コメディ・ライト小説(新)
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.68 )
- 日時: 2017/12/19 01:46
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: AtgNBmF5)
34話「反抗と険悪」
緊張しながらリビングへ入る。エリナと話す直前のこの緊張は、いまだに軽くならない。エリミナーレに入ってしばらく経つ。本来なら徐々に慣れてくるはずなのだが……おかしい。
いつもの席に座っているエリナは、口元に余裕のある笑みを湛えていた。
「見回りお疲れ様。相変わらず大変だったわね」
昨夜のことを引きずっている様子はない。エリナも一応大人ということか。正直、意外だ。
「首の傷、ちゃんと手当てしておいた方が良いわよ。女の子なんだから。痕が残ったら嫌でしょ」
ただの気紛れか、あるいは私の深読みしすぎかもしれない。だが、エリナは私を心配してくれている。そんな気がする。
今まではエリナに何か言ってもらえても素直に受け取れなかった。しかし今は、彼女の言葉を純粋に受け取ることができた。なぜかは分からない。考えられる理由があるとすれば、私の心の奥でなんらかの変化が起きた、ということだろうか。
私は笑顔で「お気遣いありがとうございます」と返すことができた。私としては大きな変化だ。
「ねぇ、沙羅」
エリナが続けて口を動かす。
「貴女……どうして武田の上着を羽織っているの?」
し、しまった!
一気に血の気が引いていくのを感じる。
武田に借りたスーツの上着を羽織ったままエリナの前へ出るとは迂闊だった。そういうことに鋭い彼女が気づかないはずがない。
どうしよう、どう答えれば……。
焦りの波が押し寄せてくる、ちょうどその時だった。
「エリナさん。上着を渡したのは私です」
ソファに腰かけている武田が、紫苑の両手をくくりながら、サラリと言ってくれた。彼にしては珍しく、良いタイミングだ。
「あら、そうなの?」
「はい。沙羅が寒いと言うので貸しました」
「……そう」
エリナはどこか気に食わないような表情で適当に返事する。私と武田の話など聞きたくない、といったところか。
しかし、当の武田は、エリナの表情の変化には気づいていないようだった。
人の心という分野において、彼はかなり疎い。今のやり取りを見るだけでも、それを改めて確認することができた。
「防寒のためだけに上着を貸す。そして貴方は怪我をした。そういうことなのね」
エリナは腕組みをして、呆れたように大きな溜め息を漏らす。
「戦う時は脱ぐなって前に言ったじゃない。そんな細いナイフ、上着があれば何の問題もなく防げたはずよ」
「ですが、沙羅が寒いと」
「沙羅はエリミナーレのメンバーなのよ?いつまでも甘やかさないで」
怪しい雲行きになってきた。
エリナはみるみる機嫌が悪くなり、対する武田は眉をひそめる。武田がエリナの前で不快の色を見せるのはとても珍しい。
徐々に私が入れる空気ではなくなってくる。先ほどレイとナギが揉めていた時と同じような、険悪なムードだ。今日はなぜかやたらと険悪になる日である。しかもその元凶が私なのだから、実に複雑な気分だ。
「メンバーだから、というのは放っておく理由にはなりません。メンバーであってもなくても負傷者は負傷者です」
武田が珍しく反抗的な目つきで言ったものだから、エリナは驚いたようだった。いつも指示に従う忠実な男が反抗的な態度をとったのだから、エリナが驚くのも当然といえば当然の反応かもしれない。
「それに、彼女には借りがありますから」
両手をくくった紫苑をソファに座らせて見張りつつ、武田は落ち着いた声色で言い放った。
「……随分味方するじゃない」
「間違いありません。沙羅は味方ですから」
エリナは機嫌悪そうに口を尖らせ、「それは結構」と嫌みを漏らす。そして彼女は私に視線を戻す。
「いつの間にか随分仲良くなったようね」
にっこり微笑まれゾッとした。形だけの笑みであることがまるばれの作り笑顔である。エリナの笑みには裏がありそうでいつも怖いが、今の笑みは特に恐ろしいものだと感じる。
しかし、ここでエリナの不機嫌さに巻き込まれて縮こまっていては、何の成長もない。雰囲気をガラッと変えられるような人間にならなければ、エリナのような人と関わるのは無理だ。
だから私は、いつになく勇気を出して、こちらから話を切り出す。
「あの、一つ聞かせていただいても構いませんか?」
「構わないわ。何?」
彼女の、時折赤く見える茶色い瞳が、私の目を凝視してくる。
心の底まで見透かすような視線——私はこれがとても苦手だ。だが今日は負けない。せっかく一言切り出せたのだ、こんなくらいで畏縮してなるものか。そう言い聞かせ、自分を奮い立たせる。
こんな風に言えば「大袈裟だ」と思われるかもしれないが、私にとってはそれほど大きなこと。ここを越えられるかが成長できるかできないかを分ける、と言っても過言ではない。
「エリナさんがお好きな食べ物は何ですか?」
「……え」
さすがのエリナもキョトンとした顔をする。話にまったくついてこれていない様子。
だが、それが私の狙いなのだ。
微塵も関係のない話題をふることにより、彼女の感情をリセットする。これができるようになれば大きな進歩だ。今回はその実験。だから成功しても失敗しても構わない。
「す、好きな食べ物ですって?そうね……」
そうすんなりいくとは最初から考えていないが、試みは意外にも成功しそうな感じだ。
「すき焼き、とかかしら」
……予想外なのが出た。
プライドの高いエリナのことだから高級料理を挙げると踏んでいた。例えば、フレンチだとかステーキだとか。
しかし彼女が好きなのはすき焼き。
確かにすき焼きはいつの世も変わらぬ人気料理だが——彼女が言うから、かなり衝撃だった。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.69 )
- 日時: 2017/12/19 18:05
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: jWLR8WQp)
35話「初めてのイベント提案」
怪訝な顔をしたエリナは、桜色の長い髪を整えながら尋ねてくる。
「それにしても、好きな食べ物を聞くなんて一体何のつもり?」
日頃あまり話すことのない私が、いきなり無関係なことを尋ねたのだから、困惑されるのも仕方のないことだ。予想外のことが起これば、人間誰でも怪しく思ったり困ったりするものである。
エリナの瞳にじっと見つめられ、既に逃げ出したい衝動に駆られている。だが、今日は絶対に最後まで話すと決めているので、こんなところで終わりにはしない。
負けまい、と私は笑顔を作る。
「では今度、お休みの日にでも、すき焼き食べに行きませんか?エリミナーレ全員で!」
私はこんな性格ではない。それは周知の事実。なので、端から見て不自然な感じになっていないか少々不安だ。
ふざけていると怒られたらどうしよう。そんな暇はないとはっきり断られたら恥ずかしい。
そんなことが次から次へと脳裏に浮かんでくる。だがこれは私の思考の癖にすぎない。つまるところ、気にしたら負けというやつである。
だから私は、勇気を出して、エリナの顔に視線を向ける。すると、口角を上げているエリナの姿が視界に入った。
「それは面白い提案ね」
今度は恐ろしさのない笑みだった。
彼女は急激に不機嫌になるが、その変わり、元に戻るのも早いようだ。気分屋な彼女の機嫌をコントロールするのは一見難しく思える。しかし案外単純な仕組みなのかもしれない。
「懐かしいわね。昔はよく行ったわ、武田と瑞穂と、三人で」
「そうなんですか?」
「えぇ。瑞穂の彼氏と四人だった時は凄く気まずかったりして」
瑞穂に彼氏がいたというのは初耳だ。
「……でも、楽しかったわ。あの頃は」
急に暗い雰囲気になる。
過去を懐かしむエリナの瞳は、どこか哀愁を帯びていた。誰よりも自信家に見える彼女の、寂しげな表情。過去にどんなことがあったのだろう、と考えてしまった。
「……瑞穂。貴女はどうしていなくなってしまったの」
エリナは窓の外に広がる空を眺め、独り言のように呟く。その瞳は、永遠に取り戻すことのできない過去を想う者のそれだった。
見ているこちらまで心をギュッと握られるような感覚。切なくて、彼女を直視できない。
その時、突然武田が立ち上がる。
「エリナさん、その話は止めましょう。過去を思い出してばかりは良くない」
武田に制止されたエリナは素直に「そうね」と返す。私は、「武田自身がその話を聞きたくなかったのかな?」と、不必要に深読みしてしまった。
しかし、彼の制止のおかげで、リビングに漂う暗い雰囲気が徐々に晴れていく。
「失礼しまーっす!」
ちょうどそこへナギが姿を現した。片手を挨拶のように掲げ、軽い足取りでリビングへ入ってくる。真夏の太陽のように強い光を放つ笑顔が眩しい。
それを見て、待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべるエリナ。
「ちょうど良かったわ、ナギ。今すき焼きを食べに行く計画を立てていたところなの」
「マジっすか!?」
ナギは目を見開き、興奮したように叫ぶ。うさぎのようにピョンピョン跳ねながら瞳を輝かせる様は、幼稚園児か小学校低学年くらいの年代の雰囲気だ。
「名案っすね!いつ?いつ?いつ行くんっすか?」
「ナギはお留守番よ」
その言葉を聞いた瞬間、ナギの顔面が硬直する。ある日突然最愛の妻から離婚届けを差し出された男の表情、と説明すれば分かりやすいだろうか。
「そ、そんなぁ……」
ナギはショックのあまり地面に座り込んでしまった。少々大袈裟すぎる気もするが、彼の性格を考えればそれほど違和感はない。
「貴方の迂闊な行動で、武田も沙羅も怪我したのよ。だから、反省の意味も込めて」
エリナは一度言葉を切り、一呼吸おいて続ける。
「紫苑の見張りをしておいてもらうことにするわ」
「見張りっすか?」
「そうよ。みんながすき焼きへ行っている間、貴方はここで紫苑を見張っていてちょうだい」
がっかりして肩を落とすナギを見ると、私はなんとなく可哀想な気がした。しかしエリナはナギががっかりするのを楽しんでいる気がする。
そういえば彼女は、こういう質の女だった。
「沙羅、行くのはいつにする?明日明後日とかなら時間があるわよ」
エリナはすき焼きを食べに行くことに関して積極的だ。好物と言うだけはある。
「えっと……私はどちらでも大丈夫です」
実際に行くことになるとは予想していなかったので、そこまで考えていなかった。まさか、こんなにスムーズに話が進むとは。
「そう。なら明日にしましょう。善は急げ、って言うものね」
エリナはとても楽しそうな表情で、武田に「予約しておいて」と命じる。それに対し彼は淡々とした調子で「調べてみます」と答えた。
「レイとモルにも言うことにするわ。沙羅、二人を呼んできてくれる?」
「は、はい!」
私はすぐにレイとモルテリアを呼びに向かう。
それからエリナはレイとモルテリアに対して、すき焼きイベントの開催を告げる。
レイは突然のことに若干困惑したような表情をしていたが、モルテリアは饅頭をくわえつつ嬉しそうに微笑んでいる。しかし私が提案したと知ると、レイは打って変わって喜びの色を浮かべるのだった。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.70 )
- 日時: 2017/12/20 16:37
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: te9LMWl4)
36話「つまらない悩み」
話が終わると、すぐ解散になった。
紫苑はナギらが暮らす男性部屋へ連れていかれる。その理由は、単に、ナギが見張りの役目となったからだ。
外見性格ともにボーイッシュだとはいえ、女の子である紫苑を男性部屋へ連れていくとは、少しおかしな話だ。しかし既に諦め顔の紫苑は何も言わない。ナギと武田しかいないので間違いは起こらないだろうが、それでも、男性部屋に女の子を入れるというのは「大丈夫なの?」と思ってしまう。
一日中男性部屋にいるのは、さすがの紫苑も嫌に違いない。もっとも、彼女は意見を言えるような立場ではないのだが。
それから私は、レイの仕事を手伝うことにした。
仕事内容は彼女の机に山のように積まれている書類の整理。なんでもモルテリアの分も含まれているとか。どうりで量が多いはずだ。
「ごめんね、沙羅ちゃん。関係ないのに手伝ってもらっちゃって」
「いえいえ」
仕事の範囲は幅広く、自由さが特徴のエリミナーレにも、事務仕事はあるらしい。
「沙羅ちゃんはこういう作業得意なんだね、凄く助かるよ。あたしもこういうのあまり得意じゃないから」
大量の紙を必要なものと不必要なものに分別したり、書類の文章に明らかなミスがないかチェックしたり、単純作業の繰り返し。この程度の仕事なら私にも容易くできる。
レイと協力しつつ作業を続けていると、ほんの一時間くらいで終了した。
「やったー!」
「終わりましたね」
仕事が片付くと妙に嬉しくて、レイと手を合わせる。
「ありがとう!沙羅ちゃん、作業は凄いんだね。驚いたよ!」
作業は、と言われると複雑な気分だ。作業以外は駄目と言われている気がしてくる。彼女に悪気はないだろうし、単に私が悪く受け取りすぎなだけだろう。しかし、どうもすっきりした気分にはなれない。
そんな私の心理を読み取ったのか、レイは慌てて言う。
「あ。ご、ごめんっ。変な意味じゃないよ!作業以外は駄目とか、そういうことを言ってるわけじゃないから!」
フォローになっていない。
だが悪いのはレイではなく、どうしようもない私。だから私には傷つく権利はない。
「いえ、気にしないで下さい。私が作業以外駄目なのは事実ですから」
ちょっとした発言なのにこれほど胸に突き刺さるのは、彼女の言葉が事実だからだろう。本当のことだからこそ痛いのだ。
——私も才能が欲しかった。
贅沢すぎると叱られそうだが、心の底からそう強く思った。
武田やレイのように圧倒的な身体能力を持っていれば。あるいはモルテリアのような料理の腕があれば。何か一つだけでも他者に負けることのない取り柄があれば、もっともっと役に立てるのに。
エリミナーレのメンバーは、誰もが抜きん出た才能や特技を持っている。欠落している部分が一切ないかといえばそうではないが、お互いに弱点を補いあって上手く活動している。しかし私だけは何もなく、完全にお荷物だ。
そんな風に考えれば考えるほど落ち込んでしまう。
「沙羅ちゃん、そんな顔しないで」
「……レイさん」
レイは私の顔を覗き込み、首を傾げる。
「何か悩んでる?」
やはり彼女は私を気にかけてくれる。温かく接してもらえることはとても嬉しいことだ。
だが、その優しさに甘えて、つまらない弱音を吐いていいものかどうか。彼女を巻き込むというのは気が進まない。
「あたしで良ければ付き合うよ?話すだけでも楽になるかもしれないから」
レイは私の手を握る。彼女の凛々しい瞳にじっと見つめられると、「すべて話して楽になりたい」と思ってしまう。
今ここで思いを打ち明ければ、この胸の暗雲は消えてくれるのだろうか。
「……つまらないことでもいいですか?」
躊躇いつつも言ってみる。すると、レイは凛々しい顔に爽やかな笑みを浮かべ、「もちろん!」と返してくれた。
だから私は、心のうちを思いきって言うことにした。
「私、やっぱりエリミナーレに向いていない気がするんです」
レイは戸惑ったようにまばたきを繰り返す。すぐに意味が分からなかったのか、キョトンとした顔になっている。
「どうしてそう思うの?」
「……私は迷惑ばかりかけてしまいます。まともに戦えないし、事件にはやたらと巻き込まれるし」
「そんなことないよ。沙羅ちゃんが入ってから、エリミナーレは良い方向に変わりつつあると思うよ?」
優しい言葉をかけられればかけられるほど複雑な心境になる。素直に「そうなんだ」とは、どうしても思えなかった。
「武田さんにも怪我させてしまって、何と言えばいいか……」
「武田が沙羅ちゃんを庇うのは当たり前のことだよ」
「……でも」
私は言葉を途切れさせてしまう。その先は言えなかった。私の心を表すに相応しい言葉を見つけられなかったのだ。
そんな情けない私を、レイはそっと抱き締めてくれる。
「沙羅ちゃんは心配しすぎだね。そんなに重く考えることはないよ」
私は何とも言えない気分になる。嬉しさと悔しさが混じりあったような気持ちだ。
その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。レイはその音にすぐ気づき「はーい」と応じる。すると扉が開いた。
入ってきたのは武田だ。
「すき焼き屋の予約ができたことを知らせに来た」
武田は相変わらず淡々とした口調で話す。
「そっか。わざわざありがと」
レイは私を見てニコッと笑う。
「沙羅ちゃん、良かったね!」
「……はい」
私は明るく返せなかった。一言返すのが関の山である。
「武田もすき焼きは久々?」
「あぁ。その通り」
「沙羅ちゃんの提案のおかげですき焼きを食べられる。嬉しいね!」
「良い関係を築けるのは、望ましいことだ」
武田は私の方へ視線を移し、一呼吸おいて続ける。
「実に明日が待ち遠しい」
なんだか彼らしくない言葉だけれど、言ってもらえてとても嬉しい気持ちになった。今の一言で直前までの暗い気持ちが半分は消えたような気がする。
「はい。私もです」
私は小さくそう返した。