コメディ・ライト小説(新)
- 一章・二話/修正×2 ( No.7 )
- 日時: 2019/07/24 11:00
- 名前: 灰狐 ◆R1q13vozjY (ID: OYJCn7rx)
ふわりとお日様の爽やかな匂いが突き抜ける。
目を覚ます。僕はいつの間にか寝てしまっていたらしい。
ベッドに横たわった状態で、首を少しだけ起こし見える限りで周りを見渡した。机の上に白い紙が置かれている以外には大した変化は無い。体をおもむろに動かし、いつものように上半身を起こして背筋をぐーんと思い切り伸ばす。
ベッドから降りてふと窓側を見ると、黄色い光が射していた。窓の外を覗くと、藍色だった。僕が最後に見たのは、白い光を放つ青い空だった筈。
「ぅえ......寝過ぎたか」
寝起きで上手く声が出ない。長時間に及んだカラオケ終わりの高校生みたいな、ガラガラ声を惜しみ無く絞り出す。
少しだけ重い足取りで机へと向かえば、そこに置かれていたのは置き手紙のようなものだった。差出人は響という子らしい。相変わらず、平花君同様に僕のことを人間と呼んでいる。文中にも所々に人間と書かれていた。全く、僕は人間って名前じゃないのにな。名前が無いから仕方ないんだけど。
紙の内容は大まかに言うと、僕を歓迎するような旨から始まり――終わりはお知らせのようなものだった。お知らせはというと、時間指定と場所指定がされており午後八時でリビングだとあった。慌てて身に付けている腕時計に目を移す。現在の時刻は七時四十五分ぐらいだ。まぁまぁ良い時間じゃん。
「リビングって......最初の所かな」
記憶を掘り起こすように、ゆっくりとしたペースで呟いた。
◆◇◆
「まーちゃぁん。来たわよぅ」
僕が来たのをいち早く拾い上げた狐のような女性の声を合図に、その場に居た人達が一斉に僕の方を見た。特に、あの閻魔というやつがガン飛ばしの勢いで僕の方を見つめてきた。
何で閻魔が居るのかが分からない。
「な、何でお前が......」
「何故って......君。それ、僕がこの荘の管理人だからだよ」
閻魔はニヤりと不敵な笑みを浮かべる。
この閻魔がこの家の管理人? 嘘だろう。いや、閻魔の事なんてこれっぽっちも知らないような僕だけれど、なんだかショックを受けた気分だ。否、ショックというより......吃驚に近いのかな。
「さて、ご飯を食べながら、この子について話し合おうじゃないか」
「は?」
思わず声が出てしまったものだから、慌てて口を手で覆った。それを見て、ニヤニヤとした面の男がクスクスとからかうように笑う。笑うなって意味で僕はちょっとその男を睨み付けたけど、男は変わらずクスクスと笑っていた。
もう良い、無視しよう。
「は......話し合うってなんだよ」
「まぁまぁ。座りなよ、ほら千年の隣空いてるしー?」
ニヤニヤしてる男を尻目に、僕がそう話を続けようとする。だが、閻魔はにっこりと笑えば誰も座っていない椅子の内の一つを指差した。「だから」と話を続けようとしたけど、皆は椅子に座っていたから僕も大人しく座ることにした。椅子は冷たくて、木で作られているからか硬い。閻魔の言う通りなら、千年っていう子の隣の席らしい。
席に着いてから気付いた。机上には何一つ置いていなかった。食べるために使う箸すらも、だ。
「というかご飯無いじゃん」
「......もうすぐ来る」
「箸は?」
「なるちゃんが、持って来てくれる」
僕の疑問に間を置いて答えてくれたのは、僕から見て向かい斜めに居る黒いジャージ姿の長身の男だ。なるちゃんって誰。多分、千年って子なんだろうけれど。彼が言うには、ご飯はもうすぐ来るそうだ。確かに良い匂いはしているけれど、料理は一向に来ないじゃないか。
彼がもうすぐ来ると言って、かれこれ五分ぐらい経っただろうか。パタパタと忙しそうな足音がリビングの奥の方から聞こえた。美味しそうな匂いが一気に近付いてくる。それを合図と言わんばかりに皆が見ている方向へと見れば、そこには小柄な見た目には釣り合わない大きなお盆を持った女性が立っていた。彼女が千年なのだろうか? お盆の上には色んなものが乗っけられていて、見るからに重そうだ。
「出来たでー。......ぇ、何、どうしたんや皆......今日はえらい早うから集まってるやん」
視線の的となっている彼女は眉を八の字にして笑った。困惑気味の笑みだけど何処か嬉しそうに、声は弾んでいる。
彼女の反応を見るに、今日みたいにこうやって揃うことは無いらしい。改めて周りを見ると、彼女と僕を含めて11人も居る。管理人だと言っていた閻魔の方からは久しぶりだのなんだの聞こえるから、閻魔は普段居ないのだろう。
机の上にてきぱきと皿やらなんやらを並べる彼女。誰一人として彼女を手伝おうとする人は居ない。かといって下手に出ると邪魔になりそうな気がして、手伝いたいという気持ちと大人しくしなければならない挟み撃ちに数分弄ばれた。
- 一章・二話 ( No.8 )
- 日時: 2018/06/03 17:25
- 名前: 灰狐 ◆R1q13vozjY (ID: MgJEupO.)
周りは「頂きます」と各自で合掌して食べ始めている。僕もそれに習って食べ始めた。郷に入れば郷に従えなんて言うもんな。
一言で言ってしまえば一汁三菜。和食。よくある給食並みにバランスが良い感じに見受けられる。インスタント食品ばっかり食べていた僕にとっては珍しい夜食だ。こっちの世界にも来てからはラーメンばっかり食べていたし。久しぶりにこんな豪華なものを食べれるんだ。お浸しの野菜を噛み締めた途端に、ジンワリと汁が滲み出ていた。うん、旨い。白米や汁はホカホカの証である湯気が絶え間無く僕の方に上がってきていて、僕の食欲を加速させるのは十分過ぎた。
「でもよー、閻魔。話し合い云々の前に、此奴、自分の名前を覚えていないって言うんだよ」
そんな平花君の声で、皆の動きがピタッと止まった。徐々に僕の方に視線が集まる。そこまでじろじろと見られちゃ、気になって食べれやしない。僕は食べる手を動かしていたものの皆の視線が痛いくらいに刺さって、一旦食べるのを止めた。話の中心だからって、そんなに見る必要無いじゃないか。
「僕は、この子の名前を知ってるよ」
閻魔は、余裕綽々の笑みを浮かべてそう言う。僕の名前を知っているらしい口振りだ。実際、閻魔の口からもそう出た。
皆の視線は僕じゃなくて閻魔に変わった。
閻魔のビール腹が主張するように揺れる。閻魔は面白そうにゆるりと目を細めた。実際大物なんだろうけれど、閻魔自身のその顔が余計に大物感を掻き出している。
「でも、決まり事で前世の名前は晒さないことになっているんだ。この世界で本名を晒してしまったら、彼は存在ごと消えてしまうからね」
閻魔は顎に手を添えながら、僕を見つめてそう言った。真剣な眼差しで、いつものおちゃらけた雰囲気の閻魔じゃない。まだ数回しか話したことないけど。
「......ん、やっぱり食べながら話すのは止めようか。ある程度食べ終えたら、詳しく話すよ」
皆の手が既に止まっている。僕に至っては、箸を持ちそうな気配すらなく腕全体をベッタリと机につけて凭れかかっている様だ。閻魔の話の続きを待ち伏せするように構えていたんだろう、僕のように。閻魔はそれを見て、カラカラと笑いながら中途半端な所で話を切り上げてしまった。
「そう言っちゃって、閻魔様は既に食べ終わってんじゃん!」
閻魔の前の器がもう空なのを、誰かがそう突っ込む。いや多分閻魔の言葉はそういう意味じゃないと思うわ。
そうやってどばっと笑いが起きたけど、僕にはそのテンションがさっぱり分からない。何処が笑いどころなのかも分からない。何処かから「突っ込みどころ間違ってるって」とクスクス笑いながら、野次が飛んでくる。突っ込みどころが間違えてるから笑うのかあんたらは。良いなぁ、そんな些細な事で笑えたら幸せだ。楽しそうだし。
食事に手も付けずにケラケラと笑う謎の集団の中、僕はこそこそと再び食べ始めた。
最後に食べ終わるのは僕だった。
この用意してくれた夜食、見た目以上にボリュームがあった。ホテルとか宿で出される食事並みにあった。それくらいのボリュームがあるものを周りはペロリと食べあげて僕を待っていた。と、言うより、これだけのものを一番上がりに食べた閻魔は恐ろしいんじゃないか。だって、多分十分位で食べ終わっている。そう思いながら、もうほとんど一杯の腹を服越しに撫で上げた。パンパンに満たされた胃を抱える腹はいつもより少しだけ膨れているのが分かる。
見て分かるぐらいに、運ばれた時よりも食器の中はがらんどうになっている。閻魔はそれを確認するみたいに、その場で少し立ち上がって僕の方を見た。
閻魔はしばらく何かを考えている表情のまま動かない。数秒後、閻魔は口を開いた。
「あー......まぁ、だから、彼を記憶喪失にさせたんだけどね」
何を話し始めるか身構えたけど、あの話の延長戦らしい。正直脈絡無しに話し始められると困る。
それに、記憶喪失だって? でも、僕は名前を覚えていないだけで、それ以外は覚えられるだけ覚えているつもりだ。ちゃんと記憶にもある。嫌いな食べ物も、好きな食べ物も。
「サラッと恐ろしいこと言わないでくれ」
「じゃないと君が消えてしまうじゃないか」
それもそうだけど。確かにそうだけど、固執しているみたいな言い方をされるとちょっと気持ち悪い。お前みたいなビール腹おかっぱ野郎に好かれる趣味は生憎と持っていない。僕はどちらかと言えば小さい女の子で清楚な子の方が好きだし......。
「んで、閻魔は何か考えはあるのか。流石にずっと人間呼びするのは不便だ」
「うーん......。まぁ、偽名を考えたら良いと思うよ」
「でも、偽名なんて直ぐに思い付かないよ!」
僕が好みのタイプを考えている間にも、話は進む。
気が付けば、僕が偽名を考えるという前提で話は進んでいた。僕抜きで何進めてんだよって思ったけど、他人に名前を考えられるのも何だか癪だし申し訳ないし、良いか。与えられた期間は半日程。明日の朝とか昼ぐらいに発表する予定になった。でも、皆が言うには目安だと言うから、ゆっくりと考えてと言われた。
ついでに三日間だけ閻魔と部屋をシェアすることになった。閻魔が言うには、新しい住居者にする洗礼みたいなものらしい。そんなの嫌すぎるし絶対嘘だ。閻魔の顔がニヤニヤしてたし。でも、決まってしまったから覚悟するしかないんだ。嫌だけど。
僕の話は一段落し、話題は流れていった。
僕は皆の名前も知らないし、何より身内感が凄くて踏み入れそうにもない。意味は少し食い違うが僕には敷居が高い感じだ。なんと言うかまぁ、あれだよね。中学校とか高校とかである奴。周りは同じ学校から来てるのに自分だけ違う学校だから初めはうまく馴染めない奴。今まさにそれ。皆は僕のことを歓迎しているらしいが、どことなく気まずい。このまま居てもひたすらに空気になるだけだ。
僕はそっと団欒から抜け出して階段をかけ上がった。実質本当に僕は空気で、人一人抜けた程度で和気あいあいとした空気が崩れることはなかった。そうして、難なく僕は自室へと戻ることが出来た。たった半日程度しかこの部屋で過ごしただけなのにもう僕に浸透しているらしく、新しい自室は実家の様である。安心感がそこはかとなくあるわこれ。
- 一章・二話/修正×2 ( No.9 )
- 日時: 2018/06/25 16:42
- 名前: 灰狐 ◆R1q13vozjY (ID: dOS0Dbtf)
「名前、か……」
さっきまでの話を思い返してみる。
一言でまとめれば、生前の名前を言ったらお前は死ぬから名前を考えろってところだろうか。急な話だし、そんなに容易に思いつくものではなくないか? 僕は小説家でもなければ漫画家でもないのだ。だからといって、誰かに名前を考えてもらうというのも僕のプライドが傷つきそう。何より、名前作りで他人の時間を食いつぶしたくはない。
ベッドに寝転び、天井を見上げる。
静か過ぎてあれだな。時計のチクタクっていう音と、リビングから微かに聞こえる楽しそうな声が僕を攻め立ててるみたいだ、何となく。名前をボーっと考えながらベッドに寝転ぶ大学生の図も哀れなものだなぁ。想像したら、自分の状態なのになんだか泣きそうになる。
可哀想すぎるだろ、どんだけ青春を謳歌してないんだ。事故って変な世界に来て、訳の分からん奴らと一緒に過ごすことになってるし。どこかにのゲームとか小説なんだ、ってな。
……名前ジェネレーターとか、あったりするのかな。
ふとそう思い、体を起こす。
自動生成してくれるアプリとかあったら良いけど、この世界ってネットあるのかがまず疑問じゃん。多分繋がってねぇよな。まぁ、繋がってないと想定して、あれだよな、辞典とかのタイプになるよな。名前辞典って、前の世界の時にもあったと思うんだけどな。総画数で名前の縁の良さとか、名前に使われてる漢字の意味とか乗ってるようなやつ。今時のキラキラネームとか一切載ってないやつね。キック今日中とかそういうの。
不意に階段を駆け上がるような音がした。誰かの足音だろう。時計を見ると、まぁまぁ良い時間になっていた。そろそろ風呂に入ろうかという時間帯だ。早寝する人ならもうそろそろ寝る頃かな。
そんなことを考えていると、その慌ただしげな足音は僕の部屋の前でピタリと止んだ。……僕に用でもあるのか? それとも閻魔かな? 閻魔って、僕の部屋に三日間泊まる的なこと言ってたし。何となくだが、動きを止めてドアの方を凝視してみる。
僕の予想通り、ドアはガチャと音を立てて開かれた。廊下には、やはりだが、閻魔が居た。嬉しくもないが、脳内にある光景とほぼ一緒だ。
閻魔は部屋に入りながら、僕を確かに見て話し始める。本当におしゃべりだなぁ。ご飯の時も率先して喋ってた感じだし。
「あ、ここに居たんだ」
「……」
「え、無視? 君、僕に冷たくない?」
いや、どう反応すれば良いのか分からんし。ここに居たんだって言われても、うんとしか答えられないじゃん。うんとも言わない僕は確かに冷たいかもしれないけどね? それは。
閻魔は僕の態度に、大袈裟に傷ついたかのような素振りをして見せた。なんだか、小学校の教師に居そうな感じだな。どちらかといえば新人の方の。小学生ってこう、緊張しやすいじゃん。それをカバーしようとする明るさ的な。今の僕には心底うざいとしか思えないけど。
「まぁ、良いや。君が冷たいのはもう分かったし」
「流石閻魔ですね」
「馬鹿にしてるよね」
プライドとか印象にかかってくると思うのだけど。割とどうでも良いんだな?
僕が冷たいことはわかってるじゃん。今に始まったことじゃない(会ってから数日しか経っていない)ってこと、よく分かってるな。鼻で笑い皮肉ぶったように伝えたのが間違いだったのか、閻魔が目を伏せながら笑った。かと言って、馬鹿正直な態度を取ると三流芸人のコントみたいになってしまう。
閻魔は場を引き締めるように、不自然なわざとらしい咳払いをする。つくづくやることが教師じゃねぇか。あるいは上司。
「まぁ、それは置いといて。銭湯行こうと思うんだけど、どう?」
え。ここに銭湯あんの? ごめん、真面目に田舎だと思ってた。外の景色がまず緑だらけで田舎ですよ感凄いし。閻魔幻覚見えてんじゃないの? 大丈夫? 無人銭湯だったりしない?
「え、待って、ここに銭湯あんの? 嘘じゃないよね?」
「失礼過ぎない!?」
「閻魔クスリとかやってないよね?」
「幻覚だと思っている!?」
大丈夫、閻魔の反応からして銭湯はちゃんとある。
でも、今の僕は銭湯に行く気分じゃないんだよな。銭湯に行くってことはここの荘って風呂とかない感じか。
「あ、銭湯あるんだな。ごめんごめん。でも、銭湯に行く気分じゃないかな」
「謝るの遅いって……。ん、分かった」
閻魔はうんうんと頷いて、「じゃねー」と去って言った。現に今、階段を降りる音が遠ざかっている。
……いや、また足音が近づいてきている? また、誰か来たって事だよな。正体が閻魔だってことはないよな、多分。最早テンプレなのではっていう勢いで足音も僕のところで止むし。次は誰だ?
「しっつれーいっ!!」
騒がしい感じの女の子、だ。
見た目からして人間ではなさそうだけど、格好は都会に生きる女子みたいにオシャレ。服の流行りは分からないけど可愛い。これでコスプレイヤーなんですとか言われたらちょっと笑いそう。頭にある動物の耳みたいなのが気になるけど。平花君みたいな感じかな? そうなると本物ってことだけど……。
「……」
「あれ? 失礼しますー?」
「待って、ちゃんと居るから。僕幽霊じゃないから」
いやでも、好んで付き合って行くタイプじゃないなぁ。僕は好きじゃないタイプかも。なんて、品定めするように彼女を見つめるから、返事を忘れるんだ。
出会ってすぐにじろじろ見る僕はかなりの変質者だけども、それにしたって見えないフリするのは宜しくないのでは。目の前にいる僕をまるで幽霊みたいに扱って、ヘラヘラ笑う君が凄いよ。ちょっと怖いよ。
「あ! そう? 行ってきます!!」
「うん!? 行ってらっしゃい?」
僕が存在主張したらしたで、この子はすぐに話を切り上げた。いやなにこの子? 何しに来たの?
挨拶されたからとりあえず返したけど。謎だよ? というか怖いよ? 急に押しかけられて意味分からないままどっか行かれても困るんだけど? というか誰よ?
訳も分からないまま、彼女は良い笑顔で僕の前から退いた。