コメディ・ライト小説(新)

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.39 )
日時: 2017/11/24 18:17
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 6Bgu9cRk)

17話「交通安全教室」

 翌日、エリナによって告げられた次の仕事は、近所の保育所で交通安全教室を開くことだった。
 エリナの説明によると交通安全教室とは、「渡る前には左右を確認しましょうとかいうアレ」だそうだ。随分大雑把な説明である。
 またしてものんびりとした仕事であることに多少の戸惑いはあるが、どこかホッとしている自分がいた。交通安全教室がエリミナーレの職務範囲に入っているのは謎だが、この程度なら一般人の私でもなんとかこなせそうだ。
 一緒に行くのはモルテリアとナギ。
 ……非常に不安が募る組み合わせだが、内容が内容だからなんとかなるだろう。それに、少し変でもエリミナーレのメンバーだ。普通の人々よりかはずっと頼りになる……はず。そうでなくてはおかしい。
「いやーっ、モルちゃんは今日も可愛いっすね!緑の髪が個性的ですっごく魅力あるよ!」
 ナギはモルテリアに対してもいつも通りの調子だった。彼が褒めそやすのはレイだけではないらしい。女性なら誰でも好き、という感じなのだろう。私がエリミナーレに入った理由もかなり邪なものだと思っていたが、彼の女性への接し方を見ていると、私がまだましに思えてくる。
「緑系のブラウスって珍しい気がするけど、どこで買ったの?」
「……忘れた」
 やはり相手にされていない。
 比較的優しいレイですら慣れた様子で適当に流していたぐらいだから、モルテリアが相手にしないのは当然ともいえる。そもそもミステリアスで風変わりなモルテリアに、褒めただけで仲良くなれるとは思えない。
 それにしても、そういえば私は、まだ一度も褒められていない気がする。昨日会ったばかりだから当然といえば当然かもしれないが……話しかけられることすらあまりない。気さくなナギなら、女性であれば初対面の相手でも褒めそやしそうなものだが、なんだか不思議だ。

 そうこうしているうちに保育所へ着く。
 徒歩でも十分はかからないという事務所から比較的近いところにある保育所だったので、あまり疲労せずに済んだ。
 それほど広くない中庭には小さな子どもがワラワラいて楽しそうに騒いでいる。ジャングルジムを始めとした様々な遊具で元気に遊ぶ子、土遊びをしていたら地中の未知なる虫と遭遇し動揺を隠せない子——中には静かに座って風景を眺めている子なんかもいる。そんな子には少し親近感を抱く。
 そして、これは全員に共通することだが、この限られた空間で思い思いの遊びに取り組む姿勢には感心した。
 ちなみに私だったら風景を眺めている子だったに違いない。
「モルさん、この保育所へはよく来るんですか?」
 ナギが保育所の先生と話をしている間、時間が空いて暇なので、私は勇気を出してモルテリアに話しかけてみる。思い返せば、彼女と二人だけで話すのは初めて。正確に意思疎通ができるのかという不安もあるくらいだ。
 しかし、彼女は私が思っていたより、まともに話してくれた。
「……たまに。レイとも来たことある気がする……」
「そういえば今日はレイさんいませんね。用事か何かでしょうか。何か聞かれました?」
 モルテリアは首を左右に動かしながら「聞いてない……」と答えた。本人から話は特になかったようだ。もちろん私も聞いていない。
「でも……武田が来ない理由は知ってる」
 ぜひ知りたいことを振ってきた。無自覚だろうが、なかなか良い話題だと思う。
「そうなんですか?」
「武田は子どもが嫌い……。命がかかってる時以外は絶対会いたくないって前に言ってた……」
 子どもが嫌いというのは意外だ。
 しかし、命がかかっている時は放っておけないというのが、実に彼らしいと思う。

 ちょうどそこへ、明るい顔つきのナギが戻ってきた。
 保育所の先生との打ち合わせはどうやら終わったらしい。先ほどまでよりすっきりした表情だ。
「モルちゃん!沙羅ちゃん!話は終わったっすよ」
 これは個人的な趣味の問題だが、ナギは相変わらずノリが軽すぎてしっくりこない。彼に嫌なことをされたわけでもなければ、嫌いなわけでもない。 けれども、彼には私の心を掴むものがない。——少なくとも今は。
「お疲れ様です」
「ナギお疲れ……。今日のお昼、お寿司美味しかった……」
 モルテリアはこんな何でもない日の昼食に寿司を食べたのか。なぜそれを今言うのか分からないが、少し羨ましい。私は焼きそばが一番だが寿司も好きだ。おっと、そういう話をする時間ではなかった。
 ナギはいきなり昼食の話を始めるモルテリアに「俺も寿司好きっすよ」などと言っていた。こんな時でも女性の話には必ず乗っていくのがナギである。
 しかし絶対にぶれない軸があるというのはある意味強みだと思う。たとえそれが、女性が好き、というくだらないことだとしても。
「十五分後くらいから開始らしいから、もうちょい待たないとですね!」
 明るい声色で言いながら太陽のように眩しい笑顔になるナギ。雲一つない晴れた空のようなその笑みが、私はあまり得意でなかった。他人の心に土足で踏み込んでくるような雰囲気の男性は正直苦手なのだ。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.40 )
日時: 2017/11/25 14:06
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: /ReVjAdg)

18話「護らないと」

 ようやく交通安全教室が始まった。場所は中庭。私としては室内がよかったのだが、そんな贅沢を言うわけにはいかない。
 話が少し変わるが、エリミナーレに入ることを決めた時は、子どもの前に立つ機会なんてないと思っていた。そもそも、そんなこと考えてもみなかった。職務に交通安全教室まで含まれているとは知らなかったからだ。
 だから心の準備ができていない。私は人前に立つというだけで緊張してしまうタイプなのだ。武田と話す時に比べればまだ気楽ではあるが……。
 司会はナギ。モルテリアはいつも通りぼんやり宙を眺めているし、私はエリミナーレへ入りまだ数日の新入り。それを考えればナギが司会というのは妥当だ。
 彼は人前で話すのもそれなりに得意そうなので、そういう意味では心配しなくて大丈夫だろう。
「さーて、こんにちは!今日は交通安全教室!楽しみすぎて、みんなちょっと寝不足かなっ?」
 口調が若干いつもと違う気もするが、あまり気にしないようにした。人前で、しかも子どもたちに向けて話すとなれば、誰だって多少は口調が変わるもの。気にするほどのことではない。
 ——それにしても、よく晴れた日だ。
 小さな雲すらない澄みきった空はどこまでも続いているかのようである。こんな日は空を見上げて寛ぎたいものだが、日差しが強すぎて私の目ではまともに見れそうにない。よく晴れているのはいいが、太陽も遠慮というものを少しは知ってほしいものである。
「あれ、返事がない。……まぁいいや。取り敢えず自己紹介。俺は瀧川ナギ!今日の講習をちゃんと聞いて、みんな生き残って!」
 私は心の中でつい突っ込んでしまった。サバイバル教室ですか、と。
 すると、一人の子どもが手を上げた。五歳くらいの活発そうな女の子だ。まだ内容には入っていないのに、早速質問があるのだろうか。
「質問!どうして今日は、前のおばさんじゃないの?」
 おばさん?
 私は暫し首を傾げることしかできなかった。あまりに唐突すぎて。
「関係ない質問だね!でもいいよ。おばさんはお仕事で忙しいんだ!」
 だから、おばさんって?
 黙ったままそんなことを考えていると、それを見透かしたかのようにモルテリアが言ってくる。
「……おばさんはエリナ」
 隣でないと聞こえないような小さな声だったが、モルテリアは確かにそう言った。
 そうか。私から見れば普通に大人の女性でも、幼い子どもから見ればおばさんなのか。なかなか恐ろしいことだ。
「前はエリナとレイだったらしい……」
「そうなんですか?」
「……うん。でも、おばさんって言われたからもう絶対行かないって……エリナが」
 エリナはそこそこな年齢だろうし、雰囲気も大人びてはいる。しかし老けてはいないし、おばさんと呼ばれるような外見ではない。もっとも、それでも子どもからすればおばさんに見えるのだろうが。
 気のきついエリナのことだ、おばさんなどと呼ばれれば凄まじく怒るだろう。容易に想像がつく。たとえ相手が子どもでも容赦なく怒るに違いない。
「それでこのメンバーなんですね」
 モルテリアは私の瞳をじっと見つめながら頷く。
 彼女が動くたびに緑みを帯びた短い髪がフワッと動くのが、なんとなく可愛らしくて良い感じである。ミステリアスでありながらもどこか可愛らしさを感じさせるところが、彼女が持つ最大の魅力だと思う。
「それじゃあみんな!鉄の塊や走る骨組みに殺られないように、交通ルールはしっかり覚えて守ろう!」
 張り切ったナギは非常に高いテンションで喋っている。ところどころ物騒な言葉や謎の言葉が混ざっているが、それらしくできているので良しとしよう。
 メインで話さなくてはいけないような状況にはならず、私は内心安堵した。
 ——そんなことで、交通安全教室は無事終了した。ナギがほとんど一人でやりきった。
 彼の、子どもの気を引く話術は、私からしても見事なものだった。集中力があまりないはずの幼い子どもたちをすっかり虜にしてしまっていたのだから凄いことだ。女性を褒めて口説くのは下手だが、興味をそそるような話し方は上手だった。
 私とモルテリアは、結局、イラストのプラカードを持って立っていただけ。本当に三人も必要だったのか、と疑問を抱いてしまうくらい出番がなかった。ナギ一人でも十分成り立ちそうな感じすらする状態であった。
 しかし、役目が少なくて楽しくなかったかというと、案外そうでもない。私は子ども好きではないと思っていたが、いざ接してみると、曇りのない純粋さに温かい気持ちになれた。

 ナギは子どもたちとすっかり仲良くなっているようだ。交通安全教室が終わった後、たくさんの男の子に囲まれ楽しそうに遊んでいる。小学生よりも年下の男の子たちと一緒になって元気に遊ぶ。ナギならではだ。
 彼の遊びが終わるのを待っている時、私はふと、建物の裏へ入っていく一人の女の子を発見した。建物の裏は暗く誰もいないだろう。「あんな暗いところへ入っていって大丈夫なのだろうか」と心配になり、私は女の子の様子を見にいくことにした。
 特に何も起こらないだろうが、もし怪我でもしたら大変だと思って。

「こんなところで何をしているの?」
 一人座っていた女の子に声をかけてみる。よく見ると、どうやら土で遊んでいるようだ。単に一人でいるのが好きな子なのかもしれない。だが、いくら一人が好きだとしても、こんな薄暗いところにいるのは心配だ。
「みんなと遊ばないの?」
 距離を縮め、しゃがんで尋ねてみた。
 女の子は黙ったままプイッとそっぽを向いてしまう。もしかしたら不愉快な思いをさせてしまったのかもしれない。
「みんなのところへは行かないの?」
「行かない!」
 女の子は急に鋭く言い放った。その表情は苛立っているように見える。
 しつこすぎたのだろうか……子ども心って難しい。
「そっか、ごめんなさい。一人でここにいるのが好きなんだね。私はいてもいい?」
 返答を悩んでいるのか女の子は黙る。しばらくしてから、彼女は頷き「うん、いいよ」と短く答えた。女の子の可愛らしい顔に先ほどまで浮かんでいた苛立ちの色は消え失せている。
 安堵の小さな溜め息を漏らしかけた——その時。
 気配を感じ上を見ると、木製の太い柱がバラバラと落下してきているのが視界に入った。結構太い角柱の木だ。
「危ない!」
 木製の柱はすぐそこまで迫っている。
 私は咄嗟に、女の子に覆い被さった。いつもならこんなことは思わないのだが、珍しく「護らないと」と思った。

 ——その先のことは記憶にない。