コメディ・ライト小説(新)

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.107 )
日時: 2021/11/05 08:53
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 6Nc9ZRhz)

 
 第098次元 大地への挑みの洞窟

 ウーヴァンニーフより北東への遠征を命じられたロクアンズとレトヴェールは、鬱蒼と生い茂る森の中をひたすらに歩み進めていた。手がかりといえば方角のみだ。ネゴコランの洞窟と呼ばれている巨大な洞窟を目指している。
 道中のことだった。レトが小走りになってなにかに近づく。ロクがその背中を追うと、彼はしゃがみこんで地面の土を手のひらでぱっぱと払っていた。
 覗きこんで見ているうちにレトは地面の盛り上がった部分から一枚の厚い板を抱え上げた。
 土を被った板の表面には、薄く文字が浮かんで見えた。

「……ネゴコラン。おそらくそう示された標識だ」
「えっ! じゃあ、もうすぐ近くまで来れたのかな?」

 レトは看板を捨て置き、土まみれになった両手をはたいて立ち上がった。

「とはいえ頼りになるのは方角だけだ。……今夜中にはたどり着けないだろうな」

 空を見上げれば、ねずみ色の青にうっすらと橙が混じってた。
 二人はこの夜、草木を敷いてその上で休んだ。時折羽虫が鼻を掠めて起き上がったりなどもした。朝日が顔を出すのは早かった。
 柔軟な身体を生かして、ロクが木のてっぺんまで登る。そうして高いところから洞窟の在り処を捜していた。このあたりではない。あっちのほうに山肌がある。歩いては登り、捜し、を繰り返し、彼女の口からようやく「あ!」という期待の声があがった。

「あそこ! 見える、見える! 洞窟っぽいの見つけたよレト!」

 ロクがまっすぐ指を指した方向へと、2人は道なき道を突き進みながら向かっていった。
 
 ついに発見したその洞窟は、崖下に大口を開けて2人のことを待ち構えていた。洞窟の入り口の端で朽ちかけた木の看板がかろうじて立っていた。ほとんど掠れてしまっていたが、レトにはその標識に記された文字が「ネゴコラン」と読めた。かつて王族騎士団長を務めていたギルクス家の当主が、入団志願者の度量を試すためにその洞窟に挑ませていたという。件の洞窟はここで間違いないのだろう。

「ひや~……。おっきいね。これがネゴコランの洞窟かあ。入ってった人たちがみんな引き返したっていうの、なんなんだろうね?」

 入り口付近から洞窟の奥を眺めてみても、真っ暗でなにも見えない。レトは携帯用の簡易な造りのランプに小さな蝋燭を差し入れて火を灯した。

「入りゃわかる。行くぞ」
「うん!」

 ロクとレトは足並みを揃えて、暗い洞窟の中へと踏み入った。
 洞窟内に入ると、ひんやりとした空気が2人を包み込んだ。
 時折、ぴちゃりと地面を叩く水の音がした。耳のすぐ横を通り抜ける虫の羽音もあった。
 しんと静まり返る洞窟内にはあと、2人の足音だけが響く。

「不気味なくらいに静かだ」
「ねー。にしても寒いなあ」

 袖の上から腕のあたりを擦りながらロクがぼやく。肌に触れる空気が冷たい。
 そよ風が首元を撫でるたびに、ぶるりと身を震わせたくなった。手先もかじかみ、痛みだす。衣服をすり抜けて皮膚が著しく凍っていく。
 寒い。
 ロクは白い息を吐いた。
 
「あれ。急に。なんでこんな」

 ふと、くるぶしのあたりに痛いほど鋭いそよ風が触れて、ロクは思わず足を止める。
 次の瞬間、彼女は叫んでいた。

「なにか来るよっ、レト!」

 間髪入れずに真っ向から吹き荒んできたのは、風だった。ゴオ、と低く唸る吹雪のようなそれに殴打される。
 ロクは左目を細め、のけぞりそうになるのを必死で堪えた。すかさず次元の扉を解錠すると、彼女の身体に纏わりつくようにして電気の糸が熱を帯びる。
 ついでた右腕に高圧の電気が走る。

「レト下がってて! 六元解錠──、雷砲!」

 撃ち放たれた雷塊は、巨大な冷風と衝突する。熱と力で切り裂ける。そう確信していたのはほんの束の間だった。
 風が止まない。ロクとレトの身体の真横を凄まじい勢いですり抜けていく。だのに風の勢いは留まることを知らず、まるで絶壁のように2人の前に立ちはだかる。
 ぐ、とロクが奥歯を噛みしめたときだった。
 彼女の右腕がぴきりと悲鳴を上げた。"雷皇"によるものではない。次元の力は、主の身体にはほぼ影響を及ぼさない。にも関わらず右腕が激痛に襲われる。
 ノーラとの対戦時に負った傷であることを思い起こさせられる。

「うっ──!」

 腕を引っ込めたなら、2人とも大風にやられ、激しく吹き飛ばされてしまう。だめだ、だめだと言い聞かせた右腕を、そのときだれかが掴む。
 彼女の右側に立っていたのはレトだった。彼は、腰元に提げた鞘から短剣──『双斬』を引き抜いた。

「左で応対しろ!」

 ロクの左腕に電気の糸が這う。右腕を圧迫していた電圧が下がる。彼女は頷く間も惜しんで、左右の出力を切り替えた。
 片手に構えた短剣をレトが大きく振るった。

「四元解錠──十字斬り!!」

 瞬間の出来事だった。

 立ちはだかる風の巨壁に向かって伸びていった砲電と衝撃波の軌道が重なる。
 かちり、とどこからともなく音がした。
 それが2人の頭の中なのか、心の奥なのか、指の先なのか、居所を掴むことはできなかった。
 そして。

「え?」

 レトの振るった双斬の刀身に、電気の糸が宿る。
 それも束の間。発出された電撃と風刃は互いの勢いを喰らい合うことはなく、絡み、膨張した力の塊となって、眼前の障壁を打ち破った。
 狭い洞窟に余波が吹き荒れ、2人は顔を覆った。
 次に顔を上げ、視界を見渡したときには、自然風ではなく激しかったそれが、はたと止んでいた。

「……」
「な……んだ」

 舞った土埃が収まる頃には、2人に襲いかかっていた風の猛威などまるで最初からなかったように、洞窟内は鬱々と、しかし整然と静まり返っていた。
 ロクはゆっくりとした動きで自分の左手を見下ろすと、「ねえ」とレトに声をかけた。

「いまの、なに? なんかこう、……変な言い方だけど、すごくいま、なにかと"繋がった"気がしたんだ」
「……」
「変だよね。それも、レトのことをすごく身近に感じた」
「俺も思った」
「レトも!?」
「最初に次元の扉を開くときに、俺は自分の中でなにかが開く感覚がする。たぶんおまえもそうだと思う。それが、もう"双斬"は開いてるのに……新しくなにかを開く音がした。次元の扉は、ひとつじゃないのか」
「あたしもおんなじ! うーん、なんだったんだろ」
「ともかく。これで道が開けたな」

 ロクは、うん、と返した。
 妙だったのは2人の次元の力に関することだけではない。洞窟を進むごとに増した寒気。それも異常な速度で気温が下がっていた。かと思えば真向から突風が吹き荒び、2人はあえなく吹き飛ばされてしまうところだった。
 次元師でなければ、文字通り返り討ちにあっていただろう。

「あの寒さといい、いまの風といい。自然なものじゃなかったな。次元的な力を感じる」
「ね。"踏み入った者は必ず引き返す"って……。つまりあの風でムリやり洞窟の外まで引き戻されるってことだったのかな」
「ああ。かもな。あれを次元師じゃない普通の人間がどうこうするのは難しい」

 風の開けた洞窟の向こうには小さな光がぼんやりと差している。おそらく出口だろう。そう遠くはない距離だった。2人は光の先を目指して、静まり返った洞窟の中を歩み進めた。

 暖かい陽の光が、さんさんと、木々の隙間から降り注ぐ。
 ようやく空の下へ出た2人は息を飲んだ。出口の周囲を囲う木々は枝の先も見えないほどに高く、また、ほかの草木も花もみなみずみずしく生い茂り、風に揺られてのどかに踊っている。
 わあ、と感嘆の息をもらしたロクが、空高い木々を仰いだ。

「すごい! すっごく高いよ、レト! 空気もなんか、めちゃくちゃおいしい。まるでちがう国に来たみたい」

 レトは、近くの茂みに成っていた一本の木の幹に触れた。それから上を仰いで、あたりを見渡す。
 人の手が入った痕跡がない。また、舗装された道が見当たらない。ここには人の気配を感じないのだ。

「たしかに……見たことのない植物だ。かなり頑丈そうだな。それに、道が舗装されてない」
「う〜ん、完全に未知の領域って感じ! どこに向かえばいいかなあ? 木も高すぎて登れないよ」
「なんでもいい。人や動物が残した痕跡を探すぞ。辿ればいつかどこかには着く」
「いつかどこかには〜!?」

 金色の髪をふわりと揺らして、レトが歩き始めたそのときだった。
 ──たん、と軽い音がした。レトが足を止める。彼の足元に、矢が一本射られていたのだ。
 つられて足を止めたロクが、え、と顔を上げれば。

 高い木の枝の上に、慣れたように腰をかけてこちらに矢じりを向ける──奇妙な鳥面をした何者かがいた。


 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.108 )
日時: 2022/01/11 18:05
名前: りゅ (ID: B7nGYbP1)

金賞受賞おめでとうございます!!(=^・^=)
とても素晴らしいですね!応援しているので
執筆頑張って下さい!( *´艸`)

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.109 )
日時: 2022/01/31 20:20
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)


≫りゅさん
 初めまして!作者の瑚雲です。
 お返事遅くなってしまってすみません、、!
 お祝いのお言葉、とってもうれしいです! ありがとうございますー!
 いま更新が遅くて恐縮ですが、どうかお暇なときにでも覗いていただけるとうれしいです*

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.110 )
日時: 2022/08/29 11:55
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第099次元 不可侵域

 たん、たんたん、と続けざまに、何者かは発矢する。レトヴェールが一歩後退すれば、足のあった位置に矢が突き立った。
 それより先に踏み込んでくるな。そうでも言いたげな、威嚇だ。
 レトは腰元に差してある双斬の柄に手をかけた。

「迎え討つぞ」
「うん!」
「──三元解錠、十字斬り」

 彼が叫び、同時に刀身で宙を払えば、周囲の草木が風に大きく煽られた。
 男はすかさず、強く弓を引き絞った。ぱん、と弾き出せばそれは素直に風の渦に飲み込まれた。が、驚くことに、渦巻く風が易々と霧散した。何者かのもとへ届くまえにするりと解かれてしまったのだ。

 え、とレトが目を見開いていると、何者かは弓の持ち手から手を離した。背負っていた矢籠しこからも腕を抜く。
 がしゃん。弓が、籠が地面に叩きつけられると、身軽にもその場からわざと飛び降りて、足場にしていた太い枝を片手で掴んでぶら下がる。

「次元の扉、発動」

 面の内側からくぐもった声がした。
 ぶら下がったほうの手元に長物が出現した。それは身の丈以上もある棍棒だった。何者かは不自由なその場所からしかけてこようと、肩から腕を引いた。

 (棍棒──……っ!?)

 ──レトは、はっと目を見開く。それからすぐ、身を乗り出していたロクを制するように、彼女の身体の前に腕を伸ばした。

「ロク、一旦止まれ!」
「ええっどっち!?」

 ロクがこけそうな素振りを見せている横で、レトは棍棒の主に向かって叫んだ。

「ルノス! 俺たちはエポールだ! わかるか!」

 そのとき。男の動きがぴたりと止まった。臨戦態勢が、ゆっくりと解かれていく。彼はなんてことない風に片腕だけで身体をさらに浮かせると、元の足場に腰を下ろした。
 男はつけていた鳥面を外す。その内側から覗いたのは、若い男の銀髪と、浮かべられた苦笑いだった。

 「……ありゃ?」

 *

 かろうじて道として機能している道をゆっくりと進んでいく。流れる空気はどこまでものどかで、しかしどこか排他的だった。いくら進んだところでいつまでたっても道らしい道はなく、人を拒むようにさえ感じる。
 かしゃん、かしゃんと、わずかに金属の擦れる音がしていた。ロクはルノス、と呼ばれた男の足元を見てから、顔を上げた。

「ルノス、ありがとう。案内してくれて」
「んー? いいって、いいって。にしてもおまえたちとは思わなかったなあ。この仮面見えづらいんだわ。でもこれが伝統だってうるさくてさあ」
「……なんでこんなところにいる?」

 ルノスはそうレトから指摘されると、笑みを返した。
 すこし休むか、とルノスは進路を変えた。彼のあとについていくと大きな切り株のある、広い場所に出た。切り株や、短く揃えられた草木はどうやら彼が整えたものらしい。
 切り株に腰を掛けたルノスの足元の裾がほんのすこしだけたくし上げられる。そうすれば、木製の肌が垣間見えた。

「おまえたちと別れてからは、ちょうど1年くらいかな」

 ルノス・レヴィンが2年半前、エポール義兄妹の家に訪れたときすでに彼は両脚を失っていた。
 彼が開口一番「此花隊って知ってるか?」と2人に問いかけてきたのが、まだ記憶に新しい。

 飛竜の翼を持った巨大元魔がレイチェル村に出現したと、此花隊の本部から指令を受けて村に駆けつけた青年その人が、ルノスだった。しかし到着したときには元魔は跡形もなく破壊され、そのとき周辺にいたのは、たった3人の少年少女だった。
 彼は確信していた。この中に次元師がいると。そして、それはおそらく一人昏倒していた緑髪の少女である、と。

 そんな緑髪の少女のことを次に思い出したのは、彼が別個体の翼竜の元魔と相対し、激闘の果てに両脚を失ったときだった。元魔を退けたものの歩行不能となった彼は、病床に伏しながら緑髪の少女──ロクアンズのことを想起した。
 そんなとき。警備班班長より呼び出しを受けたルノスは、班員に付き添われながら、此花隊本部へと訪れた。
 呼び出された内容は脱退の辞令だった。
 ルノスは車椅子に腰かけたまま素直に頭を垂れた。両脚を失った戦士に居場所などなかったのだった。

 そうして軽くなった身の上で義足を手にし、真っ先にエポール義兄妹の家門を叩いたルノスだったが、エアリスを喪って途方に暮れていた2人にとってそれは願ってもいない提案だった。
 そもそもレトとロクは、此花隊に入隊することを志願していた。
 が、とはいえ突然訪問してきた謎の男の言葉においそれと首肯するほど子どもでもない。真っ先にレトが怪訝の目を向けた。

『なんだ、おまえ。いきなり。名前を名乗れ』
『まあそんな威嚇しないでよ。な? 俺はルノス・レヴィン。次元研究機関の此花隊で警備班をしてた』
『してた?』
『脱退したんだ。脚がなくなっちまったもんで』

 ルノスが片方の足の裾をたくし上げると、レトもロクも驚いて黙り込んだ。

『俺も次元師だ。だから会いにきたんだよ、お嬢ちゃん。俺の代わりとか言うつもりはぜんぜんないんだけど、興味あったらど?』

 レトヴェールもじつは次元師であったことを彼が知ったときにはたまげてひっくり返りそうになっていたものだが、とにもかくにも、エポール義兄妹と元此花隊隊員の次元師ルノス・レヴィンはこうして再会を果たした。

 ルノスが、エポール義兄妹を此花隊に送り出すまでの1年半ほどの時間になにをしていたかというと、彼の自宅で次元の力の扱い方を2人に教唆していた。次元の力の質が異なるとはいえ扱っている大元のものは、元力にほかならない。それはどの次元師にも共通している。ゆえにルノスは、基礎知識に習得に重きを置きつつ、たまの実践まで幅広く2人に指南していたのだ。
 つまるところ次元師としてのエポール義兄妹の基礎はルノスが叩き上げたものだったのだ。

「しっかし驚いたな~。まさかネゴコランを抜けてくるとはな。成長が見れてカンシンカンシン」
「さっきの質問に答えてくれ。ふらっと俺たちの前に現れたかと思えばふらっといなくなって。挙句こんなところにいるにも理由があるんだろ」
「あ~ね。観光?」
「は?」
「悪かったって。そんな睨むなよ」

 変わんないねえ、とルノスはレトの眉間のしわを指さしてけたけたと笑った。

「なあレト、俺がお前たちの面倒を見るようになって、いちばん驚いたことはなんだと思う?」
「俺が次元師だったことか」
「あー、それもそうだったなあ。たまげた。でもそれ以上に衝撃だったのは、レト、お前が古語を読めると知ったときだよ」

 ルノスは手に持っていた鳥面を上下に揺らし、その内側をこつこつと、骨ばった拳で叩いた。奇妙な鳥の貌をしたその面を見下ろした。

「だから俺はあの村を目指した。この国で唯一、他部族との交わりの一切を絶ち、200年の時を経たかの村は幻だとも囃されたが、実在していた。ノーラ村。あの場所に現代の言語は通用していない。だがお前が幼少の時分に古語を学び習得を果たしたのなら、戦士として死に爆ぜた俺にも、まだ呼吸をする意味があるとみた」

 ルノスは腰を持ち上げた。鳥面を頭に軽く被って、ふうと息を吐いた。レトとロクの顔を見やると、彼はさて、と矢籠を肩に担いだ。

「もうひと踏ん張りだ」

 鳥の鳴き声も、水の流れる音も、この山を取り巻く環境そのものが澄んでいるのだと実感するのは遅くなかった。麓とは一切の交わりを絶った土地。その全貌に触れたのは、森がだんだんと深まり、日の傾きがわからなるほどあたりが木々に覆われ、暗くなり始めてからだった。
 前を歩いていたルノスが足を止めた。続くようにしてロクもレトもその場で立ち止まった。木で作られた細いアーチ状の門が構えているのが見える。しかしまだそれはすこし遠くにある。近づかないのかと、ロクが訝しむように首を傾げると、ルノスは鳥面をつけた。

「さあて。あんまりはしゃぐなよ、お前ら。ここが天地を司る神族【NAURE】を信仰する村。それから大事なことがもうひとつ。絶対に村人には見つかるなよ」


 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.111 )
日時: 2022/03/12 23:18
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 第100次元 神を信仰する村
 
 ルノスは、鳥面の突起部分──嘴の形になっている──の前で人差し指を立てた。
 彼が言うことには、ノーラ村の人間は非常に排他的で、人影を目にするや否や話も聞かずに槍や矢などを投げては威嚇をするのだという。ただの威嚇に済めばいいのだが、こんな話もあったそうだ。森の中で迷子になった村の青年が数日後、村の近くまで戻ってくると、その姿を見かけた警備役の村人が槍を投擲し青年を殺害した。警備役の村人は咎められなかったらしい。それほどまでに異常な警戒態勢と徹底した隔絶を望んでいる。
 しかしそこまでは想像に難くない。
 ルノス、ロクアンズ、レトヴェールの3人は連携して一旦解散した。ルノスが村の正面から入っていくのを確認してから、2人は村の周囲を大回りをして、ルノスが事前に教えてくれた抜け道を利用して村の中へと踏み入った。視界の悪い中ではあったが、村の中にぽつぽつと、鳥の彫像が置かれているのが目に入った。神族ノーラを模して建てられているのだろう。
 
 よそ者であるのにルノスに居住が与えられている理由を、レトが訊ねてみた。彼は次元師であることを笠に着て、警備として雇ってくれと身振り手振りで懇願したらしい。村人たちがそれを承諾したのはおそらく、投擲された槍を持ち前の身のこなしでいなしてみせたからだろう、とほかでもなくルノスが自身の鼻を高くした。
 居住、といっても都市部より贅沢な施設は、この村にはなかった。木材でそれとなく家宅の形を成しているだけの倉庫に近い。奥まった空間はないし、一間だけに生活に必要なものが揃っている。見れば天井からハンモックが釣り下がっている。床の上がほとんど家具や本、武器類などで占められているのだから寝床が宙になるのは頷けた。
 物音立てないようにロクとレトが静かにしていると、人数分のお茶を淹れ終えたルノスが2人に向き直る。

 「んで、なんの用だっけ? 本がどうとか?」

 ここに訪れるまでの山中でルノスには、2人がノーラ村を目指していた理由を話した。ノーラ村の言語が読める人間を探している、と。
 しかしルノスと出会えたことは、これ以上なく好都合だった。ここで住まう彼なら村の言語の理解はもちろん、メルギースの言葉に翻訳もしてくれるだろうと期待していた。
 だが、本をめくり始めたルノスの顔色が明るくなることなかった。それどころかだんだんと難色を示していく。

「……ン~~。こいつは研究者ね。いや、難しいよ。読めるところがないこたないけど……。専門用語はさすがにサッパリだし、独特なんだよね、ここのヤツらの文字って。人によって癖があるのよ。ちっと、時間くれない?」

 淹れたお茶に手をつけることなく、ルノスは2人に苦笑いをした。ロクはかぶりを振って応えた。

「いーよ。難しいもんね。協力してくれてありがとう」
「悪いな。ちょっと資料庫のような場所があってさ、そっちに向かってみる。おまえたちはここでくつろぐなり自由に過ごしといて」
 
 そう言うとルノスは立ち上がって、「くれぐれも物音立てるなよ」と最後に一言釘を刺してから、義兄妹を残して家を出ていく。
 ロクはそろりと湯呑に手を伸ばし、できるだけズズと吸い上げないように気をつけて飲みながら、レトに訊ねた。

「どうする? レト」
「どうするもなにも、いまはルノスだけが頼りだ。なにひとつ成果をもって帰らないとなると、またコルド副班になにを言われるかわからない」
「だよねえ……。あーあ、ここまで来るの大変だったのにな」

 かたん、とそのとき音が鳴った。見れば扉のほうからだ。素早く振り向いたのと同時、扉の奥に人影が立っているのが見えた。
 ルノスではなかった。細い輪郭をした、少女だ。ロクもレトも驚愕のあまり目を見開いたまま硬直した。
 扉の奥から現れた少女は乳白色の長髪をしており、陶器の照り返しのような薄い光を放つ瞳でじっと義兄妹を見つめた。

「ごめんっ。ええっと」
「ばか」
「あ」

 ロクが慌てて口元を両手で覆った。緊張が走る。少女の出方を伺いながら、警戒していると、彼女は薄い唇を開いた。

「言わない。この村。人には」

 驚くことに、少女の口から発せられたのはメルギース語であった。発音も怪しく、かなり片言ではあるものの、単語を前後させれば、意味は通る。
 "この村の人には言わない"。

「あたしたちの言葉、わかるの……? 君は?」

 ロクは普段よりもゆっくりとした口調で言葉を投げた。レトは固唾を飲んで見守る。

「メルギース。わかる。わたし。教えた人、いる」
「……ルノス?」
「ハルシオ」

 ハルシオ。正しく聞き取れたそれから2人が連想したのは、ハルシオ・カーデンだ。研究部班の班長に就く男で、たびたび研究棟を空けているという、謎の多い研究者。
 なぜこの村に──? 
 いかようにして──? 
 さまざまな疑問が2人の脳内を駆け巡った。本当か、とロクが問うよりも先に、扉の奥から靴擦れの音がした。

「……! ニカ」

 慌てて入ってきたルノスが目を見開いて、乳白の少女の名を呼んだ。それからよく聞き取れない言語で一言二言、2人が交わし合うと、ニカは義兄妹には目もくれずに立ち去った。
 扉を後ろ手で閉めながら、ルノスは長いため息をついた。
 
「悪い悪い。すぐ戻るつもりだったし、俺の家になんてだれもこないから、油断してた。ニカのやつ、妙に鋭いのよ。なにか気配でも感じて来たのかもな」
「そうだったんだ。でもど、どうしよう、バレちゃったよ、ルノス」
「大丈夫だ。おそらくニカはなにも言わないよ」
「そうなの?」
「勘」
「勘~?」
「何事もなけりゃ、べつにいいけど……」

 一息ついたルノスが、思い出したように「そんなことより」と切り出した。ナダマンの本を片手に提げ、彼は義兄妹の目の前に腰を下ろす。

「一部だけだけど、読めた。この本はどうやら日誌らしい」
「日誌?」
「研究日誌、いや観察日誌に近い。日数と、会話のような内容と、登場人物が2人。1人はこの本の持ち主だったナダマン・マリーンだな。もう1人は…………。や、もう1体は、──ノーラ。信じられないけど。鳥のようだと描写がたまに出てきて、どうやらそのノーラの観察記録みたいだ」
「観察……? ノーラを?」

 ロクが首を傾げる。これにはレトも顔をしかめた。大書物館の奥のあの金庫で、ノーラの観察が行われていたとは不思議だ。ノーラがそれを許したのか、なにかやり取りがあったに違いないが、具体的な内容は読み取れない、とルノスは断りを入れた。

「ホントかウソかはさておき、解読していくうちに気になる文脈を見つけた。正しい翻訳かもわからないけど、そう読めたんだ。落ち着いて聞いてくれ」
「なに? なんでも聞くよ」
「"神族は呪いを解かれると、心臓を得る"……って」

 言いながらも驚いているルノスの目の前では、義兄妹が静かに、確信を得ていた。
 なにを隠そうノーラ自身が、死に際に放った言葉がそれだった。ノーラはナダマンにも教授していたのだ。
 2人が口を挟む間を見計っていると、そんなことをつゆも知らないルノスは続けた。

「非常に気になったのはこの一文だ。神族は呪いのようなものを扱うと噂があるが、本当なのか? そのかけた呪いを解かれたとき、つまりは"成立しなかった"とき……神は心臓を得るとされる、と記述がある。本当であれば大きな進展だ。神に心臓を獲得させればいい」
「その話だけど」

 ようやくレトが会話に切り口を入れた。間髪を入れまいと、彼は言葉を続ける。

「ノーラがウーヴァンニーフの地で顕現した。つい先日のことだ。それから、破壊した。」

 はたと、ルノスの動きが止まった。信じられないものを見る目でレトの顔を見、そしてロクの顔を見た。
 沈黙がしばらく続くと、ルノスは小さく口を開き、それから矢継ぎ早に言った。

「破壊した……? ノーラを、神族を、どうやって。どうしたら殺したことになる」
「……あったんだ、心臓が。さながら結晶みたいだった。赤いそれが砕けて落ちたときに、元魔を破壊したときとおなじ黒い砂になって、跡形もなく消えた」

 唖然とした表情で、ただし思考を巡らせながら、ルノスは顎に手をやった。

「おまえたちがやったのか、まさか?」
「いいや。その場にはいたけど、実際にはコルド・ヘイナーっていう戦闘部班の副班長が……」
「コルド?」

 ルノスが眉をしかめて繰り返した。反応からして知り合いなのだろう。しばらく視線を適当に巡らせたあと、「ああ」とルノスは声を上げた。

「あいつか。なっつかしい名前。警備班んとき、ちょくちょく現場被ってさ。……そういえば、新しい部班ができたとかどうとか、あいつが引き抜かれたとか、そんな話があったっけ。どこのボンボンなんだかすうごいお堅いよなあいつ。とにかく不器用だしおもしろみもゼロの男だったけど、たしかに、実力は俺と張ってた」

 心做しか"ゼロ"を強調をしていたような。仲が悪かったのだろうか。しかしルノスの表情からしてそうでもないらしい。言葉尻には真剣な目をして、感嘆の息を漏らしていた。

「あのコルドがねえ……。……しかし、そうか、ノーラ……。……いなくなったんだな……この世から」
「うん……たぶん。この村の人たち、大丈夫かな?」
「いまは、問題ないだろ。あいにくと俗世の情報はここには一切届かない。俺が話すか、外部から不用意に持ち込まれない限り明かされない。とはいえ時間の問題かもしれないけど……」

 夜の冷たい風が義兄妹の頬を撫でた。家の中とはいえ、ここも充分な素材で設計されていない。刺すような痛みに肌が粟立って、ロクは身震いした。

「おまえたち、ここで休んでいっていいけど、日が昇るまでには適当に出ろ。長居はしないほうがいい。出るときに声もかけなくていい。わかったな」
「うん」
「わかった」

 2人が並んで頷いたのを見て、ルノスはふっと笑みをこぼした。
 それから簡単な、とても豪勢とは言い難い、味の薄いスープのようなものと硬い干し肉を振る舞って、一年越しの晩餐と洒落こんだ。会話の間際にルノスは、気分の良さそうな調子でこのように言っていた。

「コルドによろしく言っといてくれ。流浪の天才次元師は絶賛自分磨き中だってな」

 帰還するまでにはたして覚えていられるだろうか。持ち帰ったとしても、推察にすぎないが、コルドが眉を顰めてため息をつくまでが目に浮かんだ。
 
 約束した通りロクとレトは、日が昇る前に目を覚ました。それから一宿一飯の恩人にはなにも告げずに、村をあとにした。
 薄い霧のような、靄のような、視界がうんと悪い中、来た道を正しく戻っていく。
 
 ネゴコランの洞窟を抜けるとき、風は一迅とも吹かなかった。抜けた先の麓の匂いがなんとなくこもっているように感じた。メルギースの匂いだ、とロクは独りごちたあと、すこし笑った。あの村もメルギースの一部であるのに、そのはずなのにだ。

「まだ行ったことないとこ、たくさんあるね。ぜんぶ行ってみたいよ」

 メルギースの匂いが2人の鼻腔を抜けて、身体に満ちれば、それからエントリアに下るまでの足取りは、軽くなっていた。



 本部に帰還する道中でのこと。レトは思い出したように、「そういえばキールアがカナル街にいる」とロクに教えた。長らく会っていなかった友人の行方──それも生きている──が知れて、ロクは跳ぶように喜んだ。何も告げずにエポール宅から出ていき、探すことも叶わなかったキールア・シーホリーの身をだれよりも案じていたのはロクだ。路線を変更して、カナル街に寄ってから帰還するとした。

 しかし2人は、キールアが世話になっていた薬屋の前で愕然とすることになる。

 ──キールアはある日突然、従業員用の部屋から姿を消したらしい。理由はまったくわからない、と店主は断っていた。