コメディ・ライト小説(新)

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.47 )
日時: 2019/09/29 22:35
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: fph0n3nQ)

 
 第044次元 不和

 「初めまして、今日づけで戦闘部班に異動になりました。フィラ・クリストンです。以前は医療部班に所属していたので、皆さんの体調管理も行っていきたいと思っています。副班長として皆さんと関わっていくことになりますが、気兼ねなく接してくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
 「改めてよろしくねー! フィラ副班!」

 着用する隊服が白から黒へと変わった。フィラは正式に、戦闘部班の副班長としてロクアンズやレトヴェールたちとともに戦場に立つこととなり、その顔合わせが今日、東棟の談話室にて行われている。
 拍手を注がれるフィラの背中から、にゅるり、となにかが顔を出した。紅い鱗をした小さな蛇が細い舌を出す。よく見ればそれは、フィラの次元の力である『巳梅』だった。

 「えっ! フィラさん、その子って」
 「ええ、そうよ。巳梅なの。これは『幻化げんか』っていう次元技のひとつよ。もとは大蛇の姿なんだけど、こうして身体の大きさを自由に変えることができるみたい。それがわかってからは、なんだか扉の奥に閉じこめたままなのが可哀想で、だからずっとこうしているの」
 「へえ~! そうだったんだ。かわいいー!」
 「ふふ。そうでしょ?」

 フィラは『巳梅』の顎のあたりを指先でくすぐった。彼女の隣に立っていたセブンが、拍手が治まる頃に「続けて、」と言った。

 「遠方の国、アルタナ王国から海を渡って来てくれた2人の新しい仲間も紹介しよう。挨拶を頼むよ」

 セブンから目配せをされ、ガネストとルイルは立ち上がった。

 「ご紹介に預かりました。ガネスト・クァピットと申します。まだこちらの文化に馴染めずにいますので、ご迷惑をおかけすることがあるかと思います。ですが、おなじ志を持つ者として仲間に加えていただけたらと思います。どうかよろしくお願いします」

 ガネストは胸に片手をあて、礼とした。すぐ隣でかちんこちんになってしまっているルイルの背中にその手を添えると、「ルイル」と小さい声で挨拶を促した。

 「う、うん。えっと、ルイル・ショーストリアっていいます。アルタナ王国では、くにのおうじょとしてすごしてきまし、まいりましたが……ここでは、そういうことを、えっと……なしで、なかよくしてくれるとうれしいです。よろしくおねがいしますっ」
 「よろしくね! ガネスト、ルイル!」
 「はい」
 「うんっ、ろくちゃん」
 「そして最後に、もう1人」
 「え? まだいたっけ?」
 「実はもう1人、南西の支部にいた次元師が本部へ来てくれたんだ。私がもっとも当てにしていた人物でね、同期でもある。入ってくれ」

 セブンは談話室の扉の向こう側に声をかけた。扉が開かれると、大柄な男が足を投げ出しながら入室してきた。

 「おうおうおう。外でずっと立たされて疲れちまったぜ俺ぁ。もっと早く呼んでくれよセブン」
 「それは悪かったな。君たちに紹介しよう。彼はメッセル・トーニオ。私やフィラと同時期に入隊して、以来ずっと援助部班に所属していた次元師だ」

 セブンに紹介された男は、セブンよりもすこし背が高くどこか圧力を感じさせる容姿だった。開いているのか閉じているのかわからない細目で、極度に短い髪がツンと立っている。歯で、細い草のようなものを噛んでいた。無論食べているわけではない。ただ咥えているだけといった具合だ。

 「まぁひとつ頼むわ。ガキんちょたちよ」
 「が、ガキんちょぅ!?」
 「そらおめぇ、俺らと比べりゃまだまだガキんちょだろうが。最近ちょこっと名を聞いたりするが、ずいぶんやんちゃな野郎どもじゃねぇの。あんまセブンに気苦労かけてやんなよ」
 「う」
 「これでも彼は褒めてるんだよロク君。さて、メッセルも加わってくれたことだし……これから、班編成を行いたいと思う」
 「班編成?」

 ロクはきょとんとして、聞き返した。セブンが小さく頷く。

 「戦闘部班が立ち上がり、いまに至るまでは、ここにいるコルド副班長、そしてロクアンズとレトヴェールという3名で組ませて行動させてきた。偶然にも、この"3名で連携をとる"という体制がどの局面においても効果的だった。ついては、次元師3名で1つの班を構成し活動していくという提案をしたいんだ。どうかな?」

 ロクが先んじて「いいよ!」と声をあげると、それに続くようにほかの班員たちも承諾の意を唱えた。
 1人、やや俯きがちになって拍手の中をやり過ごしているレトヴェールを除いて。

 「そうか。ありがとう。……そして、真っ先に前言撤回してしまって悪いんだが、もう1つ新しいことに挑戦したいと考えているんだ」
 「新しいことって?」
 「ああ。それは、2人1組での班編成だ。ロク君、レト君」
 「ん?」
 「……」
 「君たち2人を、離そうと思っている」
 
 え、とロクが小さく声をもらした。セブンの目つきが、すこし険しいものへと変わった。

 「君たちのことを、私は入隊当初からずっと見てきた。初めは、性格が真反対な君たち2人を組ませることでバランスがとれて、ちょうどいいと思っていたんだが……近頃は変わってきた。君たちはもう2人揃っていなくてもいい。別々に行動させても問題ないと、そう思い始めている。君たちにはそれぞれ1人ずつ、副班長をつけるつもりだ」
 「あたしたちが……べつべつに?」
 「嫌なら断ってくれ。これまでいっしょにやってきたのだから、困惑しても当然だ。君たちの意見を尊重するよ」

 ロクはちらりと、レトの顔を見やった。しかしレトはじっと下を向いていて、まるでロクのことを視界に入れようとしていなかった。
 片目を細め、一瞬だけ考えを巡らせたロクが、意を決したように口を開いた。

 「あたしはいいよ。レトと班が離れても」
 「ロク君。ほんとにいいのかい?」
 「うん。いつまでも仲良しこよししてらんないよ。1人でだって、ちゃんと戦えるようになりたい」
 「そうかい。まあ実際には副班長もついて、2人1組だけどね」
 「あ、そうだった」
 「レト君はどうする。君も、ロク君と同意見かい?」
 「……」

 顔を上げ、レトはセブンと視線を合わせた。が、その目つきは、いつになく冷ややかだった。

 「俺は、先日の戦いで人質になって味方の身動きを封じた。しかも戦いの最中に気力を切らして数日間気を失ってた。目を覚ましたのはついさっきだ。それでも俺を、ロクとおなじ扱いにするっていうのか」
 「そうだよ」
 「……」
 「大丈夫だよレト! あたしたちだったらバラバラになったって戦えるよ!」

 花咲くような笑みでロクはレトの顔を覗きこんだ。ようやくロクのほうを向いたかと思えば、レトは小さく嘆息した。

 「よっぽど自信があるんだな、ロク」
 「え?」
 「あの双子の次元師に負かされそうだったお前が。フィラ副班が助っ人に入らなきゃ、今頃どうなってたかわからない」
 「そ、れはレトもいっしょでしょ! それに勝てたんだから関係ないよ!」
 「……。関係ない?」

 レトは低い声で聞き返した。そして、ロクを睨みつけるようにして眉を顰めた。

 「お前、なんで負けとか考えないの」
 「え?」
 「勝って当然みたいな顔するよな。いつも。負けたらどうするかとかちゃんと想定してないだろ」
 「な……なんで負けることを考えなきゃいけないの? どんなときだって考えないよ、そんなこと」
 「もしもが起こったらどうするつもりだって聞いてんだよ」
 「もしもを起こさないように、全力でやるんだよ! その場でできることはぜんぶやる。ひとつだって可能性は捨てない。それがあたしのやり方だから」

 談話室に集まっている戦闘部班の面々は、ロクとレトの2人を除き、感づき始めていた。2人を取り巻く空気が悪い方向へ流れている、と。

 「レトのほうこそ、考えなしじゃん!」
 「は?」
 「あたし、すっごい気にしてるんだよ。ベルク村で戦ってたとき、レト……空の上から飛び降りたよね。どうして言ってくれなかったの? そういう作戦だって! あのときあたし、ほんとに心臓が止まるかと思ったんだよ!?」
 「余計な心配すんなって言ってんだろ」
 「なんで? 心配するに決まってるじゃん! だってレトはあたしのお義兄ちゃんなんだよ!? なんで心配しちゃいけないのさ!」
 「はっきり言えよ俺が弱いからだって」
 「……え……」
 「そう思ってっから心配するんだろ。みんなはお前に、「こいつならなんとかしてくれる」って期待するかもしんないけど、俺に対してはちがう。俺とお前とじゃ、期待と心配の度合いがちがうんだよ」

 しん、と室内が静まり返った。だれもが声を出すことを躊躇った。
 ロクは小さく口を開いた。

 「じゃあ、そうだよって、言えばいいの」
 「……」
 「だってレト、ぜんぜん鍛えようとかしないじゃん! 強くなろうってしてないじゃん! いっつもいっつも、あたしが鍛錬場に誘ったって来ないし、任務先でだって、「お前がいけ」っていっつも言うじゃん! なんで次元の力から逃げようとするの!? 使おうとしないの!?」
 「ろ、ロクちゃん落ち着い──」
 「レトだって次元師だよ。神様をやっつけられる力を持ってる。それはあたしといっしょだよ! なのになんでいつも……あたしみたいに次元の力で戦おうとしないのさっ!」
 「俺とお前はちげえよ」

 レト以外の班員たちはぎょっとした。彼の口から発せられた声がいつもよりもずっと大きかった。これほどの憤りを感じ取ったことはいままでになかった。

 「俺は、お前みたいにはなれねえんだよ!」

 獰猛な獣が他種族を威嚇するかのような、激しい剣幕だった。この表情を久しく見ていなかったロクは、レトと出会ってすぐのことを思い出し、一瞬言葉に詰まった。
 しかしロクは、一切の怯みも見せずに噛みつき返した。

 「そうやって、なんでもかんでもあきらめて……! レトはどうしたいの!? 神族に対抗できる力があって、だからやっつけようって約束したじゃん! 2人でいっしょにお義母さんの仇をとろうって──」
 「だれがお前の母さんだよ」

 レトは呟いた。腹の底から沸き立つような、重い響きだった。

 「母さんのほんとの子どもでもねえくせに、偉そうに言うな!!」

 まるで、頭に向かって鈍器を振り落とされたみたいだった。ロクはそんな衝撃を覚えた。
 部屋は恐ろしいほどの重たい空気に支配されている。だれも口を割れなかった。
 ロクは顔を伏せた。そして、レトがはっと我に返ったそのとき。ロクは手足を、唇を、小刻みに震わせて、
 目に溢れんばかりの涙を溜めていた。

 「あ、ロクちゃん!」

 ロクはレトの横を走り抜けていった。勢いよく扉を開ける音だけが鳴り響き、ロクは、そのまま談話室から飛び出していってしまった。
 扉が閉まる。重苦しい空気が室内に立ち込めている。この長い沈黙を破ったのは、セブンだった。

 「いまのは言いすぎだよ、レト君」

 本人も気がつかないうちに、レトは強く拳を握っていた。言ってやったという爽快感でも、ざまあみろといった貶めの感情でもない。
 ただただ、とてつもないやるせなさがその拳の中を彷徨っている。
 レトは唇を噛みしめていた。そして、クソッ、となにもない空間にそう吐き捨てた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.48 )
日時: 2019/09/29 22:39
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: fph0n3nQ)

 
 第045次元 セブンとレトヴェール

 談話室からロクアンズの姿がなくなり、室内に流れる空気はさらに重たく張りつめた。吐き捨てる息をわざと音にしてから、セブンは普段と変わりない声色でフィラの名前を呼んだ。

 「フィラ、ロク君の様子を見て行ってくれるかい」
 「は、はい。わかりました」
 「ちょうど君たち2人を調査の依頼に行かせようと思っていたんだ。頼んだよ」
 「はい」

 セブンはフィラに依頼書を手渡した。それを受け取ってすぐに、フィラは談話室から出て行った。

 「コルド君。悪いんだけど、メッセルとガネスト君、それとルイル君の3人に本部内にある施設を案内してあげてほしいんだ」
 「はい。承知いたしました」
 「ありがとう」

 コルドが3人を連れて談話室から退室するのを確認してから、セブンはテーブルに肘をついた。そして立ったまま微動だにしていないレトヴェールを見上げた。

 「さてと。レト君」
 「……」
 「君にひとつ、聞いてもいいかな」

 レトは相変わらず俯いたままだった。セブンは構わずに続けた。

 「君はロク君のことをどう思っているんだい?」
 「……」
 「家族か? それとも仲間かい? 自分とおなじ次元師か、女性という観点もあるね」
 「……」
 「もしくは、妹か」

 たしかに眉を顰めたのがセブンにはわかった。ただそうするだけでなにも答えようとしないレトを、特別咎めるようなことはしなかった。

 「どれだっていいさ。でもなんだか私には、君がなにかに迷っているように見えるんだ。ロクアンズに対して抱いている感情が定まっていないように思える。ちがうかな」

 レトはすこしだけ、自分の身体をセブンのほうへ向けた。すると、

 「……どうしたらいいか、わかんないだよ」

 重たい口を開いて、淡々と語りだした。

 「あいつのことはすごいと思ってる。昔から。俺にはできないことを、あいつは簡単にやってのける。なにも怖いと思ってなくて、その先には必ず光が待ってて、つかみとっちまう。英雄みたいなやつなんだ。だれからも愛されて、だれからも期待される……うらやましく思うのもばかばかしいくらいの、すごいやつなんだよ」

 ロクは相手の年齢や性別がどうであろうと物怖じしない性格をしているがために、他人と関係を築きやすい。その善し悪しはもちろんあるが、明るくて人懐っこいので好印象を与えることのほうが多く、瞬く間に虜にしてしまう。組織の中心に立って、人々を光あるほうへ導いていくような人材なのだ。
 それを義兄のレトはよく理解していた。悔しく思うことも、羨ましく思うこともある。それでもレトはロクのことを、すごいやつだ、とはっきり言葉にした。

 「そうか。君はロク君のことをよく見ているんだね」
 「……。見てるんじゃなくて、見えるんだよ。近くにいるから。だから余計に……比べる。あんたたちだってそうだろ」
 「そうかもしれないね。だから私は君のほうが好きなのかな」

 レトは目を丸くしてセブンの顔を見た。そのあどけない表情が気に入ってしまったらしいセブンは、くくと小さく笑った。
 
 「ああ、変な意味じゃないよ。誤解しないでくれたまえ」
 「それはわかってる。あんたにはフィラさんがいるだろ」
 「……何の話かはわからないけど。そうだね、すこし私の話をしよう」

 セブンはいまだ突っ立ったままでいるレトを、自分と差し向かいに座るよう促した。

 「もう気づいているとは思うけど、私はベルク村の生粋の民じゃない。父がベルク村の領主で、その子どもだったというだけさ」
 「……え」
 「ああ、ヴィースではないよ。そう。亡くなったんだ。私がまだベルク村にいた頃にね。父の跡を継いで領主となったのがヴィースだよ。私はまだ15、6そこらだったからね。とてもひとつの村を治められる年齢じゃなかった。それに父の死は突然だった。土砂崩れに巻きこまれてとは言っていたけど、私は気づいていたよ。父がヴィースに殺されたんだとね」

 レトは絶句した。にも拘わらず、セブンの口調は存外穏やかなものだった。その証拠に、彼は紅茶のはいったティーカップに口をつけていた。

 「その死が不自然なものでね。崩れた土砂を見たけど、自然ではなく作為的なものだったんだ。次元の力によるものではないかと私はそう思った。事実、ヴィースは2人の幼い次元師を連れていたしね」
 「……」
 「いつかヴィースに復讐してやるとも思っていたけど、それよりも、フィラのことが可哀想でね。村を出るとき奴のことは忘れようと心に決めたんだ。でもまさかこんな形で叶うとは思いもしなかった。報告書を読んだとき、正直なところスカッとしたよ。君たちは私に驚きを提供する天才だ」
 「……ロクが、だろ」
 「君もだよ。さて本題に戻るけど、そうだね、私も当時は自分のことを天才だと思っていた。おなじ歳かすこし上の連中にも頭で劣らなかった。だからだろうね。理想を実現させるのにものすごく時間がかかってしまったんだ。私はね、君を見てると当時の自分を思い出すんだよ」
 「なんで」
 「とても頭がよくて、それでいてひとつのことしか考えられない、不器用なやつってことさ」

 セブンがティーカップをくるくると回すと、底に沈んだ細かな茶葉はなされるがままに紅い水の中を泳いだ。しかしすぐにまた底に落ちて、動かなくなった。

 「ロクアンズのことを羨ましく思っているのなら、それを恥じる必要はない。大切なことだ。人はだれしも完璧にはなりきれない。だからその欠陥が美しく見えたりもする。私は、君がなにかに思い悩み、試行錯誤して、結局失敗してしまっても、いいと思っている。そういう姿を見てると、言い方は悪いが嬉しくなるんだ。君はいつか強くなるだろうなって」
 「……いつかじゃ、遅い」
 「遅くはないさ。君はまだ13だろう? 先は長いんだ。いまはたくさん失敗していい時期だよ。それにロク君と君はちがう。君には君の強さの形がある。君だって、だれかにとっての英雄かもしれないだろう」
 「英雄──」

 セブンはティーカップを煽り、中身を飲み干した。真白い陶器の内側には点々と、細かな茶葉が残った。

 「つい長話をしてしまった。悪かったね」
 「いや」
 「レト君。急で悪いんだけど、これから出られるかい? 君とコルド君という組み合わせで行かせるつもりだったけど、生憎彼はいま新入班員たちを案内していてね。君1人で巡回に出てほしいんだ」
 「ああ」
 「行先はカナラ街だ。よろしく頼むよ」
 「……」

 (カナラ街……──)

 このとき、レトはべつのことに意識をとられていた。セブンは空になったティーカップを手に取り、水場のあるカウンターへ運んだ。そして何の気なしに、ふたたびレトに話しかけた。

 「ああそうだ。報告書には書かれていなかったんだが、ロク君が君のことを言っていたよ」
 「え?」
 「湖をつくるなんていう発想をしたのはレト君だったって」
 「……」
 「それを実行したのはロク君だったね。いつだって英雄視されるのは実行した本人だ。でも君は、"それがロクアンズにならできる"と完全に信用して、自分の考えを託したはずだ。私はね、存外君も無鉄砲で、熱い奴なんじゃないかと思うんだ」

 セブンは言いながらまっすぐ談話室の扉へ向かおうとした。レトの横をすり抜けるときに、まだ細くて頼りないその肩に手を置いてから、振り向いて言った。

 「ありがとう」

 手が離れ、そのまま扉の奥へ吸いこまれるようにセブンはいなくなった。彼は細身だが高身長だ。ラッドウールには及ばないが、その広い背に乗せてきたものは多いように思えた。
 レトはその背が消えてなくなるのを見送った。そうして自分の手を見つめてみると、まだ小さくて幼いことを改めて思い知らされる。
 傷だらけになっても、多くのものを掴めなくても、まだいいとセブンは言った。
 レトは談話室から退室した。だれもいなくなった室内は徐々に、もとの整然とした空気を取り戻していった。
 
 
 
 フィラは東棟内を彷徨っていた。まだ赴任したばかりで場所に馴染みがなく迷っているのだ。しかも此花隊の本拠地ともあるこの施設の規模は一般の公共施設とは段違いだ。とはいえ、おなじ此花隊といえど設置されている部屋の数も人員も、そして階数も、ローノの支部とは比べものにならない。
 小規模な支部出身のフィラは早い段階からこの事態を懸念していた。ロクを追って自分も談話室を飛び出したはいいものの、彼女の行きそうな場所など見当もつかないし、建物内の構造もいまいちよくわかっていない。ただ広い廊下を行ったり来たりしていた。

 (めげちゃだめよフィラ。ロクちゃんにはお世話になったんだもの。いっしょに組むことにもなるし、ここは私が……──)

 「フィラ副班長?」

 そこへ、戦闘部班の新入班員たちを引き連れたコルドが現れた。フィラは目の色を変え、彼らのもとへ走り寄った。

 「コルド副班長。よかった、知ってる人に出会えて」
 「どうかしたんですか?」
 「実は迷ってしまって……。はやくロクちゃんのところに行ってあげたいんですけど……」
 「ああ……。でもあの子なら、案外その辺でうろうろしているかもしれません」
 「え?」
 「前にも似たようなことがあって。考えごとしてたみたいで、下向いて廊下を歩いているのを見たことがあるんです」
 「そうなんですか」
 「フィラ副班長。あの子のこと、よろしく頼みますね」
 「はい」

 それだけ言って、コルドはフィラの横を過ぎていった。後ろについていた3人も彼に続く。
 フィラが前を向いたそのとき、廊下の先にある曲がり角から、ロクがふらりと姿を現した。

 「ロクちゃん!」

 ロクは、ぱっと顔を上げて立ち止まった。
 
 
 
 * * *

 本日『最強次元師!!【完全版】』は執筆開始日から1周年を迎えました!
 ちなみに旧版から数えると9周年となりました(*'▽')
 昨日が更新予定の月曜日でしたのに今日にずらしたのはそのためです笑
 いつも本作をお読み下さり、ありがとうございます!

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.49 )
日時: 2018/11/19 20:16
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: OWyP99te)

  
 第046次元 昇らずの廃屋

 曲がり角からふらりとロクアンズが姿を現した。フィラはぱっと表情を明るくして、ロクのもとに駆け寄った。
 フィラの呼び声に気づいたロクは、はたと立ち止まった。

 「フィラ副班」
 「探したのよ。よかったわ、見つかって」
 「あ、そっか。勝手にいなくなってごめんね」

 ロクは曖昧な笑みを浮かべた。話題を引きずりまいと、フィラはつとめて明るい声で言った。

 「セブン班長から指令があったの。調査依頼で、私たち2人でこれから向かってほしいんですって」
 「え、これから!? すぐ準備しなくちゃ!」
 「そうね。早く仕事が片付いたら、おいしいものでも食べて帰りましょ」
 「わーい! そうしよ! じゃああたし、準備してくるね!」
 「中央玄関でね」
 「うん!」

 若草色の長い髪を快活に揺らしながらロクは走り去っていった。いつもとなにひとつ変わらない姿だった。
「ロクちゃん」と声をかける前はたしかに、その髪も表情も沈んでいたのに。

 (……2人が義理の兄妹だっていうことは知っているけれど、それ以外のことはまだ……。ロクちゃん、ふつうに笑っているように見えたわ……あれは、無理しているのかしら)

 まだ知り合って間もないロクについてフィラが知っていることは、極一部にすぎない。もっと幼い頃はどんな風だったとか、どういう経緯でレトヴェールと義兄妹になったのかとか、そういった彼女の背景にあるものはまだ視えていない。
 フィラは首を振った。自分が悩んでも仕方のないことだ。パートナーとして関わっていくのだから、もしかしたら話を聞く機会も来るかもしれない。いまは焦らずに見守ろう──フィラはそう決めた。
 
 
 
 ロクとフィラが向かった先は、エントリアから西の方角に歩くとすぐのところにある廃屋だった。調査依頼書には、"夜に家宅のあるほうから呻き声のようなものが聞こえてくることがある"、"元魔が生息しているのではないかと推測している"という記述があった。依頼元はエントリアの最西の家宅に住む婦人だった。林道を抜けた先にある実母の家からエントリアへと戻る途中でのことだったらしい。だれの物ともわからない廃屋が建っていること自体は知っていたが、最近になってそこから呻き声のようなものが聞こえてくるようになり、安心して道を通ることができないので調査してほしいのだという。

 エントリアという都市を図で表すとしたら、円形だ。此花隊の本部はその円の中心地点からやや南へずれたところに位置し、まっすぐ北の方角を向いている。
 本部を出てから目的地に辿り着くまでほとんど時間はかからなかった。エントリアには東西南北それぞれの地点に関所が設置されていて、その1つである西門をロクとフィラはくぐり出た。
 林道をすこしいったところにその廃屋は構えていた。周囲の草木は伸び放題で整理されている様子もなく、まるで人気を感じない。鬱々とした雰囲気を漂わせるその廃屋を2人はまじまじと見渡した。

 「うわ~……たぶんここだね。いかにもって感じだし」
 「そうね。人が住んでいるようには見えないし……。やっぱり元魔が潜んでいるのかしら?」
 「とにかく入ってみよ!」

 ロクは表玄関の扉に備えつけられた取っ手を引いた。さほど重たくはないが、耳に障るような甲高い音が響いた。長い間油が差されていないのだろう。
 中へ入ると、案の定明かりのようなものは灯されていなかった。まだ陽が高い時間帯だというのに、この廃屋の中だけは夜のように薄暗く埃っぽくもあった。歩くたびに床の軋む音がした。
 ロクとフィラは二手に分かれて捜査を開始した。

 この建物に2階はなく、1階にいくつも部屋が展開されている。フィラは奥の部屋から回ると言って幅のある廊下を渡っていった。ロクはというと、玄関からすぐのところのやや広めの居間のあちこちに目を配っていた。食事処らしく、台所や食器棚らしいものが伺える。らしい、というのはその家具のいずれにも埃が積もっていて判断がつかないからだった。ロクは勇んで、背の低い棚の上に手を伸ばし分厚い埃の層を払い落としたが、すぐに咳き込んだ。

 「げほっげほっ。うう~ん……ここはちがうっぽい」
 
 涙目になりながら、ロクが次の部屋へと進もうとしたそのとき。

 《誰ダ》

 突然、何者ともわからない奇妙な声がした。びくっと背中が硬直し、驚くとともにロクが後ろを振り返ると──
 棚の中に納まっていた陶器の数々が目の前に迫ってきていた。

 「うっわあ!」

 綿がはみ出している腰掛の背を掴み、ロクはすかさずしゃがみこんだ。飛んできた平皿が頭上を過ぎ、床と接触すると、ガシャンと割れるような大きな音が響いた。

 「えっ、な、なに!? どゆことっ!?」

 かたかた、かたかた、と。ひとりでに、陶器が擦れ合う。棚底が動く。風も吹いていないのにカーテンが不自然に揺れていた。
 ロクは、キッ、と細めた目で辺りを見回した。

 「そっちがその気なら、受けて立ってやる! ──次元の扉発動、『雷皇』!」

 ロクの全身から雷光が散とした。その鋭い明るみが、蔓延する陰鬱さをいたく照らした。
 
 「雷撃──ッ!」

 伸ばした手から槍のような雷が飛びだして、棚の1つに直撃する。傾き、焦げ臭さを撒きながら棚は倒れた。
 ──くすくす、くすくすと、かすかな笑い声がロクの耳に届いた。

 《ドコヲ狙ッテイル》
 《馬鹿ナ子》

 「ば……っ! バカじゃないやい! それより姿を現したらどうなのさ! 出てこないなんてヒキョウだ!」

 《ヒキョウ、トハ、コウイウコトカ?》

 そのとき。ロクは突然、全身にとてつもないけだるさがのしかかるのを感じた。身体が鉛のように重たく、手足も思うように動かない。
 得体のしれないなにかに身体を乗っ取られているようだった。ロクは必死になって、自分の手足を取り戻そうとした。しかし、だんだんと表情も苦しくなってくる。

 「う、うぐ……!」

 《無駄ダ》
 《止メタホウガ身ノタメヨ》
 
 いくら踏ん張ろうとも身体は頑なに動こうとしない。汗が噴き出して、衣服が濡れてくる感触に気持ち悪くなってくる。そんなときだった。
 指先から、小さく電気が散った。ロクはその一瞬の隙を逃さなかった。

 「だれが……やめるか! ──雷撃ィ!!」

 ロクの全身を眩い光が包みこむ。力強い雷光を浴びて、辺りにあった棚や机などの家具と雑貨とが吹き飛んだ。

 《ギャッ!》
 《ギャッ!》

 甲高い悲鳴が2度ほどして、ロクは全身からふっと力が抜けるのを感じた。身体が途端に軽くなる。
 ロクはすこしだけよろけた。体勢を持ち直すと、ゆっくり、掌を握ったり閉じたりした。

 《クッソ!》
 《コノ子、タダモノジャナイ》

 ロクはふたたび居間を見渡す。たしかに声はするのに、その主の姿はどこにも見当たらなかった。

 (なんか、元魔じゃないような気がする。この感じ、もしかして……──幽霊?)

 姿を持たない声だけの存在。そして人の身体に乗り移り、身動きを封じる。あれは金縛りだったにちがいない。そうロクは直感した。
 元魔ではないとすれば話はべつだ。今調査の目的が幽霊退治、という名目に変わる。どうやら幽霊にも次元の力が及ぶらしいとわかったロクに怖いものはない。はずだったのだが。

 「み、見えないやつはやだああ!」

 そう、怖いものはない。ロクは何度も自分の心に言い聞かせていたが、身体だけは正直だった。
 ロクは走りだしていた。フィラのもとへ向かおうと廊下へ飛びだしたのだ。ロクは目に見えるものにこそ恐れを知らないが、心霊や占いなど目に見えない類の恐怖はからきしだめなのだ。
 息を切らし走るロクの背中に、ぞわりと、悪寒が走った。

 《モット遊ンデ》

 「ぎゃああッ! ふぃ、フィラ副はーん!」

 長廊下の右側にある扉の1つが、がちゃっと音を立てて開いた。名前を呼ばれて急いで飛びだしてきたフィラは、涙目になりながら物凄い速さで走り寄ってくるロクと目が合った。

 「なにがあったのロクちゃん! 大丈夫!?」
 「助けてーっ! ゆ、幽霊があ!」
 「へ? 幽霊?」

 突然のことにフィラは戸惑い、動くことができなかった。が、彼女の肩に乗っていた『巳梅』が床に飛び降り、ロクと向かい合うと、口を縦に大きく開いた。

 「キァアア!」

 『巳梅』の甲高い鳴き声が廊下の端から端まで響き渡る。ロクは慌てて立ち止まり、両手で耳を塞いだ。フィラもこめかみのあたりを手で押さえつけ、半分だけ目を開いた。

 「み、巳梅」
 
 《ウギャ!》
 《ウワァ!》

 不可思議な声色が呻きをあげた。廊下には、ロクとフィラ、そして『巳梅』以外にはだれもいない。2人と1匹は身を寄せ合い、なんとなく声がしたところを凝視した。
 そのとき。

 「"失境しっきょう"」

 居間のほうから、足音を鳴らしてだれかが呟いた。それとほぼ同時に、ロクとフィラは驚くべき光景に目を瞠った。
 何の変哲もない床の上に、なにかが倒れているのが、ぼんやりと視えるようになったのだ。そのなにかは輪郭の薄い、白いもやのようなものだった。2つ転がっている。
 ロクとフィラが呆然とそれらを見つめる中、白いもやたちは、がばっと起き上がって声を荒げた。

 《オ嬢!》《オ嬢!》

 白いもやたちの背後から、灰色の髪をした幼い少女が、霊のごとく静けさを連れて現れた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.50 )
日時: 2018/11/26 13:51
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: GqvoTCxQ)

 
 第047次元 パートナー
 
 2つの白いもやのようなものが、幼い少女の周りをゆらゆらとと旋回しているその光景はじつに奇妙だった。

 (いま、呪文みたいなのを唱えてた? もしかしてこの子……──次元師?)

 ロクアンズはまじまじとその少女の姿を見つめた。
 墨を薄めたような灰色の髪はまっすぐ腰まで下ろされていて、長かった。といっても少女の年齢はおそらく10にも達していない。背丈の低さはもちろん、頬や手先がふっくらとしていて、膝丈のワンピースから伸びている脚も細く頼りない。
 身に纏っている黒のワンピースは、この廃屋の陰湿な雰囲気によく溶けこんでいた。こういう場所を好む性格なのか、少女本人の表情も暗いように感じた。それに自分からロクやフィラの前に現れたというのに、喋りだす気配がまるでない。

 「えっと……君は?」
 「……」
 「ねえ、君の名前はなんていうの?」
 「……」

 ロクは、この少女くらいの年齢であるルイルのことを思い浮かべた。比べるというわけではないが、ルイルはこの少女よりも口数は多く、表情も明るい印象がある。

 「うーん……どうしたことか」
 「きっと迷子ね。エントリアの東門の近くにお家があるんじゃないかしら。親御さんのところへ連れていってあげないと」
 「あれ?」

 ロクは少女の頭に注目した。髪の毛の色が灰色というのも珍しいが、ロクが着目したのはそこではなく、その頭の上に乗っている黒い帽子だ。少女は、小さな頭から落ちてしまいそうな大きな帽子を被っていた。
 ロクはその帽子に見覚えがあった。ロクが作ったものは白だったため色は異なっているが、形状はとてもよく似ている。
 現在、アルタナ王国で若い層に人気を博しているという、キッキカの帽子に間違いなかった。

 「この子が被ってるの、アルタナ王国で作ってる帽子だよフィラさん!」
 「え? 本当に?」
 「うん。あたし、作ったことあるからわかるよ。ちょっと四角くて、ふわふわしてるの。キッキカって名前の花を使って作ってるんだよ」
 「じゃあ、この子は」
 「アルタナ王国から来たか、そこに関係してるか。どっちかだと思う!」

 ロクはくるりと少女に向き直り、すこし屈んで話しかけた。

 「ねえお願い、教えて? 君はどこからきたの?」

 なおも押し黙る少女の周りでぐるぐると回っていたひとつの白いもやが、ぴたと動きを止めた。

 《オ嬢ハメルギースノ言葉、アンマシャベレネエンダヨ! 子ドモナンダカラ察シロヨ!》

 「え?」

 いかにも躾の行き届いていなさそうな投げやりな口調で、白いもやの片方がロクに叱責を浴びせた。

 《テメエノ言ウ通リダヨ! オ嬢ハアルタナ王国カラ来タンダヨ!》
 《アル御方ヲ探シテネ》

 おなじように奇妙な声質をしたもう片方のもやは、粛々と丁寧な口調で告げた。

 「ある御方って?」
 「ルイル」

 息交じりで、消え入りそうな声を絞り出したのは、灰色の髪をした少女だった。
 ロクの質問を聞いてか聞かずか、間髪入れずに答えた少女は呟くようにもう一度言った。

 「ルイルあねどこいるの」

 どんよりと重たい灰色の瞳は、すこしだけ桃色がかっていた。その幼い声音の抑揚のなさは性格なのか、もしくは先ほど白いもやが告げたようにメルギースの言葉を上手く扱えないせいなのか。ロクはよく知っている人物の名前を耳にして、目を大きくしていた。

 「え、ルイル? あねってことは……ルイルの妹?」

 瞳にうっすらと浮かんでいる桃色がその証なのかとロクは疑った。しかしルイルの口から、ライラ以外にも姉妹がいるというような言葉を聞いたことがない。それにルイルもライラも美しい桃色の髪だった。この少女の髪は灰色だし、どこか顔立ちも似つかない。

 「あねどこいる。かえって」
 「えっと~……」

 ぽりぽりと髪を掻き、ロクが返事に困っていると、物腰が柔らかいほうの白いもやが通訳をした。

 《オ嬢ハ、「ルイル姉さんを返して」ト言ッテイルノ》

 「か、返して? でもルイルは自分からこっちに来たんだよ? ねえ、この子に伝えて。ルイルはね、自分からこの国に来たんだって」

 《ワカッタワ》

 白いもやが少女の耳元に寄り添った。アルタナ王国の言葉らしきものがつらつらと発せられているのがロクにはわかった。
 アルタナ王国は芸術という分野においては世界最高峰といっても過言ではなく、あらゆる国と頻繁に物の売り買いが行われている。中でもメルギース国との親交は厚く、両国における上級階層の人間や商売人が互いの国の言葉を覚えることを慣習としているほどだ。アルタナ王国に渡ったとき、ロクやほかのメルギース人に対してアルタナ王国の住人がメルギースの言葉を操っていたのはそのためである。この少女と変わらない年頃のルイルがメルギースの言葉を話せるのは、ルイルが王族だからという理由に基づく。
 不思議なのは、ルイルのことを「姉」と呼んでいるこの少女がメルギースの言葉をまだよくわかっていないという点だ。そんな風に呼ぶのは親しい間柄であるという裏付けでもあるのだが、王族に近しい人間だとすれば上級階層であることは間違いない。ルイルと年齢が近いということも踏まえると、謎はさらに深まった。
 
 《オ嬢ハコウ言ッテイルワ。「そんなのは変だ」ッテ。「すぐに会わせて」ッテ》

 「ルイルをここに連れてくればいいの?」

 白いもやはロクの言葉をそのままアルタナ王国の言葉に置き換えて、少女に耳打ちした。
 少女はこくりとも頷かなかったか、白いもやが返してきたのは肯定の意だった。

 《「そう」ッテ、言ッテイルワ》

 「なるほど……じゃあ本部に戻ってルイルを連れてこないといけないね」
 「私が行ってくるわ。ロクちゃんはここで、この子を見ていてくれる?」
 「うんっ、わかった。ありがとうフィラさん」
 「パートナーなんだから、当然のことよ」

 フィラは黒いコートを翻して、そのまま玄関の扉から外へと出ていった。ロクは無意識に、フィラが放った「パートナー」という言葉を頭の中で反芻していた。
 いま、自分の隣に立っているのはレトヴェールではない。そのことを改めて諭されるようだった。バラバラになっても大丈夫だと豪語したのはロクのほうだったのに、なぜだか心にはぽっかりと穴が空いてしまって、落ち着かなかった。ロクは、すっと鼻から息を吸いこんで肺を満たそうと試みた。しかしすぐに、空気の悪さを思い出して後悔した。案の定胸が苦しくなった。
 
          *
 
 カナラ街は、エントリアからはそう遠くない場所に位置している。東門を通過し、やや南の方角に歩先を変え、細い川に沿って緩やかな傾斜を下っていく。
 此花隊に入隊してから一度も訪れることがなかったカナラ街の全景を、小高い丘の上からレトヴェールは眺めていた。街並みはよく覚えていても、建物の屋根がずらりと横並びになっているのを見下ろすのは初めてのことだった。
 レトは、ちらりと左のほうに首を回した。遠くに見ゆるのがレイチェル村だということを視認する。

 レトとロクの故郷であるレイチェル村の人間は、買い物や仕事などで村とカナラ街とを往復することも少なくなかった。エントリアほどの広大都市とはいわないまでもカナラ街は十分に人や物資に溢れていた。いまよりももっと幼い頃、よくロクとともにおつかいで来させられたことがあったな、といった記憶がレトの脳裏を掠めた。
 レトはすぐに土を蹴って、街を目指して降りていった。

 記憶にある景色と変わり映えのしない街並みの中を、レトは目的もなく徘徊していた。巡回警備の命を忘れているのかやや俯きがちだった。昨年の今頃はまだこのカナラ街に頻繁に訪れていて、場所に馴染みがあるせいでもあるだろう。他人の肩にぶつかりそうになっても器用に躱していた。
 だが、レトがそれを後悔したのは、鼓膜を刺すような女の悲鳴が聞こえてきてからのことだった。

 「ば、化物だあ!」

 男の必死な叫び声に、街の人たちが一斉に息を、動きを止めた。空気が一変する。蜘蛛の子を散らすように街の人たちは駆けだした。
 愕然と立ち尽くすレトの真横を、無数の人影がもの凄い速さですり抜けていく。レトは時折肩をぶつけてよろめいた。

 「おいあんた! ぼけっとしてねえで、はやく逃げねえと殺されちまうぞ!」
 「ばけもんが出たぞーッ!」
 「いやああっ」
 「次元師様! 次元師様はいねえのか!」

 まるで猪の群れが目標に向かって猛突進していくかのように、足音が威勢よく遠ざかっていく。化物に対抗できるような超人的な力を持たない者たちによる迅速な判断だ。ついに周囲から人気がなくなり、レトは街中に取り残された。次元師はいないのか、その声が聞こえていたのかどうかはわからない。
 彼の頭上に、ゆらりと影がのしかかった。
 
 「──!」

 これまでとは容貌が異なっていた。レトは無意識に身震いした。
 ──細長い2本の角が空に突き刺さっているようだ。首から下はどっぷりとした体格をしていて、その丸い背中からは翼と思しきものを広げている。なんの動物とも例えがたい潰れた顔面だけは従来通りだといえるが、心臓のように赤い双眸が、ぎょろりと蠢くのには息を呑んだ。

 (……元魔)

 逆光を浴び、漆黒に染まる元魔の全貌は見つめれば見つめるほど、まるで覗く深淵に吸いこまれていくような、そんな錯覚を覚えた。
 太陽は完全に遮られていた。
 頼りになるものは、その胸の内に秘める異次元の力のみであると、レトは理解せざるを得なかった。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.51 )
日時: 2018/12/06 23:27
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: DvB6/ADf)

 
 第048次元 謎の青年
 
 異次元の扉がすなわち鞘となって、レトヴェールが手にかけると同時に2本の短剣がなにもない空間から刃を覗かせた。

 「次元の扉発動──『双斬』!」

 赤と黒の塗装に金細工があしらわれた柄を慣れない様子で握りしめて、今一度レトは元魔を凝視した。
 神話に出てくるような悪魔の絵を思い起こさせる容姿だ。蝙蝠の羽によく似た薄い翼を大仰に広げて威嚇する。
 元魔は枝のように細い腕をゆらりと空へ掲げて、間もなく振り下ろした。

 「っ!」
 
 レトは間一髪といったところで飛び退き、躱す。難なく地面を突き破った黒い腕が、ゆっくりと引き抜かれる。元魔は首を回してレトの顔を認識した。すかさず、彼めがけて猛突進する。

 「──ッ、ぐ!」

 レトが頭上で双剣を重ねると、そこへ元魔が鋭利な爪を叩きつけた。降りかかる重力を跳ね除けようと勇む細い両腕は震えて、いまにもひしゃげてしまいそうだ。
 重い。苦しい。──押し負けるだろう。そんな予感がふと脳裏を掠めたとき。

 「ぐあっ!」

 レトの身体がひっくり返った。勢いよく地面に打ちつけた背中が、激痛を覚える。土の欠片と埃とが舞いあがり、レトは咳きこんだ。
 衝撃によって抉られた地面の上で、元魔はレトの身体に覆い被さっていた。
 顔のすぐ傍で、鋭利な爪が突き立っていた。左目のすぐ下を掠めたらしく、細い切れ目から血がぷくりと膨らんで、滑り落ちた。すこしでもずれていれば左の眼球をやられていた。もしもの事態を想像して、レトは全身からさっと血の気が引くのを感じた。
 鮮血のように赤い無機質な眼がぐっと近づく。ゆらり、と。元魔は空いているほうの左の腕を持ちあげた。
 しかし、身体が思うように動かない──いまにもあの鋭利な爪が降ってくるのに。

 もしもこのまま振り下ろされたらひとたまりもない。狙いどころによっては致命傷になる。失明の恐れ。腕や体内、脚、関節、至るところの損傷が想定できる。最悪の場合死に至る。
 もしも『双斬』で対抗しようと振り翳しても、また押し負ける可能性のほうが高い。上からの圧す力と下から支える力では圧倒的に上にいる者のほうが有利だ。対抗してもしなくともなんらかの損傷を被るのは必至でそれを回避する術がないとしたら、すこしでも軽減できる道を

 ──もしもを起こさないように、全力でやるんだよ!

 もしもここにいたら。
 一瞬だけ、そんな風に考えた自分を振り払うように、レトは双剣を浮かせた。

 「三元解錠」

 元魔が黒い腕を振り落とさんとする、ほんの一瞬前。

 「──交波まじわ斬りッ!」
 
 2本の刃は交差し、左右それぞれに振り払われた。密着した身体と身体の間を吹き抜けるわずかな隙間風を切り裂いて生まれた衝撃波が、至近距離で元魔に襲いかかった。
 元魔は奇声をあげ、肢体を大きく仰け反らせた。おなじように衝撃波に巻きこまれたレトは後方へ吹き飛ぶ。石道の上を転がり、民家の石の塀にぶつかったところで勢いは止まった。が、そこで頭を強く打ったおかげですぐに視界がぐらついた。額から血が噴きだし、汗と交じって地面に滴り落ちた。
 想定通り、損傷はした。だが身体の機能的には何の障害もない。レトはそのことを噛みしめた。

 (全力でやる、か)

 心拍数はとっくに跳ねあがっている。汗はとまらずにぼたぼたと地面を濡らし、壁にぶつけた頭が痛みを訴えてくる。呼吸を整えるので精一杯だった。考えごとをしながら本を読んでいるときと比べると、時間の進みはとてつもなくゆっくりに感じられた。

 (ぜんぜん余裕ない、苦しい、次は、)

 どうする。揺れる視界の奥では、元魔のような黒いものが動きはじめていた。さきほどの一撃では倒れそうもないことは簡単に予想できていた。
 元魔は着実に歩を進め、こちらへ向かってくる。反射的に剣の柄を握るも、その手に力が入らなかった。

 ──なんで負けることを考えなきゃいけないの? 

 「……」

 ──どんなときだって考えないよ、そんなこと。

 近くからそんな声が聞こえてきそうだった。レトは両の手に無理やり血を流しこみ、自分自身を鼓舞する。

 (そっちのほうが正解だって、)

 「それくらい、わかってんだよ」

 金の瞳が瞬いた。『双斬』の刃が紅い輝きを放つ。
 くるりと柄を持ち換えて、刃の向きを後ろへやった。体重が下へ下へいくように足の裏で土を踏みしめる。ロクアンズはいつもどういう身体で、気持ちで、次元の力を使っていただろう。怖いという感情をまるで感じさせないのには、どういった理屈が潜んでいるのだろう。
 考えるだけでは答えは見つからない。レトはふたたび剣を交差させ、風の刃を繰り出そうと息を止めた──まさにそのとき。

 「……!」

 元魔の、後ろ。瓦礫の下で横たわっている子犬の姿を認識した。

 (まずい、この技じゃ──あたる)

 漆黒で大きな影が覆い被さる。レトの身体は、動かなかった。

 「──真斬しんざん!!」

 だれとも知らない男の声が、高らかに響き渡る。
 その途端のことだった。いままさに襲いかかろうと跳び上がっていた元魔の上下半身が、真っ二つに引き裂かれた。まず下半身がまっすぐ地面に落ち、遅れて上半身がすこし離れたところに転がった。
 なおも、上半身だけは生存欲を露にしていた。伸ばした細い腕で無様に空を掻くそこへ、1人の青年が近づく。額の上で生き永らえている赤い核にまっすぐ剣先を添え、心臓を突き破るとともに頭部を貫いた。ほぼ同時に黒い液体が辺りに飛散した。
 レトは呆然としていた。突然現れた謎の青年に目が釘付けになる。
 青年は振り返って、レトを見た。

 「……。大丈夫か? そこの君」
 「え……ああ」
 「つらそうだ。手を貸すよ」

 青年はレトのもとに歩み寄ってくる。短く切り揃えられた黒髪が清潔さと爽やかさを印象づける。前髪も短いせいか、はっきりとその顔つきが見えた。精悍で男らしさが際立っている。口元に浮かべた柔らかい笑みも相まって、ますます人に好印象を与える容姿だなとレトは思った。
 膝を崩すレトの顔の前に、青年は手を差し伸べた。

 「ほら、捕まって、お嬢さん」
 「……」

 性別を間違われることにもはや遺憾を感じなくなったレトは青年の手をとらずに、自分の力で立ち上がった。

 「女じゃない」
 「……え、そうなのか。それは失礼なことを言った。完全に女の子だと思ってたよ。さっきの戦闘を見てたら、なおのこと」
 「……」
 「その服は、此花隊とかいう組織の隊服だろ? 次元の力専門の施設とはいっても、あの程度なんだな」

 レトがわずかに眉を下げるのを見逃さなかった青年は、ふっと笑みをこぼした。

 「大きな囲いの中でぬくぬくと過ごしてるから、簡単に命を落とすんだよ」

 青年の顔から穏やかさが消え失せた。挑発するような物言いにレトは思わず乗っかってしまう。

 「うちの隊になにか文句があるんだったら文書とかそういうのを送りつけてくれ。さっきの礼は言う」
 「馬鹿にされて逃げの体勢をとるとはな。とんだ腰抜けに育ってるじゃないか」
 「……。此花隊に、なにか恨みでもあるのか?」
 「さあな。でも、君みたいな奴を見てると、非常に腹が立つ」
 「なんだと」
 「その程度じゃ神族を滅ぼすどころか太刀打ちもできない。君に次元師としての自覚があるのかどうかは知らないけど、いまのままじゃ、無様に殺されるのが結末だ」

 ──ガキン! と、金属と金属とが接触するときの不協和音が鼓膜を刺した。レトは双剣を、そして青年は1本の長剣を振り翳し、鬩ぎ合う。

 「……」
 「やっとその気になったな、少年」

 余裕の笑みを浮かべて、青年は言った。

 「見せてやるよ。神を殺す覚悟っていうのが、どんな戦い方なのかを」
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.52 )
日時: 2022/10/02 18:11
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

  
 第049次元 英雄のかたち
 
 光り輝く長剣の刃が、レトヴェールの『双斬』を打ち上げた。両腕を高く挙げるような体勢となった彼の脇腹を青年は逃さず、長剣で突いた。
 
 「ぐッ──!」

 勢いよく血が噴いてレトは身を畳んだ。が、そこへ、まるで息つく間も与える気のない一太刀が迫った。

 「っ!」

 レトは片方の剣を手離した。短剣は宙で旋回し、からんからんと音を立てて石道の上に落ちる。矢継ぎ早に繰り出される剣戟に、レトは完全に翻弄されていた。

 「まだまだこんなものじゃないぞ、少年」

 青年の足が地面を蹴った。考える暇もなくレトは左手に残った短剣で迎え撃った。が、刃の幅も長さも敵わなければ、本来2本であるはずのそれが片方だけとなってしまっている。力の入れ方もわからず、玩具の剣を振り翳しているようにも見える必死な姿を嘲笑うかのように、青年は口角を吊り上げて、短剣ごとレトの身体を払い飛ばした。
 
 「うあッ!」

 軽い肢体はまんまと石道の上で跳ね、転がった。もはや立ち上がる力も残っていないのか、レトは地面に突っ伏したまま呼吸を荒くしていた。

 「終わりか?」

 青年は、レトの左の手に覆われている短剣を蹴り飛ばした。

 「……」
 「残念だよ。もうすこしやれるかと思ってた。……言いすぎたようだけど、どうか気を悪くしないでくれ。俺は、神族と真っ向から勝負できる人間が増えればいいと願ってる。これは本当だ」

 青年は長剣に付着した血を払いながら、続けた。

 「君も次元師なら強さを求めてほしい。勝利を望んでほしい。俺はもっと上へいく。神を滅ぼすことが、次元師として生まれた俺の使命だと、本気でそう思ってるんだ」

 虚言や絵空事を述べているようには微塵も感じなかった。この青年は本意で、だれが掲げたかもわからないような"次元師としての使命"を全うするつもりなのだと、レトは思った。 
 強い正義感。それも執念にごく近い。熱の灯った青い瞳は、恐ろしいとさえ思わせた。

 「それじゃあ、またな。少年」

 そう言い残し、藍色の外套を翻した青年がふいに背中を見せた。そのとき。
 喉の奥からかき集めた息の結晶が、詠唱に替わった。

 「次元の扉発動」

 振り返ると、"扉"はすでに開け放たれていた。

 「──『双斬』!!」

 地面に伏した両手にそれぞれ短剣が携えられる。青年が臨戦態勢をとるより先に、双剣の片方が浮いた。
 
 「四元解錠──、一迅いちじん!」

 一陣の風が青年の右腕を掻っ切った。内側から噴き出した血が真横に飛んで、石道の上に点々と跡を残す。いくら力をこめて傷口を抑えても、どくどくと、赤い液体は漏れだす一方だった。
 一度は、レトの手元から弾き飛ばし遠ざけたはずの『双斬』だったが、甘かった。レトは次元の扉を閉じることによって『双斬』を異次元の世界へ返し、その上で再発動させ、『双斬』を手元に戻したのだ。
 
 (体に傷を負っていても、頭ん中は動く……なるほどな。この少年、次元師としての力量はまだまだだが、いいものを持ってる。次元師同士の戦いの最中にその扉を閉じるとは、想定外だ)

 自然に笑みがこぼれた。青年は、腕に負った傷口を抑えたままレトに向き直った。

 「君は面白い。馬鹿にしたことを詫びるよ」
 「……」
 「俺の名前はセグ。君は?」
 「レトヴェール」
 「……レトヴェール、か。次に会うそのときは本気でやろう、レトヴェール」

 その言葉を最後に、青年はレトの前から消え去った。入れ替わるような形で街の住人がばらばらと戻ってくる。並んで歩いていた2人の男が、地面に倒れているレトの姿を認めて、慌てて傍へ駆け寄った。

 「き、君! どうしたんだいその傷は!」
 「見てみろよ。この子の着てる服、此花隊のものじゃないか?」
 「本当だ。駆けつけてきてくれたんだな。こんな傷だらけになるまで戦って」
 「傷の手当てをしてくれるとこがあっただろう。そこへ案内しよう」
 「ちょっとその子、どうしたんだい?」

 そこへ、恰幅のいい婦人が狭い歩幅でばたばたと走り寄ってきて、2人の男は表情を明るくした。

 「ああよかった。この子、怪物とやりあったみたいで傷がひどいんだ。手当てしてやってくれないか」
 「それは大変だ。いますぐうちで診るよ。あんたたち、運ぶのを手伝ってくれる?」
 「ああ」

 意識が朦朧としているせいか特に抵抗する素振りも見せず、レトは男におぶられてその場をあとにした。
 

 目を覚ますとすぐに、つんとするような嫌な匂いが鼻腔を刺激した。天井板からは灯りがぶら下がっていて、どうやら室内にいるらしいということがわかった。
 身体を起こし、ぼうっとする頭を左右に振った。寝台のすぐ傍に窓が備えつけられていて、穏やかな風が吹くとその度に金の髪が揺れた。
 寝台から降りようと身体をよじらせたとき、脇腹に電熱のごとく鋭い痛みが走った。
 レトが寝台の上でうずくまっていると、さきほど見かけた婦人が部屋に入ってくるところだった。

 「ちょっとあんた! 動いちゃだめだよ。傷が深いんだ」
 「……」
 「待ってな。いま薬と包帯を持ってくるから」

 傷跡がじわじわと熱を取り戻していくとともに、青年セグとの一戦を思い出し、表情が険しくなる。

 (まるで歯が立たなかった)

 思えば、セグは元魔に対して放った一撃を除いて、レトとの戦闘では一度も次元技を繰り出さなかった。レトの技量を測った上での対応だったのだろう。悔しいが、純粋に剣術勝負をしても適わない相手だったということになる。
 これ以上傷口を開くまいとレトはゆっくり身体を動かして、元の体勢に戻ろうとした。こんこん、と木製の扉を外側から叩く音がして、レトは扉のほうに視線を向けた。
 だれかが扉を押し開く。

 「店主が急ぎの用で出てしまったので、代わりに薬と包帯を届けにきました」

 穏やかで可愛らしい声が室内にふわりと広がった。入室してきたのは、ちょうどレトとおなじ歳くらいのまだ若い少女だった。手に持っているのは縁のついた丸い木の板で、その上に包帯と塗り薬を盛った小鉢を乗せている。
 レトは、その人物を姿を認めると、驚いたように目を見開いた。
 
 「包帯を取り換えるついでに、新しく薬を……」

 高い位置で二つに結い上げた、鮮やかな小麦色の髪が肩の上でさらりと揺れる。
 少女はレトと顔を合わせるや否や、硬直した。

 「レト、ヴェールくん」

 琥珀色の大きな瞳に、2年前となにも変わらない自分の姿がはっきりと映りこんだ。そんな気がした。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.53 )
日時: 2018/12/13 08:26
名前: ひなた ◆NsLg9LxcnY (ID: E616B4Au)

瑚雲さま

はじめまして。ひなたと申します。
作品、>>26までですが、読ませていただきました!
ほんとは最後まで読んでからにしようかなと思ったのですが、
>>17のルイル王女がさらわれるところからの盛り上がりにすっかりハマって「(小説書く力的に)これは勝てない‼︎」と思ってテンションが上がってしまったのと、
事件が一段落した後、自然と次元師の仲間が増えたり、次元師に関する基本的な知識を新しい仲間に授けられたりするのは、唯一認められた次元師の組織ならではだなと気づいたら今度は伏線や設定に感動してしまって、
いったん今の時点での感想を書こうと思ってやって来ました。長い。ごめんなさい。
物語の展開のメリハリをつけるのが上手すぎて盗みたい気持ちです。うらやましい。

それと、ガネストが好きです。
事件解決のために次元の力を使うシーンとか、「ずるい」と思いました。かっこよすぎる!

また読みに来ます^^
執筆がんばってください!


(ちなみに『最強次元師!! 』旧版の方を以前読ませていただいたことがあります^^
ですが、カキコ自体しばらく来ていなくて読んだもかな~り前だったので、
今回初めて読む気持ちで読ませていただきました^^
あとこの名前だとはじめましてですが、別の名前だとはじめましてではないかも笑←)

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.54 )
日時: 2018/12/24 11:33
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: hgnE84jl)

 
 >>53 ひなたさん

 感想ありがとうございます! わざわざ本スレに足を運んでくださって嬉しいです(*'▽')
 ひなたさんにそんな風に言っていただけて、ああ書き続けてきてよかったなあという気持ちです。ひなたさんが昔のスレを読んでくださったことがあるとは思わず、びっくりしています。じつはこのアルタナ王国編は昔のスレでも似たような内容で書いていたものになるんですが、もしその部分を読んでくださったことがなかったとしても、当時と比べてすこしだけでもいいものが提供できていたら幸いです!

 じつは初めましてでない、というお言葉を聞いてたいへん困惑しています……もし差し支えなければ、ぜ、ぜひお名前を教えていただきたいのですがどうでしょうか……!

 君を待つ木花編のほうも、ぜひ読んでいただけると嬉しいです!
 感想ありがとうございました!*

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.55 )
日時: 2020/04/16 23:20
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第050次元 再会

 「……」
 「……」

 ほんの一瞬、レトヴェールと小麦色の髪をした少女の間を吹き抜ける風に冷気が交じった。少女ははっと我に返って、手元の薬と包帯とに視線を落とした。ギィ、と床を軋ませながら歩いてくる。
 呆然としているレトの傍までやってくると、少女はその場にしゃがみこんで、ぎこちなく笑みを落とした。

 「久しぶりだね」
 「……」
 「……。あ、えと……元気、だった?」
 「ああ、まあ」

 なんとなく少女の顔から視線を外したレトは、やや俯きがちになることでなんとか返事をした。
 それが少女には、レトの顔が沈んだように見えた。覗きこむことを躊躇われた彼女はおなじように視線の置きどころを見失い、唾を飲んだりしていた。

 「そうだ。ロクは? 元気にしてる?」
 「……」
 「……ロクと、なにかあったの?」
 「おまえが気にすることじゃない」

 思った以上に冷たく低い声が出てしまい、レトはすぐに後悔した。ロクアンズとの喧嘩は決してこの少女のせいではないし、むしろ「気にしなくていい」という意味合いをこめたつもりだったのが、失敗した。突き放すような言い方に聞こえたのか、思った通り少女は動揺していた。
 
 「……そ、そうだよね。ごめんね、手当てをしにきたのに」

 消え入りそうな声で呟いてから、少女は手元に視線を戻した。包帯の取り換えを行わなくてはならない。ふたたびレトの顔を見上げるも、彼とは相変わらず視線が合わない。

 「包帯、取り換えてもいい?」
 「……ん」

 肯定か否定かよくわからない返事だった。少女はすこし悩んでから、緊張した面持ちでレトの腰元に両手を伸ばした。

 「あのさ」

 急に声をかけられ、びっくりして少女は手を引っこめそうになった。

 「な、なに?」
 「こんなところにいたんだな」
 「……え?」
 「いや、どこ行ったのかと思ってたから」
 「……ああ、そうだね。2年くらい前だっけ? レトヴェールくんたちにはなんにも言わないで、出ていっちゃってたから。でもあてもなくて、あんまり遠くへ行く勇気もなくて、だからずっとここにいたの。お店もたくさんあって便利だしね」
 「そうか」
 「……」
 「……手、止めさせて悪かった」

 レトがそれ以上なにも言わなかったので、少女は恐る恐る手を伸ばしなおした。彼の上半身に巻きついた包帯を音もなく剥がす。
 どことなく空気は張りつめていて、一般でいうところの若い男女が2人きりでいる雰囲気とはかけ離れていた。少女の動きには無駄がなく、こういった傷の手当てに慣れているようだった。
 店で取り扱っている薬を傷口に塗布し、真白の新しい包帯を巻きなおす。
 留め具で包帯の端を処理し終えると少女は満足そうに一息ついた。

 「……」
 「これで大丈夫。あの、ごめんね、時間かかっちゃって」
 「……あの、さ」
 「ん? あっ、ど、どこか痛む?」
 「……そうじゃなくて──その、」

 レトがなにかを言おうと口を動かしたとき、豪快に扉を開け放つ音とともに女店主が入ってきた。

 「キールア! もうその子の手当ては済んだかい?」
 「あ、はい」
 「ちょっと手伝っておくれ。重体の客なんだ」
 「わかりました。いま行きます」

 少女はすっくと立ち上がり、扉の近くに立っている女店主にそう声を投げ返した。それからレトのほうを振り返った。

 「ごめんね、レトヴェールくん。……あの、さっき、なにか言いかけてた?」

 レトは口を結んだ。それから、いや、と小さくかぶりを振った。

 「……なんでもない」
 
 少女は、そっか、と寂しそうに笑みを返してから、くるりと背を向けた。遠くから扉の閉まる音が聞こえてきた。室内はふたたび静寂に包まれる。
 窓から入ってきた風が冷たくて、レトはぶるっと身を震わせた。

 (……──なにも変わってない。俺は、昔のままだ)
 
 
           *
 
 埃を被った腰かけに鎮座し、灰の髪の少女はただただじっとしていた。白い肌や長いまつ毛、纏う雰囲気もさながら人形のようだった。それほど歳も変わらないはずなのに、なぜかロクアンズは少女に対して委縮していた。「ヒマだから遊ぼっか」とか「どうしてそういう色の服を着てるの?」とか「お腹空かない?」とか、いろいろと反応を窺ってみたがどれも無反応に終わっている。ルイルを姉と親しんでいるくらいだし似ているところがあるのかもしれない、なんて思いながらロクは手持ち無沙汰に腰かけから足を投げ出しぶらぶらと揺らしたりして、暇を持て余していた。
 何の気なしにコートのポケットに手をつっこんだそのとき。ロクははっとした。手を入れたり出したりを繰り返すも、ポケットの中には両方ともなにも入っていないことに気づく。
 ロクが焦って立ち上がったとき。玄関の扉が開いたような気がして、ロクはぱっと視線を上げた。

 「ロクちゃん、ルイルちゃんたちを連れてきたわ」
 「あっ、フィラさん、おかえりなさい」

 ロクは笑みだかよくわからない複雑な顔をして言った。不思議がるフィラの後ろからルイルとガネスト、そして新規班員のメッセルが顔を覗かせる。

 「あれ、メッセル副班も?」
 「このガキどもの担当っつことで、同行してんだよ。だけど話に聞きゃぁ、ガキのお守りだっつぅじゃねぇか。これ以上ガキ抱えんのはごめんなんでな、俺ぁ事が終わるまで外にいる」
 
 屋内に片足も踏み入れずに、メッセルは玄関口から伸ばしていた首を引っこめた。
 そのとき。メッセルが履いているズボンのポケットからなにか黒い布切れがひらひらと揺れているのを見えて、ロクはメッセルの衣服に飛びついた。

 「待っ、ねえ! ちょっと待ってメッセル副班っ」
 「うわぉ! んだよ」
 「それ、その黒い布みたいなの、見せて!」
 「おい、勝手にとんな!」

 ロクはメッセルのズボンから布切れを引き抜いて、それをまじまじと見つめた。
 それから驚いたように、しかし安心したように息を吐いた。

 「よかったあ、あった! いつの間に落としてたんだろ」
 「んだよ、これおめぇのだったのか。隊の玄関前に落ちてたぜ。ふつうだったらこんな布切れ、捨てちまうとこなんだが……。なぁおめぇ、こいつをどこで?」

 ロクは表情を一変させた。それから布切れに目を落として、言った。

 「もらったの。昔、大事な人から」
 「大事な人、ねぇ」

 その布切れを見つめるロクの目は優しかった。それは黒一色で、平たく細長い織物だった。片方の端は綺麗に糸などで装飾されているが、もう片方は鋏かなにかで切られたように不格好だ。

 「メッセル副班長、その織物がどうかしたんですか?」
 「あーそれがよぅ、大層な上物なんだよ、それ」
 「え?」
 「おめぇも城使いが長ぇっつぅんならわかんだろ。ゆうに数百万は飛ぶような代物しろもんだ」
 「す……。本当ですか、ロクさん」
 「さ、さあ。あたしはよく知らないけど」
 「その大事な人ってのは貴族か? それとも王族か?」
 「……エアリス・エポールっていう、あたしの、恩人」

 メッセルは驚き、それから「なるほどな」と何度も首を縦に振った。

 「エポールっつぅことは元王族の末裔か。そら金持ちのはずだ」
 「……」
 「どうかしたの、ロクちゃん?」
 「……ああ、ごめんごめん! へへ、なんでもない」

 おどけたようにロクが笑うのをただじっと見つめていたルイルがふいに視線を外すと、その視線の先には、灰色の髪をした少女がいた。

 「ティリ」

 ルイルが驚いたようにその名前を口にすると、少女は腰かけから静かに立ち上がった。ルイルとガネストは慌てて少女の傍まで近寄った。

 「ティリ……な、なんでここにいるの?」
 「あいにきたの。ルイルねえねに」

 ルイルとガネストは呆気に取られていた。アルタナ王国の言葉らしいものが交わされていることはなんとなく理解できるも、どこか取り残されたような気分になりロクはそわそわと3人の様子を伺っていた。

 「あいにきたって……」
 「おとうさんとおかあさんにはないしょ。それでふねにのって。でもどこにルイルねえねがいるかわからなくって。ここにいたの」
 「だめだよティリ。おばさまもおじさまも、すごくすごくしんぱいしてるよ」
 「……いい。べつに。ルイルねえね、いなくなっちゃったから。こわくて」
 「ルイルに会いたがっている人物とは、ティリナサお嬢様のことだったんですね」
 「ガネストたちの知り合い?」
 「はい。ティリナサお嬢様は、ルイル王女の血縁者なんです。ルイルの母君様、亡くなられた王妃様の妹君様が、ティリナサお嬢様の母君様にあたりまして……──」

 この頃。屋敷の扉に凭れかかって見張りなどしていたメッセルだったが、ただ少女を説得するだけのことにどれほど時間を費やしているのかと早くも苛立ち始めていた。実際にはさほど時間は経過していないが、メッセルはすでに耐え切れなくなっていて、蹴破るかのように荒々しく扉を開けた。

 「おぅいおめぇら! どんだけ時間かけ──」
 「──それが、ヴィヴィオの一族です。つまり亡き王妃様のご実家で……」
 「……。ぶ、ヴィヴィオ、だぁ?」

 メッセル以外の全員が一斉に玄関のほうを向く。彼は奇妙に眉を曲げ、訝しげにそう言った。驚く一同を代表してガネストが答える。

 「は、はい……。ここにいるティリナサお嬢様が、ヴィヴィオ家のご息女様でいらっしゃいますが……」
 「おい、おめぇか、ヴィヴィオのガキってなぁ」
 「……」

 体格の大きいメッセルはかなり腰を曲げて、ティリナサの顔を覗きこむ。彼女は睨むようにして彼の顔を見上げた。

 「なるほどな。ヴィヴィオのおやっさん、ガキなんて産みゃあがったのか! そら何年も経てばガキの1人や2人できるか」
 「メッセル副班長は、ヴィヴィオ家となにか繋がりが?」
 「なんかもなんもねぇや。昔、アルタナに渡ったときに作品を買ってもらったんだよ」
 「……へ? さ、作品?」
 「俺ぁちょいと前までは壺造ってたからな。いやぁあんときは儲かってた儲かってた」
 「うえぇ!?」

 一同はどよめいた。中でもひっくり返る勢いで声を荒げたロクを、メッセルはキッ、と睨み返した。

 「んだよその反応はよぉ」
 「ああごめん、つい……。ちなみに壺ってどんな? 果実とかを漬けとくあの壺?」
 「ちげぇよ。芸術品だ。おやっさんに売ったときのは、アメリオンって名前をつけたけどな」
 「……アメリオン?」

 ロクはその名前をどこかで聞いたことがあった。むむっと眉をしかめて両腕を組む。直近の記憶から順に遡っていくと、ロクは「あ」となにかを思い出したように口を開けた。

 「そうだ! 競売場!」
 「きょ、 競売だぁ?」
 「うん。数ヶ月前にね、近くの島で競売してるとこがあって、そこでアメリオンの壺っていうのが出てたんだ」
 「おいおい、アメリオンはヴィヴィオのおやっさんに売ったんだぜ。向こうにあるもんがなんでこっちにある?」
 「それが全部偽物で、競売場で責任者やってた……でー、でーなんとかって人がほかの人に作らせてたって」
 「デーボン・ストンハックだな。芸術家の間で噂になってた。あんの野郎……!」
 「ああでももう大丈夫! そのデーボンさんはあたしたちが政会に連れていったし!」
 「……は? おめぇが?」
 「そ! でも驚いたなあ。偽物っていったって、本物そっくりに作るんでしょ? すごく大きくて、装飾とかもすごいなんか、キレイだった! あの壺の本物を、メッセル副班が作ったなんて」

 ロクは大きな片目を輝かせながら、身振り手振りでその壺がいかに凄かったのかを体現した。彼女の笑顔があまりにも無邪気なもので、メッセルは、ぶはっと豪快に吹き出した。

 「ぶぁははは! おんもしれぇなぁ、おめぇ。そうかそうか。知らねぇ間に、俺ぁおめぇらのやんちゃに助けられてたってわけだ。……しゃぁねぇ。礼は返すもんだよな。おい、緑のガキんちょ」
 「なあに?」
 「このヴィヴィオの嬢ちゃんをアルタナ王国に送り届けりゃ、万事解決か?」
 「……えっ、いいの!? メッセル副班」
 「おぅよ。ヴィヴィオのおやっさんにいい土産話ができたから、そのついでにな」
 「やったー! ……じゃあ、あとは……」

 ロクはちらりとティリナサを見やる。数多の視線を浴びてもなお、ティリナサはじっと無表情を湛えていた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.56 )
日時: 2018/12/24 11:28
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: hgnE84jl)

 
 第051次元 会いたい人

 「あのね、ティリ。きいてくれる?」
 「……」

 ルイルに話しかけられてもティリナサの面持ちは変わらなかった。普段からティリナサが何事に対しても反応が薄いことを知っているルイルは、とくに気にすることもなく続けた。

 「ルイルはここにのこる。ろくちゃんたちといっしょにたたかうんだって、そうきめたの。だからくににはかえらない。……わかってくれる?」
 「どうして。ルイルねえねが、じげんしだから?」
 「それもだけど……いっしょにいたかったの。ろくちゃんや、みんなと」

 冷たい寝台の上で抱えこんだ身体。姉のこと。扉を閉めて塞ぎこんだ。連れ出してくれたのはロクアンズで、傍にいてくれたのはガネストで、その道の先にあったのは、此花隊だった。姉の生存を信じてやまなかったルイルはようやくその姉、ライラとの再会を果たすも、ロクたちとともにあることを望んだ。そこにロクへの敬愛や信頼が大きく働いているのだとルイル自身が気づくのはもうすこし先の話で、ただ「一緒にいたい」という漠然とした感情に任せて、アルタナの地を離れたのだった。
 ティリナサは幼いながらも、ルイルが纏っているそのきらきらした雰囲気に勘づいていた。2つの白いもやがティリナサの周りをくるくると回る。

 「じゃあ、わたしも。わたしもいる。わたしもじげんしだって、おかあさんとおとうさんがいってた。だからいる」
 「ティリ……」
 「そいつぁダメだな」

 メッセルは言いながらルイルの隣までやってくると、大股を開いて腰を下ろした。

 「此花隊に入るんなら、メルギースの言葉が話せなけりゃダメだ。それにあの温厚なおやっさんのことだ。いまごろ死ぬほど心配してんぜ、おめぇのことをよ」
 「……べつに。いい」
 「いいこたあるかバカたれ。いいかよく聞け。おやっさんたちがおめぇを笑顔で送り出せるようになるまでは我慢しろ。そんでいつかそういう日がきたら、そんときは面倒見てやるからよ」

 (……メッセル副班長、これ以上抱えるのはどうこうって言ってたのに)

 子ども好きなのかなと、ガネストは小さく吹きだした。メルギース語が理解できないロクとフィラはさておき、口元を抑えて笑っているガネストに向かってメッセルは悪態をついた。

 「おいなに笑ってんだおめぇ」
 「すみません。メッセル副班長はお優しい方だなと思いまして」
 「ああっ!?」
 「え、メッセル副班なんて言ってたの?」
 「それがですね」
 「大したことじゃねぇよ! 親を心配させてるうちはガキだっつぅんだ! 自立できるようになってから来いってな。ったくよぉ」
 「……」

 ぶつぶつと文句をこぼすメッセルの傍ら、まだ納得がいっていない様子でティリナサは顔を逸らしていた。
 ルイルが「ティリ」と声をかける。身体は正直で、ティリナサはびくっと反応を示した。

 「あいにきてくれてありがとう、ティリ。いまはいっしょにいられないけど、でも、でもぜったい、またあおうね。こんどはルイルが、ティリにあいにいくよ」
 「……」

 ルイルがぎゅっとティリナサの手を握った。そうして、ティリナサはようやくその重たい頭を縦に振った。表情でいえばさきほどからなにも変わっていないが、ルイルだけはわかっていた。寂しそうだけれど、諦めてくれたんだな、と。
 ルイルがほっと息をついたとき、2つの白いもやも満足したように、ぽふん、と姿を消した。

 「それにしても驚きましたね」
 「え? なにが?」
 「ティリナサお嬢様が次元師だったということです。さっきまで見えていた白い煙のようなものがそうなんでしょうか。いつか一緒に戦うことにもなりそうですね、ロクさん」
 「……」

 その一瞬、ある考えがロクの脳裏を過ぎった。彼女は一歩、足を踏み出して、「ねえティリ」とティリナサに話を切り出した。

 「ティリの次元の力は、幽霊を扱うことができるの?」
 「……?」
 「こっちの言葉は通じねぇって」
 「あ」
 「僕が訊いてみます」
 
 ロクの発言をそのままアルタナ語に訳し、ガネストはティリナサに訊ねた。すると、彼女は小さくこくりと頷いてみせた。

 「ティリ、なんて?」
 「『そう』だそうです。もしかしたらさっきの白い煙は、守護霊かなにかかもしれませんね」
 「……」
 「ロクさん?」
 「ねえガネスト。お願いがあるの。ティリの次元の力で、あたし、会いたい人がいるんだ」
 「……もしかしてロクさん」
 「ティリ」

 ティリナサの視界にロクの姿が入りこんでくる。新緑に輝く左瞳は、真剣そのものだった。

 「死んだ人間の霊なら、だれでも呼んだりできる?」

 ふたたびガネストが代弁を務める。おなじようにティリナサは小さく頷いた。「できるそうです」と、ガネストがその旨を伝えると、ロクは思い切ったように言った。

 「エアリス・エポールって名前の、女の人を呼んでほしい」

 ガネストの通訳を介したため、まちがいなくティリナサにはその言葉が伝わったはずだったが、今度は即答をしなかった。ティリナサが目を伏せ、これは時間を要することなのかもしれないと判断したガネストは立ち上がった。が、いつの間にか彼女がじっと見つめてきていて、彼は素早く傍耳を立てた。

 「ティリナサお嬢様が、『その人を特定できる手がかりのような物がほしい』……と」
 「手がかり?」
 「なんでもいいそうです。……血縁者であれば、髪の毛などが望ましいとのことですが、遺品でも代用はできるそうです」
 「遺品……」

 下を向きつつ思考を巡らせていると、若草色の髪の毛が、視界の端にちらりと映りこんだ。
 
 「おい。さっきおめぇが持ってった黒い布切れの持ち主、元はそのエアリスって奴なんじゃなかったのか?」
 「え? あ……」
 「そいつで代用すりゃいいだろうが」

 慌ててコートのポケットに手を突っこみ、織物の感触を得ると、それを抜き出した。

 「これ……これで、できる?」
 「……」

 ロクの手のひらにふわりと架けられた織物が、ティリナサの手に渡る。ティリナサはそれを丁寧に折りたたむと、小さな両手で優しく包みこみ、──詠唱した。

 「"索砂さくさ"」

 ティリナサの手や腕、全身から透明な糸のようなものが幾千幾万と芽吹く。それらは天井や壁を悠々とすり抜けていった。
 空高く距離を伸ばす糸、地面の上を走っていく糸、森や建物の中を縫うように通り過ぎる糸。驚くことに、目には見えない糸の大軍が様々な場所まで辿り着くのには、数刻も要さなかった。
 じつにその範囲は、メルギース国全土のうちの半分──西側の地域全体にまで行き渡っていた。そこには当然レイチェル村も含まれている。

 「……どう? ティリ」
 「……」

 ティリナサは閉じていた目をぱちっと開いた。ガネストのほうへ顔を向けると、また彼にしゃがむように目で促す。ガネストがただこくこくと頷いているだけにしては、これまででもっとも時間がかかっていた。ガネストの耳元からティリナサが離れると、彼はロクに対して弱々しく首を振った。

 「いないそうです。どこにも」
 「……そ、っか。ありがとうティリ、ガネスト」

 「じゃあもう行くぞ」と言って、メッセルはティリナサを玄関の外へ連れ出した。見送りのためにほか全員も外へ出る。建物からすこし歩いたところで、ティリナサだけがくるりと振り返った。するとルイルではなく、ロクのほうを見つめて呟くように言った。

 「ありがとう」

 ロクが目をぱちくりさせているうちに、ティリナサはさっさと背を向けて歩きだしていた。ティリナサが最後に口にした「ありがとう」は、まちがいなくメルギースの言葉だった。さきほどロクがティリナサに対して「ありがとう」と言ったのをその場で覚えたのだろう。ロクは深く感心していた。

 「てぃ、ティリすごい……。さっき覚えたんだ。あれ、でもなんで『ありがとう』?」
 「ルイルと会わせてくれたから、という意味だと思いますよ。ティリナサお嬢様ははっきり言っておられませんでしたが、お別れの際には、お顔は綻んでいらっしゃるようでした」
 「そうなんだ」
 「……ところでなんですが、ロクさん。ティリナサお嬢様からもう1つ、伝言を預かりました」
 「なに?」

 ガネストはロクに向き直り、ティリナサの言ったことを思い出しながら告げた。
 
 「死んだ人間は思念体、つまり魂だけの存在となってしばらくこの世界に居続けますが、未練がなくなると魂が浄化されて、この世を去るのだそうです」
 「未練がなくなる?」
 「はい。どうしても憎い相手がいるとか、愛しい人を残してしまっただとか、そういう生きた人間に対する執着がなくなるってことです。もう思い残すことはなにもない、そういう意味だと思います」
 「思い残すことは……なにもない。か」
 「なにを訊きたかったんですか」
 「え?」
 「……あなたを拾ったエアリスさんが、もしもまだこの世界にいらっしゃっていたら、あなたはなにを訊きたかったんですか」
 「それは……」

 ロクはうまく舌が回らないみたいに口ごもり、なんとなく頬を掻いた。それから突然笑顔になっていつもの調子良さに戻る。

 「べつに、なんでもないよ! ちょっと会いたくなっただけ。もう二度と会えないって思ってたのが、もしかしたら会えるかもしれないーなんてなったら、ふつう会いたいでしょ?」
 「ロクさん、はぐらかさないでください」
 「え?」
 「あなたは笑ってごまかそうとするときがあります。他人に対しては事情もお構いなしにずけずけと入りこんでくるというのに、自分が踏みこまれるのは嫌だと言うおつもりですか」
 「ガネストくん、言いすぎだわ」

 慌てて止めに入ったフィラのことがガネストにはまるで見えていなかった。彼は一度もロクの顔から目を逸らさずに、声を低くして告げた。

 「……ロクさん、覚えてますか。まだ僕たちがアルタナ王国にいたとき、あなたが僕とルイルに言ったこと」
 「え?」
 「『無敵の関係になれるとは思わないか』、と」
 「──」

 『でもそういう、いろんな壁を越えて笑い合えたらさ、だれにも邪魔できない、無敵の関係になれると思わない?』

 「あれは、あなた自身がレトさんとの間で望んでいることでもあるんじゃないですか。あのときは僕も、自分たちのことで頭がいっぱいだったので、そうは思っていませんでしたが。でもいまならわかります」

 ガネストの脳裏には、此花隊本部の談話室でのことが浮かんでいた。ロクとレトの言い争いを目にしたガネストは2人が義兄妹となった経緯をすこしだけ知っている。そしてロクが「家族にしてもらったんだ」と告げていたことから、彼女がレトや義母に対して引け目のようなものを感じているのではないかと疑ってもいる。それはまるで、お互い踏みこみ合わず、距離をとっていた頃のガネストとルイルの関係に酷似していた。

 「あなたは、あなたたちは、ちがうんですか」

 ロクは黙ったまま下を向いていた。それからすこしだけ顔をあげて、重い口を開いた。

 「さっきね、メッセル副班が言ってたのを聞いて、ちょっと思ったんだ。心配をかけているうちは子どもだって。おばさんは……どう思ってるかな。あたし、レトとケンカしちゃって、どうしたらいいかわかんなくって。あたしはレトと、まだ一緒にいたいけど、おばさんには……いまのあたしたちが、どう見えてるのかな──って」

 義兄妹となった2人を抱きかかえていた腕は、もうない。残された2人は、ただおなじ女性からもらった愛だけを知っていて、ただおなじ次元師だったというだけで現在まで道をおなじくしている。ロクは悩んでいた。エアリスという"母"を失った義兄妹の、これからの関係の在り方を探している。普段身に着けることのないエアリスからもらった織物を持ち出したのも、レトヴェールとの唯一の繋がりがそれだったからだ。

 「ねえ、ろくちゃん。ろくちゃん、れとちゃんとなかなおりしたい?」
 「う……うん。仲直りしたい」
 「ろくちゃん、まえにいってたよね。さいしょはいもうとだってみとめてくれなかったけど、って。じゃあどうして、なかよくなったの?」
 「え……」
 「僕もまだそこまでは聞いてません。もしかしたら昔のことがヒントになるかもしれませんよ」
 「こんどはるいる、ろくちゃんのためにおはなし、ききたい」

 ロクは、ルイルとガネスト、そしてフィラの顔を見渡した。それぞれ事情はちがうけれど、自分が勝手に心の奥まで踏みこんで、そして心を開いてくれた人たちだ。
 廃屋の正面玄関の傍には白い長椅子が置かれていて、ひしゃげたパラソルがすぐ隣で立っている。ロクはその白い長椅子に腰をかけた。傘に空いた穴から木漏れ日がちらほらと降り注ぐ。
 
 ──現在から遡って、5年前のことをロクは話し始めた。