コメディ・ライト小説(新)
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.194 )
- 日時: 2025/12/14 01:56
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第二章 「片鱗」
第176次元 波立つあと
青い海に浮かぶ大きな船体が、へつほつとして波に漂う。エントリアの最西にある港町、トンターバから出港して半月もすれば、海霧をかぶった大陸が顔を出す。
甲板で潮風を顔に浴びながら、ガネストは小さな自国を遠望した。
国花のキッキカの香りが、いよいよ潮に乗って運ばれてくると、二人を乗せた船は港に停泊した。停泊場の兵士に身分を明かすとすぐに、ちょうど港に滞在していた領主の息子に連絡が渡り、ややもすれば大仰に豪華な馬車が手配された。ガネストとルイルは、馬車に揺られながら王都を目指した。
第二王女ルイル・ショーストリアが城に帰還すると、待ちかねたように騎士や使用人たちが一堂に会し、城門からずらりと立ち並んでいた。そんな花道を抜けた先では、騎士団長が恭しく首を垂れており、早速と言わんばかりに二人を案内する。ガネストは、場内の動きに細かく注目してみたが、どこを切り取っても拍子抜けするほどに、一年前と変化がない。とうてい、陛下が倒れたようには思えなかった。訝しみながらも、ライラ第一王女の私室を訪ねれば、彼女は柔和に微笑んで、二人を招き入れた。
「お入りなさい。ちょうど公務を終えたばかりで、暇ができたから、お茶の時間にしようと思っていたところよ」
赤の鮮やかな茶に刻んだキッキカの花弁を浮かべた茶器が、屋外の露台へと運ばれてくる。円形の白い茶卓にそれと焼き菓子が並べられると、ライラは、侍女に下がるよう命じた。
侍女が室内に戻っていくのを見送るライラの横顔に向かって、ガネストは恭しく挨拶をした。
「あらためてご挨拶申し上げます。ライラ子帝殿下、貴方様の命の下、ルイル第二王女とともに帰還いたしました」
「無事の帰還、心より喜ばしいわ。道中、ルイルを守ってくれてありがとう、ガネスト」
顔を上げたガネストの姿を見て、ライラは彼が怪我を負っていることに気がついた。衣服の裾から垣間見える傷跡や手当の形跡はしかし、医師の腕がいいのか、適切な処置がされている。続けてルイルへと視線を流せば、彼女は"次元師"というものの使命のために危険な場所へ飛びこんでいったにしては、不思議なくらいに傷ひとつ負っていなかった。
此花隊の戦闘部班には身分が周知されているだろうから、きっと──ガネストや、現地にいるほかの次元師から優先的に守られただろう。ライラは紅茶に口をつけて、ことり、と茶器を受け皿に戻すと言った。
「あなたは優秀な側近ね」
「……恐れながら、ライラ子帝殿下、此度の帰国の命は……」
「ええ、賢いあなたにならば、隠し立てをしても仕方がないでしょう。陛下の体調がお悪いというのは、嘘ではないのだけれど、重症には至っていないわ。そのように王医からも伝え聞いている。利用するような真似をして、陛下に不敬なのは重々承知の上で、あなたたちには帰国してもらわなければなりませんでした。理由は、わかってくれるでしょう?」
「どうしても……メルギースの此花隊と距離を置かせたかったのでは」
ガネストは、なんとなく理由を察していたが、慎重に言葉を選択した。自らの口から、"神族"ともらすことが、此花隊への裏切りに思えたからだ。かまをかけるようで心苦しかったが、ガネストの心は自国とメルギースとの間で揺れていて、いまはどちらかといえば後者に傾いていた。
ライラはそれを察してか、一段と凄みを帯びた第一王女の目をして、はっきりと告げた。
「ええ。そうです。メルギース国には、二百年ほど前から神族という恐ろしい存在があるのだそうですね。そして、かつて我が国に訪れた次元師の少女、ロクアンズがその存在に当てはまると知ったの。危険を齎すかもしれない存在が、アルタナ王国の第二王女の傍にあってはなりません。たとえ彼女が、我が国とルーゲンブルムとの確執を解くのに一役買ってくれた人物だとしてもよ」
「……」
「なぜ、私がロクアンズについて知っているのか、疑問に思うでしょう。それは、此花隊にもう一人、使者を送ってあるからです。あなたたちには教えていません」
ガネストはわずかに眉を動かした。ライラとガネストの横顔を交互に見上げるのにルイルは忙しくて、二人の間に静かな火花が散っていることには気づかなかった。
自分さえ知らない使者がだれだったのか、ガネストは此花隊の隊員たちの顔を思い出そうとしてみたが、すぐに諦めた。膨大な数に上ってしまうし、そもそもどの班の所属なのかも絞れない。おそらく、融通の利く援助部班だろうが、あそこは人の入れ替わりも激しい。
そして顔が知れたところで、第一王女の言葉の前では、なんの意味もなさない。
「どうか許して。あなたを信用していなかったのではないの。ただ、あなたが第一に姫を守護する使命を違えないよう、信用のおける監視役をつけさせてもらったの。悪く思わないで」
「理解しました。その者から、ロクさんに関する情報の提供があったというわけですね」
「ええ」
ライラは頷くと、一呼吸を置いてから、釘を刺すように言った。
「此度の帰国の令は、一時的なものではありません。今後あなたたちには、メルギースおよびドルギースへの渡国を禁じます」
「……」
「後日、此花隊には正式に書状を送りますから、まずは陛下にご挨拶を。それから各所に顔を出すように」
「はい。承知致しました。ライラ子帝殿下」
ガネストが首を垂れて、それを見つめてからライラは立ち上がろうとした。そのとき、ずっと利口に座っていたルイルが、声を張った。
「ライラおねえちゃん、あの」
「ルイル、いまは子帝殿下と呼びなさい」
咎めるような声色ではなく、あくまでも当たり前のことを教え諭すようにライラは返した。ルイルは、はっとしてから、もじもじと手元をいじりながら言う。
「し……子帝でん、か。ロクちゃんは、悪い神様じゃ……」
「ルイル。よくお聞きなさい。あなたはこの国の王家の血筋であり、将来重要な器となることが、約束されている。あなたを守るためには、足元の小石ほどの小さな危険でも、遠ざけなくてはならないの。メルギース国でも、そうして周りの人々に守っていただいたでしょう。いまはわからなくとも、いずれ私の言った意味がわかる日がくる。だから我慢をしてほしいの。できるわね? ルイル」
「……う、うん」
甘く優しく、くるむようにライラが言い聞かせれば、ルイルの中の妹の部分が、それに身を委ねてしまう。
姉の言うことやすることはいつだって正しい。彼女が「おいで」と呼ぶほうへついていけば、正しい「王女様」になれる。
そのはずなのに、ルイルの中の「妹ではないほかの部分」はまだ、あの海の向こうの騒がしい組織の中に取り残されていた。
失踪したロクアンズ・エポールの行方を追って、何十人もの捜索員が派遣されたが、いまだにわずかな足取りも掴めず捜索は難航を極めていた。
まるで彼女の存在は風のようで、姿も見えなければ行く先にも宛がないような手ごたえのなさが捜索員らを苦しめ、セブンはそろそろ捜索から手を引くべきかと考えはじめていた。
報告書を眺めていれば、書斎の扉が開かれ、フィラが部屋に入ってくる。
「失礼します。班長、ご報告をします。警備班の捜索員とともにエントリア周辺を警備、巡回しましたが……依然として、ロクちゃんの姿は、見かけられませんでした。引き続き、捜索を続けます」
「いいや、君たちはいいよ。そろそろ、引き上げようかと思っていたんだ」
「え? ロクちゃんの捜索を……ですか?」
「ああ。彼女は本格的に我々とは意志を違えて、脱隊をしたかったのだろうからね」
セブンは報告書を机の上に置いて、冷めはじめた紅茶を口に含んだ。
フィラは、狼狽えた様子で、申し訳なさそうに切り出した。
「……すみません、あの日、私が目を離さなければ……」
「謝る必要はないよ。いずれにせよ、彼女と我々の関係は、瓦解し始めていた。交わることは難しい。無論、完全に捜査を打ち切るわけにはいかないから、人員は割くよ。見つかる可能性はかなり低いだろうけどね」
言いながら、セブンは飲み終えて空になった茶器に、それとはべつの陶器からおかわりを注ぐと、独り言のように続けた。
「念のためにレトくんにも確認したのだけれどね。彼は私の言いつけ通り、カナラへ向かい、それからレイチェル村に行ってくれただけだった」
とぷとぷと、透き通った紅茶が注がれて、湯気が立つ。セブンは、レイチェル村でレトとロクと落ち合っていた可能性も疑ってみたが、証明できる材料がなかった。
それにもっと重要な問題が、いまもなお報告書の山の下で下敷きになっているので、セブンはしぶしぶそれを引き抜いた。
机の引き出しから出してはしまい、出しては机の上に置き去りにしていたそれを、どう扱っていいものか、判断に困っていたのだ。
「……それよりも、これを、どうしたものかな」
「それって……」
フィラが目で追ったそれ──ロクが手がけた歴史の書の表紙を、セブンが指の腹で撫でる。
彼はまだ表紙だけを見つめていて、中身を読んでいなかった。ロクが失踪してしまってセブンはことさらにこの書物の信憑性を疑っているが、まだ、開く気になれていなかった。
信じていないのなら、ざっと目を通して、こんなものかと捨ててしまってもよいはずなのに、まだできなかった。
書物と睨み合っているセブンの横顔に、フィラがなにかを思い出したように声をかけた。
「そういえば、班長。先日、ここへ戻る道中、研究部班開発班のユーリ副班長と街中で会ったのですが、班長宛にある報告を受けて……」
「私に?」
開発班のユーリといえば、研究部班の班長ハルシオに代わって班をまとめているという班長代理の女研究員だ。緊急会議にも出席しており、声をかけたので顔もよく覚えている。
目をしばたいたセブンに、フィラはユーリから預かった言伝を告げた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.195 )
- 日時: 2025/11/19 22:00
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第177次元 燻り
元魔の襲撃があった区域は、順調に復元を進め、もうじき営みを取り戻せるところまできていた。作業場の警備班班員の男たちはあいかわらず、手伝いにやってくるレトヴェールを歓迎しておらず、事あるごとにちょっかいをかけては無視を返されていた。レトは依然として、男たちと口を聞かなかった。
しかし、ロクアンズが失踪したと知るやいなや、彼らはなぜか得意げな顔をし、やっかみや陰口を加速させた。
聞こえていてもレトは無反応を貫いていたのだが、あるとき、男たちとのすれ違いざまに放たれた一言には、我慢ができなかった。
「最初から見るからに人を騙しそうだった。あの神族は。結局、逃げたんだ」
レトは運んでいた資材を地面に放り捨て、拳を握ると、そう言った男の肩を掴んで寄越し、頬を殴った。まったく警戒していなかったところへ拳が飛んできたので男はひっくり返って、路上に積んであった荷物や資材ごと弾け飛んだ。ほかの班員たちは面食らってどよめいたが、それから加勢に入ってくるまで、間はなかった。
あらゆる暴力や罵詈雑言が雨のごとく降ってきたが、レトは、男の襟元を掴んで離さなかった。
騒ぎを聞きつけて現場の支配人がやってくるとようやく事態は収束した。レトに殴られ、怪我をした男たちは作業場の天幕に引きずられ、レトのほうは町の施療院に放りこまれた。
施療院の薬師たちは、レトがやってくると驚き、困惑した。怪我の加減に、ではない。男たちから剥がされてしばらくしてもレトの憤りが一向に鎮まらず、傍に寄っただけで冷気が漂ってくるような、見えない圧力を肌で感じ取ったからだ。薬師たちは彼を遠目にし、困り果てていた。
「すみません、次元師が運ばれてきたと聞いたんですが……」
そこへ、知らせを聞いて飛んできたキールアが入口の戸をくぐり、中へ入ってきた。歩き回っていると、大部屋の隅で憮然と座りこんでいるレトの姿を彼女は見つけた。
傍まで近づいていったが、レトはキールアに気がつかなかった。彼はぼんやりと虚空を見つめていた。
「レトくん……」
声をかけてようやく、レトはキールアの存在に気がついて、反応を示した。顔を上げた彼の目の色はくすんでいて、下の瞼も重たく、見るからにうまく眠れていなさそうだった。返事をしなかったり、ほとんど微動だにしないところを見ると、すっかり気力がないように見える。
彼がいつもの機嫌でないことは、キールアは一目でわかった。肌がひりついて仕方ないこの感覚がするときは、「近づくな」とでも言われているようだった。だから慎重になって、彼の様子を確かめていると、片方の手のひらが異様に赤くなっていた。
(……火傷?)
キールアは、気になってレトの顔色を伺ってみたが、彼は口を開く気力もないのか、だんまりとしていた。
おそるおそる手を伸ばし、キールアはやんわりと彼の手を取った。
院内は、もうだれも、レトのことを気に留めていない。ほかの患者を診るのに忙しくて歩き回る足音が、治療具を手に取る雑音が、大丈夫かと問う声が、耳につくほどにひしめいていた。
結局、二人は一言も交わさないまま、あらかた彼の治療が済むと施療院をあとにした。外はもうすっかり夜になっていた。街灯に照らしだされた歩幅は、ほんのすこしずれていて、キールアは、包帯が巻かれた彼の手が振り子のようにただ前後に揺れているその半歩後ろについていた。
キールアは、レトがどのような任務を渡されているのか詳しくは知らないのだが、此花隊の仮拠点に向かって歩いているところを見ると、彼もまたちょうど帰還するところだったのかもしれない。訊いてもよかったが、訊かなくたって歩いている道筋を考えればわかることだったし、なによりキールアにはほかに訊かなくちゃならないことがあった。
「ロクを……探しに、行ったの?」
──なにかあった、と。そう、レトの顔に書いてあるから、キールアは恐れずに切りこんだのだった。
返答はない。沈黙は肯定かもしれない。けれども、引き下がれず、キールアは歩調をあげて、レトの目の前につかつかとやってくると、足を止めさせた。
「ねえ、レトくん。教えて……! ロクは、ロクは本当に……どこかに行っちゃったの? 嘘、だよね……? 班長たちはきっと、探すふりをして、ロクをどこかに隠して、わたしたちから離そうとしているとかじゃ、ないの? わたし……」
すぐにでも探しに行きたい──キールアは、「ロクアンズが失踪した」と報告されたつい先日のことを思い出して、ふたたび胸が締めつけられるような心地になった。
その日はずっと汗が止まらなくて、ふとしたときに泣きだしてわめいてしまいそうだった。どんな仕事をしたかも、だれと話をしたかも、自分がどんな顔をしていたかももう覚えていない。キールアにとって救いでもあった唯一無二の友人、それがロクだ。せっかく再会をしたのに、隊に歓迎をしてくれたのに、友人としての時間はまともに送れないままに、今度は彼女が姿を消してしまった。
声がだんだんと切羽詰まってきて、彼女が一度言葉を切ると、石のようだったレトの身体が、ようやく動きだした。緩慢に首を回して、包帯を巻いた手を見下ろす。そして、重い口を開いた。
「……いない。たぶん、俺たちは見つけられない」
「どうして……」
「知らねえよ」
木の葉が渦を巻き、そよ風に解かれて、静かに二人の足元を吹き抜ける。木の葉たちはたちまちに、ばらばらになって、夜よりも遠くへ運ばれていく。
ロクとさんざん言葉を交わしてもまだ、レトは、納得がいっていなかった。なにをすれば引き止められたのか。なにを言えば悲しませずに済んだのか。もう遅いのに、繰り返し考えてやまない。彼女と意見が食い違ったときにどうやって話をつけてきたのか、彼女が離れずに飲みこんできてくれたのか、わからなくなってしまった。
「わかった」「ここにいるよ」と、ロクが頷いてくれる夢を毎日のように見る。目が覚めてそのたびに、ただの夢だったと知るのをもうやめたいのに、できない。
頭に浮かんできた彼女の顔を振りほどくみたいに、レトはかぶりを振った。それから、あらためてキールアの目を見て言った。
「お前に言わないといけないことを忘れてた」
「え? なに……?」
「ベルイヴの復活のときにはおそろく、デスニーも俺たちの前に姿を現す」
ロクのことで頭がいっぱいだったキールアは、ベルイヴ、という名前を飲み下すのに時間を使ってしまった。はっと目を瞬き、言葉を返す。
「ロクが言ってた、ベルイヴっていう神族の話……? どうして、デスニーも一緒だって……」
キールアから視線を外して、レトは、周囲を見渡した。閉じた店の看板であったり、吹く風に踊る木の葉だったり、静かに佇む街灯だけが目に入ると、静かに告げた。
「キールア。お前にはもう話したから言っておく。──デスニーの呪いが進行してる。いまはまだ、なんとか動けるけど、そのうち俺は動けなくなる」
大きく目を見開いて、キールアは息を止める。彼女の二つに結わえた髪は、風にさらわれてさらさらと泳ぐのに、彼女の重心は重りのように固まってしまう。
「……」
「あと一年だ。来年の年の暮れまでにデスニーを殺せなかったら、俺は呪いで命を落とす」
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.196 )
- 日時: 2025/11/15 10:49
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第178次元 刻一刻
頭ではわかったつもりでいた。けれど、呪いが進行しているとはっきり言われてしまえば、キールアは言葉にならない焦燥感を覚えた。
呪い、とは──たしか、レトヴェールの母も患っていたという命の期限を決めてしまう呪いだった。神族デスニーがレトにかけたその呪いは、期限が近づけば近づくほど、身体が衰弱していき、ついには命を落とす。キールアは、レトの母であるエアリス・エポールの様子を必死に思い出そうとしていた。記憶の中の彼女はいつも朗らかに笑っていたが、年を追うごとに瘦せ細っていった。キールアの母、カウリアは、エアリスがよくなるようにと薬を処方していたが、結局呪いの力には及ばなかったのか、彼女は亡くなったという。
ちかちかと目を瞬かせたあと、キールアは、声を震わせて言った。
「……それは……わたしが、どれだけ次元の力を使っても、遅らせたりすることが、できないんだよね」
「ああ。おそらくは」
『癒楽』の次元の力でも、治すことや進行を遅らせることはできない──そのはずだ。それができるなら、カウリアがとっくにやっているのだ。次元の力でも治せなかったから、カウリアはひたすらに調薬を続け、あらゆる知識を尽くして、友人を救おうとしたはずだ。
でも、救えなかった。力になれそうな手立ても思いつかない。そのもどかしさに胸を痛めたキールアは、しかし、自分よりもレトのほうがずっと苦しんでいく事実に直面して、つい本心を口走ってしまった。
「それじゃあ……レトくんがこの先、戦いを続けても、続けなくても、日を追うごとに苦しくなるなら、わたし……。た、戦ってほしく、ないよ」
エントリアでの戦いを終えて、首の皮が一枚繋がったような状態で帰ってきたレトはそして、謹慎の処分から解放されたと思えばさっそく隊服を着ていて、腰元には空の鞘をぶら下げている。キールアはそんな彼を見ていて、心配でたまらなかった。この先も彼が戦いを続けていくのなら、きっと心配と安堵を繰り返す。そして呪いが進んでいくにつれて心配のほうが嵩んでいくだろう。ならいっそのこと、彼が自ら危険な場所に身を置こうとするのを、もう止めてしまいたかった。
「キールア、それは」
「ほかの人に任せるじゃ、だめなの……? デスニーを見つけて、だれかに倒してもらって、それを待つじゃいけない? どうしても戦わなくちゃだめかな? ロクもいなくて、レトくんまでいなくなったら、わたし……生きていける自信がないよ……っ」
堰を切ったようにキールアは言って、すぐに、はっと顔をあげた。それから、レトがなにかを言う前に、慌てて続けた。
「あ……ご、ごめんなさい。わたしの、ことじゃなくて……。レトくんのことが……」
「わかってる。だから、そうならないようにもっと真剣にデスニーを探すよ。できるなら俺が奴とけりをつけたいからな。あのままで終わってやる気はない」
「レトくん……」
「あと、いなくなるつもりでもいない。そもそも……」
言いかけて、ふとキールアの目をまっすぐ見てしまったレトは、目を逸らした。そのまま踵を返し、歩き出す。
「いや、なんでもない。はやく帰るぞ。……いや、俺がお前を、呼びつけたようなものだったか」
「ううん」
キールアはふるふると、首を横に振った。もう背中しか見えなかったが、彼の纏う空気は冷たいばかりではなくなっていた。
作業場で援助部班員らともめたことがセブンの耳に届いて、レトの仕事は北の警備一本に絞られた。もとより現場の復興作業はほとんど終わりが見えていて、昨日で任が解かれる予定だったのでちょうど引き上げと重なったとも言える。が、各地の避難所での手伝いまで取り上げられたのは、どこにでも此花隊の隊員が配置されているためだ。セブンは、レトがまた騒ぎを起こさないとは信用しきれなかった。
「行動にはくれぐれも注意をするように」と再三釘を刺したが、レトはうんともすんとも返さず、横柄にも黙ってセブンの執務室をあとにした。
そうして執務室を出たあと、レトがつかつかと廊下を歩いていると、曲がり角からぬっと影が飛び出してきた。咄嗟が利かず、レトはその人影とぶつかってしまった。
自分よりも随分と背が高い影とぶつかったので、男だろうと思い顔をあげたレトは、目の前でおろおろしているその人物を見て目を丸くした。
背中を丸めて、心配そうにこちらを覗きこんでいたのは、真新しいめの黒い隊服を身に纏った女だった。
「す、す、すみません……! あのあの、ええと、どどどこかお怪我などは……!」
「してない」
きっぱりとレトが応えると、女は胸を撫でおろし、大げさに安堵をした。
レトは彼女の姿をまじまじと観察した。黒い隊服の着用を義務づけられているのは、副班長、班長、そして隊長補佐のうちいずれかの任を与えられている隊員である。隊長補佐はセブンが下りてから席を空けたままだ。つまり、戦闘部班以外の部班の副班長か班長だろうが、ハルシオ・カーデンを除く全員の班長の顔をレトは知っている。そしてハルシオは男という噂だから、つまりは副班長の者だろう。さらに言えば、援助部班も医療部班も絶賛大忙しでカナラを駆け回っている。こんなときに呑気な足取りで廊下を歩けるのは、実情をよく知らず動きの鈍い研究部班か──、とレトはそこまで考えて、あることに思い至った。
「あんた……研究部班の副班長か?」
「えっえっ、なぜお分かりに?」
「あそこの副班長の顔は全員知ってるが、だいぶ前にまとめて処分されたはずだから、新しい黒の隊服を着ているのは、そこで代替わりがあったからだと思って」
「…………ああっ!」
女はなにかにぴんときたらしく、大きな声をあげた。レトはその声に驚いてびくっと肩を震わせた。
「なんだよ」
「ああ、もしかして、あなたがレトヴェール・エポール様ですか!?」
さらに背中を丸めて、女は興奮した様子で、ずいと顔を寄せた。レトが反射的に身を引いて、ついでに気のほうも引いているのをまるで意に介さず、女は続けて謝罪の言葉を述べた。
「その説は、我々の部班が、ご迷惑をおかけして……」
「俺はべつになにも被ってないけど……」
以前、研究部班の旧副班長らが、次元師増加実験などという怪しい計画を進行し、そのうえさらに闇商人と手を組んだことが、戦闘部班の班員たちの調査によって明らかになった。隊には内密にしてそれを断行した三名の隊員は、責任を問われ政会へと送検された。最たる被害者は、実験によって身体の不自由を余儀なくされた元隊員らと、最後の被験者として手に入るはずもない帰らぬ父の力を渇望し、利用されていた少年ナトニ・マリーンだ。レトはどちらかというと、鼻につく物言いをしていたあの開発班の副班長を義妹が殴り飛ばしたので、それでむしろすかっとしたほうだ。
班長不在のまま副班長らも全員が席を空けてしまい、研究部班の内側は当時、それはもう大変に荒れていたらしい。そして急いで副班長の階位を任命された者のうちの一人が、この背が高く、頬にそばかすを散らした女、ユーリ・ファンオットだった。
ユーリは、暗い印象を受ける顔立ちに得意げな笑みを浮かべて言った。
「ですが、もうご心配には及びませんよ。もうじき、ハルシオ班長が長期の任務から帰ってこられるんです。きっと、我々、新たな副班長一同に、厳しく指導をしてくださるに違いありません」
(ハルシオ……)
優秀な研究者で、実力一つで班長の階位にまで登り詰めたと人づてに聞いているが、本人に放浪癖があるのか、はたまた人付き合いが極端に苦手なのか、なかなか表舞台に出てこない人物としてレトの中では印象づけられている。なぜか、東の森の奥深く、辺境の地にあるノーラ村にまで足を運んだこともあるらしいが──。
レトが黙々と考えはじめたところへ、ユーリが次に言葉を放つ。そのとき、彼の眉がぴくりと動いた。
「神族ハルエールは失踪してしまって、会えなくなってしまったので、彼は残念がりそうですが……」
「……会いたがってたのか?」
「あ……お、おそらく? ですが。ハルエールのことは、伝えなければいけなかったので、ひとまずお手紙でお知らせをしたんです。ああ、もちろん、ハルエールのことは最重要機密ですから、手紙には細工をしましたよ。特別な手法でしか読めないように……。そしたら、珍しく、半月も経たずにお返事がかえってきまして……! すぐにカナラへ向かうと。これはさすがの班長も、神族にはお目にかかりたかっただろうなと、勝手ながら推測を」
ユーリが早口でまくし立てているのを意識半分で聞きながら、レトは、心の内でかぶりを振っていた。反射的に反応してしまったがそもそも次元の力の研究者であれば、それと対成す神族に興味があってもおかしくはないし、研究者という生き物は興味関心で命を動かしているといっても過言ではない。
だから、ロクアンズに関心があるとは言い切れない──。そのはずなのに、どうにもレトは、胸中が落ち着かなかった。
