コメディ・ライト小説(新)

Re: 暁のカトレア ( No.153 )
日時: 2018/09/17 17:38
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 10J78vWC)

epilogue

 ——五年後。

「お帰りなさい、ゼーレ。今日、手紙が来ていたわ」
「……帝国軍からの、ですか?」
「そうよ」
 レヴィアス帝国に平穏が戻った、あれから五年。
 私は今、ゼーレと共に、ダリアの一角に住んでいる。
 ゼーレはアニタの宿屋に勤めているため、朝から夕方までは家にいない。だが、夜になればちゃんと帰ってきてくれる。それに、「自分の留守中に何かあったら」と、ゼーレは一メートル級の蜘蛛型化け物を二匹置いていってくれる。だから寂しくはない。
「フランさんね、ネイルサロンに勤め始めたらしいわ」
「ほう……そうですか」
「いつか行きたいわね」
「……私はネイルなどしませんよ」
 ゼーレは仕事中は仮面を外しているようだ。恐らく、客に怪しまれるから、という理由なのだろう。
 だが、帰宅するとすぐに仮面をつける。
 かつて植え付けられた、顔全体を見られるのは嫌、という部分が、まだ残っているのだろう。
「トリスタンとグレイブさんは帝国軍に残って働いているって」
「ほう……そうですか」
 ちなみに、現在ゼーレが愛用している目もとを隠すタイプの仮面は、近所のアクセサリー屋で購入している。アクセサリー屋の主人が善い人で、特別に作ってくれることになったのだ。
「シンさんは、グレイブさんの家来になったらしいわ。ま、元々そんな感じだったけどね」
「……相変わらずですねぇ」
「みんな元気そうで何よりだわ」
「やはりお人好しですねぇ……カトレア、貴女は」
「そう?」
 一ヶ月に一度くらいは、こうして現状報告の手紙が送られてくる。だから、今は帝国軍から離れて暮らしている私たちだが、みんなの様子が分かるのだ。
 みんなが元気にしていると知ることができるので、とてもありがたい。
「えぇ。辞めてなお、皆のことを考えている……それをお人好しと言わずして、何と言うのです」
「確かに、お人好しかもしれないわね」
「……でしょう?」
「ふふっ。そうかも」
 ゼーレと同じ家で暮らすことに、最初は不思議な感じがした。けれど、今ではすっかり慣れてしまって、もう違和感は感じない。この生活が当たり前になっている。
「カトレア。今夜は何を食べますか」
「また作ってくれるの?昨日も作ってくれたのに」
「えぇ。……べつに、貴女のために作っているわけではありません」
「ゼーレったら、素直じゃないのね」
 彼が夕食を作ってくれると、なぜか大体カレーになる。
 だが、不思議なくらい、いつも違う味だ。酸味があったり、濃厚だったり、彼は、本当にいろんな味のカレーを作る。ただ、そのすべてが美味しいことは、ありがたいことだ。
「……で、何を食べたいのです?」
「ゼーレが作るのは、ほぼカレーしかないじゃない」
「……失礼な!他のものも作れます!カレーパスタ、カレーパン、カレーソテー!」
 結局、全部カレーではないか。
 そんな風に突っ込みたくなるのをこらえつつ、答える。
「じゃあカレーパスタがいいわ」
「承知しました」
 私の意見にそう返した後、彼はゆっくりと寄ってきた。
 そして、私の耳元で囁く。
「……今夜はとびきり甘くしておきます」

 長い夜は終わった。悲劇の幕は下りた。それゆえ、もう誰も傷つかないし、悲しみが広がり続けることもないだろう。
 だからきっと、穏やかに暮らしてゆける。
 私は、そう信じて疑わない。