コメディ・ライト小説(新)

Re:零章・一話 ( No.2 )
日時: 2018/06/03 12:59
名前: 灰狐 ◆R1q13vozjY (ID: T0oUPdRb)

【零章・一話~無名の人間】


『次のニュースです。○日未明、男子高校生が軽自動車にはねられるという事故が起きました。軽自動車の運転手はだ逃亡中で、警察の方は轢き逃げとして捜査を進めています――軽自動車のナンバーは××××。被害者となった男子高校生の名前は――』

 暗い。何も見えない。まるでブレーカーが落ちた家の様。
 そんな中、ニュースのような朗読が入り始める。その滑舌の良さはベテランのアナウンサーのようで、それが決して悪戯でもなんでも無い事が分かる。これは、本当に起きた話なのだ。そしてそれを、気でも狂ったのか真っ暗闇の中で垂れ流しているだけに過ぎないのである。

『未だ、不明です――』

 ただ一人、朗読者が悲しそうに告げるだけ。


     ◆◇◆


 嗚呼、この店ももう閉めてうのか。赤く澄んだ真ん丸い陽が傾いて弾け飛ぶ。そうして辺りに赤色の色水をぶしゃあと撒き散らす。その色水を排除するように出てくるのは、ただただ深さを増していく青の空。それを僕は、窓から見つめていた。恐らく周りには、耽っている、ボーッとしているなんて思われていたんじゃないか。
 僕はいつの間にか、一も十も知らない様な店へと居候いそうろうする事になっていた。全く訳が分からないが。いつこんな所に来たのかも分からないし。店の主人が言うには「閻魔様の頼みじゃあ。大丈夫、引き取り手が見つかったらそっちに引き渡すさ」らしい。閻魔が根回しをしていたのだ、つまるところ。そして何が大丈夫なのかも分からない。意味が分からない。店が泊めてくれるような店じゃなかったから何となくは察してたけど。引き取り手って早々簡単に見付かるもんじゃない。

「おーい、坊主。片付け済んだぞー」
「あっ、はい」

 そうだった。店仕舞いが済んだら、一緒に引き取り手を探そうなんて話をしていたんだ。相変わらず威勢の良い主人の声。思わず敬語になっちゃうよなぁ。別に構わないんだけどさ、喉がれたりしないのかな。
 要らないだろう心配をしながら返事をし、タッタッタと足音を立てながら主人の元へと急いだ。主人は何処か険しい顔をしている。常連客が言うにはいつもの顔らしいが、始めは誰だって怒ってるのかと思う。そんなこと言ったら主人と常連客に笑われたけど。そんな顔付きのまま、僕と主人は机を挟んで向かい合わせになった。

「ンまぁ、引き取りの事だけど。早々誰かが引き取ってくれる訳でもねぇ。それは坊主でも分かるよな?」
「はい」
「ン、そうか。まぁ......可能性があるとしちゃ、これに載ってるもン位か」

 主人はいつになく真剣な顔をしている。それほど重大な事だと思っているからかな。そりゃあ、そうか。いつかは引き渡すと言え、今はまだ僕を匿う身なんだし。主人は、パンフレットのような折り畳まれた紙を机の上に差し出した。それもなかば僕に向かって放り投げるように。
 パンフレットの中身はよくある旅行者向け......ではなく、チラシ染みたものだった。求人紙みたいなやつ。

「んー? そ、荘......ですか」

中身は殆どが荘だった。アパートみたいな建物ばっかり。それでも、この紙に搭載されているのはシェアハウス用なんだと紙の端っこに小さく書かれている。というか、家賃とか最大人数とか書かれていないことに一種の恐怖を覚えるんだけど。大丈夫なの?

「荘だ。シェアすることになるが、これなら引っ越しという体でいけるだろ?」

主人ははははと笑いながらそう言う。確かに主人の言う通り引っ越しという体ではいけるけどね。いつの間にか葉巻吸ってるし。葉巻って臭い。

「ンー、あ、これも渡しとかんとならんな。ほいっ、そこに載ってるやつの詳細みたいなやつだ。載ってるものは多い、だから慎重に選べよ。焦らなくても良いからよ、ゆっくり選んでくれ」

 パサンッと音を立てて、小さな積みを立てるのは同じくパンフレットのように折り畳まれた紙。それが四、五ほど。ちょっと中身を覗いてみたが、主人の言う通りこの紙に載っている建物の詳細がことごとく載っていた。さっき心配していた家賃とかも全部載っている。僕はそれを手に掴み、求人紙のような紙とその紙の束とを重ね合わせた。これは僕の将来に関わるものだ。大事に持っておかないと。重ねて分厚くなった紙束をポケットの中に無理矢理ねじ込んだ。
 主人はもう居なくなっていた。もう用が済んだからだろうか。多分自室に居るんだろうけど、わざわざ礼を言うまでも無いのかな。自室にまで押し込んだ結果が目に浮かぶ。とりあえず、僕も寝る支度をしよう。