コメディ・ライト小説(新)
- Re: 不良君は私を餌付けしたい ( No.1 )
- 日時: 2020/05/22 00:47
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
◇ぷろろーぐ◇
ケチャップで丁度良く味付けされたチキンライスにのっかるふわふわトロトロの出来立て卵。
ゆでられた綺麗な緑色のブロッコリーの上にはスライスされた玉ねぎと、ドレッシング。
うっすら湯気が立ち上るスープ。トマトにキャベツ、ベーコン。ジャガイモはとろとろに溶けかかっている。
それらを見ているとキュゥとお腹が締め付けられるような感覚になり、無意識にゴキュっとつばを飲み込む。
美味しそう。いや、絶対に美味しい。とってもいい匂いがする……!
恐る恐る伸びる手を操り自身の口の中にオムライスを入れる。
すると、口いっぱいにふわふわトロトロな優しい幸せの味が広がる。
「~~~~~っ!」
おいっしぃ……!
口に食べ物がなければ、そんな事が口から漏れ出していた事だろう。
自然と目じりが下へと下がるような感覚。無意識に笑みが浮かぶ口元。
暫く感じることがなかった幸せな瞬間。
いくら食べても「もっともっと」と訴える口を、どうにか待ったをかけることができ、覚悟を決めて、視線をそろ~っと上に上げる。
への字にまがった口。
常にこちらをにらんでいるように鋭い目つき。
眉間にしわの寄った眉。
制服は第二ボタンまで開けられ、中には真っ赤なシャツが見える校則違反の服装
明らかに自然にできた色ではない派手な色の髪。前髪は長く、目にかかってて、そんな髪の隙間から見える耳には大量にあるピアス。
「おい、もうくわねぇのかよ」
私、飯口樹は何処にでもいる女子高校生。
そんな私は、
鬼山龍勝
学校1……否、この町一番の不良に、なぜか餌付けされています。
…………いや、本当に何で!?!?
- Re: 不良君は私を餌付けしたい ( No.2 )
- 日時: 2018/07/18 07:04
- 名前: 閃光の舞姫エネ (ID: KqRHiSU0)
すごく美味しそうな描写です!
続き楽しみにしてて良いですか?
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.3 )
- 日時: 2018/07/18 16:53
- 名前: Thim (ID: Je/H7tvl)
>>2
うひゃあ~~!コメントありがとうございます!
美味しそうな描写だなんて……光栄です!これからも同じようにかけるかなんて分かりませんけど、頑張りますっ
こ、こんな小説を楽しみにしていただけると……!?嬉しいです~!(♡ >ω< ♡)
作者は物書き初心者ですので、拙い部分や読みづらい部分も多々あると思いますが、なるべく完結させたいと思っています!ので、これからもどうぞよろしくお願いします!
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.4 )
- 日時: 2020/05/22 01:00
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
―――そもそも、どうしてこのようなことになったのかを振り返る。
私は教室で一人、机に向かって勉強をしていた。普段は賑やかな教室も、今日ばかりは静寂に包まれていた。
何故なら今日は私たち二年生の恒例行事“三泊四日の林間合宿”の日。私以外のクラスのみんなはそれに参加していた。では何故私は一緒に行かなかったのか。それは家が貧乏だったからだ。参加するには費用を払う必要があり、家族の事を思うとその出費をためらわれた。
本当は、ほんの少しだけ行って見たい気持ちはあった。知り合いの先輩に毎年面白いと聞かされていたから、興味はあった。だけど結局、私は不参加を希望した。
しかし、林間合宿に行かないからと言って何もしなくていいわけじゃない。みんなが向こうへ行っている間、行かない生徒はみな学校へ登校し補修を受けることになった。
そういう経緯で私は学校に来たわけなんだけど……。
「(ものの見事に、誰も居ない……)」
朝から学校に来て、黒板に書かれた席順の通りに座った私だが、周囲を見渡しても誰も居ないのを見て驚いた。事前に先生から聞いた話だと他所のクラスには数人不参加の生徒がいるから、この教室にまとめて一緒に勉強をする……らしいんだけど。
それなのに私以外の生徒は誰一人としていない。それどころか先生もいない! 先生は、朝教室に私しかいないのを見て、何かあったら来るようにとだけ言ってさっさと職員室に戻ってしまったのだ。まああの先生はこの後も授業があるし、準備で忙しいんだろうけど……普通生徒一人置いてく?
モヤモヤした思いを抱えつつ、しかし勉強はしなくちゃと訳の分からないプリントに頭を悩ませる。
「……皆今頃何してるんだろ」
他の学年の授業の音や、鳥の鳴き声しか聞こえなかったその空間に、私の独り言が静かに広がって消えた。
仲良くなってるのかなぁ。一緒にご飯作ったり、自然を満喫したりしてるのかなぁ。お風呂に一緒に入って、寝るときはついついおしゃべりしちゃって先生に怒られたりしているのかなぁ。
教科書片手に数十分以上かけて問題を解こうとしてる私を置いて、帰ってくる頃にはみんな仲良くなってるのかなぁ。自分で選んだことだけど……なんだか悲しいなぁ。
そうやってうじうじしながら机にかじりついていると、突如けたたましい音を響かせ、教室のドアが開かれた。
「……あ?」
「……へ?」
この時、突然のことに驚いてぽけんとした顔で固まる私と、そんな私を見て本来鋭いはずの目を少し見開いた彼の視線が重なった。
―――この時教室に入ってきた人物こそ、私に食事を与えている張本人、鬼山 龍勝だった。
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.5 )
- 日時: 2020/05/22 01:21
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
「(ひょぇぇー!)」
咄嗟に口を固く閉じて、その間抜けな悲鳴を上げることはなかったけど、体は石のように硬く動かなくなってしまった。足から根っこでも生えているようにぴったりと床にくっついて離れない。つまり逃げられない!
固定されてしまった視線は、真っ直ぐに一人の男の子へと向けられている。そう、この学校屈指の不良と言われている、彼に!
先日もクラスで噂になっていた。確か隣町の不良百人以上を一人で相手にして勝ったことがあるとか。
彼についてはそんな噂ばっかりだ。別のクラスだからって事もあるけど、学校に……というかクラスにいる事をは見たことがない。移動教室の時は毎回彼のいるクラスを通っている筈なのに、あの奇抜な髪があった火は一度もなかった。そもそも、ちゃんと学校に来ているのかどうか。
鬼山くんは気だるそうに頭をかき周囲を見渡しているようだった。頭は寝ぐせのようにあちらこちらにはねて―――いや、これは寝ぐせ? 寝ぐせなの? もしかして、今さっき起きたばっかりとか?
長い前髪から除く目は、地獄のように鋭い。確か前に彼に喧嘩を売りに来た他校の男子をその視線だけで半殺しにしたという噂を聞いた事がある。
その時、きょろきょろとせわしなく動いていた彼の視線が、彼にくぎ付けとなっていた私の視線と重なった。
「たすッ」
「(たす?)」
助けて! そう叫びかけた口を必死に止める。し、死んでない。半殺しにもされていない。ただ少し、尋常じゃなく怖いだけ。
その目と合っているだけで、体が強張る。極寒の中に放り込まれたかの様に。
恐怖により自分の体のコントロールが効かない私は涙目になりながら必死に祈る。目をそらして。どうかわたしを殺さないで。
そうやって恐怖に震える私には、私が止められず口から出て行った二言に首を傾げる鬼山くんの姿は見えていなかった。
「おい、お前。一人か。センコーは」
「せんこー……あ、あ、あの、先生は、あの、職員室に……私は朝からひとりで……」
「あ"ぁ?」
「ぴえっ!」
ごわいいいい!
鬼山君はまさに鬼のような形相で私を見る。なに、なんでそんな目で見られなきゃいけないの。私はただ真実を伝えただけなのに! どこが気に障ったの!
うぅ、職員室に帰っちゃった先生のおばかー! 大体なんで鬼山くんも補修に来ているのさ! 不良何だったら今日もサボればよかったのに! 他の子がサボっているみたいに!
ついには恐怖のあまり先生や、学校に来た鬼山くんにまで(心の中で)キレ始めた私。そこに、ゆるぅーい声が響いた。
「おぉ? 鬼山ー、お前来たのかー。遅刻だぞー」
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.6 )
- 日時: 2020/05/22 01:33
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
背の高い鬼山くんの肩辺りから顔を出す人には、少しだけ見おぼえがあった。
「……っち、お前かよ」
「んだよー、その態度。あと濱田せ・ん・せ・い、な」
濱田先生。私たち三限目の面倒を見る予定になっている、非常勤の先生。常に笑顔で、間延びをした喋り方が特徴の、平均年齢が結構高いうちの教師の中で1もしくは2番目に若い先生だ。
濱田先生はへらーと笑って、鬼山君のおでこを教科書でこつんと叩いた。せ、先生、よくそんなことができますね。怖くないのかな。見てるだけで私はバクバクだけど。主に鬼山君が怒ったりしないかとか。
でも私の心配をよそに、鬼山君は教科書を手荒くふり払い、より一層眉間にしわが寄ったもののあまり怒鳴ったりはしなかった。それに、そこまで怒っているって訳ではなさそう……? とりあえずほっと安堵の息を吐く。し、心臓に悪いなぁ。
あれ、そういえばなんで先生がいるんだろう。
「なんでお前がいるだよ」
「俺が三時間目の面倒を見るからだなぁ」
時計を見るともう三時間目の五分前になっていた。
「で、今日きてんのは今のところ鬼山と飯口さんだけかぁ」
「……」
「は、はいっ」
周囲は依然として人がいない。同学年がいないこの階に私たちの声だけが響く。と言っても鬼山君はしゃべってないから私と先生だけだけど。鬼山くんはむすっとしてそっぽを向いている。先生はそれを見てもにこにこと笑っている。
先生が私たちに、とりあえず授業を始めるから座れと言う。私は勿論のこと、鬼山君も特に文句を言う事はなく素直に席に着いた。
頬杖をつきながらもちゃんと筆箱とノートを取り出すその姿勢が、少し意外に感じた。ちゃんと勉強するんだ……って。
それに、鬼山君っていっつも先生たちに反抗してるって聞いてたし、濱田先生にももっと怒ったりするのかと思っていたけど、全然そんな事もない。
彼を見つめていると、ふとこちらを見た彼と目が合ってしまって慌てて視線を逸らす。
そらした先には黒板に文字を書いている最中の濱田先生の姿があった。それを見て慌ててノートと筆箱を鞄から取り出し、机に並べる。
鞄に着けていたぶちゃかわの猫のストラップが少し揺れる。私はすぐに授業に集中して、その後鬼山くんの方を見ることはなかった。
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.7 )
- 日時: 2020/05/22 01:54
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
授業の終了を告げるチャイムが鳴り、先生はチョークを動かすのをやめ、コトリと音を立てながら黒板の隅にチョークを置いて、手をパンパンとはたく。
「はーい。じゃあ、三時間目はここまでー。次の時間の先生は確かー……」
ふぅ。やっと終わったぁ。
軽く肩を回すとコキコキと音が鳴る。少しだけ身体がかるくなった軽くなったような気がしながら、先ほどの授業の事を思い出す。
クラスが違うから濱田先生の授業は受けた事なかったけど、うん。可もなく不可もなくって感じだった。教え方は下手じゃないんだけど、なんていうか、先生のしゃべり方がゆるーい感じだから、眠気が……。頑張ったけど、何回かは意識が飛んで先生に起こされた。先生は笑って許してくれたけど、申し訳なさ過ぎて後半は頑張って起きてた。寝すぎて意識がはっきりしたとか、そんなんじゃない。
「鬼山ー。お前次の授業の先生威嚇とかすんなよー」
「……うっせー」
「飯口さんも、あんま無理しないようにねー」
「へ、は、はい!」
授業が終わった濱田先生は、笑って私たちに手を振りながら教室から出て行った。
良い先生だなぁ。今日初めて会ったような私の事も気にかけてくれるし……って、これはまあ当たり前なのかもしれないけど。優しくって面倒見がいい感じで、クラスの女子の何人かが濱田先生のこと好きって言ってたの、今なら分かる気がするなぁ。
「かっこいいもんなぁ……」
ボソッと独り言を呟いた
その時!
―――グゥゥォォ……
「!?」
「……あ?」
鬼山くんは、さっきまでの険しさ満点の声じゃなく、純粋に驚いているような声を出した。
バッと音に反応した鬼山くんの顔が見えた。眉間のしわが取れてぽかんとした少し幼い表情になっていた。けど目が合わない間に私は視線を逸らした。あまりにも、恥ずかしかったからだ。
「(なん、なんで、なんで)」
机の一点を見つめ、意味のない“何故”を繰り返す。
あまりの出来事に私は痛い程に自分のお腹を押さえつけていた。
どうしよう。すっごい響いちゃった。何あの音、何かの動物の鳴き声みたいな。鬼山くんも反応してたし、絶対聞かれてる。恥ずかしい、恥ずかしすぎる!
自分の顔に血がのぼっていくのを感じる。きっと私は今、耳どころか首まで赤くなっているんだろう。体から炎でも出てしまうんじゃないかってくらい、熱が出てくるのを感じだ。
「おい」
「……」
返事が出来ない。怒られるかも、とは思っても返事なんて出来るわけない。
どうしよう、消えたい。より一層体は縮こまっていく。もういっそ一思いに殺してくれとすら思う。けど、この事お友達とかに言っちゃったりしないかなぁ。すっげーお腹の音するやついたわ~、みたいな。死にたい。知らない所で恥の量産なんて、もう死んでしまいたーい!
「お前、腹減ってんのか」
でも、その思考は鬼山くんの言葉で途切れた。鬼山君は怒ったりしなかった。むしろ、その声色はなんだか……
「(私を、心配してくれてる?)」
「朝飯は食ったんか」
「あの、その……今日はあんまり食べれなくって」
うそ。本当は毎日食べれてない。朝は毎日食べれないし、お昼もそこまで食べられるわけではない。夜は母の手作り料理を食べるけど、そこでも、あまり……でも、こんなことになるなら今日くらいはしっかり食べてくればよかった。
……って、鬼山君はなんでそんな事を聞くんだろう?
不思議に思って見上げるように彼を見る。恥ずかしさのあまり目が潤んで、視界がぼやけ彼がどんな顔をしているのかわからなかった。
暫く黙り込んでいた鬼山君だったが、机に広げていたノート一冊と筆箱をバサバサと鞄に入れたかと思うと椅子から立ち上がって私の方まで歩み寄ってきて……。
「おい、ついてこい」
「へ、え!? でも、授業がまだ……!」
「知るか」
鬼山君は強引に私の腕を掴んで歩き出した。抵抗もままならず、と言うよりも抵抗すればどうなるのかわからない恐怖心から、私は大人しく引きずられていくしかなかった。
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.8 )
- 日時: 2020/05/22 02:22
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
一昨日はお好み焼き。昨日は餃子。今日は庭で焼き肉を。こんな時期ですが、家庭でも十分に楽しめることはりますよね。私は食べる専門なので、つくる人の苦労を知らないからこんなことを言えるんでしょうが……。
いずれ上三つも食べさせたいなぁ。あと甘いものとか、飲み物も。私が味を想像できるものでしか書けないのでしばらくかかりそうですが…。
◆◇◆◇◆◇
ずんずんと進む彼の後ろを必死になって追いかける。彼にとってはただ歩いているだけでも、足の長さや速度の違いで、私は小走りになってついていくほかない。もとより腕を掴まれているから、足を止めたとしても引き摺られてしまうんだろうけど。
「(私、どこにつれていかれるんだろう……)」
彼に手を掴まれて、早数十分。教室どころか学校からも出てきてしまい、今歩いているのはいつも通っている道でもないからどこかもわからない。見慣れる建物が立ち並ぶ風景に、不安が募る。
「(あっ、そうだ。鞄!)」
歩いている内に教室に置いてきてしまった鞄の存在を思い出す。教科書やノートも机に置きっぱなしだし、あぁ! 財布も鞄の中だ!
「(どうしよう……)」
でもどうしようもない。鬼山くんは歩き出してから一回も私を振り向かずに歩き続けている。
一体何が彼の怒りに触れてしまったのかわからない。うるんで見え辛かった目でも、教室で腕を掴まれたあの時の彼の表情は見えた。これでもかと眉間にしわを寄せたあの表情は、きっととおそらく怒っていた。じゃないとあんなに恐ろしい顔をしている筈がないもの!
だから私は大人しく彼についていくほかない。ここで抵抗したらどうなる事か分からない。諦めるしかなかった。
「はっ、はぁっ」
「! ……」
元から運動音痴の私は少し動いているだけでも息が切れた。必死に聞こえないように頑張っていたけど、ついに鬼山くんの耳にも届いてしまった。でも、怒る事もなく、寧ろ歩くスピードを緩めてくれた。それでも早いものは早いけど、さっきよりかは断然マシだった。
息を整えながら歩く。徐々に人通りが少なくなってきた。路地裏をズンズンと歩いていく。少し薄暗い。よく物語で不良がたまり場にしてそうな場所だ、と思った。もうこの頃には恐怖心も一周してなくなっていた。
「(私このまま本当に殺されちゃうのかな)―――わぷっ」
不穏な未来予想をしていると、突然歩みを止めた鬼山君の背中に思いっきりぶつかってしまった。痛い。何この岩のような背中。
繋がれていない方の手でさっきの衝撃で縮んでしまったように感じる自分の鼻をこすり、何事かと彼を見上げる。
「ここだ」
「へ? ここだ、って……」
一体何が、もしや私の墓場か。と彼の視線の先を見ると、そこにあったのは―――
「カ、フェ?」
薄暗い路地を抜けた先には、カフェがあった。周囲にも建物はあったけど、その建物にだけ太陽の光が降り注いでいるかのように光輝いて見えた。
壁にはところどころツタが伸び、小さな庭に花壇もある。なんだか森の中にでもありそうだと思った。寂れた様子もなく、温かいほんわりとした優しい印象を持った。
金色文字でカフェと書かれたすぐ下には、同じく金色のお洒落な字体で店名が書かれていた。えーっと……カフェ、アパ……アパイセ?
「いくぞ」
「え、あっ」
再度ぐいっと腕を引かれてつんのめりつつついていいく。
鬼山くんがドアに手をかけると、ベルがちりんちりんと爽快な音を立て―――
「いらっしゃーい……って、あら? 龍勝?」
店内にいたのは女性一人だけだった。
カウンターに佇む女性は、明るい茶色の髪を後ろでひとまとめにしていて、淡い黄色のエプロンを着ている。手には繊細な模様のお皿とふきんがあるから、お皿洗いの最中だったのかもしれない。
とても綺麗な人で、私は彼女に見とれてしまった。そんな彼女は私たちを……違う。鬼山くんを見て、驚いた表情で固まっていた。
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.9 )
- 日時: 2020/05/22 02:28
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
鬼山くんは少し気まずそうな様子で、お姉さんから少し視線を逸らしている。
「ん……なぁ、」
「なああにしとんだゴラァ!」
「え、ええええええ!?」
思わず叫んでしまった。だって、ええ!?
鬼山くんがしゃべりだすと同時に、彼の言葉を遮るようにしてお姉さんが鬼山に飛びかかった。カウンターの向こうでお皿をふきんで拭いていたはずなのに、それを余裕でジャンプして飛び越え、私の腕を掴んでいた方の手をもう片方の手で無理やり引きはがし、かつ鬼山くんの顔面を片手でひっつかみ、お店の外まで吹っ飛ばし、そのまま彼を地面に引き倒したのだ!
あまりの早業に、私は驚きおどおどするしかない。そうしている間にお姉さんは鬼山くんの後ろから彼の首に腕を回し、肘で首を挟むようにしてしめ始めた。鬼山くんはお姉さんの腕を必死になって叩いている。とても苦しそう……!
「あんた、なにまた学校サボったの!? しかも女の子の腕に痣作らせて! なに、やってんだい、このばか、たれ、がああ!!」
彼女の言葉を聞いて自分の腕を見てみて、思わず小さく悲鳴をあげる。そこには昔見たホラー映像のように赤い手形がくっきりと残っていた。
「ぐっ……だ、から、それを今から説明するって……! ぐぇっ」
カエルがつぶれたような音が聞こえて慌ててみると私の悲鳴を聞いて、お姉さんがより一層鬼山君をしめる力を強くしたみたいで、ただでさえ苦しそうだった鬼山くんの顔色が真っ青になっていた
慌てて、二人に近寄る。
「あ、あの! 落ち着いてください! 私は大丈夫ですから!」
私がそう言うと、お姉さんは鬼山くんから腕を解き私のほうにまでやってきた。後ろでゲホゲホとせき込む鬼山くんの事なんて一切気にしていないようだ。
私の腕を、痣になっている部分を優しく擦るお姉さんは、さっきまで鬼山くんを締め上げていた人とは思えないほど、優しく慈愛にあふれていた。
「本当に? 本当に大丈夫? ごめんなさいね、怖かったでしょう」
「い、いえ、あの」
「せめて手当くらいはさせてね。まったく……本当に、あんたは何しにここに来たのよ?」
怒ったように、呆れたように鬼山くんを振り返るお姉さん。
鬼山くんは今だに地面に伏せながらせき込んでいて、お姉さんのことを下から睨め付けている。教室で見た時は身がすくむような思いをしたけど、なんでだろう。今はそんなに怖くない。さっきの光景を見ちゃったからかな。それとも今、苦しさのあまり鬼山くんが涙目になっちゃって、その表情がちょっとだけ、ほんのちょっとだけ幼く見えるから?
苦しそうにする彼だったけど、暫くして息を吸い込んで半分怒鳴るようにこういった。
「ぜぇ……っだから! そいつに飯食わようと思って連れて来たんだよ!」
彼の言葉に、私とお姉さんは思わずぱしぱしと目を瞬かせた。
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.10 )
- 日時: 2020/05/22 10:59
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
そろそろ書き溜めストックがないので不安…。一日で何話もかける時もあるけど、分かるように数か月以上かかる時はかかるので……。
迷わないように過去の文章は読み返さないようにしているので誤字脱字があれば教えてください。
◇◆◇◆◇◆
「本当に、みっともない所見せちゃってごめんなさいね。私は郁恵よ、駒崎 郁恵。ここのオーナーをしているの。あなたは?」
「い、いえ! 大丈夫です。えっと、私は飯口樹、です」
あれから鬼山くんは私とお姉さん―――郁恵さんを置いて店内に入って行ってしまった。郁恵さんが言うには今頃服を着替えて料理の準備でもしているんだろうとのこと。
鬼山くんが作るの? と純粋に疑問に思って首を傾げると、郁恵さんは柄じゃないし似合わないわよねーと笑っていた。
鬼山くんがお店の中に入っていったあとすぐに私たちもいったん中に入ろうと、郁恵さんに案内されるがままに店内の席に座り、腕の治療を受ける。郁恵さんが手慣れた様子でパッパッと巻いてしまい、あとは雑談タイムだ。
本当はすぐにでも学校に帰りたかったけど……時計を見てやめた。もう四時限目も始まっている頃だろう。いま戻ってもほとんど受けられない。私たち補修の二年生はお昼で終了だから、もう戻る意味なんてない。明日学校に行ったら謝らないとなぁ。
あ、いやでも、やっぱり鞄は持って帰らないとだから、帰りによって帰らないと。財布、今日ははした金しか入ってないけど誰にも盗まれてないと良いんだけどなぁ……。
「樹ちゃんか。吃驚したでしょう、あの子に無理やり連れてこられて」
「い、いえ、そんな事は」
嘘。本当は吃驚どころじゃなくすんごく怖かった。そんな私の心情に気付いているのか郁恵さんは苦笑いしている。
「ごめんなさいね。でもあの子をそんなに怖がらないで上げてほしいの。あの子本当に貴女にご飯を食べさせてあげたかっただけだと思うから」
「そう、なんでしょうか。でも、なんで……」
「うふふ。樹ちゃん、とっても痩せてるし、心配になったんでしょうね」
「そ、そんなことは……」
否定しようとしたその時、とうとう彼が戻ってきた。青いカッコいいエプロンを着て、カウンター内にあるキッチンで何やら準備をしている。何を作るのか、そもそも作れるのかな。
「おい、お前。アレルギーとか、嫌いなものは」
「へ? あ、特にはなにも……」
「とろとろの卵は食えるか」
とろとろの卵?
脳内がハテナマークで埋め尽くされるけど、とりあえず頷いておく。
そうか、と言いつつ視線は冷蔵庫の中にある食材にくぎ付けの鬼山くん。
きっとこの時、私は心のどこかで彼には作れないのでは、なんて思いを抱いていたんだと思う。だってさっきまでの彼を見ていたら、絶対そんなことしそうにないタイプだって思ったんだもん。
―――だけどそんな心配は彼が料理をしていくにつれて木っ端みじんに砕け散ることになる。
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.11 )
- 日時: 2020/05/22 23:59
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
どれくらい筆が進んでいるかとかの報告とかもしたいので、雑談の方にスレッドを立てようかなと思っています。
また立てられたらご報告します。
追伸、つくりました→ご飯はおかずだよ【報告&雑談】
◇◆◇◆◇◆
鬼山くんが料理を開始して物の数分で、私の中での彼の印象が変わった。
料理が出来ないんじゃないか? とんでもない!
「す、すごい……!」
無意識に言葉が口から飛び出た私を見て、郁美さんは少し可笑しそうに、でも自慢げに笑っていた。
鬼山くんは素早く、そして無駄が一切ない手さばきでどんどん料理を進めていった。わかんないけど、プロの人にも負けないくらいだと思う。あっ、卵を片手で二個同時に割た! すごい! 卵をかき混ぜる手が残像に見えるくらいに速い! すごい!!
まるで魔法でも見ているかのように、彼の手に夢中になった。すごい、すごいなぁ。私じゃあ絶対にこんなふうに作れない。
ジュージューと卵が焼ける音と、バターの良い香りが辺りを立ち込める。いいにおい……。
「樹ちゃん、もうそろそろできるわよ」
そういう郁恵さんの手にはいつのまにかおしぼりがあった。一つ私の手元に置いて、郁恵さんは鬼山君の方へと向かっていく。
鬼山くんは二つほどある炊飯器の内一つから、赤いご飯を取り出しお皿に盛り付けていく。ぽむぽむと、山のように盛り付ける鬼山くんに、郁恵さんが「多すぎじゃない?」と苦笑いして、それに鬼山くんが「うっせーよ……」と言う。。
……あれ?
「(鬼山くん、なんだかうれしそう……?)」
彼の表情の変化なんて、私にはわからないけど。
でも何となく、さっきより表情が柔らかくなって……効果音を付けるとしたら“ゴゴゴゴッ”って感じの怖い雰囲気じゃなくって、優しくって、暖かい感じの雰囲気になっている気がする。
その時、ふとこちらを向いた鬼山くんと目が合った。
「(ひょぇっ)」
彼は私と目が合った瞬間にその瞳をギュンッと鋭くなって、私を睨みつけた。
その修羅のような姿に恐怖のあまり一瞬息が止まるも、鬼山くんはすぐに視線を逸らしたおかげで、ほっと一息つき、胸を撫で下ろす。
やっぱり、気のせいだよなぁ。
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.12 )
- 日時: 2020/05/23 00:04
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
でも目が合った瞬間に睨まれるという事は、もしかして私、鬼山くんに嫌われているのでは?
そんな事を一瞬考えるも、そんな思考は目の前の光景にすぐに吹っ飛ばされていった。
「(あ、あれってもしかして!)」
鬼山くんがフライパンを持ち、赤いお米の山の上に、卵を置いた。
鬼山君がそーっとナイフの切り込みを入れると、トロォとした卵がご飯を包み込む。見覚えのあるフォルム。やっぱり!
「オムライスだ!」
興奮のままに思わず叫んでしまって、二人の視線がこちらに来る。慌てて口を閉じるけど、恥ずかしくて赤くなった肌は誤魔化すことが出来ない。
なんで、何で叫んじゃったの私ー! でもでもだって、とっても久しぶりにみたんだもん、オムライスなんて……!
心の中で誰に言うでもなく言い訳を重ねる。あぁ、くすくす笑う郁恵さんの声が痛い。恥ずかしくって鬼山くんの事なんて見れないよ!
「ふふ。はい、オムライスですよ。そのスープとサラダ……というか、そのブロッコリーはおまけ。こないだいっぱい貰ったのよ」
笑う郁恵さんが運んできてくれたお膳には、卵の山だけじゃなくって、具沢山のスープとかサラダ―――山盛りのブロッコリーにドレッシングかけたもの―――まで付いていた。本当に美味しそう……って、そうじゃなくってっ。
そうだ、そうじゃない。私は言わなきゃいけないことがある。
「あ、あの!」
「? なあに?」
お膳にスプーンを置く郁恵さんに思い切って声をかける。首を傾げる彼女に、奥でこの料理を作ってくれた鬼山くんに、罪悪感を感じながら、告げる。
「ごめんなさい。私、食べられません……」
スカートをぎゅっと握りしめる。しわになろうが関係ない。申し訳なくって、二人を見ていられなくなって下を向いた。
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.13 )
- 日時: 2020/05/24 21:17
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
暫く店内が無音に包まれた。
「金の事なら心配ねえ。俺が払う」
いつの間にかエプロンを脱いでいた鬼山くんが私の席から数歩離れた所に立っていた。
眉間にしわを寄せ、変わらず私を睨んでいる彼だったけど、この時はなぜか恐怖は感じなかった。あぁ、この感じ、学校でもあった気がするなぁ。
「もともと俺が無理やり連れてきたんだ。責任は取る」
「! そ、そんな、そんなことしなくていいよ! ほ、ほら、私もう見てるだけでお腹いっぱいに……」
―――グゥルルルルルル……
本日二度目の、時が止まる。
彼の提案を断るためについた嘘も、極限の状態に加えかおるバターやスープのいいにおいに触発されたお腹は、体は、あまりにも正直すぎて木っ端みじんだ。恥ずかしいを通り越して情けない。
そんな自分に幻滅して遠くを見るような目をしているだろう私の元へ、鬼山くんは近寄ってくる。手には……ケチャップ?
彼はそのケチャップを巧みに操り、オムライスの上に何かを描き始めた! そうして描きあがった絵を見て私は……
「わぁ」
なにこれ。
馬…いや、にしては……じゃあカバ?
「猫。お前の鞄についてたやつ」
「(あ、猫なんだ。カバとか言わなくってよかった)」
私のカバンについているキーホルダーには似ても似つかない……いや、でもこのぶちゃって感じの顔つきは似てる……かも。
「これは、お前の為に作った」
鬼山くんの言葉に、視線を鬼山くんへと向ける。
「だから、残しても良いから、一口でもいいから食え。お前が食わねぇんだったら、これは捨てる」
「なっ! なんでそんな! 勿体ないよっ」
「じゃあ食え。捨てられんのが嫌だったら食え」
「……っ」
彼の言葉に、一瞬揺れる。捨てられちゃうくらいなら。ほ、本当に食べていいの? いや、でも……。
オムライスを目の前に、ぐらぐらと揺れること数十秒。その時、静かな低い声が思考に割り込んできた。
「やっぱ……」
オムライスに奪われていた視線を上げ、彼を見て驚いた。
眉間にしわを寄せているのは変わらない。でも、目を伏せて、ぐっと唇をかみしめている姿は怒っているというよりもむしろ、泣くのを我慢しているような悲痛さを感じさせた。
―――どうして、そんなに悲しそうな顔をしているの。
「俺みたいなのが作ったやつ食うのは、嫌か」
「そうじゃない!」
彼が全て言ってしまうか、しまわないかの時にかぶせるように否定した。そんなことはない。彼が作ったから食べたくないなんて、そんな事を考えていたわけではない!
どうしてそんな勘違いを、いやそれよりもその誤解を解かなくちゃ。私をきょとんとした様子の鬼山くんとなんでか微笑ましそうにこちらを見る郁恵さんを横目に、必死になって言葉を紡ぐ。
「そ、そうじゃなくって、やっぱりおごってもらうとか悪いし。こんなに沢山作って貰ったのに……それに、あのっ」
「気にしなくていい」
「そうよ。それにどうしても悪いって思うなら、また後日払いに来るといいわ」
郁恵さんが微笑みながら鬼山くんの援護をする。鬼山くんはさっきとは打って変わって、なんだか晴れやかな、うきうきしているような表情をしながら私にスプーンを進めてくる。私が日ごろ使っているスプーンよりも一回り二回りほど大きなスプーンだ。
「いやじゃないなら、食ってくれ」
そんな、そんなこと、そんな顔で言われちゃったら……。
少し震える手で、鬼山くんからスプーンを受け取る。スプーンを両手ではさみ
「い、いただきます」
そう言って少しだけオムライスをすくい、二人の視線を感じながらそれを口に含んだ。
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.14 )
- 日時: 2020/05/23 00:43
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
大きなスプーンを咥えたま、私は衝動のまま叫ぶ。
「~~~~~っ!」
―――美味しい。
もう、それしか考えられなかった。
口に食べ物を含んでいたから、叫ぶと言ってもふがふがしか言えなかったけど、この私の様子を見ただけで二人は何となく察しがついたらしい。さっきまで心配そうに見ていたのに、一気に上機嫌になった。
とろとろの卵と、少し硬めに炊かれたケチャップライスが絶妙で。所々にある小さく切られたチキンも良い触感のアクセントになっている。
気づけばもう一口、もう一口と口に含んでいた。もっともっとと口が欲しがるものだから、頬がパンパンになるまで詰め込んでいく。
暫くして、脇に置かれていた琥珀色のスープを見る。湯気が立っていて、明らかに熱いのがわかる。お椀を持つとやっぱり熱かったから数回ふーふーと息を吹きかけて、恐る恐る口に含む。あ、コンソメスープだ。ほぅ、と息をつく。ゆでて柔らかくなったトマトの酸っぱさ。シャキシャキとした触感が残るキャベツ。ジャガイモはほろほろだし、ベーコンも良い。具沢山のスープは飲んでいると心が解きほぐされたような気がした。
次に山盛りのブロッコリーサラダ。ブロッコリーオンリーじゃなくて、少しだけ上にスライスした玉ねぎが乗っている。食べてみるとブロッコリーと玉ねぎのシャキシャキとした触感。そしてこれは……和風ドレッシング? 時折鼻がツンッとする感覚は、おそらくわさびが入っているんだと思う。メインとスープが洋食だから、サラダだけが和風だと一見おかしく感じるかもしれないけど、全然そんな事は無くて、むしろ一度口がサッパリとすることで一層食欲を掻き立てられ……ハッ!
オムライスにまた伸びていた手を止める。私……なにを。一口食べたら終わろうと思っていたのに、こんなに食べちゃった!
慌てて持っていたスプーンを置く。もっともっとと欲しがる口と胃を理性で押さえつける。なんとなく二人を見る事も出来ず、暫く固まっていたけど、覚悟を決めてそろ~っと視線を上げてみる。目の前に座り、頬杖を突きながらこちらを見ていた鬼山くんの視線とばっちりあった。
彼の表情は今までと変わらず、怒ったように目じりを吊り上げ、眉間にしわを寄せ、口をへの字に曲げていたけど、私を見る視線はどことなく優しさを含んでいるような、そんな気がした。
「おい、もうくわねぇのかよ」
その声は、言葉の荒らさとは反対に、私を気遣っているような声色をしていた。
恐らく、私がここで食べるのをやめても、彼は怒ったりしない。彼の事は何も知らないのに、その事だけは確信をもてた。
ここで食べるのをやめたほうが良い。もうたくさん食べたし、十分でしょ。早く学校へ戻って、鞄を取って家に帰らないと。
そう思うのに、なのに―――
「…………」
私の指は、置いたスプーンへと延びていた。
私が食べるのを再開すると、鬼山くんはとっても驚いていた。でもしばらくするとフッと笑う声が聞こえて、チラッと見てみて、今度は私の方が驚いた。だって鬼山くんってば少しだけ、ほんの少しだけだけど口角をあげて、頬もうっすら染めて、本当にうれしそうに微笑むんだもん。
ずるいなぁ。そんな顔されたら食べるほかないじゃん。
結局私はあの大きなオムライスも、ブロッコリーのサラダも、熱々のスープもコメの一粒、スープの一滴残すことなく平らげてしまった。
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.15 )
- 日時: 2024/09/23 11:20
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
私が完食し終わると、鬼山くんは洗ってくるって言って食器を持って台所へ行ってしまった。
私はぎゅうぎゅうだよーと満員を訴えるお腹をさする。こんなにお腹いっぱいになるまで食べたのは、久しぶりだなぁ。
「樹ちゃんって、思ってたよりいっぱい食べるのね」
そこへ入れ替わるように郁恵さんがやってきて、さっきの言葉を言った。
郁恵さんは目の前に座り、にこにこ微笑んでいる。
「樹ちゃんすっごく細いから、あの量食べられるか心配だったの。でも全然大丈夫だったわね」
「ご、ごめんなさい。遠慮せずにあんなに食べちゃって……」
「あぁ、いいのいいの! さっき龍勝も言っていたでしょう? あれは樹ちゃんの為にあの子が作ったものなんだから」
そういう郁恵さんの表情はなんだか、嬉しそう。
なんでこの二人はこんなにうれしそうなのか、私にはわからない。そもそも、なんでこんな事態になったの? いまさらになって疑問が浮かぶ。恐らく空腹が満たされて余裕が出たんだと思う。
「あ、あの……なんで鬼山くんは私なんかにご飯を食べさせてくれたんでしょう……」
だって、こんな事をしたって意味がない。お金は絶対に払うつもりだけど、彼は私に自分が払うからと言ってまでご飯を食べさせてくれた。なんで初めて会った人にそんなことができるの? こんな事をしたってメリットも何もない。むしろ彼にとってはデメリットの方が大きいだろう。
そう言うと、一瞬郁恵さんは考え、すこし自慢するように言った。
「あのね。ここのお店の名前、“apaiser la faim”って言うの」
「あぺぜ、らふぇん?」
「そう。フランスの言葉でね、飢餓を和らげるって意味なのよ」
へぇ……と相槌を打つ。そんな意味を持っていたのか、と思いつつも郁恵さんがどうしてこれを教えてくれたのか、いまいち意図が分からなかった。
「この店名は龍勝が付けてくれたんだ。お腹をすかせた子にお腹いっぱい食べさせてあげたいんだって」
「!」
思わず郁恵さんを見る。郁恵さんは私ではなく、別の所を見ていた。郁恵さんの視線の先には洗剤を泡々させて、食器を洗っている鬼山くんがいた。
「昔からそればっかりでね。私が店を作った時も、料理させてくれって、乗り込んできたの。バイトじゃなくって、手伝いとしてでいいから、お金もいらないからーってしつこいくらい言うから料理だけ任せてるんだけどねぇ。人に食べさせるのが好きだから、ついつい大盛りで提供しちゃうの。困ったものよねぇ」
郁恵さんが鬼山くんを見る目はとっても優しくって。困っているような、でも誇らしげに言っていた。
彼女の鬼山君を見る視線には、母親のような、姉のような、そんな親しみのようなものが見えた。そしてさっきまでのお淑やかなお嬢様のような雰囲気ではなく、荒っぽい言葉遣いでも温かく何でも包んでしまう風呂敷のような雰囲気は、どことなく鬼山くんに似ている、って思った。
「ほら、ああやって皿洗いしてるだけで楽しそうでしょ? アイツ、貴女がご飯食べている時、あれよりももっと楽しそうだったのよ」
言われて鬼山くんをみて見ると、確かに鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌なのがここからでもよく分かる。
「あそこまで上機嫌になることもめったにないけどねぇ。……きっと、貴女だったからよ」
驚いて郁恵さんを見ると、悪戯な笑みを浮かべていた。「あんなに美味しそうに食べる人もめったにいないしねぇ」と言う言葉に、少しだけ恥ずかしくなるけど、すっと腑に落ちたような、そんな気がした。
「(そっか、そっか。鬼山くんって、そういう人なんだ)」
私があの時、すっごいお腹の音を鳴らしちゃったから。それでほっとけなくなって……。そっか、そっか、そうなんだ。ご飯食べさせるのが好きって、なんだか少し可笑しくって、自然と口元に笑みが浮かぶ。
あんまり怖い人じゃないのかなぁ。
「長い間引き留めちゃってごめんなさいね。あら、もう三時?」
郁恵さんが扉の近くにある時計を見た。その時、私は偶然ソレをみた。みてしまった。
ジリジリと焼ける炎のような、砂糖を沢山とかしたような、でもそれでいてこの世の一等大切なキラキラしたものを見るような、そんな視線。
私に? そんな筈がない。だって彼が私にそんな視線を向ける筈がない。なら誰に?
「鞄、学校に置き忘れちゃったのよね? 大変。早く戻らないとねぇ。龍勝! 貴方一緒について行ってあげなさい! 貴方が無理やり連れてきたんでしょう?」
「あぁ?」
私が彼の視線を認識したとほぼ同時に、郁恵さんが振り返った。
その瞬間、元からなかったように彼の視線の熱量は消えてしまう。本当に何事もなかったかのように話し出す彼ら。気のせい、かな。だけど、私は余計に違和感が膨らんでいく。
「もとからそーいうつもりだったっつの……」
「あ、あの! 大丈夫です、私一人で帰れます!」
「……はぁっ!?」
「ちょ、樹ちゃん!?」
あ、あれ?あれれ?
鬼山くんの言葉をかぶせてしまったけど、驚いている二人に今だとドアのほうへと駆けだす。
ドアノブに手を付けた瞬間、ハッと思い出して、慌てて振り返りいまだ呆けた顔をしている彼を見る。
「鬼山くん、今日は本当にありがとう! オムライス、とってもおいしかった!」
失礼しましたー! そう言ってお店を勢いよく出ていく。
ドアの向こうから郁恵さんと鬼山君の声が聞こえるも構わず全速力で賭けだ明日。
「(どうしようどうしようどうしよう!)」
久しぶりにお腹いっぱいになって、活力がいっぱいになったおかげか、普段よりも走れている気がした。
でも暫くして、やっぱり久しぶりの運動に加え食後すぐの運動のせいでお腹と足が痛くなった私は、人の邪魔にならないようにと路地裏に身を潜めた後、しゃがみこんだ。
ぶわっと汗が吹き出し、顔が赤くなるのを感じる。運動しているからだけではない。全く別のものが原因だってことは明白だった。両手を熱い頬に持っていく。
「すっごいものみちゃったぁ……っ!」
第一章 はじまりのオムライス 完