コメディ・ライト小説(新)

1-4 ( No.4 )
日時: 2017/10/02 18:26
名前: 塩糖 (ID: zi/NirI0)

「その日彼は一般人であった」-4



 スタスタと、両手を大きく振っての帰り道。浮かぶは先ほどの知人への悪態と、それに慄いていた自分の情けなさ。
 ああ本当にひどいものだった、とまた紙袋を握る手が強くなる。仮にあれが見知らぬ人で、ただ道を訪ねようとしただけだったなどというオチならここまでイラついただろうか。

(あのエセ探偵じゃなきゃ、だな)

 そうだ、そうなのだ。やはり彼だから、ここまで嫌な気分になったのだ。
 あの全てわかっているとでも言いたげな雰囲気、しゃべり方。そうしてなんだかんだ落ちない彼の地位。どうしてもそれらが癪に障る。
 どうしてあそこまで自信満々にふるまえるんだろうか、何で後になって後悔も何もしないのか。気になって仕方がない、どういう育ちの元にああいった性格が形成されるんだ。

(あーいや、こんなこと考えてもしょうがないか……はぁ)

 所詮は、ただの知人だ。考えても意味はない、どうせ高校に進むときに離れ離れになるだろう。あと2年ちょっとの付き合いだ。
 そう、もう彼のことなんて考えるのはやめよう。そう決めて、家までの近道となっている細道――、不意にカラスの鳴き声が聞こえる。

(……うん、まあたまにはこっちでもいいな。ビビったわけじゃないから)

 それはやめて、遠回りすることにした。細道は街灯もなく、薄暗い。物陰も多く、視界はかなり悪い。
 しかし、うん、ただ俺は気分が違っただけである。決して、怯えたわけではない。そう言い聞かせ、角を曲り広いほうの道へ出る。
 そちらの方が、人一人通れるかどうかの道とは違い、4,5人が並んで歩ける程の幅がある。ついで間隔は広いが街灯もある。
 いや、本当に怖がっているわけではない。帰り道がいつも同じというのはつまらないものであるからだ。と、誰に聞かせるわけでもない自己弁護。

(……ん、なんだあれ? ダンボール、だけど変なところに置いてあるな)

 ここから離れた場所にある電柱に添える様、ダンボールが一つ置いてあるのを見つけた。別に畳まれていればただのゴミだと気にも留めないが、それがきちんと組み立てられており、閉まっていて、更にその上に紙が置いてあれば気になるというのが人のサガ。
 少し小走りになって、そちらに近寄る。

(さて、なんて書いてあるのかな……)
――寂しがり屋です。――
「……犬か何かか?」

 大きさ的に、中に子犬でも入っているのだろうか。紙に書かれた一文が少々言葉足らずな気がするが、余程中のものが寂しがったのだろう。きっと大事なことなのだ。
 さて、どうしようかと立ち尽くす。犬は好きだ、散歩中のがいれば撫でに行きたくなる衝動にかられるほどに。
 だからこそ、このダンボールを開けて犬猫のたぐいがいれば必ずまた困ることになる。そう確信しているからこそ、開けたくない。
 とはいえ、ここで見捨てることもできない。最悪は保健所の人にお願いして、親切な人に引き取ってもらうことを願うか。
 持ち帰るという手段がとれたらどれほど楽なのか、ため息をついて中腰になる。
 開けた時、何もなく「ハズレ」の紙でも入っているジョークを願いつつ、右手をかける。

(――え?)

 暗闇の中にいた何か、目が合う。
 人だ、決して獣、ましてや犬猫のモノではない。
 それは確かに、空いた隙間から俺を見つめている。

 はっとして、手を引く――その前に、隙間から這い出た腕が手首を抑える。人間のものだ、だからこそ、恐ろしくてたまらない。
 何度も何度もそれを振り切ろうとするが、体勢の悪さもあいまいまったくほどけない。

「――逃げちゃあ、だめ」

 女の声がした、子供が頑張って入れるかどうかの大きさの段ボールから、大人の声がする。
 子供に諭すかのような、優しい声はかえってこちらの不安を煽るのみ。
 
「ぁなっせ、離せよ!」

 右腕を上下に振ったり、わざと一瞬力を抜いてフェイントをかける。しかし変わらず右手は抜けない。
 だが確かに、効果はあったようだ。
 決して転んでほしくない方向へ、

「……うるさいなぁ!」
(――あ、れ?)

 急に、力が入らなくなった。次に、それが腹部に走る激痛によって全身が反射的に固まったのだと気が付く。
 息が乱れる、今何が起きた……いや知らぬふりしたところで意味はない。

「静かにしてたら、もう少しゆっくりしてあげたのに」
「あ……あ、あぁ」

 刺されたのだ、腹を。
 何で、包丁で。
 肉を掻き分けられた激痛は、今まで体験したことがないもので、数秒経つだけでも精いっぱいだった。
 膝が地面につく。引っ張ることがなくなったからか、右手の右側がほどけたが、もう逃げられない。
 ダンボールが、完全に開いたらしい。そこから誰かが出てくる、しかしもはや視界は朧気だ。

「さ、て……反応が少ないのはつまんないけど、まぁ逃げられるよりはいいわ」

 コツリと、ハイヒールがアスファルトにぶつかる音がする。理解する、どういう事かはさっぱりわからないが、これが通り魔だと。
 あぁ、なんともまぁ情けない幕引きだ。激痛に顔をゆがめて最後に思ったことは、何故か余裕に溢れているかのような一言だった。

 体の中から、何かが抜けていく感覚がする。
 心の臓から、肩へ、腰へ、手足の先へ抜けていく。
 きっとこれは、死への流動だろうと納得して意識を手放していく。

(は、は……明日は、ニュースにのるかもね)

 何故か、不思議な安心感があった。

カサり、何かが動く音がやけに耳に残った。



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