コメディ・ライト小説(新)

Re: 砂の英雄【1-5更新(1話完) 9/29】 ( No.6 )
日時: 2017/10/04 16:09
名前: 塩糖 (ID: CioJXA.1)

第二話「鉄をも呑む砂」-1
 
(なんか、予想以上に怪我が軽い……?)

 伝えられたところによれば凶器は包丁、しかし運よく深く刺さらなかった。なのでこれから色々と検査を進め、問題がなければ直ぐに退院できるそうだ。
 てっきり深々と刺さっていたと勘違いしていた……それだけだろうか。やはり疑問だらけだが、嘘をつかれる理由もない。これ以上疑ってもしょうがないだろうと思考を打ち切った。

(にしても、暇だなー)

 だが、一人の病室というものは非常につまらないものだ。空き部屋の関係で何故か一人きり、夜も遅いので散歩も……そもそも今は安静を言い渡されていた。
 泣きつかれた母親は、遅くやってきた父親に連れて帰るそうだ。
 命に別状もないし、家から電車で2,3駅程度の距離だ。わざわざそこまで張り付かなくてもよいという判断であろうし、俺としてはありがたかった。

(寝るべきなんだろうけど、なんか眠くない)

 消灯時間に入ったので、天井の明かりが消され、枕もとのライトだけが付いている。
 時間ももうすぐ日付が変わる頃、普段ならもう眠くなっておかしいのだが、事件にあったためか高揚感がいまだあり、寝る気になれない。
 こんなことなら、本でも頼んでおくべきだったかと後悔し、また形にすらならない思考を浮かべ、

(あぁそうだ、テレビがあった)

 病室のテレビは小さく、普通につけただけでは何も映さない。が、手元には父がイヤホンと一緒に、視聴を可能にするテレビカードなるものを置いていってくれたのだ。
 流石父は気が利くと、ゆっくりと体を動かしてテレビを見る。まだ何もしていないので、テレビ画面はまっくろだ。

(……あれ)

 電源を入れると、一瞬だけ反射した自分が映る。が、それが夢で見たようなものな気が、つまるところデジャブを感じた。
 ……だが、夢で見たものが思い出せない。
 俺はそれを気の迷いであると切り捨てて、眠くなるまでのテレビ視聴を開始する。

(ん、ちょっと音質悪いな)
 
 安物か、濁る音声を聞きながら何の変哲もないニュースを見る。パンダの赤ちゃんが生まれただとか、芸能人が不倫したとか、どうでもよいのばかりだ。
 果てはリンゴの美味しい食べ方とか、この調子ではすぐに眠ってしまいそうだ。

(お、地元のニュースだ)

 次のニュースはどうやらうちの地域のことのようで、通り魔事件とついている。
 あぁ俺のことかもしれない。
 そう思うと刺されたものの、喉元過ぎれば熱さ忘れるという奴か、少しむず痒い気分になって、そのニュースを見て……目を丸くする。

――先ほど、通り魔の事件の被害者ですが意識が回復した模様です。

 そこにあったのは確かに、自分が関与した事件についてだ。学生が一人、帰宅途中で襲われた。それだけのニュース、だが一つの文言が心臓を締め付けた。
 自然と、自分の胸に手を当てて鼓動を確かめる。

(犯人は依然、逃走中……)

 続いて、その事件の再説明のためであろうか、犯人についての情報が流れる。どうやら現場付近に落ちていた荷物から判明したらしい。
 28の女性で名前は雲田くもた 直子なおこ。写真はまだ公開されていない。
 被害者である俺は気絶していたのだ、加害者がとうに逃げているなんて想像はできたが、改めて言われるとまた違ったものがある。
 だが、それ以上に気になるのは、続いて流されたそれだ。

――容疑者は周囲の住民が駆けつけた際、被害者の近くで倒れていましたが、近づくと目を覚まして逃げ去ったとのことです。通話中になっている被害者の携帯電話が残されていたことから……

 倒れていた、というのが解せない。自分の記憶は刺されて倒れ、そこで途切れている。決して反撃をしたような記憶はない。
 そもそも、なぜ携帯は通話中になっていた。わからないことだらけで、頭がパンクしそうになる。

(無意識で犯人に何かした、それで自分の携帯で誰かに電話……? あることなのか、そんなこと)

 つい、テレビの電源を落とす。真っ暗になったテレビにまた一瞬、何かが映った気がする。
 今の自分はきっとひどい顔をしてるはずだというのに、どうしてかそこに一瞬いたソイツは笑っていた気がする。
 背筋に這いよる何かを感じずにはいられなかった。
 
(……寝よう)

 テレビに最後映った何かも気になったが、これ以上思考を続けても悪い方向にしか転がらなそうだ。そう気が付いて、俺は掛布団で顔まで隠す。
 イヤホンを外して放り投げ、卵の様にまるまってそのまま朝になるのを待つ。
 寝苦しいし朝は寝癖が酷いことになりそうだが、皮膚の一部でも布団からはみ出るのが嫌だ。
 だが、いくら視界を閉じても、耳をふさぎ体を小さく固めたとしても、何故か震えが止まらない。
 無意識、無意識だ。どうせ今考えても何もわからないのだから、プラスに考える方が余程有意義なのだ。

(きっと、俺が無意識のうちに通り魔を気絶させて、携帯電話で助けを求めて……そうなんだろ、なぁ?)

 誰に問うわけでもない、それこそ無意識のうちに否定される言葉を意味もなく紡ぐ。
 ありえないだろう、俺は凡人で、気を失いながら人を打倒せるような人間ではない。
 せめて、相手が指で触れれば倒れてくれるような虚弱体質で、と記憶の中の相手を思い出す時、漸く俺は思いだす。

(――28歳の女性が、どうやってあのダンボールの中に潜んでたんだ!?)

 あり得ない、それこそ何をどうかしたところで不可能だ。あのダンボールには入れそうなのは赤ん坊くらいの大きさ、無理やりにでも4,5歳の人間が限界だ。
 本当に自分を襲ってきたのは人間だったのか、更に震えが激しくなる。それが今もなお逃走中、悪い冗談が過ぎるというものだ。
 こうなってくると、無駄に広い病室すら怖くてたまらない。今布団から顔を出したら、、四方八方を人ではない者達で囲まれているような気さえする。
 
 ――コツリと、硬いものが病室の床を叩く、無機質な音がした。

 今度は、帰り道のように逃げるわけにもいかない。いっそのこと塩崎、あのエセ探偵が事件のため、面会時間が終わっても無理やり会いに来たとか、そんなのでもいい。

(帰れ帰れ帰れ帰って!)

 足音が近づく、断じて聞き間違えなどではない。
 看護師、看護師さんであることを切に願う。俺が寝てるのを確認して、去っていくものであってくれと神にすら乞う。
 そうしてついに、足音がベッドの横にまで近づく……去る気配がない。
 震えを、呼吸を止めることで無理やりにでも止めた。

「       」

 何か、言った気がする。それを耳ではなく、布団で覆われたはずの肌で感じた。
 言葉ではない、音、もはや振動に近い。意味など分かりもしない、はずだというのに。

(なんで、こんなに悲しいんだ……?)

 その震えは決して雄々しいものではない。分かる、分かるのだ、これはきっと、恐れでも怒りでもない。
 嘆きである、そこにいるものはも何かを嘆いている。それに共感してか、自分もどこか、悲しくなってくる。
 呼吸が再開される、止めていたこと、体勢が悪かったこともあり息が荒くなる。
 こうなればやけだと、布団を思いっきり払い飛ばし、足音の正体を見ようとした。
 そこには確かに、何かはあった、あったのだ。

「え、これって……」

 ペストマスク、警察に持って行かれたと思ったそれが、ベッドの横に落ちていた。足音が止まった位置、間違いない。
 ゆっくりと手を伸ばして、持ちあげる。特に変わらない、そこそこの重さだ。
 しかし心なしか、マスクの裏側が湿気っているような気がする。先ほどの嘆きの感情から、それがこの仮面が涙を表している。そんな気さえした。

「……」

 ほこりを払うように、軽くたたきながらそれを撫でる。よく考えなくても、不気味だ。
 足音が止んだと思えば、今日、いや昨日手に入れたばかりの古い品があるだけ。何らかの呪い、霊的なものと思って怖がるのが当然だろう。
 けれど、これは悲しんでいた。
 お前は、何を悔やんでいたんだ、物言わぬ仮面に囁いた。



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