コメディ・ライト小説(新)
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.120 )
- 日時: 2018/01/26 22:57
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: qRt8qnz/)
68話「カレーライスと感情と」
その夜。リビングに集まり、四人で食事をとることになった。夕食のメニューはカレーライスだ。
作ったのはもちろんモルテリア。私たちが的当てをして遊んだり話したりしている間に、一人黙々とカレーを作っていたらしい。美味しそうな夕食を自ら作っておいてくれるとは、なんて心優しい人なのだろう。
「……たくさん、食べて……」
目の前に差し出されたカレーライス。どこから見ても完璧な、見本のようなカレーライスである。もっとも、尋常でない大盛りなところを除けば、だが。
「おぉっ!カレーライスいいっすね!最高!」
ナギはガッツポーズをしながら子どものように歓喜の声をあげる。落ち着こうか、と言いたくなるような激しい喜び方だ。二十歳を越えているとは到底考えられないような動きをしている。
もし彼がエリミナーレでなく普通の会社に就職していたら、一体どうなっていたのだろうか。年相応に成長していない幼稚な人という扱いを受けていたかもしれない。ふとそんな風に思考を巡らせてしまう。
私が考えている時も、ナギはひたすらカレーライスを食べ続けていた。余程好きなのだろう、口内に流し込むような食べ方である。
「待て、ナギ。早食いしすぎるのは良くない」
凄まじいスピードでカレーライスを食べていくナギに対し、武田は真面目な顔で注意する。ナギは反抗期の息子のように「放っておいてほしいっす」とだけ返した。
面倒臭い親のような注意をする武田と、それに反発してしまうナギ。二人の関係は相変わらず平行線だ。
「まったく……ん?」
何か気がついたように、武田は私を見つめてくる。
彼の瞳にじっと見られると、体が自然と強張ってしまう。恥ずかしさと嬉しさと緊張が混ざったような正体不明の何かが込み上げてきた。
「沙羅、なぜそんなに少しずつ食べている?たくさんあるのだから、もっと普通に食べても構わないと思うが」
どうやら、私の一口が少量なことが気になったらしい。よく見ているなと思った。
「すみません。私、一気に口に入れると、どうも食べにくくて……」
すると納得したように一度頷く。
「そうか。それなら仕方ないな」
「ちょ、沙羅ちゃんにだけ甘くないすかっ!?」
すかさず突っ込むナギ。
自分には問答無用で注意するのに、と思っているのだろう。確かにそれも間違いではない。武田は、ナギに対しては細かく一方的だが、私には説明する余地を与えてくれる。そこに差がある気がする。
それにしても、最近になって、なんとなくだがナギの思考を読めるようになってきた。彼の思考パターンを把握できてきた、と言う方が正確だろうか。
「沙羅にだけ甘い、だと?そのようなつもりは毛頭ないのだが」
「無自覚なんすか」
「あぁ、特に意識はしていない」
武田は時折カレーライスを口へ運びながら、あっさりとした調子で会話している。スーツ姿でカレーライスを食べている光景にはどこか違和感を感じるが、そこがまた面白い。
「やっぱ恋っすね!」
大盛りのカレーライスを完食し、水を一口飲んでから、ナギは屈託のない笑顔ではっきりと言った。
私は「いきなり何を言い出すの!」とうっかり口が滑りそうになったが、なんとか耐える。一歩誤れば叫んでしまうところだった、危ない危ない……。
「良かったっすね、武田さん!これでついに人間デビューし」
「いや、待て」
テンションが上がりかけたナギを、静かな声で制止する。
「私が沙羅に対して恋愛感情を抱いていると。お前はそう言いたいのか?」
武田は困惑した顔をしていた。頭が追いつかない、といった感じの表情である。
「そういうことっすよ。やっと気づいたんすか?」
ナギに言われ、武田は言葉を止めた。首を傾げ、何か考えているような難しい表情を浮かべる。熟考という言葉が似合いそうな様子だ。
沈黙が訪れてしまった。
——それからどのくらい経っただろうか。
長い考え事を終え、武田は私に視線を向けてきた。
「沙羅。一つ確認しても構わないか」
「は、はい」
「私はお前に恋愛感情を抱いているのだろうか?」
まさかの質問。
自身の心について他人に尋ねる者がいるとは驚いた。しかも第三者でなく相手である私に直接尋ねてくるとは、ある意味凄いと思う。
「え、それ私に聞きますか……?」
つい本心を漏らしてしまった。
何かもっとそれらしいことを答えるべきだったのだろう。しかし、私には相応しい言葉を見つけられなかった。そんなことで、良い返答を探しているうちに本音が出てしまったのである。うっかりとは怖いものだ。
武田はコップの水を口に含んでいた。
「相手に直接聞けば一番早いかと思ったが、そういうことでもないのか。ますます難解だな」
そもそも恋愛感情というものの意味を分かっていないのではないだろうか。意味が分かっているのなら、自身のそれについて他人に尋ねたりはしないはずだ。彼は恐らく、色々と勘違いしている。
「だが……もし仮に私が恋愛感情を抱いていたとしたら、それは大きな問題だな」
「問題なんですか?」
「当然だ。私には夢をみている暇などない。甘えはいずれ、自身を殺し、周囲を巻き込む。なんとしてもそれだけは避けなくては」
——そうかもしれないけれど。
でも、決して甘えることのできない人生なんて、あまりに厳しすぎるのではないか。誰にも弱みを曝さず、傷はすべて自身の内側にしまって——そんな人生は、きっと苦しすぎる。
だから私は、彼の手を取った。
「私は……悪いことではないと思いますよ」
だが、少しは彼の救いとなれるのではないかと、そんな風に思ったから。
「誰かを好きになったって、それは別に悪いことではないと思うんです。きっと、もっと幸せになれますよ」
「気を遣わせてすまない。だが、私には幸せになる資格など……」
「諦めないで下さい!」
私は衝動的に叫んでしまった。
こんな風に感情的になったのはいつ以来だろう。もう思い出せない。
「資格なんて要りません!幸せは誰だって手に入れられるものです!」
今までにない、珍妙な空気になってしまった。
武田に向かってこんなことを言ってしまうなんて、今日の私はどうかしている。
「お。良いこと言うっすね」
そこでナギが参加してくる。このような場面ではありがたい。
「その通りっすよ、武田さん。幸せは意外と近くにあったりするもんなんで」
ナギはうーんと背伸びをし、続ける。
「武田さんのすぐ近くにも、宝石は転がってるかもっすね!」
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.121 )
- 日時: 2018/01/27 16:36
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SUkZz.Kh)
69話「柔らかく自然な笑み」
夕食を終え部屋へ戻ると、モルテリアと二人きりになってしまった。いつもならレイが話しかけてくれるのだが、今夜は彼女はいない。だから盛り上がらないどころか話も始まらない。少々退屈だ。
モルテリアは部屋に戻っても平常運転で、先ほどカレーライスを食べたにもかかわらず饅頭を頬張っていた。今日モルテリアが食べているのは、手のひらに乗せると可愛い白い小粒の饅頭である。
せっかく美味しそうに食べているのを邪魔してしまうのは嫌なので、私はそっとしておいた。だが、そのうちに時間はどんどん過ぎていってしまう。そして、結局ほとんど話すことのないまま眠ってしまった。
そして翌日——護衛任務でレイとエリナがいなくなって二日目。
正午ごろ、部屋にいるとレイから唐突に電話がかかってきた。なぜか私の携帯電話に、だ。何か事件が起こったのかと思い心して出たのだが、レイは至って普通の声をしていた。
『沙羅ちゃん元気にしてるかなーと思って。貧血なってない?ご飯はちゃんと食べてる?』
今日のレイはやけに細かいところまで尋ねてくる。余程気になっていたのかもしれない。しかし、仕事中にまで私の心配をしてくれているとは、さすがに予想外だ。そこまでとは考えてもみなかった。
「はい、貧血は大丈夫です。あ、昨日の夕食にはモルさんが作って下さったカレーを食べました。深みのある味で、凄く美味しかったです」
思いの外すらすら話せる。レイと話すことには慣れているからかもしれない。
『そっか、良かった。それにしても、モルのカレー、あたしも食べたかったな』
「大盛りにはびっくりしました。でも美味しかったので、ぜひまた食べたいですね」
『うん。そうだ、モルは?』
「まだ寝てられるみたいです」
正午を回ってもモルテリアが起きそうな気配はまったくない。このまま放っておくと夜になりそうな気すらする。しかし、誰も起こしにこないので、彼女は寝ていても良いのだろう。
『そっか。あ、じゃあそろそろ。こっちは今のところ何もなくて順調だから。また連絡するね』
「ありがとうございます」
そんなたわいない会話をし、私たちは通話を終えた。なんてことのない、至って平凡な会話だった。
私は携帯電話を閉じた後、一度だけ深呼吸をして、リビングへ向かうべく立ち上がる。すぅすぅと柔らかな寝息をたて、気持ちよさそうに眠っているモルテリアには、声をかけなかった。質の良い眠りを邪魔してしまっては申し訳ないからである。
リビングには既に武田とナギがいた。正午なので当然といえば当然だ。しかし、つい先ほどまで眠っているモルテリアを見ていたものだから、二人が早起きに感じられた。
武田は昨日と同じ席に座り、パソコンを操作している。真面目な顔つきで画面を凝視しているところを見ると、恐らく遊びではないだろう。仕事の何かに違いない。こんな昼間から頑張って、とどこか他人事のように感心した。
一方ナギはというと、安定のだらけっぷりだ。
ピンク色のTシャツとジーンズというエリミナーレらしさに欠ける服装でソファに横になっている。そして、やはり今日も雑誌を読んでいた。私には詳しくは分からないが、パッと見た感じ、昨日とは異なった雑誌のようだ。色合いが明らかに違っている。
「こんにちは!」
私はいつもより明るい声で挨拶をした。
すると、パソコンの画面を凝視していた武田が、こちらを向く。
「沙羅か。急にどうした」
少々戸惑わせてしまったようだ。いきなり出ていって大きな声で「こんにちは」と言うのは、やはり、少しおかしかったかもしれない。だが、不快にさせるよりかはずっとましだと思う。
「昨日は色々すみませんでした。感情的になってしまって」
「いや、気にするな。沙羅は悪くない。それに、むしろ嬉しかったくらいだ」
彼の近くまで歩いていく。すると、パソコンの脇にカニのピンバッジが置いてあるのが見えた。傍に置いているということは、気に入ってくれたということだろう。あくまで推測の域を出ない。しかし、嫌いな物を敢えて近くに置いておく人間などいないはずだ。
「私にも幸せになる道はあるのだと……お前が言うから、段々そんな気がしてきた。これからはもう少し前向きに生きるよう努めようと思う」
そんな風に話す武田の表情はいつもより柔らかい。リラックスしていることが容易に見て取れた。真面目な顔つきでパソコンを凝視していた先ほどまでとは大違いである。
「それなら良かったです。安心しました」
私は笑って返した。
相手の表情が柔らかいと、こちらも自然と頬が緩む。人間とはそういうものなのだと、改めて体感した。
「ところで、何かお手伝いすることとかあります?」
今日は言葉が自然に出てくる。いつもほど緊張しない。
「手伝い?そうだな、では手始めに、怠惰なナギを叱ってもらおうか」
「え」
「……ふっ。冗談だ」
武田は頬を緩める。いつもの強張った笑みではなく、自然な笑い方だ。こんな風に笑えるのか、と彼を少し見直す。
そして、彼が言うとどんなことも冗談には聞こえないが、そんな彼でも愛嬌はあることを知った。
その時、ピーンポーンと呼び出し音が鳴る。武田は「出てくる」と腰を上げ、すたすたと玄関へ歩いていった。
せっかく良い感じだったのに、と少し残念に思う。贅沢な人間だ、私は。
それから十秒ほど経った時、私は突如、背筋が凍りつくような寒けを覚えた。肌が粟立つ。なぜか分からないが、武田のことが心配になる。
私は何者かに突き動かされるかのように、玄関へと足を進める。
リビングを出て、廊下を通り玄関へ着き——そこにいた人物に私は驚きを隠せなかった。
「吹蓮……!?」
深いしわの刻まれた顔、派手な色合いの服装、そして枝のように痩せ細った手。
間違えるはずもない。
彼女は確かに、水族館で悪夢をみせたお婆さんだ。