コメディ・ライト小説(新)
- 零章・二話/修正×2 ( No.5 )
- 日時: 2018/06/06 18:01
- 名前: 灰狐 ◆R1q13vozjY (ID: dOS0Dbtf)
【零章・二話~無名の人間】
翌日。主人に叩き起こされる朝から始まるという何とも言えない一日。しかも午前五時。完全なる早朝である。未だ叩かれた頬がヒリヒリと痛み、熱を持っている。「ちょっと力入れすぎてません?」なんて聞きたくなる程に痛かった。文句を言ってやりたいぐらいだが、主人にそんなこと言えるわけが無い。あの強面に向かって言うなんて自殺行為にしか思えないし。
主人はシャアアアと音を立てながらカーテンを開けば、ベッドに腰掛けた僕を見る。しゃんしゃんと優しく陽が射しているけれど、大して気にしていない様子で僕に向かっておはようと言った。それも流れるように。音楽さながら。主人はにっかりと笑ったのだろう、白い歯が覗いた。
「お、おはよう......ございます」
しかし、春に大学生になったばっかりであるにも関わらず僕は挨拶というものに慣れていない。というか挨拶をする機会がなかった。だからだろう、口から出た言葉は継ぎ接ぎのような挨拶。嗚呼、しまった。心地よい音楽をぶちっと止めてしまった気分だ。......いや、それは言い過ぎか。実際そんなに気にしていないというのが事実。慣れない挨拶に心臓をバクバク鳴らしていたわけでもない。
――と、言うのが、僕の覚えている範囲。
「待ってください、ここまでしか記憶無いんですけど」
「え? 僕に会って、ちょっと意識飛んで拉麺屋に泊めさせてもらった日とその翌朝しか覚えてない? いやぁ、ちょっと君大丈夫?」
「いやほとんどお前だよ。閻魔のせいだよ」
そして目の前にはハイペースで酒缶を空けていく閻魔。一体これはどういう事なんだ。というか何でここに居る。今、僕と閻魔は、僕の貸し切りである自室に置かれている机を挟み対面している状態。敷いた座布団がすっかり人肌に馴染んでいた。壁に掛けられている時計は目を逸らしているみたいにカチカチといつも通りに奏でている。時刻は七時半過ぎ。カーテンが開きっぱなしの窓を見ると、しんしんと雪が降り積もり空は藍色に染まっていた。
閻魔の顔は赤く染まっていて、目はだらんと垂れていた。机上の酒缶の数からして、こいつ相当酔っているんじゃないのか。......いや、冷静に状況を分析している場合じゃないな。何故、ここまでに至る経緯を忘れているのかも気になるが......。閻魔は酔っているだろうにも関わらず、プシュッと弾ける音を立てて酒缶を開ける。お前アホか。大体僕飲めないから残しても知らないんだよ。
「とりあえずさ、それで最後にして閻魔寝て」
「ええー何でー」
「酒くっさ!? 僕のベッド使って良いから」
「あーもう、仕方ないなぁ」
閻魔は僕の頼みを呑んで、これで最後にするようだ。この部屋の酒の臭いはしばらくしたら消えるかな。フリ○ズとかあったら良いんだけど、生憎とこの世界にそういうのは見当たらないし。カランカランと缶同士がぶつかる音を立てながら、透明の袋に捨てていく。馬鹿に大きいこの袋は机の上にあった。多分、閻魔は袋に片付けて帰るつもりだったのかな。まぁいい、結局は使われるんだから一緒だ。
缶が片付け終わるのと同時に、閻魔が缶を空ける。初めて会ったときよりも遥かに大きいその腹は今にも破裂しそうな程大きかった。馬鹿か、どんだけ飲んでたっていうんだろう。閻魔はぼよんとも動かないその腹を支えるように腹に手を添えながら、僕のベッドへと寝転がった。
「あ、机の上に契約書あるからねー。君が希望した荘に住むための手続きのやつー」
「......契約書?」
おい待て。契約書ってなんだ。そう聞こうにも、僕の後ろからはすぅすぅと大きな寝息が聞こえてきた。恐らく限界まで我慢していたのか、酒の副作用だかなんだろうか。いや、寝るのは構わないんだけど契約書って何? 僕そんなの希望した覚えないよ? もしかしたら記憶飛んでる時に希望したのかもしれないけどさ。閻魔の言う通り、視線を落とすと確かに契約書は机の上に置いてあった。空缶に埋もれて見えなかっただけで、普通に置いてあった。
◆◇◆
「......銀竹荘?」
閻魔曰くの契約書は大分紙が束ねられていた。と、言うものの契約書自体は一枚で、契約書の下に何枚か紙があったということである。現在、僕は束ねられていた紙の内の「銀竹荘へのご案内」というタイトルがでかでかと書かれた紙を読んでいた。いや、眺めていた。タイトルは僕の母国語だったから読めたものの、タイトル以外は謎の文字の羅列でとてもじゃないが読めたものでは無かった。何かの言葉なんだろうけど、解読しようがない為に単なる記号としか思えない。
「一体何語なんだ......」
この世界に来てから、僕は日本語以外の言語を耳にしていない。だから、日本語が広まっているのだと思っていたんだけど......。どうやらこの紙を見る限り、そうじゃないらしい。
というか、こんな意味不明な場所に僕は行きたいって言ったのか? まずはそこだよな。何があってここを希望したんだろう? あまり気にするようなことでは無いのかもしれないけど。いやまぁ、この世界について全く知らないから僕がぎゃーぎゃー言えた事じゃないんだけどさ。
取り敢えず......寝るか。