コメディ・ライト小説(新)

Re: 狂騒剣戯 ( No.1 )
日時: 2018/06/19 20:15
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)

 妖魂(ようこん)。突如現れた謎の怪物体。ぎょろりとした目がいくつもあり、手も足も数多、まるで節足昆虫のように湧き出るそれ。そいつは普段ならば、人々に気づかれずに踏まれて消えるのだが、人々の『邪気』───憎悪や怨念、恨み妬みなどと言った悪い感情を、もろに当てられて食うと、みるみるうちに巨大化していく。やがてそれが限界になったとき、そいつは人々を襲い始め、『食い散らかす』。攻撃は通らず、出逢えば食われるのを待つのみ。
 その妖魂に対し、立ち向かうは妖刀や聖剣、魔剣などに選ばれし神子(みこ)たち。彼らは謎の『声』によって、妖魂を、元凶を討ち滅ぼさんとその刀剣を振るう。
 これは、ある日突然、『妖刀村正』に選ばれた少年、村山正紀(むらやままさき)の、一時(ひととき)の戦いを綴った物語に過ぎない。


第壱ノ噺
『ヨウトウムラマサ・メザメ』


 事の始まりは、夏休みのよく晴れた日のことである。至って普通の家庭に生まれ、至って普通に育ち、至って普通の成績を収めている、至って普通の男子高校生、村山正紀。彼は特に特出した特技があるわけでもなく、またこれと言ってのめり込んでる趣味もなく、ただ流れていく日々を、ただ平々凡々と過ごすだけの少年。強いて言うなら、隣に住んでいる幼馴染に、長年恋心を抱きすぎて、距離感がもはや夫婦のそれにしか見えない、というのが他とは違うところか。それ以外はこれといって特別なものなどない。

「くぁ、ねっみぃ…」

 早朝より庭の草取りを手伝わされていた彼は、大きなあくびをしながら、昼食の買い出しの道を辿っていた。草取りがだいたい終わった頃に、手伝わせていた兄よりお札を何枚か渡され、これでお前の分の昼飯買ってこい、と言われたためだ。ちなみに当の兄は家でハーゲンダッツを貪っている。手伝わせといて礼もねえのか、と言いたかったが、昼食代には十分すぎるほど、むしろいくら買っても大量のお釣りが出るレベルの金額をもらったので、何も文句は言えなかったが。またあくびをしながら、がしがしと頭をかく。
 こんな時に限って一緒に出かけようと声をかけたかった幼馴染は、叔父のやっている道場で稽古をつけてもらっているらしいし、かと言って金をもらったのに家に引きこもるわけに行かない。仕方なくひとりでコンビニへ昼食を買いに行くことになった。しかも外へ出る服が思いつかなかったからという理由で、少しいじった学校の制服を着て。

「しっかし、良い天気だよな」

 今年の夏はひんやりとした夏になりそうだ───と、天気予報士がテレビで言っていたのを思い出す。確かに梅雨が開けて夏が来たと感じるには、いささか違和感がある。そろりと吹く風は、本来の夏のジメッとした気持ち悪いものではなく、涼しげで、いくらか心地の良いものだと感じる。気温もそれほど上がらず、とても過ごしやすくなるだろう。それがなんだと言われたら、何も言い返せないが。

「ほんっと、平和だな…」

 ぼそりと彼はつぶやく。それが嫌味なのか、本心から出た言葉なのか。そんなものはどうでもいい。とにかく何もない、そして平和だ。世間的にはそれが良いことなのだろう。だが彼は、その平和に少しくらい、何か変わったことでもあればいいんじゃないか、と思っている。例えばそう───コミックのように、不思議な力に突然目覚めるとか!

「んなもんある訳ねーよ……」

 彼は深くため息をついた。おとなしく昼飯買って帰ろう。そんでもって今日はもう何もしたくないから、家でゴロゴロしよう。彼はそう固く決意してコンビニへと向かっていった。
 その背後で、邪気を食って膨れ上がった『妖魂』が、今か今かと正紀を見ていることを知らずに。そしてひとつのぼんやりとした光が、正紀の方向に向かって、チカチカと強い光を放っていることも知らずに。





「これだけ買えば充分だろ」

 袋いっぱいに詰められたアイスやインスタントラーメンを持ち、正紀はコンビニから出てくる。多少買いすぎたかな、とは思うが、せっかくかなりの額をもらったのだ、普段は食べないような高いものでも買ってしまったらいいし、大量に買い込んでもいい。しかもお釣りが来た。こっそり懐に入れてしまおう。

「いやー良い天気だなー…」

 正紀は両手のレジ袋を揺らしながら、きた道を戻っていく。帰ったらとりあえず兄貴の腹に一発入れてハーゲンダッツ吐かせて、その後は昼飯食って部屋でゴロゴロして……うん、それくらいか。それしかねえわ。正紀はうん、と頷く。それくらいしか一日の予定が思いつかない。もっとも、旅行などが入っていれば話は別だったのだが。そんなものは都合よく来ない。証拠として両親は現在、どちらも単身赴任中なのである。ひょっこり帰ってくるとは思えない。あの異様な忙しさを鑑みるに。
 だからこそなのかもしれない。ただゴロゴロと過ごす怠惰な夏休みか流れるくらいなら、いっそ超常現象でも起こればいいのに。そうなれば退屈しないで済むのに。否、それが自分と関係あるのかは別の話なのだが。妄想の範囲で終わらせておけばいいだろう。妄想の中なら、迷惑はかからないから。そう思っていた矢先だった。
 突如正紀の目の前に、ドスン、と大きな音がなる。上から降ってきたのだろう。ものが落ちる音にしては随分と大きい音だったが、一体何が落ちてきたんだ?彼は衝撃から防ぐため閉じていた目を、恐る恐る開ける。その瞬間、彼は目を見張った。

『黒くてでかい、足が何本も生えている目を何個もつけた物体が、ぎょろぎょろと』こっちを確実に見ているのだ。

 なんだこいつは、気味が悪い。というかでかい。こっちみんな。様々な感想が、彼の中で渦巻き、混ざる。よくよく見ると口があるようで、ガパァ、とゆっくり割れる。こいつ口あるのかよ。つかもしかしなくても俺を食うつもりかよ。気持ちワリィ。正紀は心の中で悪態づくも、体は思うように動かせなかった。その異様な有様の『いきもの』を目の前にして。何も動かない。

「(くっそ、どうすりゃあいいんだ)」

 生憎彼は、それに対して有効なものなど持っていなかった。殴る蹴るなどすればいいのだろうが、ガッチリと固まって動かない。なら大声は?やっても意味はないだろう。なにせ彼は今、声を出そうにも、『首を絞められたかのように苦しい』状態にあった。そんな状態でまともに声が出るわけがない。ギチ、ギチ。嫌な音が首から鳴る。

「(なんだっこれっ…!)」

 殺さんばかりの力が、正紀の首周りに加わる。だがその力は形として現れておらず、証拠に正紀の首周りは力が加わっているにかかわらず、見ただけでは『何もない』。振りほどこうにも動かない、否、動けない。なすすべもなく、どんどん呼吸が苦しくなっていく、頭痛が激しくなっていく。

「(も、無理……)」

 次の瞬間には、正紀の視界は真っ暗になっていた。



「という夢を見たのだっ!……ってあれ?」

 目が覚めてそう叫び、ふと気がついてあたりをキョロキョロしてみれば、そこはひたすら暗闇。どこを見回しても、ひたすらに暗闇しかない。手を伸ばしてみても、足をワタワタと動かしてみても、空を切るのみ。ただ自分は今、何かによって閉じ込められている、ということだけは、かろうじて察せた。ならばここをどうやって出ようか。せっかく買ってきたハーゲンダッツも、このままいれば溶けてしまうかもしれない。いくら涼しい夏だからとはいえ、直射日光の下に置きっぱなしにしてしまえば、溶けるものは溶ける。それだけは嫌だ。

「っつってもどうするんだよ…」

 立ち上がるにも立ち上がれない。形からしてこれは繭?それならば立ち上がれないのもうなずける。つかあの化物に俺食われたんか。ならなんで今消化されてねえんだ。

『───妖魂とはこの世ならざる者』
「っなんだぁ!?」

 その時。突如正紀の脳内に、聞き覚えのない声が響く。厳かで、幾らか古めかしい声。正紀は脳内に語りかける声に問うた。

「ようこん…ってなんだ?あと今俺はそのようこんとか言う奴に食われたのか?」
『───左様。妖魂とは、アシヤドウマンが作り出した、邪なる存在。人々の邪なる感情を食らい、成長し、そして人を食らう。少年、そなたはその妖魂によって食われたのだ』
「あしや…どうまんって、確か陰陽師の安倍晴明に対になる…」
『───その認識でいい』

 道摩法師、アシヤドウマン。平安時代の呪術師であり、陰陽師である。文献ではよく安倍晴明のライバル的存在として、その名を馳せてはいるが、実は彼自体は架空の存在ではないかとされている面もある。正義の安倍晴明に対し、悪のアシヤドウマンとしてよく描かれていることが多い。そのアシヤドウマンが、先程正紀を食らった『妖魂』を作り出したのだと、声は語る。ややこしい話だなと正紀は思う。

「で?そのアシヤドウマンがなんで妖魂なんつー、変なもんを作ったんだって?」
『───大方、私に対しての怨念が消えてないのだろうが。長くなる、省かせてもらおう。今最も重要なのは、そなたがここから出る術だ』
「あっ、そうだ。あんた、なんか知ってるのか?」

 正紀は形なき声にまた問うた。声は「ああ」と答え、言葉を紡ぐ。

『───覚悟せよ。そなたは選ばれた』
「は?いきなり何を……ってぁっづぅ!!デコがあっづい!あと腹がなんか変な感じする!!なんっだこれ!!」

 瞬間、正紀の額が異常に熱くなる。まるでそこだけ、何かに焼かれたかのように。正紀はあまりの熱さに、額を手で覆い隠す。だがそんなことは意味もなく、ジュウジュウと焦げるような音がしてきた。

「なんっだこれ!何した!」
『───妖刀に選ばれし、剣の神子よ。顕現せし妖刀を手にし、暗闇を引き裂き、安寧をその手に入れよ』
「だぁかぁら!わかるように言えよ!って、お、俺の腹が光ってる!?」

 声はそれだけいうともう答えなかった。消えてしまったのだろう。名前も、目的も言わずに。だが当の正紀はそれどころではなかった。突如として自らの腹が光りだしたのだ。

 そしてその光の中心部から、『一本の刀』が現れた。

 その刀は鞘に収められてはいるものの、与えられた力が溢れているのか、紫色の霧のようなものが刀を包んでいる。その刀は腹からすべて出ると、まるで正紀に「手に取れ、そして引き抜け」と言わんばかりだ。

「……お前、名前なんていうんだ」

 正紀は震えた声で刀に言う。返事なんて期待しなかったけれど、それでも問うた。刀の答えはこうだった。


『知りたければ、手に取れ』


 その言葉が頭に入ってきたときにはもう、彼の手は刀を手にし、鞘から引き抜いて暗闇を引き裂いていた。



「っらぁ!!」

 ズバン、と音がなる。その直後に言葉では表現できないような、声らしき声があたり一面に響く。割かれたそこから正紀は出てきた。戻ってこれたらしい。その手に『妖刀』を手にして。

「うお、見た目グロッ」
『───刀がそなたを認めたか』
「うわ出てきたっ。つか大丈夫なのか?あのグロいやつを斬るにしても、民家とかに被害行かねーのかよ。それよりどーやって戦うんだよ、通行人とか、怪我したらあぶねえだろ」
『───結界を張った。もし人がこの場を通ったとしても、なんの被害はない。何せ切り離されているも同然だからな』
「おお、ケアもバッチリ。んじゃ、好き放題暴れてもいいっつーことだな?」
『───ひとつ斬れば腹を割き、ひとつ斬れば塵となる。良いな、剣の神子』
「その剣の神子っつーのやめてくれよ、俺は神になったつもりはねえっ」

 正紀はそう言いつつ、刀を、『妖刀村正』を構える。腹を割かれた妖魂は、自らの割かれた腹に夢中で、こちらが構えているのにもかかわらず、しきりに暴れている。相当痛かったと見える。正紀は舌で唇を舐めて、ニヤリと笑った。

「俺はお前の昼飯じゃねえっ!いくぞ───村正ァ!!」

 シュキン、と空気とともに何かを斬る音。大きく正紀が村正で目の前を薙ぎ払えば、それまで暴れていた妖魂はぴたりと動きを止め、聞くに耐えない金切り声を上げて消えていった。あたりにはもう気味の悪いものなどなかった。

「……消えた、のか」
『───やはり。本物だったか』
「いい加減アンタ名前言えよ。誰なんだよ。つーか───」
「あれ?正紀?」

 その時正紀の耳に、聞きなれた声が入ってくる。後ろを振り向けばそこには、長年一緒に連れ添ってきた幼馴染、村川 雨音(むらかわあめね)がいた。雨音は稽古の道具である竹刀が入ったそれを背負い直しながら、正紀に近づいてくる。どうやら結界も、妖魂消滅とともに消えたようだ。よくよく見れば村正もない。消えていた。

「雨音?稽古終わったのか」
「うん。正紀はどうしたの?」
「え?ああいや、昼飯買ってた帰りでさあ」
「…アイス溶けてる」
「あ、あぁっ!!俺のハーゲンダッツ〜!!」

 雨音が袋の中を漁ってアイスを取り出し、正紀に見せてやれば彼はタプタプになったカップを手にしてひどく落ち込んだ。

「ハーゲンダッツがぁ〜…」
「また買えばいいじゃん」
「買いに行くのめんどい」
「正紀ったら〜」

 私も一緒に行くよ。そう言われてしまえば断る言葉なんてなくて。正紀は雨音を見てしばらくした後に、立ち上がる。

「雨音がそう言うなら…行く」
「あははっ!そんじゃ行こ」

 雨音は正紀に手を差し出し、正紀もそれをなんのためらいもなく取ろうとしたその矢先。
 ドスン、と大きな音がしたと思えば、雨音は一瞬にして正紀の視界から消えた。

「え、あ、雨音っ!」

 かろうじて見えた手の行き先を辿ってそちらを見れば、そこには先程とは比べ物にならないくらい大きな妖魂が、雨音を食らい、飲み込んでいた。
 飲み込んだあと、残った正紀を妖魂は見るが、特に興味は示さずにどこかへと去ろうとする。それを正紀は逃しはしない。

「まてこの野郎!」

 いつの間にか握られていた村正を引き抜き、妖魂をまっぷたつに引き裂こうとする。
 が、一歩届かなかった。

「クソッ!」

 妖魂は正紀の攻撃をものともせず、どこかへと消え去っていった。雨音を食って。
 そしてまた、正紀の脳内に声が響く。

『───少年、あの少女を食らった妖魂は、京都に向かった。アシヤドウマンの元だろう』
「……アンタ、誰なんだ。なんでそんなに分かってるんだ」
『───安倍晴明。アシヤドウマンに体は封印されたが、意識体だけは自由に動ける。それよりも早く向かわねばなるまい。あのままではアシヤドウマンの器とされるぞ。少女は』
「……チィッ」


苛立たしげに舌打ちをした正紀は、無意識のうちに、京都へと走り出していた。
雨音を食ったクソ野郎を、ぶった斬るために。


第壱ノ噺 終