コメディ・ライト小説(新)

Re: 僕の声は君だけに <感想大歓迎!☆ ( No.31 )
日時: 2018/06/30 17:21
名前: ゆず (ID: 1ZQMbD0m)

「__届いてくれたら」

頭の中でイメージするならばまるで妖精だ。美しく、優しく_。車も物音も鳴り止んでいる中かすかに響く歌声。
小さい声なのに、ひとつひとつの言葉がはっきりと分かる。

「__気づいているなら合図して」

今も途切れないその声はたしかに聞こえる。
おれは周りをキョロキョロと見渡し、一心不乱にその女の子を探していた。好奇心が心を騒がす。
__もっとそばで声が聞きたい。


庭の柵に勢いよく身を乗り出した。
いた。
おれの家周辺は少し土地が高く、玄関に比べて反対側にある庭の柵の向こうは道路を挟んで20mほど高い。そして、女の子は道路の向こう側の家のベランダにいた。
自分でも関心した。よくあんなところから声が聞こえたものだ。

歌い続ける女の子は洗濯物を取り込んでいるようだった。
遠くてあまりはっきりとはわからないが、髪は黒く肩よりも少し長め。服は、白いシャツに黒パーカーを軽くはおり、膝が見える半ズボン。
とても小柄のように見える。ゆうまでとはいかないが、おれよりは背が低いと思う。必ずそうであってほしい。

すごいすごいすごい。頭の中がパニック状態だ。
その声が知りたい。
そのメロディーが知りたい。
その女の子のことが知りたい。
心の中でたくさんの感情が文字となって浮かび上がる。
興味、驚き、感激、喜び、笑み、好奇心。

そんな文字が踊る中、その女の子は洗濯物を家の中に置いた。
ずっと見ていたい。彼女の後ろ姿に、少し悲しい気がした。
「まぁ、しょうがねぇか」
視線を家に戻そうとした瞬間だった。女の子はなんの前触れもなく、後ろに振り返りおれの方へと視線を向けた。
「えっ……」
目があった。黒い瞳ははっきりとおれを見ていた。
5秒間くらいだろうか。ずっと女の子は無表情のままだったが、おれは目を離すことが出来なかった。たった5秒なのに、とても長いように感じられたのは気のせいだろうか。周りの音も声も全て遮断されている、そんな感じがした。

時間が経つと女の子はぞうりを脱ぎ、さっそうと家の中に入っていった。
まるで何もなかったかのように。
「?...気にしなくてもいいか」
いや、よくない!全然よくない!!
よく考えたらおれがここにいることを知っていたんだよな?
それなら、おれがずっと見ていたこともバレたんじゃないのか?!あの子と話なんて一度もしたことないし、あっちから見たら、知らない人が自分のことをジロジロ見ている変人?!
振り返ったのも本当に自分を見ているのか確認するためじゃ……。
「うわぁぁぁぁぁああ、完全に変人だぁぁぁぁぁああ!」
やばい、死にたい。心の中で叫んだ。
頭を抱えて、その場にしゃがみ込んだ。

Re: 僕の声は君だけに <感想大歓迎!☆ ( No.32 )
日時: 2019/07/25 22:55
名前: ゆず (ID: oUAIGTv4)

「「ええええええええっ!せのっちに気になる女の子ができたぁぁぁぁぁぁああ!!」」

「ばっ、お前、今言うなって言ったところだろ!?」
なんか、おかしい。

今日は夏休み、最初の補習授業の日。
赤点を取った人は強制的参加だが、その他の人は自由参加になっている。
そして、おれたちのクラスは夏休み中に全員で集まろうと言う話になり、計画を立てるため、一度学校に集まることになった。
授業が終わり、ゆう、陽茉莉、上島に昨日見た女の子のことを話そうと呼んだ。

そう、3人だけだ。
なのに、クラス全員集まっている。なぜだ。

周りがざわざわ賑わう中、一人瀬ノは机の上にうずくまっている。
クラスの男子が突然、泣き真似をしながら深刻そうに話す。
「まだガキだった瀬ノも、ついに...好きな人ができたのかぁあ!」
「お父さん、嬉しいぞ!」
「ううぅぅ...!」
「お母さんも、嬉しいぞ!」

完全なるバカ男子の悪ふざけだった。
体を大きく揺らし、腕を目に押し当てている。最後はゆうまで男子のノリに乗り、変なことを言っている。
まぁ、言う通り彼女なんてなおさら、好きな人なんていたことない。

「で、名前はなんて言うの?」

男子がふざけいる中、一人の女の子が声を上げる。
瞬間、教室は静まり返り、視線も耳もおれの方へと近づく。目は、早く知りたい!と言うかのように、光輝いていた。

「えっと...知らないんだよ、ね」

思わず弱々しい声が出る。
しかし、ここで嘘をつくと後が怖い...。このクラスは優しい人が多いが、興味があるとかなりしつこい。

だけど、おれの答えはかなりまずかったらしい。

「「はぁ?」」

Re: 僕の声は君だけに <感想大歓迎!☆ ( No.33 )
日時: 2018/05/27 19:28
名前: ゆず (ID: 1ZQMbD0m)

さて、今何時だろうか。
朝の6時。
夏休みの朝6時。

「あぁぁぁぁあ!!なんでこんな早くから起きなきゃいけないんだよ...」
そうだ、おかしい。
夏休みという、自由な時間を寝て過ごす。なんて、楽しい時間なんだ!

Re: 僕の声は君だけに <感想大歓迎!☆ ( No.34 )
日時: 2018/08/17 19:04
名前: ゆず (ID: 1ZQMbD0m)

まだ明るいとは言えない時間帯。

瀬ノはあの少女_歌っていた子の家の前にいる。そして、頭を抱えてしゃがんでいた。
きっと、誰もが見たらわかるだろう。
きっと、誰もが心配するだろう。

必ず何かヤバイことがあったのだろうと、感じさせるほどの真っ黒なオーラに。

(なんでおれは……)
何も目的がないわけではない。全ての原因は昨日のこと。
夏休み補習で学校に来ている時だ。





「は?瀬ノ、名前……知らないの?」
「うん」
「歳は?」
「さ、さぁ?」
「話したことは?」
「な…ない…」
あれ?おれそんなヤバイこと言ったかな。
クラスメイトの目が、獲物を今すぐにでも狩ろうとしている野獣だった。もちろん、獲物はおれだ。
囲まれていて、もう逃げ出せる状況じゃない。
(ダメだ……おればもう……死んでしまうのか。楽しい人生だったな)
完全に諦めた。事実上死ぬことはないが、精神的に死にそう。

「なぁ、瀬ノ……」
「ははははははは、はいぃ!!」
刃が剥かれたような低い声に思わず、変な声が出る。
お母さん、お父さん。今までありがとう。こんなおれでも役に立てたかな。
心で構える。
ここが教室で、相手はクラスメイトと言うことも、すっかり忘れて。

「一目惚れかぁぁぁぁぁぁああ!!」

「……へ?」
想像もつかなかった言葉に間抜けな声が漏れる。

目を星にして輝かせるクラスメイトたちが、どんどん距離を詰めてくる。
その恐怖に後ずさりをするものの、逃げ出せるわけがなく。
「ちょっ、お前ら……」

「さぁ、行こうじゃないか!その女の子の元へ!!」

おれはついに狩られた。

Re: 僕の声は君だけに <感想大歓迎!☆ ( No.35 )
日時: 2018/08/17 19:05
名前: ゆず (ID: 1ZQMbD0m)


そして、現在にたどり着くのだが……。
(えっと、まず会ったらなんて言えばいい?!)
おはようございます?いい天気ですね?いやー偶然だなー?
ただの挨拶なのに、難しい顔をして考える。なんて、思うかもしれないが彼女はどこか周りの女の子とは違う。
なんというか、嫌な印象を付けたくない。
嫌われるというのが怖い。
できれば、好印象を付けた上で笑顔で優しく、そして友達として仲良くなりたい。

胸の奥そこでざわざわとうごめく、今までにはなかった感覚がある。

とりあえず、落ち着こう。
深く息を吸い、また吐く。
胸の高鳴りで聞こえなかった自然の音が耳に透き通る。

Re: 僕の声は君だけに <感想大歓迎!☆ ( No.36 )
日時: 2018/06/30 17:23
名前: ゆず (ID: 1ZQMbD0m)

(よしっ!)
強くこぶしを握り締める。

もう、迷わない。
なんでもかんでんでも、一発本番!

鈍い音をたてて、すぐ目の前の窓が開く。
それは、女の子だった。
ベランダでは遠くて、あいまいだった姿がはっきりと目に映る。
服装はあの時と変わりなかった。

___透き通ったような、大きな黒い瞳。

少し癖がある黒髪は、束ねずに肩に垂らしている。
ところどころに見える雪のように白い肌が、女の子なのだと言っている。
小柄な彼女は、お城に住んでいる美しいお姫様というよりも、小さく可愛らしい妖精のように、どこか不思議な雰囲気があった。
おれよりも背が低いので本当によかった。本当に、よかった。

目を瞑り、歌を口ずさんでいた彼女はやっとおれの存在に気がついたようで、大きく目を見開いた。
「……あ、……あの?」
彼女はおどおどしながら、弱弱しい声を出す。
そうだ。早く何か言わないといけない!
「え、えっと、おれは、瀬ノ京也です!」

瞬間、沈黙が流れる。

(しまったああああああああああああ!)
完全に失敗した。第一印象は最悪。
誰がいきなり名前名乗るんだよ!あいさつがコミュニケーションの一番だろうが、自分!
後悔してももう遅い。
恥ずかしさと不安と絶望感で思わず顔を隠す。これは昔からの癖だ。これが原因で何度「弱虫だ」などとからかわれたことだろう。自分の顔を見てほしくない。恥ずかしさで間抜けな顔になっているから。
一人ばたばたともがく。
あぁ。もうだめだ。終わったな。
きっと彼女は馬鹿だなんて思って、幻滅しているだろう。男のくせにとかきもいなんて、かわいそうな目でおれを見ているだろう。
顔を上げられない。手をどかすことができない。
不安でしょうがない。あー神様がいるなら助けて。

__その、瞬間だった。

「ふっ……」

小さく笑う声がした。こらえていた声がおもわず口から漏れたような笑い声。
ゆっくり顔を上げると、笑っていたのは彼女だった。

今までとは違う、初めて見る彼女の満面な笑顔は、優しく。
そして、かわいいと思った。

胸の奥底が温かくなり、ざわざわと感情がにぎやかになった気がする。
これは、なんだろうか。普段は感じない不思議な感覚だったが、うれしいという気持ちもあった。
「あの、君の名前は……」
自然と口から出てきた言葉だった。

彼女は笑顔のまま、答えてくれた。
「こんにちは……私の名前は、いより、です」
話すのに慣れていないようだったが、とてもうれしかった。
「また、ここに来ますね」
「はい。待って、います」
手を振りながら、家へと引き返した。

「……ひさしぶり、だね」
__走り出した瞬間、彼女が小さく呟いた言葉も知らずに。




「きょうちゃん……」

Re: 僕の声は君だけに。<感想大歓迎☆ ( No.37 )
日時: 2018/06/15 18:00
名前: ゆず (ID: GSWgO850)

ピンポーン

朝早くから家のインターホンが鳴り響く。
「はいはーい」
母が元気の良い高い声を出して、勢いよくドアを開ける。そして、一気に真夏の光が入ってくる。
ドアの前には、おれの友達がいる。
上島、ゆう、陽茉莉の三人組。
ここまではいつもの日常だった。

Re: 僕の声は君だけに。<感想大歓迎☆ ( No.38 )
日時: 2019/07/24 18:57
名前: ゆず (ID: oUAIGTv4)

朝からうるさいな。いや、これがここでは当たり前か。
あくびをしながら階段を降りる。眠いなんて思いながら。
「なんだよ、こんな朝早くか……!」

「よっ!せの。来てやったぜ」
「瀬のっちおはよー!」

いつもと変わらない上島とゆうの挨拶。だが、目に入ったのはそこじゃない。
「……その後ろのやつらはなんだ……」
三人の後ろには、おれのクラスメイトらが群がっていた。
「なんだよ瀬のっち。いいじゃねぇか」
「そうだよーあの子にも会いたいし?」
「ほら、あ・の・子。きらっ!」
こいつ。
一人があの子と強調する。どうせ、いよりの事だとは分かっている。このクラスは恋話が好きな奴がおおく、少しでも情報を嗅ぎつけるとかなり厄介だ。
この前の補習で、いよりの事は話した。
あの後もいよりが洗濯で外に出た時だが、話をしたりしていること。
顔つきからなんとなく気づいてはいたけど、日本人と外国人とのハーフであること。
随分前に夏休みに入り、今は、外国から日本にいるお母さんの友達の家に遊びに来ていること。

Re: 僕の声は君だけに。<感想大歓迎☆ ( No.39 )
日時: 2018/06/30 17:25
名前: ゆず (ID: 1ZQMbD0m)

「しかも、同い年でぇ、可愛くてぇ、ちゃっかり瀬のと仲良くなっちゃって」
「青春かよっ!!!」
うるさい。
早く帰ってくれないかな。
「でさ、その子とはどこで会うの?」
「え?もうすぐ、出てると……ぁ……」
慌てて口を押さえる。これは言ってはいけなかった。
しかし、間に合わなかった。大事な部分は言ってしまい、それを聞いたこいつらの目はやはり輝いていた。
「「ようし、会いに行こう!」」
「ダメだ!!」
おれは必死に叫んでいた。
どこかモヤモヤとした気持ちがあった。いよりと仲良くなる友達が増えることはいいと思う。でも、おれが嫌だ。クラスメイトの中には男子だっている。誰がのことを好きになって、おれとは会わないなんて嫌だ。
あれ?別に問題ないんじゃないか?いよりが誰のことを好きになっても…いや、そう考えると、どこか胸が痛いような、悲しいような……。あぁ!結局どうしたいんだ、おれ!!



瀬のが嫌だ、と叫んだと思ったら、何やら一人でもがき出した。
ばかだな、瀬のっち。
陽茉莉やゆうとは違い、高校からの友だが、何をしているかはすぐにわかった。
それはさ、恋って言うんだよ。

Re: 僕の声は君だけに。<編集しました! ( No.40 )
日時: 2018/08/17 19:08
名前: ゆず (ID: 1ZQMbD0m)



それは、高校に入ってすぐのこと。つまり、一年半ほど前のことだった。
ある時、瀬ノの噂を耳にした。
「この学校に音楽の天才がいる」と。

この町に住む誰もが知っていた。
小学生の時から町の音楽祭,カラオケ大会では優勝し、全国大会にまで大きく名を轟かせたという少年。
瀬ノ京也。

すぐに友達に聞いて周り、クラスを突き止めた。
少しばかりきになった。小さい時から天才とちやほやされて来たのであろう、自分とは正反対の姿を。
おれは周りに合わせるために必死だった。どうしても教室で浮かれたくなかった。
だから、自分を強く見せようとした。
ピアスをしたり、髪を染めたりと色々なことをした。
でも、それは逆効果だった。
友達が少しずつ離れていくのが分かった。おれを見る目が怖いと言っていた。

そうしておれは、教室で一人になっていた。

教室を除く。後ろから二番目の席に瀬ノというやつは座っていた。
その時、そいつは一人だった。
ノは思ってたよりも低く、勉強もてんさいというほどでもないようだ。
でも、明らかに周りの奴らとは雰囲気が違う。
どこか暖かく、優しそうなのに小さな悲しみが見える。
ずっと見ていて分かった。
瀬ノは感情が顔に現れやすいタイプだった。

たちまち瀬ノの周りに人が集まり、瀬ノをちゃかす。すると、顔を真っ赤にさせて照れながら怒り出す。
その姿が、なんというか……
「「かわいい……」」
ん?今言葉がはもった。

隣を見ると、がっちりと腕を組み、壁にもたれかかっている女がいた。
見るからに気が強そうだが、表情は優しく笑っていた。
この女がのちに仲良くなる陽茉莉とはまだ知らない。
「瀬ノを見に来たのかい?」
目線は向けずとも、声はこちらを向けていた。
「あいつは人を惹きつけるものがあるんだなぁ。見ていて面白い!みたいな」
それが瀬ノの力か。
その瞬間、考えてもいなかった言葉が返って来た。
「瀬ノはさ、音楽をやめたって言うんだ」

Re: 僕の声は君だけに。<感想大歓迎☆ ( No.41 )
日時: 2018/06/30 17:26
名前: ゆず (ID: 1ZQMbD0m)

(音楽の天才と呼ばれた奴が……音楽をやめる、か)

考え直せば、最近、大会に出たという噂は耳にしていない。
それどころか、歌っているところも誰も見ていないという。
俺たちの学校には音楽の授業が少ない。年に一度、合唱コンクールというものがあるが、瀬ノは歌わず、指揮者として参加していた。
歌うことを避けているのか、ただ単に興味があったのか。
はっきりとはわからない。だが、瀬ノの同級生に問い詰めたところ、中学生の時から誰も聞いたことがないらしい。

なんでた?
天才と言われるほどの才能があるというのに、それを誰にも見せず、やめたと仲の良い友達には言い張っている。
理由がわからない。おれとは違い、みんなに慕われ、才能があり、人生を謳歌しているんじゃないか?
知りたい。やめた理由を。天才とまで言われ、やめた理由を。
何の取り柄もない俺には何もやめるなんてことがないのに、取り柄を持った瀬ノがやめる理由を。




「あ~めんどくせ。なんで俺が学習委員にならなきゃいけないんだよ」
高校一年の春。中学からの仲の良いゆうや陽麻莉やその他もろもろと同じクラスに編成された。そこで運がつきたのか、ジャンケンで一人負けし、学習委員となった。
1日目から忙しく、クラスの掲示物などを作らされた。時間はかからなかったものの、帰るときには誰も靴箱にはいなかった。
(まぁ、たまにはいいか)
物音一つしない靴箱で一人、靴を履いていた。
いきなり、ドアの開く音がする。荒々しく、まさにめんどくさいという言葉が音となって表したかのようだった。
「失礼しました〜」
あ。あいつだ。確か……上島だっけ。
へんな奴だな。入学式の次の日から遅刻とか、どんだけ余裕をかましてるんだ?
職員室から出てきたところを見ると、先生にでも怒られてきたんだろうな。手を頭の後ろに回して、だるそうに歩いているところを見ると、絶対反省してないな。関わりたくない。早く帰ろう。

そう思ったのもつかの間。完全に油断してしまった。何の関わりもないのに、まさか背後から声を掛けられるとは思いもしなかった。

Re: 僕の声は君だけに。<閲覧500突破!!ありがとう!! ( No.42 )
日時: 2019/07/25 23:02
名前: ゆず (ID: oUAIGTv4)

一緒に帰ろうと誘われ、それを断れる訳もなく、上島と肩を並べてとぼとぼ歩いていた。こいつはずっとニヤニヤと笑いかけ、何かしら話しかけてくる。一応俺の知るゲームの話をしてくるので、理解はできる。
しかし、こいつかどんな奴かも、下手に返事を返したら何をされるかわからないという恐怖から、「うん」、「そうだねー」という寂しい返事しかしなかった。
このままだとこいつは呆れて帰ってくれるだろう。
そんな願いは叶わず、永遠と話を続ける。
正直言って邪魔。めんどくさい。
(はぁ……)
わかった事は、ゲーム愛がハンパないこと、勉強は全くしていない事だった。

そのまま二人で学校の正門を抜けようとしている時だった。
右手の方の影ぬ三人の男たちが固まっているのが見え。一人は地面にに尻をつけ、囲むように二人が見下げている。
「や、やめてください!」
「だから〜」
「金くれたらすぐにやめるって言ってんじゃん」
男は高らかに笑いながら、話に耳を傾ける事なく、思いっきり蹴っ飛ばす。
「何だ?いじめか?」
その言葉に上島はすぐさま反応し、俺の目線の先に目を向けた。今までのニヤついたアホ面とは違い、寒気がするほど睨んでいた。

ここからなら、先生達からも声は聞こえないな。ほとんど下校してるから見つかることもないだろう。
助けた方がいいか……。
良くある話だ。いじめられていた人をかばって、いじめのターゲットが俺になる。何でそうなるのかは意味がわからん。
「まぁ、もしもの時は先生にでも言えば」
男たちの元に行こうと足を動かす。
だが、俺が一歩踏み出すよりも先に、すぐ横を通り過ぎた。
一瞬夢かと思うほど驚いた。上島が俺よりも早く駆けつけようと走っている。どちらかと言えば、いじめる側にいそうだったが全くもって逆だった。男たちの目の前に立つと勝てないとでも思ったのか、すぐに走り去っていく。呆然としていたいじめられていた男子も我に返ったようで、一心不乱に頭を下げている。
俺はというと、そのままで一人固まっていた。
でも、安心した。
あのまま突っ込んでも、運動神経や体力に自信があるとは言え、喧嘩なんて一度もしたことない俺はきっと返り討ちにあっているに違いない。そんな姿、想像しただけで泣けてくる。あいつが行くのはこの状況で一番適した行動だろう。

話が終わったのか、男子を に背を向け、手を振りながらゆっくりとこちらに歩いてくる。その表情は妙にニヤついている。
少しゆうに似ているせいか、反射的に殴りたくなる衝動を抑える。
「本当にありがとうございました!」
よっぽど嬉しかったのか、遠く離れた場所からも大きな声で叫んでくる。上島は声を聴くと、足を止めて後ろに振り返った。
見えたのは後ろ姿だが、とてもご機嫌な様子だ。
だからこそだ。まさかこんなことを言うとは思わなかった。
「人として当たり前のことをしたってもんよ!」
と、上島は堂々と叫んだのだ。
_______は?

口から漏れた驚きは、もはや空気同然だった。
考えてみろ。入学してきて一日目で、見た目と行動から学校中に名が知れわたるほどの「ザ・ヤンキー」と呼ばれる奴が、
ヒトトシテ、アタリマエノコトヲ、シタッテモンヨ
と、恥なく堂々と叫んだ。
すごいだろ、と言わんばかりのドヤ顔で俺を見つめるこいつが。
「……」
「ん?どうした?」
「……」
「おーい、瀬ノ?」
「……ぷっ」
や、やばい我慢できない。
「な、なんだよ!あっははははは!人として当たり前のことしたとか、今時言う奴なんかいねぇよ!っははは!お、お前面白すぎるだろ!」
周りの子をことを気にすることなく、お腹を抱えて笑った。
広い中庭で俺の笑い声だけが、遠くに響いているのがわかる。
俺が大笑いしているのを見て、恥ずかしくなってきたのか耳まで真っ赤になっている。
おどおどとした表情はやめてくれと言わんばかりだった。
だが、完全につぼってしまった俺は簡単に笑いを止めることが出来なかった。
「や、やばい。お腹が……」
笑いすぎて本当に死ぬかと思った。逆にこんなに笑っている自分の方が恥ずかしくなってくる。でも、止められない。
「そうだな」
上島はふっと笑った。
今まで恥ずかしそうに耳を真っ赤にしてたくせに、俺と同じように大声で笑いだした。
「俺変だな。あははははっ」
突然のことに驚き、いつのまにか笑いは止まっていた。
「おい、お前……本当にバカにな、痛てっ!」
「バカ言うな!」
こいつ頭殴りやがって。くそ…痛い。
そっと殴られた所に触れて見たが、大丈夫そうだ。
「さぁ、帰ろうぜ」
上島に一歩遅れて歩き出す。隣について、顔を覗くと、やはりニヤついていた。
「お前バカだな」
「もう一回殴られたいのか」
「すまんすまん。許せ」と笑いながら答える。本気のようにも聞こえたが、行動にはしない。
まるで、青春映画の一部のような気がした。それが、昔は嫌いだった。周りが考えることをするなんてつまらない。みんなと違うことをするから楽しい。そう思っていた。でも、あまりつまらないものしゃなかった。見た目ヤンキーは実はバカだとか。
周りが考えていることも案外楽しいかもしれない。
「お前、なんで音……いや、なんでもない」
「ん?」
「なぁ、友達にならねぇか」
「なんで」
「いやぁ、笑ってる顔が案外好きだから?」
「疑問形かよ。まぁ……上島だよな。よろしく」
「あぁ、これからはお前を瀬のっちと呼ぶことにする」
「は?嫌だよ、気持ち悪い」
「バカって言ったからだ」
「くそ」
「黙れ」
そんなことを言いながらも、こいつは笑っていた。