コメディ・ライト小説(新)
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.2 )
- 日時: 2020/06/26 19:46
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第1章 兄妹
第001次元 緑色の瞳
溢れんばかりの歓声が、会場中に広がった。
「続いての商品は、こちら! 芸術大国の伝説の壺職人が手がけた、世界にたった1つしかない最高峰の作品『アメリオンの壺』! さあさあ! 惜しんでる時間はないぞ! 財ある者は手を挙げろ!」
高い天井に向かって、十何もの手が伸びた。
その手首にはだれもが、ギラギラと輝く装飾品を施している。大きなダイヤからシックで上品なデザインのものまで、指輪ひとつとっても、ここに訪れた招待客たちの身分を推察することは容易だった。
「80万!」
「85万テール!」
「87万だッ!」
「90!」
「92万!」
「きゅうじゅ……いや、100万テールっ!」
その声を最後に、会場は静まり返る。次に名を挙げる者はいない。司会の男は、派手な赤色のジャケットを大袈裟に煽らせると、黒い手袋で包まれた右手を振り上げた。
「100万出ましたァ! 対抗する方は! いない? いませんか? ……いないようです! おめでとうございます! アメリオンの壺を手にしたのは、100万のあなた!」
ふたたび、割れるような歓声が沸く。鼓膜を破くような歓喜が、狂気が、この空間を支配していた。
会場内の喧噪をバックグラウンドに、1人、丸々とした体系の男がワイングラスを弄んだ。
男は2階席で下の様子を伺っていた。
「がっはっは! いいぞ、いいぞ! あんな適当に作った贋作に、100万の値がついたか! どいつもこいつも目は悪いが、羽振りはいい」
男は口を大きく広げて、唾が飛ぶほど豪快に笑っていた。短い丸太のような脚が、もう片方の脚に乗りきらずじつに滑稽な形で男は腰かけに座っている。
男は、ズボンのポケットに手をつっこみ、小さな器具らしきなにかを取り出した。
「ご苦労だったな」
器具越しに声をかけられ、下の階でさきほど司会を務めていた男が、会場の隅のほうで耳元に手を添えた。
『とんでもありませんよ、デーボン様。私はただの司会です。腕のいい職人に作らせた甲斐がありました』
「主催なんてのはラクでいいな。はした金でもバラまけば、下の者どもは勝手に動く。おかげで私たちの懐はあったまるばかりだ」
『ハハ。まったくです』
「引き続き頼むぞ」
『はっ』
デーボン、と呼ばれた男は口元から器具を離した。ポケットにしまうのも忘れて、くくくと厭らし気に笑う。
「……それに今回は……」
男は、ちらりと1階の壇上横に目をやった。ひらひらとはためくカーテンが、扉の役目を果たしている。
そのカーテンの奥はいわゆる舞台裏となっていて、左右と前方に廊下が伸びている。カーテンをくぐり、首を回せばすぐ、廊下にいくつもの部屋が並んでいることがわかるだろう。当然ながら部屋の中には、競売にかける商品が保管してある。
次に壇上へ運ばれてくる商品のことを思うと、男はにやけた口元を隠しきれなかった。
「両眼の色が異なり、珍しいと評判の品が手に入った……っ! しかも女だ。幼いガキ。高値がつかないわけがない! また儲けてしまうとは、困ったものだ! ぶあっはっは!」
「そうか」
ちゃり、と。
丸々とした男の耳元で、銀の擦れる音がした。
「……は」
太い首筋に、"鎖"が添えられている。
突然の事態に驚いた男は、分厚い背筋が急速に凍っていくのを感じ取った。振り返ることができず、前を向いたまま、いつの間にか背後にいたその人物に声を投げかける。
「な……! き、貴様は、いったい」
「主催者のデーボン・ストンハックだな。名作を騙った贋作の数々を巨額の値での売買するという偽証行為。並びに、人身の売買行為。これらは国内では禁じられている。まさか、知らなかったなどとは言わないよな?」
そう淡々と告げたのは、黒髪をきっちりと短く切り揃えた若い男だった。会場内の薄暗さに溶けこむような、真っ黒の衣服を着ていた。ところどころ紅色や白のラインが入っており、まるでどこかの団体の制服のようだった。
まだ青年らしさがすこし残ってはいるが、眉も太く、凛々しい顔つきが10代のそれではない。口調の端々に熱意がこもっている。その若い男が怒気を孕んだ語尾で言い放つと、両手で掴んでいる鎖をぐっと持ちあげた。デーボンの顎が釣り上がる。
「ひぃっ、ゆ、許してくれぇ!」
「それはできない。事が済み次第、お前には政府まで同行してもらうからな」
「せっ、政府……だと!? ……そ、そそ、そんな……。……まさか……」
デーボンの太い首が、かっくりと折れる。同時に、手に握っていた小さな器具が床に落ちた。絶望の色に染まった顔を覗く限り、これ以上抵抗する様子はなさそうだ。
黒髪の若い男は、デーボンの手脚に鎖を巻きつけながら、耳に装着した白い器具に指先を持っていく。
「こちらコルド。主催者の拘束に成功した。あとは任せたぞ」
器具越しにコルドと名乗ったその若い男は、一方的にそう告げた。文字通り背中を丸くしたデーボンが、ぽつりと呟く。
「なぜここが……なぜここだとわかった。こんな何の変哲もない、似たような離島はほかにもたくさん……」
デーボンは信じられないといった風にコルドに問いかけた。コルドはすこし考えてから、ふたたび口を開いた。
「毎年この時期になると、この島で貴族向けのツアーが開催される。その3ヶ月ほど前から、失踪被害が不自然に増加するんだ。被害者は女子どもが多く、さらには珍しい体質や外観を持つ者が多い。そして、この時期を境に被害が急激に減る──だから目をつけたんだ。……だ、そうだ」
「は?」
「うちのガキがな」
──喧騒、歓声、司会のトーク、高らかな歓喜の声、どよめき、拍手。反響する。
1人、幼い少女がステージ横の廊下で立ち尽くしていた。彼女はカーテンの隙間から漏れ出している会場の光や、喧噪を浴びながら、暗い廊下で棒のように立ち尽くしていた。
少女は俯いていた。右は黄金、左は翡翠の美しい双眸でぼんやりと床を見ている。次の"商品"は自分だ。幼いながらに、それだけはなぜかはっきりと理解していた。お金でだれかのモノになる。両手足を縛る鎖からも、笑い声やお金からも、この場所からも逃げだせない。背中が震えて止まないほど、わかっていた。
──だれか。
そんな小さな声を出したところで、あの喧噪にぜんぶ呑みこまれてしまうのに、
「……たすけて」
涙といっしょに、こぼれ落ちた。
「大丈夫だよ」
そのとき、背中になにかが触れた。
重なり、膨らんでいく金の値。激しく湧き上がる歓声。待ち焦がれる眼差し。それらに紛れて、聴こえてきたのは、
もっとも聞きたかった優しい声だ。
「──え?」
声のしたほうへ顔を上げると、もう1人、少女がいた。
その人物は自分に笑いかけているようだった。
それだけではなかった。少女の隣には、少年もいた。胸あたりまである髪を一つに縛っているせいで一瞬女の子かと思ったが、2人がなにかをぼそぼそと話し合っているのを聞くと、口調が男の子らしいとわかった。暗がりでよく見えない。けれども2人の髪色は、自分とおなじで異なっていた。
2人の少年少女が、合図を交わし合う。
「準備はいいな、ロク」
「ばっちりだよ、レト」
強きな幼い声が、わあっと湧き上がる大人げない歓声に呑みこまれた。
「さあさあさあ! お待たせしました! 続いては、本日の大目玉! 美しい栗色の髪……そして、世にも珍しい──両眼の色が異なる少女! 人呼んで『狂彩の一族』の登場だあッ!」
今日一番の歓声が、会場中の空気を叩くように響き渡った。舞台裏に、カーテンの向こう側に、期待の眼差しが一斉に突き刺さる。
しかし、しばらく経っても商品は姿を現さなかった。
「……おい、出てこねえぞ」
「どうなってんだ」
「はやく出しなさいよ!」
「いつまで待たせんだよ!」
そのとき。舞台横のカーテンがさっと開かれた。そこから黒い布を全身に被った、背丈の低い人物がゆっくりとステージに上がってくる。飛び交っていた不平不満が途端に、甲高い歓声へと変わる。
派手なジャケットを着た司会者が、黒い布の端をつかんで高らかに叫んだ。
「それではご覧ください! こちらが、『狂彩の一族』です!」
──バサッと布が剥がされる。だれもが期待を湛えた眼差しで、ステージ上に注目を浴びせていた。
が、しかし。
「……は?」
細い傷跡によって塞がった右目。
対してぱっちりと開かれた、新緑の左目。
踝のあたりまで伸びた若草色の髪が特徴的な、──1人の少女が、んべっと舌を出す。
「ザンネンでしたあっ! ──悪さできるのも、ここまでだよ!」
彼女はしっかりと両足で立ち、勝気な左目で会場を睨んだ。無邪気な子どものように、にっ、と口角を吊り上げる。
栗色の髪ではない。右と左で瞳の色が異なるから希少だという話ではなかったのか。そもそも右目は醜い傷跡で塞がっているではないか。
しばしの間、驚く招待客たちだったが、彼らは途端に顔を真っ赤にして、ステージに向かって怒鳴り散らした。
「なんだ、このガキ!」
「聞いてた商品とちがうじゃない! どうなってるの!?」
「引っこませろ!」
「そうだそうだ!」
「ここは子どものくるとこじゃないのよ!」
罵声が矢継ぎ早に投げられる。しかし、彼女は頑として怯まなかった。
若草色の前髪が揺れる。すこしだけ俯き、ぎゅっと拳を握りしめた。
「子ども子どもって……善悪の区別もつけらんないようなオトナが──」
少女は言いながら、握った右の拳をぐっと後ろへ引いた。
次の瞬間。
──彼女の拳が、"雷"を纏い、眩い光を放った。
「子どもに説教するなあっ!」
勢いよく突き出した少女の掌から、独特の重低音と雷とが飛散する。招待客たちは悲鳴をあげ、ステージ付近から遠ざかった。少女の右腕に、電気の糸が無数に絡まる。招待客たちは、突然雷を生み出したその少女を畏怖するように後ずさりした。
「な……っ、い、いまのって……!」
「ど、どこから、雷なんて……!?」
「──まさか、」
だれかが呟いた。
「ま、まさか、世界にたった100人しかいないと言われている……──"次元師"の1人かッ!」
少女──ロクアンズの若草色の左目が、強気に輝いた。
招待客たちの顔が途端に青ざめていく。声が出せない。もっとも早く踵を返した人物に続くように、数多の足音が一目散に出入口へと向かっていった。
「に、逃げろーッ!」
「なんで次元師がこんなところに!」
「いいから、いいから逃げるんだ!」
悲鳴をあげながら、次々と走り去っていく背中を呼び止めるでもないロクアンズの耳元に、すかさずノイズが走った。
『なにやってんだ、ロク! 招待客は全員捕まえろって指示され』
コルドではない、さきほどまで舞台裏でいっしょにいた少年の声だ。ロクアンズは少年の言葉を遮り、「わかってるよ」と小さく微笑み返す。
「だれが逃がすかあっ!」
ロクアンズは思い切り拳を振り上げた。その腕に稲妻が這う。電気の破片を浴びながら、彼女は叫んだ。
「──二元解錠、"雷撃"ィ!!」
振り上げた拳が、勢いよく床を殴りつける。
その途端。彼女の拳を起点に、電撃が唸りをあげた。フロア一帯に波打つように広がっていく電気が、有象無象の人々の足元を疾風の如く駆け抜ける。瞬間、招待客たちは肌を刺すような痺れに脚を絡めとられた。小さく悲鳴を上げながら、彼らは次々と床の上に倒れこんでいく。
それは、まさしく一瞬の出来事だった。
カーテンの奥から、色の異なった両眼がそっと顔を覗かせた。その持ち主は、目の前の光景にぽかんとした。
会場が、しんと静まり返っていたのだ。
気がおかしくなりそうな歓声も、厭らしい笑い声も、金の値も、なにひとつ聞こえてこない。カーテンの布を押しのけ、自然と会場内に足を踏み入れていた。
「ほら、もう大丈夫だよ!」
元気な声にはっとして、少女の栗色の髪の毛がふわりと靡く。少女に向かって、その人物は優しい笑みを浮かべて立っていた。
「……」
「どうしたの? もう怖いものはなにもないよ」
「……あの……あなたは、いったい……」
さっきだれかが、世界にたった100人しかいない次元師なのだと、叫んでいた。だからそうなのだろうとわかっている。わかってはいるけれども、なぜだか聞かずにはいられなかった。
まるで──
「そ、そうだな~……うーん……」
「……」
「──正義の味方、かなっ!」
ロクアンズはそう言って、明るく笑ってみせた。
そのなんとも子どもらしい無邪気な表情に、思わず見とれてしまっていたときだった。
「こら!」
「あいだっ!」
ロクアンズの頭上に、ポカッと硬い拳が降ってくる。拳を振り下ろした男は、きりっとした真面目な顔で彼女を睨む。デーボンの拘束を終えたコルドが1階まで降りてきたのだ。
「なーにが『正義の味方、かなっ!』だ! おいロクアンズ、これはやりすぎだろう! 招待客全員を焼死させる気か!?」
「だ、大丈夫だよ! ほら見て、みんな気絶してるだけだって!」
「一歩間違えれば大惨事だったと言っているんだ! この大バカ者!」
「ええ~!? ねえちょっとレト、なんとか言ってよ!」
「自業自得」
「は、薄情者っ!」
経過はどうあれ、参加していた招待客の全員が意識を失っているのはコルドたちにとって好都合だった。彼らは会場内にいたすべての人間を拘束し、出入口を封鎖すると、外へ出た。
コルドたちに言い渡されていた仕事はあくまでも今競売の主催者と参加者の拘束だ。彼らの処罰に関しては範囲外のため、以降は政府団体に引き継ぐ形になる。
コルドは、拘束者たちの運搬係が到着するまでの間、競売会場での一連の流れや内情を報告書に収めようと、筆を走らせていた。
「ええと……主催側も含め、今競売会場内にいた総勢78名の参加者の拘束に成功。最小限の被害に留めるべく尽力したものの……。……うっ、すみません、班長……」
紙面に向かってぺこぺこと頭を下げているコルドを横目に、ロクアンズは身体をふらふらさせて暇を持て余していた。そんな彼女の灰色のコートがくっとなにかに引きつられる。彼女は思わず、うぉっと間の抜けた声を上げた。
振り返ると、両眼で異なる色彩が、ロクアンズを見上げていた。
「あの……」
「あっ、もう心配いらないよ! これから故郷まで連れてってあげるからね!」
「……あの、その……──ごめんなさい」
「え?」
栗色の前髪が、そっと下を向く。
「めいわく、かけて……。こんな瞳じゃなかったら、よかったのに……」
「……」
「だから、その」
「あたしといっしょだね」
すこしだけ屈むと、美しくもあどけない両の瞳が、ぱっちりと開かれた。
「……え」
「緑色だ。左の目」
「……」
「こういうときは、笑っていいんだよ!」
少女の頭に手を乗せると、ロクアンズはわしゃっと栗色の髪を撫でた。無邪気な白い歯が、少女の目に焼きついた。
遠くから名前を呼ばれて、振り返った彼女の背中に、――少女は声をかけていた。
「……あの! ──ありがとう、ございました……っ」
閉じられた右目の分まで、大きく見開いた左目が、
緑色の瞳が応えた。
「どういたしましてっ!」
────若草色の長い髪が、夕焼けを滲ませて、ふわりと風にさらわれる。
ひとかけらも曇りのない笑顔で、ロクアンズは大きく手を振った。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】※全話書き直し作業中 ( No.3 )
- 日時: 2020/03/26 22:27
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第002次元 此花隊
ここは、海に囲まれた大国──『メルギース』
青い海に浮かぶ巨大な大陸のうち、"南半分"を占めるこの国はそう呼ばれている。広大な国土は、点在する町村や大自然から成り立っている。
貧富の差も大きくないこの国は比較的住みやすく、他国から移住してくる民も多い。人と技術が溢れかえるこの国はいわゆる、先進国である。ゆえに貿易も盛んに行われている。
活気溢れる街のそばには豊かな自然地帯。国全体を通して、どこの土地もおなじような地域の広がり方をしている。
その代表とも呼べるのが、国内最大の都市、『エントリア』という街である。
エントリアの外ではめったに見られない二階層の家宅、宿屋、数多の研究施設が街の中に立ち並んでいる。
そして、広場のある賑やかな商店街を抜けてすぐのところにも――ある大きな研究施設が、門を構えていた。
「──以上のように、『次元師』と呼ばれる人間は、ほかの人間にはない"異質の力"を有している」
その施設の一階に設置された、講堂。木造の長机が等間隔で並べられている。各長机の下に、椅子が3つも4つも収納されている。本棚なども壁にずらりと並んでいた。グレーを基調とした隊服に身を包み、本を片手に朗々と説いているのは黒髪の男、コルドだった。短く切り揃えられた髪に精悍な顔つき、ハキハキとした口調の端々からも彼の人物像が伺える。
「それゆえこの国では次元師の組織化が原則的に禁止されているが、ここ『総合次元研究機関"此花隊"』に限り、それが認めら……ロクアンズ!」
「ほぇあっ!?」
「講義中にも関わらず、居眠りしていたように見えたが……もちろん、ちゃんと聞いていたんだよな?」
「も、もちろん!」
机にべったりと張りついていた若草色の髪が、勢いよく起き上がった。張りのある白い肌と大きな、左の目。右目は細い傷跡で閉ざされている。
意識半ばながらに、少女――ロクアンズは揚々と言葉を返した。
「そうか。では聞こう。この国で、次元師の組織化が原則的に禁止されているのはなぜだ?」
「? めっちゃ危ないから!」
「……。もっと具体的にだな」
「──メルギース歴516年」
思ってもいなかった方向から声が飛んできた。コルドは反射的に、声のした方を向いた。
教本らしきものに視線を落としたまま、金の髪をした少年が淡々と続ける。
「この年は、『第二次メルドルギース戦争』が完全に停戦になった年だ。このとき同時に、この間の依頼でもあった『人身売買の禁止法』が公布された。そこには、この大陸の"北半島"を占める『ドルギース国』側の軍隊に……枷や鎖を身に纏った次元師たちが交じっていたという背景があった」
「……えーと、」
「次元師たちは家族や恋人を人質にとられて、やむなくドルギース軍として出陣していた。攻め入られたこっち側のメルギース軍も対抗して、メルギース国籍の次元師たちを前線に送った。……そうした途端にだ。途端に戦火が広がった。人智を超えた力のぶつかり合いで、土地も人も大きく被害を受けた。"政会"は、これ以上戦が長引くようであれば近隣の国にも影響が出ると判断して、メルギースとドルギースの代表に書状を送った。政会は両国の間を取り持つ中立の組織だからな。それで停戦が決定した後、軍力として戦争に関わっている次元師たちを保護すると……驚いたことに、ドルギース兵として出陣させられていた次元師たちはみんなメルギース人だったんだ。メルギースの奴隷商人がドルギース国家の重役と秘密裏に取引していたことがそこで発覚した。その一件は世間に大きく取り上げられて、次元師じゃない一般の奴隷たちもこの機に、自分たちの人間としての権利を主張し始めた。世間が奴隷の解放を訴える中、政会の中でしばらく抗議をした結果――『人身売買』ならびに『両国家間に於ける次元師の軍事的活動を禁ずる』……という、国法が定められたわけだ」
「……」
「ほかになんか説明いるか?」
「いや、見事だ、レトヴェール。博識すぎて逆に怖いくらいだ……」
「そうそう! あたしもこれが言いたかったの!」
「お前はだまってなさい」
「コルド副班。ちょっと前から思ってたけど、この講義ってなんの意味があるんだ?」
金髪の少年――レトヴェールが、ようやく顔を上げる。すると、少女のような瞳孔がコルドへと向いた。目鼻立ちの整ったその顔立ちから性別を間違われることも多々あるが、彼はれっきとした少年だ。
少女のように思わせてしまうのには、彼自身が、胸あたりまで伸びた金色の髪を一つに結っているせいもあるだろう。
「あーそれ、たしかに! あたしもレトも、内容ほとんど知ってるよ? 家にあった本とか資料とかに書いてあったし!」
「──『次元の力』……次元師、と呼ばれる人間だけが許された、"異次元の世界から、ある特定の武器や魔法を取り出す力"……。基本的なことは抑えてるし、いまさら学ぶことでもないっていうか」
レトは、視線のすぐ先でなんとなく広げていた本を下ろした。
コルドの持っている教本とおなじ物であるその本には、まったく別物の小さな冊子が挟まれていた。内容は見る限り、小説らしいとわかる。
「……たしかに、次元師であるお前たちに、次元の力の基礎学や歴史を説くのは、余計なお世話だろう」
だが、とコルドは続けた。
「さっきも言ったように、次元師の組織化は国法で禁止されている。それはもちろん大変危険なことで、また戦争の火種となりかねないからだ。俺たち次元師は、ふつうの人間を遥かに凌駕する"力"を持っている。にもかかわらず、ここ此花隊に限りそれが認められたのは、十分な管理体制ができているからなんだ」
「……まあ、ここは研究施設だしな」
「ああ。そして、我々『戦闘部班』の設立にあたって政会から提示された条件の一つに、『所属する次元師に対し、次元の力に関する正確な知識と道徳の心得を十分に説くこと』とある。提示されたからには、この講義の内容も上に報告しなければならない。……お前たちにとっては退屈な時間かもしれないが、どうか我慢してほしいんだ」
「……なるほどな。それじゃあ」
「ん?」
「この前の任務で、"次元師の本来の存在理由外に於ける活動"が許されたのは、政会のやつらにとってこの『戦闘部班』が都合のいい組織になったからなのか」
「……そういうことになるな」
「ふ~ん。つまんないのっ」
「──いやあ、お見事!」
明るい声が飛んでくる。
軽快に手を鳴らしながら、小麦色の髪をした男が3人の近くまで歩み寄ってきた。
コルドはギョッとする。
垂れ目のその男は、愉快そうに笑っている。コルドは手に持っていた教本を机に置くと、慌てて彼のもとに駆け寄った。
「セブン班長! い、いつからこちらに!?」
「やあ、コルド副班長。いつもご苦労。ちょっと前に来たんだけど、おもしろい話が聞こえてきたものだから、ついね」
「ついって……!」
「たった13の少年に、あそこまで言わされてしまうなんてなあ……ククク」
「……面目もございません」
「いや、君を責めているんじゃないんだ。さすがだなと感心してるんだよ──ね、レトヴェール君?」
「……」
セブンは、含みのある笑みでレトをちらりと見た。
それに対してレトがふいっと視線を外すのを、セブンは半ばおもしろがっているようだった。
「ああそうだ。講義中のところ悪いんだけど、ちょっといいかな」
「はい」
「しばらくコルド君を借りることになるから、君たちはもう自由にしていいよ」
「えっほんと!? やったーっ!」
「班長たちはどこ行くんだ?」
「こらロクアンズ、レトヴェール! セブン班長になんて口の利き方を……!」
「まあまあコルド君。やんちゃなのはいいことだよ。というか君はまだ、彼らのことをそんな風に呼んでいるんだね」
「……名前が長いからって、省略してしまうのは……それに愛称というのはこう、親しい人間がですね……」
「気軽にロク、レトって呼んでくれてぜんぜんいいんだけどって、ずっと言ってるんだけどね~」
「そうなのかい? 相変わらず固いんだねえ。堅気なのはいいことだけど、部下と打ち解けるのも仕事のうちだよ」
「……は、はい……肝に銘じておきます。それで班長、話というのは?」
「ああ。……実はまた、――『元魔』による被害報告が、大量に届いてね……」
「……」
レトとロクに背を向けると、2人の男は肩を並べて講堂をあとにした。
すると、椅子から立ち上がろうとするレトの席に、ロクが飛びついた。
「! な、なんだよロク」
「ねえレト、このあと用事ある?」
「え? いや、資料室で本を読もうかなとは思ってたけど……」
「ええー! またレトは……。ちょっとくらい鍛錬場とかに来ればいいのに! そんなんじゃ、どんどん実力引き離しちゃうよ!」
「べつに競ってねえよ」
「むぅ……」
「それじゃ。俺資料室行くから。お前は鍛錬場でもどこでも行ってこいよ」
「あ、待って!」
「なんだよ」
「行くのは鍛錬場じゃなくて……集会所!」
「は?」
きょとんとするレトの腕を掴むなり、ロクは勢いよく駆けだした。
2人はそのまま講堂から退室した。
目指した先は、施設内の2階の一角にある、やや広めの部屋だった。丸いテーブルといくつかの椅子とがセットとなってまばらに設置され、入ってすぐ目につくところにカウンターが構えていた。
カウンター横の壁にかけられた大きなコルクの掲示板には、同じ大きさの紙がいくつも張りつけられている。そのどれにも、『依頼書』と太文字で記述がなされていた。
退屈そうにカウンターに寄りかかっていた女性は入ってきた2人に気がつくと、小さく手を振った。
「モッカさん! こんにちはー!」
「はぁいっこんにちは、2人とも。今日はお連れさんといっしょじゃないのネ」
耳にかかった緩いウェーブの黄土色の髪を掻き上げると、赤い耳飾りが揺れた。
彼女、モッカは眼帯に隠れていない方の赤い瞳でロクの顔を覗きこんだ。
「えへへ。ちょっとね」
「おいロク、お前まさかこれから任務に出ようっていうんじゃないんだろうな」
「ピンポーン!」
「あのなあ……」
「あら。2人だけってことは……うーん。運搬作業か、害獣駆除か……ちょうどイイのあったかしら」
「あ、ううん! 今日はちがうの!」
「へ?」
ロクはカウンターから手を離すと、とととっと掲示板の方に駆け寄った。
そして掲示板を見上げつつ、ふたたびカウンターの方に向き直る。
「──『元魔』の討伐に出たいんだけど、新しい依頼が来てたりしない?」
レトは目を丸くした。ロクの陽気な横顔に言葉を失う。
拍子を抜かれたモッカも、あら、と目をぱちくりさせながら言った。
「え、ええ……たしかに来てるけど……」
「ちょ、ちょっと待てロク! 元魔の討伐は、俺たちだけで行くのはまだだめだって、コルド副班から言われてるだろ!」
「そうだね」
「『そうだね』って……お前、意味わかってんのか?」
「うん。だから──コルド副班には、ナイショで行くんだよ!」
にひっと、ロクは白い歯に指をあてて、悪戯っぽく笑った。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】※全話書き直し作業中 ( No.4 )
- 日時: 2018/09/08 20:56
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: pzCc2yto)
第003次元 対立する
「元魔は、人間を襲う怪物だ。俺たちじゃまだどうにかできる相手じゃねえよ」
レトヴェールは冷たくそう言い放った。
──『元魔』というのは、いまからおよそ200年ほど前に北方の国付近の森で発見されて以来人間の世界で発生し続けている、"異形の化け物"の総称だ。
その実態はいまだに判明されていない。この世界に現存するどの動生物とも似つかず、まさしく化け物と呼ぶにふさわしい外観をしている。生息地も様々であり、人間の前に突然姿を現すことも少なくない。
現段階でわかっているのはその発生時期と、凶暴な性質な持つ元魔には次元師でしか対抗できないこと。
そして、無差別に人間を襲うということだけだった。
「またレトはそうやって……! いまこうしてる間にも、元魔に怯えて暮らしてる人たちがたくさんいるんだよ!?」
「子どもが2人で行ったって大怪我を負うだけだ。聞いてなかったのか? 元魔の被害報告が大量に届いたって」
「聞いてたよ。でも一般人が被害に遭うくらいだったら、あたしが行く! だって次元師だもん! どんなに怪我しようが、やっつければいいんでしょ!」
「っ、ロク!」
「なにさっ!」
「……え、っとぉ……」
モッカは紅を差した頬を掻く。カウンター越しに2人が睨み合う。彼女は口を挟まずにため息をついた。
レトはカウンターから身体を離すと、入ってきた扉に向かって歩きだした。
「……勝手にしろ」
「レト!」
扉を開け広げると、レトはそのまま姿を消してしまった。背中にかけた呼び声が室内の薄暗さに吸いこまれる。ロクアンズはカウンターに凭れかかった。
「レト、いっつもあんな感じ。本ばっか読んでて、不愛想だし冷たいし……──やっぱり、あたしが本当の……」
「ロクちゃん……」
「……あ。ごめんごめん! 落ちこんでたって、しょうがないよね! ……よし!」
「ロクちゃん、もしかして」
「決まってるよ! あたしだけでも行ってくる!」
コルドには内緒にしてくれと、ふたたびロクは口元に指を立てる。モッカはしぶしぶ、1枚の紙をテーブルに置いた。ロクはそれを受け取るなり集会所から出ていった。モッカは、これでよかったのかと小さな背中を見送った。
喧騒を苦手とする彼らしい室内は、静寂と、大量の本とで構成されている。許されているのは本のページをめくる音ただひとつであるのに、レトははっとまばたきをした。
つい数分前と、同じページが開かれている。
「……くそ」
そのとき。背を向けていたほうの壁越しに、なにやら物音が聞こえてきた。がたごそばたばたと、忙しなく狭い室内を動き回っているのだとわかった。
隣の部屋は、ロクの自室だ。レトは壁を凝視する。
「……」
ギィ、バタンという音を合図に、物音は止んだ。
レトは壁から目を離すと、くしゃりと頭を掻いて、本を閉じた。
ただ広い廊下に、足音が反響している。規則的な音の羅列がロクの鼓膜を抜けていく。
ロクの脚は中央玄関へと向かっていた。真上よりすこし傾いた太陽が、総合受付のカウンターに光を差している。
ゴミひとつない廊下をぼんやりと眺めていたロクは、ふいに日差しの方を向いた。
「え」
レトが、本を片手に柱のひとつに凭れかかっていた。
「レト……なんでここに」
「行くんだろ。さっさと終わらせてこないとバレるぞ」
ぱたりと、やわらかく単行本を閉じる。壁に預けていた背中を離すと、レトはそのまま門へ向けて歩きだした。
ロクは慌ててレトについていく。
「レト! ねえ、レトってば!」
「うるせえな」
「ねえなんで? あんなにいやがってたのに」
「……監督不行き届きって言われるのはシャクだから」
「え?」
「見過ごすくらいなら、見損なわれた方がマシだ」
「……」
「んだよ」
「──ううん。なんでもない! ……じゃあそういうことで、張り切っていこーっ!」
「ちょ、おいロク! 声がでかい!」
軽快な足どりで走りだす。2つの影が、並ぶ足音と門をくぐり――飛び出していく。
門の上で羽を休めていた野鳥たちも、晴天を翔けた。
*
「なるほど……これは、警備を強化する必要がありますね」
「ただがむしゃらに人を置けばいいという問題ではない。支部に散り散りになっている次元師に召集をかけようと思っているところだ。遅ればせながら、ね」
「いえ。セブン班長の責任ではありませんよ。この『戦闘部班』という組織の発足も、つい最近認可されたばかりなんですから」
『戦闘部班』――此花隊における、『研究部班』『医療部班』『援助部班』に並ぶ新組織は、事実上次元師のみで構成される武装集団である。
次元師が戦争の火種となることを恐れる政府は、次元師の集団組織化にいい色を示さなかったが、長年の説得によりようやく首肯したのだという。
「そうだね。まったく、隊長には頭が上がらないよ」
「ええ」
「あとは、あの2人に続いて新生隊員が増えてくれることを祈るばかりか……」
「……」
「どうしたんだい? コルド君」
「班長、やはり隊員の募集には年齢制限を設けるべきではないでしょうか」
「年齢制限?」
「ええ。たしかに、戦闘部班が発足してすぐレトヴェールとロクアンズが入ってきてくれたことには感謝しています。次元師として過ごした年月も浅くはないので、実践的な任務にも同行を許可できます。……しかし、不安なのです。あの2人はまだ、10を超えたばかりです。いくら次元師として肝が据わっていても、まだ子どもであることに変わりはありません」
「……」
「あの2人を見ていると、危なっかしくて仕方がないのです。もしもこの先、──生死を分かつような運命に見舞われたらと思うと……」
「大丈夫じゃないかな」
「え?」
「あの2人は、君が思っているより弱くないさ」
*
適当に折りたたまれた依頼書を開く。目撃情報の欄には『フィリチア』と記載されていた。
レトはロクの手元を覗きこむ。
「フィリチアか。案外近いな」
「隣町だね。でもここなら、コルド副班がこないだ巡回に行ってたけど……」
此花隊の次元師は、警備の仕事も務めている。戦闘部班の発足と同時にこの役職に就いたコルド・ヘイナーは、新生隊員のロクとレトを連れて巡回警備に出ているのだが、彼1人で近隣の村町を回ることも少なくない。
「最近なんじゃないか?」
「んー……」
「とにかく行くぞ。時間がない」
「うん、そうだね!」
コルドに黙って隊を出てきている2人に時間の猶予はない。背徳感からつい足早になると、小さな歩幅はぐんぐん目的地へと近づいていった。