コメディ・ライト小説(新)
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.172 )
- 日時: 2018/03/17 11:41
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5VHpYoUr)
110話「いざ、戦場へ」
そして、約束の日が訪れた。
今にも雨が降りそうな、どんよりした灰色の空。窓の外の木々を揺らす、いかにも冷たそう突風。
あまり明るい気分になれる日ではない。
緊張や不安が渦巻き、私は朝から何も話せなかった。元気よく言葉を発する気にはなれない。笑顔になることなどもちろん不可能だ。
着替えを終え、リビングの端でしゃがんでいると、漆黒のスーツに身を包んだ武田が現れた。しゃがみこむ私の方へ進んでくる。
「おはよう、沙羅。体調が悪いのか?」
「……いえ。別に」
「いつもより顔が青い。貧血気味か?無理だけはするなよ」
彼はさりげなく私の前にしゃがみ、私の手を握り「大丈夫だ」と言ってくれる。
その言葉に私は救われた。
雪を溶かす日差しのように。泥を落とす雨粒のように。彼の言動は、私の中の緊張と不安を徐々に減らしていく。
「……ありがとうございます」
私は小さく礼を言った。
彼の体はまだ完全に回復してはいないかもしれない。そんな不安が付きまとう。
「武田さん……、無理だけはしないで下さいね」
「あぁ、もちろん。今日は鎮痛剤を飲んで行く。これで突然来る痛みは防げるだろう」
「なるべく怪我しないように気をつけて下さいよ」
「あぁ、そうだな。沙羅を悲しませないように頑張る」
小さくガッツポーズをしながら、彼ははっきりと宣言した。
何度も言い聞かせておけば、少しは怪我しないよう努めてくれるかもしれない……いや、それは幻想か。だが、少なくとも、負傷すること前提のような乱雑な戦い方はしないだろう。
本当は武田には無傷で切り抜けてほしいのだが、それはさすがに贅沢を言いすぎというもの。彼が受ける傷が少しでも減ればそれでいい。
「そういえば沙羅。護身用の、拳銃風のアレは持っているのか?」
「あ、はい」
私は武田に言われて思い出す。昨日ナギから渡された、本物ではないがおもちゃにしては危険な拳銃のことを。
私は拳銃とホルスターを武田に見せる。
「これですよね」
腰に装着するタイプのホルスターはナギのお古を借りた。
「ちゃんと着けられそうか?無理なら早めにナギか誰かに頼むといい」
「武田さんはできませんか?」
「私はやってみたことがない。役に立てず、すまない……」
眉尻を下げ、しゅんとする武田。こんな顔をされては、こちらも辛い。
「い、いえ!厚かましく頼んだ私が悪かったんですっ。本当は自分ですべきことなんでっ。武田さんは悪くないです!」
「そう言ってくれるか……」
「当然ですっ。武田さんは拳銃なんか使わないですもんね」
「肉弾戦しかできずすまん……」
「え!?いや、そんなつもりじゃないですよ!」
何か言うたび、いちいち落ち込んだような顔をする。今日の武田はいつもより厄介な感じだ。
私は彼の手をそっと握り、小さく呟く。
「……頼りにしてます」
すると彼は、驚いたように、何度か目をぱちぱちさせる。それから少しして、「そうか」と述べた時、彼は気恥ずかしそうな表情を浮かべていた。
武田の羞恥の感覚は実に謎だ。
彼は、普通照れ臭くて言えないようなことを、躊躇いなく堂々と言ったりする。なのに、こんな細やかな言葉に、気恥ずかしそうな顔をしたりする。
謎は深い。
それから私は、こっそりレイに電話をかけてみた。彼女が携帯電話を持っているのかはっきりしなかったのだが、電話に出てくれたので持っていたのだと分かった。
『もしもしー、あ、沙羅ちゃん?』
少し嬉しそうな声色。
私はほっとする。
ここのところ、レイはあまり元気そうではなかったからだ。ほんの僅かでも、明るい声を聞けると幸福を感じる。
「はい。今日、行ってきます」
『あっ……』
レイは言葉を詰まらせる。私は明るい空気に戻そうと努め、いつもよりはっきりした声を出す。
「頑張ってきます!って言っても私はお荷物同然ですけど……あはは」
明るく振る舞おうとしてみるも、なかなか上手くいかない。ぎこちない、不自然な明るさになってしまう。
『沙羅ちゃん、大丈夫?無理しちゃ駄目だよ?』
「無理はしないよう気をつけます。レイさんはゆっくりしていて下さいね」
『ありがとう。……ごめんね』
彼女は少し寂しげだった。もちろん顔が見えるわけではないが、きっと暗い顔をしていたことだろう。そんな気がする。
『あたし、一緒に行けなくてごめんね』
「そんな!謝らないで下さい。今はゆっくり休んで下さいね。元気になったら、またみんなですき焼きとかしましょう!」
思いつきでおかしな提案をしてしまった。
レイはくすっと笑みをこぼす。この状況で笑われるとは、少々恥ずかしい。
『ありがとう、沙羅ちゃん。きっとまた帰るから』
彼女は少し空けて続ける。
『今日は頑張ってね』
レイからの励ましの言葉が、今は何より嬉しかった。
大層な激励ではなく、細やかで純粋な励まし。運命を変えてくれるような大きなものではないけれど、その言葉は確かに、私を前向きな気持ちにさせてくれた。
全員が準備を終えた頃、私たちは車に乗り込む。宰次と約束した通り、この前の建物へ向かうべく。
運転席の武田は、小さく「では」と言ってから、アクセルを踏む。車は走り出した。ここまではそこそこスムーズにいけた方だろう。
「エリナさん、熱下がって本当に良かったっす!」
「そうね」
「もう本調子っすか?」
「……えぇ」
後部座席に座っているナギは、隣のエリナに、積極的に話しかける。しかしエリナはいい加減な返事しかしない。彼女は楽しく話せるような心理状態ではないのだろう。
「そういえばエリナさん。李湖は?今日見かけてないっすけど」
「レイのところよ」
「えーっ!レイちゃんのとこ!?何でっすか!?」
「レイだってエリミナーレの一員だもの、状況を伝えるくらいはしておきたいのよ。だから、李湖にはレイの荷物を届けに行ってもらったの」
「あー、なるほど。携帯ないとレイちゃんに連絡できないすもんね」
会話を聞き、私は嬉しかった。エリナがレイを切り捨てていないと分かったからだ。エリナは今でもレイをエリミナーレの一員と思っている。そのことに安堵した。
——やがて、エリナが口を開く。
「目標はただ一つ。宰次を捕らえることよ」
こうしてたわいない会話をしている間にも、宰次の待つ場所へ徐々に近づいていっていたのだ。エリナの宣言を耳にし、改めてそう感じだ。
「今ここにいる五人、誰一人欠けることなく任務を完遂する!」
凛々しさを感じる声で言い放つエリナ。決して激しくはないが、熱いものを感じられる声色である。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.173 )
- 日時: 2018/03/18 05:30
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 3KWbYKzL)
111話「恐怖を抱きながらも」
「……光った」
モルテリアが静かな声で言ったのは、もうすぐ着く、という時だった。
武田はすぐにブレーキを踏む。タイヤと地面が擦れる高く鋭い音が鳴り、車は停まる。シートベルトをしていて良かった、と安堵した。
——直後。
弾丸がフロントガラスに突き刺さる。ちょうど武田の目の前だ。
彼は一瞬にしてシートベルトを外すと、ドアを開け、切羽詰まった声で叫ぶ。
「降りろ!」
次は私に弾丸が来るかもしれない、という恐怖が突然襲いかかる。私はあまりの恐怖に動けなくなってしまった。
指、手、腕に足。すべてが激しく震え出す。
後部座席の三人は既に車を降りていた。車内に私だけが残ってしまう。
何とか速やかに外へ出ようとするが、シートベルトを外すことすらままならない。なんせ、手が震えてまともに動いてくれないのだ。
「沙羅!何をしている!?」
私がもたついていることに気づいた武田は、すぐに車内へ戻ってきてくれた。
「どうしたんだ」
「こ、これ……取れなくて……」
私はシートベルトを指差す。それが限界だ。
「任せろ、すぐに外す」
武田はその大きな手が私のシートベルトへ伸ばした——刹那。車外のエリナが叫ぶ。
「二発目が来るわよ!」
怖い。純粋に。
生まれて二十年以上経つが、これほど怖いと思ったことはない。
シートベルトを外した武田は、私に被さるような体勢をとり、耳元で小さく呟く。
「目を閉じろ」
「……え」
「いいから。早く」
日頃より厳しい声色だった。
なので私は指示通り目を閉じる。彼がいるから大丈夫。そう信じ、その場でじっとすることに専念する。
それから数秒、硝子が割れるような聞き慣れない音が耳に飛び込んできた。鋭さはあるが、一瞬だけの音だった。
「沙羅、少しじっとしていてくれ」
硝子が割れるような音が消えた後、武田の声が聞こえた。それとほぼ同時に体が持ち上がる。どうやら彼が抱えあげてくれたようだ。
こうして、私はようやく車外に出られた。
怪我なく済んだことは嬉しいが、逆に、早速迷惑をかけてしまったことは悔しい。改めて自分の弱さを感じてしまい、少し胸が痛くなる。
「怪我はないか?」
「は、はい」
「そうか。……良かった」
安堵したように笑みを浮かべる武田。彼の笑みは、自然で、とても優しく、そして柔らかだった。
そこへ飛んでくるエリナの指示。
「徒歩で建物へ向かうわよ!」
指示を聞き、武田は立ち上がる。それを見習い、私も腰をあげる。
「沙羅、歩けるか」
「はい。大丈夫です」
彼の問いに頷く。
この頃になって、ようやく足の震えが収まってきた。色々と危ういが、何とか歩けそうだ。
「武田!何してるの!もたもたしてないで、早く来なさい!」
ナギとモルテリアを引き連れて先に駆け出していたエリナが、振り返り、遅れている私らに向けて叫ぶ。いつになく緊迫した声だった。しかも「的にされるわよ!」などと付け加える。物騒なことを言わないでほしい、と密かに思った。
この状況下でそんな物騒なことを言われては、不安が高まって仕方ないではないか。やみくもに不安を煽るような発言は、極力避けていただきたいものである。
「行こう、沙羅」
不安が募る中、私は武田に手を引かれ歩き出す。速度は徐々に上がり、いつしか小走りのようになっていく。
足の回転が速まると同時に、胸の鼓動も加速していく。やがて呼吸も速くなる。
もっとも、それが単に運動したせいなのか否かは、誰にも分からないが。
やがて建物へたどり着く。
一見どこにでもありそうに思える、何の変哲もない三階建てくらいの建物である。以前宰次に連れてこられた時に見たのとまったく同じ光景だ。
入り口付近へ到着すると、エリナがやや大きめの声で言い放つ。
「約束通り来たわよ!畠山宰次!」
この季節にしては冷たい強風が、桜色の髪を激しく揺らす。エリナは面倒臭そうに、片手で髪を押さえていた。
「まさか逃げたんじゃないでしょうね!」
代表してエリミナーレの到着を伝えるエリナには、真剣な顔つきのナギがぴったりと張り付いている。
細身で高校生のような顔立ちのナギだが、真剣な顔つきをしていると、一人前のボディーガードに見えないこともない。今日は珍しくスーツを着ているので、その影響もあるのかもしれないが。
『……ふふ。逃げた、とは面白い発想ですな』
どこからともなく宰次の声が聞こえてきた。
生の声ではなさそうな感じがする。恐らく、建物周辺に設置されたスピーカーから、聞こえてきているのだろう。
『僕が逃げるわけないことは、分かっているでしょう?ふふ。まずは最上階まで来ていただきましょうかな。……天月さんをお忘れなく』
「沙羅を利用するなんて、随分卑怯なのね!畠山宰次!」
『僕のもとには天月さんの父親がいますからな。彼が殺されて困るなら、絶対に、天月さんを忘れぬように』
「覚悟なさい、卑怯者!必ず痛い目に遭わせてやるわ!」
エリナは彼への不快感を隠さない。露骨に顔に出している。隠す必要もない、という判断を下したようだ。
——それにしても、なんて卑怯なのだろう。
私はこの時、宰次に対し、初めてそんなことを思った。
人一人の命がかかっていればエリナは逆らえない。それを知っていてこんな手を使っているのだろう。人の命で自在に操ろうとするなど、卑怯の極みである。
「……沙羅は頼むわよ」
エリナは静かに、私の近くに待機している武田を一瞥する。それに対し武田は首を縦に動かす。
それから数秒後。
放たれた、エリナによる「突入!」の合図で、私たちは建物へ入っていくこととなった。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.174 )
- 日時: 2018/03/19 18:39
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: loE3TkwF)
112話「絶好調」
正面玄関から突入する。
最初にエリナとナギ、その少し後方にモルテリア。私と武田は、三人の背を追うように駆け出す。
一階の通路では、黒服の男たちが待ち受けていた。
男たちの体形に統一感はなく、がっしりした者もいれば、しゅっと背の高い者もいる。髪色や髪型も様々だ。全員に共通しているのは、黒服であることと、何かしら武器を装備していることだけである。
「捕らえろ!」
リーダー格の男が叫んだ。同時にそれぞれ戦いの構えをとる黒服の男たち。だが、エリミナーレは、そんな構えに臆するほど弱虫の集まりではない。
「……やるしかないみたいね」
エリナは呟き、黒光りした鞭をいつでも使えるように持ち直す。ナギは拳銃を取り出しつつ、エリナに話しかける。
「このむさ苦しい奴ら、一掃するっすか?」
「えぇ。ただ、なるべく死なせないこと」
「もちっす!心配せずとも、ちゃーんと弾入れ替えてるっすよ!」
ナギは、片手で握った拳銃を、かっこつけるようにクルッと回す。
その時、リーダー格の男が「かかれ!」と叫んだ。それを合図に一斉に動き出す。銃器を持つ者は引き金に指を当て、刃物を持つ者は走って接近してくる。
「撃たせやしないわよ」
銃器を持つ黒服の男たちが引き金を引くより先に、エリナは黒い鞭を振るう。鞭は蛇のようにうねり、男たちの手から銃器を払い落としていく。長い鞭を自由自在にコントロールするエリナを眺めていると、いつの間にか、感動に近いような何かを感じていた。
華麗に舞うエリナに見惚れていると、背後から一人の男が迫ってきていた。
「まずは一人っ!」
手には刃渡り三十センチほどの刃物。刺されてはまずい、と本能的に察知する。しかし既に距離を詰められていて、逃れられそうにない。
私は思わず身を縮める。
もう駄目かもしれない——そう思いかけた。だが、男の気配に気づいた武田が、すぐに身を返す。男は武田に気づかれ睨まれたことで怯む。
「沙羅に刃を向けるな」
怯んだ一瞬の隙を逃さず、武田は、男のナイフを持った腕を掴む。そして、空いているもう片方の手で男の手首を捻り、ナイフをもぎ取った。
十秒もかかっていない。
恐らく何度も経験があるのだろう、非常に慣れた手つきである。
「くっ、くそっ!」
ナイフを奪われても男はまだ諦めていない。既にそれを理解している武田は、男の腹に蹴りを入れる。武田にしては軽めの蹴りだが、一般人の動きを封じるには十分な威力のようだった。
男を蹴り飛ばしてから、彼は小さく「よし」と呟く。そして、私の方へ視線を向けてくる。
「大丈夫そうだ、沙羅。鎮痛剤は十分に効いている。今日は傷を気にせず戦えそうだ」
「本当ですか?」
「あぁ。今日は調子が良い」
それからも、武田は、接近してくる黒服の男を続々と退けていく。
その中で彼は一つも傷を負わなかった。今日の武田は、今まで私が見た中で一番の強さを誇っていた。動きに切れがあり、乱雑さもない。見事な戦い方だ。
おかげで黒服の男たちはすぐに片付いた。
「進むわよ!」
エリナの声が聞こえたので、武田と共に走り出す。今はまだ予想できぬ未来へと。
しばらく進み、二階へ上がる。全員揃っているので心細くはない。それだけが救いだ。
二階の通路を歩いている時、モルテリアが唐突に声をかけてきた。その手には一枚のりんごチップス。
「……沙羅、平気……?これ、食べて……」
「あ。ありがとうございます。でも今は結構です」
りんごチップスを食べている余裕はさすがにない。いつ何があるのか分からないのだから。
「りんご嫌い……?……赤くて、丸くて一生懸命……生きてる、りんごなのに……」
「嫌いじゃないですけど、さすがに今は……」
断りたいが断りづらい。困っていると、武田が話に参加してきてくれる。
「こら。モルは沙羅に絡むな。沙羅が気を遣って疲れるだろう。たとえ良心であっても、押し付けは良くない」
「でもりんご可哀想……。食べられるの、せっかく……待ってたのに……」
「沙羅で消費しようとするな。残った物は残しておいて構わないから」
「でも、余ったら……りんごが可哀想……」
「とにかく。話は後だ」
面倒臭くなったのか、武田は無理矢理話を終わらせた。彼が面倒臭がる立場というのはなんだか新鮮である。
「モルちゃん。りんごチップスは後で俺が貰うっすよ」
「本当……?」
「嘘つくわけないっしょ!本当っすよ」
「嬉しい……!」
心から喜んでいるらしく、モルテリアは頬を赤く染めていた。
——その時だった。
通路の向こう側から、こちらへ歩いてくる人影を発見する。成人女性にしても小さな人影だ。
先頭を行っていたエリナは立ち止まり、警戒したような顔つきになる。
「……来たね、エリミナーレ」
「えへへっ。待ってたよぉ」
人影はよく見ると二つだった。背は低く、短い髪。子どものような顔つき。
「紫苑?それに、茜!?」
懐かしい顔の登場に驚きを隠せないエリナ。平静を装うことも苦手ではない彼女だが、こればかりは平静ではいられなかった。
私の前にいる武田も、みるみるうちに目つきを鋭くする。
「そうだよぉ。覚えてもらえてて嬉しいなぁ、久しぶりぃ」
燃えるような赤い瞳の茜は、前と変わらない口調で挨拶してくる。
「貴女たちは新日本警察が保護していたはずじゃ……」
「おじさんが解放してくれたんだよぉ。優しい人だよねぇ、畠山宰次さんって!」
茜の言葉に、エリナは愕然として固まっていた。言葉が出てこないみたいだ。口紅の塗られた唇が微かに震えている。
「エリミナーレは、祖母の仇。……覚悟!」
声は冷淡で、顔は無表情。ただ、紫色の瞳には闘志が燃えているようである。ずっとにこにこしている茜とは対照的に、紫苑は真剣な空気を漂わせていた。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.175 )
- 日時: 2018/03/20 19:50
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: jWLR8WQp)
113話「分断」
紫苑は床を蹴り、エリナへ急接近する。片手には細めのナイフ。しばらく戦っていなかっただろうに、スピードは衰えていない。
すかさずエリナと紫苑の間に入るナギ。
「させないっすよ」
一直線に向かってくる紫苑へ銃弾を放つ。
だが紫苑は弾丸の動きを捉えていた。手に持っていたナイフで弾き、弾丸の軌道を変える。
そしてさらに接近していく。
聞こえるか聞こえないかのような小さな声で「消えろ」と呟き、ナギの目前に迫る紫苑。
しかし今日のナギはいつもとは違った。動揺することなく冷静な表情で、飛びかかってくる紫苑の片腕を掴み、投げる。
紫苑の小さな体は宙で弧を描くように回転した。だが彼女はそのまま上手に床へ着地する。今の投げによるダメージはなさそうだ。
ナギはそこを狙い撃ちする。
後ろへ飛び退き、迫りくる銃弾をかわす紫苑。常人を超越した反応速度である。私はその光景を信じられない思いで見つめていた。
——その時。
カラン、と金物が落ちたような音が鳴った。
何だろうと思うや否や、通路に白い煙が充満する。視界が一気に悪くなる。戦っていたナギや紫苑、モルテリア、それから少し離れていた茜——誰も見えない。
突然のことに不安を感じていると、一番近くにいた武田が私の手を握ってきた。
「沙羅、私を見失うなよ」
「は、はいっ」
武田とは一メートルも離れていない。だから彼だけは視認できる。さすがにそこまで目が悪いことはない。
「視界を奪ったということは、何か仕掛けてくるはずだ。異変に気づいたら言ってくれ」
「分かりました」
「感謝する。では次の指示を待……沙羅!」
突如武田が手を引っ張る。エリナらがいるのとは逆の方向へ。あまりにいきなりで、何がどうなったのかしばらく分からなかった。
引っ張られ移動した直後、防火シャッターのようなものが凄まじい勢いで下りてくるのが目に入る。それで初めて私は分かった。下りてくる防火シャッターのようなものに当たらないよう助けてくれたのだと。
少しして白い煙が消え去ると、目の前には茜だけが立っていた。エリナらはシャッターの向こう側なのだろう、姿は見えない。
「えへへっ。上手く分断できたねぇ」
茜はそんなことを言っている。表情は明るい。何やら非常に嬉しそうである。
「……何のつもりだ」
「畠山宰次さんがね、早く天月沙羅を連れてこいって!エリミナーレがもたもたして超おっそいから、計画を変更したみたいだねぇ」
「宰次は沙羅に何の用だ」
武田はいつでも戦いに挑めるように戦闘体勢を取りながら、低く静かな声で尋ねた。口調は別段攻撃的ではない。しかし、顔つきは冷ややかだ。中でも目つきなどは刃のようである。
「そんなの、わたしは知らないよぉ。畠山宰次さんとは友達じゃないしねぇ。えへへっ」
クリーム色のベリーショートヘアと可愛らしい顔つきが印象的な茜は、今までと変わらない笑顔でそんなことを言った。
先ほど見た紫苑とは違い、へらへらしている。だが、そこがまた不気味さを感じさせる。
「とにかく、一緒に来てくれるかなぁ?」
「断る。まともに事情の説明もしない者の指示には従えない」
「じゃあ力づくで連れていくしかないかなぁ?」
手のひらにちょうど収まるくらいのサイズの丸型リモコンを取り出す茜。恐らく起爆スイッチか何かなのだろう。彼女のことだ、どこかに爆発物を仕掛けていてもおかしくはない。
武田はさらに身を固くして、茜の行動を用心深く見つめている。警戒を怠らない。
「爆発物を使うつもりか」
「そうかもねぇ、えへへっ。あ。でも、一緒に来てくれるなら、わたしは何もしないよぉ」
そう言いつつ不意打ちするということも十分考えられる。だが、今の彼女の顔からは戦意は感じない。リモコンを取り出したのはあくまで脅しなのだろうな、と私は思った。
だから私は言ったのだ。
「分かりました。行きます」
そんなことを。
宰次と対面するのは確かに危険だ。しかも武田と二人だけでとなると、かなりリスクが高いことは承知の上だ。
私だって微塵も不安がないわけではない。だが、このままここにいても状況は良くならないだろう。
それなら、危険であったとしても、ただひたすらに前へ進むしかあるまい。
「何を言うんだ、沙羅!自ら危険なところへ飛び込む必要など……」
「でも、ずっとここにいても何も変わりません」
「それはそうだが、しかし……」
武田は困り顔。何か言いたげだが、言葉を詰まらせている。どうも次の言葉へ上手く繋げられないようである。脳内に存在する考えを言い表すのに苦戦しているのかもしれない。
そこへ、急かすように口を挟んでくる茜。
「ねぇねぇ。本当に一緒に来てくれるのかなぁ?来てくれないなら——」
彼女が最後まで言いきるより先に、武田が「分かった」と言った。覚悟を決めたような表情で。
「沙羅が行くと言うなら仕方ない。行こう」
すると茜はどこかほっとしたような顔をした。
「じゃあ案内するから。わたしの後ろをついてきてねぇ」
歩き出す茜。その足取りは、跳ねるように軽い。
燃えるような赤が印象的な瞳は、瑞々しさがありながらも柔らかく、敵とは思えないような雰囲気だ。
そんな茜を後ろから見つめていると、「本当はいい子だったりして」と思ってしまった。もしも敵同士ではなく味方同士として出会っていたなら……少し考える。だがすぐに「こんな思考は無意味だ」と、考えることを止めた。
敵同士で出会ってしまった。それは決して変わることのない事実。だから、別の可能性を考えるなど、一切意味のないことなのである。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.176 )
- 日時: 2018/03/20 23:31
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: AdHCgzqg)
114話「寄り添いあうもの」
茜の背を追って歩くこと数分、扉の前にたどり着いた。先頭を行く茜は、扉の前で足を止めると、「ちょっと待っててねぇ」と言い部屋へ入っていく。上手な入り方だったので、室内は少しも見えなかった。
武田と共に茜を待つ。
待つ間、少々暇なので、私はふい武田の顔を見上げてみた。そして驚く。意外にも、彼の表情が強張っていたからだ。
私は武田を何事にも動じないタイプだと思っていた。初めて出会った立て籠もり事件のあの日も、誘拐されて助けてくれた日も、彼はいつだって冷静沈着だった。
いや、もしかしたらそう見えていただけかもしれないが。だとしても、少なくとも私には、落ち着いているように見えていた。
「……武田さん?」
しかし今は違う。
武田は何かに怯えるような色を浮かべていた。取り乱して騒ぎこそしていないが、普段とは明らかに異なる顔つきだ。
元気がない、という感じである。
「武田さん?」
「……あ。あぁ、沙羅。どうかしたのか」
「元気がないなと思って」
「なに。私がか」
「はい。ちょっと辛そうだなって」
私は感じたことをそのまま言った。
すると彼は、微かに目を伏せて、それから述べる。
「……少し不安なんだ。エリナさんやナギ、それにモルも、無事だろうかと」
それに、と彼は続ける。
「私で本当に沙羅を護れるのか分からなくなってきた。殴り合いしか能のない私が、お前のような繊細な人間を護れるのだろうか」
なにやら自信を喪失しかかっているようだ。今この場で抱く不安ではない気もするが、彼は真剣に不安を抱いているのだろう。
ならば一番近くにいる私が、その不安を解消してあげなくては。
そんな風に思い、私は彼の手をそっと取った。私がいつも頼りにしてきた大きな手も、今だけは小さく感じる。不思議なものだ、人の感覚とは。
「ん?どうした?」
武田は戸惑ったような顔をしながらも手を握り返してくる。彼の指の温もりが、私の手にじんわりと伝わってくる。
「……武田さんが」
「私?」
「武田さんが元気になりますように」
心の底から念じつつ、たった一文、小さな声で言った。
多くの言葉なんていらない。心がこもってさえいれば、短いものであっても、きっと力になる。そう思うから、私は敢えて長くない言葉を選んだのだ。
「い、いきなりどうした。沙羅?お前は一体何を」
「武田さんの中の不安が少しでも軽くなればいいなと思って言いました。言葉ですべてが変えられるわけじゃないですけど、でも、少しは元気が出るかもと。いきなりですみません」
すると、武田は黙り込んでしまった。絡んだ指と指をほどこうとはしない。ただ、時が停止したかのように、びくとも動かなくなってしまったのである。
ショックを受けるようなことか、あるいは、言葉にならない怒りが込み上げることを言ってしまっただろうか。最初私はそんな風に思い、心配になった。二人きりの時に仲違いしてしまったら最悪だ。
だが、もし彼が先ほどの発言で不快感を抱いたのだとしたら、さらに何か言うのは危ない。さらなる仲違いに繋がってしまう可能性は十分に考えられるからである。
あらゆる方向へ思考を巡らせ、次の言葉をかけるかどうか悩んでいると、武田が唐突に呟く。
「これは……素直に、嬉しい」
彼はらしくなく頬を赤らめていた。気まずそうな色を浮かべながらも、チラチラ視線を向けてくる。
「ありがとう」
予想外にストレートな感謝の言葉を述べられたことに驚き、私は思わず彼の顔を見上げてしまった。すると、たまたま視線がばっちり合う。目が合うと、彼はすぐに視線を逸らす。
……変に初々しい。
いい年の大人だというのに。
「少しは元気になれそうですか?武田さん」
「あぁ。もう弱音は吐かない。沙羅のためにも、私が頑張らねばな」
「一緒に、ですよ」
「そうだな。よし」
今この状況で、ということには不自然さを感じる。
しかし、少々温かな気持ちになった。緊張がましになった気がする。
その時、ガチャリと音を立てて扉が開いた。
出てきた茜は、あどけなさの残る子どものような顔に、屈託のない笑みを浮かべている。よく分からないが、相変わらず楽しそうだ。
彼女は赤い瞳で武田と私をそれぞれ見て、それから口を開く。
「お待たせぇ。はいどーぞ。入っていいよぉ」
茜特有の甘ったるい声だった。どこか不気味さすら感じられる、柔らかい調子である。
彼女はにこにこしながら扉を開けてくれた。
しかし私はここにきて迷ってしまう。茜が浮かべる曇りのない笑みの裏を自己流で深読みしてしまい、踏み出す勇気を失っていく。今さら退けないことは分かっている。それなのに、沸き上がる不安に勝ちきれずにいた。
そんな私に、武田は、「大丈夫」と小さく言ってくれる。彼にしては気が利いた声かけだ。
もちろんたったの一言であらゆる不安が一掃されるわけではない。だがそれでも、微かに心が軽くなった気がした。
「おや。なかなか速やかに来てくれたようですな」
室内へ入る。すると中では宰次が待ち構えていた。
いかにも高級そうな、滑らかな生地で仕立てたグレーのスーツは、重厚感を漂わせている。ダブルボタンなのは変わらないが、前に会った時とは若干異なった印象だ。
けれど似合っていないことはない。白髪混じりの頭部とよく馴染んでいて、これはこれでちゃんとした形になっていると感じる。
「分断して沙羅を呼び出すとは、一体どういうつもりだ。宰次」
「ふふ。彼女に直接お話ししたいことがありましてな。驚かせてしまいましたかな?」
「乱暴なことをするなら手加減はしない」
武田は厳しい顔つきで低い声を出す。まるで威嚇しているかのように。
そんな彼を見て宰次は、ふふ、と笑みをこぼす。
「乱暴なこと?そんな野蛮なことをするつもりはありませんよ」
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.177 )
- 日時: 2018/03/22 04:31
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: clpFUwrj)
115話「沸き上がる想い」
武田と宰次が言葉を交わしている間、私は何となく考えていた。なぜここに宰次がいるのだろう、と。
建物の入り口では最上階へいるというようなことを仄めかせていたが、ここは二階。つまり彼がいたのは二階なので、話が違うではないか。それに、私の父の姿もない。
くだらないことだが、一度気になりだすと気になって、考えずにはいられなかった。
私が考え事に夢中になっていると、唐突に宰次が言う。
「さて、沙羅さん。では早速ご対面といきましょう。心の準備は大丈夫ですかな」
「えっ。ご対面って……?」
「お父さんとご対面、という意味ですよ」
直後、背後でガタンと物音が鳴った。私は音に反応して振り返る。
するとそこには、私の父親が立っていた。間違いなく私の父親だ。しかし黒服の男に両腕を拘束されていた。まるで罪人のようである。
それを目にした武田は、さりげなく寄ってきて、「本物か?」と尋ねてきた。眉を寄せ、訝しむような顔つきをしている。
私は静かに「本物だと思います」と答える。この目で確認したのだから、さすがに偽者ということはないだろう。
「お父さん、これは一体どういうことなの?」
事情を知るには本人に聞くしかない。そう思い、私は父親に尋ねた。不用意に刺激しないよう、落ち着いた調子を意識しながら。
しかし父親は答えない。
「…………」
父親は俯き、だんまりを決め込む。私には一切目を合わせない。怒りを露わにして「これが娘に対する態度か!」と言い放ちたくなるような様子だ。
「沙羅、拘束を解いた方がいいか?」
武田は恐らく、父親のことを言ってくれているのだろう。
私は悩みながらも頷いた。
罪を犯したかもしれない、悪人の味方をしたかもしれない——そんな人間を、父親だから「助けてほしい」と言うなど、わがままの極みだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
だが、拘束されている父親が目の前にいるというのは、どうしても辛い。
「よし。任せてくれ」
武田は短く言い、私の顔を見つめて頷いた。
彼の顔には微かに笑みが浮かんでいる。安心させようとするような、穏やかな笑みが。
次の瞬間、武田は私の父親の方へと歩み出す。初めはゆっくりだったが徐々に加速をかける。
父親を拘束していた黒服のうち一人が、武田に立ち向かう。
高身長で冷淡な表情に威圧感のある武田に迫られ逃げ出さないとは、この黒服はそれなりに勇敢だ。いや、単に仕事だから逃げ出せないだけかもしれないが。
「捕らえなさい!」
宰次は黒服にそう命じた。
これまた無理な命令を、と私は内心苦笑する。普通の人間が武田を捕らえられるはずがないではないか。こんなこと、少しでも武田を知る者なら分かっているはずだ。
宰次とて武田の強さを知らないわけではないだろう。にもかかわらず黒服に捕獲を命じるとは、部下に無理難題を押し付ける上司のようである。
武田は黒服を怯ませ、一瞬にして私の父親から手を離させた。
「失礼。お怪我は?」
「…………」
「なさそうですね。何かあれば……っ!?」
刹那、武田の表情が強張る。
最初は何が起こったのか分からなかった。やや距離があるためいまいち見えなかったのだ。しかし、少しして、私の父親の手元に黒く短い棒があることに気づく。
恐らく宰次に渡されたのだろうが……武器のようだ。レイが戦闘時に使用する銀の棒に酷似している。
父親はそれの先を武田へと向けた。武田は身を大きく反らせ紙一重で回避するが、隙を作ってしまい、背後から黒服に拘束される。
「くっ!」
羽交い締めにされ動けない武田の腹部を、私の父親が黒い棒で叩く。静電気のような乾いた音が鳴った。
武田は短く低い声を漏らし、一瞬脱力したみたいに膝を曲げる。
彼が傷つくのが怖い——そう思った。これは今まで何度も感じた感情だ。けれども、今日はそれだけではない。今までとは少々異なった感情が溢れてくる。
「武田さん!すぐ助けます!」
それは、大切な人を助けたいという、純粋な感情。
それは、愛する人のために生きたいという、単純な想い。
「私に構うな!お前は自分の身を護れ!」
「嫌です!」
私はまるで何かに憑かれたかのように、武田のいる方へと駆け出していた。
武装といえばナギから借りてきた効果不明の拳銃らしきものしかない。エリミナーレのみんなのように体術を使えるわけでもない。そんな私が黒服に勝てる保証などどこにもなくて、けれど沸き上がる感情は私を動かしてゆく。
「来るな、沙羅!危ない!」
彼にそう拒まれても、私は止まれなかった。
さすがに実娘には攻撃してこないだろう。そう踏んでいた私は、父親の手から黒い棒を奪い取ろうと試みる。
私一人で黒服と戦うのは厳しいだろうが、父親なら戦闘員ではないのでいける。妙な自信があったのだ。
そして——実際、簡単に奪い取ることができた。
「沙羅!離れろ!」
「嫌!」
「何を言って……!」
武田はそこで言葉を詰まらせる。右腕をあらぬ方向へと曲げられていたのだ。黒服は恐らく、痛めている右肘を狙うよう、宰次から言われていたのだろう。
「……くっ。嫌なところを」
彼は顔をしかめ、低い声で呟く。声が微かに震えていた。
完治していない部分を責められれば痛いのは当然。表情や声色に苦痛が現れるのも当然。だが、武田がこれほど分かりやすく苦痛を表に出すのは、少し不思議な感じだ。
その時、背後から迫る気配を感じ振り返る。
「こらっ。棒を返さないかっ」
武田を捕まえているのと違う方の黒服だった。私が父親から奪い取った黒い棒が狙いのようだ。
せっかく手に入れたのに、そう易々と渡すものか!
私は心の中で吐き捨てる。
それから、黒服に、黒い棒を叩きつけてやった。バリッと静電気のような大きな音が鳴る。
「ぐあっ!」
黒服はよろめくように数歩下がった。彼の様子を見る感じ、すぐに動き出せそうにはない。
肩辺りに当たっただけでこの威力。腹部に叩き込まれた武田はかなりのダメージを受けたことだろう。そう考えると少し胸が痛むが、そんなことに気を散らしている暇などない。
今はただ、武田を助けることに集中しなくては。
「ならこうしてやるっ」
武田を捕らえている方の黒服は、悔しそうな顔で言い放つ。そして、武田の右腕を逆方向へ曲げる手に、さらに力を込めた。凄まじい力なのか、曲げられた右肘がミシミシ音を立てている。
このままではまたしても武田が大きなダメージを受けてしまう。そう思い、黒服に棒を当てようとした刹那——武田は黒服を背負うようにして投げた。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.178 )
- 日時: 2018/03/22 22:52
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: te9LMWl4)
116話「背負うな危険」
ダァン、と鈍い音が響き、黒服の体が床に叩きつけられる。身構えていなかった黒服は、床に叩きつけられた衝撃ですぐには立ち上がれない。
投げた武田は黒服から数歩離れると、しゃがみ込む。左手で右腕を押さえながら、肩で息をしている。
私はすぐに彼のもとへ駆け寄る。
「大丈夫ですか、武田さん」
「……あぁ。問題ない」
彼はそう言うけれど、問題がないとは到底思えない。額には汗の粒が浮かんでいるし、呼吸は乱れている。この状態を見て問題ないだと思える者がいるわけがない。もし仮にいたとしたら、それは、彼の身を案じていない人間だろう。
顔を覗き込むと、彼は懸命に笑みを浮かべようとする。
「優しいな、お前は。だが心配は要らない。少しすれば回復する」
「でもっ……」
すると彼は、痛むであろう右手で、私の頭をぽんぽんと叩く。子どもに対して行うような感じの叩き方だ。
「泣くなよ、沙羅。私のことで悲しむな」
「え?」
「お前が悲しむと私も辛い」
武田は肩を揺らしていたが、その表情は柔らかかった。私のせいで傷ついたのに。私のせいで苦しんでいるのに。
私はそんな彼の背を軽く擦りながら、父親へ視線を向ける。威圧感のある鋭い目つきになるよう意識しながら睨む。
「お父さん!なんて酷いことをするの!」
すると、何も言わずに立っていた父親が、ようやく口を開いた。
「……仕方がなかったんだ」
今日初めて聞く父親の言葉は、自身の罪を肯定するようなものであった。
他人を傷つけたにもかかわらず、罪を認めず、悔いることもしない。その態度が許せなかった。腹が立つ、という感情を改めて知ったような気分だ。
こうなってしまえば、父親だということは関係ない。大切な人を傷つけられて、黙っていられるものか。
「仕方なくない!武田さんはお父さんを助けようとしたのよ。なのに……!」
「待て、沙羅。それ以上言わなくていい」
「お礼を言わないどころか攻撃するなんて!」
武田の制止も振り払い、私は父親に鋭く叫んだ。
あまりに許せなかったから。
宰次に強要されていたから自分は悪くない、とでも言うつもりだろうか。
「どうしてこんなことをしたのか、ちゃんと説明して!」
問いたださなくては気が済まない。
武田に何度か「落ち着け」と言われたが、どうしても落ち着けそうにはなかった。
「沙羅、聞いてくれ……これはすべて僕の意思じゃないんだ……」
「宰次に頼まれたの?」
「……あぁ。黙っていたこと、すまなかったと思っている。けど、沙羅や母さんを守るためにはこれしかなかったんだ」
父親は、ほんの少し俯いて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。その顔は青ざめていた。
「逆らえば妻子が危険な目に遭う、と脅されて……僕は従ってしまった……」
その瞬間、宰次が顔色を変える。
「天月!!」
今までに一度もないくらい鋭い声。
宰次はいつも飄々としていて、激しい声を出すことはなかった。それだけに、今の一声は私を驚かせた。
父親は小動物のように体を震わせる。
「でたらめを言うと、娘もろとも痛い目に遭うぞ!」
丁寧さの欠片もない。
脅すような言葉を投げかけられ、父親は身を縮めている。完全に怯えてしまっているようだ。なんて情けない父親——そう武田に笑われそうだと思った。
「や、止めてくれ。畠山。それだけはどうか……。僕はともかく、娘は止めてくれ……」
「もう遅い!アウトだ!」
宰次が叫んだのを合図に、黒服が殴りかかってくる。突如背後から来られ、私は「避けられない!」と焦る。
——しかし。
次の瞬間、武田が黒服の拳を受け止めていた。痛いはずの右手も頑張っている。
「沙羅。棒を使え」
「は、はいっ!」
武田からの指示に従い、私は黒服の脇腹に黒い棒を当てる。黒服の動きが制止した。その隙に、武田が黒服を蹴り飛ばす。
そこへ、もう一人の黒服が、攻撃を仕掛けてくる。武田は、乱雑な攻撃を受け流し、膝蹴りで動きを止めてから蹴飛ばした。
これで黒服はひとまず片付いただろうか。
恐怖に身をすくめていた父親は、武田の圧倒的な戦闘能力を目の当たりにし、「信じられない……」と何度かぼやいていた。それから少し経つと、今度は、目をパチパチさせたり軽く首を傾げたり。どうも理解が追いつかないようである。
「つ、強すぎる……」
父親はかなり動揺しているようだ。
しかしそれも当然かもしれない。というのも、武田の戦い方はかなり豪快である。初めて見た者は驚かずにはいられないだろう。
私とて最初は驚いた。回を重ね、ようやくここまで見慣れたのである。
「うぅむ。彼は一体何者なんだ?」
「彼は武田さん。エリミナーレが誇る最強の戦士なの」
「せ、戦……士?」
「つまり強い人ってこと!」
詳しく聞かれるとややこしいので、先回りして言っておいた。
ちょうどそこへ、戦いを終えた武田が戻ってきた。
私が「体は大丈夫か」と尋ねると、彼は静かに「もちろんだ」と答える。
そんな彼の真っ直ぐな視線は、宰次一人に向いていた。細い目でありながらもただならぬ威圧感をまとっている武田の目は、なかなか恐ろしい。私ですらぞわっとした。
「宰次。悪いがここで捕らえさせてもらう」
「……できますかな?」
「今日の目的はお前を拘束すること。それさえ終われば帰還できる」
武田は本気で宰次を捕まえるつもりのようだ。
しかし、それに関しては、私は反対である。個人的には、エリナらと合流することを優先した方が良い気がするのだ。一対多になれば確実にこちらの勝ちなのだから、敢えて今挑む必要性は感じられない。
私は武田に一応言ってみる。
「あの、武田さん。エリナさんたちとの合流を優先した方が良いのでは……?」
だが、彼は首を横に振った。私の意見を採用してはくれないようだ。
「エリナさんたちが来るまでに、すべてを終わらせる」
彼はほんの僅かに口角を持ち上げ微笑する。ただ、私には、無理しているようにも見えた。
もしかしたら彼も、エリミナーレのみんなが傷つかないように、と考えているのかもしれない。あの時のレイと同じように。
——だからこそ。私は彼を止めなくてはならないのだ。
一人で背負い込もうとして、レイはあんな目に遭った。私はそれを悔やんでいた。
ここでもし彼を止めなければ、同じ間違いを繰り返すことになる。またしても大切な仲間が傷つき、私はレイの時と同じかそれ以上の後悔をすることになるに違いない。
そんな風に考えたから、私は彼の上衣の裾を掴んだ。
「待って下さい」
「……なんだ」
「いくら武田さんでも、一人で挑むのは危険です。何があるか分からないのに」
「確かに危険かもしれない。だがこれは私が」
そんな風に言葉を交わしていた時。視界の端に、何か——火花のようなものが煌めくのが見えた。私の足下辺りだ。
直後、武田が声をあげる。
「危ない!」
彼は突然私を抱き締める。何かから庇うかのように。
そして、その体勢のまま、私たちは数メートル飛ばされた。