コメディ・ライト小説(新)

Re: 最強次元師!! 【完全版】※全話書き直し作業中 ( No.5 )
日時: 2018/08/01 11:18
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: mwz5SFMT)

  
 第004次元 花の降る町

 町のシンボルらしい高い風車が見え始めたとき、濃厚で芳しい香りがぶわりと鼻腔を刺激した。
 舞う花びら。広がる花園に煉瓦造りのこじんまりとした家屋が立ち並んでいる。
 ここは、花の降る町『フィリチア』
 平らな石を敷き詰めたような道の上を駆ける幼い子どもたちや、手慣れた所作で馬を操る男性、作物の入ったカゴを手に道端で談笑している女性たち。この町の住人たちには、すこし足を延ばせばエントリアという商店街がある。商売人の姿が少ないのはそのせいだろう。
 しかしまったくのゼロ、というわけでもない。ロクアンズとレトヴェールの2人の話に、エプロン姿の女性は花束を抱えながらも真剣に耳を傾けていた。

 「元魔、ねえ……。あ、たしかこの間、町の人たちがなにか噂していたのを聞いたわ」
 「うわさ?」
 「ええ。なんでも、この先のずっと奥にある広い庭園が、荒らされていたんですって。庭の手入れをしている人が襲われて、今でも意識が戻らないとか……」
 「……」
 「でもただの害獣の可能性が高いわ。たまにあるのよ、イノシシなんかに荒らされることが」
 「へえ~」
 「今日は巡回で来たのかしら? 2人だけなんて、偉いわ。ご苦労さま」
 「むぅ。子ども扱いしないでほしいな! コルド副班がいなくたってあたしたち、一人前なんだから!」
 「あらまあ」
 「おい、副班にだまって出てきてるんだから、余計なことは言うなよ」
 「あっそうだった」

 戦闘部班の仕事の1つに、近隣の町村をまわるという巡回警備がある。元魔と呼ばれる怪物の出没情報をいち早く入手するほか、運がよければその場で元魔に立ち会い、力を持たない人間の代わりに元魔を討伐するという目的のために行われている業務だ。
 まだ幼いロクとレトの保護者としていつもなら戦闘部班副班長のコルドも同行しているはずだが、今日はロクの提案により2人だけで隊を飛び出してきているのだった。

 「それにしても、此花隊のほうには元魔の新しい目撃情報が入ってきてたんだ。ここ、フィリチアからな」
 「本当? もしかして……」
 「どうかしたの?」
 「もしかして、さっき言ってた意識が戻らないって人……意識を取り戻したのかもしれないわ」
 「!」
 「その人、どこに住んでるの!?」
 「この先よ。庭園に近いところに、家を構えているはずだわ」
 「よっしゃ! 行こう、レト!」
 「っておい、勝手に……! ……ったくあいつは。いろいろありがとう。助かった」
 「いいえ。いってらっしゃい」
 「それじゃあ」

 女性が手を振るよりも先に、2人は背を向けて走りだしていた。
 路上で追いかけっこをする子どもたちの間を抜けて、一直線に伸びる石の道を辿っていく。

 しばらくして、2人は足を止めた。庭園の入り口を飾る花のアーチにもっとも近い、こじんまりとした木造の家が目に入ったからだ。
 まっすぐな木の棒が等間隔で地面に突き立てられている。低い丈の柵と柵の空いているところをロクは躊躇いもなく抜けていった。やれやれと肩をすくめながら、レトも彼女に続いた。

 「ごめんくださーい!」
 「こらっ、ロク。病人がいるってさっき言ってただろ!」
 「あ」

 ちょうどそのとき。バウッ!、という咆哮にロクが肩を震わせた。声のしたほうを見ると、庭に設置されたやっと子どもが1人入れるほどの小さな家から、のっそりと、黒い頭部が現れた。三角の耳と漆黒の毛並みとが立ち、鋭い目つきでロクを見上げていた。

 「うわっ、え、めっちゃ睨まれてる!?」
 「飼い主が寝てるから、大きな声を出したお前に怒ってるんだろ」
 「よ~しよし。怖くないよー? ほら、おいでっ」
 「バカっ、ケガするぞ!」

 腕を広げるロクを目がけて、黒い犬は駆けだした。噛みつかんばかりの勢いで懐に飛びこんでくる。しかし彼女は犬を捕まえるなりその黒い毛並みを撫でまわし、あっという間に抱きこんでしまった。
 レトは呆気にとられた。ロクとその黒い犬は、そこが地面の上であることも忘れて無邪気にじゃれ合っている。

 「……まじか」
 「あはは! くすぐったいよー!」
 「……」
 「なにレト、変な顔して。レトも撫でてみなよっ。可愛いよ?」
 「俺はいい」
 「あー、そっか! 動物ニガテだもんね〜!」
 「うるせっ」

 にゃははと笑うロクの頬を、黒い犬がべろりと舐めた。彼女は動物と遊ぶのが得意で、彼女の手を拒む動物を見たことがない。そう断言できるのは、レトがそんなロクの姿をいつも1歩引いたところで見ているからだ。動物になにか恨みがあるわけではない。ただ何年か前に、自分より大きな犬に意味もわからず吠えられて以来どうも苦手で、近寄れなくなってしまっているのだ。

 「あれ。この子、ケガしてるみたい」
 「え?」
 「脚のところ。かわいそう……。ちょっと待ってて!」

 ロクは腰元にぶら下げた小型のポーチを開いた。中から消毒液や筒状になっている包帯などの応急治療具を取り出すと、つかの間に、処置を終えた。

 「これでよしっと!」
 「バウッ!」
 「よしよし。……かわいそうに。ご主人様が寝こんでるから、手当してくれる人がいなかったんだね」
 「……」
 「レト?」

 黒い犬の頭上にレトは、おもむろに手のひらを翳した。しかし。

 「バウッ!」
 「……」

 力強い咆哮を受けると、差し出した手がびくりと震えた。レトは手を引っこめると、

 「……飼い主を守ろうと、必死なんだな」

 そう独り言のようにささやいた。
 ロクは、よいしょと膝に手をついて立ち上がった。

 「さてと。ぐずぐずしてられないね。庭園のほうに行こう、レト!」
 「ああ」

 最後に犬の頭をぐしゃりと撫でると、2人を見送るように黒い犬が吠えた。





 色とりどりの花が咲き乱れる庭園は、視界におさまらないほどの広大さだった。どこを見渡しても、花と草木が踊っている。絵になりそうな美しい景色に、本来の目的を見失いつつあるロクは、ぽっかりと開いたままだった口から感嘆の声を漏らす。

 「すっごいねー……っ! きれい!」
 「ああ。ここは有名な観光地だからな」
 「……そういうことじゃなくてえ」
 「なんだよ」
 「ほんっとに心が冷めてるんだから、レトはっ」
 「……? 事実だろ」
 「だ~か~ら~!」

 ドシン――と、揺れた。
 大地の震動とともに2人は息を呑んだ。おそらく同じことを考えている。
 まだ遠い。落ち着いていた心音が近づいてくる。2人の視界にはもう、美しい花びらひとつ映っていない。
 先に土を蹴ったのはロクだった。

 「ロク! おそらくこの先に元魔がいる。慎重にいくぞ!」
 「わかってる!」

 整備のされていない林道を器用に馴らしていく。伸び放題の草木を勢い任せに振り切って、片時も休むことなく前進した。
 仄かに、水と土の入り混じったような匂いを感じ取ったときだった。

 「そう言って、お前はいつもいつも……──、っ!」
 「……」

 車輪を転がすような足取りが、急停止した。
 崖から囂々と落ちる水の壁。細い川が伸びる滝つぼの、すぐそば。
 剥き出しの牙、形の異なる二本の角。体面からぼろぼろと崩れ落ちる、鱗のようななにか。形のかろうじて丸い頭部が揺らめいていた。
 灰、黒、茶色――混沌とする鈍い色の外装に、ぽつりと咲く三つの点。
 真っ赤な眼球が、ぎょろりとこちらに剥いた。

 「お出ましみたいだね」
 「ああ」

 2人の身長を遥かに凌ぐ体長。1歩、土を踏めばたちまち震動が起こり、2人の足元を揺らがす。
 動物のようにも人間のようにも魔物のようにも見えるその怪物は、決して鮮やかとはいえない顔色で大口を開け、咆哮した。

 「ギャアアアッ!!」

 鼓膜が破れるほどの爆音。とっさにレトは耳をふさいだ。

 「く……っ! おいロク、まずは慎重に──って、おい!」
 「────次元の扉、発動!」

 長閑な風を切って、ロクは、高らかに詠唱した。
 
 
 「『雷皇らいこう』──!!」
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.6 )
日時: 2018/09/08 20:56
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: pzCc2yto)

 
 第005次元 花の降る町Ⅱ
 
 全身に纏う、雷。コートの袖が強い光を帯びると、ロクアンズは地上めがけて手を翳した。

 「──雷撃ィ!!」

 その名に従い、雷は激しい花火となって元魔に降り注いだ。
 しかし。その黒い頭部の一片が裂け、口のようななにかを大きく開くと、そこから放たれた絶叫が雷を打ち消した。
 元魔は高く跳び上がり、鋭く尖った爪でロクに襲いかかる。

 「うわっ!?」

 間一髪、というところで攻撃を避けると、ロクはまっさかさまに地上に落ちていった。

 「ロク!」

 しかしロクは空中で器用にくるりと回り、無事に着地した。

 「ふぅ……危なかった~っ」
 「ったくお前は……だから慎重になれって言っただろ!」

 レトの叱咤に、ロクは一瞬ムッとして、

 「そう言うけど、レトだって!」

 殺気。
 ぐんと伸びてくる長い爪が2人の間に割って入る。ロクとレトはおたがいに逆方向へと飛びのいた。
 元魔は、赤い眼光を揺らしながら、ゆっくり歩きだす。

 「まずい! 町のほうに行きそうだよ! 止めなきゃ!」
 「だからがむしゃらに突っこむ前に作戦を……!」
 「っ、レトのばか!」
 「!」

 ロクは、元魔を追いかけようと踏みだした足を主軸に、半身だけ振り返った。

 「町の人が危ないっていうのに、なんでそうためらっていられるのさっ!」
 「……」
 「――レトだって、あたしとおなじ次元師でしょ!」

 レトは、ぴたりと静止した。彼の顔からぷいっと視線を外し、返事も待たずにロクは元魔を追いかけていった。
 1人、レトは取り残される。俯いていた。

 「……俺は、お前みたいには……」

 ぽつりと呟いた言葉は、だれに届くわけでもなく、視界の中でちらつく木漏れ日に吸いこまれた。
 ロクはすでにいなくなっていた。
 鬱蒼とした森林地帯。そこへ危険も顧みず飛びこんでいくロクの姿に、どこか煮え切らない気持ちを抱いていることはわかっている。
 探すつもりで走りだした。そこに混ざる焦燥が、どんな色をしているのかもわからないまま。



 元魔の黒い背中が見える。鱗のようななにかをぼろぼろと落としながら、ゆったりと走っていた。身体が重いのだろう。さほどスピードは出ていなかった。
 ロクは、右耳の通信機に意識を向けた。連絡はきていない。

 「……」

 レトから謝罪の言葉のひとつでも飛んでくるかと思っていたが、どうやら自分が思うよりもずっと薄情な人間だったらしい。

 「レトのバカ。いいもん。あたしだけでやっつけてやる!」

 加速。たっ、と地面を強く蹴り、跳び上がった。
 元魔の頭上に狙いを定め、その指先に、雷を這わせた。

 「雷撃ィ!!」

 空中で、雷が散とした。電気の欠片を浴びた元魔は足を止めた。否、止めさせられた。
 その隙に、ロクは元魔の視界の中へと降り立った。

 「……」

 決して鮮やかとは言えない、混濁とした外観。その赤い両眼と、額に輝く"心臓"だけが一際目立っている。
 自己的な意思などないのだろう。口から洩れる唾液のようななにか。狂ったような、赤いだけの眼から筋が伸びている。
 元魔とは、怪物だ。意思もなく、形もなく、名もない。あるのは、人間を襲うという意識ただひとつ。
 ロクは元魔を睨みつけた。

 「必ず、滅ぼしてみせる」

 雷が唸る。ぶわりと長い髪が靡いた。電熱にさらされた緑の瞳が、淡くも力強い眼光を放つ。
 
 「五元解錠! ――雷撃ィ!!」

 突き出した両手から、溢れるほどの雷を放った。長い髪が風とともに後ろへ引っ張られる。
 元魔は大きく口を開き、甲高い咆哮を吐き出した。

 「ガアアアアッ!!」

 雷と咆哮が、正面から衝突する。袖がまくられ、露になったロクの細い腕に電気がまとわりついた。痺れていくのを感じながら、表情は歪み、両足が下がっていく。
 まずい、と思った瞬間。

 「うわあっ!」

 ロクの四肢が大きく飛び上がった。宙を泳ぐ。小さな身体は風に弄られ、抵抗する術もなくそのまま大きな木の上に、頭から突っこんだ。
 元魔はというと、ブルルッと頭部を振り、ふたたび重い足取りで走りだした。

 (ま……まずい!)

 ロクは身体がまだ休まらないうちに、動きだした。コートの至るところが木の枝に引っかかっていたが、むりやりにでも手足を動かし体勢を変える。案の定、灰色の布地から繊維が伸びたが、そんなことを気にする間もなくロクは木の上から飛び降りた。
 ちぎれた葉っぱを髪や肩にくっつけたまま、ロクは元魔の跡を追った。

 (町まで、もうすぐそこだっていうのに……!)

 身体が重い。自分が思う以上のダメージを負っていたようだ。ロクは半ば身体を引きずりながら、前へ前へと進む。

 前方で、小さな黒い影が揺らめている。
 黒い影は、鮮やかな花のアーチをくぐることができず、ぐしゃりとそれをなぎ倒して町の中へと入っていった。

 ロクも急いで花のアーチがあったところを踏み超えた。痛みは置き去りにして。
 すると元魔は、ある木造の小屋の前で立ち止まっていた。
 大きな影を落とし、全長の半分ほどしかない小屋を見下ろしている。

 そのすぐ真下で、黒い犬が吠えていた。

 「!」

 小屋には人間がいる。それを感知したのだろう。恐れも知らず、黒い犬は怪物に向かって吠えていた。
 小さな玩具に手を伸ばすように、
 怪物の鋭い爪が降り注いだ。

 「待ってッ!」

 そのときだった。
 ひとつの影が、風のように黒い犬を攫っていく。
 元魔の爪が虚空を掻いた。

 「四元解錠、」

 黒い犬の近くに、だれかが立っていた。

 「──八斬式!!」

 八度の斬撃。形状の定まっていない太い腕から、血、のようななにかが勢いよく噴き出した。
 小さく悲鳴をあげた元魔が後ろへ引き下がる。
 ロクの視線。大きな怪物の背中の奥に、金の髪が見えた。

 「レト!」

 レトはコートの袖で汗を拭うと、ロクのかけ声に気がついた。が。

 「ギャアアアアッアアアッ!!」

 激しい咆哮が、草木を揺らし土を剥がしていく。
 それがいままでにない怒りの顕れだということを理解させられる。耳をふさぐだけでは足らず、レトとロクはぎゅっと目を瞑っていたが、
 次に目を開けたときには、

 「い……いない!」
 「向こうだ! 人のいるところへ行くつもりだぞ、あいつ!」

 元魔はドシン、ドシンと大地を揺るがしながら前進していく。
 町の人のものと思われる悲鳴が、二人の耳に聞こえてきた。

 「ロク!」
 「わかったッ!」

 ロクの右腕に、電気が奔る。それが拳に集約されると、ロクはそのまま地面に振り落とした。
 
 「雷撃ィ――!!」

 電気の波が高速で地上を駆ける。と、瞬く間に、電気が元魔の足元に喰らいついた。
 次の瞬間。
 叫喚。
 そして大きく仰け反った元魔の身体が、重力の赴くままに、ぐらりと傾きはじめた。

 「まずい! あのまま倒れこんだら──町の人を巻きこむぞ!」
 「っ!」

 どう考えても、間に合わない距離に元魔がいる。これから走りだしたところで、その場所まで辿りつけないのは明白だった。
 なけなしの希望を翳すように、ロクが手を伸ばした。
 そのとき。

 傾いた元魔の身体に、幾重もの鎖の束が巻きついた。

 「っ!?」
 「あ、あれは……」

 何十本と伸びる鎖の先には、男がいた。

 「説教は後回しだ! 無事か、二人とも!」

 精悍な顔つきに焦りを滲ませたコルドが、そう叫んだ。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.7 )
日時: 2020/03/27 10:34
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第006次元 花の降る町Ⅲ
 
 男は、ロクアンズやレトヴェールと似たような作りの隊服を身に纏っていた。その隊服の色は2人のような灰色ではなく、黒だ。此花隊において、この黒色の隊服を着用しているのは各班の班長と、全副班長以外にはいない。
 突然現れたこの男はほかでもない、戦闘部班の副班長のコルド・ヘイナーだった。

 「こ、コルド副班……っ!?」

 コルドが鎖を強く引っ張る。すると鎖は元魔の身体に深く食いこみ、きつく締め上げた。黒い喉がはち切れんばかりの叫喚を撒き散らす。

 「じ、次元師様だあ!」
 「次元師様が助けにきてくださったぞー!」
 「やっちゃえー!」

 紐で締めた肉塊のように元魔の皮膚が鎖の隙間からはみ出している。元魔は身動きひとつ許されることなく、ただ少しずつ体をくの字に折り曲げていく。

 「おい! 無事かと聞いているんだ、2人とも!」
 「え? う、うん!」
 「そうか……」
 「! コルド副班!」

 レトが気づいたときには、遅かった。
 さらに体を畳んだ元魔が力を振り絞ると、鎖の持ち主であるコルドの体が、空高く打ち上げられた。

 「な、なにっ!?」

 鎖で元魔と繋がっているコルドの体は、大きく弧を描いて空を飛ぶ。このまま、高い位置から地面に叩きつけられれば、無事では済まないだろう。

 「コルド副班! 鎖を離せ!」

 レトはそう叫んだ。

 「!? そんなことをしたら……!」
 「いいから離せ!!」

 離せ、と言われたところでコルドの胸中は不安の色で染まっている。鎖を離せば、文字通り元魔の動きを封じていた手網が絶たれることになる。やや遠目から、町人たちが元魔を取り巻く三人の次元師の様子を伺っているとはいえ、そこに危害が及んでしまうであろうということは容易に推測できた。
 しかしその鎖を離せと叫ぶレトの姿を、ロクは横目に見ていた。

 「れ、レト……」
 「ロク、でかいのを頼めるか」
 「え?」
 「時間がない。チャンスは一度だけだ。……俺を信じろ、ロク!」
 「……」

 面を食らうも、ロクは、にっと強気な表情に変わった。

 「うん、もちろん!」

 レトとロクが頷き合うのを、コルドは空の上から見ていた。
 意を決する。
 遥か空中。コルドは、鎖から手を離した。

 「頼んだぞ、ロク!」
 「まかせて!」

 コルドの身体が宙をさまよう。それを見たレトがすかさず走りだした。
 元魔が捕縛から解放される。
 空から降ってくる大きな身体にレトが飛びつくと、
 刹那。
 ロクが両手に雷を湛えていた。

 「五元解錠──!」

 指を組む。離す。両の手のひらを、元魔へ向ける。

 「──雷柱!!」

 雷が細い閃光となって、地面の上を駆けていく。それが真円を描くと、元魔を包囲した。
 その円に囲まれた地表が、砕ける。次の瞬間。膨大な電気の塊が、一本の太い柱となって元魔の全身を呑みこんだ。

 「ギャアアアアアアアアッ!!」

 叫喚が、雷とともに空を突く。鱗のようなものが剥がれ、肉体が焼き払われていくその様を、ロクやレト、コルドに留まらず、町人たちも息を呑んで見送っていた。
 元魔の額にあった赤い心臓が、パキッと音を立てて割れた。
 焚いた火の粉のように、怪物の破片がすこしずつ空へ流れていくと、

 あっという間に、怪物がいたはずの場所にはなにもなくなってしまった。

 「……すごい」

 町の子どものものと思われる、小さな声がした。

 「す、すげえっ!」
 「これが次元師様の力か! やっぱすげえよ、あんたたち!」
 「きゃー! 次元師様、素敵ー!」
 「守ってくれてありがとうなあー!」

 ワアッ、と歓声が沸いた。ロクの周りに、町人たちが目を輝かせて集まってくる。

 「こんなに小さいのになあ」
 「いつも巡回で来るだけだったから、改めてその技ってのを見てみると、すごい派手でたまげたよ!」
 「大したもんだよ、嬢ちゃんたち!」
 「へっ? え、えへへ!」

 ロクはたじろぎながらも、へらっと笑みを返した。

 すこし遠いところからギャラリーを眺めていたコルドが、それにしても、と口を開いた。

 「まさかお前があんな無茶な行動をとるとは思ってなかったぞ、レトヴェール」
 「……たぶん、二度とやらない」
 「はは」

 コルドは、さきほど鎖から離したほうの手のひらを見つめた。

 「あのまま地面の上に落ちたとしても、新しい鎖でも出してこの辺りにある適当な木に巻きつけて、木をクッションに着陸しようと考えていたんだよ、俺は」
 「……」
 「でもまさか、お前が飛びこんできてくれるとはな。助かった。ありがとうな、レトヴェール」

 レトの頭にぽんと手を乗せた。若干いやそうに顔をしかめられた気がしたが、振り払われることはなかった。

 「動かなきゃって、思っただけだ」
 「……お前たちは、いいコンビなんだな」
 「レトー! コルドふくはーん!」

 人影の山に埋もれて、ぶんぶんと手を振っていたのはロクだった。
 名前を呼ばれた二人が人だかりを掻き分けてロクのもとへ行くと、彼女は片腕に大きな花束を抱えていた。

 「見て見て! 町のみんながお礼に、ってお花くれた!」
 「これはすごいな。よかったな、ロクアンズ、レトヴェール」
 「へへへ~」
 「ここの自慢の品っていったら、花くらいしかなくてねえ」
 「食えるもんでもないが、感謝の気持ちだ。受け取ってくれよな、小さな英雄さんたち!」

 ロクが調子を上げてわははと笑う。レトは小さく息を吐いた。そんな2人より幼いであろう少年が、2人のそばにとことこと寄ってきた。

 「ねえ、じげんしさまは、きょうだいなの?」
 「へ?」
 「……」
 「ぜんぜんにてないんだね、ねえママ!」
 「そ、そうね。さ、あんたはあっちで遊んでなさい」
 「えー」
 「そうだね」

 ふてくされて母親の服を引っぱる少年の頭を、ロクはわしゃりと撫でまわしながら、しゃがみこんだ。

 「ぜんぜん似てないんだっ、お姉ちゃんたち」
 「どうして?」
 「それはねー、ほんとの兄妹じゃないからだよ」

 少年は聞き返した。

 「ほんとのじゃないって、どういうこと?」

 ロクは立ち上がる。そのときレトと目が合った。
 たたっと駆けだすと、それに合わせて人の波が避け、ロクは、花束を持ったままくるりと振り返って言った。


 「──いつかこの世界を救う英雄になる、エポール義兄妹だよ!」


 花びらが舞う。
 活きた花たちが、ロクの腕の中でさわさわと揺れた。
 後の祭りであるかのように、あっけにとられて急に静まり返った町人たちに、ロクたち3人が背を向けるときだった。バウッ! と遠吠えがして、その鳴き声の主に3人は大きく手を振り返した。

 「……い、いまあの子……なんて」
 「──エポール、ですって……?」

 町人たちのざわめきは、聞こえていた。しかし、2人が振り返ることはなかった。
 
 
 
 
 
 「ねえ見てレト! この花束ね、見たことない花がたくさんある!」
 「よかったな」
 「……ほんっっっと、冷めてる!」
 「しかたないだろ」
 「しかたなくない!」
 「……」

 此花隊本部への帰り道。レトとロクのいつものちょっとした言い争いをなんとなく耳にしながら先頭を歩いていたコルドが、急にぴたりと足を止めた。

 「……どうしたの? コルド副班」
 「忘れもんか?」
 「い、いや……その」

 珍しく口を濁すコルドの顔を覗きこむように、彼の背中から2人が顔を出した。
 コルドは、ゴホンとわざとらしく咳をした。

 「今日のことだが……」
 「うっ! ま、待った! コルド副班聞いて! あたしたちはなにも、その、出来心だったとか、困らせたかったわけではなくて~……!」
 「すまなかった」

 コルドが、丁重に頭を下げた。
 予想もしていなかったことに、ロクは大きな目をぱちくりさせた。

 「へっ?」
 「今回、フィリチアでの元魔討伐にお前たちを巻きこんでしまったのは……俺のせいだ。実は、すこし前にもフィリチアへ行って、元魔の痕跡がないか、それらしい事件は起こっていないかの調査をしたんだが……庭園が荒らされていたのを知って、それについて聞いたときに『害獣のせいだろう』と町の人に言われ、『そうですか』って勝手に納得して帰ったんだ……。自分で調べもせず、な。でもお前たちは、見逃さなかった」
 「……」
 「……セブン班長の言った通りだ」
 「え?」

 コルドは視線を上げる。ロクとレトの、幼い瞳が、さきほどの戦闘でどれほど頼もしかったかを心の奥のほうで噛みしめる。

 「本当にありがとうな、レトヴェール、ロクアンズ」
 「……へへっ!」

 ロクが首を傾けた拍子に、花束もおなじように優しく揺れた。

 「そんじゃあご褒美がほしいな~! ねっ、なんかおいしいもの食べて帰ろうよコルド副班~!」
 「それはなし」
 「ええっ!? な、なんでっ!? いま、あたしたちのおかげって……!」
 「無断で元魔討伐に出たこと、まさか帳消しになるとでも思っているのか?」
 「うっ!」

 そこを突かれてしまっては、といったようにロクはわかりやすく全身で脱力した。
 コルドはキビキビと歩きだしたが、しかし、もう一度だけ立ち止まって、

 「バカなこと言っていないで早く戻るぞ。ロク、レト!」
 「……!」
 「……」

 振り返らずに、背中の後ろにいる2人の名前を呼んだ。

 「はーい! コルド副班っ!」

 ロクの元気な声が返ってきた。レトからの返事はなかったが、おそらく、わかりにくい笑みを浮かべていることだろうと思った。
 
 空から、雨のように花が降りそそぐ。
 しかし雨にしては温かいそれらに見送られて、3人は肩を寄せ合い帰路についた。