コメディ・ライト小説(新)

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.44 )
日時: 2017/11/29 16:21
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: CvekxzGv)

20話「女の勘?」

 検査の結果、特に異常は見つからず、私は予定通り次の日に退院することが許された。右肩に軽い掠り傷ができただけ。これほどの軽傷で済むとは、本当に信じられないような幸運である。
 そして女の子は無事だったということは一夜明けて知った。というのも、翌朝、女の子が母親とともに病室へやって来て、「ありがとう」とお礼の言葉を述べてくれたのだ。
 それに加え謝りもされた。しかし「軽傷なので大丈夫」と言って、謝らないようお願いした。こちらの立場になってみて初めて思うことだが、謝罪されるより感謝される方がずっと嬉しい。謝罪されると少し罪悪感が芽生えるが、感謝されると素直に「良かった」と思えるものだ。もし今後私が助けられる側に立った場合は、述べる言葉は「ありがとう」にしようと思う。

 ——それから一週間。
 その日の朝、エリナから全員集まるように指示を受けた。いきなりだった。突然のことに驚きつつもエリナの前に集まる。
 エリナはお馴染みの椅子に座り、足を組んで、肩肘をデスクについている。確かに彼女はリーダーだが、随分尊大な態度である。しかし彼女の人並み外れたオーラが違和感を抱かせない。つまり、エリナは尊大な態度がよく似合うのである。
「全員集まったみたいだから、さっそく本題に入るわね」
 彼女の一声で空気がガラッと変わる。
 レイに褒めながら絡んでいたナギは大人しくなり、饅頭をむさぼっていたモルテリアも咀嚼を止めた。
「最近隣の芦途市で放火が流行しているそうなの。でも新日本警察は、その何件もの放火事件が、一人の犯人によるものだと考えているらしいわ。もちろんそれらしい証拠や証言も出ているわ」
 一連の放火事件は、いずれも廃墟や工事現場で起こっているとエリナは話す。すべて夜間に起こっていて、住宅や店舗は今のところないらしい。
 すぐ隣の市でそんな物騒なことが頻発しているとは知らなかった……。
「犯人の顔や情報はあるのですか?」
 落ち着いた声で確認するのはレイ。
「顔は今のところないわね。情報は今話した分よ」
「でも証拠や証言はあるというお話でしたよね?その内容は?」
「もちろん情報提供は求めたわ。でも公開できないとか言い出すの。エリミナーレは新日本警察内の組織ではないから、ですって。だったら依頼してくるんじゃないわよ!って話よね。まったく呆れるわ」
 そこへ口を挟むのは武田だ。
「愚痴はいいので続けて下さい」
 淡々とした調子で彼はそう言った。この状況でエリナを沈められるのは彼しかいない。それを見ていると、この組織大丈夫なのだろうか、とたまに思ったりする。もちろんそのような恐ろしいことを言えるわけがないが。
「そうね、話は手早く済ませましょう。作戦の決行は今夜。芦途市の一番南にある資材置き場にて、犯人を捕獲するわ」
 実に大雑把な説明だが、これがエリミナーレのやり方なのだろう。綿密な計画を立てるのは面倒、といった空気である。
「沙羅、今回は貴女が必要よ」
「えっ。私ですか?」
 私が必要な作戦だなんて、どんなものか想像できない。
 戸惑っている私に、エリナはニヤリといたずらな笑みを向けた。
「貴女のその、やたら事故や事件に巻き込まれる才能をフル活用してほしいの。全力で餌となってちょうだい」
 ……そういうことか。エリナの笑みの意味を私は速やかに理解した。
 だが私に餌役なんてできるのかどうか。確かに人質の神様には愛されすぎている気はするが……それ以外はよく分からない。
「は、はぁ。分かりました」
 正直嫌だけど、才能があるなら仕方ない。私にしかできないことがあるのなら、それがどんなことであっても、逃げようとは思わなかった。
「決まりね。では解散!」
 エリナの一声で、ピリッとしていた空気が緩んだ。やはり彼女の力は凄まじい。このメンバーを管理できているのは、エリナだからこそだと思う。
 終わった後、レイに声をかけられた。
「沙羅ちゃんはあたしがちゃんと護ってあげるから大丈夫!でも貧血にならないよう気をつけてね。あ、なりそうだったら早めに言ってね!」
 レイが放ったのはとても温かな言葉だった。
 彼女はいつだって私のことを気遣ってくれる。それは非常に嬉しいことだ。しかし、私には彼女に返せるものがない。それだけは少し申し訳ない気がしていた。
「いつもお気付きありがとうございます。なるべく迷惑をかけないように頑張りますね」
 するとレイはその整った凛々しい顔に、明るく爽やかな笑みを浮かべる。
「一応あたしが護るつもりだけど、それでも危険になったら、武田の後ろにでも隠れておけばいいよ」
「レイさんは武田さんのこと、信頼してられるんですね」
「そうだね。体術の師匠だから、当然といえば当然。師弟ってそういうものじゃないかな」
 やはり少し羨ましい。レイみたいに気さくな人間だったなら私ももっと……いや、マイナスなことは考えないようにしよう。
「あ、でも沙羅ちゃんが考えてるような関係じゃないと思うよ。武田って普段はあんなだけど、指導する時は死ぬほど怖いから」
 レイの表情は柔らかいが、嘘をついている目ではなかった。嘘くらい顔を見れば分かる。彼女の発言は間違いなく真実だ。
 だが、死ぬほど怖いところなんて想像できない……。
「だから沙羅ちゃん、安心していいよ。色々あたしに任せて!」
 彼女は最後にウインクした。
 やはりレイは私の気持ちに気づいている——かもしれない。女の感、というやつだろうか? 恐るべし。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.45 )
日時: 2017/11/30 14:27
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xDap4eTO)

21話「海風と資材置き場」

 私は知らなかったのだが、芦途市の最南端に位置する資材置き場は、新日本で有数の資材置き場らしい。そういう分野に詳しい人なら絶対に知っているとか。昼間は結構な数の人間が仕事のためにうろついているらしいが、私たちがそこへ向かったのは夜だったので、完全に無人だった。
 見た感じ、まるで廃墟のようである。
 南側は海に面していて、海の香りがする風が吹いていた。
 ——最後に海へ来たのはいつだったか。
 少なくとも五年は来ていない。過去の私は、こんな形で来ることになるとは想像しなかっただろう。
 強い風が頬を撫で、髪を激しく揺らす。このまましばらく風を浴びていると、顔やら肌やら色々とベタベタになりそうだ。
 普段は早く乾いて便利なのだが、ショートカットはこういう時だけ不便だと思った。レイのように長い髪を束ねているなら乱れがましだろう。しかし、私の髪は耳の下くらいまでしか長さがなく、くくろうと思ってもなかなかくくれない。
 おかげで乱れ放題だ。
「沙羅ちゃん、本当に一人で行ける?嫌なら嫌って言ってもいいんだよ。何なら別の方法でも……」
 レイが不安げに確認してくる。彼女はかなり心配性だ。
「大丈夫です。私にできることは全部します」
 私は躊躇うことなくすぐに答えた。ハッキリと返事しなくては、心配させてしまうからだ。
 今から私は、闇の中を一人で歩かねばならない。連続放火の犯人をおびき出すためである。もっとも、私が一人でいたところでおびき出せるのかどうか分からないが……作戦の一部なので断るという選択肢はない。
 しばらく一人になる。しかし、近くにみんなが控えているから大丈夫だ。それに、犯人が現れればその時点で私の役割はおしまい。だからリスクはそれほど高くないはずである。
 そんなことを自分に言い聞かせる。情けない話だが、そう言い聞かせておかないと不安で足が動かなくなりそうだから。生憎夜の闇を一人で堂々と歩けるほどの度胸は持ち合わせていない。
「そっか。ならいいけど、なるべく無理はしないでね。犯人らしき人を発見したら、連絡だけしてすぐに逃げてよ」
 レイの瞳はまだ少し心配そうな色を湛えていた。
 その時ふと、彼女の耳元に揺れる青いイヤリングに気がついた。今までレイがイヤリングをつけていた記憶はない。
「あ、レイさん」
「沙羅ちゃん、どうかした?」
「そのイヤリング、凄く綺麗ですね。青くって、髪の色ととても合っています」
 するとレイは嬉しそうな表情になった。
「本当?そう言ってもらえると嬉しいよ」
 しかし嬉しそうな表情になったのはほんの数秒で、すぐに寂しそうな顔つきになる。伏せられた目からは哀愁が漂う。
「アンモライトっていう石。青は珍しいらしくって、昔、妹が選んでくれたの。お守りに、って」
 彼女は改めて私の顔に視線を移し、ふふっと微笑む。
「あたしこれ結構気に入ってるんだ」
 微笑んではいるのだけれど、いつもの笑みとは雰囲気が違った。光に満ちた爽やかな笑みとは少し異なる種の笑みである。
 かつてレイの妹に何があったのか、私は何一つ知らない。そもそも、知りたいと思っても尋ねる勇気がない。
 もし彼女がこんな顔をする理由が分かれば——私にもできることが見つかるかもしれない。手を差し伸べて、ほんの少しは救いとなれるかもしれない。だが、そのためには彼女のことを聞かねばならない。しかし迂闊に尋ねれば彼女を傷つける結果になる可能性が高い。
 一歩踏み出す勇気があれば私もきっと変われるのだろうが……いや、それはまだ無理だ。さすがに大きな課題すぎる。
「……時間になった」
 静かな声で言ったのはモルテリアだった。彼女は饅頭を食べながら腕時計を凝視していたようである。
「それでは行きます。犯人に遭遇したら連絡しますね」
 携帯電話だけを持ち、落ち着いたように装う。
 本当は足が震えるくらい怖いけれど仕方ない。私にできるのはこれしかないのだから。
「気をつけることっすね!」
 今までうろうろしていたナギが突然参加してくる。グッと親指を立てている。このタイミングでも元気そうなのが凄いと思った。いつもは苦手なナギの笑顔も、緊張で息苦しい場面では頼もしいような気がする……いや、さすがに気のせいか。
 私は一度深呼吸をして、暗闇へと歩き出した。

 砂利の地面は意外と歩きにくい。自然といつもよりゆっくりな足取りになってしまう。整備された道ばかり歩いているからだろう。
 資材置き場と言うだけあり、木材や鉄塊などがたくさん積んであった。日常生活の中では見慣れないものばかりで、気になってついつい見回してしまう。とはいえ、ほとんど明かりがなく暗いのであまり見えないのだが。
 真っ暗な空はどこまでも続いている。まるで大きなホールのような空間に、ジャリジャリという私の足音だけが響く。私が歩みを止めれば、そこはもう無音の世界。誰の話し声もしなければ、人の気配もない。今の時代でもこんな場所があるのだな、と新鮮に感じた。

 ——その時。

「あれぇ?こんなところで何してるのかなぁ」
 突然聞こえた少女のような声に、私は慌てて辺りを見回す。しかし人の姿は見当たらない。
「こっちだよぉ」
 声は上からだった。急いで見上げると、高く積まれた木材の上に少女が座っているのが見えた。彼女が声の主である。
 クリーム色の髪はベリーショート、迷彩柄の作業服を着ていた。背は低く華奢な体つきをしており、子どものような可愛い系の顔つきだ。燃えるような真っ赤な瞳が特徴的である。
「……誰?」
 私は体の後ろに隠しながら携帯電話を操作する。
 彼女が放火犯かどうかは分からないが、少なくとも一般人ではないと思う。一般人があんな高い場所で足をパタパタさせられるわけがない。
「会えて嬉しいな。今行くからねぇ」
 少女は高く積まれた木材の上から軽く飛び降りる。鳥のように、天使のように、宙を舞う。そしてタッと地面に降り立った。
「会えて嬉しいよ。保育所ではちゃんと話せなかったからねぇ」
「……保育所?」
 すると彼女はその可愛らしい顔に屈託のない笑みを浮かべる。
「保育所で木材を落下させたのはわたしだよぉ。えへへっ、今度はちゃんと話せそうで嬉しいなぁ」
 ——彼女は敵。
 そう判断した私は、身を翻し、エリミナーレのみんながいる方向へ走り出す。
「逃がさないよっ!」
 気がつくと目の前に、少女と同じ姿をした人間が立っていた。髪も背格好も、すべてが同じ。ただ一つ——瞳の色を除いては。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.46 )
日時: 2017/12/01 21:21
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Fm9yu0yh)

22話「双の少女」

「わたしは茜、そっちは紫苑。これからよろしくねぇ」
 炎のような赤い瞳の少女は、屈託のない笑みを浮かべながら名乗る。その笑みには一切の曇りがない。子どものように純粋で、どこか不気味さすら感じさせるような笑みである。
 彼女らは二人組だった。
 最初から挟み撃ちにする作戦だったのだろう。もっと早くに気づくべきだったのだ。今さら気づいても既に手遅れ。
 しかし、だからといって諦めて大人しくするというのも、実におかしな話だ。私は取り敢えず連絡をしようと思い、携帯電話の通話ボタンを押す。すぐにプルルという音に切り替わった。
 しかし、そう簡単に上手くいくはずもなく。
「させないよぉ。勝手に助けを求めるとか禁止!」
 赤い瞳の茜が言うと同時に、もう一人が接近してくる。鋭い光が宿る紫の瞳が視界に入ったと思えば、携帯電話を払い落とされていた。カチャンと音を立てて地面へ落ちる。
 紫の瞳をした紫苑が無表情のまま、地面に落ちた携帯電話を拾おうとした、その時だった。
「……っ!?」
 パァンと乾いた音が響く。
 携帯電話を広いかけた紫苑の手に向かって、数発の銃弾が飛んできていた。最初の一発は外れたが、それに続く銃弾が紫苑の手を貫く。硝煙の匂いが鼻を通りすぎる。
 それまで無表情だった彼女の顔が、ほんの僅かに動いた。
「沙羅ちゃん、もう引き上げていいっすよ!ここからは俺らの出番っすから」
 拳銃を発砲したのはナギだったようだ。姿を見るまで気配は一切感じなかった。彼は活発な方なのに、ここまで気配を消せるとは意外である。そして、ナギの後ろにはモルテリアの姿もあった。彼女もまた気配がまったくない。
「ふぅん、もう来ちゃったみたいだねぇ」
 赤い瞳の茜は、そんなことを言いながらも、余裕ありげにクスクスと笑っている。この状況の何が面白いのか私にはまったく分からないが、彼女にとっては愉快な状況だったのだろう。
 もしかしたら、まだ何か策があるのかもしれない。
 ナギは「女の子相手は嫌っすね」などと冗談めかしつつ、紫苑へさらに銃弾を放つ。しかしさすがに読んでいたらしい紫苑は、軽い身のこなしで銃弾をかわし、茜と合流した。
「茜、あれを」
「えぇー。もう使っちゃうのぉ?なんだかもったいないなぁ」
「使うために仕組んだんじゃなかったのかい」
「まぁそうだけどさぁー……」
 茜と紫苑、二人は何やら話している。
 それにしても、二人が並ぶと本当にどっちがどっちか分からない。声は若干異なり紫苑の方が低い。しかし、外見はほとんど同じだ。髪の色や髪型、服装も、まったくと言っておかしくないほど似ている。いや、もはや似ているという次元ではない。

 ——次の瞬間。
 茜の背後に銀の棒を持ったレイが迫るのが見えた。レイが持つ光沢のある銀色の棒が茜を鋭く狙う。
 しかし、棒が茜の背中に触れる直前、気配に気づいた紫苑が素早くフォローに入る。紫苑の、先ほど撃たれたのとは逆の手に握られた三本の細いナイフが、レイの棒を止めていた。
 レイの急襲に対応できるとはなかなかの実力者だ。
「いきなり後ろからなんて、無粋じゃないか」
 相方を背後から狙われ不愉快だったらしい。紫の瞳には不快の色がうっすらと浮かんでいる。
 レイと紫苑の力は意外にも互角なようで、二人は硬直状態に陥った。紫苑は小柄で華奢であるにも関わらず結構な力を持っているようである。
 その時突如姿を現した武田が、凄まじい勢いで茜を蹴り飛ばす。
 目の前のレイに気を取られていた紫苑は気づくのに遅れ、こればかりはさすがに反応できなかった。彼女の反応スピードにもどうやら限界があるらしい。当たり前といえば当たり前だが、レイの時の動き方を見ていると限界などないように感じられたものだから、少し意外だと思った。
「さすがに酷いよぉ?女の子にこんな乱暴な真似するなんて」
 茜の小さな体は軽々と数メートル吹き飛んだ。なんとか着地した彼女は頬を膨らませて少し怒ったような顔をしているが、その表情にはまだ余裕が感じられる。
「こんな大勢で来るとはねぇ。ちょーっとピンチかも?」
 言いながら茜はリモコンのような物を取り出し、その中にある一個のボタンを押す。
「……光った」
 ナギの後ろに立っているモルテリアが、積み上げられた木材の一番上を指差す。茜が最初座っていた場所だ。
 もしかして。そう思った瞬間、大きな音をたてて爆発が起こった。
「なーんてね!そんなわけないない。わたしたちにはこれがあるから、数なんて関係ないんだよぉ」
 高く積み上げられていた木材が火をまといながら崩れてくる。もちろん私の頭上にも。だから私は慌ててその場を離れる。燃える木材は地面に落下し、赤い火花が跳ね散る。ギリギリセーフだった。
「よくも茜を狙ったね!」
 紫苑は怒りを露わにして叫びながら、信じられないようなスピードで武田へ迫る。紫の瞳は武田への憎しみで満ちている。大切にしている茜に攻撃を加えられ許せないのだろう。物凄い気迫だ。
 普通に考えて武田がやられることはないだろう。しかし、紫苑の気迫が尋常でないので、何をするか分からない。
 ただ私が心配性なだけかもしれないが。
「まだまだいくよぉ。たくさんあるからねぇ!」
 茜は連続でボタンを押し、次から次へと爆発させる。その度に積まれた資材は崩れ、地面に落下してくる。それを見て彼女はとても楽しそうにクスクス笑っていた。
 運動神経のよくない私には危険すぎる状況だ。だが、この場を離れようにも、どこに爆薬が仕込まれているか分からない。だから迂闊に逃げられない。
 私は、ただ見守ることしかできないのが、情けなくて辛かった。