コメディ・ライト小説(新)

Re: 俺の恋敵は憎たらしい式神だった【Season2始動】 ( No.193 )
日時: 2022/03/07 18:17
名前: 美奈 (ID: lCrzzWFh)

第11話
・・・・・・・・・
 俺は空腹を意識した瞬間、急激に全身の力が抜け、会ったばかりの永山大貴に引きずられるようにして学食にたどり着いた。俺初対面の人間信用しすぎだな。と脳内は極めて冷静に働いているものの、身体が言うことを聞いてくれない。
 きっと悠馬あたりには、「シラフで千鳥足になる奴初めて見た」とか思われてるんだろう。

「着いたぞ学食」

 元生徒会長こと工藤瑠衣の言葉で俺は最後の力を振り絞り、学食のレーンに足を踏み入れた。大貴と華音は席取りをしておいてくれるらしい。悠馬もフワリと華音達について行ったようだ。

「で、藤井は何食べるの」
「京汰でいいよ」
「京汰は何食うの」
「ん〜、思ったより種類豊富で迷うな。元会長は?」
「肩書きで呼ぶな。てかご丁寧に元ってつけんな」
「おお、ツッコミはまずまずだね、瑠衣」
「人を試すな」
「うん、合格」
「試験を受けた覚えはないぞ」
「……やっぱ、頭の回転速いんだな。すげぇ」
「……良いから何食うんだっての」
「うーん……全部食いたい……」

 生徒会長って、もっと堅物でツッコミとかしない生き物だと思ってた。人は見かけによらないんだな、と、アクセサリーだらけの瑠衣を見て改めて思う。

「京汰、俺味噌ラーメンにするよ」

 ちゃんと申告するあたりはやっぱり真面目。

「うまそうだな。じゃあ俺はカツカレーにしようっと」
「全然違うじゃん! なぜ聞いた?!」

 丁寧に1つずつ突っ込んでくれる所も、やっぱり真面目。
 高校の時にクラスが同じだったら、もっと早くから仲良くなれてたかもしれないな。

 結局、俺はカツカレーで、瑠衣は味噌ラーメンに味玉を追加。熱々の飯をトレーに載せて大貴達を探すと、華音が手を振った。お2人さんはもうかなり打ち解けた様子で、何か話し込んでいる。

「え〜マジかぁ! でもやっぱそうだよな、うん」
「ん、大貴どした?」

 俺が席に着きながら尋ねると、大貴が衝撃の事実を口にした。

「華音、彼氏と遠恋なんだってよ」
「……へ?」
「だから、華音、彼氏と遠恋なんだってよ」
「ちょっ、京汰くん、危ない! トレーひっくり返っちゃうよ!!」
「と、とりあえず京汰を座らせよう。えーと永山、だっけ? ちょっと手伝ってくれ」
「大貴で良いって。……よいしょっと」
「ありがとう大貴。……京汰。まずは食え」

 なぜでしょう。大貴のセリフがエコーかかって聞こえます。

 ——カノン、カレシトエンレンナンダッテヨ

 彼氏。遠恋。
 普通に聞いたことある単語なのに、主語が“華音”になった瞬間、文章の意味が取れなくなる。
 てか待ってよ大貴。初対面で華音呼び?! 俺華音って呼ぶまでに出会ってから7ヶ月経ってたよ?!

 とまぁ、それは置いといて。

 華音に、彼氏。遠距離恋愛の、彼氏。
 切れ長の目を丸くして「え〜マジかぁ!」と驚き、「でもやっぱそうだよな、うん」と納得する大貴の受け答えの意味はよく分かる。華音と彼氏なんて単語は紐づけたくないけど、彼氏いない方がびっくりって容姿と性格してるからな。

 いやでも待って。待って待って。マジで待って。

「京汰、カレー冷めるぞ……ってか一番腹減ってたろ、腹減って死にかけて千鳥足なってたろ」

 瑠衣を見ると、いつの間にか麺が半分になっている。あんたは食うの早すぎな。
 慌ててカツを口に入れるけど、衝撃のあまりむせ返りそうになるので急いで水を飲む。今日俺慌てまくってんな。

 瑠衣が呑気に「へえ、彼氏は今どこにいるの?」なんて聞いている間に俺はカツカレーをかきこんだ。せっかくの初学食なのに、味を堪能する暇もねぇ。それに、これ以上詳しく聞いたら、俺の胃は食べ物を受け付けてくれる気がしないよ。

Re: 俺の恋敵は憎たらしい式神だった【Season2始動】 ( No.194 )
日時: 2022/03/08 17:00
名前: 美奈 (ID: lCrzzWFh)

第12話
結局、超早食いの瑠衣よりも先に食べ終えて彼を驚かせた俺は、同志を探した。あの死神……間違えました、式神のことね。

 あれ、どこだ……もしかして大貴による「華音 遠恋」の爆弾発言聞いて、俺以上にセンチメンタルになってどっか消えちゃった?

 挙動不審だと思われないようにさりげなくキョロキョロしていると、斜向かいに座っていた華音が顎を少しだけ動かした。俺が、? って顔をすると、華音はもう一度同じ動きをする。
 華音が顎を向けた方向を見ると……なんと。隠形した悠馬の“気”が確かにそこにあるではないか。え、待って。本日何回目かの待って。


 ……華音、まだ悠馬のこと視えるの??!! てか隠形した状態で分かんの?! 前よりスキル上がってね?!


 ちょっと待って。俺今日待ってって何回脳内で言ってるんだ。

 彼氏いるってだけで思考フリーズしてるのに。
 俺の中で再燃した恋心は、再会したその日のうちに玉砕し。
 俺のアドバンテージと言えば華音に存在を分かってもらえること、のはずだったのに、まだイケメン式神悠馬のこと視えてるし。しかもその能力に磨きかかってるし。

 俺完全圧倒的絶望的不利じゃん。遠距離でも続くって彼氏との愛の絆強固じゃん。

 てかその彼氏って誰だ。どこの馬の骨なんだ。

「帰国後に1年間だけ通った高校のクラスメイトでね。私、帰国してから祖母の家に住んでたから、その地方の高校で。彼は水泳部だったんだけど、大学でも水泳続けるって言って地元の大学に進学したんだよね。でも私、大学はこっちに戻ってきたくて。だから遠距離になったばっかなんだ」
「そうなんだ〜。よく彼氏オッケーしてくれたね」
「まぁそこは、私もちょっと頑固になったというか……」
「でも彼女の進学先は共学なわけだから、彼氏としちゃあウカウカしてらんないよなぁ!」

 なぁ元会長! と明るく同意を求める大貴。あんた俺の高校じゃないだろなんで元会長なんだよと、これまた丁寧にツッコむ瑠衣。瑠衣って結構良い名前してるのに、早速あだ名は元会長になりそうだ。

「まぁウカウカできんわな。……で、彼氏とはうまく行きそうなの?」

 すっげぇ。さらりと核心突く質問するあたりはさすが元会長。
 そして俺は心の中で、極めて卑屈なお願い事をする。なんて汚い人間なんだと、我が身に呆れながら。

 うまく行きそうにないと言ってくれ。破局しそうだと言ってくれ。実はね、もう辛くて……なんて言って綺麗な涙の1つや2つくらい流しておくれ。

「うーん、まだ遠恋始めたばっかりだから何とも言えないな。うまく行きたいなとは思ってるけどね!」

 ……そりゃそうですよね。うまく行きたいですよね。愛しの彼ぴっぴですもんね。

「ていうか、ほんと京汰くん久しぶり。ちょっと雰囲気変わったね!」

 おっ、おおぅ。ここで俺に話を振ってきますか華音さん。
 まぁこんな美人と友達でいさせてもらえるだけ、ありがたいのだ。高1の時に2回も映画デートできたことが奇跡だったんだ。また振り出しに戻っただけなのだ。
 ってか、あれ? 悠馬の“気”が消えたな。どこ行ったんだろ。

「だ、大学デビューってやつだよ、はは」

 切り替えようとした心とは裏腹に、乾いた笑いしかできない俺。情けねえ。

「ねぇねぇ、京汰くんって、彼女いるの?」

 ちょっとあなた、どこまでぶっ込んでくんの。俺はカツカレーの逆流を抑えるのに必死だった。今失恋したばっかですから!!
 でもなんか、ただフリーって言うのは大貴も瑠衣もいる手前悔しくて、無駄な言葉を手前につけてしまう。カツカレーを無事に胃の方向に流し終えた後、息を整えてから言った。

「い、今はフリー」
「そ、そうなんだ!」

 華音の直感なのか知らないが、元カノのことは聞いちゃダメだと思ったらしくて、一瞬会話が途切れる。そんな空気を敏感に察知したのか、瑠衣が「その遠恋の彼氏の写真とかないの?」と話を戻す。場の仕切りと対応の能力、やっぱ伊達に生徒会長やってなかったんだろうな。高校時代のこいつあんま知らんけど。てか華音さん、俺に恋愛のこと今聞くなんて、そりゃあ酷だぜ。高校時代、俺が君のこと好きなの知ってたでしょ??


<京汰、今晩は京汰の好きなやつ食べよう>

 幾分落ち着いた声音が頭に響き、ハッと意識を向けた。 
 そこには、いつの間にか俺の隣に来て、ささやく悠馬。

(お前……しばらくしたら華音の近くにいなかったじゃんよぉ。どこにいたんだよぉ)
<華音ちゃんの熱愛発覚に衝撃を受けて、頭を冷やすために構内を散歩してたんだ。でも京汰の深い悲しみを察知して、戻ってきてあげたのよ>
(悠馬ぁぁぁ……好き)
<迷走しないで京汰>

 あぁ、ありがてえ。側にいてくれることが、もうありがてえ。早く悠馬お手製のお料理食べたい。

<一緒に好きなの食べよ、ねっ>
(うん……!!)

 そう。こういうセンチメンタルな時に持つべきものは、式神である。

Re: 俺の恋敵は憎たらしい式神だった【Season2始動】 ( No.195 )
日時: 2022/03/10 19:24
名前: 美奈 (ID: lCrzzWFh)

第13話
・・・・・・・・・
「もう入学早々、天国から地獄に突き落とされた気分だわ……何このジェットコースターな1日は……」

 セリフこそ鬱々としているものの、式神お手製春巻きを食べる彼の手はノンストップである。空っぽになった心は食べ物のエネルギーで補うしかない、といった具合だ。……うっそ、10本揚げたのにもうあと1本しか残ってないじゃん。僕の分ないじゃん。あぁぁ第2弾揚げなきゃ……。揚げ物ってめんどくさいのよ、分かってる? そこらへん。
 でも今日は、京汰の好物を作ると自ら言ってしまったのだから仕方ない。僕は悲嘆に暮れる京汰をチラリと見て、声をかけた。

『奇跡的な再会できたと思った矢先に、遠恋の彼氏いるの分かって、僕が視えることまで分かっちゃったんだもんなぁ』
「そうなの。京汰くん可哀想でしょ……ああもうどうやって生きていけば。俺はあの必修の授業にどんなモチベで行けば」
『京汰、そういう時は初心に返ろう。なんでこの大学に入ったんだっけ?』
「えー…………うーん……学歴が欲しかった、から、かな? あと人生楽しみたかったから?」

 この人、AO入試だったら即落ちてただろうな。
 僕は箸で掴んでいた春巻きを油にドボンしそうになった。
 ダメだこりゃ。お話にならない。就活が思いやられるよ。

 しかし。しかし、である。

 今『お話にならんよ』なんて言葉を浴びせて、京汰くんを泣かせるほど、僕はひどい式神ではない。これ以上気分落ち込まれたら、こっちも色々と大変だからね。だから一応、建前だけでも、彼を思いやる。

 知らなかったでしょ。式神だって、結構頭使ってるんだよ?

『と、とりあえず、再会できたんだから良かったじゃん! もし辛いなら、気を紛らわせるしかないよ! ね!』
「え、どうやって? ねえ悠馬、どうやって?」

 え? 何か妙に食いついてきてない?

「ねえ悠馬教えてよ、どうやったら気を紛らわせられるの? 俺は一体どうすればいい? ねえ教えて! 教えて教えてっ!」
『……え』

 思わず振り向いたら、『え』とか『ぎょっ』としか言えないような光景が広がっていた。

 ぎょっ。涙目で春巻き食べる人初めて見た。京汰って空腹極まると千鳥足になって、落ち込むと涙目で春巻き食べるのね。そこそこの付き合いになるけど、今日は新発見がたくさんだ。

 春巻きとご飯なくなっちゃったぁ〜おかわりぃ〜と力なく言う京汰。ダメージは相当なようで、明らかに幼児退行している。僕は第2弾の春巻きを大皿に盛り、京汰の茶碗を受け取りながら一生懸命考える。気を紛らわせてくれるもの……何だろう。口から出任せに言ったもんだから、すぐにこれといったものが出てこなくて、少し焦る。

『えーと……あ! バイトは? 違う環境で良い息抜きになるかもよ』
「バイト…………うーん、バイト…………あ! バイトっ!!!」
『急に何っ?!』

 ただの春巻き吸引機と化していた京汰は、突然人間に戻った。光の速さで切り替わったもんだからびっくりだ。
 ってか、もうこれ以上春巻き食べないでね。僕にもちょうだいね。

「悠馬、いいこと言ってくれたよ! 俺忘れてた、鈴木さんに前お話もらってたんだよ!」

 鈴木さんとは、僕達のお隣さんのこと。未亡人の優しいおばあさんは、おバカ人間……ぐっふん、もとい、京汰を本当の息子のように可愛がってくれる、超貴重な天然記念物的存在である。僕のことは視えないが、頻繁におかずや野菜のお裾分けをしてくださるので、僕も鈴木さんには陰ながら感謝してるんだ。
 ちなみに僕、亡くなった鈴木さんの旦那さんとは仲良しなんだけどね。まぁそれは今話さなくてもいいや。

『お話って?』
「鈴木さんとこのお孫さんのバ先で今、人欲しいんだって。京汰くんどう? って言われてて、返事してなかったの忘れてた!」

 そーじゃんバイト良いじゃん悠馬天才〜! と言って、何を思ったのか、京汰はそのまま玄関に向かい出て行った。

 5秒後。

「鈴木さ〜ん俺ですぅ〜」

 ねえ、インターホン鳴らして。そんなバカでかい声出さないで。
 今19時なのね。さすがに辺りは暗くなってるのね。急に大声出したら不審者なのね。ダイニングにいる僕にまで聞こえるって相当だからね。
 しかも“俺”だけで通用すると思ってるあたり、詐欺グループの人間と同じ思考回路だからね。捕まりたいのかなこの子。

「鈴木さぁ〜ん、俺ですぅ〜京汰ですぅ〜こんばんわぁ〜」

 語尾伸ばすのやめて。

「あ、鈴木さん! こんばんは! お元気です?」

 割とすぐに天然記念物の鈴木さんが家から出てきたらしく、何やら楽しそうな声が聞こえる。
 京汰、「夜分に失礼します」くらいは言おうね。もしかして、それも僕が教育しないといけないかしら。

 それにしても、急に“俺”だと大声で言われても、またそんな大声を聞いても誰も通報しない、この平和な街が僕は好きだ。


 さて、今のうちに春巻き食べなきゃ。


 失恋したばかりの若いハイエナが帰ってくる前にね。

Re: 俺の恋敵は憎たらしい式神だった【Season2始動】 ( No.196 )
日時: 2022/03/13 14:53
名前: 美奈 (ID: lCrzzWFh)

第14話
「わーいわーい! 悠馬、俺バイトデビューすっぞ!」
『受かったの?!』
「そんなびっくりするこたぁねぇだろ。京汰様はやればできるのさ」
『じゃあそのスキルを発揮して、ぜひうちの家事の方も……』
「それとこれとは別物です」

 なんと京汰、鶴ならぬ鈴木さんの一声で、大した面接もなくバイトが決まったようで。
 清々しいくらいのコネである。

 京汰よ、今後もコネだけで通用するほど世界は甘くないからね。

 京汰に飲食店が務まるのか……と1人不安を抱える僕をよそに、京汰は初出勤を目前にしてすんごく楽しそう。華音ちゃんの一件はどこへ行ったのやら。


 そして今日、ついに初出勤日がやって来た。朝から「バイトデビューだぜっ!」とか、「今日わぁ〜バイトぉ〜ふふふ〜ん」などとはしゃぎまくっている京汰を見て、僕はますます不安になる。
 京汰よ、バイトは遊びではないのだよ。勤労に対して対価を得る、立派なお仕事なのだよ。君には対価を得るほどの覚悟と責任があるのかね……?

(バイトぉバイトぉ楽しみぃ♪)

 大貴と一緒に授業を受けた後、まるで印籠《いんろう》のように「じゃあ、俺バイトだから!」というセリフを自慢げに繰り出して駅に向かう彼は、新入生としてのフレッシュさを存分、いや余計なくらいに発揮している。

「へぇ〜、もうバイトデビューかぁ。いいなぁ京汰!」
「へへっ、いいだろぉ〜」
「頑張れよ」
「何じっと見つめてんだよもう。……おうよ!」

 大貴にも羨ましがられて、随分とご機嫌な様子。僕の右側を歩く茶髪男の口元はニヤつき、足取りは軽く、スキップでも始めてしまいそうだ。

<あのさぁ、あんまり浮かれてても良くないよ京汰>
(お前はほんとにお節介だな)
<世話係としての任務を全うしてるだけだよ>
(お節介も世話のうち、ってか)


 自宅の最寄り駅の商店街にあるそのお店は、居酒屋とご飯屋の中間みたいなお店だった。定食もつまみもある、オールマイティ対応。

「こんにちは、今日からお願いします」
「おお、藤井くん。来たね。ささ、まずは荷物置いて、このエプロン付けて」

 明るい店主に迎えられ(僕は迎えられてないけど)、京汰は早速店の裏に引っ込んでいく。
 店主は鈴木さんの元彼の息子らしい。元彼の息子の店で孫が働く……何だろう、この妙にザワつく気持ちは。きっと式神だけじゃなくて、人間の皆さんもザワつくと思うんです。孫もザワつかなかったんだろうか。
 まぁ、平和にやってる、ということでいいんでしょうか……。

 黒いエプロンを付けて出てきた京汰は、なぜか男前に見えた。できる男に見えてる。これはエプロンマジックなのか? ほらあの、某コーヒーチェーン店で限られた人しか付けられない黒のエプロンをつけてるような。それとも、僕なりの式神フィルターなのか。授業参観や運動会で我が子を見る時と同じフィルターかかってんのかな。
 外見だけはなかなか男前に見える京汰だが、その面持ちはさすがに緊張しているようだ。いつもより明らかに瞬きの回数が増えている。

「あ! 新入りの! ばあちゃんから聞いたよ!」
「エプロン、サマになってんじゃん」

 京汰を歓迎し、オレ達が面倒見るね! と言った、京汰と同い年くらいの2人の男の子が、それぞれ京汰に声をかけて来た。

「え、えーと……」
「あ、オレは髙橋海星「オレは髙橋龍星!」」
「……えーと…………」

 京汰が戸惑ったのも無理はない。
 どっちがどっち?! 見事な一卵性の双子くん。僕も見分けがつかないよ!

「おいリュウ、そんな食い気味に言ったら混乱するだろ」
「なんでカイが先に言うのさ」
「オレが一応兄ちゃんだろぉ!」
「兄ちゃんって、たったの2分差じゃん!」
「2分でもリュウが弟なの」
「なんで120秒で人生決まるの?! カイずるくない?!」

 その後もギャンギャンと1分くらい、しょーもない言い合いが続いたのだが、まぁそれは以下略、とでもしておこう。
 しばし静かに聞いていた京汰だが、おそるおそると言った感じで会話に割り込む。

「えーと、お取り込み中アレなのですが……」
「「ん、どした?」」

 つい今まで言い合いしていた2人が、揃って京汰の方を見る。反応のシンクロがすごい。シンクロするから混乱するのよ。

「お、お2人の、見分け方って……」
「カイは顎にホクロが「リュウは顎にホクロがある」」
「どっちにホクロ?!」
「リュウは顎にホクロが「カイは顎にホクロがない」」
「あの、どっちですか?!」

 噛み合いすぎている双子兄弟は、また揉め出した。

「あぁだからもう被せんなよリュウ!」
「最初に被せたのカイだから!」
「だって、リュウはたまに説明クソ長いから!」
「カイもそうだから!」

 夫婦喧嘩と兄弟喧嘩は犬も食わぬ。ここは傍観するのが吉だ。京汰もそう悟ったみたいで、もう突っ込むのを完全にやめて観客と化している。
 まぁとりあえず、この2人のわちゃわちゃ双子兄弟こそが、鈴木さんの孫ということで間違いなさそうだ。まとめると、顎にホクロのない兄が高橋海星、顎にホクロのある弟が高橋龍星、ということかな。
 彼らのおばあちゃんにあたる鈴木さんは、果たして彼らの区別がついているんだろうか。ぜひ聞きたいよなぁ〜そこんとこ、と僕は思った。

 すると僕の気配を察し、京汰が僕に語りかけた。

(ねえ悠馬)
<ん?>
(このやりとりに既視感を抱かざるを得ないんだが)
<やっぱり? 激しく同意するよ>


 そう。このカイ・リュウ兄弟は、僕達の家でのてんやわんやを見事に再現している……。

Re: 俺の恋敵は憎たらしい式神だった【Season2始動】 ( No.197 )
日時: 2022/03/31 19:37
名前: 美奈 (ID: lCrzzWFh)

第15話
・・・・・・・・・
 さて、ウキウキした気持ちでバ先に向かったは良いものの、初日からこんなに大変だとは思わなかった……。飲食が大変なのか、この特殊環境が大変なのか。

 慣れないエプロンをつけて顔を出してみたら、教育係が2人共おんなじ顔してて(何とか区別つくようになったけど)、お客さん多くて、ジョッキいくつも一気になんて持てなくて、オーダー取る時の専門用語多すぎて「ここは魔法学校ですか」みたいになって、次から次へと料理が完成するから「ここは魔法学校ですか」みたいになって、どんな酔っ払いも店主の振る舞い1つでちゃんとお家帰るから「ここは魔法学校ですか」みたいになった。

 結論、ここは魔法学校。

 一見意味不明な用語で会話が成立し、光の速さで美味しいご飯が完成し、店主は謎の力で酔っ払いを閉店間際のテーブルから引き剥がす。うん、ただの魔法学校。店主の魔力が凄そうだ。
 初回ってことで片付けは免除してくれたけど、まぁ疲れた。覚えることの多さと、お客さんの多さと、教育係のキャラに疲れたのかもしれない。慣れればそうでもなくなるのかな。
 俺の疲労は、顔に出てしまっていたようだ。もしかして、お客さんがいた時間から出ちゃってたかなぁ……。
 そんな風に考えていると、あの先輩方が俺の肩をポンと叩き、話しかけてくれた。

「オレ達ついてるから大丈夫だって!」
「困ったらいつでも呼んで」
「あ、ありがとうございます! えーと」
「オレが海星「オレが龍星な」」
「えーと……」
「はい! 今からオレが喋りますっ! オレが弟の龍星です!」
「何弟が先喋ってんだし! オレが兄の海星です!」
「2分差でゴチャゴチャ言うなし!」
「ほんっとに生意気だなリュウこの野郎っ!!」
「は、ははっ……」

 家では俺がマシンガンの如く話す側なのに、ここじゃ形勢逆転だ。俺は乾いた笑いを返すことしかできない。
 でも今日だけで、俺の1つ年上の双子兄弟はめっちゃいい人達だってことが分かりました。今日帰ったらまた顔の区別つかなくなりそうだけど。それに、しょーもない喧嘩はマジで多いけど。俺が5時間シフト入っただけで20回くらい聞いた気がするのは気のせいでしょうか。ギャンギャンギャンギャンと。でも数十秒後には普通に喋ってるんだよね。あの人達の世界線どうなってんのマジで。

 そして、店主も良い人でした。きっと店主のお父さん、つまり鈴木さんの元彼も良い人なんだと思う。じゃあなぜ鈴木さんは別れたんだろうか。家族の反対にあったのかなぁ。どっか決定的に合わない所があったのかなぁ。

「ばあちゃんの元彼、ちょっと束縛と嫉妬が強かったらしいよ。なんでも、ばあちゃんのことが大好きすぎたみたいでさ。そんでエスカレートしてくる束縛と嫉妬に耐えかねて、ばあちゃんから別れを切り出したらしい」

 俺の思考を読み取るように、小さな声で教えてくれる。……えーと、今教えてくれたのは、顎にホクロがあるからリュウさんだ。弟の、リュウさん。「まぁ、今じゃこんな仲だから、もう気にすることないんだろうけどな!」と普通の音量でカイさんが言った。確かに元彼とこじれまくってたら、孫を働かせるなんてできないもんなぁ。何はともあれ、変にこじれることはなかったのだろう。

 エプロンを外した俺と、片付けを終えた双子兄弟で談笑していると、店主が「おーい」と俺達を呼んだ。

「今日唐揚げが少し余ったんだ。誰か食うか?」
「あ、良ければ家で食べたいので下さい」
「おお、藤井くん食べ盛りだね。全部持っていきな」
「え、リュウさんカイさんの分は?」
「「オレらは夕飯あるから大丈夫だよ」」

 双子兄弟は相変わらず、一言一句違わず完璧な台詞を言う。すげえなぁこのシンクロ率。
 俺が双子という生態に改めて感激している間に、気前の良い店主は唐揚げをささっとタッパーに詰めてくれた。

「このタッパー、次のシフトの時返してくれても返さなくてもいいから」
「あ、返しますちゃんと」

 店主や兄弟にバレないよう、俺は悠馬をチラリと視た。

(悠馬、食うだろ。お前も5時間以上いて疲れただろ)
<京汰くん! や、優しい……! 家でいただくわ♡>
(その口調はやめろ)

 今後、まかないを食えない悠馬の分として、余り物をいただくのはアリかもな。
 それと男だらけの環境ってのも、ある意味さっぱりしていて、割と良いかも。


 当面は、これで華音遠恋事件の傷を癒すしかないわな……。