コメディ・ライト小説(新)

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.201 )
日時: 2018/04/06 15:09
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: GbhM/jTP)

133話「同じ思いを抱く者たち」

 二週間ぶりにエリミナーレのみんなに会える。考えるだけで胸が弾み、足取りは軽くなっていく。空はやや曇り気味だが、私の心はいつになく快晴だ。
 この道の先にあるかもしれない困難など、今の私にとってはどうでもいいこと。今はただ、みんなに会えるという事実が、この心を照らしている。

「おっ!沙羅ちゃんじゃないっすか!」
 六宮駅の改札口でばったりナギに出会った。
 タンクトップにパーカー、膝丈のズボン。ナギの格好は非常にラフなものだったが、髪だけはちゃんと三つ編みにしてある。
「おはよっす!」
 彼は相変わらず元気だ。挨拶もテンションが高い。
 私は普通に返す。
「おはようございます」
 武田だったら良かったのに、と少し思った。ただ、ナギでも、一人でいるよりかはいい気がする。一人より二人の方が、何か起きた時に安心だ。
「いやー、久々っすね」
「ナギさんも家に?」
「先週なんで、沙羅ちゃんよりは短い休みだったっすけどね。……あ。そーだ!」
 何か思い出したようなナギに首を傾げていると、彼は尋ねてきた。
「武田さんとは進んだんすか?」
「メールとかしてますよ」
「そうなんすか。なんというか、初々しいっすね」
「初々しい、ですか?」
 自覚がなかったので、内心驚いた。
 確かに私も武田も恋愛に詳しくはない。慣れてもいない。ただ、初々しいなどと言われる年代は、とうに過ぎている。
 だから余計に驚きだったのだ。
「初々しいっすよ!しかも健全。いいっすね!」
「ありがとうございます」
 よく分からないが褒めてくれているようなので、私は一応、礼を述べておく。
 それから私たちは、事務所までの道のりを、隣り合って歩いた。ナギの格好がラフなので、まるで遊びに来たかのような気分になってくる。
「ぽかぽかしますね」
「もう少ししたら夏っすからねー」
 思えば、もう春も終わりだ。日差しが強くなりつつあるのは、夏の兆しなのかもしれない。
「旅行、楽しみっすね!」
「え?」
「あ、そっか。沙羅ちゃんは初っすもんね」
 私はまだ一周目。
 だから、まだ知らないことがたくさんあるのだろう。
「毎年六月頃になると、旅行があるんっすよ」
「そうなんですか。どこへ?」
「例年は観光地とかだったっすけど……今年はどうなるんすかねー。そもそも旅行があるかもまだ分からない状況だし、どうなることやら、っすわ」
 ナギは、若干黒の混じった金の頭を、意味もなく掻いていた。掻き方を見た感じ痒いから掻いているのではなさそうなので、恐らく、癖か何かなのだろう。
「どうなることやら、なんですか?」
 私が何げなく質問すると、ナギは困り顔で答える。
「そうなんすよ。っていうのもね?エリナさんがエリミナーレをなくすとか言い出して」
「えっ!?」
 やはりそっちだったのか。
 違ってほしかった方が正解だったとは。私は頭を殴られたような衝撃を受けた。
「俺、頑張って説得してるんすけど、なかなか上手くいかないんすよね。エリナさん『エリミナーレの役目は終わった』の一点張りなんすよ」
 そう話す彼の表情を見ていると、わりと真剣に困っているということが、ひしひしと伝わってきた。
「どうすりゃいいんすかねー」
「エリミナーレがなくなるなんて……私は嫌です」
「そりゃ俺もっすよ!可愛い女性陣に囲まれて働けるこんな良い職場、滅多にないっすから!」
 調子を強めるナギは、妙に真剣な顔つきをしていた。
 周囲の女性というのは、彼にとっては、そのくらい重要なものなのかもしれない。もっとも、私にはいまいち理解できないのだが。
 ただ、エリミナーレを大切に思う心は彼も同じなのだと知ることができたのは、有意義だったと思う。

 一時間後。
 私を含むエリミナーレのメンバー全員が、事務所のリビングに集まっていた。集合の時特有の引き締まった空気は、休業明けでも変わらず健在だった。
 エリナはいつもの席に腰掛け、足を組み、相変わらずの調子である。
「……さて。まずは、お久しぶり。休業中の期間は有意義に過ごせたかしら」
 レイはすっかり元気になっており、普段通りパンツスーツを着こなしている。長い脚、スレンダーな体形、ピンと伸びた背筋。抜けは一切なく、完璧だ。
「はい!」
 爽やかな声は、短い返事であっても良い印象を与える。
「それなら良かった。……じゃ、本題に入るわね」
 口紅の塗られた唇の端を僅かに持ち上げ、色気のある大人びた笑みを浮かべるエリナ。
「私としては、これを機に、エリミナーレを解散するつもりでいるの。宰次への復讐は終わったもの、これ以上危険なことを続ける気はないわ」
 エリナの口調に迷いはない。ここまで迷いのない真っ直ぐな声で述べられるのは、彼女の中でもう決まっているからだろう。
 これを説得するのは難しいな、と密かに思った。
 だが、説得が難しいから、と諦めるわけにはいかない。エリナ以外、誰も、エリミナーレを辞めたがってはいないのだから。
「待って下さい、エリナさん。そんなこと、勝手に決められては困ります……!」
「レイ。嫌ね、そんな顔しないで。安心していいわ。次の就職先はちゃんと」
「あたしたちはエリミナーレにいたいんです。みんなで一緒に働きたい。それはきっと、みんな同じ思いです!」
 レイが躊躇いなくハッキリと言い放つ。するとナギがそこへ乗っていく。
「ほら、エリナさん。やっぱ俺だけじゃないっしょ!?他にもここにいたい人いるじゃないっすか!」
「……うん。みんなで……」
 日頃は無口なモルテリアまで乗っかってきた。口はもぐもぐしているが、表情はいたって真面目である。
「あぁ。皆と共にありたい」
 武田まで。
 ちなみに彼は、ソファに座っている。体が治りきっていないことを配慮してなのかもしれない。
「ほら!武田さんもモルちゃんも言ってるじゃないっすか!」
 ナギはエリナの方へ歩み寄り、彼女の手をとる。
「だから解散はナシ!それが賢明っすよ」
「どさくさに紛れて触るんじゃないわよ!」
 エリナの手をいきなり掴んだナギは、鋭い言葉と共に、手をパシンと叩かれていた。
 さすがはエリナ。遠慮がない。
「とにかく!」
 彼女は手を合わせ、「静かに」と言わんばかりに、二回ほど音を鳴らした。
 それから、唇を動かす。
「決定事項ではないけれど、その方向で進めるわ。ということで、これがエリミナーレでの最後の活動になるかもしれないわね」
「……新しい仕事ですか?」
 レイが真剣さのある怪訝な顔で尋ねると、エリナはふっと、いたずらな笑みをこぼした。
「いいえ。社員旅行よ」
 その瞬間、ナギとモルテリアの視線がエリナへと集中する。二人はそれぞれ、いつになく瞳を輝かせていた。
 モルテリアの狙いは、恐らく、美味しい食事だろうが——ナギの狙いは不明だ。
「マジっすか!え、どこ?どこ行くんすか!?」
 旅行に興味津々のナギ。
 彼はエリミナーレ解散の件など忘れてしまったかのようだ。今や旅行のことに夢中である。
 そんなナギを目にし、エリナは呆れたように溜め息を漏らす。数秒してから、彼女は気を取り直して、告げた。
「在藻温泉よ」

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.202 )
日時: 2018/04/07 02:56
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 7dCZkirZ)

134話「うっかりに注意」

 エリナは見事に話を逸らした。
 ……いや、逸らしたと言うと聞こえが悪いかもしれない。変えた、という方がいいだろうか。とにかく、話題を変えることで空気を変えたのだ。
 もちろん、全員の気を逸らせたわけではない。レイはまだ何か言いたげな顔をしているし、武田も難しい顔だ。しかし、ナギとモルテリアは、既に旅行の方に夢中である。
「いいっすね!温泉!あ、でも何で温泉なんすか?」
「体の不調に良いらしいわ」
「最高っすね!」
 そこへすかさず口を挟むのはモルテリア。
「……料理、あり?」
「もちろん。ちゃんとした旅館よ」
「旅館……!」
 エリナの返答を聞き、モルテリアは紅潮する。多くの言葉は発さないが、凄く嬉しそうだ。喜びの感情が体全体から溢れている。
「……行く」
 ててて、と小鳥のようにエリナへ寄っていくモルテリア。
 その頭を優しく撫でつつ、エリナは視線を私たちの方へ向ける。
「それじゃ。このメンバーでの恐らく最後のイベント、楽しみましょう」
「待って下さい!旅行はいいですけど、解散は納得できません!」
「レイ。黙って」
 そう言い放ったエリナの表情は、非常に鋭く、冷ややかなものだった。背筋が凍りつくような目つきである。
「私も悩んで決めたのよ。決定事項でないとは言ったけれど、恐らくもう変わりはしないわ。余程のことがない限り、ね」
「そんなことを急に言われても困ります!」
「だから今すぐにとは言っていないでしょう。方向性の話よ」
「けど……!」
 さらに何か言おうとしたレイを、ナギが制止する。
「止めといた方がいいっすよ」
「ナギだって!」
「今言い争っても、無駄に体力消耗するだけっすよ」
 ナギは妙に冷静だった。
 そんな彼がレイに「旅行中に説得するから」と耳打ちしたのは、私以外、誰も気づいていないようだ。
 レイから二メートルほどしか離れていない私がぎりぎり聞こえるくらいの小声だったので、気づかないのも理解はできる。それに、ほんの一瞬のことだったので、見逃してしまったとしてもおかしくはない。
「分かったよ」
 レイはナギの声かけによって、これ以上の発言を控えた。
 凛々しい顔にはまだ何か言いたげな色は残っている。しかし、それ以降、エリミナーレ解散の件については何も言わなかった。彼女も子どもではない。
 ただ、言いたいことを言えない辛さは多少理解できるので、レイが可哀想な気はした。
「ところでエリナさん。在藻温泉へはどうやって行くんすか?電車とか?バス?」
 重い空気を払拭すべく、話題を旅行へ戻すナギ。今日に始まったことではないが、彼の空気を変える能力はそこそこなものだ。彼は、重苦しい空気になった時には欠かせない存在である。
「車をレンタルするつもりでいるわ」
「そうなんすか!そういや、エリミナーレの車は、この前壊れちゃったっすもんねー」
 眩しいくらいの笑顔でエリナと接するナギ。まるで少年のような活発な言動——彼は今日も平常運転だ。
「えぇ。買い直すには時間が足りないのよね」
 エリナは足を組んだ座り方のまま、顔に垂れてきた一房の髪を片手で払う。それから、大袈裟に溜め息を漏らした。
「まさか壊されるとは思わなかったわ」
「狙撃してくるとか、誰も予想してなかったっすからね。でも、それによる負傷者はいなくて良かったっすよー。ね?沙羅ちゃん!」
 ナギはいきなり、私に話を振ってきた。予測していなかったため、「は、はい」と返事するのが精一杯だった。
 そういえば私、あの時も足を引っ張ったな……。
 その時、ソファに腰掛けていた武田が、唐突に口を開く。
「沙羅、体調不良か?」
「え」
「暗い顔をしているが、どうした?」
 どうやら私を心配してくれているらしい。彼とてまだ本調子ではないだろうに、私の心配をしてくれるとは、実に優しい人だと思う。
「不安があるのか?」
 全員が揃っている場所であからさまに心配されるというのは少し恥ずかしかった。
 エリナやみんなの目があるので嬉しさを表すわけにもいかない。なので、私は黙って首を左右に振った。赤面してしまっていたらどうしよう、と思いながら。
「沙羅ちゃん、大丈夫?」
 やっと武田の問いに答えたと思ったら、今度はレイが聞いてきた。今日はやたらと心配される日だ。……もっとも、ありがたいことではあるのだが。
「はい。少し考え事をしていただけです」
「そうなんだ。良かった良かった」
「心配させてすみません」
「ううん。あたしが勝手に心配したんだよ。気にしないで!」
 やはりレイは話しやすい。
 なぜだろう——上手く言えないのだが、彼女が相手だと言葉が自然と口から出る。
「待ってくれ、沙羅。なぜレイとは話すんだ」
 ソファに座っている武田は、なにやら不満げな様子。
 どうしたのだろう。
「武田さん?」
「私には首を振るだけだったのに、レイとは言葉を交わす。なぜだ」
「え、えっと……」
「私はお前の恋人だ。もっと積極的に、何でも話してほしい」
 今日の武田は押しが強い。妙である。
「遠慮しなくていい。もっと気楽に話して——」
「止めなさい、武田」
 武田の勢いに圧倒され、「どうしよう」と困っていたところ、エリナの声が割って入ってきてくれた。ある意味救世主かもしれない。
「恋人なのなら、ちゃんと相手の顔を見なさい。沙羅が困っているでしょう?」
「あ……」
「誰しも言えないことはあるものよ。それに、沙羅は大人しいタイプでしょう?恋人になったからといって、いきなり積極的になんて、できるわけがないわ」
「……確かに。その通りです」
 エリナに真剣な顔で注意された武田は、小さくなってしまう。大きい体なのに、凄く小さく見えた。
「自分の望みを押し付けるのは駄目よ。そんなことをしていたら、すぐに捨てられるわ」
「……そんな」
「さよならって言われるわよ。いいの?」
「……嫌です。沙羅がいない世界など、地獄でしかない」
 今、さらっと凄いこと言った……?
「大人なのだから、相手を尊重しなさい。いいわね?」
「……分かりました」
 武田はすっかり落ち込んでしまっていた。
 そんな彼を可哀想に思った私は、ソファへ近づいていく。慰めてあげたいと思ったのだ。
「そんな顔をしないで下さい。大丈夫ですよ、武田さん。私はいなくなったりしませんから」
 ずっと好きだったのだ、自ら彼のもとを離れるわけがない。
「沙羅、すまない……。私は自分勝手だった……」
「大丈夫です。気にしないで下さい」
「……優しいな、さらぼっくりは」
 その刹那、レイとナギがほぼ同時に、「さらぼっくり!?」と驚く。私は焦ったが、当の武田は冷静に、「聞き間違いだろう」と返していた。
 やらかしても淡々としていられる武田を少し尊敬した——のは、私だけの秘密。