コメディ・ライト小説(新)
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.76 )
- 日時: 2017/12/23 16:37
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 59tDAuIV)
38話「すき焼き祭」
すき焼き屋へ入ると、私たちは、比較的広いテーブル席へ案内された。いちいち靴を脱いで移動するというのも面倒なので、テーブル席になって良かったと思う。
向かい側の席にはレイとモルテリア。こちら側は武田とエリナが座っている。私はそこにちょこんと座らせてもらう形だ。入れてもらっている感が半端ない。
着席して待つこと数分。材料が運ばれてきた。
重ねられた真っ赤な薄い肉、あまり凝らずに盛りつけられた野菜。人数分の卵はもちろん、割り下と昆布が浮かんだ出し汁もある。
ここからどんな風に作り上げていくのか私にはさっぱり分からない。
「では、早速」
そう言ったのは武田。
彼はいつの間にかマスクと使い捨て手袋を装着している。食品を扱う工場で働く人のようだ。どう考えても今からすき焼きを食べる人のビジュアルではない。
「待ちなさい、武田。その格好は何なの?」
なぜ誰も突っ込まないのだろう……と思っていたら、エリナが鋭く突っ込んだ。すると武田は、眉を寄せ、何を言われているのか分からないといった顔つきになる。
「何かおかしいでしょうか?」
武田はエリナにそう尋ねつつ、速やかに作業を進めていく。
最初は鍋の底面に脂を塗り、ネギや肉を入れた。それから、割り下と出し汁を注ぎ込む。
「あらゆるところがおかしいわよ」
「そうですか?」
「えぇ。せっかくみんなで食べるのに、マスクやら手袋やらしていたら興醒めよ」
「分かりました、外します」
そう言った武田は、エリナの発言の意味をまだ理解しきれていないような表情だ。しかしマスクと手袋はすんなり外す。特にたいしたこだわりはないようである。
「卵の準備、次の注文。進めていって構わない」
武田は作業を続けつつ素早い指示を出す。彼が指揮を執るのは珍しい。新鮮な光景だ。
卵を割るのが怖くモタモタしていると、レイが私の分も割ってくれた。丁寧に溶くところまでしてくれる。「はい!」と爽やかな笑顔で差し出された時には、白身と黄身の区別がつかない状態になっていた。若干大雑把さは否めないものの、文句を言うほどではない。
そもそも卵をまともに割ることすらできなかった私だ。レイの混ぜ方に文句を言う権利はない。
「……レイ上手くなった」
「えっ、ホントに!?」
「……うん。だいぶ均等に混ざってる」
「やった!」
レイを褒めるモルテリアの手元に視線をやる。すると、既に綺麗に溶かれた卵が入っている茶碗が、視界に入った。
「モルは卵溶くの上手なんだよ。苦手だったから習ったんだ。沙羅ちゃんも習えば上手くなれるよ」
「モルさんが上手だなんて少し意外です」
「なんといっても、モルはエリミナーレの料理長だからね!上手なのは当然かも?」
そういえばそうだ。
私はモルテリアが作った焼きそばの美味しさを知っている。あれは感動ものだった。
あの感動は、今でも鮮明に残っている。
一度も埋まることのなかった空白に、パズルのピースがピッタリとはまったような感覚。これこそが私の望んでいた味、と言っても過言ではない仕上がりだった。
「沙羅、できた肉を入れる。茶碗を」
レイとモルテリアに気を取られていると、武田が声をかけてくる。各々が好き勝手に話すので、聞き逃さないようにするのが難しい。
「いきなり私が貰うだなんて申し訳ないです。年上の方から先に……」
「いや、今日は関係ない」
武田はキッパリそう言うと、溶いた卵が入った私の茶碗へ、一枚目の肉を入れてくれた。卵の黄色に割り下の茶色が滲み、見るからに美味しそうだ。
しかし、まだ食べられない。全員の茶碗に食べ物が揃っていないのに、私だけ食べるというのは悪い気がするからである。私はもうしばらく待つことにした。
するとこちらへ目をやった武田は、私がまだ食べていないことに気がついたらしく、口を開く。
「なぜ食べない?」
肉や野菜を鍋から個人の茶碗へ移しながら、不思議そうに私を見てくる。もしかしたら、私が肉を食べずに置いているのを不思議に思ったのかもしれない。
「肉が苦手なのか?」
「い、いえ。みんな揃ってからの方が良いかなと思って……」
「気を遣いすぎるのは良くない。熱いうちに食べることを勧める」
「あ、はい。ありがとうございます」
それでもまだみんなの様子を窺っていると、気づいたレイが笑顔で「食べてもいいんだよ」と言ってくれた。途端に緊張が解ける。レイの凛々しい顔に浮かぶ爽やかな笑みは、私の心をいつも軽くしてくれる。既にもう何度も、彼女に救われた。感謝しなくては。
「よし。これで一周か」
ほんのり甘いような良い香りが漂う。ちょうど全員の茶碗に肉と野菜が揃ったようだった。
「それじゃ、いただくとしましょうか」
「ですね!いただきますっ」
ご機嫌なエリナに続けて、レイも手を合わせる。それからモルテリアも嬉しそうに微笑んで手を合わせた。私は出遅れつつも「いただきます」と言う。
武田は鍋を見張りながらも、注文用のパネルに触れてみている。どんな食材があるのか確認しているのだと思う。
「エリナさん、何か追加しますか」
桜色の長い髪を後ろへ流しながら茶碗の肉をどんどん食べ進んでいるエリナに、武田は真顔で尋ねた。
「そうね……やっぱりお肉がいいわ。三人前くらい追加してしまえば?」
軽い調子で答えるエリナ。
「分かりました。エリナさん用に三人前注文します」
「ちょっと!私が一人で三人前も食べるみたいに言わないでちょうだい!」
「違いましたか」
すれ違いすぎているやり取りを見てレイはクスクス笑っている。私もつられて笑いそうになった。エリナが絡むと不穏な空気になることが多いだけに、今のこの穏やかで楽しい雰囲気は快適だ。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.77 )
- 日時: 2017/12/24 16:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: KXQB7i/G)
39話「いつまでも」
肉、野菜、海老団子に葛切り。定番から少し変わった物まで、色々と追加注文した。
モルテリアが勝手に海老団子十人前を注文したせいで、一時は海老団子鍋のようになってしまった。だが彼女は食べるのも早い。一旦鍋全体を埋め尽くした海老団子は、モルテリアが一人で、あっという間に平らげてしまった。既にたくさん食べていたにも関わらず、だ。
最初に武田から配布された肉を食べ終えた後、私は葛切りばかり食べた。というのも、葛切りが尋常でない美味しさだったのだ。
吸い込む時の滑らかさ、弾力のある歯触り。あっさりした外観とは対照的に、味はしっかり染み込んでいる。エリミナーレの面々にはあまり人気がない感じだが、私に言わせればとても美味しい。
「沙羅ちゃんさっきから葛切りばっかり食べてるね。気に入ったの?」
レイが話を振ってくれる。
「はい。これ美味しいですよ」
「味薄くない?ソースとかかける?」
テーブルの端にひっそり置かれた、恐らく焼き肉用と思われるたれの小瓶を、レイは私に渡そうとした。せっかくバランスの良い甘辛さに仕上がっている葛切りに、焼き肉のたれをかけるとは、恐ろしすぎることだ。
「いえ!大丈夫です!」
あまりに恐ろしく、つい大きな声を出してしまった。
周囲の人たちの視線が私へ集まる。大勢にじっと見つめられるというのは恥ずかしい。私は苦笑いと軽い会釈でごまかす。
「……沙羅」
唐突に口を開いたのはモルテリア。彼女の片側の瞳が、静かにこちらを見つめている。
いきなり何だろう。
「海老団子……食べる?」
どうやらモルテリアは、海老団子を一つ残していたらしい。
「そんな、いいですよ」
遠慮してそう返すと、彼女は悲しそうな顔になる。
「……いらないの?我慢したのに……」
捨てられることになった子犬のような顔をされると、なんだか妙に罪悪感を感じてしまう。断ると悪い気がしてくる。
「あ、じゃあいただきます」
そう答えた瞬間、モルテリアの表情が晴れる。
「あげる……!」
もはや葛切りしか入っていない私の茶碗へ、モルテリアは海老団子を入れてくれた。すき焼きに海老団子というのはやや違和感がある気もするが、案外美味しそうな見た目だ。これはいけるかもしれない、と思わせてくれる。
「海老団子をあげるなんて、モル、沙羅のこと随分気に入っているのね」
「……うん。沙羅は好き……」
エリナの発言に対し子どものような頷くモルテリアは可愛らしい。
片目を隠す長い前髪、視線の定まらないぼんやりした瞳。それに加え、とても無口。漂わせている雰囲気はミステリアスで近寄りがたい。
そんなモルテリアだが、実は可愛らしい少女だということを、私は知っている。
「良かったわね、モル。友達が増えるのは素敵なことだわ」
「……うん」
「沙羅のどこを気に入っているのかしら。ぜひ聞いてみたいわ」
エリナは興味深そうな表情でモルテリアに問う。モルテリアはあまり人を好まない質なのかもしれないな、と薄々思った。
「……優しいところ」
率直に言われると恥ずかしい。優しいところ、だなんて。
そもそも私は優しい人間ではない。子どもじみていて、情けない人間である。もう一度武田に会いたい、などという邪な動機でエリミナーレを志望したような人間だ、優しい人なはずがない。
しかし、モルテリアの純粋な瞳に見つめられながら「優しい」と言われると、まるで本当に優しいかのように錯覚してしまう。
「なるほど、それはある」
それまで黙って鍋の中を動かしていた武田が急に口を挟んできた。
「沙羅は優しい。真っ当な意見だな」
モルテリアはネギを麺のように吸い込みながら応じる。
「……武田が分かってくれるの珍しい。いつも反対言うから……」
「単に嘘をつけない質なだけだ」
「だけだ、って……なんとなく武田みたい……」
「急に話題を変えるな、ややこしい」
モルテリアは音のことを言っているのだろう。唐突すぎて暫しついていけなかったが、言われてみれば似ている気もする。
そういえば、私の沙羅という名前も、「更に」やら「サラッと」やら似た音の言葉が多く、すぐにダジャレのようになってしまう。ふと、そんなどうでもいいことを考えた。
それだけ穏やかな心理状態だったということだろう。
「ところで沙羅、今日はよく食べられたか?」
武田はモルテリアとの話を終え、私に尋ねてくる。
「はい。葛切りをたくさんいただきました」
「肉が少し足りなかっただろうか。まだ今からでも追加することはできるが……どうする?」
妙に気を遣ってくれる。
気配りのできる男というのはこういうことか。
「あ、いえ。もう大丈夫です。それよりも、武田さんはあまり食べてられませんよね。大丈夫なんですか?」
彼はほとんど鍋の世話をしてくれていた。だから、彼が食べているところはほぼ見ていない。
「あぁ、それは問題ない。私は皆が楽しくしているところを見ているのが好きだ」
「結構良い人ですね。なんだか意外です」
「意外なのか……」
彼と隣で話せるなんて夢みたいだ。すき焼き屋という環境のおかげが、今日は自然に言葉が出てくる。
内容はたいしたものではない。しかし、そこがまた良い。どうでもいいことを話せるような関係に憧れていたからだ。
私は内心「いつまでもこんな風に話せたらいいな」と思うのだった。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.78 )
- 日時: 2017/12/25 15:47
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 59tDAuIV)
40話「占い師という言葉」
すき焼き屋を出た頃には、既に日が沈み、辺りは暗くなっていた。
徒歩の場合だと、暗くなると不気味で道を歩くのも怖い。しかし今日は車なので平気だ。みんなで車に乗り、六宮の事務所へ速やかに戻る。
そういえば、帰りの車内でもモルテリアはクッキーを食べていた。全力ですき焼きを食べた後だというのに、速度はまったく落ちていない。サクサクと軽い音を響かせながら、彼女は手持ちのクッキーを食べ続けていた。
私たちが帰った時、ナギと紫苑はリビングにいた。敵同士の二人が一緒にソファに座っている光景を目にすると、不思議な気分になる。
「あ、帰ったんっすね!お帰りなさい!」
みんなが帰ったことに気づくと、ナギは明るい声で迎えてくれた。
「ただいま、ナギ。お留守番ご苦労様」
エリナはすき焼きに参加できなかった可哀想なナギに労いの言葉をかける。
その時、両手を背中側でくくられたままソファに座っていた紫苑が、その紫色の瞳をエリナに向けた。さすがにこの状況で戦うつもりはないだろう。しかし、紫の瞳から放たれる眼光は、明らかに敵に対するものであった。
そんな鋭い眼差しに気づかないエリナではない。彼女は紫苑を睨み、圧力をかけつつ言う。
「何か言いたいことがあるのかしら。特別に聞いてあげてもいいわよ」
エリナは桜色の滑らかな長髪を揺らしながら、いつもの席へ座った。そして、すらりと伸びた足を組み、テーブルに右肘をつく。その体勢のまま、しばらく紫苑を見つめていた。
だが、紫苑が何か言うことはなかった。一分くらいが経過しても、人形のようにじっと黙ったままだ。
「何なのよ。言いたいことがあるなら言えばいいじゃない」
それでも紫苑は口を開こうとはしない。
エリナはやがて不機嫌な顔つきになり、「もういいわ」と吐き捨てるように言った。無表情なうえ無言な紫苑の意図が掴めず苛立ったのだと思われる。
今回ばかりは苛立つのも仕方ない気がした。凝視してくるにもかかわらず、いざ話を聞こうと尋ねると黙る。
これでは、何を言いたいのか何をしたいのか、さっぱり分からない。
「レイ。紫苑をしばらく、貴女の部屋へ連れていってちょうだい」
エリナが落ち着いた口調で指示を出すと、レイはきびきびした声で「はい!」と返事をする。体育系の部活みたいだと少し思った。
ナギから紫苑を渡されたレイは、紫苑と共に自室へと歩いていった。その後を追うように、モルテリアもリビングを出ていく。
広いリビングには、私を含めて四人が残った。私以外は、エリナと武田、そしてナギである。
私がここに残る意味があるのか、という多少の疑問は残る。だが、完全に出遅れたので、今さらレイらの方へ行くことはできそうにない。だから私はこの場所へ残ることにした。もし私が残っていてはならないなら、誰かがそう言うことだろう。
それからというもの、誰も声を発さない時間がしばらく続いた。
お互いの様子を窺うような沈黙——だいぶしてからそれを破ったのはエリナだった。
「ナギ、紫苑からは何か聞き出せたのかしら?成果を聞かせてもらいたいわ」
するとナギはソファから勢いよく立ち上がり、片手の親指をグッと立てて「もちろん!」と言う。表情は晴れやかだ。すき焼きに参加できず落ち込んでいたのが嘘のようである。
これはあくまで推測の域を出ないが、恐らくナギは切り替えが早いタイプなのだろう。
「紫苑ちゃんの好きな色は、やっぱり紫らしいっす!」
いきなり凄まじくどうでもいい情報が公開された。
エリナは呆れ果てた顔をするが何も言わない。ただただ溜め息を漏らすばかりだ。エリナを呆れるところまで行かせるとは、さすがナギ。
「ナギ、ふざけるのは良くない」
しかし武田は流さない。彼は真顔で注意した。
淡々とした声と表情が硬派な雰囲気を漂わせている。例えるなら、決して敵を寄せ付けることのない要塞のような、重厚な雰囲気。
「武田さんはホントに面白くないっすね」
ナギはわざとらしく大きな溜め息をつく。不快感をここまで露骨に出す人も珍しい。
「そんなだから友達増えないんっすよ」
「一言余計だ」
「あ、自覚はあるんすね!」
気まずい空気になる武田とナギを、エリナが「止めなさい」と言い落ち着かせる。彼女が落ち着かせる立場というのはどうもしっくりこない部分が大きい。
「ナギ、さっさと本題に入ってちょうだい。冗談はいいから、紫苑から得た情報を話して」
「あっ。そうっすね」
途端にナギの表情が真面目になる。一瞬にしてモードが切り替わった。
「取り敢えず紫苑と茜について分かったことからでいいっすか?」
「えぇ」
なんだか私だけ場違いな気がする。
「赤ちゃんの頃に親が亡くなって、でも引き取ってくれる身寄りがいなかったんで、占い師のお婆さんに引き取られたらしいっす」
夜特有の冷たい空気がカーテンの下から床を這うように流れてくるのを感じる。春でも日が沈むとまだ肌寒い。
「なんでも、そのお婆さんにエリミナーレを殲滅するように命令されたとかで」
「子どもを使うとは卑怯ね」
エリナが真っ当な発言をしていると違和感がある。
「だから二人は芦途で放火しまくってたらしいっす。俺らを誘き出すのが狙いだったってわけっすね!」
「そう……、それにしても意味が分からないわ。その占い師のお婆さんとやらは、なぜエリミナーレを狙うのかしら」
「一つ考えられるのは、エリミナーレを潰すよう何者かが依頼したということです」
「武田、それは変よ。占い師に頼むことじゃないわ」
それからもしばらく話し合いが続いた。
私が口を挟むタイミングはほとんどなかったが、話を聞いていて密かに一つ気になったことがある。
占い師、という言葉だ。
前に電車で私を誘拐した三条という男性が話した中にも出てきた言葉だった。確か、彼にエリミナーレへの復讐をそそのかしたのが、占い師だった気がする。
もちろん世の中に占い師は星の数いる。だから、本当に偶々の可能性も十分にあるのだ。あり得ないことではない。
しかし、私は、どうしても関係があるような気がしてならなかった。