙袋を開けて中身を見せた。やはりそこには、暗がりの中でも存在感を放つペストマスクが存在している。
目の部分のガラスの奥にある暗黒が、なんだか引き込まれてしまいそうな雰囲気を放っていた。
「――ほう……? ええーとこれは、そう……顔を隠すための覆面ですね!」
「名前がわからないなら分からないって言えよお前……、というか使用じゃなくて観賞用だからな」
流石にペストマスクの名称は知らなかったらしく、だいぶ迷ったのちに彼は覆面とそれを表した。
放っておいたら、このまま覆面強盗でもする気だったのかと言われそうだったので、普通に話す。元々学校の備品で、美術の先生からのご厚意でいただいたということを伝えると、納得してくれる。
「しかし、なんとも不思議なセンスをしてますね。どう見てもこれ、お化け屋敷とかの壁にかかってそうな代物ですが」
「どうだっていいだろ、もう帰るぞ――」
「あぁ待ってください」
紙袋を閉じ、さっさと彼から離れようとするも引き留められる。まだ何かあるのか、ため息をついてもう一度彼のほうを向く
そうして先ほどよりかは、真剣な表情こそしている彼に少し驚く。が、こういう時こそろくなことを言わない男だということを思い出して、また力を抜いた。
「なに、クラスメイトのよしみです。私が集めた犯人ついての情報を渡そうかと。警戒するのは大切なことですから」
「情報って、本当に確かなんだろうなそれ」
怪しいと、自然に瞼が下がり疑いの表情になる。彼は人差し指を立てて左右に振り、それを止めてほしいといった所で、自信があるようだ。
「安心してください、この私が調べ上げたのですから。犯人は大柄な女性、年齢はまだ若いでしょう。凶器は恐らく刃渡り10cmも行かない程度の果物ナイフ……ええ、次にその通り魔の情報が出た時には私のお手柄のついでとして載ることになるでしょう!」
「そうか、じゃあな」
こちらが黙っていたのを、何故か彼は情報量の多さに唖然したと勘違いし、調子に乗り始めた。
話半分に聞き流して、さっさとその場から離れる。どうせこのまま自宅に直帰で、いらぬ情報だ。
精々、彼がその通り魔に襲われるということだけはないようにと祈るが、彼はそういったことには無縁なので、大丈夫だろうと思い直す。
(通り魔もどうせ、警察が捕まえるだろ)
そう考えて、なんとなくつまらないものだと感じた。もう少し前ならば、自分が超パワーにでも覚醒して犯人を倒す。そんなありふれた妄想でもしたのだろうかと 己に問う。
手元の紙袋が少し、動いた気がした。
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