コメディ・ライト小説(新)
- Re: 狂騒剣戯 ( No.3 )
- 日時: 2019/04/07 16:27
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
「な、何言ってんだよ兄貴?」
「だーかーらー、俺も京都行くっつってんの」
正紀の質問に、壱聖は呆れたように返した。さっきも言ってただろ、と。だが正紀は何一つ理解できず、未だに訝しげな顔をして兄を見る。そんな弟からの嫌な視線に気づいたのか、壱聖は頭をボリボリかきながら答えた。
「観光だ、観光」
「はぁ?」
「よーやっとまとまった休みが取れたんでな。ユズと娘たち2人と俺で、京都に観光いくの!」
お前も来るんだろ、連れてってやるよ。その一言を発した兄は、さも「お前のことなど全部把握済みだ」と言わんばかりで。
「……どっから聞いてたんだ」
ため息をついて、問い詰めることにしたのだった。
第参ノ噺
『デュランダル・シュウゲキ』
正紀はとりあえず壱聖を部屋に入れ、まずどこから話を知っていたのか、聞くことにした。当の壱聖は腕を組み、どこから話すかな〜とのんきなものであった。まるで最初からまるっと知っているような素振りだ。いやおそらくそうなのだろうが、晴明との話を聞かれていたとなると、まずいのでは。さっと顔を青ざめるが、そんなことを知らずに壱聖は話し始めた。
「まず雨音ちゃんがとんでもねえことに巻き込まれたってのはわかった」
「……具体的に?」
「食われたとか言ってただろ」
「(やっぱ聞かれてたか…)」
正紀はがっくり肩を落とす。というかこの兄はその場所からずっと、部屋の前で耳を澄ませて聞いていたということか?そんな考えに至ればますます顔を青くした。もし晴明の声が自分以外に聞こえていなかったら?その可能性がないとは言えない。おそらく兄の脳には、そうであれば『ひとりでよくわからんことをブツブツいう変なやつ』としか認識されていないんだろう。そう上書きされているはずだ。もしそうなのであれば。
であれば今この場で兄を斬ってしまおうか。こいつも妖魂みたいなものだし、斬っても別に悪影響とかはないだろう。とか思っていたが、そもそもこの刀は人を斬れるのだろうか。晴明に心の中で聞いてみても、答えは帰ってこない。無視したのか、答えられないのか、そもそも直接話さなければ意味をなさないのか。
壱聖はそんなことを思いすぎて百面相をくり広げている正紀を見て、笑いだしてしまいそうになるもそれをすんでのところでこらえ、また話し始める。
「で、えーと。『剣(つるぎ)の神子(みこ)』だっけ?」
「(やっぱそこも聞かれてたーッ!)」
「お前顔色悪いぞ」
「うるせえ兄貴」
「兄ちゃんって呼べ」
頑なにそう言うと壱聖は息を一つはいて、正紀を見据える。
「まあ、とりあえずだ。お前が何かと事情を抱えて京都に行かなきゃならんっつーのはわかった」
「そう簡単に飲み込むんかよ…」
「うるせえめんどくせえんだよ考えんの。んでお前今度の旅行に連れてくから。どうせ金ねえだろ」
「はあ?いいのか、せっかくの家族旅行だろ」
「いいんだよ細けえことは。それに俺だって無関係じゃねえし」
「へ?」
「うんにゃこっちの話」
妙な言葉を言ったと思ったら、それを忘れろと言わんばかりに首を振る。その兄を訝しげに見つめるも、求めるような答えはかえってこないと判断したのか、正紀はひとつため息をついて目を瞑る。そして、声を出すことなく、『かの者』に問いかけた。
「(聞こえてんなら返事しろ、晴明)」
『───何事か、剣の神子』
「(いや何事かじゃねえよ、ずっと聞いてんだろ。お前なら知ってるだろ?兄貴も剣の神子ってやつか?)」
一種の『賭け』だった。もし兄がそうだとしたら、雨音を救出する手助けをしてくれるかもしれない。だがもしそうでなかったとしたら、自分1人でなんとかしなければならない。
というより知っていても、このよくわからない話し方をする陰陽師が、素直にそのことを教えてくれるかどうかなのだが。教えてくれたら万々歳。教えてくれなかったら、無理矢理にでも聞き出そう。そういえばそもそもこいつは力をやどした『剣の神子』を覚えているのか?あれ、なんだか不安しかない?
その瞬間、一気に冷や汗がドバっと出る。頼むから覚えておいてくれ、知っていてくれ、教えてくれ。握りこぶしをさらに強め、体にもさらに力が入る。
ややあって晴明は、正紀の脳内に語りかける。
『────何れ解る』
その答えに、正紀はそのとおりにずっこけた。
「……おいほんとどうしたお前?」
「なんでもない、うん。複雑な事情ってのがあんだよ」
「何でもなくねえじゃねえか」
「うるせえ兄貴」
「兄ちゃんって呼べ」
挙動不審、そしてここに来てわけのわからないずっこけ方をした自分の弟に、壱聖は訝しげな目をして口を開くが、その当の本人は今それどころではなかった。なんとかごまかして姿勢を正すが、内心腸が煮えくりかえりそうなのだ。
「(何れ解る……じゃねえーよ!無駄にキリッとしやがって!)」
求めていたもの、予想していたものと全く異なる答えが帰ってきたことに、正紀はピキリと青筋を立てる。その後どれだけ問いかけても、晴明はだんまりを決め込んだようで、答えてくれることはなかった。
「(ええいこうなったら──ままよ!)」
ばっと顔を上げて正紀は壱聖を見据える。意を決して、声を出す。
「兄貴!」
「お、おう?ってか兄ちゃんって呼べ」
「無関係じゃねえしってどういうことだ?」
「あ?……あー、複雑な事情ってやつだよ気にすんな」
そしてまた正紀は盛大にずっこけた。
「なんっでだよ!人生ままならないなほんと!!」
「その年にして悟り開くとかお前大丈夫か?」
「だぁってろ兄貴ぃ!」
「兄ちゃんって呼べ」
おもいっきり床を叩く正紀。その様子に流石に心配したのか、壱聖は正紀を気遣うような態度をする。だが正紀にはそれすら拒否されてしまう。なんだか複雑に絡み合ってるなあー、なんてことを他人事のように壱聖は思った。自分も原因なのだが。
とりあえず落ち着け。そう言って壱聖は正紀を押しとどめる。この状態ではまともに話をすることは不可能だと踏んだのだろう。正紀も大きなため息をついて、いくらか落ち着きを取り戻す。
「で、京都観光旅行はいついくんだよ」
「今日」
あっけらかんと答えた兄に対し、思わず頭の割れ目にむけて、本気のチョップをしたのは許されることだと正紀は思った。
◇
準備しとけよ。チョップをされた部位をさすりながら、壱聖は正紀にそう言って部屋をあとにした。若干本気で痛がってたように見えたが、気にしないことにする。気にするなって言われたことだし。
とりあえず手頃なバッグをクローゼットの中から引っ張りだし、必要となるであろうものをその中に詰めていく。衣類、携帯の充電器、筆記用具、下着類、暇つぶしのための本……と、どんどん入れていく。
「京都、京都ねえ」
京都なんて中学校の修学旅行以来だ。あのときはまともに町中を回れなかったが、今回くらいは多少なりとも散策しても、構わないだろうか。そうなればあのとき行けなかった店に行ってみたい気がする。そう思うと、段々とワクワクしてくる。目的はそう楽しいものではないのだが。
『浮かれているな、剣の神子』
「うるせえあくまで目的は雨音救出だ」
『好いているのか』
「んー……まあ、一緒にいるのが当たり前だったし……って、お前何言ってんだ?好きなのは普通だろ?」
あの兄にしてこの弟あり、と言うところか。晴明はそう思ったが、あえて言わないことにした。心からの言葉のようだし、それをネタに揶揄うのはよろしくない。それだけ雨音という少女を、この少年がとても大事に想っているのだろう。
一方の正紀は内心ばっくばくであった。確かに彼は幼馴染の雨音が好きだ。というよりもう好きとかではなく、『共にいる、隣にいるのが普通』というレベルにまで達している。だからこそ、晴明の言葉には少しカチンと来たのだ。好きとかそういうので、ひとくくりにしてくれるな、と。
だからこそぽろりとあの言葉が口から出てきたのだろう。しかし、今になってみれば、『俺今とんでもなく恥ずかしいこと言った?』と気づいてしまう。なんとかして表に出さないようにしなければ、と必死に取り繕うが、悲しいかな、すでに体の行動として出てしまっている。
『剣の神子よ、それを何故その中に入れる?』
「え、あっ、なんで俺卒業証書の筒なんか」
慌ててもとに戻す。無意識なのかそれともまた別の理由なのか、関係のないものを手に掴んで入れてしまおうとした。ゆっくりと深呼吸をして、姿勢を正す。
「あ」
そんなときだ。持っていくものの不足に気づいたのは。
「……携帯のポータブル充電器、ねえ」
がっくりと肩を落とした。かなりの長旅になる、そんな時に必須と言ってもいい程の携帯のポータブル充電器がないとすれば、向こう側で充電が切れたときに最悪の状況になるのは目に見えている。
ため息をついて、時計を見やる。幸いにもまだ時間はあるようだ。近所のコンビニで充電器を買うことにしよう。
「兄貴ー、充電器買ってくるわ」
「兄ちゃんって呼べ。あとついでにウェットティッシュ買ってきてくれ、金は後で払うから」
「サイズは?」
「カバンに入りゃなんでもいい」
つまりは何でもいいから買ってこいということか。靴を履いて外に出て、軽く伸びをして空を仰ぎ見る。
「はあ……良い天気なのになぁ」
隣にいるはずの存在が、今このときはいない。それは正紀にとって、かなり凹ませる現実だった。食われてなければ、自分が届いていれば。無茶苦茶な願いも突っぱねられたろうに。
とぼとぼとコンビニへ行く道を進んでいると、不意に声をかけられる。
「村山さん」
その声に正紀は背筋を凍らせる。なんだかとても、とてつもなく、『嫌な予感』しかない。意を決して後ろを振り向く。
「こんなところで会えるなんて、ラッキーですねぇ。オレ的には…っすけど?」
「───は、花嵐(はなあらし)…」
正紀が震える声で、彼───花嵐 朧(はなあらし おぼろ)の名を呼ぶと、その人物はにやりと口角をあげる。心底楽しそうでたまらないような笑みだ。
「何震えてんですか〜、オレ流石に傷つきますよ?」
「……できれば俺は、会いたくなかったな」
「まぁたまた。『ご近所さん』なんですよ、会う会わない以前の問題じゃないですか。まあ、でも」
そこまで言うと、朧は明確に笑みを深めた。そして
「───『コイツ』を頼りにして、探してた甲斐がありましたよ!」
突然飛び跳ねたかと思ったら、『剣の形をした武器』を、正紀に目掛けて振りかざした。
「ッやべ!」
『───結界陣!』
急すぎるその展開についていけず、正紀はただ己の腕を盾代わりに身をかばう。そこを晴明が触れる間もなく、正紀の周りに防御壁を作った。弾かれる音を鳴り響かせながら、剣は正紀から遠ざかる。
「あ、あれ……?」
「おやぁ?まさかアンタも───ですか」
「何言って───ッ!」
「ん、これが『わかる』っつうことは確定か」
ひらひらと朧は正紀の前で、その武器を見せびらかす。その武器はまるで、『御伽噺』から『そのまま出てきたような西洋剣』だった。
『───間違いない。あれなる者はそなたと同じ剣の神子』
「お、おいおいマジか…?」
『そしてあの西洋剣……私が力を与えたもののうちのひとつ。名を───』
「『デュランダル』。聞いたことあるでしょ?」
「嘘だろ……!」
正紀が驚きと困惑に目を見開かせていると、朧はその反応をしてくれたのが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべる。そしてそのデュランダルの切っ先を、正紀に向けた。
「───村山さん、戦いましょうよ。本当はアンタがオレと戦いたくて堪んねえって思ってんの、知ってんすよ?」
挑発的な笑みを浮かべる朧。対し、正紀は身を固めるのみ。少しの間の後、正紀は決心する。
「(晴明、結界を張れ)」
『───手短にな。こんなことは本来はあってはならないのだから』
正紀に言われたとおり、晴明は2人の周りに結界を張る。そしてそれ以上は口を開くまいと、だんまりを決め込んたようだ。
「────顕現せよ、妖刀『村正』!」
剣の神子同士の予期せぬ戦いが、今開かれる。
第参ノ噺 終