コメディ・ライト小説(新)
- 2-2 ( No.8 )
- 日時: 2018/03/25 23:43
- 名前: 塩糖 (ID: D.48ZWS.)
「鉄をも呑む砂」-2
それはとても小さい、そして分岐点と呼ぶにも小さい出来事だった気がする。俺は病院の一室でそれを聞いて……違う、誰も来ないような廃墟で一人だった。
天井もない二階部分で、月明かりだけが頼りであった。
崩れかけてもなお固い壁に背中を預けて、崩れ気味な体育座りの体勢でうつむく。
「……なんなんだよ」
誰か返答を期待してはいない、ただ自分を慰めるための独り言。ここでもう少し言葉がうまければきっと、爆笑必死のジョークが一つでも飛び出たに違いない。
家に戻るべきか、いやそれは駄目だ。不幸な人を増やすだけで、何一つ利点なんてない。汚れてしまった手を見て、その決心だけは正しかったんだと。
(駄目だ、駄目……皆悲しむだけだ)
ふと沸いた選択肢はまばゆく見えて、光に引き寄せられた頭を振って止めた。と同時に、見たくもないものが視界内に入ってくる。
白いそれを手に取ると微妙に頭皮が引っ張られる感触がし、やはり作り物ではないと理解するしかない。
これさえなければ……いや、これは要素のひとつでありこれがなくても自分はこうしたのだろう。せいぜい選択する際に時間がかかった程度……そんなものはいらない。
「っ、来てる」
気が逸れていたためか、他者の接近に気が付けなかった。遠くで誰かが砂利を踏みしめる音を耳にして、慌てて立ち上がる。
が、それが意外に遠い場所から聞こえているということがわかり、それが自分の異常性を示すものだとまた一つ、ため息をついた。
だがこうしてはいられないと立ち上がり、音のする方に少し顔を出して確認する。
この廃墟の一階部分に人が入っていくのが見え、町の通りの方にもまだ人が多く見える。皆が明かりをもって出歩いているためか、それがよくわかる。
「……行くか」
見つかるわけにはいかないんだ、そう言い聞かせて仮面をつける。視界が狭まって、世界も狭くなったような感覚が今は気持ちがよい。
崩れかけの足場を蹴って、また人目がない所へと跳んで行った。
◇
目が覚めたが、非常に寝ざめが悪い。これが自宅ならつい二度寝をするほどにはだ。
原因は大方今の夢のせいだ……、厄介なものをもらってしまったものだと手元を見る。
そこにはペストマスクがあるそれを手に持っていると、不思議と安心ができそのまま寝ることができたのだ。掛け布団で隠していたが、見られたらドン引き案件間違いなしである。
(けど、その後は悪夢? だよなあれ)
いったい何の夢だったのだろうかアレは、そう寝起きでまわらない頭で考える。まだ目覚めたばかりか、夢の記憶は消えていない。
視点の人物は、間違いなく逃げていた。それこそ、家に帰ることを拒否するほどまでして。
何から、はたまた何故逃げていたのだろうか。夢が覚めた今となっては知るすべもない。
そして最後視点の人物が顔につけた仮面は……、
「――佐藤雄太さーん、調子はどうですかー」
「やばっ!」
病室の扉を開けて誰かが入ってきた。それに驚き慌ててマスクをベッドの下に滑り込ませる。大分雑に放ったため、金具部分が床に当たる音がする。
流石に病室でこんなものを持っている姿はあまり見られたくない、という無意識によるものだった。
幸いにして、それは成功した。
「おや、随分と元気そうですね。ストレッチですか?」
「え、えぇ! ちょっと早く起きて暇だったので」
誤魔化せているのだろうか、いまいちわからずとも上半身をわざと動かす真似をして笑顔を張り付ける。
入ってきたのは昨日も見た女医さん、しかし回診だとすれば早すぎではないだろうか。まだ朝食も、あると聞かされた体調チェックも来ていないというのに。
そんな疑問の目になっていたらしい、彼女は笑ってこちらの誤解をとくため手を振る。
「いえ、私は夜勤だったので、丁度帰る所なんですよ」
「あっ、あー……なるほど。だから私服なんですね」
「そうですね。それで、調子の方は……大丈夫そうですね。少し心配でしたが」
「ありがとうございます。ちょっとまだお腹がしびれますけど、立ち上がったりとかは問題なさそうです」
それはよかったですね、彼女はそう言って笑顔を見せた。
言われてみれば少し目の辺りに隈ができていて、いかにも夜寝なかった人だ。仕事が終わったというのに態々こうして見に来る、そんな彼女の頑
張る姿を見て奮起する患者も多いのではと思う。
そうやって褒めてみると、彼女は謙遜しながらもまた笑った。お上手ですねなんて言われたが、これは本心だ。
こちらの様態を確認して満足したのか、病室を出ていこうとする彼女。
だが、何かを思い出したようで足を止め、こちらに体を向ける。
「そういえば、恐らく今日は警察の方が来られると思うので」
「えっ、なんで……あーいや当たり前ですよね」
「はい……精神的にまだ不安定なら断ってももちろん大丈夫ですよ?」
その心配はいらない、夜寝るときは大分怖かったが、あのマスクのおかげかその不安は抑制された。
ついで俺の精神が不安定気味だったのは、目覚めたばかりで流れ込んできた謎の情報による混乱が大きい。
今度は俺が手を横に振って、彼女の心遣いに感謝しつつもそれを否定する。
「大丈夫です、それに犯人が捕まらない方が怖いですし」
「……あまり無茶はなさらないように、では」
彼女は最後までこちらを気遣ってくれた。とてもありがたいんだけど、今の自分はそこまで危うい状態に見えたのだろうかとも思ってしまう。
いや、逆に全く心配されない方が怖いから別に良いのか、そう自己完結して肩の力を抜く。
(あ、でもこれ持ってる姿見られたらやっぱりまずいよな)
そう心の中で恥ずかしがりながらベッド下に腕を伸ばし、マスクを手探りで引きあげた。
刺された翌日に、寝床の上で見るからに怪しい仮面を撫でている男……下手すれば精神病棟いきかもしれない、なんて。
(って、流石にそこまではいかないか……)
被害妄想じみた考えを一笑で終わらせ、マスクを触る。皮の心地よい手触り、暇な時があればずっといじっていたいほどだ。
……しばらく、することもなくいじっていたが流石に飽きた。前言撤回である。
投げ捨てたはずのイヤフォンが、テレビの近くにまとめておいてあったのを見つける。寝ている間に拾われたのだろうか、ともかく拾い上げて耳につける。
朝食まではもう少し時間がありそうだなと、テレビをつけた。
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