コメディ・ライト小説(新)

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.34 )
日時: 2017/11/20 17:53
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: ShMn62up)

14話「その手を取って」

「そちらも終わったか、レイ」
 いつの間にやら男たちを片づけ終えていたらしく武田が合流してくる。
 レイの華麗な動作に夢中になっていたせいで、彼の戦いぶりをすっかり見逃してしまった。あまり大きな声では言えないが、本来なら一番じっくり観察するべきところだというのに。
 私の人生における失敗ランキングで十位にはランクインするような重大な過ちを犯してしまった。情けない自分を厳しく叱りたいくらいだが……レイの体術が素晴らしすぎたのも事実なので、何とも言えない。
 取り敢えず残念の一言に尽きる。
「とっくに終わってるよ。楽勝だね」
「そうか。さすがだ」
 武田の問いに対し、レイは自信ありげに答える。確かにレイは三条との戦いにおいて圧倒的な強さを見せつけた。だから彼女が「楽勝だ」と言っていても違和感はない。事実である。
 だが、武田と気楽に話せているレイが羨ましいと思う心は、なかなか払拭できない。
 もし戦える力があったなら、あるいは勇敢だったなら——私はもっと彼と親しくなれるのだろうか。時折だがそんな風に思うことがあるのだ。
 しかし、そんなことを考えていても仕方ないということは分かっている。だからあまり気にしないよう意識している。
 そんな時、ナギが唐突に口を挟む。
「いやー、久しぶりっす!武田さんは今日もダサさが桁違いで尊敬ものっすねっ」
 ヘラヘラ笑いながらそんなことを言うが……明らかに悪口だ。
 ナギは子どものように純粋な笑顔で毒を吐く。見た目は可愛らしさすら感じさせる少年だが、中身はなかなか怖い。まるで性格が悪い女子みたいだ。
 いきなり嫌みを言われた武田は眉をひそめ、少ししてから落ち着いた声色で応じる。
「お前は相変わらずだな」
「いやいやー、そっちの方が相変わらずっすよ!」
 軽いノリで即座に返すナギ。
「そういや髪、なんでそんな中途半端な茶色にしたんっすか?似合ってなくないですか?ちょっと違和感あるっすよ!」
 武田は、喋り続けるナギに疲れたらしく、溜め息を漏らす。ナギのことは放置し、改めてレイへ視線を移す。
「ではそろそろ引き上げるか」
 提案に対しレイは首を一度縦に動かす。彼女はその後、リラックスした様子で大きく背伸びをして「終わった終わった」と笑っていた。
 そんな彼女に三条や男たちをどうするのか尋ねてみると、「後片づけはあたしたちの仕事じゃないよ」と教えてくれた。なんでも、事後処理は新日本警察の提携部隊に任せているらしい。相変わらず状況がよく分からないが、エリミナーレの仕事はどうやらこれでおしまいのようだ。
 ナギはレイにもたれかかるように絡み、綺麗だとか素敵だとか、ひたすら褒め続けている。聞いているこちらまで恥ずかしくなるようなべた褒めだ。
 しかしレイは慣れているらしく適当に受け流していた。正直あまり相手にしていないといった感じだ。いつもこんな感じなのかもしれない。
 だが当のナギはというと、相手にされていないことに気づいていないらしい。肩を組むような体勢で、ひたすら話しかけ続けている。
 ナギからレイへ。完全に一方通行の関係である。

「沙羅、いつまでそこにいるつもりだ」
 歩いていくレイとナギの背を眺めてぼんやりしていると、その場に残っていた武田が静かに声をかけてきた。
 いきなりの不意打ちに、私は平静を装うので精一杯だった。
 笑顔を浮かべることはできない。そんなことをしたら、凄まじい顔を曝すことになってしまいそうだから。意識しているが故にあっさりとした表情になってしまうのは仕方のないことなのだ。
 ただ、幸い彼もあまり笑みを浮かべることはない。だから愛想悪い女と嫌悪感を抱かれることはないはずである。
 私はただ目が合うだけでも緊張してしまう。話しかけられて落ち着いていられるようになるには、もう少し慣れが必要だ。
「あ……すみません。なんだか色々、お手数おかけしました」
 軽く頭を下げて言う。ぎこちなくなってしまったが、彼のことだ、あまり気にしないはず。
「そんな顔をするな。このくらい気にすることではない」
 武田はそう言って手を差し出した。
 それを目にした時、私はふとあの日を思い出す。その光景が、私の人生を大きく変えたあの日に見た光景と重なって見えた。
 今さらながら、こうしてまた巡り合えたのだと、改めて実感する。
 動機は少しおかしいかもしれない。けれど、誰かに憧れてその職業を目指すことを決める人は少なくないわけで、私もそれの延長線上と考えれば、極めておかしな動機ではないはずである。ほんの少し特別なだけだ。
 それに、私はここへたどり着くために自分にできる努力はすべてしてきた。真剣に取り組んできたのだから、恥じることは何もないだろう。
 そう思えたから、私は彼の手を取ることができた。
 あの日は取ることを躊躇った、その手を。
「よし、では行こう」
 私は人質の神様に愛されているような気がする。そうでなければ、こう何度も捕まり人質になることはないはずだ。
 それはお世辞にも幸せなことだとは言い難い。それどころか「不幸体質」という言葉が似合うくらいだろう。だが、私にとってそれは、不幸なばかりではなかった気がする。
 特別な人に出会えたのも、未来が拓かれたのも——それがきっかけだったのだから。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.35 )
日時: 2017/11/21 17:51
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: CejVezoo)

15話「人の心は分からない」

 それから私は、車で家まで送ってもらうことになった。レイやナギも一緒だ。
 武田が運転してくれるのだが、彼が車を運転できるというのは意外である。運転手はレイなものだと、なんとなく思っていた。
 それにしても、この席順は一体何なのか……。
 レイとナギが後部座席で、私が助手席。レイに促され何の気なしに助手席へ座ったが、よくよく考えてみれば明らかに不自然な席順ではないか。普通なら私とレイが後部座席だろう。
 よりによって武田と隣とは。
 嬉しいことは嬉しいが、共通の話題がないうえ非常に気まずい。助けを求めるように後部座席のレイへチラリと視線を向ける。すると彼女は、目が合うなりクスッと笑みをこぼした。やはり彼女は意図してこの状況を作り出しているようだ。
 もしかして、レイは私の気持ちに気づいて——いや、断じてそれはない。私は誰にも言っていないのだ、と私は内心否定する。黙っているのだからレイに勘づかれるはずもない。
「そうだ。親御さんにはもう連絡したのか?」
 運転していた武田が唐突に尋ねてきた。
 いきなりすぎて胸の鼓動が速まる。しかしせっかく話しかけてもらったのだ。この機会を逃すわけにはいかない。
「はい。電車に乗っている時にメールしました」
「だいぶ時間が経っている。念のためもう一度連絡しておいた方が良いと思うが」
 少し心配そうな顔で提案してくれた。武田は一見クールで愛想ないように見えるが、案外世話好きなところがあるようだ。エリミナーレに入ったばかりの私のことも気にかけてくれる。
 それに、レイの話によれば、私を推薦してくれたのも彼だとか。面接の時話したのは彼ではない。だから、彼と会ったのは私が高校二年の冬——あの立て籠もり事件の時。あの一度だけで、それもほんの僅かな時間だけだった。
 私はあれ以来、一度も武田のことを忘れなかった。しかし、それは彼に心を奪われたからである。もしあの時助けてくれたのが武田でなかったとしたら、今頃すっかり忘れていたことだろう。事件のことは覚えていても、誰が助けてくれたかは記憶していなかったに違いない。
 それを考えると、武田が私のことを憶えているというのは不自然な話だ。いくら記憶力が良くとも、助けた者の存在をそこまではっきりと憶え、しかもエリミナーレに加入させようと思うはずはないと、私はそう思う。
「あっ!沙羅ちゃんのカバン、まだ俺が持ってるっすよ!」
 後部座席のナギが私のカバンを返してくれた。カバンをナギに預けたままだったことに今さら気がつく。すっかり忘れてしまっていた。
 私が後ろのナギからカバンを受け取ろうとした——その時。
 一枚の紙切れがひらりと舞い落ちる。それは、白髪の女性の写真だった。
「何か落ちたぞ」
 そう言って写真を拾い上げた武田は、その写真を目にした瞬間、凍りついたように顔を硬直させた。
 自分が持っていたはずの写真が他人のカバンから出てきたのだから驚くのも無理はない。しかし、それが普通の写真なのならば、ここまで動揺したような表情にはならないはずである。
「なぜこれを……」
 そう尋ねる武田の瞳は微かに震えていた。
 何かしら事情があるのだろうなとは予想していたが、これほど動揺する物だとは思わなかった。
「沙羅、これをどこで手に入れた?」
 落としたのを拾って持っていた、なんて変に思われそうで言えない。だがこのまま黙っているというのも、別の意味怪しまれそうである。本当のことを真っ当な感じで話す。こうなってしまった以上、それしかない。
「この前、事務所で落ちているのを見つけたので、時間がある時に誰の物か確認しようと思って……それで、持っていました」
 若干無理矢理な気もするがこれなら完璧な嘘ではない。それどころか、半分以上事実だ。
「そうか。それなら構わん、気にするな」
 大雑把な説明だったが、武田は納得したらしく、前に向き直る。
 話は無事終わった。おかしいと思われることも、厳しく怒られることも、どちらもなく済んだ。文句のつけようがない百点満点の結果。
 だが、私は尋ねてしまった。
「その女の人は、武田さんにとってどんな存在の方なんですか?」
 尋ねるまでもないことだ。
 男性が女性の写真を持ち歩いている。それがどういう意味か分からないほど私はバカではない。答えを聞けば傷つくだけ。
 それでも、真実を知りたかった。
「なぜそんなことを聞く?」
「その写真を見た時……武田さんの様子が少しおかしかったからです。仮に友達や同僚の写真だとしたら、見ただけでそんな顔はしないかな、と思って」
 彼の口から真実を聞けば、私の心も少しは楽になるに違いない。そう思ったから勇気を出して尋ねたのだ。
「私の様子がおかしい、と?」
 武田はあまり自覚がなかったのか怪訝な顔をしている。
「はい。それともう一つあるんです。昨日停電になった時のことですけど、明かりが戻った後、武田さんは少し様子がおかしくなっている気がしました。もしかして、白い女性の幻みたいなものが見えませんでしたか?」
 レイやモルテリアはただの停電と思っているようだったが、私は確かに見たのだ。
 写真に写っている彼女とそっくりな、透き通って真っ白な女性の姿を。
「なぜそんなことが分かる?」
「私には見えました。その写真の女性にそっくりな人が」
 それからしばらくの間、武田は何か考え込んでいるようだった。数分が経過した頃、やがて彼は言った。
「そうだな。隠す理由もない」
 彼の表情は、どこか覚悟したようなものだった。
「彼女の名は保科瑞穂。エリミナーレが設立されるより前、エリナさんの友人で私の先輩だった人だ」
 晴れていたはずの空は、いつの間にかどんよりと曇っていた。