コメディ・ライト小説(新)
- 一章・一話/×1 ( No.6 )
- 日時: 2018/06/06 18:02
- 名前: 灰狐 ◆R1q13vozjY (ID: dOS0Dbtf)
【一章・一話~おいでませ、我が家へ】
「ねぇ人間。名前なんて言うのか教えて」
「え、と……。覚えてないです」
「ふーん……そりゃ災難、ってやつ? じゃあこれは火車と九尾が帰ってきてから、人間の名前を決めることにしようかな。それで良い?」
いよいよ僕も今日から銀竹荘の住民の仲間入り。朝からウキウキとした気持ちで此処へやって来たのだが、なんというか想像していたのと違う。いや想像していた通りなんだけど、何か違う。分かるだろ?
まず、僕を迎え入れてくれたのは今目の前に居る男。この男には慣れた調子で迎えられ、あっと言う間に居間へと滑り込んだ。曰く、猫又なんだそうだ。猫にしか生えていない筈の尻尾や猫耳が生えているのを見る辺り、嘘では無いのだろう。先が二つに分かれた尻尾は上下左右に揺らしたりとそれぞれ違う動きをしている。黄色の瞳をした憎たらし気な目はキョロキョロと動き回り忙しない様子。ソファに座っているものの体はほとんど机にもたれかかっていて、顔だけを此方に向けている感じの体勢を保っている。そんな男の名前は平花 金次郎と言うらしい。
相手が名前を教えてくれたまでは良かった。問題は、相手が僕のことを"人間"呼びをすること。
「わ、分かりました」
「うん。じゃーゆっくりしてていーよ。また用があったら呼ぶから」
その呼び方には納得が行かない。けど、僕自身が名前を覚えていないのも事実だった。もしかしたら平花君もそこを踏まえての呼び方なのかもしれないけど。そう思いながら僕は返事をする。平花君は僕の返事を聞いて、軽く頷き悪戯っぽく笑った。まるで何かを企んでるみたいに。
ゆっくりしていけと言われたが、銀竹荘に着いたときに平花君から資料として紙を幾つか貰っていた。さらりと目を通してみると、建物の分布図や住むに当たっての注意点が細かく書かれた紙らしい。後々詳しく読み通すことになるだろうし、先に荷物を自室に持っていくことにしよう。足元に置かれた大きな荷物をうんしょとおっさん臭く言いながら抱えるようにして提げる。やっぱり重たい。持ち上げる寸前に少し足元がよろめくぐらいに重たい。全く、あの主人は何を盛り込んだんだか。見た目は中身をもうモリモリに突っ込まれた大きなパンパンのリュックサック。階段に向かうのも精一杯だし、これは階段を上るのは危険過ぎるか……? まぁ階段上がらないと始まらないし上るんだけどさ。平花君から聞いた話だと、確か階段を上って直ぐの所が僕の部屋だった筈。
階段の残り二、三段ぐらいの時には既に僕はヘロヘロだった。だって荷物が重すぎる。はぁはぁと息を荒げながら大きい荷物を引きずる男子大学生の姿は如何なものだろうか。人によっては恐怖そのものなんだろう。そうして最後の段を上りきる。汗が一筋、額をたらりと流れた。
そうしてお目にかかる僕の自室。平花君が言った通り、階段の近くに扉があるのが見える。扉は至って普通で、窓は付いていなかった。扉の引っかける部分に板が提げられており、そこには「人間」と書かれていた。おい。人間ってどういうことだよ。あながち間違ってもないんだろうけどさぁ。というか種族名で示すものなのか? そう思い回りを見ると、扉には同じようなプレートが提げられ『化け狸』だの『土蜘蛛』だのと書かれていた。ふむ、他も一緒なのか。なら良いか。焦る足で荷物を引きずりながら、ドアノブに手を伸ばす。
ガチャリ。ドアノブを回した時の音がしたとき、事件が発生した。
「いっつ…………!?」
ゴンッ! 何かがぶつかり鈍い音を発てた瞬間、僕の頂点……いわゆる頭のてっぺんに激痛が走った。
僕にぶつかったものが静かに床に落ちる。小さな丸いお盆だ。それを手にして見ると、かなり硬く丈夫なんだろうと感じられる。ヒリヒリとした痛みが僕を突き刺す中、後ろからクスクスと楽しそうな声が聞こえてきた。この声は......平花君? あんまり平花君のことは知らないけど、平花君ならやりかねないのかもしれない。あの、平花君の何かを企んでるような笑みがふっと思い浮かぶ。
僕は片手にお盆を持ち、ヒリヒリと痛む所を擦りながら、声のする方へと振り返る。そこには僕の予想通り平花君が居た。平花君はニタニタと嬉しそうに口角を歪めて笑っている。
「やーい!」
いやそれ何処の小学生の文句だ。どこか時代遅れの反応だなぁ。平花君は「ばぁか」とでも言いたげな表情を瞳に含ませ、僕を指差した。小馬鹿にしつつも、新しい発見をしたような無邪気な面白そうな声音で平花君はこう言った。
「というか、人間でも引っ掛かるんだー。オレ、人間の方では黒板落としを利用した? 悪戯とか流行ってたー......って聞くけど」
つくづく馬鹿にされているような気がする。人間という呼び名も相まって、僕が負け犬みたいな雰囲気になっていく。なんだこの、いじめっこといじめられっこみたいな典型的なこの立場は。
確かに黒板落としはよく聞くけど、生憎と僕の方ではそんな悪戯は一度も見たことが無い。というより、僕の時代になると黒板落としなんてものは時代遅れ......いや、馬鹿がするような悪戯だって身に刷り込まれていた子が大半だった気がする。
「黒板落としの事? .....でも、お盆を落とすのはやめよ? 痛いし」
僕は幼子を諭すみたいな声音でそう言いつつ、お盆をヒラヒラとさせて平花君に見せる。未だにぶつけた所がヒリヒリと刺激してきていた。全く、このお盆はどんだけ凶器なんだ?
平花君がそのお盆を見て何かを言いかけようとした時、ガチャリとドアノブが回る音がした。僕と平花君は音がした方向へと目を向ける。扉に掛けられたプレートには『土蜘蛛』と大蜘蛛の絵も添えられて書かれていた。平花君がポツリと「げ、土蜘蛛だ」と面倒臭そうに言った様に聞こえた。
「お客さんかー? ん? いや、新しい子?」
新しく現れたその土蜘蛛とやらは、僕と僕の足元にある荷物を見てそう問い掛けてきた。平花君はさっきまでの威勢はどっかへ飛んでいったのか、むっすりと大人しく口をつぐんだ。もしかしてこの人、怖い感じなのか? 逆らっちゃいけないタイプなのかな? そんな僕の止めどなく溢れる不安をよそに、土蜘蛛は僕と平花君を交互に見つつヘラッと余裕を孕んだ笑みを浮かべる。優しそうな笑みだけど、どこか眠たそうだ。逆鱗か何かに触れる訳にもいかないし、礼儀正しくいかなきゃ。
「あ、はい、そうです。えっと、土蜘蛛? さん?」
「ぅん? いいや。土蜘蛛って名前じゃぁないよ。あたしは八束。葛 八束って言うんだ」
僕が土蜘蛛さんと呼んだとき、八束さんは「うむ?」と言うような表しがたい声を漏らし眉間に皺を寄せた。あれ? これヤバイやつ? 僕はヒヤッとした感覚が体を包んでいくのを一瞬の内に感じた。でも、直ぐに八束さんはケラケラと笑って名前をポトリと落とした。怒らせた訳じゃないらしいから良かった。
「えっと、八束さん、ですね」
「堅苦しいし、八束で良えけんど」
「は、はい」
ガチガチと声が震える。全く、これだから人見知りは困る。恐る恐ると名前を呼んでみれば、八束さんは余裕綽々な飄々とした笑みを浮かべてそう提案してきた。八束さん......いや、八束は優しいのかな? でも必要以上に言動に気を付ける必要は無さそうだなぁ。
そう僕は安心するが、対する平花君は変わらず口を閉じたままだった。八束が話し始めてから、一言も発していない。八束は僕に向かって軽く微笑み、視線を僕から外す。次に射ったのは僕の隣に立ち尽くす平花君だった。平花君が背筋をピンと伸ばすのが分かった。八束の笑みも、先程までの友好的なものとは違う。何処か威圧するような雰囲気が漂ってきていた。八束の視線の標的でないにも関わらず、僕は額に冷たい汗が垂れるのを感じた。
嫌な感じが空気に漂うのを感じる。
平花君は肩をすくめ小さく縮こまっている。八束と平花君は大して身長も変わらないのに、八束が鬼みたいに大きく感じられた。
八束は少しの間、僕の方を見て「部屋に入ってて、その荷物も一緒に。あまり良いものは見せられないからさ」と至って明るくてフレンドリーさが滲み出た声音で言った。僕はすっかり怖い気持ちで一杯で、八束の言葉に従った。
開きかけの扉にすっと身を隠し、重い荷物を引きずるようにして部屋の中に引っ張り扉を閉める。部屋の中はすっからかんで綺麗だ。机、椅子、ベッドぐらいしか物は無く部屋の広さと釣り合っていない。タンスや本棚といったものは一切置かれていなかった。生憎と僕はそういった収納家具は引っ越しついでに持ってきていない。それでもいっぱいいっぱいに窓から射す光は眩しくも元気なものだと思う。まるで太陽が励ましてくれてるみたい。
「もうするなって言わなかったか?」
「......はい」
扉の向こうから聞こえてくる八束の叱る声と平花君の反省の声を除けば、すっきりとした未来が見えたことだろう。
- 一章・二話/修正×2 ( No.7 )
- 日時: 2019/07/24 11:00
- 名前: 灰狐 ◆R1q13vozjY (ID: OYJCn7rx)
ふわりとお日様の爽やかな匂いが突き抜ける。
目を覚ます。僕はいつの間にか寝てしまっていたらしい。
ベッドに横たわった状態で、首を少しだけ起こし見える限りで周りを見渡した。机の上に白い紙が置かれている以外には大した変化は無い。体をおもむろに動かし、いつものように上半身を起こして背筋をぐーんと思い切り伸ばす。
ベッドから降りてふと窓側を見ると、黄色い光が射していた。窓の外を覗くと、藍色だった。僕が最後に見たのは、白い光を放つ青い空だった筈。
「ぅえ......寝過ぎたか」
寝起きで上手く声が出ない。長時間に及んだカラオケ終わりの高校生みたいな、ガラガラ声を惜しみ無く絞り出す。
少しだけ重い足取りで机へと向かえば、そこに置かれていたのは置き手紙のようなものだった。差出人は響という子らしい。相変わらず、平花君同様に僕のことを人間と呼んでいる。文中にも所々に人間と書かれていた。全く、僕は人間って名前じゃないのにな。名前が無いから仕方ないんだけど。
紙の内容は大まかに言うと、僕を歓迎するような旨から始まり――終わりはお知らせのようなものだった。お知らせはというと、時間指定と場所指定がされており午後八時でリビングだとあった。慌てて身に付けている腕時計に目を移す。現在の時刻は七時四十五分ぐらいだ。まぁまぁ良い時間じゃん。
「リビングって......最初の所かな」
記憶を掘り起こすように、ゆっくりとしたペースで呟いた。
◆◇◆
「まーちゃぁん。来たわよぅ」
僕が来たのをいち早く拾い上げた狐のような女性の声を合図に、その場に居た人達が一斉に僕の方を見た。特に、あの閻魔というやつがガン飛ばしの勢いで僕の方を見つめてきた。
何で閻魔が居るのかが分からない。
「な、何でお前が......」
「何故って......君。それ、僕がこの荘の管理人だからだよ」
閻魔はニヤりと不敵な笑みを浮かべる。
この閻魔がこの家の管理人? 嘘だろう。いや、閻魔の事なんてこれっぽっちも知らないような僕だけれど、なんだかショックを受けた気分だ。否、ショックというより......吃驚に近いのかな。
「さて、ご飯を食べながら、この子について話し合おうじゃないか」
「は?」
思わず声が出てしまったものだから、慌てて口を手で覆った。それを見て、ニヤニヤとした面の男がクスクスとからかうように笑う。笑うなって意味で僕はちょっとその男を睨み付けたけど、男は変わらずクスクスと笑っていた。
もう良い、無視しよう。
「は......話し合うってなんだよ」
「まぁまぁ。座りなよ、ほら千年の隣空いてるしー?」
ニヤニヤしてる男を尻目に、僕がそう話を続けようとする。だが、閻魔はにっこりと笑えば誰も座っていない椅子の内の一つを指差した。「だから」と話を続けようとしたけど、皆は椅子に座っていたから僕も大人しく座ることにした。椅子は冷たくて、木で作られているからか硬い。閻魔の言う通りなら、千年っていう子の隣の席らしい。
席に着いてから気付いた。机上には何一つ置いていなかった。食べるために使う箸すらも、だ。
「というかご飯無いじゃん」
「......もうすぐ来る」
「箸は?」
「なるちゃんが、持って来てくれる」
僕の疑問に間を置いて答えてくれたのは、僕から見て向かい斜めに居る黒いジャージ姿の長身の男だ。なるちゃんって誰。多分、千年って子なんだろうけれど。彼が言うには、ご飯はもうすぐ来るそうだ。確かに良い匂いはしているけれど、料理は一向に来ないじゃないか。
彼がもうすぐ来ると言って、かれこれ五分ぐらい経っただろうか。パタパタと忙しそうな足音がリビングの奥の方から聞こえた。美味しそうな匂いが一気に近付いてくる。それを合図と言わんばかりに皆が見ている方向へと見れば、そこには小柄な見た目には釣り合わない大きなお盆を持った女性が立っていた。彼女が千年なのだろうか? お盆の上には色んなものが乗っけられていて、見るからに重そうだ。
「出来たでー。......ぇ、何、どうしたんや皆......今日はえらい早うから集まってるやん」
視線の的となっている彼女は眉を八の字にして笑った。困惑気味の笑みだけど何処か嬉しそうに、声は弾んでいる。
彼女の反応を見るに、今日みたいにこうやって揃うことは無いらしい。改めて周りを見ると、彼女と僕を含めて11人も居る。管理人だと言っていた閻魔の方からは久しぶりだのなんだの聞こえるから、閻魔は普段居ないのだろう。
机の上にてきぱきと皿やらなんやらを並べる彼女。誰一人として彼女を手伝おうとする人は居ない。かといって下手に出ると邪魔になりそうな気がして、手伝いたいという気持ちと大人しくしなければならない挟み撃ちに数分弄ばれた。
- 一章・二話 ( No.8 )
- 日時: 2018/06/03 17:25
- 名前: 灰狐 ◆R1q13vozjY (ID: MgJEupO.)
周りは「頂きます」と各自で合掌して食べ始めている。僕もそれに習って食べ始めた。郷に入れば郷に従えなんて言うもんな。
一言で言ってしまえば一汁三菜。和食。よくある給食並みにバランスが良い感じに見受けられる。インスタント食品ばっかり食べていた僕にとっては珍しい夜食だ。こっちの世界にも来てからはラーメンばっかり食べていたし。久しぶりにこんな豪華なものを食べれるんだ。お浸しの野菜を噛み締めた途端に、ジンワリと汁が滲み出ていた。うん、旨い。白米や汁はホカホカの証である湯気が絶え間無く僕の方に上がってきていて、僕の食欲を加速させるのは十分過ぎた。
「でもよー、閻魔。話し合い云々の前に、此奴、自分の名前を覚えていないって言うんだよ」
そんな平花君の声で、皆の動きがピタッと止まった。徐々に僕の方に視線が集まる。そこまでじろじろと見られちゃ、気になって食べれやしない。僕は食べる手を動かしていたものの皆の視線が痛いくらいに刺さって、一旦食べるのを止めた。話の中心だからって、そんなに見る必要無いじゃないか。
「僕は、この子の名前を知ってるよ」
閻魔は、余裕綽々の笑みを浮かべてそう言う。僕の名前を知っているらしい口振りだ。実際、閻魔の口からもそう出た。
皆の視線は僕じゃなくて閻魔に変わった。
閻魔のビール腹が主張するように揺れる。閻魔は面白そうにゆるりと目を細めた。実際大物なんだろうけれど、閻魔自身のその顔が余計に大物感を掻き出している。
「でも、決まり事で前世の名前は晒さないことになっているんだ。この世界で本名を晒してしまったら、彼は存在ごと消えてしまうからね」
閻魔は顎に手を添えながら、僕を見つめてそう言った。真剣な眼差しで、いつものおちゃらけた雰囲気の閻魔じゃない。まだ数回しか話したことないけど。
「......ん、やっぱり食べながら話すのは止めようか。ある程度食べ終えたら、詳しく話すよ」
皆の手が既に止まっている。僕に至っては、箸を持ちそうな気配すらなく腕全体をベッタリと机につけて凭れかかっている様だ。閻魔の話の続きを待ち伏せするように構えていたんだろう、僕のように。閻魔はそれを見て、カラカラと笑いながら中途半端な所で話を切り上げてしまった。
「そう言っちゃって、閻魔様は既に食べ終わってんじゃん!」
閻魔の前の器がもう空なのを、誰かがそう突っ込む。いや多分閻魔の言葉はそういう意味じゃないと思うわ。
そうやってどばっと笑いが起きたけど、僕にはそのテンションがさっぱり分からない。何処が笑いどころなのかも分からない。何処かから「突っ込みどころ間違ってるって」とクスクス笑いながら、野次が飛んでくる。突っ込みどころが間違えてるから笑うのかあんたらは。良いなぁ、そんな些細な事で笑えたら幸せだ。楽しそうだし。
食事に手も付けずにケラケラと笑う謎の集団の中、僕はこそこそと再び食べ始めた。
最後に食べ終わるのは僕だった。
この用意してくれた夜食、見た目以上にボリュームがあった。ホテルとか宿で出される食事並みにあった。それくらいのボリュームがあるものを周りはペロリと食べあげて僕を待っていた。と、言うより、これだけのものを一番上がりに食べた閻魔は恐ろしいんじゃないか。だって、多分十分位で食べ終わっている。そう思いながら、もうほとんど一杯の腹を服越しに撫で上げた。パンパンに満たされた胃を抱える腹はいつもより少しだけ膨れているのが分かる。
見て分かるぐらいに、運ばれた時よりも食器の中はがらんどうになっている。閻魔はそれを確認するみたいに、その場で少し立ち上がって僕の方を見た。
閻魔はしばらく何かを考えている表情のまま動かない。数秒後、閻魔は口を開いた。
「あー......まぁ、だから、彼を記憶喪失にさせたんだけどね」
何を話し始めるか身構えたけど、あの話の延長戦らしい。正直脈絡無しに話し始められると困る。
それに、記憶喪失だって? でも、僕は名前を覚えていないだけで、それ以外は覚えられるだけ覚えているつもりだ。ちゃんと記憶にもある。嫌いな食べ物も、好きな食べ物も。
「サラッと恐ろしいこと言わないでくれ」
「じゃないと君が消えてしまうじゃないか」
それもそうだけど。確かにそうだけど、固執しているみたいな言い方をされるとちょっと気持ち悪い。お前みたいなビール腹おかっぱ野郎に好かれる趣味は生憎と持っていない。僕はどちらかと言えば小さい女の子で清楚な子の方が好きだし......。
「んで、閻魔は何か考えはあるのか。流石にずっと人間呼びするのは不便だ」
「うーん......。まぁ、偽名を考えたら良いと思うよ」
「でも、偽名なんて直ぐに思い付かないよ!」
僕が好みのタイプを考えている間にも、話は進む。
気が付けば、僕が偽名を考えるという前提で話は進んでいた。僕抜きで何進めてんだよって思ったけど、他人に名前を考えられるのも何だか癪だし申し訳ないし、良いか。与えられた期間は半日程。明日の朝とか昼ぐらいに発表する予定になった。でも、皆が言うには目安だと言うから、ゆっくりと考えてと言われた。
ついでに三日間だけ閻魔と部屋をシェアすることになった。閻魔が言うには、新しい住居者にする洗礼みたいなものらしい。そんなの嫌すぎるし絶対嘘だ。閻魔の顔がニヤニヤしてたし。でも、決まってしまったから覚悟するしかないんだ。嫌だけど。
僕の話は一段落し、話題は流れていった。
僕は皆の名前も知らないし、何より身内感が凄くて踏み入れそうにもない。意味は少し食い違うが僕には敷居が高い感じだ。なんと言うかまぁ、あれだよね。中学校とか高校とかである奴。周りは同じ学校から来てるのに自分だけ違う学校だから初めはうまく馴染めない奴。今まさにそれ。皆は僕のことを歓迎しているらしいが、どことなく気まずい。このまま居てもひたすらに空気になるだけだ。
僕はそっと団欒から抜け出して階段をかけ上がった。実質本当に僕は空気で、人一人抜けた程度で和気あいあいとした空気が崩れることはなかった。そうして、難なく僕は自室へと戻ることが出来た。たった半日程度しかこの部屋で過ごしただけなのにもう僕に浸透しているらしく、新しい自室は実家の様である。安心感がそこはかとなくあるわこれ。
- 一章・二話/修正×2 ( No.9 )
- 日時: 2018/06/25 16:42
- 名前: 灰狐 ◆R1q13vozjY (ID: dOS0Dbtf)
「名前、か……」
さっきまでの話を思い返してみる。
一言でまとめれば、生前の名前を言ったらお前は死ぬから名前を考えろってところだろうか。急な話だし、そんなに容易に思いつくものではなくないか? 僕は小説家でもなければ漫画家でもないのだ。だからといって、誰かに名前を考えてもらうというのも僕のプライドが傷つきそう。何より、名前作りで他人の時間を食いつぶしたくはない。
ベッドに寝転び、天井を見上げる。
静か過ぎてあれだな。時計のチクタクっていう音と、リビングから微かに聞こえる楽しそうな声が僕を攻め立ててるみたいだ、何となく。名前をボーっと考えながらベッドに寝転ぶ大学生の図も哀れなものだなぁ。想像したら、自分の状態なのになんだか泣きそうになる。
可哀想すぎるだろ、どんだけ青春を謳歌してないんだ。事故って変な世界に来て、訳の分からん奴らと一緒に過ごすことになってるし。どこかにのゲームとか小説なんだ、ってな。
……名前ジェネレーターとか、あったりするのかな。
ふとそう思い、体を起こす。
自動生成してくれるアプリとかあったら良いけど、この世界ってネットあるのかがまず疑問じゃん。多分繋がってねぇよな。まぁ、繋がってないと想定して、あれだよな、辞典とかのタイプになるよな。名前辞典って、前の世界の時にもあったと思うんだけどな。総画数で名前の縁の良さとか、名前に使われてる漢字の意味とか乗ってるようなやつ。今時のキラキラネームとか一切載ってないやつね。キック今日中とかそういうの。
不意に階段を駆け上がるような音がした。誰かの足音だろう。時計を見ると、まぁまぁ良い時間になっていた。そろそろ風呂に入ろうかという時間帯だ。早寝する人ならもうそろそろ寝る頃かな。
そんなことを考えていると、その慌ただしげな足音は僕の部屋の前でピタリと止んだ。……僕に用でもあるのか? それとも閻魔かな? 閻魔って、僕の部屋に三日間泊まる的なこと言ってたし。何となくだが、動きを止めてドアの方を凝視してみる。
僕の予想通り、ドアはガチャと音を立てて開かれた。廊下には、やはりだが、閻魔が居た。嬉しくもないが、脳内にある光景とほぼ一緒だ。
閻魔は部屋に入りながら、僕を確かに見て話し始める。本当におしゃべりだなぁ。ご飯の時も率先して喋ってた感じだし。
「あ、ここに居たんだ」
「……」
「え、無視? 君、僕に冷たくない?」
いや、どう反応すれば良いのか分からんし。ここに居たんだって言われても、うんとしか答えられないじゃん。うんとも言わない僕は確かに冷たいかもしれないけどね? それは。
閻魔は僕の態度に、大袈裟に傷ついたかのような素振りをして見せた。なんだか、小学校の教師に居そうな感じだな。どちらかといえば新人の方の。小学生ってこう、緊張しやすいじゃん。それをカバーしようとする明るさ的な。今の僕には心底うざいとしか思えないけど。
「まぁ、良いや。君が冷たいのはもう分かったし」
「流石閻魔ですね」
「馬鹿にしてるよね」
プライドとか印象にかかってくると思うのだけど。割とどうでも良いんだな?
僕が冷たいことはわかってるじゃん。今に始まったことじゃない(会ってから数日しか経っていない)ってこと、よく分かってるな。鼻で笑い皮肉ぶったように伝えたのが間違いだったのか、閻魔が目を伏せながら笑った。かと言って、馬鹿正直な態度を取ると三流芸人のコントみたいになってしまう。
閻魔は場を引き締めるように、不自然なわざとらしい咳払いをする。つくづくやることが教師じゃねぇか。あるいは上司。
「まぁ、それは置いといて。銭湯行こうと思うんだけど、どう?」
え。ここに銭湯あんの? ごめん、真面目に田舎だと思ってた。外の景色がまず緑だらけで田舎ですよ感凄いし。閻魔幻覚見えてんじゃないの? 大丈夫? 無人銭湯だったりしない?
「え、待って、ここに銭湯あんの? 嘘じゃないよね?」
「失礼過ぎない!?」
「閻魔クスリとかやってないよね?」
「幻覚だと思っている!?」
大丈夫、閻魔の反応からして銭湯はちゃんとある。
でも、今の僕は銭湯に行く気分じゃないんだよな。銭湯に行くってことはここの荘って風呂とかない感じか。
「あ、銭湯あるんだな。ごめんごめん。でも、銭湯に行く気分じゃないかな」
「謝るの遅いって……。ん、分かった」
閻魔はうんうんと頷いて、「じゃねー」と去って言った。現に今、階段を降りる音が遠ざかっている。
……いや、また足音が近づいてきている? また、誰か来たって事だよな。正体が閻魔だってことはないよな、多分。最早テンプレなのではっていう勢いで足音も僕のところで止むし。次は誰だ?
「しっつれーいっ!!」
騒がしい感じの女の子、だ。
見た目からして人間ではなさそうだけど、格好は都会に生きる女子みたいにオシャレ。服の流行りは分からないけど可愛い。これでコスプレイヤーなんですとか言われたらちょっと笑いそう。頭にある動物の耳みたいなのが気になるけど。平花君みたいな感じかな? そうなると本物ってことだけど……。
「……」
「あれ? 失礼しますー?」
「待って、ちゃんと居るから。僕幽霊じゃないから」
いやでも、好んで付き合って行くタイプじゃないなぁ。僕は好きじゃないタイプかも。なんて、品定めするように彼女を見つめるから、返事を忘れるんだ。
出会ってすぐにじろじろ見る僕はかなりの変質者だけども、それにしたって見えないフリするのは宜しくないのでは。目の前にいる僕をまるで幽霊みたいに扱って、ヘラヘラ笑う君が凄いよ。ちょっと怖いよ。
「あ! そう? 行ってきます!!」
「うん!? 行ってらっしゃい?」
僕が存在主張したらしたで、この子はすぐに話を切り上げた。いやなにこの子? 何しに来たの?
挨拶されたからとりあえず返したけど。謎だよ? というか怖いよ? 急に押しかけられて意味分からないままどっか行かれても困るんだけど? というか誰よ?
訳も分からないまま、彼女は良い笑顔で僕の前から退いた。