コメディ・ライト小説(新)
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.13 )
- 日時: 2017/11/04 18:17
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: u5wP1acT)
3話「ミステリアスな少女」
意識が戻った時、視界に入ったのは白い天井だった。白い天井と言っても、病室のような艶のある天井ではなく、ざらつきのある壁紙が張ってあるような天井だ。普通の住宅の一室という感じである。
意識が戻っても体はまだ重く動かしにくい。そこで視線だけを動かして辺りの様子を確かめてみる。
すると、緑みを帯びたショートカットの少女が見えた。半分の前髪が長く、片目に覆い被さっている。個性的な髪型だ。
「……起きた?」
彼女は口を小さく動かして尋ねてくる。顔からも声からも表情は感じ取れない。感じるのはミステリアスな雰囲気だけである。黒いスーツの中に着ているブラウスが薄緑なところを見ると、恐らく彼女は緑が好きなのだろう。もっとも、この場面で必要な情報ではないが。それよりも今の状況を理解しなくてはならない。
私は少ししてから、上半身をゆっくり起こす。
すると緑みを帯びたショートカットの彼女が、もう一度「起きた?」と尋ねてくる。今度は「はい」と答えることができた。
すると彼女は微かに穏やかな微笑みを浮かべる。ミステリアスな雰囲気でありながら、微笑むと純粋な可愛らしさが漂う。
なんというか、意外だ。
「……レイを呼んでくる」
そう言うとまた無表情に戻る。やはりなかなか掴めない少女だ。レイを知っているということは、彼女もエリミナーレのメンバーなのだろう。
しばらくすると彼女はレイを連れてきた。
「沙羅ちゃん、起きれた?良かった良かった!」
凛々しさのある顔とそれに似合わない晴れやかな笑み。サラリと揺れる青い髪は変わらずきっちりと結われている。
レイはすぐに駆け寄ってきて背中をさすってくれる。
「もう気分悪くない?平気?」
「はい。ただの貧血なので大丈夫です。ところで、ここは?」
改めて辺りを見回してみるが見慣れない部屋だった。
ベッドと勉強机のようなタイプの机と椅子。それと、シンプルなデザインのタンスがある。床にはいくつかクッションが放置されている。しかし、それ以外に物はあまりなく、散らばったクッションを覗けば整理整頓された部屋だ。
もちろん私の自室ではないし、それどころか初めて見る部屋である。
「あぁ、ここはあたしとこの子の部屋だよ。エリミナーレの事務所の中なんだ」
なるほど。貧血で倒れた私はエリミナーレの事務所へ運び込まれたのか。いきなり迷惑をかけてしまったな……。
レイは緑みを帯びたショートカットの少女を紹介するように手で指し示す。指差さないあたり、何気に品が良い。
「モル。ほら、自己紹介して!」
「……自己紹介?」
「そうそう。初対面の人には自己紹介するものなんだよ」
モルと呼ばれた少女は子どものようにコクリと頷く。
ミステリアスな雰囲気で、しかも無口。あまり他人を寄せ付けない人という印象を勝手に抱いてしまっていたが、もしかしたら本当はそうでもないのかもしれない。そんな風に思った。
ただ単に口数が少ないというだけのことなのだろう。
「……モルテリア。好きなものは美味しいもの。よろしく」
随分あっさりした自己紹介だった。
名前はともかく、好きなものなんて今は関係ないような気がする。クラス替え直後の小学生がする自己紹介じゃあるまいし。
だが、これが彼女なりの自己紹介なのだろう。それを敢えて否定する気もない。
「外人さんですか?」
私の問いに対し、彼女は小さく頷く。やはり子どものようで可愛らしい。
なんだか仲良くなれるような気がしてきたので、明るい調子で尋ねてみる。
「へぇ!どこの国なんですか?」
すると、モルことモルテリアは、黙り込んで首を傾げる。
質問の意味が分からないのか、あるいは、質問の答えが分からないのか。どちらなのか分からないが、とにかく答えられない状態であることは理解した。
そこへレイが口を挟む。
「まぁ、今はそんなことは置いといて」
もしかしたら私は、聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。レイはハッキリそうは言わなかったが、明らかに不自然な感じだった。
だが今はこれ以上突っ込まないことにしよう。初対面の相手について詮索するのはあまり良くない。
「エリミナーレのリーダーが沙羅ちゃんと話したいって言ってるから、体調が大丈夫そうなら一度会ってみてほしいな」
「今からですか?」
「そうだよ。もう少し寝てからでもいいけど……どうする?」
レイはいつでも選択の余地を与えてくれるところが好きだ。すぐに緊張してしまう私にとっては非常にありがたいことである。彼女と一緒にいると、心臓にかかる負担を減らせるような気がする。
だが、彼女の優しさに甘えてばかりではいけない。そう自分に言い聞かせる。
「体調はもう大丈夫です。今から行きます」
「よっし!じゃあ行こうか。あたしが案内するよ」
私は元気よく「はい!」と答える。
レイの明るさには最早何度も救われている。実に不思議なことだが、彼女といるとこちらまで元気になってくるのだ。
緊張はする、不安にはなる。レイは、そんな私にうってつけの人である。
こうして、私はレイに案内してもらうことにした。
まずはベッドを出て、新品のスーツを整える。しわがついていないか少し心配だったが案外大丈夫だった。ひとまず安心する。
部屋を出て、廊下を歩く。少し狭めで床はフローリング。どうやらマンションのようである。
「この先にリーダーがいるよ」
レイは軽くノックし、それから扉を開ける。
扉の向こう側には、予想を越える広い部屋があった。一面は完全なガラス張りで、全体的におしゃれな感じ。普通のマンションとは思えない。オフィスのような爽やかな空気が漂っている。
私は恐々部屋へ足を進めた。
するとそこには、一人の美女が座っていた。
「貴女が天月沙羅ね。初めまして。私は京極エリナ」
桜色をした柔らかな長い髪、大人の女性と呼ぶに相応しい色気のある顔つき。そしてその顔に浮かぶ余裕を感じさせる笑み。それに加え、時折赤くも見える茶色の瞳も印象的だった。
初めてレイを目にした時にも思ったことだが、目の前の座っている女性・京極エリナは、明らかに普通ではない。何か特別な能力でも持っているのではと思うような雰囲気だ。
「新日本警察エリミナーレのリーダーよ」
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.14 )
- 日時: 2017/11/05 16:15
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: fjkP5x2w)
4話「見透かすような瞳」
エリナは桜色の長い髪を片手で掻き上げつつ足を組み、柔らかい調子で尋ねてくる。
「レイとモルのことは、紹介しなくてももう知っているわね」
彼女の、たまに赤くも見える茶色い瞳が、私をじっと見つめてくる。嘘をついたりごまかすようなことを言っても即座に見抜かれそうだ。もっとも、今のエリナの問いに対して嘘の答えを言う気はないが。
私は緊張しつつも「はい」と返事する。それから、隣に立っているレイをさりげなく一瞥する。そして驚いた。レイが今まで見たことがないくらい真剣な顔だったからだ。仕事中はこうなのだろうか。
「うちのメンバーはあと二人。貴女より年下になるのかしら、瀧川ナギという男がいるわ。彼は高卒なの。でも優秀よ」
「射撃が得意なんですよね」
レイが少しだけ表情を緩めて口を挟む。するとエリナは満足そうに頷いていた。
「射撃ですか?でもそんなこと何に……」
言いかけてふと思い出す。
社会の裏で活動する悪の掃除——それがエリミナーレの本当の仕事だと。
「もしかして、悪の掃除に役立つのですか?」
するとエリナはふふっと控えめに笑い、それから小さく「正解」と言った。まるで独り言かのように。
大人の女性と呼ぶに似合った妖艶な笑みに、私は内心ドキッとする。同性であっても魅了されそうだ。エリナには、見ているだけで吸い込まれそうになる、不思議な魔力のようなものがあった。
「それともう一人は」
エリナが言いかけたちょうどその時、後ろの扉がキィと音をたてて開く。
誰かが帰ってきたのだろうか。そう思い振り返ると、そこには背の高い男性が立っていた。しわ一つないピシッとしたスーツを着こなした、冷たい雰囲気の男性だ。
その姿を目にした時、彼が武田であるとすぐに分かった。
あの日彼に出会ったから、私は今ここにいる。そう言っても過言ではない。武田は私の人生に多大な影響を与えた人物である。
「戻りました。スープ春雨五十個、カップ焼きそば五十個、冷凍ビーフン五十袋。間違いなく買えました」
記憶の中の彼とは異なり髪が茶色だ。数年前に助けてもらった時は黒髪だったと思う。あれから染めたのだろうか。
「あら、お帰りなさい。買い物お疲れ様」
エリナは彼に礼を述べ、それから私の方へ向き直って紹介してくれる。
「彼は武田、うちの一番の古株なの。でも紹介するまでもないわよね」
そこで一呼吸空けて、彼女は続ける。
「貴女は彼をよく知っているはずだもの」
一瞬だけ、エリナの瞳が赤く輝いて見えた。その美しさゆえに、ニヤリと笑っている顔でさえ魅力を放っている。足を組み換えたり、桜色の長い髪を触ったりしている彼女だが、瞳だけは私を捉えて離さない。
彼女にじっと見つめられていると、すべてを見透かされているかのように感じる。言葉では言い表すことのできない不思議な感覚だ。
「……武田さん!」
私は無意識のうちに彼の名を口にしていた。
見事に彼と目が合う。
「天月沙羅。そうか、今日からだったのだな。よろしく頼む」
何事もなかったかのように挨拶をする武田。
彼の様子を見ているあたり、私のことを覚えているのかどうかはハッキリと分からない。
「髪の毛、染めました?」
私はうっかりそんなことを質問してしまった。今はどうでもいいことなのに。意識下で気になっていたのかもしれない。
エリナもレイも、今にも笑い出しそうだったが、武田は冷静に答える。
「あぁ。最近は染めている」
よく見ると、彼の両腕は白いビニールだらけになっている。重そうだ。恐らく私なら持てない重さだろう。
そこへエリナが口を挟んでくる。
「私が染めるように言ったのよ」
口調が妙に自慢げだ。
もしかして、彼女は武田のことが好きなのかな?あるいは付き合っているとか?……いや、その可能性は考えないようにしよう。
「ね、武田?」
「はい。その通りです」
エリナはまた足を組み換え、楽しそうにふふっと笑う。勝ち誇ったような笑顔だ。なんとなく不穏な空気である。
怪しい雲行きに気づいているのかレイはそわそわしている。視線を動かしたり、数歩歩いたり、落ち着かない様子だ。
レイに心配をかけるのも悪い気がする。そこで、私は明るく振る舞うことにした。
「へぇ!京極さんと武田さんはとても仲良しなんですね!」
こちらが無邪気に振る舞っていれば、向こうも争う気をなくすはず。そういう試みである。何でも試してみなくては始まらない。
そして、試みは成功した。
「えぇ、そうよ。私と武田は長い付き合いなの」
エリナは自慢げに言う。
ついさっきまでの、雨が降る直前の空みたいな重苦しい空気は、すっかり消え去った。最初にこの部屋へ入った時と大差ない雰囲気に戻っている。
快適だとは言えないが、それでも、先ほどの不穏な空気よりかはずっとましである。
「それと一つ。私はこれから沙羅と呼ぶ。だから貴女は、エリナと呼んでくれる?」
京極さん、という呼び方はあまり気に入っていないようだ。
失礼のないようにと思ってそう呼んだのだが、本人が望むのならエリナでも良いだろう。とはいえ、いきなり呼び捨ては怖すぎるので、エリナさんと呼ぶことに決めた。
「はい。ではエリナさんと呼ばせていただいても構いませんか?」
「そうね。それがいいわ」
言いながら立ち上がった彼女は、桜色の長い髪をフワリと掻き上げる。ただ立ち上がっただけなのに空気が変わった。
「では沙羅に最初の任務を命じるわ」
「えっ。いきなりですか?」
驚いて声を出してしまう。だがエリナは気にしていないようだ。
「今夜の歓迎会で使う物を買ってきなさい」
「は、はい……」
歓迎会で使う物とは何?買いにいくとはどこへ?脳内に大量の疑問符が湧いてくる。
しかし、まだ付け加えがあった。
「もちろん一人で行けとは言わないわ。レイ、同行して」
「分かりました!」
レイは素早く返事をした。そして私に手を差し伸べてくれる。
「一緒に行こうか」
私はレイの優しさに感謝した。優しくしてくれてありがとう、と。
こうして私とレイは、今夜行われる歓迎会に必要な物を買うために、事務所の外へと出掛けるのであった。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.15 )
- 日時: 2017/11/08 22:01
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 4V2YWQBF)
5話「六宮は不思議な街」
私はレイと買い物へ向かうことになった。行き先は六宮駅。徒歩でも十五分くらいで着くらしい。駅前にはいろんな店があり面白い、とレイが教えてくれた。
「まだ夕方だったんですね」
「うん。倒れた時はどうなることかと思ったけど、わりとすぐに目が覚めて良かったよ」
「迷惑かけてしまってすみません。注文した後に……」
「大丈夫大丈夫。そんなの全然気にしなくていいから。無理は禁物だよ」
駅へと歩きながら、私はレイに、六宮について聞かせてもらった。
新日本警察エリミナーレの拠点は、六宮駅から徒歩十五分ほどのマンションの一室にある。それが先ほどまでいたところだ。
駅からやや離れたその辺りは、数十年前まで住宅街だったという。当時は近くに大きめの商業施設もあり、人はそこそこいたらしい。
しかし今は人通りがほとんどない。時折年老いた人が歩いている程度である。かつて建ち並んでいたマンションもその多くが取り壊され、今ではいくつかしか残っていない。
こんなに人が少ない地域ならさぞかし事件が多いことだろうと思われがちだが、犯罪などの事件は意外と少ないらしい。エリミナーレの拠点があることも恐らく関係があるのだろう。
そんな話をしながら隣に並んで歩いていると、レイが唐突に切り出す。
「ところで沙羅ちゃん、武田とはどういう関係なの?」
えっ。どうしていきなりそんなことを聞くのだろう。
私はさすがに戸惑いを隠せなかった。
「どうしてですか……?」
そう聞き返すと、レイは両手をポケットに突っ込み、少し気まずそうな顔をする。
「いきなり変なこと聞いてごめん。実はね、今年の希望者は十人くらいいたんだ。その中で沙羅ちゃんを推薦したのは武田なんだよ」
彼女の言葉を聞き、私は衝撃を受けた。悪い意味ではなく良い意味で。
武田は私のことを覚えていてくれたのかもしれない。その可能性を知り、心が軽くなっていくのを感じた。今この場に本人がいるわけでもないのに、脈が速まり体が温かくなる。
「誰を合格にするか相談していた時、武田は、沙羅ちゃんが一番エリミナーレに適してるって言ってたよ。二人は知り合いなの?」
約六年前の立て籠もり事件を彼女は知らないのだろうか。いや、あの時の人質が私だと気づいていないという可能性も捨てきれない。
「知り合いというほどではないです。ただ……」
「ただ?」
「六年くらい前、六宮で立て籠もり事件がありましたよね」
あの事件がどのぐらい有名なのか把握できてないので、そもそも事件自体が知られていなかったらどうしようと不安だった。
しかし、レイは微笑んで「うん」と答えてくれた。私はホッとして続ける。
「私は人質でした。人質として捕まっていた私を武田さんが助けて下さって……彼と会ったのはその一度だけです」
私の話を聞いてくれている間、レイはずっと不思議そうな顔をしていた。「説明になっていない」とでも言いたげな表情である。武田との関係については確かに説明したはずなのだが、まだ何かあるのだろうか。
そんな風に考え込んでいると、レイが口を開く。
「会ったのはその一度だけなの?じゃあ武田は、仕事で助けただけの沙羅ちゃんを、推薦したってことなんだね」
「そうなりますね……」
彼がなぜ私を推薦したのか。その理由は私にだって分からない。
「男の人って謎だよね。あ、もう駅に着いたよ」
レイの言葉を聞き、顔を前に向ける。すると大きく立派な建物が目に入った。六宮駅だ。ついさっきまでとは一変、大勢の人々により賑わっている。
六宮市は実に不思議な市だと思う。
エリミナーレの事務所がある市の海側は結構過疎気味。それなのに駅まで来ると人がたくさんいる。徒歩で約十五分の距離だというのに、まるで別世界のようなのだ。
「沙羅ちゃん、どこから回る?本とか雑貨とか、お菓子とかもあるよ」
「まずは必要な物を買っていくといいかもしれません」
「相変わらず真面目だね」
レイに呆れたような顔をされてしまった。
おかしなことは言っていないはずなのになぜだろう。そんなことを考えていたせいか、暫し無言の時間ができてしまった。
「じゃあ、取り敢えずお菓子とかから買いに行こっか!」
「はい!」
だが、気を取り直したレイが明るく言ってくれたので、私もできる限り元気よく返す。
ここ数年、友達と呼べるような者はいなかった私だが、レイとは親しくありたいと思う。もちろん彼女とだけではなく、これからはみんなと友好的な関係を築いていけるように努力するつもりだ。
簡単なことではないがきっと成し遂げられる。私はそう信じている。
「近くにお菓子屋さんはありますか?六宮へはあまり来たことがなくて……」
「百貨店の中に美味しいお菓子の店がたくさんあるよ。饅頭とか煎餅みたいな和菓子も、マカロンとかケーキみたいな洋菓子も、どっちも揃ってる。沙羅ちゃんが好きなのを選んで」
「結構充実しているんですね。ちょっと楽しみになってきました」
たわいない会話をしているうちに自然と笑顔になっていた。今私は心の底から楽しいと思えている気がする。
私だけではなく、レイも楽しそうにふふっと笑っていた。
そんな時だった。
「誰かー!誰か助けて下さいっ!」
女性の悲鳴が突如耳に飛び込んでくる。パニックになったような甲高い声で、明らかに普通ではない。何か事件でも起こったのだろうか。
私はレイと顔を見合わせる。
「行ってみますか?」
「そうだね。何か事件かもしれない」
今までなら、近くで事件が起こればいち早く逃げていただろう。しかし、今は違う。私はエリミナーレの一員だ。レイが行くと言うのなら、私も一緒に行くのが道理である。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.16 )
- 日時: 2017/11/09 22:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: O/vit.nk)
6話「エリミナーレは面倒事が嫌い」
私たちは悲鳴をあげていた女性から少し話を聞いてみることにした。
その女性は息を荒くしながらも「コンビニに不審者がいる」と教えてくれた。彼女は慌ててここまで逃げてきたらしく、服も髪も乱れている。よくこの状態で大声を出せたものだ。私だったら叫んで助けを求めるなんてできなかったと思う。
レイは女性に軽くお礼を言うと、私の方を一瞬横目で見て、それからコンビニの方向へ歩き出す。やはり現場に向かうようだ。正直気は進まないが、私はレイの背を追うように歩いた。
コンビニにだいぶ近づいた時、レイは突然足を止め、振り返った。一つに束ねた青い髪がフワリと揺れる。
「沙羅ちゃんはここにいてくれるかな」
こんな時でもレイはいつもと変わらぬ明るい笑みを浮かべている。それが私には不思議で仕方なかった。
エリミナーレのメンバーにとっては、この程度の事件は普通で、よくあることだから慣れているのかもしれない。だが、それでも少しくらい固い表情になったりしそうなものである。
しかし今のレイを見ていると、普段となんら変わらない様子だ。
「レイさん、警察に連絡は……」
つい昨日までの感じでそう言うと、彼女はおかしそうに笑みをこぼす。
「沙羅ちゃんったら、変なの。このぐらい、警察に頼るまでもないよ。……一応言っとくけど」
少し間を空けて続ける。
「新日本じゃ、警察なんかよりあたしたちの方がずっと強いからね」
そう言ったレイの表情はどこか冷ややかだった。出会ってからまだ一日も経っていないとはいえ、私は彼女のことが徐々に分かってきていると思っていた。だが今の表情を目にした瞬間、「私は彼女のことを何も分かっていないのではないか」と考えてしまった。
その結果、私は言葉を何も返せずにレイを見送ることになってしまう。本当なら「気をつけて」の一言ぐらい言うべきだったのだろうに。
「なんだなんだ?ヤバい系?」
「え、女の人が来たじゃん。不審者に寄っていくとかどんな怖いもの知らずなんだよ」
コンビニ近くには興味本位の野次馬たちが集まってきていた。コンビニの中にいる不審者へ迷いなく突き進んでいくレイの姿に誰もが興味津々だ。私は騒がしい野次馬たちに揉まれながらレイを見守る。
前に立っている人が大きくてよく見えないが、コンビニにいる不審者はどうやらナイフを持っているようだった。レイは武器になるような物を何も持っていなかったはず。ナイフを持った不審者に対してレイは素手。本当に大丈夫なのだろうか、と心配になる。
——だがそれは杞憂だった。
レイはどこかから棒のようなものを取り出し、襲いかかる不審者に素早く当てる。ナイフを振り上げていた不審者はビクッと身を震わせる。レイは怯んで隙ができた不審者を一捻り、あっという間に床へ伸びさせてしまった。
一部始終を眺めていた野次馬たちは、オォッと驚きと感心が混ざったような声をあげる。それはそうだ。別段筋肉質でもない細身の美人な女性が暴れる男を一撃で仕留めたのだから、十分驚くに足ることである。
野次馬に紛れ様子を見ていた私は、レイの華麗な早業に釘付けになった。年齢は私とたいして変わらない。それなのに彼女は、不審者にも怯まないし度胸がある。
私とは大違い——。
「……ちゃん。沙羅ちゃん!」
名前を呼ばれていることに気がつきハッと顔を上げる。
目の前にレイが立っていた。
「どうしたの、沙羅ちゃん。大丈夫?」
いつの間にここまで来ていたのだろう。レイが近づいてきたことにまったく気がついていなかった。考え事をしていたからか。
レイは心配そうに眉を寄せ、私の顔を見つめている。
「もしかして、また貧血になりそう?」
「いえ……」
「でも元気ないよ?」
そう言われた時、私は「このままではダメだ」と思った。
レイは心優しい女性だ。だから、私が暗い顔をしていたら、彼女は心配するだろう。こんなどうでもいい内容で彼女を心配させるなど、許されたことではない。今は私もエリミナーレの一員なのだ。少しは強くならなければ。
私は自分自身に「しっかりしろ」と命じ、笑顔であれるよう努めながら返す。
「本当に大丈夫です。突然の事件だったので、ちょっとびっくりしただけなので」
すると、安心したからかレイの表情が緩む。
彼女の自然な笑顔にこちらまで穏やかになっていくのを感じた。春の陽を浴び溶けていく雪は、きっとこんな気持ちなのだろうな。
「それよりレイさん、あの不審者はどうするんですか?」
気づけばパトカーが到着していた。パトカーから降りてきた警官がコンビニへ入り何やら話をしている。しかしレイはというと、何事もなかったかのようにこちらへ戻ってきて、買い物を始めたそうな顔だ。
「え?もう放っておく予定だよ」
「そうなんですか!?」
予想外の答えに驚いた私は、思いの外大きな声を出してしまった。これからまだ色々な用事が残っているものだと、当たり前のように思い込んでしまっていたからだ。
「片付けなんか警察に任せとけばいいよ。エリミナーレはそういう面倒事には関わらない決まりなんだ」
レイが華やかな笑顔で教えてくれた。
そういうものなのだろうか。加入してまもない私にはいまいち理解できなかった。エリミナーレという組織は、緩いのか厳しいのかよく分からない。実に不思議な組織だと思う。
「不審者は倒したことだし、早速買い物行こっか!沙羅ちゃんは歓迎会で何食べたい?」
「えっと……焼きそばとかですかね」
「よし。じゃあその材料も買って帰ろう!そばとキャベツと、ニンジンと?」
「ニンジンは苦手なので無しがいいです。紅生姜は必須ですね」
「へーっ、こだわりがあるんだね」
エリミナーレに入り最初の仕事——歓迎会の買い物は、まだしばらく終わりそうにない。だが嫌ではない。むしろ結構楽しかったりする。
よくよく考えてみると、こんな風に誰かと買い物をするなんて数年ぶりだ。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.17 )
- 日時: 2017/11/10 22:27
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: l1OKFeFD)
7話「凛々しくて儚い人」
コンビニの一件を終え、私とレイは歓迎会の買い物を始める。
最初は駅のすぐ近くにある百貨店へ行き、私が希望した焼きそばの材料を買うことになった。レイは野菜を慣れた手つきで選び、買い物カゴヘどんどん入れていく。私は半ば付き添っているだけのような状態だった。
レイはその凛々しく美しい容姿とは似合わず主婦のような行動をする。彼女の後ろをついて歩きながら、何度か笑ってしまいそうになった。
「レイさんがこんなに買い物上手だなんて、なんだか意外です」
お菓子のコーナーへ入った時、私はようやく彼女に話しかけられた。さっきまでは真剣な顔だったレイが普段の表情に戻っていたからだ。
買いカゴを持ったまましゃがみこみ、お菓子の棚の一番下段を物色し始めていたレイは、私の声に気づいて顔を上げる。
「あたしが買い物上手だと意外なんだね」
そう言ったレイの笑みはどこか曇っていた。
悪いことを言ってしまったのだろうか、と不安になる。私はただ単に感心して言っただけなのだが、レイにとってはあまり嬉しくないことだったのかもしれない。もう少し考えて発言するべきだった。
「あの、レイさん、ごめんなさい……」
すると彼女は「ううん」と首を左右に動かし、それから私にしゃがむよう促す。気まずさに何も返せぬまま、レイの隣にしゃがむ。
「謝らないでいいよ。沙羅ちゃんは何も悪くないからね」
彼女はお菓子の棚の一番下段を見ながら何げなく言った。小さな声だが、確かにレイの声である。
「あたしね、妹がいたの」
レイが手にしていたのは、ボタンを押すと上についたキャラクターからラムネが出てくる仕様の、おもちゃ菓子だった。どこのスーパーや店にでも売っている平凡な商品。それをレイは凄く懐かしそうに見つめている。まるで、過去の記憶に思いを馳せるかのように。
「妹さんが……?」
「うん。年が離れてたから喧嘩することもなく仲良しだった。妹が小さい頃、よくこうやってお菓子売り場を見たな」
そう語るレイは、今にも消えてしまいそうなくらい脆く思えた。
凛々しくてかっこよくて、それでいて明るくて。しかも度胸がある。人と話すだけでも緊張している私とは大違い。羨ましいと思う気もなくすくらい完璧な女性。私は彼女のことをそう思っていた。
でも、もしそれが表面だけのものだったとしたら……。
私はこの時初めてそんなことを考えた。
「その妹さんは今はどこにいらっしゃるんですか?」
こんなことを尋ねるべきではないと分かっている。
今、妹はレイの近くにはいない。どんな形でかは分からないが、会えない状況なのだろう。それはレイの表情を見れば簡単に察することができる。
それなのに私は尋ねてしまった。
目の前のあまりに儚い女性——レイを、知りたいと思ったから。
「妹はもう、この世界にはいない」
彼女は少し躊躇いつつ答えてくれた。
なんとなく予想していた通りの答え。だからこそ、私は言い返す言葉を見つけ出せなかった。今日知り合ったばかりの私が彼女にかけてあげられる、そんな都合のよい言葉などありはしない。
「でもきっと、どこかからあたしのことを見てくれていると思う。そう思うから、私はあの子に恥じることのない生き方をしたい」
それからレイは私の顔を見て、「妹は沙羅ちゃんと同じ年だと思う」と笑う。失った大切な人の話をするのは辛いに決まっているのに。
彼女は想いのすべてを笑みに包んで隠してしまう。だから、こんなに近くにいるのに触れられる気がしない。
「それより、ほら!買い物の続きをしよう。沙羅ちゃんはどんなお菓子が好き?好きなのカゴに入れて良いよ」
「あ、じゃあこれでお願いします」
「えっ。それ好きなの!?」
「はい。いつも買ってました」
レイが話題を切り替えたので私もそれに合わせることにした。
これから歓迎会だというのに暗い雰囲気になってしまってはいけない。ここからは明るい空気を保たなくては、となるべく笑顔でいるように努める。
しかし、数年間笑う機会が少なかったのもあってか、笑顔でいると顔面の筋肉が疲れてくる。笑顔というのは簡単なように思えるが、慣れていないと案外難しいもののようだ。始めは疲労するだけだったが、終いにはレイに「変な顔してる」と笑われてしまった。
彼女を笑顔にできたのはまぁ嬉しいが、私はそんなにおかしい顔をしていたのだろうか……。
買い物を無事済ませた私とレイはエリミナーレの事務所へと帰った。「行きより帰りの方が早い」と言うが、それは事実で、帰りは十五分もかからなかった気がする。もしかしたら、ただ風景に慣れたからというだけかもしれないが。
「帰りました!歓迎会の食べ物、たくさん買ってきました!」
元気な声を出しながらエリナがいる部屋へ入っていくレイ。私は緊張して「帰りました」と小さく言うしかできなかった。
桜色の髪をしたエリナは、足を組んで、先ほどと同じ椅子に座っていた。余裕を感じさせる大人びた笑みを浮かべている。
「レイ、沙羅、お帰りなさい。買い物はちゃんとできたかしら?」
「もちろんですっ!」
エリナの問いに迷いなく答えるレイ。
自信に満ちた顔をしているレイを見ると、エリナはゆっくり立ち上がった。
「それは良かったわ。じゃ、準備に取りかかろうかしらね」
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.18 )
- 日時: 2017/11/11 23:24
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: R6.ghtp2)
8話「歓迎会の準備」
事務所へ帰るとすぐに歓迎会の準備が始まった。
歓迎会などにはあまり興味がなさそうに見えるエリナだが、意外とそういうことが好きらしい。というのも、いきなり椅子から立ち上がりメンバーたちにテキパキと指示を出しだしたのである。
そのことに私は内心驚いた。しかし、レイはもちろん他の人たちも慣れた様子だったので、どうやら珍しいことではないようである。
当然私にも役割が当てられた。料理を作る役だ。
同じ役だったのは、緑みを帯びたショートカットのモルテリアと、茶髪なところに違和感を感じる武田。レイと別なのは少し寂しいが、また新たな友好関係を築く絶好の機会だと思って頑張ることにした。それにしても、私と武田が同じグループ分けというのが不思議だ。エリナは武田のことに関して私をライバル視しているものと思っていたのだが……。
私と彼が同じグループでエリナは別だなんて、実におかしな話である。
「……沙羅。溢れかけてる」
「えっ!?あ!」
麺を茹でていた鍋からお湯が溢れかけていた。
モルテリアに指摘されるまでまったく気づいていなかった私は、大慌てでどうにかしようとするが、対処法が分からずあたふたなることしかできない。家ではずっと母が食事を作ってくれていたので、私は電子レンジで温めるくらいしかしたことがないのだ。
「もういい……変わって」
私を突き飛ばすようにしてモルテリアが鍋の前に立つ。あまりに料理慣れしていない私を見て呆れたのだろう。
そこへ、横でサラダ用の野菜を刻んでいた武田が口を挟む。
「モル。あまり乱暴なことはするな」
情けない私をフォローしてくれる発言に、思わず胸の鼓動が速まる。
失敗したところを助けてくれる——小さい頃に読んだ少女漫画みたいな話、現実にあるわけがない。そんなことは分かっている。それでも私はときめきがとまらなかった。
「でも、麺がもったいない」
モルテリアの技術のおかげで、危うく溢れるところだった麺は救われた。彼女は料理が得意なようだ。
「だからといって突き飛ばすことはないだろう。台所で突き飛ばすのは怪我に繋がるから止めろ」
「でも麺がもったいない」
話は平行線でまったく進展がない。
モルテリアは、外見だけでなく中身も、浮世離れした不思議な少女だった。それなのに料理が得意という点も謎である。今まで出会った中にも変わり者はいくらかいたが、ここまで個性的な人とは出会った記憶がない。
「武田は、こぼれた麺が可哀想じゃないの……?」
そう尋ねるモルテリアの翡翠のような瞳には、今にも溢れ出しそうな涙がキラキラと光っている。
普通の女の子がこんな風に突然涙目になったなら、可愛く見せるための嘘泣きだと嫌悪感を抱いただろうが、モルテリアにはそう感じさせない力があった。演技とは到底思えないような純粋な瞳をしていたからだろう。
しかし、武田はというと、溜め息を漏らすだけだ。
「沙羅が怪我するのと麺が危ないのと、どっちがいいんだ」
えっ。今、サラッと沙羅って呼んで——あ、一応言っておくけどダジャレじゃないから。
武田に尋ねられたモルテリアは、鍋の中の麺を氷入りのザルへ移し、水道水で冷やしながら返す。
「……これからは気をつける」
また先ほどの繰り返しになるものと思っていたので、モルテリアが素直に返したのは意外だった。彼女もまともな会話ができないわけではないらしい。それを知り、少し安堵する。
——その時だった。
突如電気が消え、辺りは真っ暗闇になる。
「えっ?これは一体……」
私は半ば無意識に呟いてしまった。
誰かが間違えて消してしまったか、あるいは、なんらかのサプライズ企画か。初めは呑気にそう考えていたが、どうやら違うようだと空気で察した。
さすがエリミナーレのメンバーだけあって狼狽える者はいないが、先ほどまでより辺りの空気が引き締まっている。そのせいだろうか、心なしか寒くなった気すらする。
何が起きたのか分からず混乱していると、目の前に真っ白な女性が現れた。信じがたいことだが、体が少し透き通っているように見える。
「お聞きなさい。これはあなた方への宣戦布告です」
ハーフアップにした白い髪は肩より少し下くらいまでの長さで、体は細く、哀愁の漂う顔つきの女性。だが、その儚げな容姿や表情に似合わない、凛とした話し方だった。
「我々はあなた方の抹殺を命じられました。ですから、覚悟しておいて下さい」
そこまで言うと、真っ白な女性はすうっと姿を消した。それとほぼ同時に照明が元通りになる。
今のは一体何だったのだろう。誰かのいたずら?心霊現象?私はしばらく自分なりに考えてみたが、結局それらしい答えを見つけるには至らなかった。コンビニの事件といい、今起こった謎の出来事といい、今日はやたらとおかしなことに遭遇する日だ。一日に何度もとなると、さすがに少し気味が悪いと思ってしまう。
外は既に日が暮れていた。いやに胸騒ぎがする。
「サラダ……よろしく」
不安になっていた私に何事もなかったかのように頼んでくるモルテリア。麺がたっぷり入ったザルを持つ彼女の顔からは、微塵の動揺も感じられない。
もしかして私だけが幻を見たのだろうか、と思いつつ振り返る。
刻み終えた野菜が乗ったまな板の前に立っている武田は、ぼんやりしていた。まるで何者かに心を奪われているかのように、困惑した表情のまま宙を見つめ続けている。
「武田さん?」
小さめに声をかけると、彼は意識を取り戻したようにこちらを向く。
「……あ、いや。何でもない」
武田は気まずそうな表情で独り言のように呟く。私に返した言葉なのかどうかハッキリと分からない言い方だった。
明らかに様子がおかしいので、心配になって尋ねてみる。
「顔色がよくないですけど、大丈夫ですか?」
すると彼は素っ気なく「問題ない」とだけ返す。それから、まな板の上の刻まれた野菜を皿へ移し、そそくさと運んでいってしまった。
やはり様子がおかしい。武田は一体どうしたのだろう。やはりあの白い女性と関係があるのだろうか。
そんなことを考えていると、床に一枚の紙が落ちていることに気づく。なんだろうと思い、拾ってみてショックを受ける。
女性の写真だったから——。
しかも、先ほど見た幽霊のような白い女性と瓜二つの容姿をした女性である。やはり彼女は、武田の様子がおかしくなったことと関係がありそうだ。
私は拾った女性の写真を、服の中へそっとしまった。