コメディ・ライト小説(新)
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.194 )
- 日時: 2025/10/26 21:11
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
 第二章 「片鱗」
 第176次元 波立つあと
 青い海に浮かぶ大きな船体が、へつほつとして波に漂う。港町のトンターバから出港して半月もすれば、海霧をかぶった大陸が顔を出して、ガネストは甲板から小さな自国を眺望した。
 国花のキッキカの香りが、いよいよ潮に乗って運ばれてくると、二人を乗せた船は港に停泊した。停泊場の兵士に身分を明かすとすぐに、彼らからの連絡はちょうど港に滞在していた領主の息子に通じ、一刻半もすれば装飾の豪華な馬車が手配された。ガネストとルイルは、馬車に乗って王都を目指した。
 
 城内の兵士や、使用人たちの動きに注視してみたが、どこを切り取っても拍子抜けするほどに、一年前と変化がない。とうてい、陛下が倒れたようには思えなかった。訝しみながらも、ライラ第一王女の私室を訪ねれば、彼女は柔和に微笑んで、二人を招き入れた。
 「お入りなさい。ちょうど公務を終えたばかりで、暇ができたから、お茶の時間にしようと思っていたところよ」
 赤の鮮やかな茶に刻んだキッキカの花弁を浮かべた茶器が、屋外の露台へと運ばれてくる。円形の白い茶卓にそれと焼き菓子が並べられると、ライラは、侍女に下がるよう命じた。
 侍女が室内に戻っていくのを見送るライラの横顔に向かって、ガネストは恭しく挨拶をした。
 「あらためてご挨拶申し上げます。ライラ子弟殿下、貴方様の命の下、ルイル第二王女とともに帰還いたしました」
 「無事の帰還、心より喜ばしいわ。道中、ルイルを守ってくれてありがとう、ガネスト」
 顔を上げたガネストの姿を見て、ライラは彼が怪我を負っていることに気がついた。衣服の裾から垣間見える傷跡や手当の形跡はしかし、医師の腕がいいのか、適切な処置がされている。続けてルイルへと視線を流せば、彼女は"次元師"というものの使命のために危険な場所へ飛びこんでいったにしては、不思議なくらいに傷ひとつ負っていなかった。
 此花隊の戦闘部班には身分を明かしただろうから、きっと──ガネストや、現地にいるほかの次元師から優先的に守られただろう。ライラは紅茶に口をつけて、ことり、と茶器を受け皿に戻すと言った。
 「あなたは優秀な側近ね」
 「……恐れながら、ライラ子弟殿下、此度の帰国の命は……」
 「ええ、賢いあなたにならば、隠し立てをしても仕方がないでしょう。陛下の体調がお悪いというのは、嘘ではないのだけれど、重症には至っていないわ。そのように王医からも伝え聞いている。利用するような真似をして、陛下に不敬なのは重々承知の上で、あなたたちには帰国してもらわなければなりませんでした。理由は、わかってくれるでしょう?」
 「どうしても……メルギースの此花隊と距離を置かせたかったのでは」
 ガネストは、なんとなく理由を察していたが、慎重に言葉を選んだ。自らの口から、"神族"ともらすわけにはいかない。かまをかけるようで心苦しかったが、ガネストの心は自国とメルギースとの間で揺れていて、どちらかといえば後者に傾いていたのだった。
 ライラはそれを察してか、一段と凄みを帯びた第一王女の目をして、はっきりと告げた。
 
 「ええ。そうです。メルギース国には、二百年ほど前から神族という恐ろしい存在があるのだそうですね。そして、かつて我が国に訪れた次元師の少女、ロクアンズがその存在に当てはまると知ったの。危険を齎すかもしれない存在が、アルタナ王国の第二王女の傍にあってはなりません。たとえ彼女が、我が国とルーゲンブルムとの確執を解くのに一役買ってくれた人物だとしてもよ」
 「……」
 「なぜ、私がロクアンズについて知っているのか、疑問に思うでしょう。それは、此花隊にもう一人、使者を送ってあるからです。あなたたちには教えていません」
 ガネストはわずかに眉を動かした。ライラとガネストの横顔を交互に見上げるのにルイルは忙しくて、。
 自分さえ知らない使者がだれだったのか、ガネストは此花隊の隊員たちの顔を思い出そうとしてみたが、すぐに諦めた。膨大な数に上ってしまうし、そもそもどの班の所属なのかも絞れない。おそらく、融通の利く援助部班だろうが、あそこは人の入れ替わりも激しい。
 そして顔が知れたところで、第一王女の言葉の前には、なんの意味もなさない。
 「どうか許して。あなたを信用していなかったのではないの。ただ、あなたが第一に姫を守護する使命を違えないよう、信用のおける監視役をつけさせてもらったの。悪く思わないで」
 「理解しました。その者から、ロクさんに関する情報の提供があったというわけですね」
 「ええ」
 ライラは頷くと、一呼吸を置いてから、釘を刺すように言った。
 「此度の帰国の令は、一時的なものではありません。今後あなたたちには、メルギースおよびドルギースへの渡国を禁じます」
 「……」
 「後日、此花隊には正式に書状を送りますから、まずは陛下にご挨拶を。それから各所に顔を出すように」
 「はい。承知致しました。ライラ子弟殿下」
 ガネストが首を垂れて、それを見つめてかたライラは立ち上がろうとした。そのとき、ずっと利口に座っていたルイルが、声を張った。
 「ライラおねえちゃん、あの」
 「ルイル、いまは子帝殿下と呼びなさい」
 咎めるような声色ではなく、あくまでも当たり前のことを教え諭すようにライラは返した。ルイルは、もじもじと手元をいじりながら言う。
 「し……子帝でん、か。ロクちゃんは、悪い神様じゃ……」
 「ルイル。よくお聞きなさい。あなたはこの国の王家の血筋であり、将来重要な器となることが、約束されている。あなたを守るためには、足元の小石ほどの小さな危険でも、遠ざけなくてはならないの。メルギース国でも、そうして周りの人々に守っていただいたでしょう。いまはわからなくとも、いずれ私の言った意味がわかる日がくる。だから我慢をしてほしいの。できるわね? ルイル」
 「……う、うん」
 甘く優しく、くるむようにライラが言い聞かせれば、ルイルの中の妹の部分が、それに身を委ねてしまう。
 姉の言うことやすることはいつだって正しい。彼女が「おいで」と呼ぶほうへついていけば、正しい「王女様」になれる。
 そのはずなのに、ルイルの心はまだ、あの海の向こうの騒がしい組織の中に取り残されていた。
 失踪したロクアンズ・エポールの行方を追って、何十人もの捜索員が派遣されたが、いまだにわずかな足取りも掴めず捜索は難航を極めていた。
 まるで彼女の存在自体が風で、姿も見えなければ行く先にも宛がないような手ごたえのなさが捜索員らを苦しめ、セブンはそろそろ捜索から手を引くべきかと考えていた。
 報告書を眺めていれば、書斎の扉が開かれ、フィラが部屋に入ってくる。
 「失礼します。班長、ご報告をします。警備班の捜索員とともにエントリア周辺を警備、巡回しましたが……依然として、ロクちゃんの姿は、見かけられませんでした。引き続き、捜索を続けます」
 「いいや、君たちはいいよ。そろそろ、引き上げようかと思っていたんだ」
 「え? ロクちゃんの捜索を……ですか?」
 「ああ。彼女は本格的に我々とは意志を違えて、脱隊をしたかったのだろうからね」
 セブンは報告書を机の上に置いて、冷めはじめた紅茶を口に含んだ。
 フィラは、狼狽えた様子で、申し訳なさそうに切り出した。
 「……すみません、あの日、私が目を離さなければ……」
 「謝る必要はないよ。いずれにせよ、彼女と我々の関係は、瓦解し始めていた。交わることは難しい。無論、完全に捜査を打ち切るわけにはいかないから、人員は割くよ。見つかる可能性はかなり低いだろうけどね」
 言いながら、セブンは飲み終えて空になった茶器に、それとはべつの陶器からおかわりを注ぐと、独り言のように続けた。
 「念のためにレトくんにも確認したのだけれどね。彼は私の言いつけ通り、カナラへ向かい、それからレイチェル村に行ってくれただけだった」
 とぷとぷと、透き通った紅茶が注がれて、湯気が立つ。セブンは、レトがレイチェル村でハルエールと落ち合っていた可能性も疑ってみたが、証明できる材料がなかった。
 それにもっと重要な問題が、いまもなお報告書の山の下で下敷きになっているので、セブンはしぶしぶそれを引き抜いた。
 机の引き出しから出してはしまい、出しては机の上に置き去りにしていたそれを、どう扱っていいものか、判断に困っていたのだ。
 「……それよりも、これを、どうしたものかな」
 「それって……」
 フィラが目で追ったそれ──ロクが手がけた歴史の書の表紙を、セブンが指の腹で撫でる。
 彼はまだ表紙だけを見つめていて、中身を読んでいなかった。ロクが失踪してしまってセブンはことさらにこの書物の信憑性を疑っているが、まだ、開く気になれていなかった。
 信じていないのなら、ざっと目を通して、こんなものかと捨ててしまってもよいはずなのにできなかった。
 書物と睨み合っているセブンの横顔に、フィラがなにかを思い出したように声をかけた。
 「そういえば、班長。先日、ここへ戻る道中、研究部班開発班のユーリ副班長と街中で会ったのですが、班長宛にある報告を受けて……」
 「私に?」
 開発班のユーリといえば、研究部班の班長ハルシオに代わって班をまとめているという班長代理の女研究員だ。緊急会議にも出席しており、声をかけたので顔もよく覚えている。
 目をしばたいたセブンに、フィラはユーリから預かった言伝を告げた。
 
