コメディ・ライト小説(新)
- Re: 僕だけが、藍色に取り残されたみたいだ。 ( No.3 )
- 日時: 2018/09/03 07:26
- 名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: C6aJsCIT)
「リラカラ、馬車に戻って散らばってる干し肉を集めておいで。商人も中へ」
「ええ、メダ。おじさまと一緒に頑張るわね」
「だ、旦那、無理はしないでくれよ!」
緩めた腕からリラカラは抜け出し、商人の太い腕を持って馬車の中へと入っていく。僕は馬車から降り、怯えるルーピンを一撫でした。ルーピンにとってラオリは捕食者だ。飼い慣らされているとはいえ、本能的な恐怖は拭えないのだろう。
「大丈夫だよ、ルーピン」
地面に向け手を差し出した瞬間、咆哮と共にラオリが地を蹴る。長い角を空に突き立てるボスは、動いていない様子だ。左を軸足にし、馬車を背にしたまま半円を描くように、体を捻る。
真っ直ぐに突進してくるだけのラオリは、風で吹き飛ぶ。遅れて、砂埃が後を追う。前方から向かってきたラオリが吹き飛んでいったのを確認するより早く、馬車の後方を狙うラオリ達の存在を視認する。
口に鉱石を放り、噛み砕く。刹那馬車をまるごと取り囲むように、灰褐色の土壁が生じた。
「リラカラが怖がってはいけないからね。君達を怒らせたい訳じゃないんだよ」
突如進路を阻んだ壁に、ラオリ達は不満気で、唸ったまま体勢を低くする。後ろ脚を踏ん張り、前足の爪で地面を捉えるラオリ。僕は壁に囲んだ馬車から距離をとる。ラオリの、動くものに反応するという習性は、どうやら本当だったらしい。
僕が走り出してすぐ、統率を無視して追いかけてくる個体が多くいた。僕が狙っているものに、相手はどうやら気付いた様子だ。偉そうに反った角が、殺意に満ち溢れる。
ボスの道を開くラオリ達。僕とボスが一騎打ちする舞台は、ラオリ達が取り囲む。馬車からはそう遠くない位置だが、リラカラに危害が及ばない距離だ。僕が、リラカラを守ることができる。
怒らせる訳ではなかったけれど、ラオリは憤りを隠そうとしていない。獲物に抵抗されているんだ、当たり前か。舌の裏に隠していた宝石を噛み砕く。手の中に藍色の柄が収まる。
ルーピンほどの大きさの、藍色に塗られた鎌状器。刃と柄の境が分からず、立体でありながら平面を思わせる。
「リラカラが待っているんだ」
所詮ラオリだ。どれほど他の個体より強靭な肉体を持っていようと、四足の獣であることに変わりない。
咆哮あげ突進するラオリを避ける。大きくカーブしたラオリは遠心力を味方につけ、加速。長い角を軸にして、風を裂いた。僕を突き刺そうとする角を、逆手にした鎌の刃で流す。ギャリリと音が鳴った。
鋭く尖った鎌の先端を、ラオリの肩甲骨に刺す。ラオリの止まらぬ勢いに、刃は背筋に沿って滑った。そして、悲鳴にも近い咆哮。徐々に深さを増した刃は、ラオリの右足を胴体から切り離した。
立つこともままならないラオリの首を落とす。鮮血がはじける。僕と周りの荒野を彩った。周囲のラオリが怯える。ボスを失ったラオリほど、狩るのが楽な相手はいない。徐々に鮮やかさを失った血が流れ出るボスを放って、馬車の方へと僕は戻る。
手に持った鎌を振りかぶり、壁に先端をぶつける。鎌の柄越しに手応えを感じたのとほぼ同時に、壁が役割を終え、地面に転がる。そして、地表に液として吸収された。ルーピンは変わらず愛くるしい顔をして、しきりに周囲を見渡していた。
「さあリラカラ、集められたかい?」
「ええ、メダ。……そっちは、もう大丈夫?」
馬車の中から聞こえるリラカラの声は、震えている。
「リラカラ、もう大丈夫だよ。さ、干し肉を僕にくれるかい?」
馬車の中に空いた左手を入れ、リラカラを待つ。服越しに、ものが置かれたのが分かった。
「メダ、置いたわよ」
「ああリラカラ。ありがとう」
馬車から腕を引き抜き、未だ僕らを囲むラオリを見る。敵意を向けながらも、もう戦意は失っている様子だ。長を失ったラオリは哀れだ。ここが狩猟者の狩場であるなら、片端から狙われ、直に今いる群れは全て殺されているだろう。ラオリの習性が、彼ら自身を苦しめるのだ。
手袋越しに、ラオリの干し肉を強く握る。血抜きをし、乾燥させられた干し肉の臭いは、きっとラオリに届いているだろう。普通であれば逃げ出す野生動物であるが、ラオリは長に忠実だ。ヒトの手によって殺された事実が分からない限り、怯えながらもい続ける。
「……ごめんね」
長い角を落とし、両腕いっぱいの大きさがあるラオリの頭を抱きしめる。生温い温度が、外套を越えて伝わる。周りからは唸り声が聞こえた。怒りでも憎しみでもない、ただ可哀想な声色。頭を置き、切り離された胴体に鎌の先を当てる。
ゆっくりと、筋肉の走行に沿って鎌を動かし、隙間なく育った筋肉の隙間から、暗黒色の心臓を晒す。手を差し込めば、まだ深部が暖かいことが分かった。つい先程まで生きていたラオリ。その命を奪うことに、抵抗はなかった。拍動する心臓に、鎌の切っ先を突きつける。初めは勢いよく、けれどすぐに垂れ流れる血液に、外套を汚した。
リラカラを怖がらせてしまいそうで、マスクの下で口元が歪む。皮だけが残った心臓を地面に放り、肉の隙間に手を差し込む。腕を汚さないために捲らなかった灰色の外套が、血で汚れていく。赤褐色が薄暗さを足した。腕の半分程をラオリに差し込んだ所で、外套から出した指先を前後左右に動かす。
とてつもない密度の筋肉の中、指を動かすのだけで精一杯になり、汗が出る。コツリと硬い物に爪が触れたのを確認し、深く腕を差し入れ、それを掴む。筋繊維が引きちぎれる音と共に、暗黒色に輝く鉱石を取り出す。片腕分、外套は汚れてしまった。周囲のラオリの一部は、期待しているかのように耳をピンと立てている。
手の中で鈍く光る暗黒色とリラカラに渡された干肉をできるだけ遠くへ投擲する。ラオリは暗黒色を追って、ボスの亡骸だけを残して走り去って行った。
「可哀想だね、お前」
死んだラオリには届かない言葉。
鉱石だけがボスの証、鉱石が体内で育つほど、角も大きく伸びていく。死んだラオリの亡骸を、生きているラオリは喰らわない。角を使い、器用に取り出した鉱石を、我先にと喰らう。この死んだラオリも、鉱石を目指して行ったラオリも、その習性からは逃れられない。追悼なんてものは、この種には遺されなかった。
神人か創人であったなら、情緒的な哀しみをもって死を悼んだろうに。下等な種であればあるほど、力だけでの繋がりが強くなる。ラオリは特に。
「メダ!」
後ろからの緩い衝撃。
「リラ――」
「悲しい色をしてるわ、メダ。大丈夫よ、大丈夫。メダには私がついてるもの、安心していいのよ、メダ」
華奢な手が、腕が、めいっぱいに僕を抱きしめる。何度も、大丈夫と繰り返すリラカラに、情けなさが込み上げた。怖い思いをしたのは僕じゃない、リラカラだ。干肉を渡してくれた時、声が震えていたじゃないか。それでも僕を心配するリラカラを、僕は守らなくてはいけない。
「うん、うん、リラカラ。リラカラも、よく頑張ったね。怖がらせてごめんね」
小さな体を、僕の外套で包み込む。ボロ布越しに冷たさと、硬い感触が伝わる。胡座をかいて座り、足の間にリラカラの涙が集まる。
「おーい! 旦那達ぃ! 無事かー!」
馬車に乗ってやって来る商人に、手を振り応える。止まらないリラカラの涙に、僕がどれだけ大切にされているのか、改めて実感した。