コメディ・ライト小説(新)

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.49 )
日時: 2017/12/03 18:23
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 8.g3rq.8)

23話「静寂」

 茜が起こした爆発によって熱された風が、頬を掠め熱くする。今までに体感したことがないような凄まじい熱気だ。
 崩れて地面に落ちた木材はパチパチと小さな音をたてて燃えている。これはもう、明日の朝刊に載りそうな規模である。これほど次から次へと連続で爆発を起こせば、普段であれば大事件になるところだ。
 ……いや、私からすれば既に大事件であるが。
「まだまだいくからねぇっ!」
 茜はそう言いながら、レイの攻撃を受け流し、ナギの銃撃を軽い身のこなしで避ける。一対二でもまだ余裕があるのか、彼女の顔には笑みが浮かんでいた。
「モル!沙羅ちゃんを!」
 余裕ありげな茜と激しい攻防を繰り広げているレイが叫ぶ。ナギの近くでキョロキョロしているだけだったモルテリアは、レイの指示にコクリと頷き、こちらへ向かってくる。
 こんな緊急時でさえも、テテテ、というマイペースな走り方だ。しかしそのような走り方のわりにスピードは速く、ほんの数秒でこちらへたどり着く。
「……沙羅、平気?」
 モルテリアの緑みを帯びた短い髪は、海からの強風で揺れている。
 人生初の状況に何をすることもできない私を彼女は心配してくれているようだった。
 私はこの期に及んでじっとしていることしかできない私を情けないと思う。だが下手に動いても足を引っ張ることになるだけで——いや、こんなのはただの言い訳にすぎない。本当は一刻も早く、みんなの足を引っ張らず動けるようにならなくてはいけないのだ。
 それは分かっていて、なのにいつまでも甘えてばかりの私は、ずるい女だと思う。
「……これあげる。元気出して」
 彼女から手渡されたのは一枚のクッキーだった。
 綺麗なハート方に焼き上げられた、小さなフルーツゼリー入りクッキーである。赤や緑など様々な色のフルーツゼリーが宝石のように煌めいていてとてもおしゃれだ。しかも丁寧にラッピングまでされている。
 クッキーのクオリティにはもちろん驚きだが、こんなところまでクッキーを持ってきているという事実もかなり衝撃的だった。
「これは、クッキーですか?」
「……うん。昨日作ったから、新鮮」
「もしかして、これってモルさんの手作りですか?」
 私の問いに対し、モルテリアはコクリと小さく頷く。
 明らかに今この場所でするべき会話ではない。しかしどうしても気になったのだ。それに、こうして話していると、少しは心が休まる気がする。
 それにしても——彼女の作ったクッキーならさぞかし美味しいことだろう。
「離れておいた方がいいかも……こっち」
 モルテリアに案内され茜たちから離れたところへ向かう。離れると言っても、崩れた資材のせいであまり遠くへは行けない。精々数メートル、声が聞こえるくらいの距離だ。しかし、戦場のど真ん中にいるよりは安全だ。恐らく彼女もそう判断したのだろう。
 彼女は何も話さないが、ずっと傍にいてくれた。不安でいっぱいだった私は、彼女が近くにいてくれることにとても救われた。一人でいるのと二人でいるのとでは、精神的にも大きな違いがある。

 ようやく一息つける場所を手に入れた私は、紫苑と戦う武田に視線を向ける。
 武田は強い。それは当たり前のことで、彼が容易くやられるわけがない。それなのに私は心配で仕方なかった。時折必要以上に心配になってしまうのは、私の悪い癖かもしれない。
 しかし、この世に「絶対」というものが存在しないのも、また事実である。強者が敗北することも時にはあるのだから、力の差があったとしても油断はできない。
「茜を狙う卑怯者。ぼくは絶対許さない」
 細いナイフを手に武田へ挑む紫苑の紫色をした双眸は、怒りと憎しみに満ちていた。その表情を見れば、紫苑が茜をとても大切に思っているのだと、簡単に察することができる。
 茜と紫苑——二人は双子かなにかだろうか?
 こんな恐ろしいことをする人間だ、私には到底理解できないような思考の持ち主だと思っていた。しかし、彼女らも普通の人間が抱くような感情を抱くのだと思うと、少々意外である。不思議な感じがする。
「大人しくくたばれ!」
 そう叫ぶ紫苑は出会った時とは別人のようだ。
 というのも、姿を現した時、彼女は無表情なタイプに見えた。ニコニコしていて甘ったるい喋り方の茜とは対照的に、紫苑は冷淡な顔つきであまり口を開かなかった。
 しかし今の紫苑は、鋭く叫び、激しく感情を露わにしている。
 それに、凄まじい気迫でぶつかっていくような荒々しい戦い方だ。ずっと知り合いなわけでもない私がこんなことを言うのもどうかとは思うが、彼女らしいとは思えない戦い方をしている。
「ちょっとぉ、紫苑!たまにはこっちの援護もしてよっ!」
 レイが振る細い銀の棒をダンスのステップのような軽い足取りでかわし続けている茜が、不機嫌そうに頬を膨らませながら言う。しかし紫苑は武田のことしか見えていないようで、茜の発言などまったく聞こえていない。
 紫苑は数本の細いナイフを指に挟むように持ち、刺すように突き出す。それに対し武田は、紫苑の攻撃を何度も避ける。
 そしてついに、紫苑の手首を掴んだ。その細い手首を捻り、彼女の手からナイフを払い落とす。紫苑がゴクリと唾を飲み込むのが分かった。
「生憎、くたばるために来たわけではない」
 武田はいつになく冷ややかな声で言う。
「痛い目に遭いたくなければ、抵抗は勧めない」
「ふ、ふざけるな!」
 腕を取られ動けない紫苑は、武田の氷のように冷たい表情に怯えたような顔をしつつも、強気に言い返す。
「ぼくがくたばらせてやる!」
 紫苑が持つアメジストのような瞳に本気の光が宿る。
 彼女は自分の手首を掴む武田の手を振りほどく。そして目にも留まらぬ速さで武田の背後へ回り、その背中へ膝で一撃をお見舞いした。
 武田の動きが止まった隙に、紫苑は茜の方へ駆け出す。
「茜、一旦退こう」
「えー。何それ、嫌だよぉ」
「婆さんに二度と会えなくなってもいいのかい?」
「……もうっ。まったく、仕方ないなぁ」
 まだ少し不機嫌そうな顔の茜だが、改めてこちらを向いた途端雰囲気が変わり、今まで通りニコッと笑う。開いた手を左右に振りながら彼女は言う。
「それじゃあねぇ。次会った時は覚悟して。絶対に消してあげるからぁ」
 無垢な笑顔に似合わない物騒な発言をする茜。
 そして、茜と紫苑——小さな二人組は、一瞬にして姿を消した。彼女らは逃げることを選んだようだ。

 資材置き場に静寂が戻る。その静寂が、「取り逃がしてしまった」という悔しさを、余計に増しているようにも感じられる。
 夜の闇に、炎の赤がよく映えていた。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.50 )
日時: 2017/12/04 20:41
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: qRt8qnz/)

24話「触れてはならないこともある」

 私はモルテリアに連れられ、レイたちと合流する。
 周囲に散らばっている大量の資材をどうするかという問題は残っているが、敵に狙われる危険はない。それを実感するに連れ、緊張や不安でガチガチになっていた心が徐々に緩んでいくのを感じる。
「まさか、逃げるなんて」
 レイは腕組みをしながら、不満げに漏らしていた。
 茜と紫苑が逃走したことに納得がいかないのだろう。真っ直ぐ性格故に、急に逃げ出すという選択が理解しづらいのかもしれない。
「いやー、上手くやられたっすね!散々攻めてきておいて逃げるとか、予想外すぎ!」
 拳銃をしまいながら軽いノリで話すのはナギ。
 彼は安定のお気楽ぶりだ。不満げでもなければ、悔しそうでもない。レイとは対照的に朗らかで、あまり深く考えていない感じがする。
 しかし、彼の射撃には色々と助けられた。そこは感謝に尽きる。
「……レイ。大丈夫?」
 モルテリアが静かに確認すると、レイは少し頬を緩め、落ち着いた声色で返す。
「あたしは傷ひとつないよ。茜って子、ずっと逃げ回るばかりだったから。それよりモル、沙羅ちゃんをありがとう」
 コクリと頷くモルテリアを見て、レイはクスッと笑みをこぼす。可愛がっている愛犬や愛猫の微笑ましい寝顔を目にした時みたいな笑みである。
「モル、どうしたの?何だか嬉しそうだね」
 するとモルテリアは珍しく口角を上げた。
「……うん。クッキー、もらってくれた……」
 モルテリアの顔面に浮かぶ微笑みは、まるで羽根のように柔らかい。それに加えて優しい雰囲気だ。
 丸みのある頬はいつもより赤みを帯びている。顔が派手に動くことはないが、全体から嬉しい気持ちが滲み出ていた。

 その時ふと、武田がなかなかやって来ないことに気がつく。彼は気さくなタイプではないが、周囲との接触を拒むタイプでもない。だから、みんなが合流しているにも関わらず一人でいる、ということはないはずだ。
 疑問に思いながら辺りを見回すと、なにやら座り込んでいるのが見えた。一人で難しい顔をしている。
 どうかしたのだろうか……。
「武田さん?」
 少し気になるので、念のため彼の方へ歩いていってみる。何かあったら大変だし心配だ。
「あぁ、沙羅か」
「はい。みんなのところへ合流しないんですか?」
 躊躇いつつも尋ねてみると、武田は気まずそうに視線を逸らす。しばらく沈黙があり、それから彼は立ち上がった。
 近くで見ると、やはり背が高い。
「……そうだな。行くか」
 歩き出そうとした瞬間、彼は突然ふらけて転けそうになる。慌てて支えるが、予想外に重くて私まで転けそうになった。なんとか持ちこたえたが。
 危なかった危なかった……。
 それにしても、武田が転倒しかけるとは驚きだ。
 私が彼の体を支えていると、違和感を察してか、すぐにレイが駆け寄ってきてくれた。
 走ると青い髪が揺れてとても綺麗だ。もちろん今は感心している場合ではないのだが、そこに自然と目がいく。綺麗な髪は女性のステータスだと思う私は、同じ女としてレイを尊敬していたりもする。
 当然、尊敬する部分はそこだけではないけれど。
「沙羅ちゃん、そんなに重いの支えて大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
 一応そう答えたものの、私一人で支えるには武田は重すぎた。正直長時間はもたない感じがする。
「武田、どうしたの?怪我でもした?」
 レイは首を傾げながら尋ねた。
 彼女は武田がこんなことになっている理由が分からないのだろう——そしてそれは私も同じだ。
 特に目立った外傷はない。それに、武田は、紫苑が苦し紛れに放った膝蹴り一発くらいしか浴びていない。今日はがっつり見ていたので見逃していないはずだ。
「……いや、何でもない」
 武田はレイに対して無愛想に返す。
 するとレイは、心当たりがあることに気がついたらしく、少しスッキリした顔で言う。
「あ。もしかして、前に言ってた背中の古傷?」
 瞬間、武田はレイに鋭い視線を向けた。それから低い声で「違う」とだけ述べる。
 辺りの空気が一気に冷えた気がした。春の夜はまだ肌寒い。しかし、それとはまた異なる冷たさに、思わず身震いしそうになる。
 レイは私より背が高いが、武田と並ぶほどではない。上から圧力をかけられたレイは、「悪いことを言ってしまったのか」と後悔したような顔つきになっていた。

 ちょうどそのタイミングで、ナギが叫んでくる。
「レイちゃんたちー!もう引き上げていいらしいっすよー!」
 タイミングを見計らっていたかのようだ。偶然にしてはちょうどよいタイミングすぎる。だが、ナギがそこまで考慮して行動しているとは考え難い。彼は女性に絡み褒めることはしても、場の空気を細やかに読み他者を気遣うなんてことは得意でないはずだ。
 ——それに、そもそもこれだけ離れていて場の空気を読めるはずがない。
 これらを踏まえ、私の脳は最終的に「偶然である」という答えを導き出した。
「行こっか。ね、沙羅ちゃん」
 レイはその整った凛々しい顔に曇りのない笑みを浮かべながら、可愛らしく小さな手招きをする。容姿のかっこよさと動作の可愛らしさが、絶妙な良さだ。
「はい!……あ、武田さんは大丈夫ですか?」
「問題ない。もう一人で歩ける」
 確認の意味も込めて尋ねてみると、武田は真面目な顔でそう答えてくれた。淡々としているが、どこか優しさも感じられる声色だ。怒ってはいないようで安心した。

 こうして私たちは、六宮にあるエリミナーレの事務所へと戻ることとなった。
 激しい戦闘により乱された資材置き場がどうなったのかは知らない。だが、仮にあのままであったならば、明日の朝に資材置き場へ来た人が愕然とすることだろう。あの状態で放置というのはさすがにまずい。
 しかし、誰かが片付けてくれるのだと思うと、少々申し訳ない気もするのだった。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.51 )
日時: 2017/12/05 19:42
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: DYDcOtQz)

25話「真夜中の質問」

 今回は怒られずに済んだ。
 エリナは敵を逃したことに苛立っているようではあったが、「沙羅は一応役目を果たした」と言ってくれた。犯人らしき者を引き寄せる、という役目は取り敢えず果たせたということだろうか。
 今夜の彼女はどちらかというと私以外のメンバーに対して厳しい発言の刃を向けていた気がする。エリミナーレが敵を逃すとは何事か、といったように。
 だが私は内心「仕方ない」と思っている。
 茜と紫苑の逃げ足は異常なまでに早かった。まるでテレポートしたかのように一瞬で姿を消したのだ、追えるはずもない。エリナは現場におらずそれを見ていないから情けないと呆れるのだろうが、あの場所で実際に見ていれば、彼女も「仕方ない」と思うことだろう。

 疲れていたからか、その夜はすぐに眠りにつくことができた。
 私のための部屋はまだ整備できていないらしいので、もうしばらくはレイとモルテリアが暮らす部屋に泊まることになっている。三人で過ごすには若干狭く感じる部屋だが、レイがいるしモルテリアもいるので、案外楽しく快適だ。
 部屋で一番に眠りについた私だったが、夜中の三時過ぎに目が覚めてしまった。レイとモルテリアは完全に眠っていて、照明が消された室内は暗く何も見えない。
 明日に備えて再び寝ようと思ったのだが案外寝れない。暗闇の中、一人で天井を眺めていると、時間が経てば経つほどに目が覚めてくる。目がぱっちり開いてしまい、こんな時に限って意識も冴えわたる。
 ——そうだ、水でも飲もう。
 唐突に閃いた私はベッドから抜け出し、部屋の外へ出て、キッチンへと向かうことにした。水道水ならこの時間でも飲める。一口二口水を飲んでホッと一息ついてリラックスすれば、きっとまたすぐに眠れるに違いない。

 キッチンへ向かう途中、リビングの明かりがまだついていることに気がついた。リビングには人影があり、何やら話し声が聞こえてくる。恐らくエリナと武田だ。
 こんな真夜中まで何をしているのだろう……明日の打ち合わせかなにかだろうか?
 少々気になるので、私は扉越しに二人の会話を聞いてみることにした。扉があるので私がここにいることはばれないはずだ。
 しかし聞き始めて数分も経たないうちに、存在がばれてしまった。
「誰?そんなところにいないで、入ってらっしゃい。別にきつく叱りやしないわよ」
 エリナは余裕のある声色で私を招き入れようとする。
 彼女と少人数で会い話すのは気が進まないが、あらぬ疑いをかけられるのも嫌なので、大人しくリビングに入ることにした。従っていれば少なくとも怪しまれはしないはずだ。
 私がリビングに入ると、エリナは「貴女だったの……」と、あまり嬉しくなさそうな顔をした。微妙な気持ちになる反応である。
「沙羅か。夜遅くまでご苦労」
 そう言った武田は、珍しくスーツ姿でなかった。
 紺色のポロシャツを着ているのだが、それはもう、恐ろしいほどの違和感である。しかし特別感がある。彼の新しい一面を見ることができたような気がする。何だか得した気分だ。
「こんな時間にどうしたの?珍しいわね」
 エリナは桜色の長い髪を時折掻き上げながら尋ねてくる。その表情は、あまり厳しいものではなかった。声色もいつもよりかは柔らかく穏やかである。武田と二人の時間を過ごせてご満悦なのだろう。
「目が覚めて眠れなくなってしまって……、お水でも飲もうかなと思っていたところです。お二人は何を?」
「怪我の手当てよ。と言っても簡単な手当だけだけれど」
 よく見ると、テーブルの上には色々な物が乗っていた。彼女の言うことは嘘ではなさそうだ。
「重傷なんですか?」
「いや、たいしたことはない。よくあることだ」
 武田はそう言った。だがそれが真実の言葉かどうかははっきりわからない。心配されるのが嫌で平気なふりをしているという可能性もある。
「あら。沙羅の前だと随分強がるのね。もしかして、沙羅のこと恋愛として好きなの?武田もお年頃ねー」
 エリナは愉快そうにニヤニヤ笑う。いかにも好きだと認めさせそうな顔である。
 それに対して、武田は冷静に返す。
「いえ、それはありません。私は誰にも恋愛感情を抱くことはない。絶対に」
「そうなの?」
「はい。それに彼女はまだ二十歳過ぎですよ。年齢が違いすぎます」
「いいじゃない!年の差!」
 エリナは冗談混じりに言いながら、武田の肩をパシパシ叩いている。随分親しげだ。
 しばらくしてから、エリナは視線を私に向けた。照明によって赤く輝く瞳にじっと見つめられると、肉食動物に狙われる草食動物のような気分になる。
「せっかくだし、この際聞いておくわ。正直に答えてちょうだいね」
 エリナに嘘は通じない——彼女の瞳を見ればそれは分かる。だから、正直に答える以外の選択肢は存在しない。
「沙羅、貴女は武田のことが好きなの?」
 その問いに、私はすぐには答えられなかった。
 私は武田のことが好き。それは決して揺るがぬ事実である。
 助けてもらったあの日から、私の心は彼だけのものだった。再び彼に出会うこと、その手に触れること。それだけで良いと思っていた。気持ちを伝えはできなくとも、両思いにはなれなくとも構わない。ただ、傍にいたかった。だから気持ちは伝えなくても構わないはずなのだ。
 しかし、今私は伝えたいと思っている。
「……私は」
 エリナの視線が私へ注がれているのを感じた。
「好き……な気がしなくもないです」
 私は武田もエリナも見れなかった。二人がどんな顔をしているか確認するのが怖かったのだ。
 ここで偽ってもばれるだろうからこの際、と思いきって言ってみたわけだが、やはり恥ずかしさは拭いきれない。顔が赤くなっていないか心配だ。
 そして、暫しの沈黙が訪れた。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.52 )
日時: 2017/12/06 16:34
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: CvekxzGv)

26話「誤解解消」

 沈黙はそれほど長い時間ではなかったと思う。長めに考えても、一分か二分くらいのものでしかないだろう。しかし、私にはとても長い時間に感じられた。どんな風に思われるか不安だったから。
 だから私は、しばらく顔を上げられなかった。
 エリナは「馬鹿げている」と笑うだろうか。いや、笑われるならまだいい。引かれてノーコメントというパターンが、私としては最悪だ。そんなことになると、何を言えばよいものか分からなくなってしまう。しかも気まずい空気になるに違いない。広いリビングに三人しかいないこの状況でそうなるのだけは避けたい。
 しかし彼女はまだいい。一番気になるのは武田の様子である。彼に引かれたら、遠ざけられてしまったら……。私はそれを考えるのが一番怖かった。今までならできた何の変哲もない会話すらできなくなってしまったら、私はまともに暮らしていけないだろう。
「……そう、やっぱりね。薄々気づいてはいたわよ」
 永遠のようにも思える沈黙をようやく破ったエリナの声は、私が想像していたよりずっと落ち着いていた。彼女の容姿に似合った、大人びた声色である。怒ってはいないようだが、彼女の顔にはいつものような笑みは浮かんでいなかった。
「そういうことらしいわよ、武田。何か言ってあげたら?」
 エリナの茶色い瞳が武田の方を向く。
 彼は口元に指を当てながら首を傾げていた。納得がいかない、といった顔つきだ。恐らく今の彼の脳内には大量の疑問符が漂っていることだろう。
 私も時折そういうことがあるので、彼がそのような状態になっているということを察するのは簡単だった。
「ちょっと、何なの?どうして黙るのよ」
 武田が真剣な顔で考え込んでいるのを目にしたエリナは眉をひそめる。
 だいぶ時間が経ってから、彼はようやく口を開いた。
「苦手だったのではなかったのか?」
 真面目な表情でこちらを見つめて尋ねてくる。
 あまりに真っ直ぐ見つめられたものだから、胸の鼓動が急激に加速する。ここまでなると、もはや動悸の域である。緊張のあまり呼吸まで荒れてきそうだ。
 私は必死に平静を装いつつ返す。
「武田さんのこと、苦手なんかじゃないです」
 すると彼は信じられないというような表情でパチパチとまばたきした。あっさりした涼しい顔でいることの多い彼だが、今は困惑の表情を隠しきれていない。
 そんなに戸惑うこともないと思うのだが……。
「しかし沙羅、お前は私が話しかけるといつもぎこちない反応をしていたじゃないか。レイなんかと話している時は楽しそうだが、私にはどこか遠慮した接し方だっただろう」
 それは、好きであるが故に緊張しすぎて、まともに話せなかっただけである。意識してしまう、というやつだ。
 しかし、本人に直接そんなことを伝えるのは無理である。
 だから私は頭をフルに働かせてそれらしい答えを探してみる。短時間で不自然に思われない答えを導き出さねばならないのは、簡単なようで案外難しい。
「実は私、男の人と話すと緊張するんです。だからあまりちゃんと話せないだけで……」
 想像力がたいして高くない私には、これ以上それらしい理由を即興で思いつくのは難しかった。
「ナギとは普通に話していた気がするが?」
 武田は真顔で更なる質問を浴びせてくる。
 私に興味を持ってくれるのは嬉しい。ただ、ほんの少しだけ面倒臭い気もした。
「ナギさんは年が近そうなのでまだ大丈夫なんです」
「つまり、私が年上だから話しにくいということか?」
「そんな感じです。なので、武田さんのことが嫌いだとか、そういうことではありません」
 彼は真剣な顔つきで「そうか……」と独り言のように呟く。多少は納得してくれたようだ。
 それにしても、まさか苦手だと勘違いされているとは思わなかった。エリナが質問してくれなかったら、危うくずっと誤解され続けるところだ。
 ある意味彼女に感謝である。
「よし。ではこれからは、沙羅が話しやすいよう努めよう」
 武田は何か決意したようにそう言ってから、エリナに視線を移す。
「どのような工夫が必要でしょう?」
 眉間にしわを寄せて呆れた顔のエリナは、桜色の髪を整えながら口を開く。
「そんなこと、自分で考えなさいよ。何でもかんでも人に頼らないで」
 普段武田には比較的優しく接するエリナだが、珍しく素っ気ない態度を取っていた。単なる気紛れか、気に食わないからなのか——確かな理由は分からない。しかし、あまり機嫌良くはなさそうである。
 エリナは武田から目を逸らし、視線をこちらへ移す。それから彼女は、口元に、いつものような余裕のある笑みを浮かべる。
「沙羅、そんな顔しないでちょうだい。私は別に武田の彼女になるつもりはないわ」
 いつも武田との親しさを見せつけてくる彼女にそんなことを言われても信じられない。しかも笑顔で言われるものだから、なおさらである。
「私の目的を達成するために、彼の力が必要なだけのことよ」
 それから彼女は、「ちょっと寝てくるわね」と言って、リビングからそそくさと出ていってしまう。
 その背中を見送る時、私はほんの一瞬申し訳ない気持ちになった。彼女の背中が、なんとなく寂しそうだったから。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.53 )
日時: 2017/12/07 18:28
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xPtJmUl6)

27話「二人だけの時間」

 広いリビングの中、私は武田と二人きりになってしまった。エリナが出ていったからだ。真夜中の湖畔みたいな静けさに息苦しくなる。室内には二人しかいないというのに、酸素が薄いような気すらしてきた。
 嬉しいくせに楽しくはすごせない私は、本当に意気地無しだと思う。
 どちらも話し出せない気まずい空気の中、武田は音をたてずソファに座る。私はその場に立ち続けることしかできない。
「……少し構わないか」
 やがて沈黙を破ったのは、しばらく何か考えているような顔つきだった武田。
「何ですか?」
「今から六年ほど前のことになるが」
「私が武田さんに助けていただいた時のことですか?」
 彼は頷き、感心したように「察しがいい」と小さく漏らす。私からすれば、むしろそれ以外に何があるのか、という感じだが。
「あの時は世話になったな。おかげで助かった」
 暫し意味が分からなかった。
 立て籠もり犯の人質になっていたのは私で、彼はそんな私を救出してくれたのだ。救われたのはどう考えても私である。
 にも関わらず、彼は私に「救われた」と言う。そこが理解し難いところだ。
「どういうことですか?助けていただいたのはこちらなのに」
「いや、違う。そうではない」
 分かってはいたが、彼と二人きりというのはやはり話しづらかった。お互いの中に流れているものがあまりに異なるからだろうか。
 エリナやレイなど他の誰かがいる時にはまだ良いが、二人だけになってしまうとどうもぎこちない。
「犯人に刺された私を助けてくれただろう」
 ……そんなこともあったな。
 あの瞬間は必死だったので、瓶で殴るなどという乱暴な行為を躊躇いなく行ってしまった。少しは武田のためになったから良かったものの、「やり過ぎた」と後から結構後悔した記憶がある。
 それにしても、そんな小さなことを覚えているとは少々意外だ。
「あの後医者に見てもらったが、これ以上深く刺さっていたら大変なところだった、と言われた」
「深かったんですか?」
 武田は気まずそうな顔をしながら、「それなりにな」と短く答えた。
 そんな話をしていると、ふとレイが言っていたことが蘇る。芦途の資材置き場で、彼女は背中の古傷と言っていた。彼女が言っていた背中の古傷とは、恐らく私を助けた時に負った傷のことなのだろう。六年も経っていれば、古傷、と言うのもおかしな話ではない。
 でも、だとしたら、彼は今でも私のせいで苦しむことがあるということ。それを思うと、胸が締めつけられた。好きな人が自分のせいで苦しみ続けるなんてまったく嬉しくない。
「ごめんなさい、武田さん。私のせいですね」
 あの時、彼は平気なように見えたけれど。本当は違ったのかもしれない。
「何も謝ることは……」
「でも、痛かったのでしょう!?」
 私は自分でも予想しなかったくらい強く言っていた。こんな物言いをするのはいつ以来だろう。それが思い出せないくらい久々のことだ。
 武田は目を大きく開き、動揺したような顔をしている。さすがに驚いたようである。
「あ……ごめんなさい!失礼なこと言ってしまってすみません」
 慌てて謝ると、彼は頬を緩めた。
「その方がしっくりくるな」
 武田のこんな柔らかな笑みを見るのは初めてだ。厳しい印象の顔に浮かぶ笑みはどことなく子どものようで、想像を軽く越える可愛らしい雰囲気だった。
 それと同時に、私の中で何かが変わった気がする。
 私にとって武田は特別な人だった。困った時には助けてくれて、かっこよくて、完璧で。そんなところに憧れていたけれど、「容易に触れてはならない」と自分に言い聞かせてしまっていた。私なんかが気安く近づいてはならない。そんな気がして、常に遠慮がちに接していた。
 しかし、そうではないのだ。
 彼も一人の人間で、こうやって普通に笑うこともある。それを思えば、ほんの少しだが親近感を抱くことができた。
「武田さんは普通にしている私の方がいいと思いますか?」
「そうだな。これは個人的な意見だが、瓶で殴るような沙羅の方が興味深く面白いと思う」
 瓶で殴る……。武田の中の私はそんなキャラクターだったのか。そこはできれば忘れてほしい。
「じゃあ、そうします」
 ありのままの自分を出す。たまにはそれもありかもしれないな、と思った。
 私の本当の気持ちは、武田には伝わっていないだろう。彼のことだ、「エリミナーレの仲間として」くらいにしか考えていないに違いない。
 ——だが、今はまだそれでいい。
 タイムリミットがあるわけではないのだから、何も慌てることはないのだ。嫌われてさえいなければどうとでもなる。積み重ねて少しずつ距離を縮めていくので構わない。
「メンバー同士が良好な関係を保つことはエリミナーレの発展にも繋がる。私もこれからは、親しみを持ってもらえるように努めようと思う」
「そうですね」
 やはり彼はずれている。私が先ほど言った「好き」は、良好な関係などという意味ではない。しかし、敢えて訂正することもないと思うので、私は突っ込まなかった。
 この気持ちが正しく伝わる日はまだ来ない。道のりは険しいことだろう。
 だが、私は簡単に諦めたりしない。いつか必ず彼の心を奪ってみせよう。
 改めてそう決心した夜だった。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.54 )
日時: 2017/12/08 22:36
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: qRt8qnz/)

28話「選考基準が謎」

 結局朝方まで話し込んでいて、十分に眠れず朝を迎えた私は、完全に寝不足だった。気を緩めるとふわっと軽く眠りに落ちそうな気がする。今日一日まともな活動をできるか不安でいっぱいだ。
 そんな私に与えられたのは街の見回りという何とも言えない任務だった。果たしてそれはエリミナーレがする仕事なのか……という、もはやお馴染みの疑問を抱きつつ、私は事務所を出た。
「いやー、今日もよく晴れてるっすね!」
 特に何の用事もなかったナギと二人である。元気いっぱいのナギを見ていると、既に疲れた気分になってきた。気まずさがないだけまだましではあるが。
「そういえば、沙羅ちゃんとちゃんと話すのは初めてっすよね。改めてよろしく!」
「そうですね」
「えっ。何その適当な反応!?」
「適当とかじゃなく、ただ眠たいだけです……」
 ナギが相手だとどうしても適当な反応をしてしまう。どうでもいい故に油断が出てしまうのかもしれない。気をつけなくては。
 それにしても、六宮は今日も平和だ。
 空から差し込む温かな日光。時折頬を撫で髪を揺らす、まだ少しひんやりした春の風
 犯罪なんて絶対になさそうな穏やかさである。
「おはよっ!よく晴れてるっすね!」
 ナギは道行く高齢者たちにいちいち挨拶をする。老人の多いこの地区では特に必要な心がけだとは思う。だが、真面目でない彼がきっちり挨拶をしている光景というのは、どこか違和感を感じるものでもあった。
「にしても、沙羅ちゃんの私服、結構可愛いっすね」
 今日はいつもと違って私服だ。エリミナーレに入ってから、私服での活動は初めてな気がする。
 母が詰めた荷物の中に入っていた赤いワンピースを着てみたが、どうもしっくりこない。デザイン的には好みなのだが、乙女チックになりすぎていないか、少々不安が残る。
「なんとなく変じゃないですか?」
「似合ってる似合ってる」
 女性に対しては褒めるところしか見たことのないナギに、似合っていると言ってもらっても、あまり納得できなかった。私の心にある彼への不信感のせいかもしれない。
「武田さんに見せたらグッと距離が縮まりそうっすね!」
 ——もしそんなことをしたら、エリナに百発ほど雷を落とされるに違いない。
 言い過ぎと思われるかもしれないが、エリナはそういう質の女性だ。タイミング悪くイライラしている時だった日には、百発では済まないだろう。
「そういえば、沙羅ちゃんはもう武田さんに告白したんすか?」
 いきなりの問いに、心臓がバクンと音をたてた。心臓に負担をかけるようなことはあまりしてほしくないのだが。
「してませんよ!」
「え、なんでそんな慌てるんすか?慌ててたら余計に気になるっすよ」
 ナギは興味津々な顔で私を見つめてくる。その瞳は、まだ穢れを知らない若い子どものように、一切の曇りがない。
 あまり考えず勢いに任せて否定してしまったことが、逆に彼の興味をそそってしまったみたいだ。
「でもま、あまり突っ込むのも良くないっすね。そういうのは個人的なことだし」
 ナギは歩きながら空を見上げてそう言った。
 彼の歩くスピードは私のそれよりずっと速い。だから私は、だいぶ頑張って早歩きしないと、あっという間に置いていかれてしまいそうだった。
 そんな中、一つ驚いたことがある。
 私が数分で汗が出るほど速く歩いているにも関わらず、ナギは道を歩く人を決して見逃さないということだった。誰かに出会えば必ず挨拶をし、一言二言話す。しかも大抵名字を覚えていて、名字にさん付けで呼んでいた。
 六宮の中でもエリミナーレ事務所の周辺は過疎気味だ。しかし、それでも既に十人くらいには会った。それだけの数の名字を覚えているナギは凄いと思う。
「知り合いが凄く多いですね」
「え?まぁそうっすね。ここへ来てもう三年くらいになるから、だからかな?」
「もう三年ですか!ナギさんはどうしてエリミナーレに?」
 恋愛という面ではまったく興味が湧かないが、エリミナーレへ入った理由は気になる。彼が敢えてこの道を選んだ理由は何だったのか。もしかしたらナギにも、何かきっかけとなる出来事があったのかもしれない。
「エリミナーレに入った理由?それはただ、担任を見返したかったからっすよ!」
 ナギは明るく笑いながら答えた。様子を見た感じだと、深刻な理由があるわけではなさそうだ。
 だが、わざわざエリミナーレに入ってまで見返したい担任とは、一体どのような担任だったのだろう。それは少し気になる。
「見返すため……ですか?」
「その通りっす!」
 ナギはグッと親指を立て、曇りなくニカッと笑う。
「俺の通ってた高校はレベル低めだったんすけど、高三の時の担任がそれはそれは滅茶苦茶嫌なやつで」
 語り出す彼の顔はとても楽しげだ。「そんなに楽しい話なのか?」という疑問はあるが、取り敢えず大人しく聞いておくことにする。
「俺らのことを毎日、バカだのクソだのって罵ってたんすよ。それでね、ある日その担任が、『お前らはまともに生きていけない』なんてことを言い出した」
「それはちょっと……微妙に失礼ですね」
「だから俺は言ってやったんすよ。もし俺がまともな就職をできたらクラス全員に謝れ、ってね」
 正直意外だ。
 私はナギをただの女好きだと考えていたが、そうでもないのだと知ったから。彼は理不尽に抗う強い心を持っているのだと初めて気づいた。
「で、俺はダメもとでエリミナーレを受けてみた。するとまさかの合格だったってわけで」
「いきなり合格だなんて凄いですね」
「いやー、完全に奇跡っす!まさか通るとはね」
 まさに奇跡である。
 エリミナーレは相変わらず選考基準が謎だ。
「それで?」
「結局その担任は謝ることになったっすよ!クラス中爆笑で、あれはもう最高!」
 ナギは思い出し笑いを始める。数年経っている今でも思い出し笑いをできるくらいだから、よほど面白いことだったに違いない。
 それから数分間、彼はゲラゲラ笑い続けていた。