コメディ・ライト小説(新)

Re: 僕だけが、藍色に取り残されたみたいだ。 ( No.1 )
日時: 2018/07/26 18:15
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: rtfmBKef)

Episode 0 落とし児



 天上にきらめくのは、数えきれないほどの星。どれが何の星であるのか分からないけれど、人々の心に美しいという気持ちや、感動を与える。僕らはその星の導きに沿って、運河の先を目指して進んでいく。星は美しかった。けれど、僕は星の輝きを純粋に楽しむことはできなかった。僕らは仕方なく、その星と共に進んでいるだけで、ここに意思はなかった。そして、成し遂げようという気持ちも。
 僕らは街を出た時からずっと手をつないでいた。最後に手を離したのは、そう、僕と一緒に行くこの子が手洗い場へと行ったとき。前髪は伸びたまま、その隙間から瑠璃色の瞳が覗く小さな女の子。この子たちの世代では珍しく五体満足の少女は、いつ、どこで、何に狙われるか分かったものではない。だから僕は彼女が個室に入る瞬間まで一緒に時間を過ごし、出てきてすぐから共に行動をして、現在に至る。

 自然のまま残された足場の悪い、ごつごつとした岩場を僕らは進んだ。何度か転びそうになる彼女を支えて、どこに手をついたら安全に進めるかを教えて、僕らは進む。

「ああ、リラカラ。ご覧よ、今日はここで休めるみたいだ」
「ええ、メダ。とてもきれいね」

 崖を越え、大きくひらけた台地。両手を広げても、先が見えないほどの夜空いっぱいの星空が、そこには広がっていた。白だけでなく、黄色や、オレンジ、中には赤色の星もある。リラカラの手が、僕の手をぎゅうっと握った。僕も感動して、リラカラの手をぎゅっと握る。見れば見るほど言葉を失ってしまうような美しさだった。

「リラカラ……」
「メダ、私、とてもきれいだと思うの」

 やわらかくはにかんだリラカラの目からは、涙が宝石のような粒になって落ちていく。星の光を受け、きらびやかに反射した宝石は、僕たち以外の旅人の目には眩しかった。そして、物珍しいものでもあった。

「リラカラ、こっちだよ」

 そうした旅人から、リラカラを守るのは僕の役目だった。番人として、導き手として、僕はリラカラと生涯を共に過ごさねばならないから。外套の中にリラカラを隠し、意思に反して流れ出る宝石を、僕の足元に集める。リラカラは嬉しそうに何度も「悲しくなんてないのよ」「こんなにきれいなものを見たのは初めてだったの」と、僕に抱かれながら笑った。
 寵愛された落とし児と、僕は夢の果てを進まなくてはいけない。何もない果ての空。見上げる星たちは僕らの道を照らしている。けれど、それだけなのだ。どんなに星が輝こうとも、どんなに僕らの進む道が明らかになっても、どうしようもないのだ。だってその先に、いとおしいリラカラが目指す先はないのだから。

「ねえリラカラ」
「なあに、メダ」

 次々とあふれ出る涙を拭って、リラカラは僕の目をじっと見る。リラカラは美しい。僕が今まで見た何よりも美しくて、今手を握っていることも夢を見ているんじゃないかと思えてしまう。いっそ夢なら、僕は――。悪い考えを捨て去るように、頭を振る。

「……あの果てへ行こう、僕と一緒に。ずっとずっと君を守り続けるからね」

 一瞬驚いたように瞳が丸くなって、すぐに、いつもの一番かわいい笑顔で「ええ」と、リラカラは笑う。異国の商人が伝え歩いたユビキリを交わす。嘘をついた僕をどれだけ惨く痛めつけようと、それがリラカラによるものなら僕は受け止めることもできる。僕らは岩陰に腰を下ろして、長い旅路で疲れた身と心を休めることにした。僕の腕の中で、リラカラは幸せそうに目を閉じる。
 醜い僕を愛してくれる、美しい人。誰にも真実の愛を教わらなかった可哀想な人。望まない寵愛を受けた、哀しい幼子。僕が守るこの小さな体に、どれだけの痛みと傷を抱えているのだろうか。それは癒えるものなのだろうか。星の輝きが、僕の足元に散らばるリラカラの愛を照らす。


 これは僕がリラカラと共に過ごした、一年間の物語。