コメディ・ライト小説(新)
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.8 )
- 日時: 2018/06/01 23:05
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: .pwG6i3H)
第007次元 海の向こうの王女と執事Ⅰ
「雷撃ィ!!」
ただ広い室内に、張りのある声が反響した。
掌から雷光が放たれる。微弱な電気が床を這う。鍛錬場はとても広い空間になっていて、放った電気は壁や天井に触れることなく、目の前で散ってしまった。
「……う~ん。だめだなあ……。やっぱり、威力が足りないのかなあ」
ロクアンズは、ぽりぽりと髪を掻きながらそう呟いた。
『次元の力』とは、200年前に突如この世界に現れた"非科学的な力"である。
その力を与えられた人間の数は計り知れないが、力の数は推定100と言われている。選ばれた人間たちに共通点はなく、ほとんどの学者たちは『無作為の選ばれている可能性が高い』と推測している。
次元の力を与えられた人間のことを、この世界では『次元師』と呼ぶ。
100の力に対して、次元師の数が計り知れないというのは、次元の力を持つ次元師が命を落とした場合、次に世界のどこかで新たに誕生した人間がその力を受け継ぐ、という不可解なシステムが働いているからだ。
いつの時代も100の数を守り続ける次元の力は、いまだに多くの謎を秘めている。
世界中のだれもが知っているのは、"異次元の世界から、ある特定の武器や魔法を取り出す力"である、ということだけだろう。
若草色の長い髪を持つ少女、ロクアンズ・エポールも、そのうちの一人だった。
彼女が有するのは『雷皇』──その名の通り、雷を操る次元の力。
雷を放出したり、床に伝わせたり、柱にしたりと、最近の中だけでもロクは次元の力の扱いに多少慣れているらしいとわかる。
ロクが自分の手のひらを見つめながら、広い室内でぽつりと立ち尽くしていると、
ギィ、と重たい扉を開く音がした。
「朝早くから精が出るわネ~、ロクちゃん」
「モッカさん!」
扉を押し開きながら入ってきたのは、肩までのベージュの髪色に緩いウェーブをかけたような髪型の、モッカだった。
彼女は、派手な色の塗料を施した指先をひらひらと振った。
「どうしたのー? モッカさん」
「この前のフィリチアの件、見事解決したって聞いたわ」
「ああ! ……いやでも、けっこう叱られちゃって……」
「ふふ。やっぱりね。アタシもこってり絞られちゃったぁ~」
「えっ、そうだったの?」
「そーそー。『勝手に二人を送り出すなんて何事ですか!』ってネ~」
「ごめんねモッカさん……巻きこんじゃって」
「いーのいーの。気にしないで。それに、実はコルド副班長のせいだったんでしょ? 巻きこまれたのはこっちよ~ってネ?」
「あはは!」
「あっ、そーだそーだ。その彼がお呼びみたいよ」
「え?」
「班長室で」
「げッ! そうだった!」
ロクは、その辺りに脱ぎ捨てていた灰色のコートと、何枚かの紙を拾い上げると、ばいばい! とモッカに言ってすぐに鍛錬場を出ていった。
鍛錬場は、東棟の一階に設置されている。そのほかにも講堂、集会所、戦闘部班班長室、会議室、戦闘部班の班員用の寝室など、おもに戦闘部班に所属している隊員のための設備が、この東棟に揃っている。しかし大食堂や治療室、資料室などといった、戦闘部班以外の隊員も使用する設備は、中央棟と呼ばれる建物内に位置しているため、連絡橋を渡って建物を移動する必要がある。
戦闘部班の班長室に呼ばれたロクは、おなじ東棟内の二階へ向かっていた。
『戦闘部班 班長室』と、木製の扉にはめこまれたガラスのプレートにはそう書かれていた。が、ロクは大して意識することもなく、ガチャッと大きな音を立てて入室した。
「わかりました。早急に準備をいたしま──」
「コルド副班長!」
「おわっ!? と……おい、ロクか! お前なあ、入室するときはノックをしろノックを! しかもここをどこだと思っている!? 班長室だぞ!」
「わわ……っそ、そんな、いっぺんに言わないでよ!」
「じゃあいっぺんに言わせるな!」
「まあまあ、コルド君。そんなに怒らなくとも」
「班長! 一介の班員が、上司である班長の仕事場にノックのひとつもなく入室するとは、由々しき問題です! 子どもだからとか、そういうことは通用しません! どこへ向かわせたとしてもその派遣先で失礼のないよういまから礼儀の作法を……──」
「わかったわかった。社会における礼儀作法の講義でも設けよう」
「えええっ!? そんなあ!」
「異論は認めないぞ」
わかりやすく、がっくりとロクは項垂れた。
しかしすぐに、あっ、となにかを思い出したように顔を上げると、ロクは手に持っていた紙束をコルドに差し出した。
「? なんだこれは」
「反省文だよー。フィリチアのときの!」
「ああ。今日で3日目か」
コルドは、ロクから手渡された紙束に目を通しながら、そう思い返した。
隣町、フィリチアでの元魔討伐から3日が経過した。しかし、直属の上司に断りもなく任務に出かけてしまったロクに対して、『3日間、朝に反省文を提出すること』と、『その間外出許可を与えない』という二つの罰が下された。ちなみに、その任務に同行していたレトには反省文提出の命はなく、彼は謹慎処分だけを言い渡されていた。
コルドは反省文に目を通し終えたのか、すこし目から離して言った。
「……いいだろう。今日から復帰だ、ロク」
「やったー! もう、体がうずうずしてたんだよ! ばりばり任務に行くぞー!」
ふっ、とコルドが笑みをこぼす。と、彼は突然、ああ、と会話を切り出した。
「──そうだロク。さっそくで悪いんだが、これから任務に同行してもらえるか?」
「え、ほんと!?」
「ああ。急いで出かける準備をしてくれ。それとレトもだ」
「……あー……」
「なんだ?」
「レトたぶん……まだ寝てると思う」
「……うそだろ」
コルドは、コートの胸ポケットから時計を取り出すと、その針をまじまじを見つめた。
時刻は午前9時。コルドはてっきり、あの真面目そうな性格からして朝早くに起きて本でも読んでいるのかと思っていたが、とんだ思い違いだったらしい。
「レト、起きるの遅いよ。夜遅くまで本読んでるから」
「あいつ、夜型だったのか……」
「寝起きは機嫌悪いしね」
「……」
コルドは、はあ、と大きなため息をついた。
「わかった。今回はお前だけ連れていく。とりあえず急いで準備をしてくれ。詳しいことは船の上で話す」
「え? ……船?」
「海を渡るからな」
コルドは、戦闘部班班長のセブンに一礼し、班長室を後にした。海を渡る、というワードにしばしの間ぽかんとしていたロクも、慌てて退室し、自室がある3階のフロアへ向かった。
腰に取りつける用のポーチに、ロクは必需品を詰めこんでいく。簡単な治療薬、筆記具はもちろん、携帯食料をすこし多めに持っていくのもいつものことだ。
ガチャリ、と自室のドアを開けて廊下に出る。すぐ隣はレトの自室となっているが、出てくる気配はしない。
一応、コンコンとノックを試みたロクだったが、案の定反応がなかったためやむを得ず引き下がった。
「レトは?」
「……」
「そうか……」
無言でふるふると首を振るロクに対し、コルドは短く息を吐く。
中央棟の一階。ここは特殊な造りをしていて、ずっと真横に伸びる廊下の壁沿いに総合受付のカウンターがある以外には、なにもないただの通路だ。そして、廊下からすぐ目の前に広い中庭が見える。カウンターからまっすぐ歩くと、段数の少ない階段から地面の上に降りることができる。東西に長い廊下には、太陽の光を均等に切りわけているかのような柱の太い影が並んでいる。
コルドが階段を降りはじめたので、ロクも彼に続いた。
「ねえね、コルド副班。海を渡って、どこに行くの?」
「ん。ああ」
広い中庭を横断しながら、コルドは言った。
「アルタナ王国だ。メルギースとも友好的な関係を築いている、穏やかな国だよ」
荷馬車を用意してもらったから、それで港町まで行こう。そう言ったコルドとともに門をくぐると、荷馬車とそれを扱う隊員が二人を待ち構えていた。
まもなく発進する。馬が蹄を打つ音、そして道の上を転がる車輪の音が、ロクの心に強い高揚感を齎した。
(どんな人がいるのかな)
初めて味わう胸の高鳴りを、荷馬車が着々と港へ運んでいく。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.9 )
- 日時: 2020/03/26 17:36
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第008次元 海の向こうの王女と執事Ⅱ
エントリアを発ってから、半日が経過した。すでに太陽はどこにも見えず荷馬車から降りる頃には、空はすっかり灰と紫とに覆われていた。
港町、トンターバの市場は夜を迎えてもまだガヤガヤと人の足が溢れていた。店の提灯がずらりと飾られ、夕闇に明かりを灯すその様は壮観だ。近くの町村から買い物に訪れる人民が多く、ここの市場は毎晩、祭りが行われているかのように賑わっている。
コルドとロクアンズは、トンターバでたった一件の大きな宿屋に訪れると二人分の部屋をとり、そこで一晩を過ごした。
翌朝。
コルドは町の中で食料の買い出しをしていた。彼が店を出るとき、アルタナ王国行きの大型船がまもなく出航するところだった。
乗船員に声をかけ、手配を済ませると、コルドとロクアンズはそのまま船に乗った。
甲板で、パンに牛乳をつけ合わせた簡単な朝食を摂りながら、コルドは話し出した。
「今回の任務は、主に元魔の討伐だ。かなりの数が確認されているが、アルタナ王国にはあまり次元師がいないらしく、友好国であるメルギースに依頼を申し出たというところだろう」
「へえ……。ん? 主に?」
「ああ。もうひとつ、お前を連れてきたのにはわけがあるんだ」
コルドは口元に持ってきていたパンのかけらごと、組んだ脚元にすっと手を下ろした。
「この依頼自体、アルタナ王国の国王陛下から直々に送られてきたものでな。陛下の娘様……つまり、アルタナ王国の王女様について、お前に手伝ってほしいことがあるとのことなんだ」
「王女様?」
「王女様の、その……友だちに、というかなんというか……」
「とっ、友だちぃ!?」
「……というより、ご機嫌取りをしてほしいんだそうだ」
コルドは、周囲を気にしてのことかロクの耳元で声を小さくして言った。
「ご機嫌取り?」
「ああ。その王女様はいま、部屋に籠りきりなんだそうだ。臣下たちの言うことにまったく耳を傾けず、食事も十分に摂られてない状態だとか……とにかくその王女様に手を焼いているらしくてな」
「ふーん……」
「それでお前を同行させたってわけだ。一国の王女様とお近づきになれるなんていい機会だし、お前ならすぐ仲良くなれるだろう」
ふんふんと、ロクはただ耳を傾けていた。
しかし、すこし考えこむような表情になると、ロクはおもむろに口を開いた。
「……ねえ、コルド副班」
「なんだ?」
「この話、荷馬車の中でもできたんじゃない?」
じっ、とコルドを見つめる。無垢な緑色の瞳が、彼にはやけに鋭い刃物のように感じられた。
「……お前、意外と鋭いな」
コルドの頬に冷や汗が伝った。甲板でうろついている人の雑踏に紛れて、彼は息を吸う。
「お前に言うか言うまいか、いまのいままで悩んでたんだが……正直に話そう」
「……」
「王女様が機嫌を損ねている、その理由だが……実はいまアルタナ王国は、国葬を終えて間もないんだ」
真剣に耳を傾けていたロクは、え、と驚きの声を上げた。
「亡くなられたのはアルタナ王国第一王女殿下。旅路の道中で、事故に見舞われたらしい」
「そんな……。どこで事故に遭ったの?」
「極北西にある、ルーゲンブルム王国付近の森だ。古来より宿縁があって、アルタナ王国はその国を唯一敵視している。それで王女殿下の死をただの事故とは思ってなく、ルーゲンブルムの仕業なのではないかと国の上官位は躍起になっているんだ。……そしてなにより、国王陛下の御身が危険な状態らしい」
「それって」
「ああ。アルタナ王国の国王陛下はもとより身体の弱い御方で、ここ何年も床に臥せられていると……。いつお倒れになっても不思議じゃないその御身では国の未来が心配なんだろう。だから、まだ幼い第二王女殿下に、王位を継がせる準備をしている真っ最中なんだ。第二王女殿下はおそらく……その歳の幼さもあって不安に襲われているから、部屋に籠っているんじゃないかと思っている」
その第二王女の不安を、どうにかして取り払ってほしい──きっとそういうことなんだろうとロクは理解した。
「国王陛下の病状については、国民のほとんどが知らされていないんだと。まあ当然だな。王女殿下の死に続いて、これ以上民を惑わせたくないんだろう」
この船に乗っている人の中には、アルタナ王国の民もいるだろう。機密情報にもなるアルタナ王国の上層部の事情を話すには、開放的で雑多な音が聞こえてくる空間が望ましいとコルドは判断したに違いない。
船は、波に揺られながらアルタナ王国を目指して前進する。
「滞在期間は?」
「10日です」
波止場の青い空を泳ぐ海鳥たちに迎えられ、コルドとロクはアルタナ王国の地に降り立った。
ロクはぐっと腕を伸ばした。
「んー! やっと着いたあ!」
「のんびりしてる暇はないぞ、ロク。これから仕事だ」
「はーいっ」
「……──ロク。ここでは姓は伏せたほうがいい。わかるよな」
「……。うん」
そのとき。コルドとロクの近くで、ザッと足を揃える音がした。二人が振り向くとそこには、鎧を身に纏った二人の男が立っていた。
「アルタナ王国へようこそお出で下さいました、メルギースの次元師様」
「我々は国王陛下より、あなたがたの護衛を仰せつかまつりました。我々が責任を持って、王城までご案内いたします、コルド・ヘイナー様……と、そちらは……」
ロクの名前は聞いていなかったのか、一人の男がそう尋ねてきた。
「あたしの名前は、ロクアンズ。よろしくねっ!」
「え、ああ、はい。ロクアンズ様ですね」
「それじゃあ、王城までお願いいたします」
「はい」
港から続く大きな通りを上っていくと、賑やかな城下町へ出た。町の様子それ自体は、メルギースのエントリアの通りと変わらず、人と物資に溢れている。
路上で芸を披露する者とその人だかりを見かけると、ロクは思わず足を止めた。
「あれ、なにやってるの?」
「奇芸です。ああやって、棒や布、玉などの何の変哲もない品を使って、珍しい踊りなどを披露することをこの国ではそう呼びます。奇芸を行うのは主に旅芸人で、芸が素晴らしいと思われれば、ああやってみなが銅貨を投げ、そこで得たお金で暮らしを凌いでいるのです」
「へえ。すごいすごい!」
「ほかにも、ありとあらゆる芸がございますよ。ご覧下さい」
騎士の一人が指差した方向には、路上に布を広げ、硝子の品をずらりと並べる商人の姿があった。
それもただの品物ではない。まるで王城に寄贈するような、繊細かつ色合いも美しい硝子細工にロクは目を瞠った。
「えっ、あれ、ガラスなの? すっごい形!」
「そうです。なかなか見事でしょう? あの者は一般の民ですが、王宮に認められた硝子職人もいます。というのも、我が国の芸術品はみな、他国の王族貴族から高い評価をいただいており重宝がられているのです。アルタナ王国はいわば、世界一の芸術大国なのです!」
「ほえ~……」
辺りを見渡せばたしかに、野菜や果物などの鮮物よりも、珍しい形の菓子や煌びやかな装飾品を並べている商人のほうが多いことに気がつく。ロクはその物珍しさに首をあっちへこっちへ振っていたが、あるものを見かけると、その売り場に駆け寄っていった。
「あっ、おいロク! ウロチョロするなって!」
「ねえねえおじさん! この、白くてふわふわしてるのはなに? 食べ物?」
ぴょこっと屋台の下から顔を出したロクに、店主らしき男はすこし身を乗り出して言った。
「おお、嬢ちゃん。見ない顔をしてるねえ。ほかの国から来たのかい?」
「うん。メルギースから、ちょっと用事で!」
「そうかいそうかい。そんなら、うちの店のを土産にするといい! これは綿と糸とを編んで作った帽子で、男にも女にも大人気の品さ。嬢ちゃんくらいの年の子もみんな被ってるよ」
「帽子? なーんだ、食べ物じゃないんだ……」
「ははは! 食べ物じゃなくてがっかりしたかい? でもこれは、自分で編んで作ることもできるんだよ。自分好みの、世界でたった一つの帽子を作れるんだ。こんなのとかね」
「わっ!」
ロクの頭に、ぽすっとなにかが覆いかぶさる。頭にじんわりと温かさ伝わると、それが平たく分厚い帽子のせいなのだと実感する。
「あったかーい! それになんだか……いい香りがするね!」
「この綿は、キッキカっていうアルタナ王国にしか生息してない花の花弁でね。大きくてしっかりとした綿から、その花の蜜が仄かに香るんだ。だから、どこへ持ち帰ってもアルタナ王国の香りを忘れずに、ずっと覚えていられるんだよ」
「へえ……ロマンチックだね」
頭に被った帽子を取り外しながら、ロクはその花の香りを吸いこんだ。仄かに甘く優しい、独特の香りがした。
「ああ。ライラ王女様も大変気に入られ……」
「……」
「あ、ああ、すまない……。他国からのお客さんの手前、沈んだこと言っちゃあいけないな。さあ嬢ちゃん、気に入ったんなら一つどうだい? 安くするよ!」
ロクは、コルドたちとともに来た道を振り返る。すると、奇芸というものを披露していた旅芸人の姿がほんのすこしだけ見えた。
自国の王女が亡くなって間もないというのに、この国の民は皆笑顔だ。
だが、その悲しみをだれもが必死に芸というもので埋めようとしているからかもしれないと思うと、ロクはなんだかやりきれない気持ちになった。
そんな憂いを帯びたロクの表情を、拳骨ひとつで歪めてしまったのは、コルドだった。
「あだッ」
「だから、これから仕事だって言ってるだろう……! 観光はぜんぶ終わってから! それまでお預けだからな!」
「……あい……」
ロクはぶたれた頭をさすりながら、騎士たちとコルドのもとへ戻っていった。
顔を上げると、遠くの景色の中に、アルタナ王国の王城が見えた。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.10 )
- 日時: 2018/05/29 17:22
- 名前: 日向 ◆N.Jt44gz7I (ID: LA9pwbHI)
いつもお世話になっております、日向です。
たまにはレスという形でさいじげへの思いをお伝えしたいなと考え、お邪魔した次第です。
瑚雲さんはご存じないかもしれませんが【最強次元師!!】は私がカキコに来た当初、そうですね……右も左も知らない時分に衝撃を受けた作品であり、憧れの作品でした。
およそ七年前でしょうか、私が丁度コメディライトで執筆に手を出した頃だと記憶しております。
たくさんの人に愛されるロングランのバトルファンタジー、それが最初に触れたイメージでした。2レスに渡る物語を完結させる、そこまでには長い長い努力と苦悩があったと思います。
本当におめでとうございます。いや……今更過ぎますね苦笑
コメライ以外で執筆されている作品にも完結作品が多数存在することに私はとても驚きました。直近の完結作品である【灰被れのペナルティ】だけではなく、【スペサンを殺せ】【コンプレックスヒーロー】など。物語への責任感が一層お強い方なんだなと、とても尊敬しています。
しかし完結だけを褒められても複雑だ。もっと精進せねば、と瑚雲さんご自身仰っていたことを記憶しております。
記憶違いで失礼な事を言うわけにはいかないので(七年も前ですからね^^;)普段はあまり口には出しませんが、さいじげは間違いなく私の執筆黎明期に関わった作品であり、今でも大好きな小説です。
創作を始めたばかりの頃、最初に出会えたのがさいじげで本当によかったなあと思うのです。
むかしの絵師さんのこと、こちらのスレでは未更新分のキャラクタのことを言及するのはそれが理由だったりします、私は古狸です笑
私の一番好きなシーンは最新話のロクちゃんが市場ではしゃぐところです。
彼女の天真爛漫さに癒やされるのは勿論なのですが、お店に並ぶ造形物や街の描写がとてもハイファンタジーらしくて好きです。皆が芸事に親しみ笑顔の絶えない国、その舞台もさいじげの魅力的な世界観を創り上げている一因なのだと思います。
王女様を失っても尚、笑顔でいようとする、そんな背景もとてもいじらしく物語に引き込まれました。
スピード感あるバトルシーンもさいじげの好きなところです。
は~~~二人の窮地に飛び込むコルド副班本当にかっこよかったな……(過呼吸)
完全リメイク版ということで、原作と少しずつ違う展開に加え、毎度の更新が非常に楽しみになっています。
私の大好きな青髪の彼にもあと少しで会えるのでしょうか^^
さいじげがまた息づいて、物語が動いていく。その事実がとても嬉しいです。
乱文ではありましたがここまで読んで下さりありがとうございました、また何処かでお会いしましょう。
愛を込めて、日向
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.11 )
- 日時: 2018/05/29 22:44
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: .pwG6i3H)
>>日向さん
こちらでは初めまして! 某青い鳥ではお世話になっております、瑚雲です!
スレッドへのコメントありがとうございますー! 嬉しいです!
日向さんからのお言葉に、いまとても嬉しい気持ちでいっぱいです。7年前というと、私はきっとまだカキコで1年過ごした程度で、中学1年生のときだったと思います。文章力もないしコミュニケーション能力もないし、そんな私の作品のことを見つけてくださった日向さんには、感謝してもしきれません。
完結よりも内容だ! みたく発言していたことには、実はいまさらながら後悔しています;
「完結おめでとうございます」って、たくさんの方が言ってくださったのに、なんでそれを否定していたんだろうって……私自身嬉しかったはずなのに、内容や評価に囚われてずいぶん醜態をさらしました。
私もいまさらですが、心から嬉しいです。日向さん、ありがとうございます!
7年前ともなると、だいぶ恥ずかしい気持ちが勝ってきますね笑
でもこんなに嬉しいお言葉をいただけて大丈夫か……今日死ぬのかな……なんて思いつつ、日向さんにそう思っていただけていたことが恐縮でなりません。
この完全版も、旧版を読んでくださったその事実に恥じない作品にしたいなと思えました。それにすこしだけ自信を持ってもいいのかな、とも。ほかでもない日向さんのおかげです。
最新話のロクですか! いやあ見事に、「すごいすごーい!」しか言ってないですね笑
曲がりなりにも戦闘ものを謳っているので、ドンパチしてないところが果たしてどう映っているのは本当はめちゃくちゃ不安だったのですが……よかったです、ひとつほっとしました……。
更新中のエピソードは、「王女と執事」がキーワードなので……もしかしたらもしかするかもしれません!笑
こうして、旧版では普通に登場していたけど、完全版ではまだ出てないキャラクターについて語るのも新鮮で楽しいです。知ってくださっている方がいるというのは、とても書きがいがあります……!
最後になりましたが、
前の作品を見つけてくださったこと、読んでくださったこと、そしてまた新たに書き始めたこの作品を読んでいただけていること。本当に嬉しいですということを全力でお伝えしたいです。
改めて、日向さんコメントありがとうございます!!
ぜひまた、どこかでお話をさせてくださいー! ではでは!
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.12 )
- 日時: 2020/01/19 11:17
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: ObYAgmLo)
第009次元 海の向こうの王女と執事Ⅲ
「遠路はるばる、ようこそおいで下さいました、メルギースの次元師様。心から歓迎します」
「ジースグラン国王陛下、お会いできて光栄です。コルド・ヘイナーと申します」
アルタナ王国、王城。城内へと足を踏み入れたコルドとロクアンズは、国王が待っているという寝室へと通された。
大きな寝台から上体を起こす白髪の男――ジースグランが差し出した手に、コルドは自分の手を優しく重ねた。
ロクアンズは、なんとなくつまらなさそうな顔で、そんな二人の様子を眺めていた。
「こんな姿で、申し訳ない……。本来ならば、王華の間で挨拶をしたいところを……」
「いえ、とんでもございません。どうかご自愛なさってください、国王陛下」
「……ところで、そちらのお嬢さんはもしや……」
「ああ、こちらはロクアンズという者です。ロク、挨拶を」
「あ、うん」
突然名前を呼ばれ、ロクは間の抜けた返事をした。
ジースグランの白い髪がゆっくりと動いた。視線を向けられたロクはどきっとするも、ごく自然に彼の前へやってきて、手を差し出した。
「初めまして、ロクアンズっていいます! ええっと……王女様の、友人になるよう頼まれて……あれ?」
「こらっロク! 国王陛下の前でなんてことを……!」
「ははは。これはこれは、元気なお嬢さんだ。ロクアンズ、というんだね。どうかあの子のこと……元気づけてあげてほしい」
「うん。まかせてっ……くだ、さいませ?」
「……ったく……」
アルタナ王国の国王、ジースグランとの挨拶も済ませ、二人は彼の寝室から退出した。
「さてと……それじゃあ、俺はさっそく元魔の討伐に向かう。また後でな」
「えっ? あたしも行く!」
「お前には重大な任務があるだろ」
「だってだって……! そ、それにすごい数なんでしょ!?」
「そうだな。数はいまのところ、7体確認されているそうだが……俺はこれでも、戦闘部班の立ち上げで呼ばれた次元師だぞ? 一人で十分だ」
「そんなあ……。この前は、ピンチだったくせにぃ」
「あ、あれはたまたまだ! とにかくそっちは任せたからな、ロク」
「……むー……」
いかにも不服です、といった表情で頬を膨らませるロクに、コルドは背を向けて歩きだした。
ロクは、すぐ傍で待機していたメイドたちに促され、その場から移動した。
メルギースにある此花隊の本部もだいぶ大きな施設に分類されると思っていたが、さすが王家の人間が住まう王城というところは広さも内装もスケールがちがう。
まず天井が高い。そこから吊り下げられた数多のシャンデリアは煌々と輝き、真っ赤なカーペットが足元を呑みこんで延々と伸びていく広い廊下を余すことなく照らしている。壁には名画、廊下の曲がり角には花瓶台が設けられているので、城内はどこも侘しさを感じさせない。
目に映るものすべてが、王族のいないメルギース在住のロクにとっては珍しいものだった。
「こちらが第二王女殿下、ルイル・ショーストリア様のお部屋でございます。ロクアンズ様」
「……ふーん……」
ロクが連れてこられたのは、一際大きな扉の前だった。煌びやかで繊細な装飾が施されたその扉の迫力たるや、首を上下左右に傾けてやっと全貌が把握できるほどのものだった。
王女の部屋。それをロクは理解してかせずか、腕を持ち上げ、そのまま扉の表面をガンガンと叩きだした。
「もしもーしっ!」
「!? ロクアンズ様!?」
メイドたちがどよめくのも気にせずに、ロクは扉を叩き続ける。王族のいる部屋に訪れる者がすることとはとても思えず、メイドたちは騒然とした。
ロクは扉を叩きながら、声を張った。
「もしもーしってば! ねえルイル! いないのー?」
「ルイ……!? ロクアンズ様! その、ルイル王女殿下のお部屋です……! このようなことをなされては……」
「え? でもあたし、ルイルの友だちになれって言われたしなあ……。おーい、ルイルー!」
「──かえってッ!」
扉を叩く手が、ぴたりと止まった。
扉の向こう側から声がした。可愛らしい、幼い子どもの声だ。
「……ルイル?」
「かえって! かえってってば!」
「……って言われてもなあ……」
ロクが困ったように髪を掻いた、そのとき。
「なにを言ってもムダですよ」
藪から棒に声が飛んでくる。
ロクの注意が向かった先で、その声の主は銀のワゴンを連れて立っていた。白と紺のコントラストが目を引く召使用の制服に身を包むその人物は、少年だった。
「ガネスト様!」
「……あなた様が、メルギースよりいらっしゃったという、次元師様ですか?」
ガネストと呼ばれた少年と、目が合う。
ロクは、ガネストの姿をまじまじと見つめた。背丈は自分よりすこしだけ高い。レトヴェールと同じくらいだろうか。男児にしては大きな青の瞳をしていた。すこし長めでやわらかそうな髪は、淡い海を思わせる色だった。
黒を基調とした召使服をきっちりと着こなしている姿や落ち着き払った声色に、ロクはすこしばかり委縮した。
(この子、あたしやレトと同じくらいの歳……だよね)
「あ、うん。ロクアンズだよ。よろしくね、ガネスト」
「気安く呼ばないでもらえますか」
「へ?」
ガネストは冷めた口調でそう返すとロクの横を素通りし、ルイルの部屋の前までワゴンを転がせた。
「ルイル王女殿下。昼食のご用意ができました」
「……ガネスト?」
探るようにルイルが言った。しかし彼女はすぐに調子を取り戻して、
「いらない! かえって!」
「ルイル王女殿下。ここ数日、ろくに食事をとられておりません。体調を崩されてしまいます。どうか召し上がってください」
「いらないってばっ!」
一層強く返してきた。ガネストはここへ来たときとなにひとつ変わらない表情で、嘆息した。
「……ルイル王女殿下。お言葉ですが、あなた様は次期国王となる御方です。9日後には子帝授冠式が行われます。あなた様が子帝となられるのは、もう決まったことなのです。ご理解ください」
そのとき。扉の内側で、バンッ! と鈍い音がした。扉になにかをぶつけたのだろうか。ルイルは矢継ぎ早に投げ返した。
「ガネストのばか! 国王になんかならないって、ずっといってるでしょ! なんでわかってくれないの!? ……ルイルじゃないもん……国王になるのは、──おねえちゃんだもん……っ!」
言葉尻が、涙を交えて震えていた。周りのメイドたちは心配そうにオロオロとし始めたが、
一人、ガネストだけが冷淡に言い放った。
「あなたは、次期国王としての自覚がなさすぎです」
小さなうめきが、体を叩かれて喚くような泣き声に変わった。
「ちょっと言いすぎだよ、ガネスト」
「だから気安く呼ぶなと言ったでしょう」
「……なんでそこまでルイルに冷たくあたるの?」
「あなたこそ、理解ができないんですか?」
「な、なんだって?」
「ここは、アルタナ王国の王城です。ルイル王女殿下は次期国王となる御方で、あなたが気安くその名前を呼んでいい御方ではありません」
ガネストは鋭くロクを睨んだ。
なんて冷たい海の色なんだとロクは感じた。
「……このように、ルイル王女殿下はだれとも取り合おうとしません。部外者のあなたがなにを言ったところで、聞く耳を持ちませんよ。では、僕はこれで」
そう言うとガネストは、銀のワゴンをぐるりと回転させ、来た道をそのまま辿って行ってしまった。
周りのメイドたちはそんなガネストの後ろ姿を、ただ黙って見送った。
「いまの男の子、ガネストっていうんだよね?」
「え、ええ。ガネスト・クァピット様。アルタナ王国の王族は代々、生まれてしばらくするとクァピット家の人間から1人、側近を迎えるしきたりになっているんです。ガネスト様は幼少の頃よりルイル王女殿下に仕えてきたのです。王女殿下の指示のもとで執務の代行するのが主な役割ですので、執事という役職が近いかもしれません」
「執事? じゃあルイルの執事が、いまのガネストってこと?」
「ええ……。ですが、ルイル王女殿下の臣下として正式な任が下されたときから……ガネスト様はまるで別人のようにお変わりになって……」
「前はどんなだったの?」
ロクは何の気なしに質問したつもりだったが、メイドらしき女性は突然、パッと表情を明るくした。
「それはもう! いつもルイル王女殿下のお傍にいらっしゃって……片時も離れることなく! それにとてもお優しくて、ルイル王女殿下といっしょにいらっしゃったときは仲睦まじい、本物の兄妹のようで……」
「へええ……っ?」
予想だにしていなかった返答に、ロクは驚いた。
すでに後ろ姿もなくなった廊下の先と、固く閉ざされた部屋の扉とが、昔は兄妹のようだったという二人の現在を物語っていた。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.13 )
- 日時: 2018/06/10 01:18
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: NAPnyItZ)
第010次元 海の向こうの王女と執事Ⅳ
「……あ、そうだ。ねえ、子帝ってなに?」
「子帝、というのは次期国王様のことを意味します。この国では、現国王様の身になにかあってから次の国王様を選ぶのではなく、前もって次期国王様を決めておくのです。政治的混乱や民心の乱れを最小限に抑えるためにこの国で定められていることです。子帝に選ばれた王族の方は、必ず、次の国王様になります」
「……なるほどねえ」
『国王になるのは、──おねえちゃんだもん……っ!』──ついさきほどのことを思い出す。
本来ならば、第一王女であるライラ・ショーストリアがその子帝と呼ばれる地位に就くはずだったのが、不慮の事故によって彼女は亡くなってしまった。代わりに第二王女であるルイルがその役目を担うというのはごく自然な流れである。しかし心の内は単純ではないだろう。
ロクアンズはしばらく扉の表面を見つめていたが、ふっと踵を返した。
「また明日来るね!」
メイドたちに手を振りながら、ロクは長い廊下の奥へ消えていった。
*
「ルイル王女様のお嫌いなものはお出ししていませんよ。最近は特に、お出ししたものがそのまま調理場に戻ってきますから……。お嫌いな野菜も飲み物も、なおのことお出ししていません」
「じゃあ、好きなものを出してるのに食べないってこと?」
「ええ。もはやおやつとしか言えないようなものでも、召し上がらなくなってしまって……。すこし前までは、菓子は大好物でしたので、そればかり口にされていたのですが……」
「お菓子? どんな?」
「ケーキや焼き菓子がほとんどです。ルイル王女様は、焼き菓子を大変好んでおられます」
「焼き菓子……」
翌日のことだった。城内の調理場へと訪れたロクは、そこで調理師を見つけるなり声をかけた。話の内容は、ルイルの食べるものに関することだった。
ロクはしばらく唸ったのち、話題を変えた。
「ねえ、ルイルが籠りきりになった理由って、やっぱり第一王女のことで?」
「そうでしょうな……。ルイル王女様は、ライラ王女様のことを実の母上様のように慕っておられました。それが、突然ご逝去なさるとは……ルイル王女様も、困惑なさっていると思います。ライラ王女様が亡くなられてから、ひと月も経っておりませんし」
「そっか……。ねえ」
「あ、はい」
「ここ、ちょっと借りてもいい?」
「え?」
コートの袖をまくりながら、ロクは厨房を見渡して言った。
「ルイルー! おーい!」
広い廊下に、ガンガンと扉を叩く音が響き渡る。
ロクは昨日と変わらずルイルの部屋に訪れていた。
「いないのー? ルイルー! おーい!」
「……」
ロクの若草色の後ろ髪を見るように、ガネストが壁に凭れかかっていた。彼は特になにをする様子もなく、ただそこにいるだけだった。
「おーい、ってば! ……もー。じゃあさっそく、こいつの出番かな!」
ロクは、床に置いていた籠を持ち上げると、それを扉の前で翳してみせた。
「ルイル! いっしょにお菓子食べよっ! 作ってきたんだ~!」
ガネストはぎょっとした。「ジャーン!」というかけ声をとともに籠から布が取り払われると、そこには、奇妙な形をしたこげ茶色のなにかが山のように積まれていた。
「ね、食べよ!」
「ちょっとあなた、ルイル様になにをお出しするつもりですか!」
「うわっガネスト! なにさっ、さっきまで知らんぷりしてたのに!」
「こんなもの見せられて知らないふりはできません! それと呼び捨てはやめてください」
「なにおう!?」
ロクとガネストは菓子の入った籠を引っ張り合っていたが、ふと、彼のほうが手を離すとその中身ともども彼女はひっくり返った。
「いっ、たぁ~……」
「これでわかりましたか? 興味本位でルイル様に近づくのはやめてください」
「ちがうよ! あたしは真剣に……!」
「真剣に? なら、もうすこし真剣に菓子作りをしてください。さっきのあれは、とても人が食べる物とは思えない」
「な、なんでそんなことわかるのさ!」
「それくらいわかります」
ガネストは、眉をしかめて強く言い放った。
「掃除は僕がやっておくので、あなたはもうお帰りください」
「え、でも!」
「お帰りください」
重ねて言うと、ガネストは背を向けて歩きだした。掃除用具を取りに行くのだろう。
尻もちをついた状態からロクは立ち上がり、自分の手にくっついた菓子のかけらを払う。
ふいに、自分の足元で無惨に散らばっている菓子の山に目をやると、ロクはその中のひとかけらを手に取り、口に運んだ。
「まっず!」
遠くで歩いていたガネストがその大きな声に足を止めた。
思わず半身振り返ったが、一体なにがしたいんだと嘆息して、さっさと目を逸らした。
その翌日。ロクはふたたび、籠を持ってルイルの部屋の前に訪れた。
「ねえルイル! いっしょに食べよ! またお菓子作ってきたんだ、クッキーだよ! 今日は失敗してないからさ~!」
昨日とおなじように壁に寄りかかるガネストが、またかといった表情でロクを一瞥した。
「おーい、ルイルってばー!」
「……いらない」
かすかながら声が返ってきた。昨日とはちがって反応がある。このチャンスを逃すまいと、ロクはいくらか上ずった声で畳みかけた。
「でもルイル、最近あんまり食べてないんでしょ? あたしもいっしょに食べるから、ねっ! 食べようクッキー!」
「いらない! 好きじゃないもん!」
「……ええ? ウソ!」
「うそじゃないもん!」
ロクはその場で呆然と立ち尽くした。自分が持ってきた菓子の籠を見つめてから、
「……じゃあお花がいい? 一応摘んできたんだけど」
と、床に置いていた数本の花を掴んで持ち上げた。
「勝手に摘まないでくださいよ……」
「だって、ルイルの好きそうなものわからないんだもん。ねえガネスト、ルイルってなにが好きなの?」
「わからないなら諦めたらどうですか」
「やだ!」
間髪入れずにロクが答える。
清々しいほど元気のいい返事に、
「……どうしてですか?」
ガネストは眉をひそめて問い返した。
「え?」
「……」
ガネストは、ふっと視線を外す。彼がそれ以上なにかを聞いてくることはなかった。
沈黙が訪れる。
ロクは左手に籠、右手に花を握った自分の姿を見下ろした。
「……また明日、来るからっ」
赤いカーペットの表面をドタバタと蹴りながら、若草色の髪は遠のいていった。
ガネストは顔を上げた。おなじことの繰り返しだ。いつか「飽きた」と投げ出すだろう。そう心の内で唱える彼は知っているのだ。目の前の扉がいかに重く、厚い壁なのかということを。
そして。
その翌日も、そのまた翌日も、ロクはルイルの部屋に通い続けるが、その扉を開かせることがただの一度も叶わないまま──刻一刻と、『子帝授冠式』の日が迫ってきていた。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.14 )
- 日時: 2020/01/19 11:21
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: ObYAgmLo)
第011次元 海の向こうの王女と執事Ⅴ
菓子の籠とすこしの花を持ってルイルの部屋に訪れた日の、夕方のことだった。
ロクアンズはまたしてもルイルの部屋の前にやってきた。一日に二度来るのは初めてだな、とロクを注視するガネストだったが、
彼女は昼間と変わらない笑顔と、山のように菓子類を乗せたワゴンを連れて現れた。
「ルイル、お待たせっ! ごめんね、あたし気づくの遅くて……問題は味じゃなくて、量だったんだねっ!」
「……心配した僕がバカだった」
「さあっ! いっぱいあるから、たあんとお食べー!」
「そうですね。問題なのは味じゃなくて、その頭の軽さだと思います」
「な、なななんだとぉ!?」
「それと一日に何度も来ないでください」
「たくさん会いに来る作戦は失敗か……」そう独り言を吐きながら、ロクはワゴンとともに引き返した。小さなその背中は落ちこんでいるようだったが、こぼれんばかりの山の中からときおり菓子をつまみながら去っていくのを見て、ガネストはふたたびバカを見たと眉をひくつかせた。
当然、ルイルは部屋から出てこなかった。
その翌日。菓子や花ではやはり効果がないと、そう思ったロクが次にとった行動は、楽器の演奏だった。
「ルイル起きてるー? ロクだよ! いまからちょっと聴いてほしいものがあるんだ。いくよー!」
ロクは言いながら、ところどころ歪んだ長い箱のようなものを抱えて部屋の前で座りこんだ。その箱には糸のような細さから紐のような太さまで様々な弦が張られている。アルタナ王国の伝統的な楽器『オウラ』だ。彼女はそのうちの一本に指を添え、粛々と弾き始めた。
が、しかし。
素人が聴いても「下手だ」と理解できてしまうほどの不協和音が、ガネストの鼓膜に突き刺さった。
「やめてください! 追い出されたいんですか、あなたは!」
始まって数秒も経たないうちに楽器を取り上げられ、ロクはしぶしぶ引き下がった。
その後日も、ロクは楽器の種類や数を変えたり「わあー火事だ!」などとハッタリを騒いでみたりと、手札を変えながらルイルの反応を窺ってきたが、どれも失敗に終わった。
そうして、初めてルイルの部屋に訪れた日から、6日目の朝を迎えた。
「ルイルー! ねえ、『棒倒し』しようよ! これはね、あたしがまだ村にいたときに作った遊びで、まず木の枝を用意するの。たくさんね。そんで4、5本くらい使って束にしたものを5つくらい作って、それをちょっと遠くの土に軽く埋めたら準備完了! あとは軽めの石を用意して、順番に蹴ってくだけ。立てた木の枝の束をいちばん多く倒した人が勝ちなんだ!」
ロクは丸い桶のようなものを運びだした。ちらりとガネストが覗くと、そこには大量の砂が入っていて、止めるよりも先に彼女は廊下の真ん中で砂をぶち撒けた。
ほかにもどこで見つけてきたのかは定かでないが、木の枝で組み立てたいくつかの標的と、小石を取り出した。だから勝手に採集するなとふたたび言及したところで聞く耳を持たないだろうということは、さすがのガネストも学んでいる。ただ黙って、大きなため息をついた。
「いっくよ~……! えいっ! ……──やったあ! 2本倒れたっ! ねえ見てル……」
興奮した様子でロクは扉のほうを向いたが、壁に埋めこまれただけのそれは、なんの反応も示さなかった。
「ルイル、部屋出て見てみなって! すごいんだよほんとに! そんでいっしょに遊ぼうよ ! 楽しいよこれー!」
元気な声音はその扉の表面に弾かれると、広い廊下の中で行き場を失った。
「……んん~。これでもダメかあ……。ほんとに、どうしたら出てきてくれるんだろう?」
「だから諦めたほうがいいって言っているじゃないですか」
呆れを通り越した淡泊な忠告が、うわ言のように告げられた。
──ふと、
ロクはガネストのほうに向きなおった。
「……ねえガネスト、あなたはなんですこしも手伝ってくれないの?」
「は?」
「あなたはルイルの執事なんでしょ? だったらなんで、ずっとそこで突っ立ったまんまなの? ルイルを国王様にしたいなら、どうして説得とかしないの? その日が来るのを、ただ黙って待ってるだけなの!?」
「……」
「ルイルは不安だから部屋に籠ってるんでしょ! その不安を取り除いてあげたいとかすこしも思わないの!? ルイルのそばに一番いるのは、あなたなのに!」
「──よそ者のあなたに、いったいなにがわかるっていうんですか……?」
酷く冷たい瞳が、まるで弾丸のようにロクの口上を打ち止めにした。
「あなたこそ、ルイル王女殿下を愚弄しているんじゃないですか」
「なっ、なんだって!?」
「ここ数日にわたる不可解な行動の数々。それに伴っているのは成功ではなく、不信感です。まるで効果が見られないというのになぜ諦めようとしないのですか?」
「それは、だって、諦めたくないよ!」
「仕事だからですか?」
「え?」
「あなたはこの国で、『ルイル王女殿下の機嫌をとる』という、仕事で来たんじゃないんですか」
一瞬、喉の奥のほうで息がつまった。
「そ、れは……いまはそんな」
「諦めてください、次元師様。ルイル王女殿下の御心を乱し、殿下の御部屋の前で醜態をさらし、騒ぎ立てるなどという行為は今後一切お見過ごしいたしません。お引き取り願います」
ロクは、二の句を告ぐことができずに、ただの棒のように立っていた。
どのくらいそうしていたかは知らない。くるりと背を向けはしたが、感覚を失った足ではそれも覚えていなかった。
寝所のある宿舎の中を、意図もなく歩いていた。ぼんやりとした意識だけが前へ進む。いつまでも変わらない一直線上の赤色に時間の感覚を狂わされていた。縦に長い大きな窓から、夜の明かりが仄かに注ぐ廊下を、いつから徘徊しているのかもロクははっきり記憶していない。
「ロク?」
聞き覚えのある声に、はっとした。
「どうしたんだ、こんな時間に。それに隊服着たままで……。寝つけないのか?」
「……」
「……なにかあったのか? 俺でよければ聞くぞ」
向こうで話を聞こう。そうコルドに促され、同じ階にある談話スペースに足を運んだ。そこには簡素なデザインのソファが窓を向いておかれていた。ロクはどこか宙を見つめたままそのソファに腰をかけ、じっと俯きながら、ここ数日のことを話し始めた。
「なんか、どうしたらいいのかわかんなくって……。たしかに、ルイルのことは仕事だと思って来た。でもいまはそうじゃなくて……。外へ出してあげたいのに、その気持ちぜんぜん伝えられなくて、そしたらもう来るなって言われちゃって……」
ロクは細い両脚を抱きこんだ。膝に顎を乗せると、背中が丸くなる。
コルドはそんなロクをしばらく見つめてから、ふっと口元を緩めた。
「……お前にも、弱気になる瞬間があるんだな」
「え?」
「──そうだなあ、」
わざとらしい言い方で、考えるふりをしながら前に向き直ると、コルドはロクを見ずにこう続けた。
「俺の仕事、実はほとんど終わってるんだ。確認されてた元魔はとっくに討伐したし、最近は巡回に出てるだけで特になにもしていない。つまるところ、暇なんだ。巡回のついでに観光も終わらせたしな。でもお前は、まだだったろ?」
「……?」
「だからお前の任務……俺が代わりにやってもいいぞ?」
ロクは目を見開いた。
──どうする? とでも言いたげに、コルドは黙って返事を待っていた。
「……ううん」
絞りだした答えから、自然と、ロクは言葉を紡いでいた。
「あたしがいい。これはあたしの問題で……あたし、ルイルと話がしてみたいんだ。ほんとに。この気持ちにウソはひとつもない」
「そうか」
あっさりと返すコルドは、ロクの横顔を眺めながら言った。
「ロク、お前はそれでいい。そのままでいいんだ」
「? どういうこと?」
「まっすぐぶつかっていけ。言いたいことややりたいことを、ためらう必要はない。その相手が民間人でも王女様でも、お前はお前らしく、ぶつかっていけばいい」
「……」
「だってお前は、そういうやつだろ?」
ロクの頭に、コルドの大きな手が伸びた。くしゃりとかき回される。骨ばったその手は温かった。ちょっと痛いかな、なんて考えていながら、ロクの口から笑みがこぼれた。
「……うん。ありがとうっ、コルド副班」
顔を上げたロクの左瞳に、光が差した。淡い緑の石が輝きを取り戻す。磨かれた原石は、ときに宝玉の意義を惑わせるほど美しくなる。
コルドと別れたロクは、たしかな足取りで自分の部屋へと戻っていった。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.15 )
- 日時: 2018/09/07 17:14
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 0hhGOV4O)
第012次元 海の向こうの王女と執事Ⅵ
「おや、レト君じゃないか。こんなところでなにをしてるんだい?」
メルギース国の最大都市、エントリアに位置する次元研究所『此花隊』本部は、ちょうど昼時を迎えていた。
戦闘部班副班長のコルドと、班員のロクアンズがメルギースを発ってから、5日目のことだった。同じく班員のレトヴェールは、資料室で戦闘部班班長のセブンと出くわした。
「セブン班長」
「いまはお昼だろう? 食べに行かなくていいのかい?」
「俺、さっき起きたから。寝起きはお腹空かなくて」
「……ああ、そういえばロク君がそんなことを言っていたような……」
「なんのことだ?」
「いや、なんでもないよ」
レトは持っていた紙束に視線を戻す。セブンは、上からその紙面を覗きこんだ。
「元魔の出現地……?」
「……ああ、まあ一応。関連性がないとは思うけど……。ほんとに読みたいやつは届いてないし」
「本当に読みたいもの?」
「──神様の、出没情報」
低い声色。独り言のようだった。瞬間、空気が変わったことを察したセブンは、細心の注意を払いながら発言した。
「そうかい。彼らは人前に姿を現さないからね。たしかに情報は少ない」
「……。もし現れた場合、情報はここに来るのか?」
「来ると思うよ。資料室は特に、いつも新鮮な情報を届けさせてる場所だから」
「……そうか」
普段からあまり温度差を示さない声音であるがゆえに、そんなレトの微細な感情の変化を掴みきれずにいる。しかし思ったよりも穏やかな語尾だったなと勝手ながらに解釈したセブンは、自然に話を切り替えた。
「そういえばレト君。いま、コルド君とロク君がアルタナ王国にいるのは知っているかな?」
「ああ。何日か前に発ったんだろ。任務で」
「君も行くかい?」
レトはきょとんとした。珍しく年相応のあどけない反応を見せたレトに、セブンはくくっと笑う。
「もしかしたら、君の助けが必要になるかもしれないよ? ちょうど私も出るところだったし、途中まで送るよ」
「……いや、べつにいいよ」
「ロク君もいないし、どうせ暇してるんだろう?」
「……」
「あそこは観光するにもいい国だよ」
ニコッと微笑みかけるセブンだったが、返ってきたのは相変わらずの仏頂面だった。
深く息を吐きながら、机の上に紙束を置くと、レトはそのまま扉に向かって歩きだした。
「行かないのかい?」
バタン、と扉が閉まる。セブンは、やれやれと肩を竦めた。
所用を済ませ、支度を終えたセブンは、荷馬車の手配をするために厩舎に訪れていた。数人の人間が、馬に餌をやったり掃除をしていたりと、各々の活動をしている。
その中で、馬の頭を撫でていた男がセブンの存在に気がつき、声をかけた。
「セブン班長!」
「やあ、いつもご苦労様。さっそくで悪いんだけど一台出してほしいんだ」
「わかりました」
「しかしあれだね、援助部班っていうところは、仕事が多くて大変だ」
「そんなことはありません。たしかに仕事の数は多いですが、担当によって班もちがいますし、班員もすごい数なのでみんなで協力し合っているというか」
「はは。それはいいね」
此花隊における組織の一つ、『援助部班』。この組織の仕事内容は、主にほか組織のサポートを務めることだ。施設内の清掃や食堂での調理、依頼の手配、そして任務で外へ行く隊員たちのために馬を引くことも仕事の一つである。
セブンは舍内にいる馬を撫でていると、なにかに気づいたように目をぱちくりさせた。
「あれ? 一番速い子がいないね」
「ああ、さきほど戦闘部班の……金髪の子が乗っていきましたよ」
「え?」
「行き先は言ってませんでしたけど」
驚いて目を丸くしていたセブンの口元が、みるみるうちに緩んでいく。
そして、ぶはっ、とセブンは吹き出した。
「やっぱり面白い子だなあ」
「ど、どうかなさいましたか」
「いやー、なんでもない。動物は苦手じゃなかったのかな」
「?」
「それにしても……いったいいつ、馬術なんてものを会得したんだ?」
遠くにある門を眺めながら、セブンは感嘆の声をもらした。
*
7日目の朝。アルタナ王国の空はここのところ調子を崩しつつあるが、王城内で生活している者たちの心配が及ぶ範囲ではない。
大きな窓硝子の向こうにある曇天が、城内の廊下から陰陽の境を奪いとった。覚えた道は薄暗い影に呑まれていたが、グレーのコートは着実に目的地へと向かっていた。
コートの裾が大人しくなる。ロクアンズが足を止めたのは、いつもはいるはずの人物が、そこにいなかったからだ。
「あれ? ガネストがいない……どこかに行ってるのかな」
さほど気に留めることもなく、ロクはルイルの部屋の前まで歩いていった。
立ち止まる。ロクは、コンコン、と扉を叩いた。
「ルイル、おはようっ。いる?」
返事はなかった。しかしロクは笑顔を崩さなかった。
「ねえルイル。ひとつ聞いてもいいかな?」
返事を待たずに、ロクは問いかけた。
「どうして、王様になりたくないの?」
「……」
部屋の奥で、布の擦れる音がした。寝台の上で座っているのだろうか。予想外の質問にいささか動揺したように思えた。
「王様ってさ、国のことを一番に考えてて、支えて、そうして国中の人に愛される。どっかの国にはそうじゃない王様もいるかもしれない。でもそれはその人次第で……。ルイルだったらきっといい王様になれるよ」
「……なんで、ルイルのこと、しらないくせに」
冷たく突き放すような、それでいてどこかふてくされているような、幼い声が返ってきた。
「そうだね。あんまり知らない。だからもっとお話したい。ねえルイル、聞かせて? どうして王様になりたくないの?」
「っ、やだ!」
扉から、バンッ! と強い音がした。初めて訪れたときと同じだ。ルイルがなにかを投げつけたのだ。
「いやだっ! かえって! なんでそういうこというの……? ルイルは王様になんかならないっ!」
「だから、どうして?」
「あなたにはわかんない! わかんないよ! ……おねえちゃんがなるんだったの……ルイルは、ルイルは王様になんかなりたくない!」
「──もういないよ!」
ロクは、拳をつくって扉を殴りつけ、叫んだ。
「あなたのお姉ちゃんは、もういない! 亡くなってしまった人はもう帰ってこない! ルイルだってわかってるでしょう!?」
「ちがうっ! ちがうもん! いるもん! おねえちゃんはかえってくるもん……ルイルをひとりにしないって……いってくれたの……おかあさんもしんじゃって、ないてたルイルに、そういってくれたんだもん……だから、おねえちゃんは、かえってくるんだもん!」
ひくっ、と小さくひきつっていたのが、途端に大声で泣きだした。
ロクは耳を疑った。この国の王妃は亡くなっていたのだ。いまここで初めて耳にしたのも偶然にすぎず、おそらく何年も昔の話なのだろう。ロクは、息を吐いた。
「……あなたの気持ちもわかる。でもねルイル、ここで泣いてたってお姉ちゃんは帰ってこないし、なにも変わんな」
「わかんないよルイルのきもちなんか! だれもわかってくれない! ルイルは、ひとりぼっちで……だからだれも……ルイルのこと、これっぽっちもわかってくれないくせに! わかんないよ!」
「わかるよ!」
「わかんないよ!!」
ロクは口を噤んだ。周囲を見渡したがだれもいない。扉に背中を預けると、そのまま腰を下ろした。
窓硝子の向こう側は、降りだしそうな曇り空だった。
「……わかるよ」
ロクは、ぽつりと呟くように言った。
「あたし、拾い子なんだ」
静寂が訪れる。ルイルは、薄暗い部屋の中でゆっくりと首を動かして、扉のほうを向いた。
「拾われた子どもって意味。もともと、捨てられてたんだ。だからね、あたしにはお母さんもお父さんも、お姉ちゃんも……お兄ちゃんも、ほんとはいないの」
「……」
「だから、わかるよ。あたしも……ひとりぼっちだから」
灰色の雲によって閉ざされた空へ、二羽の白い鳥が駆けていった。
ロクは、静かに語りだした。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.16 )
- 日時: 2020/01/31 10:58
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: FFsMNg05)
第013次元 海の向こうの王女と執事Ⅶ
雪の降る夜だった。
暗闇の世界で唯一覚えたものは、途方もない虚無感だった。意識の糸をすこしずつ手繰り寄せ、だんだんと視界が確かなものになっていくと、同時に、思考の渦に呑みこまれそうになった。
そこは知らない場所だった。知らない匂いだった。地面はひんやりと冷たくて、朦朧とした意識が無理やり冴えていったのを覚えている。
しかし、自分がいったい何者で、どこから来たのかも──なにひとつ思いだせなかった。
「メルギース国の、カナラ街っていう街の路地だったんだ。そこで眠ってたらしくて……。目を覚まして、すぐに、女の人の声がした」
『……大丈夫? あなた、とても冷たいわ。お母さんやお父さんは?』
首を振ることは愚か、答えることもできずにただその女性の顔を見上げた。金色の長い髪に、白くてふわふわした雪が触れてじわりと溶ける。同じ色の瞳でまっすぐ見つめ返されていた。
『うちにおいで、お嬢ちゃん』
果てのない暗夜に輝く、月の光に導かれて、その手をとった。
「その人の名前はエアリスっていって、カナラ街からすぐ近くの『レイチェル村』に住んでる人だった。行く宛のないあたしはその人についていって、その人の家に上げてもらったの。そしたら、その家に一人だけ男の子がいたんだ」
「……おとこの、こ?」
「そう。その人の子どもで、レトヴェールっていう名前の男の子。あたしとおんなじくらいの年で、これが女の子みたいな顔してるんだっ。本人にこれ言ったら怒るけど。でね、家に上げてもらって、ご飯食べさせてもらって……。すごいお腹空いてたから、それがもうほんとに嬉しくて……おいしくて。レトには『なんだこいつ』みたいな目で見られてたんだけど……あ、レトっていうのはその男の子の略称ね。それで、ご飯食べながらあたし、『これからどうしたらいいんだろう』って思ってたんだけど……」
家に着いてすぐに、暖炉の火で身体を温めさせてもらった。出された食事は美味しく、どこか懐かしく、促されるまま木皿の中のスープをすくっては流しこんだ。
ロクが食事をするその様子を眺めていたエアリスは、出した皿がきれいになる頃合いを見計らって、お風呂に入ろうかと提案した。
そこからというもの、あれよあれよという間にロクは身体を洗い終え、ほかほかになったら急に眠気を覚え、居間のソファに寝転んでいた。
次に起きたときは朝になっていて、自分の身体には毛布をかけられていた。よく晴れた冬の空だった。
「朝起きたら、おばさんはふつうに『おはよう』って言ってくれた。……不思議だった。なんでここまでしてくれるのか、なんでふつうのことのように、接してくれるのか」
正直なところ怖い気持ちもあった。
知らない場所に連れていかれ、食事も風呂も寝所も与えられたのに対して、なんの代償も支払わないなんてことはない。
恐ろしい目に遭わされるかもしれない。
そう思った矢先、ロクは思い切って口を開いていた。
『どうして、こんなにしてくれるんですか?』
『ん? ああ』
『あたし……』
『そうねえ。じゃあ逃げる?』
『え?』
『いいわ。あそこのドアは開けておいてあげる。どこへでもお行きなさい』
『……』
『ずっと、開けておいてあげる。いつでも帰ってこられるように』
目尻に、じわりと涙が浮かんで、必死に堪えていたらエアリスはロクの視線に合わせてその場で屈んだ。
エアリスはゆっくりとロクの手をとって、言った。
『ねえお嬢ちゃん、今日からうちの子にならない?』
その金色の瞳があまりにも綺麗で、新緑と滲んで、我慢ができずに涙がこぼれた。
「……でもそれじゃあ、ほんとのおとうさんとおかあさんは……?」
「……わかんない。でもそのときね、おばさんが小さな紙を出したの。あたしが着てた服にはさまってたんだって。『この子を引き取ってください』って、そう書いてあった」
「……」
『ごめんなさい。こんなもの、あなたに読ませるべきじゃないわ。でもね……だからこそ、あなたが、あなた自身のことを決めてほしいの』
『……』
『私は、あなたに娘になってほしい』
「それで……どうしたの?」
「その家に、いることにした。髪の色もちがうあたしが、娘なんてとんでもないと思ったよ。でもおばさんはあたしに、『ロクアンズ』って名前をくれて、居場所をくれて……あ、誕生日もくれた」
『あ! でもここに来たのは昨日だから……昨日から、ね。うっかりうっかり』
『……』
『12月25日。あなたの誕生日にしましょう』
「本当の娘みたいに愛情を注いでくれた。レトは義理の兄になるから仲良くしてねっていつも言われて、なんか本当に……家族、にしてもらったんだ」
「……」
「レトと仲良くなるのは大変だったよ! レトね、ほんっとぶっきらぼうで、いまもだけど昔はもっと冷たくてぜんぜん優しくなくてさ。最初の頃『おまえなんかいもうとじゃない!』ってすっごい言われたんだ。本当に大変だったけど……それでもいいとこあったんだ、レト。自分が正しいと思うことを見失わないの。だからあたしは、レトのそういうところが大好きになって……兄妹になりたいって、そう思った」
ぽつり、ぽつりと──雨が降りだした。窓の外を見つめていたロクは、はっとして半身だけ振り返った。
「あっ。だからどうのっていうわけじゃないんだけど……」
「……」
「……ルイルの気持ちがわかるって言ったのは……あたしも、そんな……大好きだったおばさんを、亡くしたから」
「え?」
ロクは、ぱちぱちと瞬きをすると、顔を上げた。
「1年半くらい前に、亡くなったんだ。そのおばさん」
「……びょうき?」
「ううん。病気じゃなくて……」
「……?」
「────神様に、呪われてたんだって」
ロクは、扉から背を離しゆっくりと膝を抱えた。雨の音が大きくなる。槍のような雨粒が、窓硝子を強く叩いていた。
「……かみ……さま?」
「──神族、って知ってるかな? ルイル。この世界のどこかにいる……"神様の一族"。そのうちの一人に……『呪い』を受けてたんだって、おばさん。どうしてかは知らない。でも、身体に痣があった。……亡くなったあとに知った」
どこへもやれない深い憤りと慕情を携えた、その両手をロクは強く握りしめた。
「大好きだったおばさんが目の前にいたのに、あたしとレトはなにもできなかった。亡くしたんだ。…………あんなに愛してもらったのに」
「……」
消え入りそうな声が、赤暗いカーペットにこぼれ落ちる。
しばしの沈黙が流れた。
「……ああっ、ごめんね! またあたし、余計な話しちゃった。でもね、だからその気持ちわかるっていうかなんていうか……まあでもあたしの場合、血は繋がってないし、ルイルのほうがきっともっと寂しくて悲しかっただろうし、でも」
そのときだった。
ギィ、と。ゆっくり、扉が開く音がした。
「……」
中から出てきたのは、桃色の髪をした幼い女の子だった。肩まで伸びた髪の毛がそのまま横に跳ねている。彼女はまんまるの目を赤くして、じっとロクのことを見下ろした。
「ルイル……」
「……おなじ、なんだ」
ぽろり、と大きな瞳でひとつこぼす。するとルイルはひっきりなしに、ぼろぼろと涙を落としはじめた。
「ねえ、あなたなら、わかってくれる……?」
「うん。わかるよ」
「……たすけて……」
「え?」
次の瞬間。小さな身体がぐらりと傾いて、そのまま床に倒れこもうとした。ロクが咄嗟に腕を伸ばし、抱きかかえる。
「ルイル! どうしたのルイル!」
「ルイル!」
後ろから声が飛んできて、ロクが振り返ると、ガネストが焦った顔で駆け寄ってきていた。
「がっ、ガネスト! いたの?」
「いまはそんなことを言っている場合じゃありません。すぐにでも王医様の診療が必要です」
「あ、じゃああたし呼んでくるよ! どこにいるかな?」
「時間がありません。僕が運びます」
ロクの腕の中から、ガネストはルイルの身体を抱き上げた。そして急いで駆けだす。
それに続くようにロクもガネストの背中を追いかけた。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.17 )
- 日時: 2018/06/29 11:16
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: g47nDRMH)
第014次元 海の向こうの王女と執事Ⅷ
「栄養の不足が主な原因でしょう。それと、軽い脱水症状も見られます。だいぶ衰弱しておられますから、しばらくはお薬をお出しします。ですが、ルイル王女殿下は体力もございますし症状も軽度なので、すぐに目を覚まされると思います」
「そうですか……。王医様、ありがとうございます」
「とんでもありません」
施療室へと運ばれたルイルは、すぐに王医の治療を受けることができた。王医が煎じた薬湯を飲み、いまは寝台で寝息を立てているという状態だ。
ガネストは、ほっと息をついた。ロクアンズもルイルの幼い寝顔を見て、安心したように笑みを浮かべた。
「よかったね、ルイル。大事に至らなくて」
「……。すこしもよくありません。もし、気づくのがもっと遅かったら、ルイルは……」
ガネストが弱々しく呟いた。
──『……たすけて……』部屋から出てきたルイルが、ロクにそう言っていたのを彼女はぼんやりと思い返した。
「……立ち聞きするつもりはなかったんですが……。……すみません」
「え?」
「……」
「……ああ、なんだ、やっぱり聞いてたんだ。べつにいいよっ。隠したいわけでもないしね」
ロクは、あっけらかんとして言った。不意を突かれ、ガネストは一瞬呆けた顔になった。
「ガネストのことね、なんだかレトみたいって思ってたんだ。冷たいし、優しくないし」
「はい?」
「でも、レトのほうが優しい。レトは案外素直だから」
「……」
ロクは、ぐぐっと伸びをして、ガネストの顔を覗きこんだ。
「ねえガネスト! ルイルって、ココッシュ好きかな?」
「え? ココッシュって……」
「この国の伝統のお菓子なんでしょ? なんか、生地がふんわりしてて貝みたいな形で、中にクリームとかジャムをはさんでるやつ! 実は城下町で聞いたんだ~! ねえ、好きかなっ?」
「ま、まあ……」
「ほんとっ!? じゃあ作ってよガネスト~! ねっ、お願い!」
「なんで僕が?」
「だって、あたしじゃダメなんだもん。調理場の人が言ってたよ。『ガネスト様はお料理も巧みで、特に菓子は絶品なんです。ガネスト様の作ったものじゃないと、ルイル王女様は召し上がらない菓子もあるくらいで』ってね」
「……」
ガネストは、ロクが度々調理場に行っていたことを思い出して、バツが悪そうに視線を外した。
「ルイルが起きたとき、ルイルの好きなものを一番に食べてもらって……そしたらきっと元気出るよ、ルイル! だからお願いガネスト! いっしょにルイルのこと元気づけよ? ねっ」
太陽のような笑みだった。捨て子だったとか、拾ってくれた義母を亡くしただとか、そんなことを一切匂わせることのない底抜けの明るさが眩しかった。ガネストは目を閉じて言った。
「わかりました」
「ほんと!? やったー!」
「……いっしょに、と言ってましたがあなたは手伝わないんですよね?」
「うっ。あ、い、いや! お……応援するっ、やっぱり! フレーフレー、って! 後ろは任せて!」
「邪魔ですね」
「ひどい!」
ロクを置いて、ガネストはさっさと医療室から退出した。最後に見たロクの絶望したような顔を思い出して、思わず笑いそうになる。
ふとガネストは立ち止まって、考えた。笑うのなんて、いったいいつ以来だろうと。
──事件が起こったのは、その日の夕方だった。
ルイルは、4時をすぎたころに目を覚ました。ガネストはココッシュ作りのためにと材料調達をしている最中にその報せを聞き、ルイルのもとへは寄らずに調理場へ向かった。さながら職人のような手さばきであっという間にココッシュを作り終えると、それを持って施療室に戻ってきた。
「王医様、ガネスト・クァピットです。入ります」
菓子の入った籠を片手に、ガネストは扉を押し開いた。彼のあとについてきたロクも遠目からその隙間を見やり、室内を覗く。
ガネストは脈が早くなるのを感じながら、ルイルの寝台へと目をやった。
しかし、
──室内は、何者かに侵入されたかのように荒れ果てていた。
「……! ルイル……王医様! 王医様!」
ルイルはいなかった。それを認識してすぐ、ガネストは王医の姿を探した。しかし室内は不気味なくらい静まり返っていて、人ひとりいなかった。
そんなとき。
「がっ、ガネスト様! 大変です!」
廊下のほうから声がして、ガネストとロクはすぐさま振り返った。
すると、顔中に汗を滲ませた王医が、焦りと困惑に満ちた表情で駆け寄ってくるのが見えた。
「王医様! これはいったい」
「わ、私が薬室へ行っている、その数刻の間に、ルイル王女殿下が……殿下がいなくなってしまいました!」
「なんだって!?」
ガネストは、血相を変えて王医の分厚い肩に掴みかかった。
「も、申し訳ありませんっ! 私が人を置いていれば……どうか罰を! 罰をお与えください!」
「……。このことを、知っているのは」
「医官に留まらず、城中が、パニックに陥っています……! も、もももし国王陛下のお耳に入ってしまったら……」
「……」
「──ねえ! 見て、ガネスト! 窓が……!」
「!」
ロクが室内を指差した。寝台に近い壁の窓硝子が割られていて、辺り一面にその破片が散らばっていた。
荒らされた室内をただ呆然と眺める。ガネストは、全身から力が抜けていくのを実感した。
「……」
「行かなきゃ。あたしがルイルを助けに行く!」
室内へと駆けこんだロクが、割れた窓へ向けて前進した。ガネストが我に返ったのは、彼女が硝子の破片を踏みつけ、躊躇うことなく窓から飛び降りたのを見たときだった。
「! ロクアンズさんッ!」
ガネストも室内へ入った。こぼれた薬品、無造作に放られた道具や大量の本、そして辺り一帯に散らばっている硝子の破片を踏み抜いて、窓の縁に食いついた。するとその真下から、ロクの叫び声が聞こえてきた。
「心配しないでガネスト! ルイルのこと、必ず連れ戻すから!!」
「……」
決して飛び降りられない距離ではない。が、一瞬の躊躇もなく窓から外へ飛び出していけるかと問われれば、否と答えてしまうだろう。それほど、すぐ目下の地面との距離が恐怖心を煽ってくる。
しかし、ガネストは窓の縁に足をかけると、茂みに向かって勢いよく飛び降りた。
「ガネスト!?」
「……僕も行きます」
ロクが驚きの声をあげると、ガネストは着地の衝撃を負った両脚で、負けじと立ち上がった。
「ルイルを守るのは僕の務めだ」
淡い海色の双眸が、太陽の光を照り返し、強く言い放った。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.18 )
- 日時: 2018/06/29 11:19
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: g47nDRMH)
第015次元 海の向こうの王女と執事Ⅸ
「うん! じゃあ行こう、ガネスト!」
ロクアンズは、にっと眉と口角を吊り上げた。
「あなたの、躊躇の欠けた行動には度々驚かされます」
「え?」
「いえ、忘れてください」
「……あ! ああ、ごめん! 勝手に飛び降りちゃって。窓割れてたし、てっきりこっから連れ去られたのかと思って……冷静に考えてみれば、窓を割ったのは罠かもしれなかったよね!?」
「……。いや、おそらく本当にここから連れ去ったのだと思います。王城の外も中も惜しむことなく人員を配置していますが、唯一、ここからの一本道だけ警備が手薄なんです。城内へ物資を運ぶための運搬経路になっていますし、ちょうどこの時間はその運び出しに番役の人間も使っているはずですから」
ロクは前方を見やった。城壁と同じ質の石で造られた壁がある程度の幅を置いて向き合い、それに沿って草木の鉢が一直線にずらりと並べられている。そうして作られた一本道が、ずっと先まで続いている。
「なるほどね……。それに、よく見たら車輪と蹄の跡があるよ。ここを通っていったってことで、まちがいないみたい」
「……」
「ねえガネスト、この近くで馬を借りられるところない? 走ってちゃ追いつかない」
「こっちの道を行くと、すぐに保管庫があります。そこに何頭か、馬を置いているはずです」
「よし!」
ガネストは右手のほうへ、指先を向けた。彼が指し示した方向に従ってロクは走りだす。
ガネストの言う通り、通路を進むとすぐに保管庫へ辿り着いた。王城の外から運ばせた物資を通す関所のような場所だった。文字通り保存の利くもの、たとえば米や土などといった大量の物資を一時的に置くのにも適応している。
小さな厩舎が見えて、ガネストとロクはそこへ駆けこんだ。保管庫で仕事をしていた人間の中には、ルイルの失踪を知らない者もいたために、庫内は騒然とした。
ガネストが事情を話すと、保管庫を取り締まっている代表の役人が快く馬を貸し出してくれた。お礼を言い、彼は一頭の馬を引いてロクのもとに戻ってくる。
「あっごめん、もう一頭貸して!」
「え? あなた、馬を扱えるんですか?」
「一応ね! ……レトほど上手じゃないんだけど」
「?」
不思議そうな顔をしつつも、ガネストは役人に頼みこんで馬をもう一頭借りることに成功した。
ガネストとロクは慣れたように馬に跨った。まだ年端もいかない二人が悠然と手綱を引き、勢いよく馬を発進させたその背中を見て、役人たちは呆気にとられていた。
「さっ、急ごうガネスト!」
「はい」
よく馴らされた地面を、蹄が強く蹴り飛ばす。一本道を颯爽と奔り抜けていく。すると、だんだんと壁の端が見えてきた。その先は森になっていて、林道が続いている。
「車輪の跡が続いてる! まっすぐだ!」
「……目が良いんですね」
「まあね! 田舎育ちだし……それにほら、片目しか開いてないし!」
「……」
ガネストには気になっていることがあった。きっと、彼女に初めて出会う人間ならだれしもが、一瞬は意識する。
傷で塞がれた右目のことを。
彼女はぱっちりした大きな目をしている。しかしそれは左目だけで、もう片方の右目は、瞼を真っ二つに分断するような傷跡が走っていて、固く閉じているのだ。
「これね、拾われたときからあったんだ」
「!」
「気がついたらこうだった。だからどういうわけで、こんな傷があるのかもわかんない。でもあたしにとっては物心ついたときからこうだから、ぜんぜん気にしてないんだけどね。……ほとんどの人は驚くだけで触れてこないんだけど、たまに聞かれるんだ、『その目どうしたの?』って。そのときはいっつも、『事故でまちがって切っちゃって』って答えちゃってるよっ」
へへっ、とロクが笑う。まるで心の内をそっくり覗かれたようだった。それほど、欲しかった答えが明確に返ってきた。
口にこそしないが、初めて見たとき、それを気味悪いと感じた。しかし、彼女の容姿や第一印象であったり、数々の行動であったり、他国からやってきた研究機関の次元師というレッテルは、いつの間にか取り剥がされていた。ここ数日を経て彼女の内側にあるものに触れたために、ガネストは、その右目を気味が悪いなどとは思わなくなった。
ガネストは顔の向きを前方に戻し、緩やかに視線を下げる。と、そのとき。
ロクが、あ、と声を上げた。
「ガネスト、見て! 荷馬車だ!」
「……!」
くっと顔を起こした。前方に揺れているのは、たしかに荷馬車だった。荷台のスペースに骨組みを立て、布をかけている。その四角い空間の中までは覗けないが、車輪の具合や薄汚れた布から察するに、──盗賊の部類だろうと思えた。
「次元の扉、発動!」
バチッ──と、空間に電気が奔る。はっとしてガネストが横を向くと、
「──雷皇!!」
ロクがその名を叫んだ。瞬間、彼女の全身から雷光が弾け飛ぶ。非科学的で、超次元的な力──次元の力を、目の当たりにする。
「……!」
「雷を操る次元の力だよ。お菓子作りも楽器も苦手だけど、あたしはこっちでなら戦える!」
ロクが、手綱を打ち鳴らす。馬は加速し、荷馬車との距離をぐんぐん詰めていく。
天上を覆う雨雲に、絶好の天気だ、とロクは呟いた。
その灰色の背中が遠ざかると、ガネストは真っ青な顔で声を荒げた。
「ッ! ロクアンズさん!!」
「──五元解錠!」
しかし、ガネストの声はロクの耳に届かなかった。
「雷撃ィ!!」
翳した右の掌から、膨大な量の雷が放たれた。荷馬車へ向けて一直線に駆け抜けていく閃光だったが、わずかに導線が逸れ、転がる車輪の表面を撫でるに終わった。ぽろりと、車体から小さいなにかがこぼれ落ちるのが見えた。
「あれ? 失敗しちゃった……。車輪外すつもりだったのに」
「──なにを考えてるんですか、あなたは!!」
「!」
突然、ガネストが馬に乗ったままロクの目の前に飛びだしてきた。ロクはびっくりして、自分も強く手綱を引いて馬を急停止させる。
ロクは、物凄い形相で睨んでくるガネストにぽかんとした。
「が、ガネスト?」
「すこしは考えて行動しなさい!! あんなことをして、もしもルイル王女殿下の身になにかあったら、どう責任を取るおつもりですか!? 賊から取り返すことができれば、彼女の身体はどうなっても構わないというんですか!!」
「え? いや、そんなつもりじゃ」
そのときだった。
狼狽えるロクの額に、──カチャッと、銃口が向けられた。
「たとえあなたでも、ルイルを傷つけることは絶対に許さない」
真黒の装甲。彼の髪や瞳と同じ海の色で、細い線のようなデザインが走っている。ガネストはこれまでになく冷酷極まりない目つきで、いまにもロクの額を撃ち抜かんとしている。
しかしロクは、恐れを上回る"ある予感"に、支配されていた。
──それが、超次元的な匂いを漂わせている、と。
「……ガネスト、あなたもしかして……」
「……」
ガネストは、そっと銃を下ろした。そして自分の腰元から提げたホルダーに収める。
「急ぎましょう。ここで言い争うのも時間の無駄ですから」
「みんなには言ってないの?」
「……僕の務めは、ルイル王女殿下をお守りすることです。それ以外に役目はありませんし、それ以外の能力を、ひけらかしたいわけではありません」
ガネストは手綱を操り馬を前に向かせると、荷馬車が消えていった道の奥に視線を戻した。
「ともかく、夜が更ける前に急いで馬を走らせましょう。これ以上暗くなると見失ってしまいます」
「たぶん遠くまで行ってないと思うけどね」
「は? どういうことです?」
「車輪の一部っぽいものが外れるのを見たんだ。一瞬、ガタッてなって、そこから運転が不安定になったのを確認した」
「……ということは」
「案外近くで、ウロウロしてるかもね」
ガネストは口元に手を持っていき、すこし考えるような仕草をした。そして、あることに気がつくと真っ直ぐにロクを捉えた。
「この近くに、いまはもうだれも住んでいない古い屋敷があります。大きな屋敷で目立ちますし、あなたの推測が正しければ、おそらく……そこで往生しているかと」
「! じゃあ!」
ガネストは頷いた。二人は前を向くと同時に、手綱を唸らせる。
先に駆け出したガネストの後ろ姿と一定の距離を保つロクは、その背中を見つめながらつい先刻のことを思い出していた。
『すこしは考えて行動しなさい!!』
声の主や文字並びにちがいはあるが、かけられた言葉は、彼が自分に対してよく言っているものそれ自体だった。
(……──同じようなこと、レトにも言われてるな)
流れても流れても濃灰の空が晴れることはなく、月明かりのない道の上を探るように駆け抜け、ロクの脳裏ではその言葉が繰り返し再生されていた。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.19 )
- 日時: 2018/12/12 23:57
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Kkmeb7CW)
第016次元 海の向こうの王女と執事Ⅹ
森の匂いがした。そんな中を、ガタガタと不安定な足取りで突き進んでいく。どこへ向かっているのかは知らなかった。なぜ連れ出されたのかも、わからなかった。
ルイルは真っ暗闇の中、ただひたすら震えていた。1時間ほど前、施療室で目を覚ましたばかりのルイルにはほとんど意識がなかった。視界がはっきりしてきたその途端、布のようなものに目と口を覆われ、抗いがたい強い力に四肢を押さえつけられ、すぐに気を失った。
ゆっくりと意識を取り戻したとき、全身がぎしぎしと痛みだした。ときおり身体が上下に揺れて、そのたびに近くから男の声がした。1人じゃない。数人だった。
あまり記憶にはないが、おそらく馬車のようななにかの中にいるのだろうと思った。
「くっそ……さっきのはなんだったんだよ? 一瞬攻撃を受けたよな? テント張ってるせいでよくわかんなかった」
「おそらく追手だろうが、銃撃か?」
「おいおい、俺たちはともかくこの国のやつらは銃なんか持ってねぇだろ」
「……よく考えたら、なんか、バチッて音がしなかったか?」
「は?」
「電気だよ。雷みたいな、低い音もした!」
運転手と、目の前で会話をしている2人を合わせて最低3人はこの場にいる。低くて荒々しいので男だということはわかるが、声が似通っていてそれ以上のことはわからない。
ルイルは、底知れぬ恐怖を感じていた。声も出せず、涙を堪えて、ただ小さな身体を震わせていた。
(……──ガネスト……)
いまはただ祈るしかない。ルイルは、胸の中で何度も何度も彼の名前を呼んだ。
「とにかく、もうこんな時間だし今夜は留まったほうがいい。近くに使われていない屋敷がある。そこで夜を明かそう」
*
ガネストの想定通り、荷馬車を走らせていた一行は屋敷に着くなり歩を止めた。
ガネストとロクアンズが遅れて到着すると、ちょうど荷馬車の中から人が出てくるところだった。
見た限り全員男だった。その男たちのうちの一人が、目と口を塞がれたルイルを引き連れて屋敷の中に入っていくのが見えた。
「ルイル……!」
小さな身体はすぐに消えてしまった。ガネストが眉を寄せ、拳を震わせているのを見たロクは、息をひそめた。
(──いったい、どうすればいいんだろ……)
考えて行動をしろ。
もうすこし作戦を練ってから。
──おまえはいつもいつも……!
──もしもルイル王女殿下の身になにかあったら、どう責任を取るおつもりですか!?
頭よりも先に身体が動く気性だということは自覚している。多少の自己犠牲は考慮の上で行動をしているし、実を言うといつも被害者は出さないように計算だって踏まえている。だから器物や自然物が多少損害を被ることはあっても、大きな災害にまで至ることはなその場が収まっているのだ。
しかし、目的のルイルが目と鼻の先にいるというのに、身体が鉛のように動かなかった。
(……どうすればいい? ルイルに被害が及ばないように『雷皇』で攻撃をしかける? いや、屋敷の中なんてどこにだれがいるか把握できないし、空間が狭い。今夜はとくに湿気が多いから電気の通りも良すぎる。なにが起こるかあたしでも想定できない。ルイルのことは傷つけないように……やむを得ない場合、賊たちには傷を負わせることも考えるけど……でも、)
ロクは懸命に考えた。思いつく限りの作戦をぶつぶつと述べてみる。こういう作業はいつもレトヴェールの仕事だったために、彼の指示に従って動いてきただけのロクは難色を示した。
(こういうとき……レトなら、どうする?)
迅速に指示を飛ばしてくれる義兄はいない。自分がやらなければならない。そう理解した。
しかし、いくら思考を張り巡らせても妙案は浮かんでこなかった。そればかりか焦りが着々とこみ上げてきている。
眉をひそめ、唇を噛み、思案に耽っていたロクの肩に、ぽんっと手が置かれた。
「大丈夫ですか?」
ロクは我に返った。心配しているのか、訝しげにこちらの顔色を窺っているガネストと目が合う。
なにかがしぼんでいくような気がした。
「……」
「ロクアンズさん?」
「……ごめん。そうだ。あなたもいるんだった」
「?」
ガネストは小首を傾げた。ロクがなにを言っているのかよくわからなかったため、彼はとくに返事をせずに小声で話しはじめた。
「今回の誘拐がなんらかの目的によって行われたのだとしたら、考えられる理由は2つです。1つは、身代金の要求です。王族の人間をさらえば、それだけ交換条件で高値を提示することができます。賊であるならばなおのこと。そしてもう1つは、ルイル王女殿下が子帝になられることを、望まない分子による犯行か」
「ルイルが王様になることを、嫌がってるってこと?」
「そうです。ライラ王女殿下の支持派、つまり生前に王女殿下と親交のあった者による反乱である可能性もあるということです」
「その場合……ルイルの身は、かなり危険だよね?」
「……そうですね。向こうの怒りを買ってしまえば、なおのこと危険性が高まります」
「……」
悠長にはしていられない。ロクはふたたび頭を捻った。
ルイルを傷つけてはいけない。犯罪者といえど、被害は最小に抑えるに越したことはない。さきほどの一撃で、もしかしたらロクの手の内はバレてしまっているかもしれない。
──が、
ガネストのことは、その存在すらも、認識されていない可能性が大いにあった。
「……!」
「なにか浮かんだんですか?」
ロクは返事をせずに虚空を見つめていた。
そして、ようやく、彼女はふっと笑みをこぼした。
「……よし。これでいこう!」
「どのような作戦ですか?」
「ガネスト、銃を扱うのは上手いの?」
「ご命令とあらば、狙うも外すも」
「暗闇の中でも?」
「……もちろん」
「そうこなくっちゃ!」
ロクは口の端を吊り上げた。そしてガネストに耳打ちをすると、彼はすんなりと頷いた。
「1分ね。屋敷に入ったところで、1分したら作戦開始。いいかな?」
「異論はありません」
「……じゃあ、いくよ」
2人は頷き合うと、体勢を低めに、同時に屋敷へ向かって走りだした。
屋敷の門の前には、1人の男が見張りとして立っていた。
崩れかけた塀の影に隠れ、様子を伺う。きょろきょろと辺りを見回していた男が、ふいに後頭部を見せた。
ロクが駆けだす。
男は緩慢に首を回して、こちらを向いた。すると男はロクに気づき、目を剥き、声を上げるよりも先にロクの右手が──バチバチッと雷を携えていた。
「うっ!」
雷を纏った手で、ロクは男の首を鋭く叩いた。電流のショックと手刀の効果が及んで、男はその場に倒れこむ。
ロクがこくりと頷くと、ガネストが音も立てずにゆっくりと扉を押し開けた。ガネストは中を一瞥し、だれもいないことを確認すると吸いこまれるように屋敷の中へと消えていった。
さあ、作戦開始だ。
ロクは気合を入れ直し、その場から移動した。入口からすこし離れた位置に足を落ち着かせると、屋敷の大きな窓の奥に潜む、数人の男の影を見上げた。
扉から入ってすぐの広間には、人の気配がなかった。屋敷の中は蝋燭で明かりを保っているのだろう。全体的に薄暗く、古い建物なだけあって空間自体が寂れている。
左手にうっすらと半螺旋状の階段が見えた。2階は、すこしだけ明かりが強い。置いている蝋燭の数が多いのだろう。ガネストは足音を完全に殺し、階段に近づいた。
「ちっ。また降りだしたな。小雨程度だが、明日には晴れといてほしいもんだ」
「そうだな」
「ところで今回の……ほんとにこのガキを連れ去るだけでよかったのか?」
「ああ。金は弾む」
「素性も明かさねえし、変な服は着せるし、謎だらけだよなあんた」
「どっかのお偉いさんだったりして!」
「なるほどな! いや~あんた、バレたら首跳ね飛ぶんじゃねえの?」
「お前たちは余計な心配をせず、ただ従っていればいい」
数は、気配からしても3人。ルイルを除いた数だ。彼女はというと、おそらく左手側にいる男に捕まっている。隙間風のような浅い息が聞こえてくるのはその方向からだけだ。それに左手側にいる男だけが喋り口調に負荷がかかっているように思えた。ほかの男は屋敷に着いて安堵の息が混じっているので、その差は歴然だ。
ガネストは息を殺す。そのときをじっと待つ。胸元のベストの内から一丁の銃を取り出し、構えたその瞬間。
──轟音を連れた落雷が、眩い光を放ち、窓硝子を叩き割った。
「な、なんだ!?」
「雷だ! すぐ近くで! が、硝子が……!」
「うッ、うそだろ……!? さっきまで小雨」
雷光が失せ、もとの暗闇に戻った、その瞬間。
「──ッうああ!?」
「!? ど、どうした!?」
銃声が響いた。
外界からの風の暴力によって蝋燭の火が一気に消え失せ、間髪を入れずにもう一度、乾いた音が空間を駆け抜ける。
「ぐあッ!!」
「お、おい! ……な、なんだ……!? だれだッ!! いったい、何者だッ!?」
またしても、窓が力強い光に包まれる。雷独特の重低音が響く。一瞬だけ、身の回りの景色が明るくなる。
骨張った腕でルイルを抱えていた男は、ガネストの蒼い双眸と、目が合った。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.20 )
- 日時: 2018/07/05 07:33
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: AxfLwmKD)
第017次元 海の向こうの王女と執事ⅩⅠ
「っ、な……! お前か!!」
男は、ルイルを抱えていないほうの右手で素早く銃を抜き、そのまま発砲した。
驚くよりも先に、ガネストの手から一丁の銃が弾け飛ぶ。刹那、ガシャン、と音を立てて銃は闇の中へ落下した。
「はっ……。悪あがきはここまでだ」
カチャリ。装填音とともに、銃口を向ける音がしたと認識した。
男は、ガネストがいたほうへじっくりと歩み寄る。引き金に指をかけた、まさにその瞬間。
「どこを向いているんですか?」
男の背後から、声がした。
「次元の扉、発動────『蒼銃』!!」
詠唱と──"二発"の銃弾が、容赦なく向かってくる。
右肩が撃ち破られた。
「ぐあッ! な……っ、なん……!?」
抱えていたルイルを咄嗟に放し、穴の開いた右肩を左手で掴んだ。その隙にもう一発。太腿に撃ちこまれた男は、ぐしゃりと膝を崩し、呻くとともに気絶した。
ガネストは二丁の銃をくるりと回し、ホルダーに収める。
へたり、と。腰を抜かしたルイルが、その目に当てられた布越しにガネストを見上げていた。
「……ガネスト?」
彼女はすこしも躊躇うことなく、彼の名前を呼んだ。
「が、がね……ガネスト……っ!」
ガネストはルイルの傍に近づくと、跪いた。
ルイルの目元を覆っていた布を丁寧にほどく。
「はい。……ルイル」
布の内側から現れたまんまるの瞳から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれていく。
「ガネスト……! るい、う、ルイル……こわ、ったよ……こわかったよ……っ!」
「……遅れて申し訳ありませんでした。もう、大丈夫です」
ガネストは、そっとルイルを抱き寄せた。赤子のように泣き、ひくりと震える彼女の背中をぽんぽん叩く。彼女も小さな手を伸ばし、彼の服をにぎり返した。
気絶した男たちを捕縛し、1階の広間にごろりと転がす。せっせと動くロクアンズとガネストの姿を、ルイルはぼんやりと眺めていた。
「これで全員ですか?」
「うん。外には1人だけだった。あとは全員中にいて、あなたが片付けたでしょ?」
「そうでしたか……」
「……守る力だよ。次元の力は」
「え?」
新しく用意した蝋燭の一本一本に、ロクは火を灯しながらそう言った。
「人類を超越する力だとか、戦争の兵器だとか……そういうのでもなければ、だれかにひけらかすためのものでもない。次元の力は、大切な人を守れる力なんだ」
ガネストは、ふいにルイルに目をやった。急にガネストと目が合い、ルイルはどきっとして肩をこわばらせた。
「……そうですね」
ガネストは柔らかい笑みを浮かべた。いままでにない彼の表情が垣間見えて、ロクはにやっとした。
「ほんとはそういう顔なんだ~」
「! い、いえ、べつに」
「いいと思うよ、あたし! そっちのほうが、鬼みたいな顔よりぜーんぜんっ」
「お、鬼?」
「……王女様とかってさ、あたしたちとは身分がぜんぜんちがうじゃん。でもだからこそ、突き放したりしたくないんだ。……一番そばで、味方になってほしい」
「……」
「そりゃ難しいかもしんないよ? どうしたって対等じゃないし、周囲の目もあるし。でもそういう、いろんな壁を越えて笑い合えたらさ、だれにも邪魔できない、無敵の関係になれると思わない?」
ガネストは、しばらくロクの顔を見つめ返したのち、目を伏せた。
幼いからといって甘やかしてはいけない。正式な任が下されたとき、そう心に決めて、それ以前の自分は捨てた。
それが、王族であるルイルのためだと思った。
しかしそうではなかった。思い返してみると、ルイルが部屋に閉じこもってしまったのも、城の中に味方がだれ一人としていなくなってしまったからなのではないかと思える。
ガネストは長く息を吐いた。
(僕はルイルの居場所を……自分から無くしてたんだな。ルイルのためと言いながら、ルイルのことを一番見ていなかったのは……僕だ)
ガネストの青い瞳が、蝋燭の火が灯ったように赤く煌めいた。
ロクはそれ以上なにも言わず、蝋燭台を手に取って拘束された男たちに近寄った。火の明かりによって照らされた男たちの姿を、ロクはまじまじと見つめる。
「ん~……。ねえ、ガネスト。この人たち、本当に賊なのかな?」
「え? どうしてで──」
急に声をかけられ、なんとなく男たちの傍に歩み寄ったガネストだったが、その途端、彼は大きく目を見開いた。
「……これは……」
ガネストの頬に、冷たい汗が伝った。背筋にひやりとしたものが走る。足元に置いてあった灯篭の一つを持ち上げ、男たちの着ている服を明らかにすると、青い瞳が訝しげに細められた。
「……ルーゲンブルムの、兵服です」
「えっ!?」
ロクは、数日前の船上での話を思い返した。
コルドが言うことには、アルタナ王国と相反する『ルーゲンブルム』という国が森の先にあり、その国の人間が、アルタナ王国のライラ第一王女を事故に見せかけて殺害したのではないかと推測されている。
今回ルイルを誘拐したのもルーゲンブルムの仕業とわかれば──まちがいなく、アルタナ王国は兵を動かし、ルーゲンブルムに攻め入るだろう。
「待ってガネスト! ちがう!」
ロクは、1人の男の服を乱暴に引っ張り、自分のほうに向かせた。目を瞑り眉をひそめていた男は、その衝撃によって徐々に意識を取り戻し、目を開けた。
「……やっぱり! この人、あたしたちを船着き場から城に案内してくれた、騎士の人だ!」
「っ!?」
ガネストは驚いて、その男の顔を覗きこんだ。男は、サッと血の気が引いた顔で、わなわなと震えながらロクを凝視した。
「あっ、ああ……」
「なんで、アルタナ王国の騎士さんが、敵国の兵服なんか……!」
「……だれの指示ですか」
「……な、なんのことでしょう」
「いったい、だれの指示でこんなことをしたんだと聞いてるんです!!」
ガネストは男の胸倉を掴み上げ、怒鳴りつけた。男は震えながらなお、顔を背けた。
「言えないのですか?」
「……」
「ルイル王女殿下を目の前にして、真実が申せないというのですか!」
「……罰してください」
男は小声でそう呟いた。なにかに怯えるように、俯き、震え、喚いた。
「いっそ殺してください! 私にはなにも申し上げられません……! ……どうか……どうか、不忠なこの私を、罰してください、ルイル王女殿下!」
嗚咽が、弱々しく床に叩きつけられる。男はずっと泣いていた。これ以上なにを聞いても、答えなど返ってこないだろうと推測した。
ロクはとてつもなく困惑していた。
目の前でなにが起こっているのか、まったく理解が追いつかなかった。
ルーゲンブルムという敵国の服を、なぜアルタナ王国の人間が身に着けているのか。追い詰められてなお、なぜこの男は事に至る経緯を白状しないのか。
一人、ガネストだけが、切迫した表情を浮かべていた。
「……ロクアンズさん」
「な、なに?」
「……もしかしたら、僕たちは、とんでもない事態の片鱗を見てしまったかもしれません」
「え?」
呆然とロクは立ち尽くした。ガネストも黙りこむ。
そこへ、遠巻きにしていたルイルが、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「……あの」
「どうしたの? ルイル」
「えっと……その……。ルイルのはなし……きいてくれる?」
「え? ああ、うん。いいよ」
「……──しんじて、くれる?」
「? う、うん。信じるよ、ルイル」
「……あのね、」
伏し目がちにぎゅっと手を握り、言い淀むルイルだったが、意を決して言った。
「ライラおねえちゃんは、いきてるの」
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.21 )
- 日時: 2018/07/09 09:16
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Zxn9v51j)
重々しい扉を、二度ほど叩いた大臣が「陛下、ギヴナークでございます」と一言かけると、「入れ」との声が返ってきた。
薄暗い寝室に足を踏み入れ、ギヴナークは一礼した。
「このような夜半に、申し訳ございません。ルイル第二王女殿下のことで、お話が」
「申せ」
「はっ。ただいま、城中で騒ぎが起こっております。『ルイル王女殿下が何者かに誘拐された』と……噂は、城下町にまで広がりつつあります」
「……」
ジースグランは、弱々しく首を回し、窓をほうを向いた。雨は止んでいたが、重々しい鉛色の雲が空を覆っていた。
「式は2日後か」
「はい」
「ようやくだな」
鉛色の雲は、小さく輝く星々を呑みこまんとするように、じっくりと、色濃く、天上を支配していく。
第018次元 海の向こうの王女と執事ⅩⅡ
ガネストとロクアンズは言葉を失った。目の前には、表情を険しくするルイルの姿があった。駄々をこねて言っているのではないことは、すぐに理解できた。
ルイルは続けた。
「すうしゅうかんまえに、おしろのなかで、うわさをきいちゃったの。ライラおねえちゃんがガケからおちたとき、おつきのきしさんはいきてて、そのひとのよろいについてたはっぱが……ガケからすごくとおいとこにしかはえないはずのものなんだって。だから、ガケのちかくにいたのは、うそなんじゃないかって」
ルイルはおずおずとしていた。信じてもらえるかわからない、といったように不安げに視線を落としている。
すると、黙って聞いていたガネストが口を開いた。
「……その葉っぱの名前は、なんていうかわかりますか?」
「え、えっと……たしか……そ、そ……」
「ソ?」
「……ソラユラ草、ですか?」
「そう! そんななまえ!」
「ガネスト知ってるの?」
「……ソラユラ草は、主に湿地帯で生息していて、葉の先端が木のように枝分かれしている珍しい植物です。水分をかなり多めに取り入れないと枯れてしまうので、周囲に草木が少なく、かつ大きな河川か湖の近くでしか生息できません。アルタナ王国とルーゲンブルム間の森で該当するのは……東方にある『マレマ湖』だけです。しかし、ライラ王女殿下が落ちたとされるその崖というのは北西にあり、湖とは真逆に位置しています。ルイルの聞いた話が本当なら、矛盾が生じます」
「その、なんとかっていう草をつけて帰ってきたんなら、ほんとはその湖の近くにいたってこと?」
「そうなりますね。帰ってきた騎士は1人で、その人物がすべての経緯を話し、た……と……」
瞬間、空気が凍りついた。
言いながらガネストは気づいてしまった。ライラ王女の死にまつわる経緯を述べられるのは、その人物たった1人だったということを。
たとえそれが虚偽であっても、その人物の一言で──すべて"真実"になってしまうことを。
「……ウソついたって、こと? その人が? ……王女様が生きてるのに? な、なんのために!?」
「……もしも国王陛下に虚偽を申し立てれば、即刻打ち首です。しかし、国の王女が亡くなったなどという進言に対し……陛下は、その騎士を一旦牢へやり、その後たった1度の派兵で王女の捜索を終わらせました。そして数日と経たないうちに国葬を上げたのです。国の王女が、ましてや自分の娘がいなくなったというのに、陛下は別段動かれませんでした。なのに、『王女の死はルーゲンブルムの仕業』だと……今にも兵を動かす勢いです。それにその騎士はすぐに解放されていました。……陛下は、一介の騎士の発言を鵜呑みにし、実の娘の死を簡単に信じ、出兵のときを待ち焦がれている……よく考えてみれば、おかしな点だらけです」
「……えっ、ま、待って? それじゃあ、まるで……──」
ひと月前。ルーゲンブルム付近の北西の森でライラ王女が崖から落ちて亡くなった。
しかし実際には、ほぼ真反対に位置する東のマレマ湖という場所にいたらしかった。
たった1人だけで帰ってきたという騎士がこう進言した。
『ライラ王女殿下が、ルーゲンブルム付近の崖から転落死されました』
それを聞いた国王は、その進言の真偽を疑うことはおろか、娘であるライラ王女の生死をたいして確かめることもせず、
『ルーゲンブルムの連中が、事故に見せかけて殺したのではないか』
と言って、すぐに王女の葬儀を終え、出兵の準備を始めた。
そして今回の、ルイルの誘拐事件。
誘拐犯は全員ルーゲンブルム兵の服を纏い、その中には、アルタナ王国の騎士が紛れていた。
ルーゲンブルム兵を装い、罪を着せるように。
────まるで、すべてがルーゲンブルムに攻め入る口実を得るための、策略のように思えた。
「もしかして……ぜんぶ、王様が仕組んだことなんじゃ──!」
「く、口を慎みなさい! そのようなこと……あってはならないことです!」
「だって! ガネストだってそう思ってるから、さっきまでべらべら言ってたんでしょ!?」
「……」
「……。ルイルの言ったこと、無視するには、あまりにも事が大きすぎるよ」
押し黙るガネストに、ロクは決意をこめて続けた。
「あたしはルイルのことを信じるよ」
「ロクアンズさん」
「そう約束したから。ねっ、ルイル」
「……ほんとに、しんじてくれるの?」
「もちろんっ」
ロクは膝を折り、ルイルと視線の高さを合わせた。
「改めてよろしくね、ルイル!」
「……うんっ。……えっと……ろく、ちゃん」
「あ、覚えててくれたんだ! うれしー!」
「そりゃ来る日も来る日も部屋の前で叫ばれては、嫌でも覚えますよ」
ガネストは小さく吐く息に、悪態を交えて言った。そして、ロクのほうに向き直る。
「……下手をすれば、命はありませんよ」
「うん。わかってる」
「わかってる、って……」
「次元師はいつだって命がけだよ」
強気な笑みを浮かべて、ロクは言い切った。なにを言っても聞く耳を持たないだろう彼女に対して、ガネストは諦めの息を吐いたが、その表情に翳りは差していなかった。
地平線から、太陽が覗くか覗かないかの明朝には、空はすっかり雨の"あ"の字も忘れていた。起きてすぐに、壊れた荷馬車の車輪をさっさと修理してしまったガネストは、荷台に男たちの身柄を放りこみ、自分の馬にルイルを乗せると、すぐに出発した。
ロクはというと、ガネストが支度に取りかかっている頃すでに目を覚ましていたが、「行くところがある」と言ってガネストたちとは一度そこで別れた。
ガネスト一行が王城に着くと、城内は嬉嬉として彼とルイルを迎えた。
国王、ジースグランには今回の事件のことが知れてしまっているらしかったが、彼は「まずルイルを休ませてやってくれ。正午に王華の間に来るように」との言伝を大臣に頼み、それを受けたガネストも了承した。
そして──時間は過ぎ、王城内は正午を迎えた。
「此度の件、誠に手柄であった。ガネスト・クァピット並びにメルギースのロクアンズ。そなたらには褒美を授けよう」
王華の間。大広間となっているここで、ジースグランは、真紅と黄金の装飾が施された玉座に腰を落ち着かせていた。その隣でルイルが同じような造形の腰掛けに座っている。
2人の脇には、大臣と騎士団長と思しき人物が控えている。そして玉座から伸びる真紅のカーペットに沿って、重鎮と騎士たちがずらりと立ち並んでいる。コルドもその列の一員として最端に立っているが、彼は玉座から数十メートルは離れた、大扉の近くにいた。
真紅のカーペットに跪き、ロクとガネストは顔を伏せていた。
「身に余るお言葉です、ジースグラン国王陛下」
「そう謙遜するでない。ルイルの無事はそなたらのおかげだ。これで心置きなく、明日の子帝授冠式を迎えられる。褒美はそなたらの欲しいものを与えよう。なんでも申せ」
周囲の視線が、一斉にガネストとロクに集まる。刺さるような視線の数々を受けながら、先に名を挙げたのは、ロクだった。
「それじゃあ、先にいいですか?」
「ああ。申せ」
大臣や騎士たちの目は、ギラギラと滾っていた。年端もいかない子どもが、国王の前で無礼な口を利かないかはらはらしているのだ。案の定ロクの口調は畏まったものではなく、みな手に汗を握りしめている。
ロクは、へらりとした口調から一変して、鋭い瞳を向けた。
「国王様に、進言したいことがあるんです」
「……進言? 申してみよ」
「ライラ王女のことです」
大広間が、空間ごと凍りついた。従者の列一同が、例外なく瞠目している。
ジースグランの細い瞳も、わずかに丸くなった。
「ライラ王女は死んだと言われてましたが……──実は、王女はまだ生きています」
「ッ無礼者!!」
ロクの首筋に、2本の槍の穂先が向いた。近くで控えていた騎士のものだろう。ロクは一切動じることなく、ただまっすぐジースグランを見据えた。
「下がれ」
「し、しかし陛下……!」
「下がれと申した。……さて、ロクアンズ。とても興味深い話だ。申してみよ」
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.22 )
- 日時: 2020/06/24 11:21
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第019次元 海の向こうの王女と執事ⅩⅢ
「ひと月くらい前、ライラ王女はルーゲンブルムに近い北西の森で崖から落ち、亡くなったと聞きました。そしてそれが事故ではなく、ルーゲンブルムによって仕組まれた暗殺だったんじゃないかって、王様は疑ってるんですよね?」
「そうだ」
「でもそれはちがいます。王女様は、崖の近くには行ってません」
「……なぜそうだと?」
「なぜなら、王女様の護衛としてお供し、唯一この国に帰ってきたっていう騎士さんの鎧に……ソラユラ草の葉がついてたからです」
ロクアンズが言い切ると、従者の列からどよめきが沸いた。ルイルが祈るように見守っている。
「ソラユラ草は、森の東にあるマレマ湖にしか生息してません。おかしくないですか? 北西と東じゃ、ほぼ真反対の場所です」
「そのような報告は受けていない」
「そうですよね。彼はそれを見つけられないようにしようとしたんですから。……上手くいかなかったみたいですけど」
言いながら、ロクは自分のコートのポケットから1本の細い草を取り出した。
ロクの手元に注目が集まる。その草は、ところどころ錆が付着していて、くたくたになっていた。
騎士の列に立つほとんどの男たちが首を傾げながらそれを見つめていた。その中で、たった1人の男だけが、血相を変えていた。
「これ、訓練場のすぐそばで拾ったんです。武器庫が見えるところの。……錆がついてますし、鎧か剣にでもくっついてたんですかね。ほかにもいくつか落ちていました」
「そんなはずは!」
ない、と叫び損ねた男は、直後、しまったと後悔した。広間にいる十数人の視線が一斉に彼に突き刺さる。
広間中がざわめきだつ。全身が氷のように硬直し、わなわなと震えるその騎士のもとへ近づくと、ロクは彼の顔を下から覗きこんだ。
「へえ。あなたなんだ」
「…………」
「国王様、この人はウソをついたんです。ライラ王女は崖から落ちていません。だからまだ、最愛の娘は生きています」
「だ……黙れ! この無礼者! そんなハッタリをだれが信じるというのだ! わざと俺が自白する、かのように仕向けるなど! こんな子ども騙しで! ……陛下! 他国の人間の言葉に耳を傾けてはなりません! これは、陛下と亡きライラ王女殿下、そして我らがアルタナ王国に対する侮辱にほかありません!」
「……残念だが、ロクアンズ。興とするには、ここまでのようだよ。大変面白い与太話だった」
ジースグランは、至って落ち着いた口調でそう告げた。
しかし、
「そっか、こうやって口封じするんだ。ねえ国王様、前のときは……この騎士さんにいくらあげたの?」
「……き、貴様!」
「──国王陛下!! 改めて進言します!」
斬りかかろうとしてきた男を一瞬のうちに睨み返し、ロクは、真紅の玉座に向かって叫んだ。
「あなたはルーゲンブルムとの長い因縁を断ち切るために、ライラ王女を利用した! 彼女を死んだことにして、それをルーゲンブルムのせいにし、穏便なこの国の人たちに火をつけようとした! 徴兵のために! ちがいますか!?」
「ここまで、と言ったはずだ」
「それだけじゃない! 自分の兵にルーゲンブルムの兵服を着せてルイルを誘拐させた。民心を乱すような隠さなきゃいけない噂が、なんですぐに広まったの!? ルイルを誘拐したのもルーゲンブルムのせいだと広まれば、国民の戦意を煽る大きな後押しになると考えたからじゃないの!」
「口を閉じろ!」
「身体が弱いあなたにとって、ルイルが一刻も早く子帝になることは重要だった……! そしてルイルが揺るぎない地位を手に入れると同時にあなたは、ルーゲンブルムへ攻め入るつもりだったんだ! 因縁を断ち切るためだけに、血の繋がった家族を、娘二人を……犠牲にした!」
「憶測だけで物を申すな、娘! それ以上続けるようなら──」
ジースグランが玉座から立ちあがり、騎士たちが腰元に携えた剣に手をかけ、立てた槍の柄を強く握る。しかしロクの猛然たる口上は留まることを知らない。感情的になり、怒りのままに吠え続ける彼女の口を止められる者はいなかった。
「この国の人たちは! ライラ王女が亡くなっても、笑顔でいようとしてた! 悲しまないでいようとしてた! ……国のために必死だった……! それなのにあなたは、そんな国民たちの思いを踏み躙ったんだ! ライラ王女への思いを利用しようとしたんだ! 侮辱だがなんだか知らないけど──そっくりそのまま返してやる!! あなたに……国の長を名乗る資格なんてない!!」
「──打首にせよ! いますぐ、この娘の首を斬り落とせ!!」
十数にも及ぶ穂先、切っ先が、ロクの首筋に向かって伸びた。
ジースグランは立ち尽くし、真赤く血走った目でロクを睨みつける。尖鋭たるその眼差しにロクは新緑の片瞳で正面から迎え撃つ。
──しかし、ロクを取り囲んだ騎士たちは驚愕と困惑の色を示し、指一本動かせずにいた。
「なにをしている! 王命だ! その首を斬り落とせ!! いますぐにだ!!」
「……」
「振り下ろせ──!!」
「──陛下あっ!」
そのときだった。
王華の間の大扉が物凄い勢いで開け放たれた。廊下から、門衛の騎士が汗だくになって駆けこんでくる。
「へ、陛下! お許しください! いましがた、その、陛下に……っ!」
「何者だ! 許可もなく王華の扉を潜るとは! 下がれ!」
「し、しかし……! 陛下に、え、謁見のお申立てが……!」
「謁見だと? この大事が見えぬのか!? それほどの客人か!」
「……そっ、そそ、その……!」
靴音が、軽やかに響く。
品のある足取りで、その人物は、大扉の向こう側から姿を現した。
ロクは、片目を大きく見開いた。
「──え……!?」
彼は、青を基調とした絹衣を装って、小さく笑みを浮かべた。
「お初にお目にかかります、アルタナ王国第十一代国王、ジースグラン陛下」
「何者だ! 名次第では」
「私は、メルギース国より参上いたしました。名を、」
──月のように輝く黄金の瞳が、この国の太陽を捉えて離さなかった。
「レトヴェール・エポールと申します」
その名を聞いた途端、ジースグランは驚愕のあまり玉座に崩れ落ちた。
「陛下!!」
「……なっ、え……エポール……だとッ!?」
ジースグランだけに留まらず、広間中の従者が表情を一変させた。驚きでおなじく腰を抜かす者。怯えるように後ろへ下がる者。ロクに向けていた剣を、ぼとりと落とす者。
反応は様々であったが、レトヴェールを認識したとき、抱いたものに差異はなかった。
「突然のお申し出にも関わらず許可をいただき、感謝いたします国王陛下」
「……そなたは、本当に……」
そこまで言って、ジースグランは口を噤んだ。
透き通った玉のような金色の瞳。おなじく、きめ細かで、光り輝く金色の髪。そして、代々受け継がれているのであろうその整った目鼻立ち。
見間違えるはずもなかった。
(────メルギース国の廃王家、エポール一族の末裔か……!)
「国王陛下にお目通りをと思いましたのは、あなた様にぜひともお会いいただきたい人物がいらっしゃるためです」
「会わせたい、人物だと……? それはいったい」
「ではお呼びいたします。さあ、──姫、こちらへ」
静寂に包まれる。
レトは右手を広げ、数歩下がった。それに誘われるように王華の赤いカーペットを踏んだのは、
「……──ッ!!?」
ルイルによく似た美しい桃色の髪を持つ、若い女性だった。
「お久しぶりです、父上様」
「……、ぁ…………」
「ライラ・ショーストリア。ただいま帰城いたしました」
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.23 )
- 日時: 2020/06/24 11:31
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第020次元 海の向こうの王女と執事ⅩⅣ
腰まで伸びた桃色の髪が、緩やかに靡いている。肌も白く、気品のある若い女だった。
彼女は上品な淡色のドレスの裾を揺らし、美しい振る舞いで玉座に近づいていった。
声を発せる人間はもういなかった。死んだとされ、葬儀まで行ったその張本人が、たくさんの視界の中で息をしている。地に足をつけ立っている。そして、幻のような麗しい声音を響かせ、悠然と空間を支配した。
もう見ることは叶わない──そう思っていた、実の姉の懐かしい姿に、ルイルは目尻を熱くした。
「おねっ、え……ちゃ……!」
聞き慣れた幼い妹の消え入りそうな呼び声に気づいたライラは、遠くにいる妹に向かってかすかに微笑み返した。
大扉の傍で、役目を終えたかのように息をついたレトヴェールの服の袖を、ぐいっと引っ張ったのはコルドだった。彼は声をひそめてレトに話しかける。
「お、おいレトっ、どうなってるんだ……!? なんでお前がここにいる! それにその、いかにも格式高そうな服はどうした」
「あとで説明するから、いまはとにかく見学してようぜ。……おもしろいもんが見れそうだ」
ライラは、視線をジースグランへ戻すと、顔つきを変えた。
「父上。お会いできて誠に嬉しゅうございます。二度と再び、そのお姿を見ることは叶わないと思っておりました。お身体、お変わりはございませんか?」
「……あ、ああ」
「あなたたちにも、苦労と心配をかけました。でももう安心なさい。……私は、死んでなどおりません。こうして生きて、戻ってまいりました」
「……なぜ……なぜ、ここに」
「陛下。私は大変悲しゅうございます。国交の件でルーゲンブルムへ向かう途中、突然護衛の騎士たちが私に剣を向け、私を薬で眠らせたのです。目を覚ましたときにはすでにルーゲンブルム付近の小屋の中にいて、その近辺を数人の騎士が徘徊していたので、身動きひとつとれませんでした……。そして、小屋の近くを通りかかったルーゲンブルムの民が、こう噂していたのを耳にしてしまったのです。『アルタナ王国の第一王女が亡くなって、国葬が行われたそうだ』……と」
「……」
玉座に腰かけているジースグランは、袖の置き場に肘をつき、頭を抱えるように手を添えた。
「陛下、どうしてですか? なぜ私にこのような仕打ちをなさったのですか?」
「……わからないのか」
「いいえ、わかります。私も、ルーゲンブルムとの因縁を断ち切らねばと思い、馬を走らせたのですから」
「ならばなぜ、国交など!」
「ですが、私は国家間の戦争によってこの長きに渡る因縁が終結するなど間違いだと思っておりました。それに……父上も知っておいでかと思います。私とルーゲンブルム国のレインハルト王子は……」
「黙れ! 虫唾が走る! 敵国の王子と……通じ合っているなどと!」
「心の底から愛し合っているのです! 私も王子も、国家間の戦争など、露ほども望んでおりませぬ」
「お前はそうだろう! しかし心の優しいお前につけこんで、其奴はアルタナ王国を支配下に置く算段なのだ! ルーゲンブルムの女になるということを、お前は理解していない!」
「いえ。お言葉ですがそれはちがいます、ジースグラン国王陛下」
大扉の向こうから、もうひとり、精悍な顔つきをした若い男が入ってくる。肌の色に近い薄黄色の髪は跳ねつつも整えられていて、物腰も落ち着いている好青年だった。
「……おま、えは……」
「お初にお目にかかります。ルーゲンブルムより参上いたしました、ルーゲンブルム国第一王子、レインハルト・ウェンスターです。お言葉ですが国王陛下、私は、アルタナ王国を支配下に置くなどということは一切考えておりません」
「嘘を吐くな!」
「本当です、父上! 彼は……私との婚約のために、王位継承権を放棄されました」
「なっ……なんだと!?」
「私はライラ王女と婚約をすることで、アルタナ王国との永劫の和平のための架け橋になりたいと思っています。しかし私とライラ王女が婚約をしたところで良い顔をしない民はいるでしょう。反乱が起こるやもしれません。それでも、ゆっくりでもいいのです。信頼を得たい。そのためなら、王位だろうが名誉だろうが、すべてを捨てる覚悟です、ジースグラン国王陛下」
「……」
「父上。レインハルト王子は、ルーゲンブルムの現国王様に何年もの間繰り返しこう進言し、ついひと月前にやっと……『やってみせよ』とのお言葉を賜りました。……みな、胸の内では切に願っているのです。戦争のために剣を取るのではなく、互いの手を取り合えたら……と」
ジースグランはなにも言わなかった。
しばしの沈黙ののち、弱りきった声色で、彼は独り言のように言った。
「……。……好きにせよ」
「……ありがたきお言葉に、感謝いたします。国王陛下」
ライラとレインハルトが、並んで礼をした。ライラが丁寧に首を起こすと、そのとき槍や剣を向けられているロクの姿が目に飛び込んできた。
「武器を下ろしなさい。その御方はメルギース国より参られた御客人です」
「は、はい!」
ライラの一声で数十もの刃先から逃れたロクは、小さく安堵の息を吐いた。
そのとき、ジースグランは我に返って顔を上げた。
ロクと目が合い、そして、その視線をレトに向けた。
「……」
メルギース国の廃王家、エポール一族の末裔レトヴェール・エポール。
無礼者と騒ぎ立て、ロクの首を斬り落とさんとした。当然その光景は、レトの目にも入っただろう。
──メルギース国の民に対する蛮行。そう諭されてしまえば、言い逃れは叶わない。今度は世界上位の先進国メルギースとの戦争の火花が、ジースグランの目にちらついた。
王華の間から退出しようと足を踏みだしたレトは、くるりと身体の向きを変えて、ジースグランを見た。
「ジースグラン国王陛下」
名前を呼ばれたジースグランは、とっさのことで動揺を隠しきれず、びくりと肩を震わせた。その様子に、レトは柔らかい笑みとともにこう返した。
「メルギース国は、王制を復活させる気はないようです」
ライラに続き、レインハルトも礼をし王華の間をあとにした。レトとコルドが2人に続いて退出する。憔悴しきったように項垂れるジースグランの隣にいたルイルは、腰掛けから飛び降り、そのまま大扉に向かって駆けていった。ロクとガネストも、ゆっくり歩みだした。そしてルイルのあとを追うように退出した。
「レトヴェールさん。本当にありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
「お褒めに預かり光栄です、ライラ王女殿下」
「まあ。さきほども思ったことだけれど、あなたって丁寧な振る舞いもできるのね。出会ったときはちょっとあれだったのに」
「……あれって……」
「僕からもお礼を言わせてくれ。……さすがはメルギース王家の血を引いた御方だ。どうか末永く頼むよ、レトヴェール君」
「俺にはなにもないよ。いまのメルギースに王族はいない」
レトとレインハルトが握手を交わしたそのとき。王華の間から忙しなく走ってくる音が聞こえだした。その矢先に、無防備に立ち尽くしていたライラの身体になにかが飛びついた。
ライラはその場でしりもちをつく。あいたた、と腰を擦っていると、すぐ真下からだれかのすすり泣くような声が聞こえてきた。
「……ぅ、っ……ら、ライ……」
「……」
「ライラ、おね、ちゃぁ……!」
ライラの身体にしがみつき、ルイルは顔はうずめて泣いていた。いろいろなものが、ぐちゃぐちゃに混ざり合った声ではなにを言っているのかも聞き取れなかった。それでもライラには、自分の名前が呼ばれているのだと、痛いほどわかった。
「……ルイル」
「うっ、ら……ライラ、おねえちゃ、」
「私のこと、信じて待っててくれたのね」
ライラは、涙ぐみながら、ルイルのことを強く抱きしめた。
「……おがえりなざい、おねえぢゃん……!」
「──ただいま、ルイル……っ」
永遠にも思えたひと月の別れを埋めるように、姉妹はずっと涙を交わし合っていた。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.24 )
- 日時: 2018/07/19 06:13
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: WqZH6bso)
第021次元 海の向こうの王女と執事ⅩⅤ
「ロク! お前ってやつはほんっとに……俺の寿命を縮めたいのかっ!」
王女姉妹とルーゲンブルムの王子レインハルト、そしてガネストの4人と別れるなり、コルドは間髪入れずにロクアンズを叱りつけた。
「ずっとひやひやしてたんだぞ、俺は! お前が国王に向かってあんなこと口走って、本当に首を撥ねられるんじゃないかって思ってたんだぞ! それに一歩間違えれば国家間の戦争に発展していた! お前は、自分のしたことがわかってるのか!?」
「わわわ、わかってるよ! でもほら、助かったじゃん」
「そういう問題じゃない!」
強い語尾が、まるで拳骨のようにロクの頭に降り注ぐと、ロクはびくっと肩を震わせ、頬を掻いた。
間近でその様子を伺っていたレトヴェールが、まったくこいつは、とでも言いたげに息をついた。
「だいたいお前はいっつも感情論で突っ走りすぎなんだよ」
「えっ!? 聞こえてたの!?」
「声がでかいんだよばーか」
「……レト、言っておくがお前もだぞ」
「え」
「第一お前なんでアルタナ王国にいるんだ! いつ来た!? 経費はどうした!? しかも、亡くなったと言われてたあのライラ王女殿下といっしょに現れて……正直お前が一番わけわからん!」
「話すと長い」
「いいから話せ!」
「……簡単に言うと、まあ俺もこの国に来ることになって、そんで船に乗ったはいいけど、大嵐に見舞われて、途中で船が航路を変えたんだ。アルタナ王国行きだったのを変更して、ルーゲンブルムとの間にある海岸に停泊した。俺、船の上でたまたまアルタナ王国のことを聞いてさ。ちょっと興味湧いて。せっかくルーゲンブルムの近くに来たことだし、ちょっくら見に行ってみるかーと思って森に入ったら……あの王女様と出会った」
「……お前の運と行動力が恐ろしいよ……」
「そんなに動けるなら早起きもしてよレトっ」
「それはやだ。まあそんな感じで王女様と会って、事情聞いて、見張りの騎士たちとかやっつけましょうかって聞いたら目の色変えて喜んだんだ。そこから、道中の護衛を任されることになって、小屋から出ようってときに偶然通りかかったレインハルト王子も同行するって言いだしてさ。そんで3人で森を抜けて、こっそり入国して……。とまあ、だいたいこんな感じ」
あっけらかんと話し終えたレトだったが、その話を聞いていたコルドとロクは呆気にとられていた。その実、彼がメルギースを出発したのはいまからたった2日前のことだ。そのうちの1日分は船の上で過ごしたとして、彼が陸に着いてからその日のうちに大事は行われていた。彼は興味のあることに関しては時間と労力を惜しまない性分なのだろう。コルドは、レトの新しい一面を見たなと、もはや感心の域に達していた。
「ねえレト、その服はどうしたの? ずっと気になってたんだ。なんか、王子様が着てる服みたい」
「ああ、これはアルタナ王国に来たときに、俺から王女様に頼んで選んでもらった。いかにもって服着てたほうが説得力あるかなと思って」
「説得力、って……」
「ああいうときには、自分の姓を生かさないとな」
──『エポール』の姓。それは、メルギース国において、『廃王家』の人間を意味する。
いまからおよそ150年ほど前、メルギース国は王政を廃止した。それ以前は、『エポール』の姓を持つ一族が王家の人間として国政を執っていたのだ。
現在では、エポールの姓を持つ人間は限りなく少なくなってきている。メルギース国が王政に幕を下ろしたのも、エポール一族が衰退の一途を辿ったからではないかと言われているほどだ。
「……お前たちは、ほんとに……」
眉を惑わせ、大きな瞳をぱちくりさせるロク。
いつも通り可愛げのない仏頂面を湛えるレト。
コルドは困ったように、薄く笑みを浮かべた。
「……すごいよ。驚かされてばっかりだ」
ロクとレトは順番にくしゃりと頭を撫でられる。そして、行くぞ、と後ろに声をかけながらコルドが歩きだすと2人は互いに顔を見合わせ、笑った。
翌日を予定していたルイルの子帝授冠式は1日延期となり、ルイルに代わってライラが子帝となることが発表された。と同時に、ライラの生還が国中に広まったことで、国民たちは歓喜の声を上げた。
そのため、急遽ライラの生還祭が今夜、執り行われることとなった。
暇つぶしに城内を歩き回っていたコルド、レト、そしてロクの3人はガネストに呼ばれ、大きな窓から城下町が見える広い廊下に案内された。するとそこでは、ライラとルイルが3人のことを待っていた。
「明日国を挙げて式の準備をする代わりに、今夜祭りが行われることになったの。レトヴェールさんもロクアンズさんもコルドさんも、明日国に帰ってしまうのよね? だったら今夜は、ぜひ我が国の祭りを楽しんでいって」
「お心遣いいただき、感謝いたしますライラ王女殿下。……本当に、生きておいでだったことを心からお喜び申し上げます。お会いできて光栄です」
「こちらこそ。我が国には次元師様が少ないから、……魔物、退治? に、とても助かったと聞いたわ。本当にありがとう、コルドさん。……そして、ロクアンズさんも」
「へっ? あたしは元魔は……」
「ルイルのことよ。引きこもっちゃって、なかなか部屋から出てこなかったルイルのこと、引っ張り出してくれたって聞いたわ」
「うわあっ、そ、それは……! ガネストでしょっ、おねえちゃんにいったの!」
「虚偽の報告はできませんからね」
「むぅ~~」
悪戯っぽくそう告げるガネストに反抗してルイルが頬を膨らませる。2人のやりとりに、つられてロクも笑った。
「あたしはなにもしてないよ」
「でも、お父様がルイルを誘拐させて……それで助けに行ってくださったりもしたって」
「ああ。それなら気にすることないよ。だってあたし……」
そこまで言って、ロクはあわてて口を噤んだ。視線を泳がせ、その先を言い淀んでいる。
「あー……ええっと、だから~……」
「……ともだちだから、たすけてくれたんだよね?」
「え?」
「ろくちゃんは、ルイルのともだちだから……。そうだよね、ろくちゃんっ」
ライラの背中にひっついていたルイルが、ぴょこっと前へ出て、無邪気な瞳で笑いかけた。
ロクは、嬉しそうに唇を緩ませた。
「……そうだよ! 友だちだよ、ルイル!」
ルイルの両手をとって、ぎゅっと握りしめた。と思いきや、ロクはその場でしゃがみこみ、ルイルの腰元をこちょこちょとくすぐり始めた。ガネストに怒られたところで手を離したロクだったが、今度はルイルがロクをくすぐろうと襲いかかる。周囲をぐるぐる走りながら、二人は声を上げて笑っていた。
まるでふつうの子ども同士のじゃれ合いのようだった。
ライラは、楽しそうに大声で笑うルイルを、優しげな目で見つめていた。
町中を、幾千もの灯篭の火が照らしていた。音楽が鳴り響き、踊り子が回り、紙吹雪が舞い、──笑い声があふれている。
ライラは、城下町に降りて町の中を歩き回っていた。ルイルとガネストもそれに付き添っている。出会う人と手を取り合い、平民たちとおなじ場所でおなじものを口にし、おなじ音楽を聴いては、数多くの人々と語り合っていた。
人と物があふれ返り、足場の周りも隙間なく人影に呑まれている。足元を気にしながら歩いていたルイルがふと顔を上げたとき、ロクたち一行が楽しげに歩いているのがちょうど目に入った。
ルイルはその方向に目をやりながら、無意識に立ち止まった。数歩先を歩いていたライラが、ルイルがついてきていないことに気づき後ろを振り向く。
ライラは、ルイルの視線の先にロクたちの姿を認めた。棒のように立ち尽くすルイルのもとへ、ゆっくりと近づいていく。
「ルイル、あっちに行く?」
「! おねえちゃん」
「……行っておいで、ルイル」
ルイルは、ぱっと花咲くような笑顔になると、人ごみの中へ駆け入った。小さな背中を向け、ライラの視界からルイルの姿が消えてなくなる。
ガネストは、その一部始終を眺めていた。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.25 )
- 日時: 2018/07/23 13:20
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: PyqyMePO)
第022次元 海の向こうの王女と執事ⅩⅥ
祭囃子がひしめき合い、どこを向いても人々の笑い声が聞こえてくる。
ロクアンズは片手に串ものを何本も抱え、もう片方の手でときおりアメを舐めつつ、焼きものが入っている紙箱を頭の上に乗せて歩くという器用さを振りまきながら、人ごみの中を満足げに歩いていた。
「んん~! どれもおいひぃ~~」
「あんま食いすぎんなよ」
「らいよぉぶだよ~あたし、いぶくろおおひぃもぉん」
「俺が心配してるのはお前の胃袋じゃなくて、ほかの客の分がなくなることな」
「むむっ! らいよぶだよ! こぉんなにおおひなおまふりだもん!」
「そーですね」
「いやお前たち、俺の懐を気にしてくれよ……」
メルギースから持ってきた通貨を、入国の際にいくらか換金したはいいものの、すでにコルドの懐事情は危険信号を示しつつある。
そんなことを露ほども気にせずに、うっとりとしながら食べ物を頬張るロクの耳に、甘くて愛らしい声が届いた。
「おーい! ろくちゃんっ!」
「あ! うぃう!」
ゴクン、とロクは口の中にあったものをまるごと飲みこんだ。
ルイルが遠くからぱたぱたと走り寄ってくる。
「どう? ろくちゃん、たのし?」
「うん! 食べ物はおいしいし、人はあったかいし、笑い声が聞こえるし……すごく楽しいよ、ルイル!」
「よかったっ」
「なるほど。あなたは食べるほうに特化してるんですね」
海のさざめきを思わせる、緩やかな声色がロクの耳に届く。
ルイルは自分の後ろから声がして、空を仰ぐように顔を上げる。すると、ガネストがルイルの顔を見下ろしていた。
「ガネスト! おねえちゃんは?」
「1人で回ってくると仰ってました。なので僕は、ルイル王女の護衛を」
「……そう」
「まったく失礼だなーガネストは! 人には、えてふえて、というものがあってだね」
「あなたは不得手のものが多すぎでは……」
「そんなことなあい!」
レトヴェールとコルドは、すこし離れたところで立っていた。知らぬ間にロクは、王女とその執事の2人と打ち解けていたのだろう。詳しい経緯まではわからないが、だいたいどういう風にロクが立ち回ったのか、レトにはなんとなく想像できた。
「あっれえ、お嬢ちゃん?」
「あっ、おじさん!」
ロクは足の向きを変えて、ある屋台の傍へ駆け寄った。コルドはその場所に見覚えがあった。初めて城下町へ訪れた際、うろちょろしていたロクの目に留まった、帽子売りの店だ。
「ここ2日くらい見なかったけど、なんかあったのかい?」
「えっ? ああいや! なんでもないよ」
「最後の飾りつけ、まだだったよね? いまやってくかい?」
「いやっ、いまはちょっと~……」
「どーしたの? ろくちゃん」
「うっわあ! な、なななんでもないよ、ルイル!」
帽子売りの店主を背に隠すように、ロクは急いで振り向いた。ルイルに向かって、へらっとぎこちない笑みを返す。
頭に疑問符を浮かべるルイルをよそに、ロクは店主にこそっと耳打ちした。
「……明日、朝早くでもいい?」
「お、おうよ」
店主の男とのやりとりを終えたロクは、「じゃあまた!」と別れを告げて、軽やかな足取りでその場をあとにした。ロクを除く4人も、まあいいか、とふたたび祭囃子の一員として雑踏に呑まれていく。
「あっ! ねえ見て見て、レト!」
夜空に向かって、さまざまな形をした無数の天灯が昇っていく。その圧巻の景色が歓声を呼ぶ。星の大海に向かって漕ぎ出した天灯に、人々は願いを託し、胸を熱くした。灯は絶えることなく、永遠のような一夜となってアルタナの空に輝き続けた。
今日この日を忘れることはないだろうと、この国のだれもがそう胸の中で唱えたにちがいない。
*
「明日の準備でご多忙のところ、見送りにまで来ていただけるとは……」
「いいの、気になさらないで。あなたたちは恩人だもの」
翌日。アルタナ王国の空は心地のいい天気に恵まれ、航海日和となった。海鳥たちが港の空を泳ぎ回り、コルド、レト、ロクの3人の出発を祝っているようだった。
見送りにきたライラとルイル、そしてガネストのおなじく3人は、丁重に礼をした。
「本当にありがとう。心の底から感謝しているわ。どうかお元気で」
「……」
「ルイル、あなたもお礼を言いなさい」
ライラはすこし屈んで、ルイルの背中をぽんと押した。港に着いてからずっと俯いているルイルは、いまにも泣きだしそうな表情で、3人の顔を見上げた。
「……ありがとう……」
小さな声だった。ロクは一歩だけ前に踏み出して、前屈みになった。
「こちらこそありがとう、ルイル!」
「……っ」
ルイルは、固く口を結んだ。泣かないようにと堪えているのが手に取るようにわかった。
「さあルイル、きちんとお別れを言うのよ」
「……」
「ルイル?」
そのとき。出航を知らせる鐘の音が、港一帯に響き渡った。
音につられて、ロクが腰を伸ばす。
「……──ルイル、」
ライラは膝を折り、ルイルと視線の高さをおなじくした。
そして、
「いっしょに行きたい?」
ルイルは、ぱっと顔を上げた。その視界に、優しく微笑むライラの顔が映りこんだ。
「この人たちに、ついていきたいのね?」
「……」
「行きなさい」
ルイルの瞳に浮かぶ大粒の涙を、ライラはすくいとった。
「この国のことは私に任せて。ハルトさんもいるし、お父様だっていらっしゃる。なによりこの国には、たくさんの優しい国民がいる。だから私は大丈夫」
「……おね、ちゃ……」
「ガネスト、あなたも行きなさい。ルイルのことは頼んだわよ」
「……かしこまりました。ライラ王女殿下」
「おねえちゃんっ! あのね、ちがうのルイルは……!」
「わかってる。この国のことはルイルも大好きよね? ルイルには、大好きなこの国のために、もっともっと大きくなってほしいの」
「……」
「いろんなものを見てほしい。いろんな経験もしてほしい。国の王女でいるばっかりじゃなくて……」
ライラはルイルの桃色の髪を撫でていた。その手を、さらりと解く。
「……──あなたにもいろんなものと戦ってほしいの。だって、次元師だものね」
今度は大きく鐘の音が響いた。出航の時間が迫る。
ロクは驚いて目を瞠った。
「え……じ、次元師?」
「……しってたの……?」
「あたり前じゃない。妹のことはなんでもわかるわ。……さあはやく、行きなさい」
港で船を待っていた人々が、ぞろぞろと船に乗りこんでいく。
ルイルは黙りこんでいた。しばらくして顔を上げたルイルの目には、涙ではないものが滲んでいた。
「おねえちゃん、あのね」
「うん」
「ルイル、おねえちゃんのこと……だいすきだよ」
「……私もだいすきよ、ルイル」
どちらからともなく腕を伸ばす。
桃色の髪が触れる。この香りを、温かさを、いつでも思いだせるように──強く、抱きしめた。
「……行ってらっしゃい、ルイル」
「──いってきます、おねえちゃん……っ」
コルドとレトが、ゆっくりと背を向ける。ガネストは、ライラに長く礼をした。
腕を解いて、歩きだすも、しばらくは離れがたくてライラのほうを見ていた。そんなルイルを励ますように、ライラは大きく手を振った。
ルイルの顔が綻ぶ。ふと、前を向いたそのとき。
「行こう! ルイルっ!」
ロクが、満面の笑みを湛えて、手を差し出した。
ルイルは瞬く間に笑顔になって、その手を取った。
「……うんっ!」
急げ急げと、大きな船に向かって走っていく。間もなく、船は出航した。その姿がどれほど小さくなっても、見えなくなっても、船が自分の視界からいなくなるまで。ライラはずっと、海の向こうの二人を見つめていた。
「がんばれ、ルイル」
海鳥が、空高く鳴いた。
遠く離れた場所にいても、どうかこの言葉が届きますように。蒼い海に願いを託しながら、ライラはもう一度──がんばれ、と言った。