コメディ・ライト小説(新)

1-5 ( No.5 )
日時: 2017/10/04 16:10
名前: 塩糖 (ID: CioJXA.1)

「その日彼は一般人であった」-5


 
 夢を見た、
 それは、無敵になった俺が、悪人をばったばったとなぎ倒していく、そんなふざけた夢だ。明晰夢、という奴か、夢だという確信をもってそれを眺めていた。
 自分を背中から見るなんて、無い光景だ。不思議なことに、俺は少々見た目が変化している。
 立ち尽くす俺から見える俺、ソイツはとても長く、白い髪を携えていた。当然、俺の黒髪とは剥離していたが、俺ではないと見間違うことはなかった。
 俺の意識に引っ張られて、そいつは動いたからかもしれない。悪人の振り下ろす拳を華麗に避けて、回し蹴りを決めるソイツは……格好良かった。
 ひどく、気分がよかった。

「……」

 ソイツは何も言わず、ただ俺の手足となって悪人をさばいた。風景は幾度も変わる。
 銀行強盗、学校に攻め込むテロリスト、爆弾を仕掛けられ乗っ取られた飛行機。
 世界の命運をかけ、異形の魔王との戦い、それら全てソイツは成し遂げて見せた。悪を打倒し、それらすべての上に立って見せた。
 ああ、何ともすごい英雄ヒーローになれたものだ……と、達成感に満たされていた。
 だが不意に、誰かが肩を叩いたので、後ろへ振り向く。

「…………」
 
 声も出さず、いや……もはや事切れている行員が、クラスメイトが、乗客が、民が、倒れ道を成していた。
 理解する。これは、正義のために犠牲となった人たちであると、数少なくない命によって、俺は英雄ヒーローになったのだ。
 もう一度、死の道が続いた先に立っている俺を見るため、彼らから目を離す。
 これは……これは、本当に必要な犠牲だったのだろうか。
 もっとうまくやれたんじゃないだろうか、後悔が重りとしてまとわりついた気がした。

「………………」

 一人で歩いていた。誰を横に置くわけでもなく、背中を見せて進んでいた。
 何故かその足を止めたくなって、走り寄って肩をつかんだ。ソイツは、振り向く、 

「……………………」
「……なんだよ、その顔」

 善悪を嗅ぎ分ける鼻もない、交渉をもたらす口もない。
 犠牲を、倒した者たちを見る目もない、そんな顔しかそこにはなかった。
 突如、掴んでいた肩を起点に、脆く崩れ始める。同時に、俺自身もその手から崩壊を始める。
 いくら足掻こうと、手を伸ばそうと、誰も俺の手などとってくれない。
 視点が下がっていく、足は消えた、胴は折れた。最後、そんな全てを見ていた俺の目は、

 誰かにふまれた。

 君を犠牲にして、ほんの少し、平和への道は伸びた。







 意識が、戻る。硬い地面に無理な体勢で倒れていたからか体の節々が痛む。あれ、硬い地面……なんでそんなところで寝ていたのだっけか。
 いや、それ以外に、誰かが俺の肩をゆすっている……。少し乱暴で、文句の一つでも言いたくなる。

「――た、雄太!」
(だれ……ぁあ、母さん、か)

 寝坊でもしてしまったか、自分の失態かもしれないと思うと体に力が入り始め――ついで全身に走る痛みで目を覚ます。
 最初に目に入るのは、見慣れぬ天井。
 やたら眩しいな、寝起きというのもあるが照明が強いと感じる。

「雄太!」

 顔をつかまれて、首の向きを強引に変えられた。そこには、酷い顔になった母親が。
 なんだ、そんなに時間がまずいとでもいうのか。
 ……待てよ、とだんだん意識を失う前の記憶が明瞭になっていく。
 そうだ、確か帰り道にダンボールを開けて、そこから腕が出てきて俺を。

「――佐藤雄太さーん、起きられましたか?」
「ぇ、はい……」

 次に声をかけてきたのは、お医者さんだ。黒ぶち眼鏡が特徴的で、彼女の存在が何となくだが、自分の立ち位置を理解させる。
 刺された後、病院に運び込まれたのか。腹部に時折走るしびれが表情をゆがめさせた。
 つい腹部に手が伸びて、先ほどよりか強く痛みが走る。

(あぁ、あれは夢じゃあないよな……)

 それを理解したあと、泣き出す母親を気遣いながら女医さんは俺にいくつかの質問をぶつけてくる。

 意識は、痛みは、記憶は、そんな質問に答える。もう意識はしっかりしている、痛みはまだあるが絶対に動けないというレベルではない。
 最後に、記憶は刺されたところまでしっかりある、そう言うと二人とも
困惑の表情を浮かべた。

「――雄太は、先生」
「一時の記憶障害、もしくは無意識という線もありますので心配なさらず」
 
 二人とも俺を置いてけぼりにして、謎の会話をする。
 なんだろうか、と疑問に思ったが怪我人に無理をさせるのはよくないということで、とりあえず休めと言われてしまった。

「とにかく、アンタは体を治して……お母さんをあんまり心配させないで」

 そう言われてしまえば、動けなくなる。卑怯だとも思うが、ある種当然でもあるといえる。
 なので、そちらを聞くのは諦め、こちらも患者として知って当然の、自分の症状を確認させてもらうことにする。
 こちらの方は特にはぐらかされることもなく、お医者さんのほうが丁寧に話してくれることとなった。

 説明が終わると、再度よく休むように念を押されてお医者さんは帰っていった。母親のほうはもう少し話があるということで、いったん病室から出て行く。
 根に入らせるためか病室は薄暗い。ふと壁にかけられた時計の方を見やれば、既に針は日が変わったことを指し示していた。
 今日は、いや昨日は大変な日であった。一度深呼吸をしてゆっくりと体を起こし、周りを見回す。
 帰り道に持っていたものはない、学生鞄はやはり親が……いやよくよく考えれば、事件の被害者が所持していたものだ。
 当然証拠物品の一つとして回収されているか。

(まあ、あれも勿論ないよな)

 当たり前のことだが、紙袋に入っていたはずのペストマスクもない。出来れば親などには見せず、内緒で返していただきたいものだ。
 でも、なんでだろうか。今は何となくそれが手元にないことが安心できた。

 それがとある暗示を示していたことを、
 昨日が凡人佐藤雄太の物語、最後の日であったことを、
 知る日はまだ遠い。


第一話「その日彼は一般人であった」-終



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