コメディ・ライト小説(新)
- Re: 僕だけが、藍色に取り残されたみたいだ。 ( No.2 )
- 日時: 2018/09/03 07:29
- 名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: C6aJsCIT)
▼Episode 1 アテルの荒野
「やあ、此処は?」
木の車輪が何かに乗り上げるたびに、大きく馬車が揺れる。恰幅が良く、白髪混じりのひげをたっぷり蓄えた商人は、のんきにキセルをふかしていた。太い二足を動かすルーピンは、商人によって握られた手綱の通り、従順に動いている。
褐色の羽に包まれた、二足歩行の鳥獣。ルーピンは成長とともに、その羽の色を黒く変えていく。この馬車を引くルーピンは、どちらも荒野を走っているからか、力強さを感じる。2メドルはあるだろうその体躯。屈強な太い嘴も、その逞しさを支えている。屈強な見た目に反し瞳はつぶらであることから、家畜としても人気が高い。ルーピンの卵と、発酵肉は安価で美味い。
「ああ、旦那かい。ここぁアテルの荒野さ」
「アテルのこうや?」
僕の外套の隙間から顔をにょきりと出し、リラカラが首をかしげる。その様子を商人は見ていたわけではなかったが、「やぁ嬢ちゃん。まだ眠たそうな顔じゃねぇか」と嬉しそうに言った。
「嬢ちゃんはアテルの荒野を知らないのかい」
ルーピンの手綱を軽く引き、商人は馬車の進みを遅くする。前方には痩せた大地が広がり、野生動物たちが遠巻きに僕らの事を観察していた。リラカラは商人の言葉に頷くと、商人はタイミングよく相槌を打つ。つばの広い帽子を被り、背中には脂肪が段を成しているだけであるのに。
「いいかい、このアテルの荒野ってぇのはな別名永遠の果てっていうんだ」
永遠の果て。そんな異名がついたのは、遠い昔、創世紀の頃だといわれている。まだヒトの形をしたモノと、ヒトならざるモノが対立していた時代、アテルの荒野は草木の茂る、恵みに満ちた土地だった。アテルと名乗るヒトならざるヒトは、自分たちを神がお創りになった存在だとして、率いる者たちを神民と呼んでいた。
神民に反発を続けていたのは、サビラスが主導する創人。何よりも力を求める、野蛮な民であったといわれている。サビラスは誰よりも強く、アテルの荒野のほとんどの領地をもちながら、なお神民たちの住処を奪うべく戦っていた。創人にとって神民は悪魔であり、自分たちと形が違うものをひどく毛嫌いしていた。
何よりサビラス含む創人が許せなかったのは、神民が住む土地にしか芽生えない作物があったことだといわれている。一口かじれば頬は落ち、二口目には理性を失う。すべて食べきってしまったならば、身を亡ぼす。そう謳われる果実があった。それは神民たちが神への供物として育てていた、血のように赤い果実だった。
大地の恵みを創人だけで搾取しようとするサビラスと、神のために民を率いるアテルとは永遠に分かりあうことができなかった。選ばれたのは、力による衝突だった。数と力で圧倒するサビラス達創人だったが、争いに勝ったのはアテルが率いる神民。何日にも及ぶ戦いを制したアテルは武勲として、英雄となった。
その英雄は創人が悪さをしないようにと、戒めのためにサビラスの四肢を斬ったと伝わる。生き残った創人たちも、四肢の一部を斬られた。それから創人の子孫は、生まれてきたときには必ずどこかが欠けた状態で生まれてくる。アテルの呪いだった。
英雄として崇められたアテルは、もう二度と無益な戦いを生まないようにと荒野の果てに王国を建てた。永久に平穏が訪れるようにと願いを込めて建てられた王国アテイア。そこに向かうには果てまで続く荒野を抜けなくてはいけない。
「永遠の果てに見える王国に行くための荒野、だから永遠の果てなんて呼ばれてやがる」
苦い葉のにおいのするキセルをふかし、商人は面白くなさそうに言った。良く見れば、キセルを握る手の指が、一本足りない。
「けれどアテルは、王となったことで、サビラスと同じ道を辿ったんじゃ?」
「ああ、そうさ。ここぁサビラスとアテルの私利私欲で痩せこけた大地。アテルの呪いで荒野になっちまった。だから、アテルの荒野ってんだ」
ルーピンがキュイッと鳴いた。リラカラは興味津々に商人の話を聴いていた。僕もそんなリラカラを見て、この荒野の由来を初めて知った感動を分かち合っている気持になる。商人が手綱を振るった。徐々にルーピンがスピードを増していく。僕たちは馬車の中に戻り、朝食の支度を始めた。
リラカラは馬車の隅に置かれた、水の入った桶で顔と手を洗う。僕は布を継ぎ接ぎしたナップザックから、パンとラオリの干し肉を用意した。リラカラの弱い顎ではラオリの干し肉を噛み千切ることができないと知っているため、細かく千切る。一口大より少し小さくすることで、リラカラはやっとこの干し肉を食べられる。
「ねえ見てメダ! 私の目、こんなにキレイよ!」
「知ってるよ、リラカラ。君の瞳は、前に見た星空に負けないくらい綺麗なんだ」
桶を見つめるリラカラの隣に僕は座る。リラカラの横から桶を覗けば、薄汚れたマスクを付けた僕と、星空の様な瞳のリラカラが映っていた。女の子なのに前髪は切らないままでいるから、普段はリラカラも瞳のきれいさを忘れてしまうのだろうか。
「メダは、あの鳥さんみたいなお顔だわ」
「リラカラのためなら、馬車くらい牽いてあげるさ」
にっこりと笑ったリラカラは、着ていた服で手と顔を拭いた。また汚れてしまった頬を、僕の指で拭って、僕も手を洗った。リラカラと向かい合って座る。千切った干し肉を美味しそうに食べるリラカラを見ながら、僕は口当たりの悪いパンを頬張った。アテルの荒野が、まだ恵みを蓄えていたなら、リラカラにももっと栄養のある食事を与えることができるだろう。 硬い干し肉を何度も噛むリラカラを見て、強く感じた。
「旦那たち掴まってろ!」
直後、馬車が大きく右に揺れる。桶が転がるより早く、僕はリラカラを胸に抱いた。遠心力に抗えない僕の身体は、強く馬車の壁にぶつかる。床が水浸しになってしまったことを気にするよりも早く、僕は声を荒げる。
「商人! どうした!」
「旦那、こりゃあ……ダメだ」
リラカラを強く抱き締め、馬車から顔を出す。
「ラオリの群れか」
馬車を取り囲む、ラオリの群れ。個々の強さはあまりないラオリだが、その弱さを補うために数百を超える群れで過ごす。眉間から伸びる長い角を持つ一体。そのラオリが群れの長であることは、明白だ。
「メダ、メダ。すごいわ! 私、こんなに素敵な犬さんを見たことないわ!」
「ああ……そうだね、リラカラ。危ないから顔を出してはいけないよ」
犬ほど可愛くはないラオリを嬉しそうにリラカラは指さす。ラオリも腹が空いているのか、唸り声をあげ、僕らを威嚇していた。